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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十章 心は結実に伸びる
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心は結実に伸びる第一章「動物の里」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と恋人同士の露雩ろう

紫苑の炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主で、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん

 鷹匠の娘・マシハ。マシハの母・那優佳なゆか

 竜の体の一部を使って人間を操り、人族を滅ぼそうとする者・知葉我しるはが


 マシハの里で休養して、その後仲間と合流し、仲間の一人が青龍神殿の試練を受けます。




第一章  動物の里



「ハアッ、ハアッ、ハアッ……!!」

 露雩は浜辺で片手をついた。

 もう片方の手には大量の血を流した跡がある。

 会いたい人のもとに行ける一目曾遊陣ひとめそうゆうじんは、術者の血で描かなければならない。

 竜族に血をなめさせず、他人に陣を悪用されるのを防ぐため、いずれ波がさらう砂浜に血をたらして陣を作った。血が出すぎて余計な線が入ってやり直したり、潮の満ち干に消されたり、大きな波が突然押し寄せて一部を消していったりしながら、造血剤ぞうけつざいを手に入れて何度も描き直して、やっとの思いで完成させたのだ。丸一日かかった。

 玄武の神水で癒してはいるが、正直ふらふらである。しばらくまともに戦えないだろう。

 だが、紫苑に会うためならば。

「紫苑……!! どこだー!!」

 その絶叫する背中に、抱きついてきた者があった。

 大きく柔らかな感触が、ひしと迫る。

 暖かい日差しに包まれた、春だと自然に笑みがこぼれる風の匂いをかいで、露雩は振り返って、抱き締めた。

「紫苑!! 会いたかった……!!」

 固く抱き合いながら、紫苑が目の端に涙をためていた。

「露雩!! 無事で良かった、うっう……!!」

 閼嵐は、愛し合う者同士の再会を、離れて黙って見つめていた。

 紫苑は、露雩に、閼嵐が白虎神に認められたことと、白虎の島から一旦出て来たところだと話した。

「おめでとう閼嵐」

「ありがとう、露雩。ところでお前、弱っていないか? 血を流していたみたいだし、何か敵と戦って来たのか?」

「いや、一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを作ったんだ」

「露雩!! あれはとてもたくさんの血がるのに!!」

 紫苑が露雩の手を、両手で包んだ。

「一刻も早く、君に会いたかったから」

「露雩……愛してる」

 深い愛情と共に、紫苑は目を閉じて露雩の肩に頭を乗せた。閼嵐は、

「(オレの存在忘れてないか? この二人は……)」

 と、苦笑した。

「出雲も一緒に陣を使ったんだけど、いないよな。霄瀾か空竜のところに行っちゃったんだな」

「どっちも一人にしておけないわよね。よし、今度は私が一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを作るわ。早く合流しましょう」

 紫苑が立ち上がったとき、ピィーユッ! と、鷹の鳴き声がした。一同が空を見上げると、美しく羽根の揃った鷹が、一同の真上の空で円を描くように飛んでいた。

「何?」

 一同が攻撃を警戒したとき、茂みの奥から、一人の少女が砂浜に姿を現した。

 少女は、白鳥が羽を揃えたような清楚に流れる線の絶えない、焦茶こげちゃ色の髪の毛をしていた。眉はわしがその両翼を雄々しく広げたかのよう、獣の牙のように鋭くきらめく琥珀こはく色の眼差まなざしわにの鱗のように硬くとがった鼻、ヤマアラシの針のようにくっと引き締まった口元をしていた。

 少女からは、初夏の草原にそよぐ風の匂いがした。

「あなたたち、この土地に何か用?」

 少女が無表情に尋ねたとき、露雩が倒れた。


「貧血よ。鉄分の入ったものを食べないとね」

 豊かなまつ毛を持つ長い髪の女性が、直方体に切った卵焼きを、長方形の青いお皿に載せて、やって来た。

 ここは少女の家で、倒れた露雩は閼嵐に抱えられてこの家までたどり着き、布団ふとんに寝かせられている。

 少女の家の居間は、壁が様々な動物の毛皮で覆われていた。獅子、虎、鹿、羽根、なんでも標本のように貼りつけられていた。

 少女が珍しそうに紫苑たちを眺めているのを横に、女性は優しく微笑んだ。

「体が回復して落ち着くまで、この里にいなさいな。私は那優佳なゆか。よろしくね。この子の母親よ」

 ちょんちょんと那優佳なゆかに肩をつつかれて、少女は夢から醒めたように飛び上がって、清楚に流れる髪の毛をきれいに波打たせた。

「あ、えーと……わたしはマシハ。十五才。よろしく」

 マシハは、三人を均等な視線で見た。紫苑たちも、自己紹介した。

「露雩さん、少しでも食べられますか? それともまだ休まれますか?」

 那優佳が卵焼きを見せた。露雩が上体を起こす仕草を見せたので、紫苑が慌てて手を貸した。

「あのっ、那優佳さん、食べさせるのは、私がっ!」

 急いで言ったので、声が上ずっている。露雩が安らいで紫苑に微笑むのを見て、那優佳は察して、お皿を紫苑に渡した。

 紫苑は胸を高鳴らせながら卵焼きを一つつまむと、露雩を見た。露雩が優しく笑ってうんとうなずいた。そして少し口を開けた。

「(あうわー!! かわゆいいー!!)」

 卵焼きを持つ手の指先までカッカッとほてらせながら、紫苑は露雩の口に卵焼きをゆっくりと近づけた。露雩が弱くはむりと食べた。

 紫苑はきゅうんと体がしびれた。

「(嬉しい!! 次は私が作った卵焼きでこれしたい!! 露雩が元気になるならダチョウの卵でも世界の裏側にある謎の卵でもなんでも取ってくる!!)」

 紫苑は露雩が、いつもよりゆっくりんでいるのを観察した。

「まだ食べられる?」

「……うん。ゆっくりで、紫苑が食べさせてくれるなら」

「うんうん! 好きなだけ食べさせてあげるっ!」

 マシハは、二人の世界を珍しそうに見ていた。

「へー。恋人同士ってこういうことするんだ。周りが見えないのね」

 しかし、閼嵐が、二人でなく自分を見ていることに気がついた。

「ん? どうしたの閼嵐。わたしとこうなりたいの?」

 からかってみたが、相手からの反応はない。むしろ、何かを考えこんでいるようだと感じ取り、マシハは目が鋭くなった。

 閼嵐は、マシハの髪の毛のつやを見ていた。ギザギザに輝き、頭を冠の輪のように一周している。

「(冠輪かんり? いや……まさかな)」

 ギザギザの光の冠のような髪のつやを、冠輪かんりという。

「(『王に出る』というが……だとするとオレとこいつは運命の出会いをしたことになる……)」

「わたし、どこか変なところでもあるわけ?」

 マシハがつっかかるように閼嵐の前に立った。閼嵐より頭一つ分ほど背が低い。

「変なところはないが、お前が気になる」

「はああ!?」

 マシハは、言い争いをしようとしていた出ばなをくじかれた。そして、急にきれいな髪をいじってもじもじしだした。

「そ、そう、しょうがないわね、まあ、しばらくゆっくりしてけば?」

 と、気を良くして自分の席に戻って水を一杯飲んだ。那優佳は黙ってそれを見ていた。

「あなたたちにもお茶をお出ししましょう」

 長くきれいな髪を波打たせながら、那優佳が紫苑たちに薬草の入ったお茶をれた。

滋養じようがあるのよ」

「ありがとうございます」

「母上の薬だからもう安心よ! なんたって母上は……」

「ところで紫苑さん。露雩さんの血のついた上着をあなたが洗濯しますか?」

 マシハがしゃべりだしたとき、突然那優佳が割って入った。紫苑が感極まって即答した。

「はいっ!! ぜひっ!! ……いいよね? 露雩……」

 おそるおそる尋ねる紫苑の髪を、露雩がなでた。

「お願いします」

 嬉しすぎて体が震える紫苑を、那優佳は微笑んで見つめていた。

「うふっ。初々しいわね。私も若い頃を思い出しちゃう」

 マシハにはまだよく理解できないので、上着を洗うくらいで一体何なんだと疑問に思いながら、それとは別にふと思い出したことがあって、顔をしかめた。

「……そうだ。“若い”で思い出したわよ……」

 マシハが仏頂面で両肘を机の上に出し、左手で頬杖をついた。

「今日、お城の若殿の鷹狩たかがりを指導してたらね、左京さきょうの姿が勇ましいのが、気に入ったんだってさ。そしたら何をふざけてんだか、『左京が死んだらその羽根で羽根扇を作れ、余が使ってやろう』なんて言ったの! はあ? お前なんかに左京が使いこなせるわけねえだろ! って、もんのすごく腹立ったのよ!」

 左京とは、マシハの鷹の名のようだ。

 この一家は鷹匠たかじょうで生活しているのか、と思いながら、紫苑は卵焼きを露雩に食べてもらっている。

「仕方ないわよ。欲しいと思えばもらえなかったことのない人って、どうしても幼いままになっちゃうから。他の鳥の羽根を鷹の模様に塗って、差し出せばいいわ」

「母上、色落ちしない染料知ってるの?」

「お母さんに任せておきなさい」

「うわ、やった! 母上、ありがとう!」

 紫苑は驚いていた。

 胸の奥に火がともったようだった。

 自分がよく知らなかったもの、「母親」が、そこにいたからだ。本能が、もっと長く聞いていたいと望んでいた。

 紫苑は今の会話を味わうように、那優佳のれてくれた薬草茶を、ほんの少し口に含んだ。

「あれ? これ、香木の味もする」

「えっ! わかる!? そう、それ薬草の中でも珍重されててね……」

 マシハが母親を自慢するように、楽しそうに話しだした。その会話を途中で止めて、那優佳は露雩と閼嵐を部屋に残し、紫苑とマシハを促して家の裏手の洗濯場へ向かった。

「紫苑さん、あなた双剣士なのね。あのお二人と、どのような旅をなさっているの?」

 那優佳が尋ねたので、マシハは急に黙った。

 紫苑は、正直に神器を探していることを話した。仲間とはぐれているので、早く合流しなければならないこともだ。

「よそ者が現れても、追い返さず、一度会わせてください。よろしくお願いします」

 神器のことを話すのは迷ったが、ここで正直に言わないと、信用を無くし、仲間の情報を隠される可能性がある。紫苑は仲間との再会を優先した。

「……そう……わかったわ」

 那優佳は紫苑が丁寧に露雩の上着の血のりを洗い流しているのを見つめていた。

「マシハ。紫苑さんにこの里をご案内してはどうかしら」

「……。うんわかったわ」

 マシハの目は那優佳の目とうなずきあった。マシハは紫苑の手を取った。

「行こっ!」

 紫苑は、露雩は閼嵐がついていてくれないと不安だし、自分はこの里でもし敵と戦う時が来たら主戦場と脱出経路を確認しておかなければならないと思い、マシハについていった。

 紫苑はマシハと共に鷹狩場へ向かった。

 狩場へ行く途中、マシハの里を眺めると、どの家にも何らかの動物がいた。犬だけではない。熊、角の立派な牛、馬、象、鹿、鳩……。同じ動物を飼っている家はない。

「皆さん動物を繁殖させて、各地に売ってるの?」

「うん……、まあ、そんなかんじ。一番は帝に献上するためよ……」

 マシハが振り返らずに答えた。

 すると、虎を飼っている家から、少女が出て来た。

「あら、知期ちき。これから?」

 茶色い髪で、浅黒い肌の、十五才くらいの少女が、獲物を見るような吊り上がった目を、マシハに向けた。そして急いで髪をなでつけた。

「うん、日課だから……。えっ、その子は?」

 知期は紫苑に気づいた。紫苑の輝く美貌に、警戒音が鳴る。

「海岸で倒れた人の仲間よ。その人が回復するまで、しばらくうちで世話するのよ」

「そんなこと、マシハの家でしなくても! 私の家で……!」

 知期が驚くのを、マシハは笑って手を振った。

「大丈夫。わたしの家の方が、かえって『安全』だわ。じゃあね!」

 知期はそれ以上何も言えず、二人が去るのを見送った。虎が心配そうに知期を見上げていた。

 左京の狙いは正確で、一度も失敗せず、三羽さんばうさぎを仕留めた。

 左京とマシハの腕前を褒めながら帰った後、紫苑は那優佳とその兎の皮をいで、肉を鍋に入れて煮込んだ。

「ここは骨ごと切ってね」

「お塩はやっぱり地元の塩田のものかな。その土地でとれるものって、その土地の命に必要なものが、揃ってると思うわ」

「うふふ、このおたま、ちょうどいい大きさでしょう。こういう大きさのものが欲しいって言えば、この村の道具屋さんは、特注で作ってくれるのよ。規格製品じゃ、この便利さは味わえないわね」

 那優佳から豆知識や助言を受けるたびに、紫苑は新鮮で幸せな気分になった。こんなふうに誰かと一緒に料理をして教わってということが、なかったからだった。

 だから、うっかりした。

「母上! この味つけこれでいい……」

 紫苑は固まって赤面した。

「あっ、ご、ごめんなさい、私!」

 那優佳は優しく笑った。

「いいのよ。あなたのお母様と間違えられるなんて、嬉しいわ」

「いえ……私、こんな気持ち初めてで……。誰かと一緒に、教わりながら、こんなに優しくされたことが、その……」

「私のことは母だと思っていいわよ。マシハもあなたのこと気に入っているし。フフッ」

「はい、ありがとうございます」

「私もやっと娘らしい娘ができたみたいで嬉しいの。お料理の苦労も全然わかってもらえないのよ」

「え? マシハ、料理しないんですか?」

「あの子は修行の方ばかりなのよ」

「じゃ、今度マシハも誘いましょう!」

「ふふ、そうねえ」

 那優佳は楽しそうに笑った。

 夜はうさぎ鍋と、里芋を潰して串に刺してあるだんごの周りにくるみ、そこにしその実を数粒くっつけ、しょうゆをつけていただく、この里の郷土料理「しそ芋の実」、そして厚い油揚げを縦半分に切って中を指で広げて袋状にしてから、でた豚の腸詰ちょうづめを入れ、千切りにしてしょうゆで茹でた人参にんじんや、茹でてしぼったほうれん草を一列ずつつめて塩とコショウを振った、手で持って食べられる、油揚げの縦長腸詰挟み料理が食卓に並んだ。

 マシハの父、雅流選がるえらが、城の会合から戻って来た。

 彼は、両目が見えなかった。

「赤ノ宮紫苑……?」

 雅流選は何か考えていたが、紫苑の声だけではどんな判断もしかねた。

「ほう、この兎はマシハと左京が獲ったのか」

「すごいでしょー! 左京が狙ったら、もうそいつは終わりよ!」

「三羽も獲って来るなんて、うふふ、マシハったら気合入ってたわね」

「ま、まーね。たまたまいたのっ!」

 マシハは紫苑たち三人を均等に見た。

「紫苑。おいしいよ」

「ありがとう露雩!」

 露雩は紫苑の隣に座って二人の世界を作り上げている。

「(オレがいること、とことん忘れるなあ)」

 閼嵐は紫苑が幸せそうな顔をしているのを見守った。

 紫苑が食後のお菓子を持って来た。

「お口に合うといいのですが」

 ようかんだった。

「おいしい! これ、紫苑が作ったの?」

「そうなのマシハ。気に入ってくれて嬉しいわ」

「いいお嫁さんになれるわ紫苑。ねえマシハ」

「ええっ!? それどういう意味!?」

 上ずった声を出すマシハの向かいで、雅流選が一人黙って、ゆっくりとようかんを食べていた。

「あの……お気に召しませんでしたか?」

 おそるおそる尋ねてきた紫苑に、雅流選は笑った。

「いや。うまい。だが私は目が見えないから、早く食べるとこぼしてしまいやすくなるんだ。だからなんでも、ゆっくり丁寧にして、生きることにしているんだよ。おいしくないからはしが進まないわけではないから、安心しなさい」

「そうでしたか……。ようかんにも殺気があれば、すぐ位置がわかりますのに……」

「ははは! それでは毎日疲れてかなわんよ!」

 雅流選はようかんのおかわりをした。

 その夜、月が出て紫苑たち三人が一部屋で寝た後、ひさしによってできた上半身を斜めに区切る影で、そこから上が暗がりとなり表情の見えない雅流選は、マシハを呼び出した。

「一つ確認しておくが、まさかあの娘たちに我々のことを――」

「話してません! ご安心を父上」

「体力が回復したら、この里を出て行ってもらう。いいな」

「……はい……」

 マシハの背は月光を負い、表情は影で見えなかった。

 次の日、マシハは紫苑を連れて、山へ散歩に行った。

 里の中心は、水路が迷路のように伸びていて、石橋が至る所にあった。そして、その石橋はなぜか片足の幅ほどしかなく、平均台のようであった。

「ここは石が貴重なの?」

「いいえ。平衡へいこう感覚を鍛えるためよ」

「お年寄りも若々しいままでいるために!?」

「うん、そうだよ」

 マシハは、五メートルの細い石橋を、野原を歩くように平然と渡って行った。下は深さ二メートルである。

「おいで、紫苑」

 マシハが上半身をひねって振り返った。

 しかし、紫苑は別のことに気を取られていた。

 里の若い女たちからの殺気にさらされていたからである。

「見てあの子。マシハと仲良くしてるわ……何様?」

「よそ者のくせに、生意気……!」

「(? マシハは女の子に人気があるのね)」

 紫苑は、この程度の殺気ならかわいいもんだと思った。

 そのうち、紫苑の身長の三倍ほどの高さの崖から、鎖が三本垂れ下がっている場所へ出た。

「ここを登るのよ」

「えー! 階段じゃないの!? ねえマシハ、この里の人ってそんなに体を鍛えたいの!? 何がしたいの!?」

「健康が大好きなのよ。そらっ、行くよ!」

 マシハに背中を押されて、紫苑は鎖を握った。

「これができれば、崖の途中に生えてる薬草も採りに行けるようになるわよ」

「うーん、つる草にしがみついて行くのね……。私にそれをする機会、あるかしら?」

「……」

 マシハは目を閉じて、紫苑の、暖かい日差しに包まれた、春だと自然に笑みがこぼれる風の匂いをかいだ。

 マシハは、何も言わず、先に崖を登っていった。

 田んぼに秋の実りがそよいでいる。その上で雀の二十羽ほどが、円を描いていた。

 その雀の一団を、左京が両足に一羽ずつ、くちばしで一羽仕留め、田に落としては逃げ惑う次の三羽を仕留めるという、「生物にとってありえないこと」をしていた。

 あっという間に生きている雀は消滅した。

「普通は一羽捕えたら狩りは終わりなのに、全部殺すまで狩り続けるなんて、よほどすごい訓練をしたのね!」

 鷹匠としてのマシハの腕は、見事であった。紫苑は、左京の「仕事」にただただ驚いた。

「小さくて素早い相手とか、数がある相手とか、いろんな奴がいるから。日々修行よ」

「城主にいろんな動物を狩れって言われるのね? 城主の見てないところでの訓練も、大変ね」

「……ええ、まあね」

 雀の死骸を袋に入れていたので、マシハは紫苑に表情を見せなかった。長い二等辺三角形の黒い刃物が、かがんだ腰から紫苑に見えたのには、気づかなかった。

 午前中に早めに帰宅し、紫苑は昼食作りを手伝うことにした。

 那優佳が大きな南瓜かぼちゃを二個まるごと、料理台の上に載せた。

「へえ、今日は南瓜かぼちゃの煮つけだね。こんなにたくさん、食べられるかなあ」

 マシハに那優佳が首を向けた。

「あらあら、全部、南瓜かぼちゃの煮つけがいいの? 同じものを作りすぎないかしら」

「私が別の料理を作りましょうか。マシハも一緒に作ろう」

「えっ?」

 マシハがギクッとしたとき、入口から声がした。

「わ、私も作ります!」

 マシハが扉を開けた。

「さっきからいたわね、知期ちき。知期も南瓜かぼちゃで何か作りたかったの?」

「う、うん、まあ……」

 茶色い髪を指に巻きつけてもじもじさせながら、知期が言葉を濁した。

「じゃあ、今日は知期も一緒にお料理作りましょう」

「母上、わたしは雀を焼いてるから」

 マシハは逃げるように外へ出て行った。

「知期は何を作りたいの?」

「え? はい、えーと、南瓜かぼちゃの小判形の揚げ物を!」

 知期は、料理を学んだことはない。いつも別のことに一日の時間をいてきた。だから、南瓜かぼちゃの小判形の揚げ物も、母親の作る様子を見ただけである。

 この里では、南瓜かぼちゃをつぶして、小さく四角く切った茹で野菜を加えて、米粉、とき卵、れたあとの開いた茶葉を干してふりかけにできるまで細かく砕いたものをつけて、揚げる。

「紫苑は何を作る?」

「私は、南瓜かぼちゃと野菜の盛り合わせを作ります」

 やった、勝った! と、知期は内心ほくそ笑んだ。そして、南瓜かぼちゃを一個まるごと蒸し器に入れた。

「待って知期さん」

 紫苑に蒸し器のふたを持つ手を握られて、知期は自分の段取りを邪魔されたので、腹が立った。

「なによ! なんか文句ある!?」

南瓜かぼちゃの皮、むいてからの方がいいわよ」

「え?」

 紫苑と知期の手は、まだふたをさせない、したいでせめぎあっている。

「むかないと、揚げ物にしたとき、皮が歯に硬く残ると思うわ」

「えっ……そうなの?」

 なにこいつ、揚げ物の作り方知ってんの!? と、知期はようやく手の力を抜いた。

「い、今むこうとしてたところよ!」

 左手で南瓜かぼちゃを持ち、リンゴのように片手の包丁でむこうとするが、硬くて少しもむけない。

「置いてむくといいんじゃない?」

 紫苑は力押しで上から包丁を滑らせ、ガタンガタンとまな板に直撃する音をたてながら、皮をそぎ落し始めた。それが皮と実のちょうど境目で、見事にそがれている。

「(こいつ、刀の扱いもうまいんじゃ……?)」

 知期が切れ目に驚く後ろで、那優佳は目を光らせた。

「(違う、この扱い方は剣士ではなく、もう料理人そのものだわ……!)」

 蒸しやすいように小分けに切られた南瓜かぼちゃが熱くて持てない知期のために、おたまで持ち上げてあげる紫苑。

 玉ねぎをなんとかふぞろいだけど切ったーの知期に対して、南瓜かぼちゃを正確な半月切りにしていく紫苑。

 差をつけられていることに、悔しさと何者なのだという思いが増す知期は、那優佳の言葉で我に返った。

「揚げ物はどうかしら。私の南瓜かぼちゃの煮つけはもう終わったのだけれど」

「あっ! あの、まだ揚げ物に入れる野菜が……」

 申し訳なさそうに急いで手を動かす知期に、紫苑が自分のまな板を寄せてきた。

「もう煮てやわらかくしておいたよ」

「え?」

「私の野菜の盛り合わせも終わったから、手伝うね」

 紫苑が両手に包丁を持ったので、知期は目を丸くした。

 人参にんじんを取り出して、両端からトトトトトト……と角切りにして切っていく。まるで豆腐を切るように、人参があっさり切断されていった。

 知期と那優佳は、一言も発せず、その見事な手並を見ていた。

 マシハの雀焼と、南瓜かぼちゃの煮つけ、南瓜の揚げ物、南瓜と野菜の盛り合わせが食卓に並んだ。

「南瓜の揚げ物、おいしいよ知期」

「本当に!? マシハ!!」

 知期はずっと欲しかった幸せにうっとりとした。こんな会話を、一生続けられたら、と想像し続けた。

 紫苑の野菜の盛り合わせには、と、半月形の南瓜と、半月のように曲がった、塩ゆでしたエビを縦半分から切ったものが、たくさん散らされていた。

「軽く塩を振って食べてね」

「うん。塩味のエビも、甘い南瓜も、じんわり味が引き出されてるように思えるよ」

「(ふふふ、やっぱり野菜の皿くらいじゃ、この程度の感想しか出ないわよね)」

 知期が歯を嚙み合わせてニヤリと笑ったとき、マシハが朗らかに笑った。

「あっさりしてて、おいしいよ」

 そのとき知期は、はっと重要なことに気づいた。

「(あっさりしておいしいって……、それは油のたくさん入った揚げ物を食べたあとだったからなんじゃ……?)」

 紫苑はそこまで計算していたのだろうか。だから知期の作るものを聞いたうえで、南瓜と野菜の盛り合わせを選んだのだろうか。

 知期は空恐ろしい相手を見つめた。紫苑はそれに気づかず、「おいしい? おいしい? おいしい?」と、露雩と二人の世界を作っている。

 那優佳は昼食後、紫苑の使った盛り合わせの皿に目を落としていた。いつも那優佳が野菜の皿に使っている、同心円に円が幾つも描かれた、白い大鉢である。一言も言わないのに、紫苑はこの大鉢を野菜の皿に選んだ。

「あの子は一つの料理を作るだけでなく、他の料理や食器の相性まで考えている……。しかも臨機応変に。あの子が『この里に閉じ込められ』たら、あの子の可能性を摘み取ることになる」

 那優佳は悩んだ。それは、紫苑を娘のように思い始め、娘の幸せを断つことが苦しいからであった。

 彼女は雅流選がるえらと違って、非情にはなれなかった。「里の秘密」を知る前に、紫苑たち自身にこの里に残るか残らないか、決めさせなくてはならない。もし「秘密」を知ってしまったら、雅流選は紫苑たちを決して里から出さないだろう。そうなる前に、紫苑たちの意思を定めさせてあげたい。

 那優佳は意を決した。


「なんで揚げ物をあんたも手伝ったって言わなかったの」

 知期が見送りに出た紫苑と二人きりになってから、きつい口調で問いただした。

「えっ……作るって言ったのは知期さんだし……」

「本当のこと言えばよかったじゃない! あんまりにも料理ができない私に同情したの!? それとも黙ってても勝てるから今日は見逃したつもり!? バカにしないでっ!」

「私、そんなつもりじゃ――」

 肩をつかまれて、紫苑がよろめいたとき、紫苑の手が知期の手に触れた。

「えっ!?」

 紫苑の手から癒しの光が発せられ、今日知期が料理で密かにつけた切り傷がみるみる治っていった。

「あんた……陰陽師なの!?」

 しかし知期はそれ以外に思い至ったことがあり、無言で走り去った。

 そして、家にいる虎のもとへ向かった。虎が知期にすり寄ってきた。

「思い出したの。母上の話。母上はマシハのお父様、雅流選がるえら様が好きで、一番強くなって振り向いてもらおうとしたのに、雅流選様が選んだのは強くもなんともない、ただの娘、今のマシハのお母様、那優佳様だったって」

 知期は虎の頭をなでた。

「那優佳様はあらゆる薬に通じていて、雅流選様を癒してくれるから選ばれたんだって、私の母上は教えてくれた。私も母上と同じ……。里で一番強くなって、マシハに許嫁いいなずけを認めてもらおうとがんばったのに、癒しの力を持つ紫苑に奪われようとしてる。バカだ……私、バカだな……母上の話を聞いたときになんで気づかなかったんだ……母上と同じことするなんて……」

 膝を抱えてしゃがみこんだ知期に、虎が鼻を寄せた。

「癒しの力がなくてもマシハは紫苑を見てた。でもただ料理がうまいだけで選ばれるはずがないと思ってた。私が……薬に通じる道を選んでいれば、マシハは紫苑が来る前に私を認めてくれたかもしれないのに……」

 涙が溢れた。

「マシハが……私はマシハがこんなにも好きなのに、マシハの求めてるものに気づかなかった……悔しい、悔しいよお……!」

 グル……と、虎はポロポロと涙をこぼす知期のそばにいつまでもつきそった。

 知期の母がその様子をそっと見ていた。

「(そうじゃない……そうじゃないのよ。雅流選様は里で一番強い女と結婚するという掟を破ってまで那優佳を選んだのよ……だからあなたが間違ってたわけじゃないわ)」

 母は娘をそっとしておいて、去った。


 紫苑が露雩の体を観察して、だいぶ元気が戻って来たようだと安心し、里の外へ何かおいしそうなものを採りに行こうと森を歩いていたとき、女の悲鳴があがった。

「よーよー姉ちゃんたち、いいじゃねーかよー、オレらと遊ぼうぜー」

「すぐすむから、なあー!」

「やめて!! 放して!!」

「誰かあ!!」

 五人の男が、荷物を背負った商人風の女二人の手を無理矢理引っ張って、数に任せて強引に連れ去ろうとしていた。

 一目で男どもの意図がわかった瞬間、紫苑が向かう前に、剣士が走ってきて、女をつかむ男の手を刀の峰で打った。

「いてえー!!」

 男が自分の手をつかんで転げまわった。

「何しやがるてめえー!!」

「オレたちはこれからそこの二人と楽しく遊ぶんだ!! どけやコラァ!!」

「嘘です!! この男たちは無理矢理私たちを!!」

 女二人が叫んだ。

「二人とも、下がっていなさい」

 剣士は、向かって来る五人をすべて峰打ちで地面に倒れこませた。その手並は見事であった。

「ち、ちくしょう……覚えてろ!!」

「お前ら三人、顔を覚えたからな!!」

「またこの道を通ったとき、今度こそ捕まえてやる!!」

「どの町にいても狙ってやるぜ!!」

 男たちがよろけながら捨てゼリフを吐いた瞬間、一陣の風が走った。

 剣姫が五人の首を胴体から斬り飛ばしていた。

 血。

 骨。

 そして悪徳を斬る感触。

 自分がこの世に生まれて来たのだという実感が、確かに湧いた。

「ふう……」

 一息ついて遠くの天を見上げる紫苑に、剣士が顔をしかめた。

「なにも悪人を殺すことはあるまいに」

 剣姫は即座にぺっと唾を吐いた。

「ああ? じゃてめえは一生この女守れんのか? 一生あのクズどもを見張って全部の悪事を防げるのか? てめえのつまらねえ“無殺生”でてめえの心は救われるだろうが、この女二人は救われねえ! てめえがいなくなったあと、またあのクズどもにちょっかい出されるはずだからな!」

 男どもの捨てゼリフを思い出して、女二人は身震いした。

 剣姫は剣士をキッと見据えた。

「強い奴ってのはその強さを自己満足と自慢のために使っちゃいけねえんだよ! 自分が強すぎて悪人が弱いから殺すのは弱い者いじめになるなんて、なに間違った道徳心起こしてんだあ? てめえ何のために強くなった!! 悪人よりもっと弱い者を守るためだろ!!」

 剣士は反論した。

「悪人も正しい教育をすれば共に生きていける!!」

「じゃてめえはこいつらが改心するまでこいつらの住処すみかにいるんだな?」

「それはできない。旅に出てもっと強くなりたい」

「たとえいずれ名の通った剣士になったとしても、今のを見るとてめえはただ自分の評判を上げるためだけにてめえの顔を覚えた悪人を逃がし、女二人からも悪人からも噂されるように仕組んでいるとしか思えねえ。『悪人にも』、誰も知らねえ『正しい教育を』だあ? 笑わせんな! そもそもてめえいつそんな言葉をかけた! てめえがいなくなったあとこの女二人がどうなってるか……想像もできねえのか!!」

「神は悪に天罰を下される! 人間が殺してはいけない!」

「馬鹿か! 悪の芽を摘むために神が他の人間を強くして殺させるんだよ!!」

 弱者が泣くのを見殺しにする者は許さない。剣姫が剣士に抜刀した。

「待て! 理由もなく戦うことはできない!」

「阿呆め! お前が悪人だから私が殺すんだよ! そうやって偽善を振りかざして結局誰も助けられずに自分も救わずに死んじまえ!!」

「このわからずやめ!! 人を殺すことなど赦されることではないのに!!」

 剣士も抜刀した。剣姫はせせら笑った。

「へえ、やっぱり刀を抜くのかい。私を殺すつもりだ。これで悪人を殺さないお前の正義は崩れたっ!!」

 剣士は刀の峰を返さなかったことに気づいたが、もう遅い。

「いや、お前のような殺人鬼を止めるために私は剣を抜くのだ!」

「都合のいい解釈だ! そんな殺人鬼を何人見逃してきた? 悪人にばかり自己満足の憐れみをかけて、弱き女たちは顧みずに! そんな“善行を施した自分”が大好きだったろう? 誰かに偉そうに自慢したか! 馬鹿はだませても、本当に苦しみを味わった者には、効きはしないぞ!!」

「オレを侮辱するのはやめろーっ!!」

 剣士の怒りの剣が突撃してきた。武者修行の旅をしているだけあって、荒っぽい剣の一撃一撃が重い。

 だが人間であったがために、剣姫に一斬りされるごとに大きく力が落ちていった。

「お前も魔物だったら、もっと長く私の相手ができただろう」

 剣姫は剣士と自分の刀を交互に見つめた。

 自分の目に見える範囲しか救えない者は、大きな力を持つべきではない。二重、三重に、二手も三手も先を救えなければ、ただの功名にはやる成り上がり者で終わってしまう。そして、いずれ思っていたほどの名誉が得られなくて失望し、賄賂を受け取って信念なく動いたり、ごろつきのまねなどしたりして、力を悪用する側に寝返るのだ。

 悪人とは、足るを知ることができなかった者たちの、なれの果てだ。

 一度でも自分を諦めて悪を楽しむようになれば、もう誰かに斬られても文句は言えないのだ。安全に暮らそうという社会の約束を自ら破ったのだから。

「どんな悪も、それによって傷をつけられた人間が救われるまで、私は許さない!! 世界を何も変えられない愚か者に、死を!!」

 剣姫が這いつくばった剣士に刀を突き立てようとしたとき、男が十五人、走ってきた。そして、一人が指差して、五体の死体に驚いた。

「あっ!! よくもオレたちの仲間を! 身ぐるみ剝いで切り刻んで川に流してやる!!」

 十五人は五人の仲間で、一部始終を見ていた見張りが連れて来たのであった。

「(この女に任せたら全員殺されてしまう)」

 剣士は傷だらけで立ち上がった。剣姫は女二人の前に移動した。

「(守るつもりなのか。好都合だ!)」

 剣士は十五人と斬り合った。

 しかし、剣士より格段に弱い。数で攻めるしかない集団であった。

 自分が強すぎて、傷を負っていても勝ててしまう戦いで、剣士はいつでも斬り殺せる、隙だらけの十五人を哀れに思った。そこで、刀だけ折り始めた。武器がなければもう悪さはできないと思ったのである。

 悪人どもは、刀が折れたら小刀を出し、小刀を折られたら石を投げ、殴りかかってきた。

 剣士は後遺症を残さないように打撲だけで倒すのに苦労した。

 剣姫は眉を吊り上げた。

「今はお前がいるからいい、だがお前がここから一時的に去ったら、病気になったら、剣を取れぬほど老いたら! この近辺の人々のことはどうするのだ!」

「……」

 流れ出る血と共に傷の痛みを感じながら、剣士が答えにつまった。

「……そうならないように、私の後継者を育て……」

「後継者が一生お前と同じように、悪を憎む側の人間でいるという保証は!」

「……」

 再びつまった剣士に、剣姫が叫んだ。

「悪人を改心させられない者が、一生防ぎきれない者が、人を救うだあ? 甘いこと言ってんじゃねえ!! 一生面倒見られないくせに、お前の満足のために人々を余計に苦しめるのか!! この偽善者めええー!!」

 悪人を殺しに走る剣姫の剣が、止めようとする剣士の剣とぶつかりあった。衝撃が腕だけでなく歯から脳に伝わり、剣士は不快な悪寒を覚えた。

「剣士! 悪人の何を守る! 憐れみで生かしておきながら、お前は悪人を改心させようとはしなかった! それは貴様の罪だと思わんか! 血を見るのが嫌いなら、剣士などやめてしまえ! 中途半端に人を生かすから、貴様は罪人となったのだ! わからんか、悪人に情けをかけて再び悪人に悪事を働かせれば、畢竟ひっきょうその罪は貴様の罪となるのだ! これは天の摂理、変えようのない真実だ! この偽善者め、剣の舞姫の血の裁き、悪に染まったその身に受けるがよい!」

「私が罪人だと!?」

 再犯者と同じ罪の穢れを見せた剣士は、視線を落とした。

「ああ、そうかもしれない。なぜなら私は……」

 剣士はもともと極悪人で、人殺しでも強盗でもなんでもやっていた。刀で刺されたとき、悪人と知りながら僧侶が介抱してくれて、命拾いした。そのとき命のありがたみを説法されて、改心したのであった。

 だから、自分も相手の命を助ければ、悪人も改心してくれると思ったのである。そして、自分はこの方法しか悪人を助ける方法を思いつかなかった。それゆえ、斬れなかったのだ。

「お前の言いたいことはわかった。よかったな」

 剣士は、片眉を上げて剣姫を見上げた。

「私のことを、許してくれるのか?」

「私には関係ない。だからお前の代わりに私が悪人たちを殺してやろう」

 走っていく剣姫に剣士は叫んだ。

「待てっ! お前は何もわかっていない! 私の話を聞いていたのか!?」

 剣姫が振り返った。

「『昔の自分を見ているようで殺せない……もし斬ったら昔の自分を斬っているようで、今自分が生きている理由を失ってしまう』……だろ」

 くだらなそうに剣姫が見下した。剣士は図星をさされて、思わず目をらした。

「過去の自分など斬り殺してしまえ。お前が守りたいものは一体何なのだ? 僧侶のような人を、そして僧侶が守りたかった人々を、お前も守りたいと思ったのだろう? なぜお前はまだ自分を守ることに精一杯なのだ? 人を守れない剣士など、剣士ではない。己のためだけに剣を振るう者は、剣士ではない! そんな者が生意気に人の命に同情するな! 何のために剣があるかわからぬうちは、悪人だけでなく善人にもある限りある命を、憐れむことなどさせんぞ! さあ、言葉を見つけられなかった者よ、お前の剣を天秤てんびんにかけろ! どちらを救う、善か、悪か、憐れみを、どちらにかける! この大馬鹿者があーッ!!」

 剣士は剣姫の激怒が、はっと胸に迫った。自分は僧侶のように悪人を改心させることはできなかった。自分はあの人にはなれない……。

 心のどこかで憧れていた僧侶と自分の姿を重ねることを、剣士は捨てた。

 あの人にはあの人のやり方が、自分には自分のやり方がある。自分があの人になろうとして失敗した結果、悪人の被害を受けるのはその近辺にいる人々なのだ。自分の満足と欲望のために、人々に犠牲をいてはいけない。あの人になれなくても、自分は人々を救えるではないか。もうかなわぬ夢を見て悪を育てるのは終わりにしなければならない……。

 剣士は刀の峰を刃に戻し返した。

 そして、剣姫と共に十五人の前に立った。

 十五人は、ただ打ってくるだけの剣士を甘ちゃんだと思っていた。「この場は泣いて頼めば、二、三回打ちつけて見逃してくれるはずだ」と計算し、内心嘲りながら痛みの涙を改悛かいしゅんの涙に変えて、「あなた様のお慈悲を」とひざまずいた。

 しかし、剣姫も剣士も平気で斬っているのに驚き慌てた。

「悪人だったくせに!!」

 男どもになじられ、剣士はうなずいた。

「だから嘘泣きの見分けもつく。改心したふりをするということは、これからも悪事を働くということだ。私のいないときのために、今対決しているこの時を逃さない」

 剣士は最後の一人を倒した。

「もっと早くに気づけていれば……。これまで通り過ぎた町や村が心配です。すぐに戻ります」

 剣士は剣姫に一礼すると、足早に出発していった。

 結局、互いに名乗らなかったが、この剣士はのちに「盗賊殺し」として名の通った剣士となる。

 茂みからマシハが出て来た。

「ずっと隠れて見ていたな。お前には刺激が強すぎたか」

 女二人は、マシハに構わず、剣姫に礼を言った。

「二人だからと安心していましたが、これからは女だけの旅は控えます」

 そしてお辞儀をすると、急いで去っていった。あとには、剣姫とマシハの二人だけが残った。

 人殺しとして警備兵を呼ばれたら厄介だがと、剣姫が冷たい目をマシハに向けたとき、相手が叫んだ。

「君のことが好きだー!!」

「――!?」

 あまりの発言に面食らい、紫苑は剣姫化が解けた。

「え……私、人を普通に殺してるんだよ? 恐いでしょ? 近寄りたくないでしょ?」

「ううん! そんなことないよ!」

 マシハは興奮して紫苑の両肩に手を置いた。

「すっごく、かっこよかったよ!!」

 マシハの目の中が輝いていた。

 この人は少年が英雄を見るような目で私を見ているのだろうかと紫苑が不思議に思っていると、んーとマシハが目を閉じて顔を近づけてきた。

「わたしの初めてを、君にあげるね!」

 そのとき、ピィーユッ! と、左京の鳴き声が空から響いた。

「マシハさん、私、露雩の恋人なの。悪いけど、他の人にそれ言って」

 紫苑は、女性に好かれたことに驚きつつ、マシハの首を右手でつかんで、口づけしようとするのを止めた。


 マシハが、川で刀の血を洗っている紫苑を待つ間、里の伝説を話していた。

「人族の勇者の伝説っていうの」

 人の世がまだ混乱と争いに満ちていた頃現れ、人の世が秩序を得ると消えた。無秩序で粗暴だった人族を、精霊や竜族といった他の種族から守り抜いた。世界の調和を乱す種は、世界から排除されるのが世界の定め。勇者は人族を滅ぼそうとする他の種族を説得し、人間が育つまで人間を導き、守ったのだ。一人も犠牲にせず、真の王であった。

「どうして去ってしまったのかしら。ずっと人々を導けば、人はもっと良い方向へ行けたかもしれないのに」

「うん……わたしにもよくわからないな」

「でも、不思議な伝説ね。そんなお話、今までに聞いたことがなかったわ」

「うん……この里は特別だから」

 マシハが川の流れを見ながら、意を決した。

「ねえ紫苑。実を言うと明日、わたしの花嫁を決める花嫁選出大会があるの。出てくれないかな」

「えっ……『花嫁』??」

 なぜ鷹匠のマシハの花嫁になるのに大会が開かれるのだろう、しかもマシハは女なのに、と考えながら、

「出てほしいって、どういうこと?」

 と、肝心な点を聞いた。

「君のことが好きなんだ」

 まっすぐなマシハの瞳が、きらきらと輝いていた。

「それは断ったでしょ」

「実はわたし、まだ結婚したくなかったの。君が勝ったうえで、花嫁を辞退してくれればいいわ。次の年の仕切り直しの大会が開催されるまでに、君に好きって言わせてみせるよ」

 片目をつぶって、人差し指を紫苑の心臓に向けて、突きつけた。

「明日、出場してくれるだけでも嬉しいな」

 マシハは左京と帰っていった。


「……どう思う? 露雩」

「……」

「露雩?」

 露雩は、むすっとして椅子にもたれている。いつも優しい露雩が怒っているようなので、紫苑は不安になった。閼嵐は窓によりかかって月を見ている。

「出ない方がいい……よね?」

「オレの知らないところで剣姫になった」

「うん……ごめん」

「オレがいないところで紫苑を好きな奴とあちこち行った――愛会まなえした」

 愛会まなえとは逢瀬おうせより気軽な意味での、男女が会う機会のことである。

「ごめん……女の子だったから……。私はそんな気持ちなかったよ」

「マシハの方は愛会まなえができて嬉しいだろ」

 興奮すると疲れるのか、露雩は静かに語気を強めた。

「……ごめんなさい」

 紫苑はしゅんとしおれた花のように小さくなった。愛する人に余計な心労をかけてしまった。

「もう、あなたのそばを離れないから」

 露雩の手を握ろうとして、ためらっている紫苑の手を、露雩が強く握りしめた。

「露雩……!!」

 涙ぐみながら、紫苑は露雩の胸に抱きついた。

 閼嵐は月を見上げながら、うんうんとうなずいた。

「明日、ここをとう」

 と、三人で決めてから、紫苑は風呂場へ向かった。

「露雩が女の子にもてると私は不安だったけど、私も同じ思いを露雩にさせちゃった……。はあ、気をつけて生きていこう……」

 脱衣場で、妙な気配を浴場から感じた。息をひそめて獲物を待つ、抑えに抑えた殺気である。

 自分たちを追って魔物でも入りこんだのかと紫苑が剣に手をかけて浴場の中に入ったとき、湯の中からザババアと何かが飛び出してきた。

「誰の手の者か!! 名乗れ!!」

 紫苑が叫ぶと、全裸のマシハが紫苑に抱きつこうとして、紫苑に刀で峰打ちされた。

「痛いっ! かっこいい!」

 紫苑はマシハの裸を見て目が飛び出そうになった。

「……ない!! ……ある!!」

 女の体についているものがなくて、ついていないはずのものがあった。マシハが長髪のかつらを取って短髪を見せた。

「オレ、霧府麻沚芭きりふ・ましば。霧府家の次男です。よろしくうっ!」

「をとこー!!」

 絶叫する紫苑の両肩を、麻沚芭ましばが壁に押さえつけた。

「オレは女装もするし男にも戻るんだ。かっこいい女の子が好みなんだ! 紫苑、オレの恋人になってよ!」

「あああんたアホか!! とにかく服を着ろ!!」

「ずっと湯船の中に隠れて待ってたのに、つれないなあ。オレのがんばり褒めてくれないの?」

「何考えてるんだオマエ度はいっぱいだよ!!」

「――何してんの?」

 露雩が無表情で立っていた。

 紫苑は心臓が凍りついた。自分は服を着ているから疑われないとはいえ、全裸の男が迫っているのだ。

「(やだ、嫌われちゃう!!)」

 紫苑の目に涙がたまったとき、露雩が麻沚芭を殴りつけた。

 麻沚芭は信じられないほどの速さでそれをかわし、飛びのいた。

「露雩!!」

 紫苑が泣きだしそうになったとき、露雩が叫んだ。

「オレより小さいくせに……!!」

「露雩?」

 紫苑の目から涙が止まった。

「オレより小さいくせに、オレの紫苑にちょっかい出すなー!!」

 その言葉は、今度は麻沚芭に直撃し、麻沚芭はその場に崩れ落ちた。


「なんでこうなるんだよ……!!」

 露雩が激怒している。

 麻沚芭が、この里には神器があって、紫苑が花嫁選出大会で優勝したら、みんなに内緒であげると言ってきたのだ。

 閼嵐はため息をついた。

「紫苑を花嫁にして、オレと露雩のことを、神器を盗みに来た奴だと叫べば、オレたちは里を追われる。紫苑も神器もあいつのもんだ。それがわかってるのに……」

 紫苑が窓の外をうかがった。

「里の神器を狙ってることがばれたら、この里の者は私たち三人を里から二度と出さないって脅されるとはね」

 紫苑が大会に出ている間に、露雩と閼嵐が神器を探すしかない。

「あいつ……里の外に出たら潰す!!」

 露雩がググと拳を握った。

「え? どこを?」

「皆まで聞くな紫苑。そのときは空を見ていろ」

 閼嵐が遠くに焦点を当てた。

「とにかく、紫苑が連れて行かれなかった場所を探そう。マシハは意図的に神器を避けて里を見せただろうから」

「さすが露雩、頭いい!」

 紫苑が頼もしそうに露雩を見つめた。

 そのとき、トントンとふすまを叩く音がした。那優佳だった。

「紫苑さん、明日の麻沚芭の花嫁選出大会に出場するの?」

「……はい……」

「……」

「……」

 女性二人は、無言で向かいあっていた。

「今日は、私の部屋で休まない?」

 那優佳が手招きした。紫苑は、露雩をちらと見て小さくうなずくと、那優佳の後についていった。

「閼嵐。明日の計画を立てよう」

 露雩が硬い表情を見せた。


 那優佳は紫苑の布団ふとんを隣に敷いた。二人はそれぞれの布団に入った。

 料理でした失敗の話、肌に優しい化粧品の話……。

 年上の女性でなければ知らない知恵が、たくさん話題に上った。

 いつでもおやつに食べられるようにと、常に手作りのようかんを用意してある。家族が水を飲んでいると必ず「何か食べますか」と聞く。お水を飲むのはお腹がすいているからだと思ってのことだ。食器を洗うのをいとわず、小出しにお菓子をふるまう。宴でも一人で料理を作り、一人で後片付けをする。

 女の覚悟を教わっているようで、紫苑はついもっと知りたい、もっと話していたいと夢中になった。

 それは紫苑が那優佳のどこかに母の影を求めていたためかもしれなかった。育ての母と、こういう話をする前に死別してしまった紫苑は、「母とはこうしてくれるもの、こうあるべきもの」という理想の母の像を、那優佳との会話で抽出しようとしたのである。いつか露雩と結婚して子供を産んだときのために――。

「母」というものに触れて浮かれていた紫苑に、那優佳はふと真面目な顔をした。

「麻沚芭のことを、どう思う?」

 紫苑は改まった。

「私は、露雩を愛しています」

「じゃあ、どうして出るの?」

「……」

「あの子に何か言われたのね……」

 那優佳はある程度察した。そして、昔の話をしだした。

 夫の雅流選がるえらと出会った頃の話である。

 那優佳は薬師の娘で、もともと体術は全然だめだった。そこで、せめて心の中だけは悟られまいと、常に作り笑いをするようになった。幼い頃に、同じ年頃の、まだ目の見えていた雅流選に「オレの前で作り笑いはやめろ」と、不快そうに言われても、やめなかった。しかし、雅流選が毒の実を食べているのを見て、無我夢中で手をはたき落とした。

「何食べてるんですかっ! 毒の実よっ!?」

 と、初めて美しい目を開けて、怒った顔をした。

 雅流選はそのとき、那優佳が好きになった。

 那優佳は雅流選の口の中に手を突っこんで毒の実をかき出し、川で口をすすがせ、薬草を食べさせた。あまりに手際がいいので、雅流選はただただ、されるがままであった。

「……お前、きれいな顔してるな。作り笑いなんかやめればいいのに」

「……私にはこれくらいしか能がないから……」

 二人は友達になった。那優佳は作り笑いもしなくなった。だが、体術の修行で那優佳はあまりいい成績とは言えなかった。雅流選も直接教えたが、根本的に体術より、薬草の知識などで頭脳の才能を伸ばした方がいいことに、雅流選も気づいた。

「ただし、体術も真面目にやれよ。お前をいつもオレが守ってやれるとは限らない」

「私なんか守らないで下さい。足手まといになるだけです」

「……この里にはお前が必要だ」

 雅流選は腰に手を当てて、少し怒ったように那優佳に上半身を傾けた。

 やがて、雅流選の花嫁を決める花嫁選出大会が開催されることになった。雅流選はその美形ぶりから、里の少女たちの憧れの的である。一番強い女が花嫁に選ばれるという掟で、虎の家の娘が有力視されていた。

 雅流選は那優佳に聞いた。

「大会に出てくれるよな?」

「私が出場したって、勝てるはずないわ」

「友達が困ってるのを見捨てるのか?」

「え? 一番強い花嫁がもらえて嬉しいんじゃないの?」

 それを聞いて、雅流選は心からガックリと落ち込んだ。

「あのなあ、オレは自分の花嫁は自分で選びたいんだよ! なんで一生の相手をこんな大会で決めなくちゃいけないのさ! 誰が一位になっても困るんだよ……な、お前が優勝してくれればオレはまだ結婚しなくてすむ。お前から辞退すればいいんだから。な、出てくれよ!」

 那優佳は雅流選を助けるために出場した。

 雅流選も女装して、他の候補者をどんどん倒していった。那優佳が沼にはまっていたら救い出しておんぶして走ってくれる。競争の決着点手前になったら、那優佳をおろし、手をつなぎ、そして皆の見ている前で那優佳の手が雅流選の口に毒草を突っこんだように見せかけた。倒れた雅流選は、小声で、

「走れ!」

 と、鋭く叫んだ。那優佳は追ってくる競争相手たちを見て、慌てて走り出した。

 那優佳が一位で決着点に到達した。

 番狂わせに、皆から大きなどよめきがあがる。その混乱のさなか、雅流選が男に戻って那優佳を出迎えた。競争相手の少女たちは、こんなはずがないと審判に抗議している。

 雅流選の父が椅子から立ち上がり、歩いてきた。

「那優佳、雅流選と結婚してもらえるね?」

 雅流選の望み通り、辞退しようと那優佳が口を開くと、雅流選がそれより先に言葉を出した。

「オレの方から申し込むよ」

 雅流選が那優佳の真正面に立った。

「オレと結婚してくれるかい」

「え? でも……あなたは……」

「オレはお前が好きなんだ」

 初めて好きと言われてカアーッと那優佳の顔に血が上った。

「だっだってあなたまだ結婚したくないって、だから私……!」

 しどろもどろに手を大きく動かす那優佳に、雅流選は笑った。

「ああ、あれ? 他の人ならね。オレはお前となら今すぐ結婚してもいい」

 那優佳はもう目がグルグル回って、何も考えられなかった。

「(す、好き? どういうこと? 今までそんな素振り一つも見せなかったのに、結婚? ええっと、私まだ整理しきれない!)」

 すると那優佳の両親が観客席の最前列にい出てきた。

「何やってんの那優佳。あんた他の男には縫ったことないくせに、若様にだけは着物作ってあげたじゃないの」

 若様とは雅流選のことである。

「えっ? お母さん、だってあれは誕生日のお祝いに……」

 那優佳の母はあきれた。

「女の子の友達にもしてあげてたかい?」

「あっ……」

 那優佳は気づいた。自分にとって雅流選が特別な存在だったのだと。

「私、あなたのことが好きだったの!?」

 初めて気づき、驚いて見上げた先に、満面に笑みをたたえた雅流選がいた。

「本当かい!? 嬉しいよ!!」

 その子供のように無邪気な笑顔が、那優佳しか見つめていないのに逆にみとれ、那優佳は決心した。人前だけど、えい、かまうものか。

「私、あなたの花嫁になります!」

 そして、ぎゅっと目をつぶって雅流選に強く口づけした。おーっと周りが歓声をあげた。

 雅流選も笑って那優佳を抱きしめた。

「……今思えば雅流選の作戦勝ちだったのよねー……」

 懐かしそうに、那優佳はしみじみと語った。

「まあお義父とうさまには雅流選の女装がばれていて、あとでこっぴどく叱られたって、雅流選が愚痴をこぼしてたけど」

 那優佳はフフと楽しそうに笑った。

「花嫁選出大会って、大変なんですね……」

 紫苑はそれしか言えなかった。自分もこれからそれに関わるのだ。

「今回も有力候補は虎の家の娘なの」

知期ちきさんですか……」

「なんでこの昔話をしたかわかる? 紫苑」

「……」

「もし麻沚芭に大会に誘われたら、自分の気持ちに真剣に向き合って。本当に麻沚芭のお嫁さんになってもいいと思えなければ、出てはいけないわ」

 母親から言われたような気がした。

「……」

 それでも、自分が大会に出場しなければ、神器を見つけだす時間が稼げない。

 重い気分を味わいながら、二人は布団をかぶった。


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