心は結実に伸びる第四章「花の宴(うたげ)」
登場人物
双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑、強大な力を秘める瞳、星晶睛の持ち主で、「水気」を司る玄武神に認められし者、紫苑と恋人同士の露雩。
紫苑の炎の式神・出雲、神器の竪琴・水鏡の調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾、帝の一人娘で、神器の鏡・海月と、神器の聖弓・六薙の使い手・空竜姫。聖水「閼伽」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉の器の持ち主で、「金気」を司る白虎神に認められし者・閼嵐。忍の者・霧府麻沚芭。
第四章 花の宴
淡比良国に入った。この地を南下すれば、海岸はすぐである。
緩吹和村を通過するとき、一人も通りにいないことに気がついた。
造血剤をありったけ買いこもうと思っていた紫苑は、村の広場にある集会所をのぞいた。
見ると、若い男女がうなだれて並んで座り、その周りを村人が通夜のように押し黙って囲んでいる。時折すすり泣く声が聞こえる。
「あのう……今日薬屋はお休みでしょうか」
当たり障りのないことで、紫苑は声をかけてみた。
「薬!? 今日はよそ者にかまってる暇はねえ!! よそへ行ってくれ!!」
若い娘のすぐ近くで目を泣きはらしている中年の男が、手で追い払った。
「お父さん、だめよ。人には親切にしないとね」
若い娘が優しくたしなめた。
「だって、お前、今日は商売どころじゃねえよ!!」
薬屋の親父が泣き叫んだ。
「どうされたのですか。何かの病気なら、医学の心得が少しばかりあります。呪いなら、解けるかもしれません」
紫苑の申し出に人々はざわついたが、
「そのどれも役に立たねえよ!」
薬屋の親父は吐き捨てた。
「あの若い二人はな、魔物の生贄にされるんだよ」
近くにいた老婆が、悲しみに満ちた目で紫苑にそっと教えた。
「そういうことなら、詳しくお話を聞かせてください。私どもが退治してご覧に入れます」
即答した紫苑を、麻沚芭は驚いた目で見つめた。逡巡もせず、即座に決断できる少女から、頼もしさと尊敬すべき輝きが放たれていた。
「子供に何ができる! オレたちが戦っても歯が立たなかったんだぞ! もし失敗したら、奴らは見せしめにたくさん村人を殺すぞ! 生贄を出すしかないんだ! ううっ、加鶴ー!!」
薬屋の親父は、娘の足元に伏せって泣いた。
「私は都の陰陽師の長、九字万玻水の娘、九字紫苑と申します。陰陽道の腕は父に次ぐと思っております。人々の憂いは帝の憂いです。どうか、事情をお話し願えませんか。私どもでよいように取り計らいますので」
「紫苑……」
露雩が紫苑に振り向いた。紫苑はこれから、九字の名を背負うのだ。
「都の陰陽師の長の娘……!?」
人々は、紫苑が出した十二体の紙の式神に、おお……と、声がこぼれた。十二体を一挙に出すのには高い術力が要ることは、知っていたのだ。
人々は道をあけ、紫苑たち四人は中央へ進んだ。そして人々が重なるようにして語り始めた。
村の外れに沼があって、水資源に乏しい村は、ここからしか農地に水を供給することができなかった。ところがある日、沼に十体以上の飛行魔物が現れ、枝や葉で沼から村への水路をせき止めてしまった。水を流してほしければ、一箇月に一度、若くて健康な新婚の男女を生贄によこせと言ってきた。
当然受け入れられるはずがなく、村の男たちが武器を持って退治に向かったが、相手は素早く、しかもまひや毒や誘眠(ゆうみん・意味『眠りを誘う』)を与える爪を持っていて、ほぼ壊滅してしまった。淡比良国王に直訴しようとする人々は、沼の近くを通らなければならないので、ことごとく魔物に見つかって、殺されてきた。
人々は、無念のうちに、生贄を差し出すしかなかった。
一箇月に一度、若い二人を失う。つまり、一年で二十四人以上の赤ん坊が産まれなければ、村は消滅してしまう。そして、二十四人も小さな村で産まれるわけがなかった。一生食べ続けたいなら生贄を要求する間隔を十分にとるはずだ。それをしないということは。
「この魔族は人間を滅ぼすことしか考えていない。この村が滅んだら次の地、つまり別の村へ行くつもりだ。自分の食べられる分以上に要求する……人間と同じ、か……」
麻沚芭が真剣な顔で呟いた。閼嵐の目には、そこに何か空竜と通ずる色が垣間見えた。
「なぜ新婚の二人なのですか」
「着飾って化粧をした美しいものを食べたいらしいのです。魔物の考えていることなど、我々にはわかりません」
人々の話は終わった。明日が月に一度の生贄を捧げる日で、将来を約束しあった男・赤張と、女・加鶴が、犠牲にならなければならない日だった。
「なるほど。では私が加鶴さんの身代わりになりましょう」
紫苑が告げた。加鶴たちが声をあげた。
「九字様、しかしそれでは単身のあなたが危のうございます! 討伐軍なら回復役もいましょうが、相手は恐ろしい爪を持っています、一度でも掻かれたら……!」
「もちろん赤張さんにも代わっていただきます」
加鶴が口をすぼめて止まった。
「ねえ露雩」
紫苑が両手を組んで後ろに伸ばした。
「私と結婚しよっ!」
片頬を空に向けて、頬を染めた紫苑が笑顔で振り返った。
「ああ……かわいかったなあ……」
露雩は月を見上げながら、頬杖をついて目を蕩けさせていた。
「『私と結婚しよっ!』だってえ! うわあまいったなあ! あははははは!!」
バシバシと障子の桟を叩きまくる。
もちろん「結婚しよう」と返し、明日は露雩と紫苑の結婚式である。
「ああ、これでもう一生離さないっ!!」
露雩が自分で自分を抱きしめて舞い上がっているところへ、音もなく刀が振り下ろされた。
「何をする麻沚芭!」
玄武の刀で受けた露雩がちょっと焦って叫んだ。
「今お前を殺せば明日はオレと紫苑の結婚式になるから」
「真顔で平然と言うなよ!!」
麻沚芭は、女装して紫苑の代わりに花嫁になると申し出たが、男二人だとわかったら一直線に村に報復に来ると思う、と村人に言われて、二人の妨害ができなかったのである。
さすがに、紫苑があんなに嬉しそうに露雩に告白したものを、オレが代わるとは言えなかった。紫苑からの決定的な一言は、聞く勇気が持てない。
「だからお前を殺す」
「だから本気で力を込めるな! 紫苑はそういうやり方をする奴、嫌いだぞ!」
麻沚芭は、はっとして刀を引いた。
「……母上に怒られちゃうか……」
「え?」
麻沚芭は刀を収めた。
「いいさ。今は悔しいけどお前に負けてる。明日の結婚式は邪魔しない。その代わりオレがお前以上に紫苑を守れるということを、明日わからせてやるぜ!」
麻沚芭は去っていった。露雩は急に不安になって、いやに酒を飲んでいる閼嵐のいる台所を通り過ぎて、花嫁の部屋へ向かった。
「どうしたの? 露雩」
「まだ起きてたんだ」
「ええ、なんだか寝つけなくて」
二人は月明かりの下に向かいあった。
お互い、この美しい人と遂に夫婦になれるのだと思うと、見つめあう一秒一秒が永遠に感じられた。
感極まって、紫苑は鼻と口を両手で覆い、嬉し涙がこみあげた。
「露雩! 私、私あなたと結婚するのね!」
露雩がそっと紫苑の両手に自分の両手を重ねた。
「待った。泣くのはきちんと求婚してからにして。私と結婚してください、紫苑」
紫苑はもう涙を止めることができず、自分の手にも露雩の手にも柔らかい真珠を幾筋も転がした。
「返事、聞かせてくれる?」
紫苑の目線の高さまで肩をかがませ、紫苑の髪の下のうなじで両手を組み、露雩が優しく尋ねた。
「はい……! あなたと、生きていきたい……!」
まつ毛に大粒の真珠を並べてやっとそれだけ言えた紫苑を、露雩はそれを聞くやいなや飛びこんで抱き締めた。
「君を一生守る!」
「はい……!」
月の光に伸びた影が、二人を固く結びつけていた。
翌日。村人は朝から、神社の装いと料理の準備で大忙しである。
一切手伝うものかと決めていた麻沚芭も、いつの間にか神社の掃除をさせられていた。
「さあさあ早く! 今日はめでたい日だよ!」
全員が浮かれ、いきいきしている。今日で生贄の苦しみから解放されるかもしれないからだ。
正午に、すべての用意が整った。村人は、それまでの普段着から一転して、明るい一等の着物を着て神社に揃った。
雅楽の演奏が始まり、まず新郎が一礼してこちらから見て右側から現れた。
白い翼を肩と胸に広げた白い外套に、白い細身の袴を身に着け、そして白金の膝までの靴を履き、両腰から一本ずつ刀をさげた、真っ白な花婿衣装の露雩が、比類なき綺麗な美貌を世に屹立させながら、堂々と立っていた。
一同はその美しい輝きに、太陽と月と星の光を目にした思いがした。
続いて新婦が一礼してこちらから見て左側から現れた。
白・青・黄・赤・黒の花を混ぜて彩った花冠を頭に載せ、一つにまとめた髪には花びらが散らしてあった。白銀の巫女服には大小たくさんの花が色とりどりに飾りつけられ、帯には蝋梅の花のついた枝が巻きついて、上品な香りを放っている。まさに「花」嫁、花の精そのものであった。紫苑はまつ毛に結わえてつけた花びらで目を瞬かせた。
お互い、美しい輝きにみとれあった。
そして、お互い同じ気持ちなのだという喜びがこみあげてきた。
二人は、並んで二人掛けの椅子に腰かけた。
柔らかく紗がかけられていて、それには銀糸で縫い取りした月と、赤や青や緑などの、色とりどりの宝石の星が、ちりばめられていた。
神主によって露雩と紫苑の結婚の報告が神へなされ、祝女の舞が奉納されたあと、神主は二人の行く末の平安を祈った。神様にお願いした以上、もうこの結婚を違えることはできない。露雩も紫苑も、心の高揚を抑えることができなかった。
「では、神前にてお誓い下さい」
神主に言われ、露雩と紫苑が立ち上がった。
「私露雩は九字紫苑を妻に迎え、いついかなる時もこれを愛し、守り抜くことを、神の御前で謹んで申し上げます」
「私九字紫苑は、露雩を夫にし、いついかなる時もこれを愛し、守り抜くことを、神の御前で謹んで申し上げます」
神前にて、結婚の絆は結ばれた。
もはや誰も解くことはできない。
女性たちが、パアッと花びらを二人にかけた。
百花の香りの繚乱する中、露雩と紫苑は微笑みあうと、遂に愛の口づけをかわした。
人々は大いに祝福し、新郎新婦のために道をあけた。
二人が外に出ると、一面の一年桜が揃っていた。降り続ける桜吹雪、それによって桜色に敷き詰められた絨毯、そしてところどころで花びらに埋まっている、直径五センチの桜色の宝玉。太陽の光を受けて、きらきらと輝いている。
「なんて素敵なところなんでしょう!」
紫苑が、桜色のきらめきの世界に両腕を広げ、全身を震わせた。
「こんな場所に一生住めたらいいね。だからオレたちの家の中は、いつも互いがいる喜びで満ち溢れていよう。君が一生隣にいてくれる感動を、この美しい一年桜の光景と共に、オレは一生覚えているよ」
「ええ、私もずっとこの気持ちを覚えているわ」
新妻が、長いまつ毛を綺麗に伏せ揃えて笑った。
桜の絨毯の中央に、祭壇があった。そこだけ地面は円状に、一年紅葉の紅い葉が、中央から外に向かう形で重ねられていた。
祭壇の上には、五芒星の竪琴と、二つの半月がつながった形を持つ弦楽器と、太陽の形の打楽器が置いてあった。
それぞれ、霄瀾の神器・水鏡の調べ、空竜の神器・六薙、そして麻沚芭の持つ神器・里の太陽に酷似していた。
紫苑と露雩が見入っているところへ、人々がぞろぞろとやってきた。
「やあ、見事な一年桜だろう! ここは神社の聖域でな、村の者も結婚式や神事のときしか入れないんだよ!」
「九字様、都の一年桜はね、ここで大切にお育てしたものなんですよ! 立派でしたでしょう、でもここにはかなわないと思いますが!」
人々は一年桜の絶景に合わせるように陽気に笑いあった。
「あの、この三つの楽器は?」
祝いの踊りを舞い始めた村人に、急いで紫苑が尋ねた。
「おーそうじゃったそうじゃった。さ、使い手たち、演奏しておくれ」
長老の一言で、急いで初老の男三人が楽器を手に取った。
「月と星と、太陽に祝福されて、お前さんたちは幸せ者じゃ。――続きは、無事帰って来たらのう」
長老が鋭い目を見せたので、紫苑と露雩はかしこまってうなずいた。
「じゃ、今は二人の結婚式を楽しもうか!」
「うんっ!」
桜の花びらの舞う中、露雩と紫苑は再び唇を求めあった。
おおー! と村人が歓声をあげ、祝いの宴が盛り上がる。
「本当に好きな者同士が結婚するっていうのは、見ていて嬉しいねえ! 祝うこっちも力の限り祝いがいがあるってもんだ!」
主婦が大きな体を楽しげに揺すって踊った。
「結婚できてよかったな! 二人が幸せなら、オレたちも嬉しいよ!」
男が踊りながら榊を団扇にしてひらひらと四方にあおいでいる。
「長老のときは新郎新婦二人とも大泣きして宴を楽しむどころではなかったよなあ」
「まったくじゃ。長老は村の反対を押し切っての結婚だったから、許されて嬉し泣きをしとったんじゃ」
「よせやい親友照れるわい!」
わはははとみんなの笑い声が輪になって、一年桜の神域に広まった。
結婚式の済んだその夜が、魔物のもとへ行かねばならぬ時である。
紫苑は一人、姿見に自分の美しい服を映して、前を向いたり後ろを向いたりして、目に焼きつけていた。
花嫁の寝室に、花婿が入って来た。
鏡に、花嫁を後ろから抱きすくめる花婿の姿も共に映った。
「名残惜しいの?」
花嫁はそっと花婿のたくましい腕に手を添えた。
「星方陣がいつ成せるかわからないし、母の予言もあるし、なによりあなたの失われた記憶のこともあるから、正直言って着られるかどうかわからないと思っていたの」
言葉にすると、今まで理性で装っていた鎧が急速に脱げ落ちていった。
「でも、こんなに早くあなたのものになれるなんて、あなたに心から愛してもらえるなんて、私、うっ、私……」
「ここでならもう思いきり泣いてもいいよ」
紫苑は振り向いて露雩の胸に抱きついた。
「私、嬉しい……! 絶対に生きたい! すべてを終わらせて、あなたとずっと生きていきたい!!」
すべてを終わらせられるのか。剣姫の運命はあまりにも重い。
でも、この人と一緒なら。
どんな結末を迎えても、きっとこの世界で生きていける。
あなたに逢えて、よかった。
紫苑は喜びと感謝と自分の運命に大声で泣いた。
紫苑と露雩は、結婚式の衣装のままで沼に向かった。閼嵐と麻沚芭は気づかれないように後からついて来るらしい。のだが……
「あ痛っ!」
露雩は、頭上から地面に突き刺さるほどの速さで落下する枝をよけた拍子に、地面の尖った小石を複数踏んで声をあげた。
さらに大きな石が飛んで来て、慌てて紫苑が露雩を抱き寄せてかわした。
「……麻沚芭。ここに来て座りなさい!」
露雩の花嫁が怒りを抑えて命令した。
「なんのことかな? オレはずっと遠くで観察していただけだよ? (露雩がどれで死ぬかなーと思いながら)」
閼嵐に引きずられて、とぼけながら麻沚芭が現れた。「事故」にして自分に足がつかなければ、何をやってもお咎めなし! と思っている。
忍者は基本的に、目的達成のためなら手段を選ばない。
そして、「事故」で死ぬ弱っちい露雩ではなく、自分がこれから先紫苑を守っていこうという腹づもりである。
「麻沚芭。私の露雩に攻撃するの、やめなさい!」
きれいな花に覆われた巫女服姿の女性に知られて怒られても、少年はそっぽを向いた。
「あいつが悪いんだ」
麻沚芭は足を広げて丸い切株に座り、その間に両手を置いて肩を浮かせながら口を尖らせた。
「露雩がどんな悪いことしたの?」
お姉さんが両手を腰に当てた。
「オレから紫苑を取った!」
「あのねえ……」
少年の答えに、お姉さんは困ったように目を閉じ、額に右手を当てた。
「私と露雩は、あなたと知りあう前から愛し合ってたの! そこは知っといてもらわないと――」
と、目を開けると、両手を後ろに組んだ麻沚芭が目を閉じて顔だけ近づけていた。
「んー……」
紫苑はその鼻を思いっきりつまんだ。
「コラッ! 人の話聞きなさい!」
「いってえ! チュウくらいいいじゃん!」
「ダメよ! 私は露雩が好きなんだから!」
「やだあ! 紫苑と霧府流再興するー!」
駄々っ子のように紫苑の左手をつかんで振る麻沚芭に、露雩はなぜか空竜の片鱗を見た気がした。
「とにかく、麻沚芭のものを潰すのは後だ。今は魔物を倒しに行かないと」
「そうね。麻沚芭、邪魔しないでついて来るのよ。でないと四人いることがばれるわ」
「おい露雩、オレのものを潰すってなに? ……まあ、魔物なんてオレ一人で十分倒せるけどね」
麻沚芭と閼嵐は再び木陰に隠れた。
沼にたどり着くと、十三体の飛行魔物が、待っていた。
「遅い! 何をしていた!」
風を巻く軽い小刻みな羽音と共に、一体が叫んだ。
蹴鞠くらいの大きさの、小竜であった。額に透明な石が埋まっている。ひし形の翼、そして身体の半分を占める異常に発達した、先が三本爪になっている脚を持っていた。
「今回もよく着飾った若々しい人間だ。さあ、お前たち、今日も早い者勝ちだぞ!」
一体が叫ぶやいなや、十三体すべてが、紫苑と露雩に襲いかかってきた。
二人が身構えるより早く、麻沚芭が駆けた。
すれ違った五体の体は、斬り裂かれていた。
目にもとまらぬ速さだった。露雩の太刀筋より速いだろう。それは、敵と戦うときに一切の迷いがないからであった。
「なっ! なにい!」
「オレたちに刃向かったな! 村を全滅させてやる!」
息巻く小竜に、麻沚芭はとぼけた。
「オレはこの二人が襲われているのを助けた、ただの旅人だ。オレを倒さないと逃げて援軍を呼ぶぞ」
援軍を呼ばれては面倒だと、十三体はまとまって麻沚芭に飛びかかった。麻沚芭に斬られた五体は、いつの間にか傷がふさがっていた。
「(麻沚芭!!)」
しかし麻沚芭は平然と十三体の攻撃を見切り、俊敏な動きで次々とかわしていった。そして三体を真っ二つにした。
「(やったわ!)」
「うっ?」
麻沚芭は目を疑った。真っ二つに裂かれたはずの小竜が、空中でくっつき、何事もなかったかのように動いていたのだ。
「(おかしい。幻を斬ったのか?)」
麻沚芭が一瞬停止した隙を狙って、小竜が足を掻いた。
「っく!」
紙一重でかわしたはずが、かすった。
「――!?」
突然、麻沚芭の体が支えを失って倒れた。
全身がまひしている。小竜の爪の威力だ。
「ふん、バカめ! オレたちに逆らうからだ!」
「さあ、まずはこいつから血祭りだ!」
十三体が一斉に飛びかかった。紫苑が叫んだ。
「十二支式神『子』!!」
子が、召喚と同時に背負った米俵から米粒を麻沚芭の口に投げ入れた。すべての特殊攻撃による異常状態を全快させる効果で、麻沚芭は飛び上がり、敵の突撃を横に回転して避けた。
「なにい! まひを回復させた……お前は、術者か!」
十三体が一旦集まった。もう隠し通せない。
「私は回復役! 三人に十三体任せたわよ!」
「「いいとも!」」
露雩と麻沚芭は揃って返事をして、キッと互いに睨みあった。閼嵐がやれやれと息を吹いた。
二人は競い合うように六体ずつ斬り、最後の一体の前で刀を押し合った。
「どけよ! オレの方が強いってこと、紫苑に教えられないだろ!」
「何言ってんだ? オレが今までどれだけ紫苑の窮地を救ってきたと思ってる! お前こそどくんだ!」
そのとき、二人の後ろに羽音が迫った。いつの間にか、また十二体が復活していた。二人と、二人を助けようとした閼嵐は爪がかすり、麻沚芭に毒がまわり、露雩に誘眠が起き、閼嵐は平衡感覚を狂わされて倒れた。十三体はとどめを刺そうと迫る。
誰を先に助けるべきか? 紫苑の答えは決まっていた。
「答えはこれだっ!!」
剣姫が白き炎を走らせて十三体を燃やし尽くした。十三個の透明な石が残った。
「ふん……! 私のものに手を出すなど百年早い!」
剣姫がまず露雩に子の米粒を食べさせた。
「あ、紫苑……」
目が覚めた露雩は、白き炎を見てすべてを察した。白き炎が、剣姫の白無垢のように見えた。
「燃える結婚生活といこうか、露雩」
剣姫に顎を持ち上げられて、さすがに露雩が顔を赤らめたとき、
「ステキなお姉さま、マシハを好きにしてえー!」
麻沚芭が女装してマシハになって、両手を組んで頬に寄せて剣姫に叫んだ。
「えー!? おいお前何邪魔して……いや待て、お前の毒はどうした!?」
露雩も叫んだとき、透明な石が輝き、小竜の体を再生し始めた。
急いで閼嵐を回復させながら、剣姫が冷静に分析した。
「なるほど、石を砕かないと命が尽きないのか」
「紫苑、ここはオレが! あいつにわからせとかないと!」
露雩が四神・玄武を顕現させた。そして、蛇の一払いですべての小竜の石を砕け散らせた。
小竜のまひ・毒・誘眠・感覚攪乱の小さな爪は、玄武には効かなかった。麻沚芭はそのことに目を丸くしていた。
「花嫁選出大会のときも見たけど、その存在は……」
「四神・玄武。オレは神に認められた者だ」
ぐっと、麻沚芭はつまった。この弱いと思っていた男に、こんな切札があったとは。神剣に認められるとは、相当な器を持っているに違いない。
露雩が弱く見えていたのは、一目曾遊陣で血を失い、体力が落ちていたからに過ぎなかったのだ。
「こいつを殺して紫苑と結婚するのは少し難しくなったな……」
「聞こえてるぞ」
「でもっ! マシハにはまだ芽があるもんっ!」
再び女装したマシハが、剣姫の腕に抱きついた。
「だからなんなんだよいきなり!? 女装して好きって……お前……、ん!? もしかして、『女装した自分と一緒にいてくれる男装の似合う女の子』が好きなのか!? 男らしい女の『彼氏』と女らしい男の『彼女』で暮らしていきたいという!?」
核心を衝いた露雩の言葉に、マシハは頬を染めた。女の子らしく体がしなる。
「そうよ! かわいい男の子がかっこいい女の子を好きになるのは自然なことよ! マシハ、この恋ホ・ン・キッ!」
「うん、確かにおかしくない……って、だからってオレの女に手を出すなー!! ねえ紫苑!!」
「……」
「理解するのに時間がかかってる!! 当事者だもんな!!」
「紫苑! マシハは毒が絶対に効かない体なの! わたしたちの子供はものすごく強健な丈夫になるわっ!」
「そのセリフは女装の男が言うと、どこかで立ち止まって一度考えたくなるぞ!」
マシハと露雩のやりとりの中、剣姫は紫苑に戻った。
「とにかく、魔物を倒したことを報告しに戻りましょう」
粉々になった石をかき集め、証拠としていたので、村人は大歓声をあげた。
「あんたらがもっと早く来てくれてたらなあ……オレの息子は……」
「仕方ねえよ。誰も起きてしまったことには逆らえねえんだ」
これからの恋に希望を抱き喜ぶ者もあれば、過ぎ去った日にやり場のない悲しみが湧き起こる者もいる。全てを内包して、村は再び宴となった。
「――で、あの三つの楽器のことが知りたいのじゃな」
長老が静かに宴の外れで四人に聞いた。
四人は宴の騒ぎを背に真剣な表情でうなずいた。
「これは人間を守る最後の砦……三種の神器の模造品じゃ。星を水鏡の調べ、月を聖紋弦、太陽を楽宝円という。星は竪琴、月は弦楽器。だが、楽宝円はどう演奏するのか、誰にもわからぬ。我々は打楽器だと思うておる」
空竜の聖弓・六薙は、楽器ではなく弓のはずである。
「もし持っていたら、弾こうと思えば弾けるのですか」
「いや。弾く資格を得たときしか、弾けるようにはならぬ。しかし、必ず扱えるようにしなければならぬ。もし星方陣を作るときが、来るならばな――」
長老の目は鋭く四人をとらえた。
「星方陣は絶大な威力を秘めるが、諸刃の剣。成す者自身の魂を削って行われる。星方陣を成したあと、その者は命の輝きを失うのだ。それを防ぐために三種の神器の音で結界を張り、魂を陣の侵食から守るのじゃ」
「ど、どうすれば弾けるようになりますか! 資格って……!?」
麻沚芭が慌てて聞いた。里の太陽・楽宝円は自分が持っている。自分の責任で使えるようにならなければならないのだ。
「わからぬ。だがどんな場面でも、逃げるな。間違ってもいいから、答えを出せ。何のために生きるのか、生きたいのか、考え続けたとき、きっと何かが見える。……これは老いた者からの助言じゃ」
麻沚芭がその言葉を覚えていると、紫苑が尋ねた。
「でも、あなたはどうしてそのことをご存知なのですか?」
長老は一年桜を見上げた。
「この村の者は帝国の民じゃが、わしの一族だけは違うんじゃ。わしは遠い昔に栄えたラッサの民の末裔でな……」
霄瀾たち以外にも、ラッサの民がいたのだ。
「でも、この三種の神器の話は皆には内緒なんじゃ。この帝国が人々を救うのか、次に興る帝国が人々を救うのか、わからんからのう。素性を隠した一族の末裔だからというので、長の家の娘と結婚するのが大変だったわい」
長老は懐かしそうに笑った。
「どうして私たちにこの話を……」
「青龍神と玄武神が認めておられる」
素早い返答があった。
「わしはお前さんたちを信じる」
長老は紫苑たちと握手した。しっかりと、心を落ち着かせる力強い握力だった。
紫苑たちは緩吹和村を出た。
「これで神器がかなり揃ったね紫苑」
「ええ……」
露雩に話しかけられても、紫苑は振り向けなかった。
私を封印するものが揃ったか……。剣姫は虚空を見つめながら呟いた。




