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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十章 心は結実に伸びる
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心は結実に伸びる第二章「埃(あい)とアイ」

登場人物

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。




第二章  あいとアイ



 どうしてこうなってしまったんだ?

 出雲は自分が恨めしかった。

 空竜が胸にしがみついて泣いている。


 露雩が多大な犠牲を払って、一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを描いてくれた。これを使えば、会いたい人のもとへ瞬時に行ける。船乗りたちは、大漁町たいりょうまちへ帰っていった。

 さて、出雲と露雩が最後に使う段になって、出雲はふと思ったのだ。

「(露雩は真っ先に紫苑のもとへ向かうだろう。すると、霄瀾や空竜は誰が……)」

 一目曾遊陣が光った。

「――しまったああー!!」

 出雲は、一人ぽつねんと海を見ていた空竜のそばに現れて、両手を広げて空に叫んだ。

「出雲! 出雲! わあー!!」

 空竜が泣きついてきて、今に至る。

 紫苑のもとに向かえなかったのは、仕方がない。出雲は後悔をやめた。そして、仲間に全力で向き合った。

「どうした空竜。何があった? 泣いてたらわからない」

 空竜は、宿へ出雲を連れて行った。

 布団に、霄瀾が寝ていた。

「出雲……みんな……」

 うなされている。ひどい汗だ。

「病気なのか!?」

 初めて事の重大性に気づいて、出雲は霄瀾に駆け寄った。

「私たちが海に放り出されたとき、霄瀾が絶起音ぜっきおんで呼吸と体温を確保してくれたでしょう。でも、みんなばらばらになっちゃったから、霄瀾は絶起音をやめられないの。全員の無事な姿を見るまで、絶起音の力を使い続けているの。だから、弱ってしまっているのよ」

 憔悴しょうすいしきった顔で、空竜が説明した。

「ごめんなさい……私一人じゃ、看病一つ満足にできなくて……だって……」

 空竜がまた泣きそうになった。

 空竜も霄瀾も賜金しきんを海中になくしてしまい、着物の繕いをしたり装飾品を売ったりして、宿代と食事代、熱の薬代を払っていたのだ。

 持っていた魚の鱗は首飾りにし、貝殻は砕いて糸穴のある円柱の硝子がらすの中に入れ、その硝子三つで魚の鱗の首飾りの輪を三分割する。また、ちりめんの小布を継ぎ合わせて派手な袋を作る。それでも、とても必要なお金の額にはならない。

 手の込んだいいものを作ると、持っていたきれいな材料はあっという間に底を尽き、新たに材料を仕入れなければならなくなった。

「売ったお金で原材料を買うから、ほとんど手元に残らないの! 物を作るだけじゃ食べていけないから、礼服の仕立て直しの時間単位雇いで働いたり、弓矢で木に吊るした紙を上下に裂く曲芸をしたりして、大変だったのよ!! 私、もう夢中で……!!」

 お金に不自由したことのないお姫様が、曲芸までしてくれた。霄瀾も、守ってくれた。

「生きててくれてありがとな、空竜。それと、霄瀾のことも、ありがとう」

 出雲の手がしっかりと空竜の肩に置かれた重みで、空竜は、今までとは違った涙が目に迫るのを感じた。

「オレが来たからにはもう大丈夫だ。宿代のツケはないか? 飯は食べたか?」

 てきぱきと物事を進め始める出雲に、空竜は並々ならぬ頼もしさを覚えた。

「お金は大丈夫。なんとかギリギリで払ったから。ごはんも、紐つきの矢で魚を射て、……私ろくな料理できないから海水で煮たり、でた野菜を溶かした乾酪かんらくでくるんだり……」

「その判断よーし! 海水は生活排水のないきれいな場所からめよ!」

 ここは、無難な料理を作った空竜を褒めるところである。

 そこへ、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「熱はどうですかな」

 ふさふさした白髪の、丸眼鏡をかけた医者・草巻くさまきが、道具一式を持ってやって来た。

「ん? ああ、ご主人もおいでになりましたか。これはよかったですね」

「ご主人!? って!!」

「早速ですが、病状をご説明しましょうか?」

 驚いている出雲の脇を通り過ぎ、草巻は霄瀾の枕元に座った。

「この子は心痛で苦しんでいます。気付け薬で正気に戻すしかないでしょう。しかし、友達を想うあまり苦痛から抜け出せないのであれば、全身に気付けを与えるしかないでしょうな」

 霄瀾の額に手を当ててから、白髪頭を左右に振った。

「全身に気付け……? 何か手荒な真似でもするのか……?」

 おそるおそる問う出雲に、草巻は明るく笑った。

「いえ、必要なのはアイだけですよ」

「「アイ?」」

 思わず出雲と空竜は顔を見合わせた。

 お互い、まさか相手と口づけでもするのかと思い始めていると、草巻が、

「さっそく取りに行って来てください」

 と、袋を渡した。

「アイはアイでも、あいですよ」

 しばし無言のまま、出雲と空竜は山道を歩いた。

「そういえばここ、植物園が有名な直伸国ちょくしんこくっていうの。白岩湾しろいわわんの北東ね。変わった植物が多いことで有名よ。その……ほこりを出す木、とか」

 埃採取用の袋を持った空竜が先を歩いている。

「魔物がみついてるからお前に教えなかったのか。ちょうど薬としても切れている。だからオレたちに採って来い、と……」

 出雲が草巻の言葉を繰り返した。

 空竜は、初めての土地で、草巻に一度言われただけの場所へ、きちんとたどり着いた。

 埃をき散らしている木々があった。

「あれか。よし、空竜が採取しろ。オレがお前を守る」

 一瞬胸がドキッという音をたてつつ、空竜は布を口に当てて首の後ろで縛ると、木に向かった。木の名前は、そのまんまでほこりといった。

 出雲も布を口に当てて後ろで縛った。空竜が埃を採り始めると、どこからともなくブウー……ンという虫の羽音が聞こえてきた。

 体長十五センチの黒と黄色のしま模様の蜂が無数に向かって来ていた。腰のあたりが笠のように広がり、そこからぐるりと八本の脚が突き出ていた。

 地上に降りたら歩くのが遅そうだが、飛んでいる一匹一匹はとても速い。あっという間にこちらに到達した。話しあう素振りも見せず、いきなり両前脚から進化した針で二人を突き刺そうとしてきた。

「わーっ! おい、頼むよ! 木を切るわけじゃねえんだ、ちょっと今日のあいを分けて欲しいだけなんだよ!」

 出雲は剣で蜂の攻撃をさばき始めた。おそらくこの埃が彼らの食糧なのだろう。それを横取りする出雲と空竜は当然敵である。だから出雲は蜂の説得をしながら、蜂を斬らないように注意して防いでいた。

「同じ蜂でも信時国のときのようにはいかないか……! 空竜! まだか!」

「もう少し! 袋をいっぱいにして来いって、言われてるからあ!」

 蜂たちは、出雲に傷一つ与えられないのを見ると、一箇所に集まった。そして、八の字を描いて踊り始めた。

「えっ? なん……だ……これ……」

 見ているうちに、出雲を睡魔が襲ってきた。

 この踊りは、見た相手を眠らせる効果があったのだ。

「出雲!! 起きてよお!! もうあいは取ったから!! キャアッ!!」

 遠くで空竜の声と羽音が聞こえる。良かったなあ……オレも安らかな気分だぜ……。

「もお! 何寝てんのよ! あーっ! 紫苑が裸で街道に立ってるう! うわああっちから旅人の男たちがあ!」

「なにいー!! 今助けに行くぞ紫苑!!」

 出雲は夢から覚めた。空竜としばらく顔を合わせた。

「……逃げよう!」

 重要事項を確認しあったのち、式神になった出雲が走りながら炎を出して、蜂から逃げ切った。


 霄瀾は現実にはうなされていても、夢の中では穏やかに暮らしていた。

 以前旅の途中でシジミの味噌汁にしたとき、貝殻が大量に余ったので、空竜がその一つ一つに和紙を貼り、ひとつづりに糸を通して、貝殻の首飾りを作ってくれた。霄瀾がきれいなものを見て嬉しがっていると、

「昔は、貝殻がお金だったのよ」

 と、教えてくれた。

「わーい! きれいなお金だね!」

 通常はここまでで夢が終わるのだが、今回は違った。

 閉ざされた門の手前で、霄瀾は立ち往生している。そこへ、一メートルの針がたくさん、やって来た。精霊のようであると、夢なのでなぜかわかった。

「ここから先は入ってはだめ。でもくれるならいいよ」

 針は、霄瀾の貝殻の首飾りを示した。霄瀾はつづった糸を切ると、一個ずつ渡した。

「(空竜の言った通り、さっそくお金になった)」

 霄瀾は、螺鈿らでんで造られた城へ案内された。しかし、王はいなかった。

「ずっといらっしゃらないんだ」

「僕たち、ずっと待ってるのになあ」

 針たちが寂しそうに言うと、城の外が騒がしくなった。

 十個の核から無数の枝を出して門を壊したり、針の精霊を巻きつけて地面深く刺したり、天に放り上げたりしている、根の塊の魔物が、城を襲撃していた。

「あれは何!?」

 霄瀾は水鏡すいきょうの調べを手にした。

「お戻りにならない王の留守を狙って、自ら王になろうとしている不届き者だよ! ちくしょう、王さえいらっしゃればあんな奴、一撃なのに!」

 針の精霊が悔しそうに針の体を床に鳴らした。

 その間にも、根の塊の魔物は、針を次々と折っていく。霄瀾の「幻魔の調べ」では、攻撃をかわすばかりで発展はない。

「木気なら聖曲『青龍せいりゅう』がきくはずだ! えいっ!」

 霄瀾はとっさに、聖なる曲『青龍』を弾き始めた。

 正しく弾くと、青龍の気を弱める曲である。

 それだけではなく、木気に属する攻撃を出す相手の力の放出を、かなり混乱させることができる。

 根の塊の魔物は、力がみなぎりすぎて、逆に体がこわばって動かせなくなり始めた。霄瀾の演奏に、そのまま徐々に力が弱まっていく。しかし、抵抗力は強く、針の精霊を手当たり次第につかんで、霄瀾に投げてきた。

 即座に、霄瀾の側の針たちがびっしりと隙間なく格子状に重なり、幼い子を守った。この安心感は、かつて仲間の誰かから味わったことがあった。誰であったろうか……。

「くっ……、ボクの聖曲でも封じこめられないなんて……!」

 霄瀾はすぐ目の前の敵に意識を切り替えた。魔物が十個の核を集中して突進し、針格子の壁を突き破ってきた。

「うわああっ!!」

「弾いて霄瀾!!」

 精霊の声に導かれるまま、霄瀾は夢中で『青龍』の曲を弾いた。

 すると、残った針の精霊たちが、自分の体をあちこちにぶつけて、音を奏で始めた。折られた針も高い音を出していく。

 皆が、『青龍』の伴奏をしていた。

 木気の魔物は、木気を弱める聖曲と、木を断つ金属、金気の力で、弱まりしぼんでいった。そして最後にはじけると、その飛び散った血が楽譜を描いた。

「これは聖曲『白虎びゃっこ』の楽譜だね」

 針たちは霄瀾に教えた。

「その血に聖曲を隠していたんだ。なるほどね、僕らの王を弱らせて倒す自信があったってことだ」

 憤っているようである。

「こんな曲は、さっさと葬ってしまおう」

 針たちは、自らの体で血をずたずたに引き裂いた。

 霄瀾は、『白虎』を覚えてしまった。

「きみはいいんだよ。いつも僕たちの王を守ってくれてるから」

「正しく使ってくれるとうれしいな、その……曲……」

 霄瀾はだんだん針の精霊たちから遠ざかっていった。

「正しくってどういう……」

 と、言いながら、霄瀾は目が醒めた。空竜がわっと泣き出した。

「あれ、空竜……? 出雲! ボク、精霊に会ったよ! 貝がお金になったんだ!」

 二人が無事で良かったというのと、大事な夢がごちゃまぜになった。

 草巻は親子三人お幸せにと言って、帰って行った。

 三人は互いの無事を喜びあってから、

「とにかく、一番心配だった霄瀾と空竜は無事見つかった! これから全員で合流するぞ!」

 この二人のこんな安心した笑顔を見られるなら、こちらに来て良かったとも思える出雲は、心に暖かい「埃」が積もった気がした。


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