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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十章 心は結実に伸びる
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心は結実に伸びる第三章「花嫁選出大会」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と恋人同士の露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん

鷹匠で女装をときどきする少年・霧府麻沚芭きりふ・ましば。麻沚芭の母・那優佳なゆか。麻沚芭の父・雅流選がるえら




第三章  花嫁選出大会



 麻沚芭ましばの花嫁を決める、花嫁選出大会当日。

 紫苑は、愛する人がありながら大会に出ることが、仕方ないこととはいえ意に反するあまり、とても苦しい思いをしていた。露雩はそんな紫苑の頭にそっと手を触れて、なでた。

「何があってもオレは君の心の支えになる。辛い時も悲しい時も一人で悩まないで。オレがいるから。いつもそばにいるから」

 露雩の穏やかな瞳に、紫苑は安らぎを覚えた。

「……うん」

 両目を閉じて嬉しそうになでられている紫苑に、露雩が歌いだした。

『題・君の星 作詞作曲・白雪


 話したいことが たくさんあるけれど

 今はただ目を閉じ君の肩にもたれ つむいだ物語をつづってよ

 どんななぐさめもいらだちも 包みこんであげるよ

 憎む心 弱い心 どちらを選んでも

 私はいつか君の星になる』


「本当に私の星になった。あなたが」

 紫苑は露雩の胸に頬を寄せた。

「一番星だよ」

「うん……!」

 露雩は愛しい紫苑を両腕で包みこんだ。


 ――花嫁選出大会一時間前――。

「うふっ、これでカンペキっ!」

 化粧を終えた美少女が、緑色の肩までの巻き毛を軽く揺らして、鏡に向かって笑ってみせた。

 鷹の左京が、美少女の腕に「いつものように」とまった。

「こらだめだぞ左京。この姿のときは遠くにいてくれないと、ばれちゃうよ」

 高い声が、少女らしく響く。

「おい……ひょっとしてお前、麻沚芭ましばか?」

 露雩と閼嵐が、固まっていた。マシハにしっかり化粧を施したような、めりはりのある美顔になっている。髪の色を変えて、別人になったつもりらしい。

 やば、と麻沚芭は焦った。ここはしらを切り通さなければならない。

「違いまーす! わたしはマジパでーっすぅ! いえい!」

 敬礼の代わりに左目に横チョキを当てて、兎のように柔らかな眼で、完全な女として言い切った。

「お前、なんで女装してるんだ」

「聞いてねえな」

「お前、自分と結婚したかったのか!?」

ちげーよっ! オレは紫苑を勝たせて、オレと結婚してもらうんだよ!」

「勝たせるって……」

「周りの競争相手をオレが排除すんのさ!」

「なんだって!?」

 麻沚芭は、美少女の顔で高らかに笑った。

「優勝すれば、“麻沚芭と結婚する”という選択肢が強制的に生じることになる。そこでオレがすかさず優しく接すれば、紫苑に気にしてもらえる回路ができあがるというわけさ! くっくっくっ、この“結婚を気にしてもらえる回路”って、なかなかできないから、貴重だぜ! オレって運いい!」

 おほほほのほと頬に手の甲を当てて去っていくマジパを見て、露雩はうむむ……と、想像しただけで耐え切れなくなった。

「こうしてはいられない!」

 露雩は閼嵐を連れて里の書店に駆け込んだ。


 花嫁選出大会直前。

 マジパは岩絵の具で女装した、たくましい男に刀で斬りつけた。

「若い娘に何するのよ!」

 それなりに高い声を出して、露雩が神剣・玄武げんぶで受け流した。

「黙れ偽者!」

「せっかく花嫁選出大会を活気づかせてやろうとしたのに」

「そこまで嫁のなり手のない麻沚芭様ではないわっ!」

「オレ……いやわたし、けっこううまく変身したでしょー。お化粧の仕方の本を買って、がんばったのー」

「……お前、その割には化粧がなってないぞ。濃すぎ。不自然」

「んまっ! ひどい! こんなきれいな女の子に向かって!」

 たくましい男が女の線一つ真似をせず、声だけきれいに出している。マジパは恐ろしげに両頬を両手で挟んで、激しく首を振った。

「絶対お前を嫁にもらうもんか! 紫苑に優勝させないつもりだな!? お前が勝って、お前を花嫁にしたくなかったら神器よこせって言うつもりだな!? とんでもない奴だお前は!! いいだろう、未来の花嫁のために勝負だ!!」

 そこへ紫苑が現れた。露雩を見て止まった。

「ごめんなさい、私……何も見なかった!」

「ち、違う! 何かを誤解したまま行かないで!」

 目を手でふさいで走り去ろうとする紫苑の手を、露雩が慌ててつかんだ。

「……私のこと、心配してくれたんだ」

 紫苑が嬉しそうにささやいた。

「うん、あとのことは閼嵐に全部任せた」

「閼嵐は神器があると匂いでわかるし、頼りになるわよね」

「この大会もオレを頼りにしてくれよな」

「うんっ」

 マジパはこの二人も今のうちと思いながら、開始地点に向かった。

 知期ちきたち里の娘百人は、出発点に集まっていた。

 皆、真剣な顔つきである。

 マジパも、顔を引き締めた。

「花嫁選出大会、用意、始め!」

 号令と共に、娘たちが一斉に走り出した。

 三つの障害地を乗り越えた先の決着点に、一番に着いた者の勝ちだ。

 最初は森の中の湿地帯である。露雩は沼のぬかるみに足を取られながら進む。

「はあっ、はあっ、くそ、すごく体力を消耗する……!」

 一目曾遊陣ひとめそうゆうじんでの貧血がまだ完全回復していない露雩は、思うように足が進まない。

 息を切らしている露雩の上を、風が通り過ぎた。

 上を見ると、娘たちがつるにつかまって木の枝から枝へ飛び移りながら、あっという間に先へ行く姿があった。

 沼を歩いているのは、露雩だけである。

「えっ!? 沼を渡るんじゃないのか!? 落ちないように上を飛ぶだなんて!?」

 律儀に苦しい道を選んで、正々堂々と体力勝負をしようとしていた露雩は、仰天した。

「まさか、全員上を飛ぶとは……。この里、すごい身体能力の持ち主ばかりだ。跳躍力を測る湿地だったか!」

 露雩も木に登ってつたをつかんだ。そして飛んでいる途中で、つたが切れた。

 湿地に落ちて前方をキッと睨むと、遠くで「露雩!」と叫ぶ紫苑を抱えているマジパがべろべろばあと舌を出した。幹に鋭い二等辺三角形の黒い刃物が刺さっていた。これでマジパが露雩のつたを切ったのだ。

「これはぼう手裏剣しゅりけんでは……?」

 正確な狙いに、露雩はこの里の秘密に気づき始めていた。

「――って! オレ、最下位だ!!」

 周りは既に一人もいない。

 露雩は立ちくらみを起こしながら神流剣しんりゅうけんの技を後ろに放出し、湿地の表面を跳ねるように急速に進んでいった。

 次の場所では縦に長い湖で、海豚いるかに乗って競争がなされた。

 現在先頭は、紫苑を先導するマジパ。露雩はようやく中ほどの順位に追いついた。

「えっ!? 海豚いるかの乗り方なんて知らないぞ!?」

 しかし、戸惑う露雩をよそに、娘たちは次々と待機している海豚いるかに飛び乗っていく。よく観察していると、皆、同じ旋律を軽く口ずさんでいる。

「(里の全員が海豚いるかの調教を共有しているのか? この里は動物を……)」

 マジパと紫苑ははるか彼方である。露雩も急いで口ずさんだ。

 海豚いるかは一頭も来なかった。

 露雩は再度口ずさんだ。

 海豚いるかは一頭も動かなかった。

 露雩は忘れていた。

 自分が音程をけっこう外すということを。

 そのうち、憐れみをこめた目の海豚いるかが一頭、「さ……乗んな」と影と優しさを背負って露雩に背を寄せた。

「……海豚いるかと心が通じ合ったよ……」

 露雩は海豚いるかにまたがると、他の娘と同じ旋律を口ずさんだ。憐れみの目をした海豚いるかは、しっかり三秒たってから、他の海豚いるかを追い始めた。

 この情け深い海豚いるかは老練な泳ぎ手だったらしく、密集地帯をうまく避け、すいすいと順位を上げていった。娘たちは、どきなさいどきなさいと、つかみあいの喧嘩をしている。

 これならいけると露雩が思ったとき、空から放物線を描いて、魚が飛んで来た。

 情け深い海豚いるかは、反射的にぱくっと食べた。

「ピーッ!!」

 突然、情け深い海豚いるかが暴れ始めた。

「どうした!? 毒か!? それとも喉につまったか!?」

 振り落とされまいと必死にしがみつく露雩ごと、海豚いるかは水を求めて水中にもぐってしまった。

「露雩! 大丈夫かしら!」

 紫苑が海豚いるかから降りて声をあげた。

「何か海豚いるかの気にさわること、したんじゃなーい?」

 マジパは舌を出した。魚を投げたのはマジパで、中には激辛の実が入れてあった。

「(ごめんね海豚いるか、あとで埋め合わせするからさ!)」

 マジパは片目をつぶって片手で拝むと、紫苑の手を取った。

「さあ、走って! 追いつかれる!」

 最後の競争地は、広い平野である。

「何言ってるの? 私たちはみんなを大きく引き離しているわ。そんなに急がなくても……」

「だめよ! わたしたちには『動物がいない』のよ!」

「え?」

 紫苑は、マジパにせきたてられて、走り出した。

「(ぶぐっ! どうしたんだ、こいつ! やっぱりさっきの魚に何かあったな!)」

 絶対に麻沚芭ましばの仕業だ。だが、毒だろうか。そこまで堕ちた奴なら許さないが、あいつは……いや、この里の人々は、動物にそんなことはしないような気がする。

「(喉に詰まったなら神水で流してやれば……)」

 露雩の玄武の神水が、海豚いるかれを癒した。

 すると、海豚いるかが神水を求めて進みだした。

「(! 神水で道を作ってあげれば、オレにも指示が出せる!)」

 露雩は神流剣しんりゅうけんの神水を、湖の奥へ一直線に放った。

 海豚いるかは猛然と泳ぎ、神水と戯れた。

 ようやく、露雩は中ほどの順位で平野に到着した。

「紫苑たちが見えない! くそ! オレが全快の状態だったら!」

 力を使って息切れしたまま、露雩は走り出した。少し走っては、やっと一人追い越し、かなり走っては、やっと一人追い越す。

 だめだ、優勝するのは絶望的だと諦めかけたとき、露雩の脇を知期ちきが駆け抜けていった。

「はあ、はあ、けっこう遠いのね、決着点は」

 紫苑の手を、それより速いマジパが、ぐいぐい引っ張りながら走る。

「がんばって紫苑、十キロあるの! ずっと全速力でお願い! あ、ほら! みんなが待ってる! あそこが決着点よ! うおおおー!!」

 マジパが紫苑をおんぶして猛烈に走り出した。

「どこにそんな力残してたの!?」

「わたしたちは常に余力を残すよう訓練してるの」

「訓練?」

「やった! 優勝……!!」

 マジパが皆の見ている前で、紫苑を自分の前に降ろそうとしたとき。

 一陣の風の音が、皆のすべての感覚を奪った。

 気がついたとき、四神・玄武げんぶに乗った露雩が、決着点を越えつつ気を失いかけていた。

「露雩!?」

「オレの……勝ちだ……!」

『なんだ。ただ走ればよいとは、恋する娘のもとに行くためか。神を使うとは、畏れ多い奴め』

 玄武は笑って、消えていった。露雩がドサと地面に落ちた。

「どういうこと?」

 駆け寄る紫苑に、露雩は膝を起こした。

「この平野は、走るのが審査の目的だ。でも、ただ走るんじゃない」

 露雩は、真っ青なマジパに、にやりと笑った。

「相棒の動物に乗って、うまく指示できるかどうかを見る場所なんだ。人間より動物の方が速い。だから乗れる動物を操れない者は、乗れる動物を操れる者に負ける。それがこの平野なんだ」

「だから急いでたのね? 私たちに動物がいないからって……」

 紫苑の問いに、マジパは黙っていた。

「虎に乗っている知期ちきさんがいて、ぐんぐん進んでいくんだ。後ろを振り返ったとき、走っている娘たちといろんな動物に乗っている娘たちが見えた。だから、動物に乗っていいってわかったんだ。本当に臨機応変に、制約無用、なんでもありの大会だったね」

 露雩が乗れるものといったら、玄武神以外にはありえない。

「あとでまたお酒をたてまつろう」

 玄武神顕現で力を出し切った露雩は、そのまま正座して横になった。

 里の人々は大騒ぎである。

 どう見ても、露雩は男である。

 麻沚芭ましばの父・雅流選がるえらが、困惑した様子でマジパに尋ねた。

「お前、男も参加させていたのか。まさかとは思うが、この男も候補の一人か?」

「違うよっ!!」

 マジパは甲高かんだかい声で否定した。

「とにかく……、優勝が男では、今回の大会は無効だ。来年に仕切り直しだな」

「待ってください父上! 二位の紫苑をどうか……!」

「なんで!?」

 四位の娘が叫んだ。

 知期ちきだった。

「なんで一生懸命やってる私は無視されて、麻沚芭が連れてっただけの紫苑はいいの!? ひどいわっ!!」

 全員が固まった。

「私、小さいときから麻沚芭が好きだったのに! 麻沚芭のお嫁さんになりたくて必死に修行して、花嫁の試練で勝てるように強くなったのに! あんまりよ!!」

 マジパの姿では、言葉が返せなかった。

「ごめん……オレ、紫苑が好きなんだ……」

「こんな出会って数日しかたってない女のどこがいいの!? 内面を知る時間があった!? 私は小さい頃から麻沚芭を知ってる!! 麻沚芭のいいところも悪いところも全部知ってる!! 私だけ……私だけなのに!!」

「知期!!」

 突然鋭く麻沚芭がさえぎった。

 知期は麻沚芭に大きく目を開いた。

「君じゃないんだ……何度も言わせないでくれ……!!」

 麻沚芭は目を合わせなかった。

 知期の両目から、涙がぶわっと溢れた。

「麻沚芭のバカーッ!!」

「知期ッ……!!」

 走り去ろうとした知期と、目を向けた麻沚芭、そして里の者たちは、爆発音を聞いた。

 里の方から煙が幾筋も立ち上っていた。

「里が燃えてるんだ!」

「うかつ! 大会で皆が出払ったところへ!」

 人々は各々の動物を呼ぶと、服の中から隠していた刀を取り出し腰に差し、動物に乗って里へ戻っていく。

「紫苑たちはここにいて! 安全になったら迎えに来るから!」

 かつらを取った麻沚芭が駆け出そうとするその腕を、露雩がつかんだ。

「待て! お前たちの里はなんなんだ! 説明しろ!」

「オレたちのことは部外者には話せない!」

「お前は今日紫苑と結婚して紫苑をこういうことに巻きこもうとした! 紫苑には説明する義務がある!」

 麻沚芭は力を抜いた。

「……走りながら話す」

 閼嵐は大丈夫だろうかと案じながら、露雩と紫苑は麻沚芭の後を駆けた。

 帝を守るしのびの一派は、現在、靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろが率いる靫石ゆぎいし流である。この靫石流がすべての忍集団の頂点である。

 だが、十五年前までは違った。

 霧府きりふ流忍者が、すべての忍集団を束ねていた。

 忍頭しのびがしらの名は霧府雅流選きりふ・がるえら。王華国による反乱軍との戦いで目の光を失い、里に戻った。息子は当時三才と零才。とても霧府流を背負って立つことはできなかったため、忍頭も忍集団を束ねることも、靫石ゆぎいし流に譲るほかなかった。

「やはりしのびの里だったか」

 女たちの身のこなしで推測していた露雩は、マジパが投げた黒い二等辺三角形の刃物、棒手裏剣を麻沚芭に返した。

「どうしてみんな動物を飼ってるの? 任務のときにいたら、かえって足手まといじゃない?」

 紫苑は潜入するときを想像した。

「いや。欠点を補ってあまりある結果になるんだ」

 麻沚芭たちは里にたどり着いた。家々から火の手が上がり、あちこちで怒声が聞こえる。

 覆面をした青灰色の装束に身を包んだ忍の軍団が、霧府流の忍者と戦っている。

 四本腕の青灰色忍者と、大きく立派な武器を使った霧府の忍が、刃先を交えている。

「あの武器は何? 初めて見て形容しがたいわ……」

「今、見せてあげるよ」

 麻沚芭の腕に左京が降り立った。

霧府流生命並立きりふりゅう・せいめいへいりつ!!」

 ピィーィュッ! 左京が一声高く鳴くと、あっという間に体が硬質化していった。くちばしが伸びて刃になり、両翼は空に向かって伸びあがった刀のつばになった。

 鷹が、剣になったのだ。

「風斬り!!」

 麻沚芭が刀を振り下ろすと同時に、両翼も羽ばたいた。刃となった風の布が一直線に走り、進行上の敵を真っ二つに斬り離した。

「オレたちは、五行の術を習得できない。でも、動物を武器化することで、動物の力を何倍にも引き出して、様々な術や力を使うことができるようになるんだ」

 左京の剣を握りしめたまま、麻沚芭が顔だけ振り返った。

 見ると、象のつちで敵を生き埋めにしている者、猫の目の宝石の首飾りで相手を金縛りにして倒している者、ビーバーののこぎり刃で相手の武器を粉々に砕く者……人間の力も、人間の作った鋼鉄の力も圧倒して、侵入者を次々に撃退している。

「動物を武器化する術なんて、聞いたことがないぞ。お前たち、その力はどうやって――」

 露雩が尋ねたそのとき、露雩の近くで、劣勢になっていた青灰色の忍たちが、懐から火薬を取り出し、火をつけた。

 爆発するかと思ったら、そうではなく、不発で煙だけが大量に流れ始めた。

「ゴホッ、ゴホッ! 何これ! 目くらましのつもりなの!?」

 視界の悪くなった中で、紫苑がき込んだ。

 麻沚芭は目を閉じていた。忍にとっては、暗闇こそが主戦場。目が見えなくても、相手の位置くらい手に取るようにわかる。

「そこか――」

 そのとき、走り出した麻沚芭の右手の剣に、異変が生じた。

「ケフッ、ケフッ、ケピー!!」

 武器化していた左京が、咳き込んで元の鷹に戻ってしまったのだ。

「しまった!! そうか、これが狙いか!!」

 麻沚芭は素早く左京を抱え、普通の刀、小太刀で敵の刀を受けた。

 動物の武器化は、動物に高い集中力を要求する。息が苦しくなるようなことをされては、動物が苦痛で元の姿に戻ってしまい、力を発揮することができなくなるのだ。

 見れば、他の動物たちも武器化が解けて苦しんでいる。青灰色の忍が、優勢になりつつあった。

「くっ……! 父上の指示をあおごう! 紫苑、露雩、オレの家まで走るぞ! ついてきてくれ!」

 煙の少ない裏道を通って、三人は麻沚芭の家にたどり着いた。火の手が上がり、煙が最も色濃く充満している。

「父上!!」

 麻沚芭は、盲目の雅流選がるえら那優佳なゆかと共に祭壇を守っているのを目にした。敵の忍が半円状に、十列はなしている。

 祭壇に、鏡が鎮座していた。

 雅流選が敵を倒し、那優佳が夫の傷を癒して、鏡を守っているように見えた。雅流選の鷹は煙に苦しんで床に翼を広げてもがいている。

 雅流選に斬りかかった忍は、一太刀で倒されていった。盲目とはいえ、かつて帝国一の忍頭だった男である。四本の手を持つといえど、雑兵ぞうひょうの出る幕ではなかった。

 しかし、多勢に無勢。炎の揺れる中、手裏剣で一斉に狙われれば、戦う力のない那優佳を守りながらすべてを弾き返すのは、耳の神経の集中力が長くは続かない。

「父上!!」

「来るな!!」

 徐々に包囲網が狭まりつつある中、雅流選が叫んだ。

「お前は明日の朝も生きるのだ!!」

「父上!! でもっ!!」

「行けっ!!」

 雅流選が怒り任せに麻沚芭に手裏剣を投げつけた。麻沚芭のすぐ横の柱に刺さった。

「(オレにかすらなかった。いつもの父上なら外すはずがない。炎で聴覚が狂わされているんだ!)」

 百人近い忍が父と母を囲んでいる。ここを去ったら、もう二度と会えまい。

「……お達者で!」

 涙をこらえて父と母の姿を目に焼きつけると、麻沚芭は紫苑の手をつかんだ。

「そうよ麻沚芭。大切なものを、守り抜く子になるのよ!」

 紫苑は振り返って那優佳と目を合わせた。姿が見えなくなっても、目が離せなかった。

 神器を守るために、このようにした可能性がある。紫苑と露雩は、三人の決断に口を挟めなかった。

 現在の状況では、まだ露雩は満足に戦えないし、剣姫も、青灰色の忍の集団の意図がわからないうちは、出てこられないのだ。

「麻沚芭、どこへ逃げるの!? あてはあるの!?」

 手をつかまれながら、紫苑が叫んだ。里の奥へ向かっているようである。

「父上の言葉は、『里の太陽を持って逃げろ』という意味の合図なんだ。あれさえあれば、霧府流は復興できる」

「里の太陽? なんだそれは」

「オレたちの力の源……神器だよ」

 そのとき、麻沚芭たちの後ろから、敵の一団が追いすがった。

「霧府の直系を、絶つべし!」

 その数、十人。

 左京を紫苑に預けて、麻沚芭が小太刀で斬り結ぶ。露雩は一撃一撃に腕を取られそうになりながら、紫苑への攻撃を防いでいる。

「(こんな弱っちい奴、なんであのかっこいい紫苑が好きになったんだろうか)」

 しかし麻沚芭は一瞬嫉妬しただけで、すぐに里の太陽を持って逃げる手順を考えつつ、戦った。

 簡単に倒せると思っていたのに、戦っているうちに、その音を聞きつけて、別の場所から新たな忍があとからあとから湧き出てくるようになった。

「やばい、終われない……!」

 露雩では足止めができない。しかし里の太陽のありかを知っているのは、自分だけだ。

 自分が同時に二箇所にいなければならないという不可能な状況に、麻沚芭は嫌な汗が背中を伝った。

「こんなとき兄上がいてくれたら!」

 そのとき、新手の忍を横からぎ倒した者があった。

 知期ちきだった。霧府流生命並立きりふりゅう・せいめいへいりつの、虎の顔がかたどられた手甲てっこうをはめている。その虎が口を開くと、水砲が発射され、複数の敵を吹き飛ばした。

「知期!!」

「行って麻沚芭!! ここは私が!!」

 知期は、目と口を必死に抑えても眉だけ隠し切れずに、悲しみを放って振り向いた。

「どんなに冷たくされても、こんなときまであなたに期待してしまうのよ」

「知期……君の気持ちをオレはどうすることもできない」

 その言葉に知期は影を見せて力なく微笑むと、青灰色の忍に向かいあった。忍たちが煙を出しても、虎の水が手甲から跳ね、火を消し、また、煙そのものを水玉にくるんで地面に落とした。

「私たちに煙は効かないのよ! 全員倒してやるから、覚悟しなさい!」

 知期が敵の中に走っていった。

 麻沚芭たちは全速力で薬草の森に分け入った。

 神器のために戦いを放置するのは苦しかったが、少なくとも霧府流の源を奪われるわけにはいかない。紫苑は唇を強く嚙みしめた。


 雅流選がるえらは、十列に囲んでいた忍たちが、残り数名になるまで倒していた。

「(私の守っている祭壇の鏡が偽物だと気づかれる前に……麻沚芭、必ず本物を持って逃げのびるのだ!)」

 雅流選は耳の神経が疲弊しきっていた。敵は、雅流選の生命線である耳ばかり狙ってきたからである。

 増援は来ない。戦っている最中か、殺されたか。

「おうおう、盲目のくせにしぶとい野郎だぜ」

 そのとき、部屋に入って来た男があった。

「お前は、靫石偉味巣ゆぎいし・いみす!!」

 那優佳が叫んだ。現在の靫石ゆぎいし流の頭、靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろの息子である。

「では、この四本手の忍は皆、靫石流なのか!? いつそんな技を!! 靫石流は人海戦術で諜報ちょうほう活動をすることだけにけていたはず……!!」

 細くいじわるく跳ね上がった目の偉味巣いみすは、雅流選を鼻で笑った。

「いつまでも古いんだよ。ずっと同じ技を後生大事に守ってたら、すぐに負けるんだよ。お前らが煙で動物の武器化を封じられたみたいにな。永遠にお前が忍頭だとでも思ってたのか? バッカじゃねえの? これからは靫石一族の時代だ。お前が守ってるその祭壇の神器、おとなしく渡せ!」

「神器が目的か! 陛下のご意志なのか!」

 里の太陽は、帝にも秘密であった。それが知られて、今自分はちゅうされるのだろうか。

「帝? ははっ、今頃帝も死んでるよ」

「なにっ!!」

 雅流選は耳を疑った。靫石流が謀反むほんを起こしたのだ。

「神器は、各地の伝承をつなぎ合わせればだいたい隠し場所が推測できるって、言ってたからな。あいつの言う通り、霧府の里にちゃんと神器があったぜ」

 偉味巣いみすは一人で笑っている。

「言っとくけど、この里の連中はみんなオレがとどめを刺しておいたから。子供も、老人も、動物も、動くものはみんなだ。その方が後腐れなくていいだろ? 応援にも来ることがないし」

 雅流選と那優佳は、心に巨大な穴をあけられた思いを味わった。大切な里の仲間が、友達が、全員殺されたのだ。

「靫石……!! おのれ……!!」

 わなわなと怒りに震える雅流選の肩を、偉味巣いみすが斬り伏せた。

「ガッ!!」

「雅流選!!」

 那優佳が悲鳴をあげた。

 速い。雑魚ざことは比べものにならない。悔しいが、目が見えていた若い頃の雅流選に、匹敵する。

 とどめを刺そうとする偉味巣いみすの顔に、那優佳が小瓶こびんから毒霧を噴射した。

 軽く大きく飛んでかわす偉味巣いみすは、口の端を吊り上げた。

「この毒だけは、オレも恐いな」

「雅流選! 大丈夫?」

 那優佳が血止めの軟膏なんこうを素早く塗る。

「すまん那優佳……おそらく負ける」

 はっと、那優佳が息を呑んだ。そして雅流選の肩に頭をもたれ、覚悟した。

「今までそばにいてくれて感謝している。次に生まれ変わっても、またお前にふ(う)てもよいか」

「はい。そのときはまためとってくださりませ……!」

 那優佳は雅流選に抱きしめられながら、毒の粉を花火に詰めたものに点火し、天井へ投げ上げた。毒の花火が破裂した。

「まずい! 逃げろ!!」

 偉味巣いみすたちは毒に巻きこまれるのを避け、逃げ出した。毒の粒子は次々に引火して、祭壇ごと家が爆発した。


 森の中の社に、祭壇がある。明かりのない部屋で、一番高い場所が光っていた。

 輪があって、その周りから放射状に、光が放たれていた。まさに、太陽が輝くように。

 閼嵐が立って、周囲に目を光らせながら、誰も来ないように守っていた。

「お前……どうしてここが……」

 麻沚芭は驚いていた。

「オレは神器の匂いがわかるんだ。この里が攻め込まれたから、これを持って里に行かない方がいいと思ってな。守っていた」

「……あ……りがと……」

 麻沚芭は、閼嵐に頭を下げた。そして、光っているものを指差した。

「これが、里の太陽だよ。この光を口の中に入れて呑みこむと、動物の力を引き出せるようになるんだ」

 麻沚芭がそっと太陽の輪を持ち上げた。よく見ると、輪の外側にも内側にも、たくさん穴があいている。

「別に傷がついてるわけじゃない。もとからこうだよ。さ、急いで里を出よう!」

 里の外れまで来たとき、麻沚芭は後ろから飛んで来た手裏剣を小太刀で弾いた。

「いないと思ったぜ霧府の弟! 逃げんなよ。神器持ってんだろ!」

 靫石偉味巣ゆぎいし・いみすが立っていた。爆発のあと、祭壇の鏡が割れているのを見て、神器が壊れるはずがないから、ここにあるのは偽物だと気づいたのだ。

 麻沚芭も、偉味巣いみすを見て靫石流の裏切りを悟り、かつ、祭壇の鏡を偽物と見破ったということはと心構えをした。

「父上と母上は……」

「自分から毒を浴びて死んだぜ! ムカつく野郎どもだ、偽物を命がけで守って、お前を逃がす時間稼ぎをしやがったんだからな! でもざまあみろ、オレは追いついたぞ! ムダ死にだったな、へへっ、バカでー!」

 へらへらと笑う偉味巣いみすを見て、麻沚芭は頭に血が上った。父と母の、命を、生き様を、侮辱した! 許さない!!

 麻沚芭は怒りのために、偉味巣いみすの「影がない」ことに、気づかなかった。

 突進して振るった麻沚芭の小太刀は、何の手応えも感じなかった。

 偉味巣いみすの姿が幻と消えた。

「しまった!! 分身の術!!」

 偉味巣いみすに背後を取られた。心臓を狙う刀。麻沚芭が死を覚悟したとき、羽が飛び散った。

「左京ー!!」

 左京の体が偉味巣いみすの刀を受けていた。偉味巣いみすが即座に三本目と四本目の腕を出して、左京を引き抜いた。

「霧府流の血筋も神器も、この靫石偉味巣ゆぎいし・いみす様がいただきだあー!!」

 刀が迫ってくる。麻沚芭は左京の死骸から目が離せなかった。

「動物と心を通わせて、人の平安を守るオレたちを、何の権利があって笑いながら殺すというんだあーっ!!」

凌駕りょうがせよ!! 真の一閃いっせん!!』

 そのとき、麻沚芭の耳に竜巻が鳴った。そこから飛んできた剣を夢中でつかむと、偉味巣いみすに斬りつけた。

 偉味巣いみすの刀が粉々に砕け、右側の腕が二本飛んだ。

「おぐっ!?」

 き腕を斬られて、偉味巣いみすが顔色を変えた。

「な……なんだこの刀は?」

 麻沚芭は、夢中で振った青い剣を眺めた。

「(あれは神剣・青龍せいりゅう!? なぜ麻沚芭のもとに!?)」

 紫苑と露雩、閼嵐はすぐに気づいたが、偉味巣いみすに情報を与えないために黙っていた。

「麻沚芭!! 左腕も斬り落としてしまえ!!」

 露雩はわざと叫んだ。明らかに偉味巣いみすがたじろいでいる。偉味巣いみすに増援が来たら、こちらが危ない。そうなる前に。

「くっ……!! 覚えていろ!! すぐに追手おってを差し向けてやる!!」

 偉味巣いみすは逃げていった。露雩の見立てでは、相手を軽視する偉味巣いみすは、「特別な」自分が死なないことを、何よりも優先させると思われた。だから、増援など待っていられないし、増援が来ても自分の腕を斬った男を増援部隊が倒せるとも思わないだろう。そこで、偉味巣いみすをわざと追い詰めて、この場から逃げざるを得ないように仕向けたのだ。偉味巣いみすは、次はもっと態勢を整えてから来るだろう。今回、偉味巣いみすの一団しか来なかったのは、霧府流をなめていたか、他の部隊が他のことに手一杯だったからであろう。

 里を出て森に入ったとき、一目曾遊陣ひとめそうゆうじんで紫苑の父・九字くじの式神、結双葉ゆいふたばが現れた。

 全身傷を負っている。

「紫苑様、私には時間がありません。手短に申し上げます。忍頭の靫石偉具炉ゆぎいし・いぐろが建国祭の今日、帝暗殺をはかりました。現在、帝を殺したのは自分であるからと、自らを帝と僭称せんしょうしております」

 紫苑と露雩と閼嵐が目をみはった。

「帝は本当に……!?」

「いえ。殺されたのは替え玉です。帝は千里国せんりこくへ逃れておいでです。靫石ゆぎいしは都中で火災や暴力の騒乱を起こし、兵を鎮圧に向かわせ、手薄になった城内で犯行に及んだのでございます」

 露雩が尋ねた。

作門さもん大将軍や九字のお父様はどうしてる」

「作門大将軍は騒乱の鎮圧軍をまとめ、都から脱出いたしました。帝が暗殺されたと聞いては、兵も混乱し、とても戦えません。九字様は……帝をお守りするために、お亡くなりになりました」

 結双葉と露雩の会話を聞いて、紫苑の思考にぽっかりと穴が開いた。

「帝がお逃げになる時間稼ぎをするために、替え玉の忍・飛滝ひだきと共にいて、最後まで靫石ゆぎいしを押しとどめていらっしゃいました」

「飛滝っ……!? 兄上!!」

 麻沚芭が片手を木の幹につけてよろけた。

 霧府飛滝きりふ・ひだき。空竜の陰の護衛で、麻沚芭の兄であった。

「紫苑様、私がついていながらまことに申し訳ございません。九字万玻水くじ・よろはみ様から言付かっております。『約束を守れなくてすまない。お前の幸せを、いつまでも願っている』と……!!」

 そのとき、紫苑の両目から涙が溢れた。

 お父さんが死んだ! お父さんが死んだ! お父さんに、もう会えないんだ! もう二度と!

「お父さん!! お父さんー!!」

 うわああー!! と、紫苑は泣き叫んだ。露雩が紫苑を抱き締めた。

「私はあるじの命を失い、炎の精霊の力で立っております。それももう限界です。お別れです紫苑様。露雩様、九字様が紫苑様をどうかよろしくお願い申し上げますと……さようなら……どうか、ご武運を!」

 主を守りきれなかった悔し涙を光らせながら、結双葉は塚へ還っていった。

 紫苑は露雩の胸でひとしきり泣いたあと、涙をふいた。

「紫苑。これからどうする。都のことより神器を探す旅を続けるか、それとも――」

靫石ゆぎいしを討つわ」

 紫苑はきっぱりと言い放った。その復讐に燃える紅い瞳は、揺るぎない美しさをも放っていた。

「民を殺した隙に帝になろうとする者の作る国など、誰が安らかに暮らせるものか。そして父のかたき、男装してでも靫石ゆぎいし一味を滅ぼす!!」

「オレもその戦いに加えてほしい!」

 麻沚芭が叫んだ。

「九字様のことは知ってるよ。父上の友達だったって、聞いたことがある。紫苑、九字と霧府の二人で、もう一度都を守ろう! オレと一緒に戦ってくれ!」

 紫苑はうなずいた。

「共に父の果たせなかった想いを、果たしましょう! 靫石ゆぎいしを、必ず倒しましょう!」

「ああ!」

 紫苑の十二支式神「とり」(鳥)を八方に放ち、残りの仲間を探索しつつ、四人は一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを描くため、海のある地を目指して進んだ。

「この国はなんという国だったの?」

「どこにも属さない、名前のない場所さ。忍の里って、そういうものなんだよ」

 いて言うなら霧府きりふの里。

 麻沚芭の左の胸当てになって、「里の太陽」は上着に隠れたままひっそりと輝いていた。


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