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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十一章 逆臣を討て
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逆臣を討て第三章「敵討ち」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば

人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた人形機械・氷雨ひさめ、靫石流に潜入していた霧府流の忍、加増かまし

 反乱を起こした忍集団・靫石ゆぎいし一派、その頭の靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろ、その息子で偉味巣の弟、靫石偉圧ゆぎいし・いあつ

 竜の体の一部を使って人間を操り、人族を滅ぼそうとする者・知葉我しるはが




第三章  敵討ち



「霧府の間者がいたか。伏兵の場所を予測されるな」

 背の低い男が、ちっと舌打ちした。常に睨んでいるような細い目の、靫石偉圧ゆぎいし・いあつ、偉味巣の弟であった。

「主力の全ての神器を使って敗れるとは、本当に救いようのない無能だな」

 偉味巣は靫石流のかしらになって、人を顎で使うのが夢だった。偉圧が力をつけないように、勉学も修行も妨害してきた。「兄」を笠に着て、つまらない用事を言いつけて勉強の時間を奪うのだ。

「かえって“自分は人より少ない時間しかないから、一秒も無駄にできない”と思って、集中する訓練になったが」

 偉圧は偉味巣を馬鹿にしていた。偉味巣が中身のない話しか、してこなかったからである。

 この馬鹿にかしらを任せたら、靫石流は自分のように偉味巣の使い走りになって、終わってしまう。偉圧は偉味巣をいずれ殺すつもりでいた。長男だから頭を継ぐなどという発想は、もう古いのだ。

 だから、偉味巣が功にはやっていきなり自分が戦端せんたんを開くと言ったときは、馬鹿め、と思うと同時に、血を分けた兄弟がここまで愚かだったことに複雑な感情をも持った。

 相手が疲れたところを討ち取るのが、戦いの定石である。神器七十個が偉味巣の気を大きくしたのだろう。絶対に破壊できない神器があれば、大丈夫だと。

「死んでよかった。オレの露払いの役には立った」

 偉圧のもとに、忍が現れた。

「知葉我様は官軍に備え、援軍は出せないとの仰せです」

「(靫石を捨て駒にする気か……まあ、あいつには竜の力で世話になった。これで勝てないのはこちらの力不足だろう)」

 偉圧は冷静に分析してから、

「広場で迎え撃つ! 偉味巣の無能のしたことに気を取られるな、オレの指示に従えば必ず勝てる! 行くぞ!」

「ははっ!」

 偉圧は父・偉具炉のいる部屋の前で立ち止まった。そして、声を聞いた。こうはなるまい、と目を閉じると、広場へ向かった。


「麻沚芭様、この里で敵が数に任せて戦うとき、この先にある広場はまさにうってつけです。木の枝を利用して作った樹上の家々の窓から弓兵も狙い、囲まれたら劣勢の戦いになります」

 加増が広場の手前百メートルで止まった。

「避けられないか」

「周りは木が密集しすぎていて、刀を振るえないほどの深い森です。相手に隠れられながら飛び道具の攻撃をされれば、さらに不利になります」

「家の数は」

「五十二あります」

「暗殺が一軒一分として五十二分か。だめだな。すぐに狼煙のろしがあがって知れ渡る。抵抗されれば手間がかかる。最小限の力で敵を倒していきたいんだけどな……」

「伏兵が別の場所にいたら、鍵を開けて家に侵入しても意味がないしな」

 出雲が式神の抜群の視力で広場の方を眺めた。しかし、特に動く影はない。

「あのさ。ボク思ったんだけど……」

 霄瀾がおずおずと一歩前に出た。


 一同が広場に出たとき、人の気配はなかった。しかし中央に進んだとき、突然全方位から矢が飛んできた。

 靫石流の弓兵が、やはり樹上の家々に潜んでいたのだ。

 間髪を容れず、靫石の忍が周囲から斬りかかってきた。

 全員弓矢を通さないくさり帷子かたびらを身に着けている。味方の弓矢に関係なく、紫苑たちとの戦いに集中できるのだ。

 その数、百八十。樹上には、百。

 偉圧は樹の枝の上から見下ろしていた。一対一では相手は強い。だが、同時攻撃をされれば必ず隙が生じるはずだ。そこを狙うのが偉圧の策であった。

 しかし、初撃の弓矢と忍の小太刀が九人に向かって同時に繰り出されたとき、九人は忍にしか注意を向けなかった。

「む!?」

 偉圧の目の前で、弓矢は、広場の中空の光る何かに当たると、めちゃくちゃに軌道を変え、あさっての方向へ飛び去ってしまった。

 子供の弾く竪琴の音だけが響いている。

 霄瀾の聖曲で、水気の極覇きょくは河樹かわいつきの神器・光迷防こうめいぼうを現出させたのだ。それは広場をすっぽりと覆うまで巨大化され、一同と靫石流の忍すべてを弓矢から守っている。

「でかしたぞ霄瀾! いい作戦だ!」

「うん!!」

 出雲と霄瀾が、笑って声をかけあった。

 何撃も矢を弾かれ、地上の忍たちは援護がないことにいらった。

くさり帷子かたびらを脱いであの子供を殺せ! 術を出しているのはあいつだけだ!」

 偉圧が叫んだ。矢がない以上、鎖帷子を着ていては素早さが殺される。

 忍たちは、一斉に命令に従うと、霄瀾を狙い、手裏剣の隊と小太刀の隊に分かれて、集中攻撃を始めた。

 手裏剣を弾き続ける、最も体力を必要とする役には、永久に疲れない氷雨がついた。

 紫苑たちは、霄瀾を囲むように円に並ぶと、各自の目の前の約六十度を担当として、敵を倒し始めた。

 しかし、守るというのは弱いものである。

 攻撃する側が全ての主導権を握るからである。靫石の忍はいっぺんにかからないで、一人ずつ向かってくる。紫苑たちは、毎回全力の敵と戦うことになる。

 特に紫苑は何人も倒せる術を一人ずつにしか使えないため、何発も術を出して、息があがってきていた。

「力が強い割には、向こうの軍師も大したことがないな」

 偉圧は判断を誤った敵を眺めて、鼻で笑った。

 そのとき、樹上の家々に隠れていたはずの弓兵が、皆窓から離れていることに気づいた。

「何をしている! いつでも狙っていろ!」

 偉圧の声にも、一人も顔を出さない。

 おかしい。偉圧は胸騒ぎを覚え、家の一つに踏み入った。

「なにっ!」

 二人の弓兵は、泡を吹いて死んでいた。近くに薄赤い液体がこぼれていた。偉圧は鼻を近づけていだ。わずかに鼻がしびれた。

「――毒殺された! 一体誰に! 新たな敵か!?」

 他の家も同じであった。偉圧は窓から広場を見下ろした。「八人」いた。靫石に潜入していた忍が、一人足りない!

「くっ! しかしおかしい、百人分もの毒を持ち歩いているとは思えない!」

「オレだ」

 偉圧が声に振り向くと、今広場で戦っている忍と同じ顔をし、同じ服を着た男が、立っていた。その腕から血がしたたっている。偉圧の鼻が再びわずかに痺れた。

「お前……霧府麻沚芭だな! その血が毒だという……そうか、お前が弓兵を全員! しかしどうやって! オレの命令だと偽っても、こんな鼻の痺れる液体など誰も飲まないはず!」

 麻沚芭は元の姿に戻った。

「『知葉我が、竜の飲み物をよこした。これを飲めば光の盾を貫く矢が放てるようになる』……と言った」

「おのれ知葉我を使ったか! 戦場に二人以上指揮官がいたせいでオレの命令ではない命令に従ったのか! なんという初歩的な愚かさ!!」

 偉圧は地団駄じだんだを踏んだ。

「では広場にいる麻沚芭は、靫石にいた間者の変装か!」

「霧府流は変装が得意なんだ。暗殺もね」

「この……!」

 麻沚芭は窓から小さな花火玉を投げた。広場にパアンと、丸く炸裂した。

「今のが弓兵を全員殺した合図さ」

 下では、紫苑たちがばらばらに展開して、戦い始めている。

 それを見下ろす偉圧に、麻沚芭は神剣・青龍の小太刀を抜いた。

「オレたちも決着をつけようか」

 偉圧が戦況に脂汗を流したとき、新たな一団が到着した。それを目にして、偉圧は大声で笑った。

「ふん、決着をつけられるのはお前たちの方だ!!」

 そして、窓から出て行った。

「待て! どういう意味だ!」

 窓から身を乗り出した麻沚芭は、愕然とした。

 偉味巣の一団と対峙したときに戦った神器七十個を、再び敵が手にしていた。

 迂闊うかつであった。偉味巣の忍が百五十、偉圧の忍が二百八十、靫石流の忍五百から引いて残りは七十。偉具炉についているのではなかった。今まで、神器を回収に向かっていたのだ。

「(しまった! 知葉我を逃すまいと焦って、全部を持って行けないから、神器を結界で守って放置した! 森の中に移して隠したけど、それが破られたんだ!)」

 麻沚芭は強く奥歯を嚙みしめた。もう一度、初めから戦わなくてはならない。

 そして、偉圧も七十人も、四本腕を持っていなかった。

 得体の知れない力には近づかない。誰かで試してから判断する。それが偉圧であった。兄の部隊を見て、知葉我からの腕の提供を拒否したのだ。そのおかげで、七十人は竜の鱗を肩に刺しても、能動的に神器を扱える。力を得すぎたことによる、腐り潰れそうな、思考が死んだ状態にはなっていない。

 さきほどよりごわい相手になる。麻沚芭は仲間のもとへ飛び降りた。

 空竜が悲鳴をあげた。

「まさかもう一度拾ってくるなんて!」

 露雩と閼嵐が疲労と共に七十人を見据えた。

「神器は破壊されないのが裏目に出たな」

「竜の力さえなければ、神の試しなく使用した罰で自滅するんだが」

 さすがに、神紋は神を畏れながら刻むので、精神の疲れが著しかった。

 もう一度、まともに神器七十個と対峙するのは、正直、気が滅入った。

 しかし二人は、仲間に他の忍の始末を頼むと、再び七十個の前に立った。

「玄武神に顕現していただくしかないな」

「オレも白虎神にそうしていただこうと思っていた」

 しかし、玄武神や白虎神だからといって、神器に無条件に勝てるわけではない。

「オレに考えがある」

 露雩は閼嵐に二言三言耳打ちした。

「このみなぎる能力! すごい! これが神器の力か! オレはすべてを超えて神になった!」

「バカ言え、神はオレだ! お前の神器なんて大したことねえ!」

「どいつもこいつもうるせえ! オレが最強だ! この世はオレのためにあるんだよ!」

 強大な力に呑みこまれた七十の亡者が、押し合いへし合いしている。地獄の中の一まとまりに見えた。

「この力をあの二人で試してやるぜ! くらえオレの全力!!」

「オレに断りもなく始めてんじゃねえよ! 試し撃ちはオレにさせろ! どきやがれ!!」

「うるせえオレが先だ!」

「てめえからぶっ殺すぞ!!」

 地獄の釜の中が攪拌かくはんされたあと、

「早い者勝ちだ!!」

 の、誰かの一言で全員が神器を二人に向けた。

 神器が輝く。

「今だ!! 玄武神顕現!!」

 露雩の神剣・玄武から、水気の四神・玄武が、絡みあう二匹の蛇と亀の黒い姿を、木の高さまでの大きさにして現れた。

「神なんか呼んだって、跳ね返せるかよ!! ヒャハハハハハ!!」

 七十の神器が神に牙をいたとき。

 玄武が体から大量の水を放出し、洪水を起こした。攻撃の速い神器のいくつかは、洪水を貫通した。

「へっ!! そんなんで神器の攻撃が流せるわけがねえんだよ!! ヒャハハ……ハッ!?」

 七十人は笑った顔が歪んだ。水に足を取られて流されたからである。神器の攻撃はあさっての方向へ飛び散らされた。

「確かに洪水で神器は倒せない。でも、洪水で立っていられる『人間』はいない! 今だ閼嵐!!」

「白虎神顕現!!」

 閼嵐の意思を読み取り、全身金属の毛で覆われた白い虎の金気の四神・白虎は、目にも止まらぬ速さで駆けた。

「う……ちくしょう、神器は、渡さねえ……ぞ……」

 洪水で全身の筋肉を害された七十人は、引き離されまいと、筋肉を痙攣けいれんさせながら必死に神器を抱えた。奪い取ろうとするなら、その至近距離で攻撃してやろうと考えた。

 だが、白虎の狙ったところは異なった。

 白虎の鋭い爪は、一人の肩に振り下ろされた。欠片かけらが散った。竜の鱗が砕けていた。

「ぎ……ぎゃああー!!」

 その忍は神器との媒介を失い、神器を扱うにふさわしくなかったため、神罰を受けて悶死した。

 それは、一瞬だった。

 全員が、白虎が神器でなくかなめの竜の鱗を狙っていると気づいたときには、白虎が七十人の間を駆け抜け、すべての鱗を砕いていた。

 地獄の釜は、火が消えて沈黙した。

「……っ!!」

 偉圧いあつは、四神の力をたりにして、言葉を失った。自分の策で動いた神器七十個ですら敗れたのだ。これはもう、勝ち目がない。

「(知葉我の魔族軍を呼ばなければ、靫石流は全滅する。奴らが疲れている今しか、援軍の好機はない、まさに今しか、知葉我を説得できない!)」

 逃げ出そうとする偉圧の枝を、切り落とした者があった。

 焦っていて無様に落ちた偉圧の心臓に、小太刀が刺さった。

「お兄さんと同じ所へ行けて良かったな」

 麻沚芭が皮肉を言って笑っていた。

「なんたる屈辱ッ……!!」

 偉圧は目を真っ赤にしてこめかみから血を噴くと、絶命した。

 百八十の忍も、既に倒されていた。

 再び囲まれるのを避けるために、一同は広場を抜けた森で神器について相談していた。七十個は、空竜の光の矢を綱のように曲げて巻きつけて、数珠つなぎにして持って来ている。

「魔族軍にまたこれを使われたら、終わりだ。全軍が数を減らしながら三十五回近くも、もし使ってきたらと思うと、ぞっとする」

 出雲の言葉に、一同はうなずいた。四神を顕現させた露雩と閼嵐は、木の根に腰かけて休んでいる。紫苑が、父・万玻水よろはみからその持てる術をすべて書いてもらった金気の白扇の面を、力を貸してもらうように、ぐっと見つめた。

「都の宝物殿に入れ直すしかないわね。幸い父の封印術は扇に書いてあるし、父は宝物殿に印をつけているはずだから、父の術の書いてあるこの扇でなら、跳移陣ちょういじんが使えると思うわ。ここから直接、扉に封印の札を貼るのは成功するかどうか不安だけど、やらなければね。跳移陣!!」

 神器七十個が、九字万玻水くじ・よろはみが印のつけた宝物殿へ、予想通りに移った。

閉界防破陣へいかいぼうはじん!!」

 紫苑の扇が輝いた。亡き父・万玻水よろはみの形見となった、金気の白扇の面が、白く光を放つ。

 宝物殿の扉に、紫苑の札が貼り直された。紫苑より強い術者が現れるか、紫苑が死なない限り、他人の手によって扉が開かれることはない。

 一同はひとまず安心し、さらに進み、遂に靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろの館へたどり着いた。

 平屋で、縦に長い。もう忍の部隊が残っていない以上、中にいるのは幹部級の手練てだれであろう。

「みんな気をつけて。忍には正攻法なんてないから」

 麻沚芭が注意した。意表を突かれる方は、常に不利である。一同は、麻沚芭を先頭に、加増かましを後方にして、館へ入った。

 内部は、森閑しんかんとしていて、誰もいなかった。

 ――潜んでいる。

 麻沚芭は敵の呼吸の風で、壁や戸の裏に隠れている忍を次々と見破り、葬っていった。

 館に残っている忍は、少なかった。やはり、偉味巣いみす偉圧いあつの兄弟が使い尽くしてしまったのだ。

偉具炉いぐろが一人も使わないだと? あいつが忍を動かせば偉味巣と偉圧が連携できただろうに。兄弟を競わせたにしては、被害が大きすぎる。偉具炉によほどの何かがある……?」

 幹部たちはいなかった。知葉我に、援軍の要請をしに行っているのであろうか。

「この扉の先に広間があります。その奥が偉具炉の部屋です」

 加増の案内で、麻沚芭と紫苑は目が吊り上がった。遂に、仇の相手にまみえるのだ。

 二人は観音扉を押し開けた。

「ここまで来たのか。霧府麻沚芭」

 広間に仁王立ちしている男がいた。

 白髪に、隻眼せきがん、隙のない威圧感。

「靫石偉具炉の右腕・高毛たかげです。戦った相手は必ず逃れられないと、噂されておりました」

 加増が素早く説明した。他人に術を見せないため、どのような戦法をとるのか不明なのだろう。

「偉具炉の右腕が最後の間にいるということは、他の幹部は本当にいないんだな」

 麻沚芭に高毛は無言の同意を与えた。

 高毛には、知葉我が靫石を利用して、剣姫一行を弱らせる捨て駒にした構図しか、見えなかった。

「(――偉具炉様さえあんなことにならなければ)」

 高毛は失った目で遠い昔を懐かしんだ。

 靫石流のく末も見ていた。

「みんな! 全員でかかれば全員で奴の術中にはまる! オレが戦うから、みんなは術を攻略してくれ!」

 麻沚芭が一人、前へ出たとき、

「霧府麻沚芭。お前は先に行け」

 高毛が突然、顎を奥の扉に向けた。

「えっ!?」

 一同が驚く中、高毛は表情一つ動かさず、しかし声は重々しく語った。

「私は偉具炉様と共に、帝を暗殺する場面に立ち会った」

「……兄上をっ!」

 殺意が麻沚芭の目を血走らせた。

「逃げも隠れもせず、堂々と胸を刺させた、立派な最期だった。霧府飛滝きりふ・ひだきは、まさに忍の鑑だ。私は真相を知ったとき、いたく感激した。飛滝が死んだことに、同じ忍として報いてやりたいと思う。花を手向たむけたいと思う。だから霧府麻沚芭、お前を飛滝に免じて先に行かせたいと思う。私はもう、これしかしてやれまい。私の心を、受け取ってくれないだろうか」

 麻沚芭は目頭が熱くなった。兄上が、助けてくれた! 死んだあとも、オレを守ってくれた!

「ありがとう高毛。オレがこれから先、することも、いいんだな?」

「それは偉具炉様の運だ。私は私のすべきことをするだけだ」

 高毛は紫苑たちだけを見ている。麻沚芭は奥の扉へ駆けた。そして、音もなく滑りこんだ。

 その直後、高毛は白髪を強烈に光らせた。

 目をかばった一同が素早く目を開けたとき、目の前に紫苑たちにそっくりな八人が立っていた。

「私たちの人形……!?」

 驚く紫苑に、氷雨は首を振った。

「人形ではない。人形わたしそっくりの人形など、下与芯かよしん様以外に作れはしない」

「見ろ! あいつら、影がないぞ!」

 出雲の指摘した通り、向こう側の八人には、地面のどこにも影がなかった。

 気になるのは、こちらがしゃべると、相手側も口を動かして喋るということだった。

「鏡みたい……」

 霄瀾が、自分を真似する相手を見て水鏡すいきょうの調べを抱きすくめた。相手も星形の竪琴を抱きすくめた。

「そう、鏡だ。私の術は、髪の輝きを浴びた者の影を作る。その影は、鏡のようにお前たちを完全に真似し続ける」

 高毛が仁王立ちした。

ほのお月命陣げつめいじん!!」

 紫苑の術を、鏡影きょうえいの紫苑も同時に出した。

 中央で術がぶつかり合ったのを見て、紫苑は確信した。

「術まで真似するのは厄介だけど、うまく離れていれば無害よ! 高毛一人に集中できる――」

「うわああっ!!」

 突然出雲の体が動き、紫苑の背中を斬った。

「きゃああっ!!」

 殺気も何もなかった。警戒するどころか無防備に斬られ、紫苑は床に力なく倒れた。

「紫苑ッ!!」

 露雩が悲鳴をあげて玄武の神水をかけようとしたところへ、空竜の六薙ろくなぎの矢が腹を貫通する。

「な……!?」

 八人の同士討ちが始まった。

「そうか! 高毛の鏡影は、我々を真似るだけでなく、向こうの行動を我々に真似させることができたのだ! 一人も逃れられないとは、そういうことか! 殺すようにと、動きを操られては!」

 加増の叫びもむなしく、鏡影は、手当たり次第に武器を振り回す――。


 麻沚芭は、暗闇の部屋の中にいた。偉具炉は、奥にいる。呼吸の風で麻沚芭にはそれがわかった。

 罠がないか、慎重に進む。足音を一つも立てない。麻沚芭は気取けどられないよう、自身の呼吸を深く長くした。

零落れいらくしたものよの」

 突然、声が聞こえた。

 声は反響していて、どこから発せられたかわからない。

「かつての忍頭の一派が、里を落とされるとは」

 霧府流のことを言っているのか、靫石流のことを言っているのか、判然としない声色だった。

「せめて忍の最高の境地、闇戦やみいくさをしてやろう。これで敗れれば本望であろう」

 声はそれきりしなくなった。

 闇戦とは、真の闇の中で視覚以外の感覚のみで戦う、本来闇の中で任務をこなす忍の優劣がはっきりと示される、忍にとっての最高の戦いのことである。

 風が動いた。

 ギイン!

 麻沚芭が背中に出した神剣の鞘に、敵の刃が当たる音がした。

 ガッ!

 麻沚芭の小太刀と敵の小太刀が互いのつばを突き合った。

 ガキッ!

 麻沚芭と敵の小太刀は、正面で×(ばつ)印に押し合った。

 敵は匂いも、足音も、熱も何一つ感じさせない。麻沚芭は風の動きと勘だけで危うい橋を渡っていた。

「(このままでは、いずれやられる。オレを感知できる分、忍の力である闇の力は、奴の方が上だ)」

 焦る麻沚芭の脳裏に、盲目の父の姿が浮かんだ。忍の最高境地、「闇の忍」に最も近づいた男だ。しかし、そうなる方法を、父・雅流選がるえらは一度も麻沚芭に教えなかった。人に教わって習得できるものではなかったからだ。

 だが、事あるごとに言っていた台詞せりふがある。

「お前が世界と一体になればすべてが見える」

 きっと、直接言えない答えに対する助言だったのであろう。

「世界と一体に……?」

 父の教えを反芻はんすうする。自分の世界は霧府流の忍がいる世界。これからもそれを望み、動物と共存し、仲良く暮らしていきたい。

 麻沚芭が青空に浮いて世界の風を感じていると、世界の一角で不穏な気配が起こった。

「霧府流を殺したい」念であった。

 念に攻撃された麻沚芭は、ひらりとかわして棒手裏剣を投げた。

「ぐぶう!」

 念が呻いたのを聞いて、麻沚芭は、はっと我に返った。血の匂いがする。相手に棒手裏剣が命中したのだ。

「(オレの世界とは、オレの想いがこの“場と同化する”ということだったのか! オレの想いと異なる“気”を持つ者が侵入すれば、“世界”が気づく! 音も熱もない暗闇の世界が奴に味方しても、オレの想いが世界に満ちている限り、オレの想いはオレを裏切らない! すべてが見えるよ、父上! 暗闇にありながら、すべてが見えるよ! これが真の闇の忍! どんな場でも戦い抜ける者か!)」

 闇の忍として、麻沚芭は父に感謝した。里で目醒めなかったわけだ。互いに殺意を持つ者など、いなかったのだから。

「そこだっ!」

 麻沚芭は小太刀を払った。敵を後退させた。

「はあっ!」

 今度は、刃先が軽くこすった。

“念”は、明らかにうろたえていた。依然として“霧府を殺す”念なので、麻沚芭には昼間のように位置がわかる。

「これで終わりだ!!」

「おのれ!!」

 突然“念”は、麻沚芭が突進するより早く、天井を開けて光を室内に満たした。

「うっ!」

 麻沚芭は反射的に飛び下がり、相手を見てさらに一歩下がった。


「いやよ!! 助けて!!」

 空竜がたまらず目をつぶった。六本の矢が、仲間に向かって放たれる。

 一同は同士討ちで虫の息である。高毛は高みの見物である。

「諦めろ。私の術にかかって生き残れた敵は一人もいない」

「……お前の飛滝という忍への想いがあるからするまいと思っていたが……」

 突っ伏したまま紫苑が呻いた。知葉我と戦う前だが、もう我慢はできない。

「私の仲間を傷つけた以上、許すわけにはもういかぬ!!」

 剣姫が全方位に白き炎を放った。鏡影の八人に襲いかかる。

「影に炎などかぬわ!」

 高毛が鏡影の八人を動かそうとしたとき、鏡影が炎に消されてすっかりなくなっていることに気づいた。

「むっ!?」

 隻眼が焦りに見開かれた。動き回る八人分もの影を包みこむこの全方位の巨大な白き炎は、一瞬、場を白い世界にした。

「無駄なあがきを!!」

 高毛が再び白髪を光らせた。しかし、白き炎と同じ光の色で、二つの光は同化し、影ができない。

「なっ、なにっ!!」

「影は私の炎で消し去ってやろう! 高毛、白き炎の持ち主と対峙したのが運の尽きだ!」

 剣姫の剣が、高毛の腹に突き立てられていた。

 鏡影は完全に失せ、八人は行動の自由を取り戻した。すぐさま治療を始める。

「殺さ、ない……のか……剣姫、が……」

 高毛は胸を大きく上下させながら、薄目を開けた。

「お前はただ敵側にいただけだ。できれば味方として出会いたかった。生きるなり死ぬなり好きにしろ。お前にその自由をくれてやる。麻沚芭を先に行かせてくれたことへの、私からの礼だ」

 血だらけになりながら、しかし力強く、剣姫は言葉をかけた。

 露雩が剣姫に玄武の神水をかけて傷を癒した。

「行くぞ! 偉具炉はこの中だ!!」

 剣姫が後ろも見ずに扉を蹴破った。

 天井が取り払われていた。

 麻沚芭が、呆然と立っていた。

 その視線の先に、身の丈四メートルはあろうかという、筋肉が異常に盛り上がった男が立っていた。すべての血管が青黒く浮き出て、目玉もまぶたを引き裂き、丸く露出させんばかりであった。

 膨張する薬剤を投与された者の成れの果てのようであった。

 竜の牙が二本、せり出していた。

 靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろであった。

 偉具炉は知葉我を利用するつもりでいた。だが、この靫石の里に到着したとき、知葉我に言葉巧みに竜の牙を刺されて、鋭敏な思考が破壊され、「知葉我の強力な人形」にとされていた。

 個人的には戦える。しかし、大多数の兵を動かす空間認知能力を剝奪されていた。

 もはや、靫石流のく末は決まっていた。

「竜の力を二つも植えつけられて、細胞がもたなかったか」

 剣姫が憐れむと、男はぐりっと丸い眼球を紫苑に向けた。

「この靫石偉具炉様をなめるなよ! オレはこの通り正気を保っている! 成功例だ! オレは人類唯一の成功例なのだ!」

 偉具炉が笑うと、青黒い血管が蛇のようにうねった。戦いのみに鋭敏さを残し、破壊本能ばかりを剝き出した、吠えたような笑い声であった。

「九字紫苑か。まさか九字の娘だったとはな。敵討ちとは、片腹痛いぜ! お前も両親みたいに殺してやるよ!」

「『両親みたいに』?」

 剣姫が聞きとがめた。

「ふっふっふっ、そうだ! お前の母である予言者・璃千瑠りちるも、オレが弓で殺してやったのだ! 邪魔だったからな!」

 剣姫の目が血走った。靫石偉具炉は、父だけでなく、母のかたきでもあったのだ。

「許さんんー!!」

 剣姫が剣を繰り出した。偉具炉の小太刀と刃がぶつかりあい、剣風が広がった。

「剣姫に押されないとは! 竜の力か!」

 閼嵐は、偉具炉から神器の匂いをぎ取った。神紋で倒すことはできない。

「加増! 鳩と下がっていろ!」

「はい!」

 閼嵐は、麻沚芭が人だけでなく動物にも気遣きづかいをしているのを見て、好感を持った。

 突然偉具炉が、剣姫に向かって硫黄の息を吐いた。みるみる室内に充満していく。

「みんな吸うな! 外へ――」

絶起音ぜっきおん!!」

 出雲より早く、霄瀾が音を出した。全員が膜で覆われ、硫黄の直撃を免れた。

 しかし、硫黄は増え続け、遂に部屋全体に行き渡ってしまった。いつのまにか天井は閉じられ、煙がそれに沿って平らに漂い、磨きあげられた鏡のようになった。そこに床の一同と偉具炉が、はっきりと映りこんでいた。

 紫苑たちが高毛たかげの術を思い出して嫌な予感を覚えたとき、麻沚芭がぶるぶると震えだした。

「どうした麻沚芭」

「うぎゃー空がないよー! 怖いよー!!」

 いきなり出雲に抱きついた。

「うわっ! おい、なんだ!?」

「わーいクモー!」

「アホウ、出『雲』に惑わされるな! 戦いの最中に危ねーだろ! 離れろ!」

「空がないといやな人なんだね」

 霄瀾がしげしげと二人を眺めた。

 いつの間にか、偉具炉の姿がなかった。

 かと思うと、紫苑たちは次々と切れ味鋭く斬られていった。

「なにっ!? 見えない!!」

 空を悪意で塞がれると怖がるが、闇そのものは平気な麻沚芭は、急いで闇の忍の状態に入った。しかし、何の“念”もない。

「上を見て!! 偉具炉がいるわ!!」

 空竜が天井の鏡を指差した。確かに偉具炉が、血のしたたる小太刀を手にして立っていた。

「どうして高毛がオレの下にいたと思う?」

 それは確かに疑問であった。この鏡影の力があれば、偉具炉を倒せるのではないかと。

「鏡影の術を教えたのはオレだ。そしてオレは高毛を超える技を持っている。それは鏡の中に入りこんで、鏡に映ったお前たちを斬り、現実のお前たちにも同じ箇所に傷を負わせることができるというものだ」

「なっ!!」

 鏡の中まで入ることはできない。こちらは、偉具炉には絶対に手が出せない。

「これはもともとオレが隠し持っていた神器・鏡面隠者きょうめんいんじゃの力だ。竜の力で硫黄の空間を作り、技を出すまでもなく即死させてやろうと思っていたが、絶起音ぜっきおんとはな。ガキの術と思って過小評価した。だが、どちらにしろオレの優位は変わらない。オレから逃げたければ扉から出て行くがいい。鏡に映らなければオレも手が出せない。もともと、忍として逃げるための術だから、オレもずいぶんこの力で脱出してきた。しかし、お前たちはそれでは困るのだろう? なんとしても敵討ちをしたい、帝を殺されてはならない。だがオレを倒そうと鏡に映り続ける限り、オレはお前たちを一人ずつ殺していくぜ! そら、まずはガキだ!!」

「霄瀾ッ!!」

 出雲が霄瀾を抱きしめた。出雲の脇腹から、血がほとばしる。

「出雲!!」

「黙ってろ!!」

 霄瀾は、出雲に覆われて、頭が真っ白になった。このままでは、出雲が自分をかばって死んでしまう!!

「神器の音色・光迷防こうめいぼう!!」

 高毛に操られていたときとは違い、自分は自由に動ける。霄瀾は出雲を守る光の盾を出した。模様の迷路に沿って、偉具炉の小太刀が無軌道に動き、払われた。

「チッ!! まあいい、他の奴らから先でもいいんだ!!」

 紫苑たちは、天井の映りこみを見ながら偉具炉をかわすしかない。

「キャアッ!!」

「空竜!!」

 閼嵐が空竜を突き飛ばし、神器・淵泉えんせんうつわの鎧で偉具炉の小太刀を受けた。

 氷雨は空竜を助けられないことが、自分の心がえぐり取られていくように苦しかった。

「せめて偉具炉の脚だけでも狙えれば……!」

 それを聞いて、空竜がはっと見上げた。

「千の悪気を射貫け! 聖弓六薙・迎破栄戦ごうはえいせん!!」

 空竜の六本の矢が、天井に向かって放たれた。しかし、矢は鏡に跳ね返り、砕けない。

「ハハハ! 無駄なことを! さあ帝の娘、最後にもったいぶって殺してやろうと思ったが、飛び道具は邪魔だ、もう死ね!!」

 偉具炉が小太刀を振りかざす。

「空竜っ!!」

「六薙!!」

 空竜の跳ね返った矢はあるじの意志で再び上昇すると、鏡の六隅に刺さった。そして鏡の周りを回って全てが一本につながると、グ・グ・グ・と中央に向かって締めつけていき、鏡をひしゃげさせ、曲面にさせ始めた。紫苑たちの姿も、歪んでいく。

「なんだ!?」

 天井の鏡の中では、偉具炉がうろたえていた。周りの景色が歪んで、迫ってきているのだ。

「帝の娘として命じます。押し潰されなさい! 逆臣、靫石偉具炉!!」

「な……なんだとおうーッ!!」

 偉具炉の世界が歪んでいく。神器・鏡面隠者きょうめんいんじゃを使い直すにしても、一旦現実世界に戻らなければならない。もはや、九人の誰かに一撃を与える猶予もないほど、世界がせばまっていた。

「この野郎、よくもオレの術を! 次こそ仕留めて――」

 偉具炉が間一髪のところで天井から落ちてきた。転がりながら再び手鏡の神器・鏡面隠者を使おうとしたとき。

「紫苑! 麻沚芭!」

「「待っていたぞ、この時を!!」」

 剣姫が偉具炉の頭頂から左肺を、麻沚芭が左脚から右腕を、断ち斬っていた。

「父と母のかたき、思い知れ!!」

「里の敵、死ぬがいい!!」

 靫石偉具炉は、物言わぬ死体となって、一塊ひとかたまりに落ちていった。

「……お父さん、お母さん、敵は討ちました」

 剣姫から紫苑に戻り、紫苑は胸に扇と璃千瑠りちるの手紙を押し当てた。

「みんな見ていてくれたかな……。父上、母上、兄上……麻沚芭はやりました!」

 天井の抜けた空を遠く見つめて、麻沚芭は達成感から来る胸の震えを左手で押さえた。


『靫石一族完全に死亡す』

 密書が届いた。

 老貴族・喉梶操のどかじ・あやつは、それを一目で見たあと、火鉢の中で焼いた。


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