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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十一章 逆臣を討て
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逆臣を討て第二章「靫石(ゆぎいし)の里」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば

人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた人形機械・氷雨ひさめ

 反乱を起こした忍集団・靫石ゆぎいし一派、その頭の靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろの息子、靫石偉味巣ゆぎいし・いみす

 竜の体の一部を使って人間を操り、人族を滅ぼそうとする者・知葉我しるはが




第二章  靫石ゆぎいしの里



 夜中に事件があったせいで、全員は昼まで寝なおして、それから出発した。

 遂に靫石ゆぎいしの里がある山脈に入る。

「その水たまりに足をつけないで。足跡がずっと続くことになる」

「このつるは罠だから触らないで。たぶん矢が飛んでくる」

「ここは草の生育がおかしい。落とし穴だな」

 麻沚芭が、てきぱきと靫石の里の罠を見抜いて、一同に注意した。

「よくわかるわね麻沚芭。見ただけで……」

 空竜が感心すると、麻沚芭は横顔だけ見せて四方を見た。

「霧府の里も似たようなことをして防衛してたから。同じ忍だし、だいたい考えつくことはわかるかな」

 命令されるとき以外は友達感覚で話している。

 ひときわ深い谷で、一本の細い丸太が架かっていた。そのすぐ先に、錠のついた木の扉があった。崖に沿って柵が立ててあって、木の扉をよけて向こうに渡ることはできない。また、丸太は両方の崖の一番安定していそうな場所に架けられていた。つまり、他の場所に移しても橋にならない。木の扉は、風雨にさらされて古かったが、鉄の錠だけはしっかりかけられている。この向こうが靫石の一派の居住区域なのだろうか。厳重な守りである。なぜなら、

「この細い丸太を渡るには相当な運動神経がいる。しかも、足場が弱いから扉を蹴破れない。すみやかに鍵で開けて扉をくぐることしかできない」

 鍵のない者は、完全に入れないのだ。

「ボクの絶起音ぜっきおんで……」

 声を出そうとする霄瀾を麻沚芭が素早く止めた。

「待って霄瀾。中に魔族もいるし、大きな音を出すのはまずい。ここはオレに任せて」

 そして、平野を歩くようにすたすたと細い丸太を渡っていく。谷は深すぎて底が見えない。見ている霄瀾の方が震えた。

 麻沚芭が木の扉にたどり着くと、細い丸太橋の上でしゃがんだ。それから女物のかんざしを取り出すと、錠に入れてカチャカチャと動かし始めた。

 十秒とたたないうちに、錠が外れた。

 木の扉を軽々と開けて、麻沚芭が一同に手招きした。

「……忍ってあんなこともできるのか」

 出雲は霄瀾をおんぶしながら舌を巻いた。

「紫苑。今日から一緒に寝よう」

 露雩が強敵を見るような目で麻沚芭に目の焦点を絞りながら、紫苑と手をつないだ。

「えっ? ちょっとお、私、一人じゃ渡れな……」

 空竜が閼嵐に振り向こうとしたとき、

「私が運ぼう」

 氷雨がふわっ、と空気でくるむように空竜を「ひめがかえ」(意味『お姫様抱っこ』)した。

「ええっ!?」

 空竜が谷底に落とされはしないかと一瞬不安になると、

弧弧ここにも、いつもこうしていた」

 氷雨がまっすぐに空竜を見て笑ったので、

「じゃあ、お願いするわ」

 空竜は氷雨を信じることにした。

 後ろに続く閼嵐は、氷雨の足取りが変わらないのを見て、何も言わなかった。

 扉の近場には、誰も見張りがいなかった。ここから軍が入れるはずがないと思われているし、近くに重要な設備がないからだと氷雨が語った。ここはむしろ、里から逃れる秘密の脱出路であった。

 里中に、木の根が剝き出しに這っていた。木の根の階段まである。

 靫石の里。そこは、森の中の木の民の里であった。

知葉我しるはがのもとへたどり着くのは、氷雨が頼りよ」

 空竜の声に押されるように、氷雨は木の根の階段を上り、木の根の細道を駆け、葉に覆われた岐路を正確にさばいて、まっしぐらに知葉我のいる台地へ向かった。

「(いたっ!)」

 台地を窺える茂みで、全員が目にした。

 二足歩行の熊とトカゲとタヌキの三体の魔物が、正三角形の頂点に一体ずつ椅子に座って、それぞれ外向きに睨みをきかせていた。

 どこかで見たことがある構図だ。

 厳開国げんらきこくで知葉我が作らせた邪神が、そうやって守られていた。

 今、正三角形の真ん中には、赤い二つの光の透ける布が、小山の形でひらひら浮かんでいた。

「(――知葉我だ!)」

 近衛が十体と聞いていたが、数を減らしたようだ。三体の魔物は、邪神のそばにいた者とは違って、腕が四本ずつあった。紫苑は気がついた。

「(靫石流と同じ。つまり知葉我が竜の力で靫石一派と配下の魔族の腕を進化させたのね)」

「赤ノ宮紫苑。結界が見えるか」

「氷雨、こんなときになんだけど、私、九字紫苑になったの。官軍として、私のことはそう呼んで」

 名前には書くときも呼ばれるときも、霊なる力が生じる。違う名では、極限まで力を発揮することはできないのだ。

「わかった。では九字紫苑、知葉我を守る結界が見えるか」

 氷雨は律儀に言い直した。全員が氷雨を見た。氷雨は紫苑に全力を出させるつもりなのだ。

「(寝返ったのは罠ではない、のか……?)」

 麻沚芭がいぶかる中、紫苑は正三角形をぐっと見据えた。

「三重の正三角の結界が見えるわ。一つ一つの線があの三体のそれぞれの心臓から出てる。あの三体の命を削りながら結界を張り続けているのね。知葉我、なんて奴なの……! 命を糧にした結界は、奇襲の一撃では消せないほど強いわ。三体をすべて倒すしかない。その間に奴はこちらを攻撃する態勢を整えるか、跳移陣ちょういじんを使えたらそれで別の場所へ逃げるか、どちらかよ」

「私の知る限り、知葉我はもっぱら智将で、攻撃方法で風刃以外を使っているのを、見たことがない。現に、今も自分では一切結界を張っていないし、武器もない。跳移陣は使えないだろう。あいつはいろんな能力を持った他人を的確に使って、自分の役に立てるやり方をするんだ」

 氷雨の話を聞きながら、閼嵐が牙を剝いて唸り声を長く出した。嫉妬なのだろうか、許してはおけないからなのだろうか、それはわからない。

「三体を迅速に倒せば、あいつは丸裸になるのね」

 紫苑は十二支式神「とら」(虎)を出した。紫苑と同じ術を放てる式神だ。

「オレも紫苑に教えてもらったから、手伝うよ」

 露雩も元から持っている双剣を抜いて、準備した。

「行くわよ!! 結界牙立倒壊陣けっかいがりつとうかいじん!!」

 紫苑、寅、露雩から放たれた三つの結界破りの術が、三本の白い牙になって一直線に放たれた。

 三本の牙は三重の結界一つ一つにそれぞれ刺さり、一瞬結界壁を光らせると、ひびを入れて粉々に打ち砕いた。

「千の悪気を射貫け! 聖弓せいきゅう六薙ろくなぎ迎破栄戦ごうはえいせん!!」

 間髪をれず、空竜の六本の矢が熊とトカゲとタヌキの心臓を貫いた。結界を張り直す暇を、与えなかった。

 知葉我の赤い光が接近者を認識したときには、最も素早い氷雨の槍と麻沚芭の神剣・青龍せいりゅうの小太刀がその二つの赤い光を刺し通していた。

 知葉我の白い布は、へなへなと地に落ちた。

「やった!!」

 八人が台地に集まり、知葉我の、動かない布を囲んだ。

「一体どんな奴だったんだ」

 出雲が布を刀で払うと、地面には二箇所に刺突の跡のある、楕円だえんの鏡が落ちていた。

「え?」

 一同が戸惑ったとき、鏡から、他人が自分の思い通りに踊るのを見たときに出す、しわがれた高笑いが聞こえた。

「このわたしを、こんな簡単に倒せるとでも思ったのかえ!」

 ひびの入った鏡が宙に浮いた。

 知葉我は別の場所にいて、鏡を通してこちらを見ている。

 やはり、罠だった。

 想定していた紫苑は、鏡の向こうの場所の逆探知を始めた。

「氷雨。わたしに逆らったね。人形でも主人の敵討ちをするのかい。一つ勉強になったよ」

 知葉我は驚きもせず氷雨を眺めたようだった。

「なぜだ。私がお前を狙うと知っていたのか」

 氷雨は鏡を睨み返した。

「いいや。でも、お前たちは古い木の扉からこの里に入って来ただろう。このわたしが、ここに最短で来られる扉を放置しておくとでも思ったのかい。あの扉は、鏡を隠しておいて、わたしの配下の者が監視していたんだよ」

 それで、本体はいずこかへ逃れたのだ。

「どうしてここに来るまで別の部隊で止めなかったと思う?」

 しわがれた声が笑った。

「この台地をオレたちが囲めば、お前らを一網打尽にできるからだ!!」

 聞き覚えのある声と共に、台地の周りを靫石流の青灰色の装束の忍がずらりと囲んだ。その数、百五十。

靫石偉味巣ゆぎいし・いみす!!」

 麻沚芭の霧府の里を破壊した、靫石流の頭・偉具炉いぐろの息子の偉味巣が、四本の腕を二本ずつ腕組みして、一段高い所から見下ろしていた。

「知葉我からの伝言だ。せいぜい全軍と戦って疲れたところを、わたしに倒されなとさ! へっ、オレの部隊で十分だってんだ!」

 細く、いじわるく跳ね上がった目が、陰湿な影を作って笑った。

 その自信はどこから来るか。

「見て紫苑!!」

 ざっと七十名の忍の右肩に、竜の鱗が突き立てられていた。そして、一人一つずつ、神代じんだい玉鋼たまはがねの輝きの、神器が装われていた。七十人の声がする。

「あ、あ、あー」

 言葉にならない唸り声しか出ていない。

「靫石が蜂起したとき、帝国の宝物殿に所有していた神器は二十個! そして人喪志国ひともしこくで手に入れた五十個を加えて、七十! 全部奪われて、竜の力で七十人の神器の使い手が現れたのね! なんてことなの……!!」

 空竜は、四本の腕を持つ七十人と、その神器を見た。竜と神の叡知えいちに触れたが、理解を超えたため脳細胞を急速に消費し、それにともなって体が熟しすぎて、いまにも腐りつぶれそうな実に見える。しわだらけでかつぶよぶよの、目に一点の光もなく殺意しか思考が残っていない様子の七十人が、「死」の状態への移行が速すぎて体が処理しきれず、生きていてはいけないのに生きている死体に見えた。

 紫苑は、ここで剣姫になったら、七十個の神器と戦うだけで疲労し、その後は戦力にならないと考えた。剣姫は己の回復をしないからだ。

「もし私が知葉我なら、最初に主力部隊をぶつけて、相手を弱らせてから中程度の部隊で楽に勝つ。神器七十個は靫石の主力よ。だけど、知葉我にはまだ魔族軍がいる。対靫石戦で剣姫を出せないわ。私はみんなの回復役。それと、もう一つ! 方包決閉陣ほうほうけっぺいじん!!」

 紫苑は知葉我の鏡を、宙に浮く光の箱に閉じこめた。九字万玻水くじ・よろはみが紫苑の扇に書いてくれた、万玻水の技である。

「ぬうっ! 鏡が手から離れぬ!」

 知葉我が叫んだ。

「通信遮断を禁止して、お前の居場所を突き止めるわ! もう逃げられないように! ぬかったわね、この鏡がある限り、お前は現在位置を突き止められ続けるのよ!」

「小娘! 剣姫でもない非力な陰陽師のくせに、小賢しい真似を! わたしに勝てると思うのかえっ!!」

 鏡から黒い風の刃が無数に放たれた。紫苑は術を強め、光の箱から逃すまいとする。

 紫苑を見て、一同は剣姫抜きの戦術を立てた。

 露雩と閼嵐が七十の神器と向かい合った。

 援護の紫苑、空竜、霄瀾を出雲が守る。

 麻沚芭と氷雨が残り八十人の四本腕の忍を相手にする。

 靫石の里は、国ではないので、千人単位の忍はいない。

 だが、靫石流は忍の中でも人海戦術の諜報ちょうほう活動にけていて、忍の数はどの里よりも多い。

 戦えるであろう数は、五百人はいくだろう。

 そして、敵の扱いがうまければ戦いが無傷では済まない神器が、七十もある。

 知葉我は、神器を首尾よく奪えて、ある程度身体能力が高く、それなりに神器を使える、うまい相手と組んだのだ。

「『本物』を見せてやろうぜ。閼嵐」

「ああ。神の試しに答えなく力を使える者は、この世に存在しない」

「理由のない力を、神はお赦しにならない!!」

 露雩と閼嵐は、四神・玄武げんぶの神剣と、神剣・白虎びゃっこが変化して閼嵐の右手の五指を覆う爪甲そうこうを閃かせ、七十人の神器に向かって走った。

 剣姫でさえ五十の神器と戦って、立っているのがやっとまで追いつめられた。

 このあと、魔族軍も控えているところで、七十の神器に全力を傾けたら、戦い続けられなくなる。

 二人の神剣所有者の意見は、一致していた。

 神剣の直撃によって、忍の二人の神器が宙に飛ぶ。すかさず露雩と閼嵐は叫んだ。

「玄武神紋!!」

「白虎神紋!!」

 神の紋章が、ぶよぶよの体に刻まれた。一人はみるみる皮膚が真っ黒になって、玄武神紋の形に体が砕けた。もう一人は皮膚が硬く白化して、白虎神紋の形に体が崩れた。

 露雩が神剣・玄武を振った。

「やはりな。こいつらは死の恐怖も老いの恐怖も克服していない」

「心なく力だけを得たとき、そいつは力だけを己の存在意義の源にする。心がなければ、それは砂上の楼閣だ。心こそが自分を支える芯なんだ。こいつらは自分の力が死や老いで失われることが、恐ろしいままだ。いけるな、露雩! 一緒に神の力を、見せてやろうぜ!!」

 神剣・玄武の使い手と神剣・白虎の使い手は、神の即死の力・神紋を使い、神器を持つ忍に向かっていった。

 麻沚芭と氷雨は、四本腕の靫石流の忍の持つ二本の刀の雨と戦いながら、確実に仕留め続けていた。

「……八十人とは言いながら、百六十人を相手にしているようだ」

 麻沚芭は疲れた右手を休めるため神剣・青龍せいりゅうの小太刀を左手に持ち替え、間断なく迫り来る連続攻撃と戦い続けた。

「さすがの戦士もときどきは休まなければ、筋肉がまいるのだな。お前が休みたいときは声をかけろ。永久に疲れない人形機械の私が、お前の前に出よう」

 氷雨が槍を振るって麻沚芭の近くに来た。麻沚芭は戸惑い無言だったが、

「父上から一騎当千の稽古はつけてもらってる。魔族軍と戦う前にへばらないように、こまめに体を休めてるだけさ。でも、戦い続けられる仲間がいるっていうのは、心強いよ」

 そう言うと、氷雨と共に敵に向かっていった。

 空竜は、麻沚芭と氷雨の方をまず援護射撃していた。露雩と閼嵐には、神紋を使う拍子がある。拍子が合わなければ、矢で神器を弾いても、敵に神器を再び拾われてこちらの体力の無駄な消耗につながるので、確実に仕留められる方から潰していくことにしろ――と、出雲に言われたのだ。

 殺意の狂乱の中、ともすればより近い敵からと混乱する空竜は、戦いになっても冷静さを失わない出雲がそばにいてくれてよかったと、頼もしく思うのであった。

「敵が自分の命を脅かすのではないかと思うほど近くにいても、迎え撃つ将に信頼が置けるなら、大丈夫だ。大事な別の部隊をそんな小事の、敵による陽動作戦にいて、本来潰せたはずのものを潰せないのは、戦争に勝利できない敗軍の王だぞ」

 出雲は靫石流の忍を斬り伏せながら、語った。

 安心して八十人を狙う空竜の耳を、石の大矢がつんざいた。

「キャアアッ!!」

「空竜ッ!!」

 紫苑の炎の術が、石の矢を砕いた。しかし矢の威力の余波で、突風が一同を襲った。

「わあっ!」

 霄瀾が転ばされそうになって、目を敵かららさないために慌てて自分から尻もちをついて、一拍いっぱく後すぐに立ち上がった。霄瀾の目に、第二、第三の石の矢が向かって来るのが見えた。

「私がやるわ!」

 体勢を立て直した空竜が六薙ろくなぎの矢を放った。

 しかし石の矢は砕かれるたび、進行方向に突風だけは伝え、こちらの注意を翻弄した。そして、戦いに集中できない隙に、さらなる矢をつがえて放ってくる。

 敵は、四本の腕を二本ずつに分け、人間の二倍の力で石弓を引いていた。あまりの力に、突風を従えていたのだ。

「空竜は狙わせねえぞ!」

 出雲が走ったが、空竜への石の矢の突風に巻きこまれて、体が回転して弾き飛ばされた。

「出雲!」

 霄瀾が目をかばいながら叫んだ。

「これが四本腕の力か……。人間の腕ではなく、魔物の腕だったんだな」

 人間の力で、こんな弓は引けない。靫石は、半分魔物のようなものだ。出雲は険しい表情で立ち上がった。

「出雲、私がやるわ。近づけないなら、飛ぶ武器で倒すしかないわ。あなたは刀の敵をお願い」

 空竜が弓を構えた。

「でも戦ってる最中に風が襲ってきたら戦いにくいだろう。空竜、無理するな」

「私に考えがあるわ。もう風は起こさせない!」

「へえ……それはどんな方法なのか知りたいねえお姫さん」

 石弓の忍が馬鹿にしたように笑った。

 この石弓の忍・足広たしひろは、考えた。神器を使うとはいえ、相手はただの人間だ。人間の限界を超えた自分の力にはかなうまい。そして、術ではないから、海月かいげつの完全反射は使えない。六本の矢を一本に束ねて、矢を突き抜けてこちらに直接当てるつもりだろうか。ふん、甘い。そうならないよう、こちらは連続で石の矢を射るまでだ。そして、勢いを増す風に、お前は矢を射ることもできなくなるだろう。馬鹿め、帝の娘の命、オレがもらった!

 空竜は弓を構えて、足広が矢を射るのを待っていた。

「いいだろう、策に溺れて死にやがれ!! りゃあっ!」

 足広が息もつかせぬほど連続で弓矢を放った。空竜は六薙ろくなぎの六本を太い一本に束ねて射掛けた。

「オレの思った通りだ! ヒャハハア、力の差を思い知れ!」

 純粋な力の押し合いでは、足広は勝てると踏んでいた。石の矢をつがえ、放ち続ける。

「さあて、その六本矢は何撃もつかなあ!?」

 一本目が六本矢と激突した。

「さあ、肝心かんじんかなめの見所だ!!」

 足広が嬉々として叫んだとき、突然空竜の六本矢が六方向にねじ曲がった。そして風車のように回転して、矢を砕き、突風をらし始めた。

「なにっ!?」

 石矢を次々と砕きながら、矢の風車が足広の目の前まで飛んできた。

「この野郎、こんなことまでできたのかっ……」

 足広が続きを言うことはなかった。

「やったわね空竜! 神器を使いこなして、すっかり達人だわ!」

 紫苑が麻沚芭を回復させながら、声をかけた。

「ふふうっ、私だって自分に関わることは、日々研究してるんだからあ!」

 空竜が片目をつぶった。

 戦線に戻った麻沚芭に、靫石偉味巣ゆぎいし・いみすが斬りかかってきた。

 兵力は、三分の一まで減少している。麻沚芭たちが疲れたところを狙うつもりが、囲みを突破されそうなので、本気を出しに来たといったところであろうか。

「お前みたいに自分が一番大好きな奴が、よく先鋒せんぽうを買って出たものだな」

 偉味巣を下から睨みつけながら、麻沚芭は皮肉を言ってやった。

「オレには次の頭の座を狙う弟がいるからな。あいつを出し抜くには結果を出さなきゃいけねえんだよ。“真っ先に手を出した奴が全部の手柄を独り占めできる”っていうのがオレの信条さ。見ろ、霧府の里の壊滅もオレ一人の手柄だぜ! オレってすげえだろ!」

 霧府流の頭を前にして、偉味巣はのけぞって大笑いした。

「斬り飛ばされた腕の傷はもう痛くないのか? 残りの二本も同じ目に遭わせてやるから安心するがいい」

 麻沚芭の口撃(こうげき・意味『言葉で攻撃すること』)を聞いたとたん、偉味巣が顔中を真っ赤にして歯を強く嚙み合わせた。

「てめえこの野郎、言わせておけば!!」

 偉味巣の右側には、新しい腕が二本生えていた。

「腕くらいいくらでも知葉我しるはがが生やしてくれる。中途半端なてめえの攻撃なんか、かねえんだよ!」

 偉味巣が飛んだ。

 次の瞬間には、麻沚芭の神剣・青龍せいりゅうと刃を合わせていた。

 速い。

 稽古をつけてくれた父よりも、速い。

 偉味巣との交刃の音を宙のあちこちで鳴らしながら、これが頭の一族の実力かと汗が出た。

 霧府の里一番の俊敏さを持つ麻沚芭でさえ、一瞬でも集中がれれば殺される、そんな斬り合いだった。

 偉味巣も、自分の全力なのに、思った通りにすぐ死なない麻沚芭に、いらち始めた。

 両者の速さは、互角であった。

 これがもし、偉味巣が二本腕のままだったら、一点に集中して、十九歳の強い体が、十五歳の麻沚芭より速かったかもしれない。目的なく得た力が、持ち主を害したのだ。

 偉味巣は、戦いにらちが明かないため、一旦距離を取った。

「どうした。もう疲れたのか」

「ふん、霧府の弟! これを見てもまだ平常心で戦えるかな!」

 偉味巣がわざと高々と一つの手甲てっこうを掲げた。

 虎の顔が彫られてあった。

知期ちき霧府流生命並立きりふりゅう・せいめいへいりつ!!」

 麻沚芭が、知期の虎の武器化した手甲を見て、顔色を変えた。

「知期は、どうしたっ! その虎は知期にしか武器化できないはずだ!」

 偉味巣はへらへらとしまりなく笑った。

「ああ、あのガキか。煙まわしても倒れねえから、オレが直々(じきじき)に生けってやった。動物の武器化の秘密を吐かせるためにな。でも言わねえから拷問したら、死んじゃった。知葉我が竜の鱗をくれたから、それでこのおもちゃが使えるようになったのさ」

 麻沚芭は思考がまとまらなかった。知期は麻沚芭が偉味巣を撃退したあと、捕まってしまったのだ。

「……オレが撤退命令の条件を言いそびれたからかっ……!!」

 知期は、麻沚芭を守り続けるために、逃げられなかったのだ。

 霧府流の教えには、逃げの一手も許されるということが書いてある。

 だが知期は、麻沚芭を愛していたのだ。

 麻沚芭が殺されるような事態を、許すはずがないではないか。

「最低の頭だっ……!! 知期を殺したのは麻沚芭オレだっ……!!」

 麻沚芭は両膝をついて土を見つめた。

 どんなに辛かっただろう。霧府の秘密を守り通して、どんなに耐えただろう。

「すまない知期っ……!! オレを許してくれ……」

 髪の毛に両手をしこんで、麻沚芭が固く目をつぶった。

「ハハハ! 手下を守れなかったぐらいでそんなに落ちこむのか! 弱い野郎だ、オレには好都合だがな!!」

 偉味巣が虎の手甲から水砲を発射した。麻沚芭の額を貫かんと迫る。

「しっかりしなさい麻沚芭!!」

 赤い炎が、水砲を蒸発させた。

 扇を構えた紫苑が、麻沚芭の前に立った。

「知期がいてくれなかったら偉味巣の他にも忍が来たのよ! 私たちは殺されていたのよ! 知期は腕を斬られた偉味巣が森から出て来た時点で、状況を判断して逃げ隠れる選択肢があった! それができなかったのは知期の実力不足! あなたはそこまで面倒見きれないわ!」

 非情ではある。だが、紫苑は事実をはっきり告げた。弱い者は、強い者に倒される。無条件にすべての人を守れなかったと言って嘆くのは、優しすぎる王である。

 麻沚芭は、紫苑にそう言われても、知期の恋心を利用したようで、良心の呵責かしゃくに耐えられなかった。

「オレはどうすればいいんだ!」

「知期はもう生き返らない。知期が生きていたときの望みをかなえるのよ!」

 麻沚芭の目から光が消え、復讐の燃える色に変わった。瞳はそのすすがたまるかのように濁り、奥に鋭さが広がり始める。

「霧府流を守る。そして――靫石一味を滅ぼす!!」

 麻沚芭が飛び出していった。紫苑の援護の術が、介入できそうにないほどの速さだった。

「手下の武器で死ね死ねー! ハハハハ!!」

 遊ぶように振り回して、偉味巣が水砲を、ところ構わず撃った。

 素早い足さばきで麻沚芭がかわしていく。偉味巣は再び麻沚芭と刀を交えたとき、虎の手甲を相手の腹に押し当てた。

「あばよ!」

 麻沚芭はギッと真っ暗な眼で虎の顔を睨みつけた。手甲は、水砲を躊躇ちゅうちょした。

「ん!?」

 偉味巣は異変に気づいて離れると、手甲と自分の体をつなぐ竜の鱗が、依然として刺さっているのを確認した。

「不具合でも生じたか……?」

 麻沚芭は、偉味巣に考える暇を与えなかった。再度突撃したとき、片手の神剣・青龍で偉味巣の小太刀を受け流すと、片腕を虎の牙に押し当てた。

「ギャルルルルッ!!」

 虎の手甲がたまらず虎に戻り、もだえた。

「何しやがった……」

 偉味巣は虎に一瞬、注意がれた。しかし麻沚芭は自分の毒に苦しむ虎のくれる、この好機を逃さなかった。

 偉味巣の首に、麻沚芭の青龍が突き立てられていた。

「っぐ……っが……」

 偉味巣は最期に意味のある言葉すら言えずに、台地に転がった。

 麻沚芭は許さなかった。

 二度と動かないように、体中すべての部分を刺した。

 刺すだけでは飽き足らず、手足の指を一本ずつ切断し始めた。

 パアンと、紫苑がその頬を平手打ちした。

「しっかりしなさい!! 神に見放されるわよ!!」

 はっ、と麻沚芭は光の澄んだ瞳に戻って、青龍を見つめ直した。

 神は、無言であった。

 肉親も、仲間も、知期も殺され、今また偉味巣を倒すために虎を犠牲にしてしまった自分に腹が立ち、復讐でしか心の空隙くうげきを埋められなかった自分が情けなかった。

「オレは、自分の仲間すら助けられないのか」

 オレに、もっと力があれば。麻沚芭が自分の毒で殺してしまった虎に手を添えたとき、里の太陽・楽宝円がくほうえんが左胸で輝いた。

 光は虎を柔らかく包み、青白かった虎の血色がみるみる赤みを帯びていった。

 虎は、ゆっくりと目を開けた。

「楽宝円の力……!? 光を浴びて、回復したのか!!」

 麻沚芭の目の前で、虎は起き上がり、楽宝円の胸に頭をこすりつけた。しかし、それだけで、目的もなくうろうろしている。

「もう霧府流の訓練を忘れてしまっている……。竜の力を流しこまれて、戦いの知識を増やしたけど、それを除いたとき、記憶力が疲弊していて、元からあった記憶まで著しく消耗したのかもしれない。それとも、すべてを知ったとき普通の虎に戻ることを選んだのか……」

 虎は、あてもなく去っていく。

「もう一度いっしょに戦わないの?」

 霄瀾が虎と麻沚芭を見比べた。

「オレはあいつを犠牲にした人間だ。どうして協力してくれと言えるんだ。オレはまだ弱い。守れるものを守れる心の強さを手に入れてから、仲間になってほしいと申し込むよ。それが頭の義務だ」

 露雩と閼嵐は神器を持つ七十人を、氷雨は八十人の残りを倒したところであった。

 そのとき、死んだと思われていた靫石の忍の一人がむくりと起き上がった。

 氷雨が槍を持ち直すと、忍は麻沚芭に片膝をついた。

加増かましか! よく残ってくれた!」

 靫石流に潜入していた霧府流の忍、細身の加増が虎に目をやった。

「あの虎のことは仲間に連絡を入れておきます。お望みのとき、里の太陽が輝けば、きっと戻ってまいりましょう。偉味巣の包囲、お伝えできなかったことを深くお詫び申し上げます」

「いい。それより、偉具炉いぐろの居所は。知葉我の裏は、もうかけないか」

「残念ながら、知葉我は官軍への切札とうたい、魔族軍二千五百体を偉具炉の後ろに配置しています。麻沚芭様たちを靫石に任せるという名目で、靫石の全軍をぶつけるつもりです」

 知葉我の軍勢は、今まで隠されていた。加増でさえ、軍が揃った今しか、知ることができなかった。

 情報を制する者が、幾万の兵士に勝ることを知っている。二千五百体もいるとわかれば、紫苑たちも官軍と連携を取る方法を真剣に検討したかもしれない。

「魔族は強い者にしか従いません。知葉我が死ねば、魔族軍は瓦解します」

 加増が報告したが、紫苑は知葉我はそれすら見越して手を打っているだろうと思い、鏡を封じこめた光の箱を、戦慄しながら見下ろした。

「よし、加増。里の内部の案内を頼む。それと紫苑、またオレが復讐に走りそうになったら、よろしくね! オレの女神様、一生一緒だーい!」

 麻沚芭がチュッと紫苑の左頬に口づけした。

「ああーっ! どさくさに紛れて何やってる!!」

「おいっ! オレと同じことすんじゃねー!!」

「え!? それってどういう意味だ出雲!?」

「ああ……! あなたが麻沚芭様の御方おかた様であらせられましたか」

 加増に紫苑と露雩と出雲が振り返った。

「「「違います!!」」」

 とにかく、一同は知葉我の現在位置からして通るしかない、里の内部へと走り始めた。


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