白き炎と剣の舞姫第五章「禍根を断つために」
登場人物
出雲。紫苑の炎の式神。
降鶴。霄瀾の祖父。他に四人の男女を含めた、旅の一座を率いる。
骸。華椿雪開と通じていた魔族。
燃ゆる遙。敵味方関係なく虐殺する悪鬼。
第五章 禍根を断つために
イズモは人族と魔族が斬り裂きあう戦陣の真っただ中へ、骸を追って走ってきた。
「逃がさないぜ!」
倒れた兵士の刀を引っ摑むと、イズモはネズミの魔物の後ろ頭に投げつけた。
それを横に転がって避けた骸は、追いついたイズモに対して、素早く立ち上がった。
「こんな死体の多い所へ来やがって、いくらでも体の替えが利くじゃないか……!」
イズモは舌打ちして、地面にざっと目を通した。
死屍累々(るいるい)と、人と魔物の事切れたものが、あちこちに転がっていた。
そして尚、その上を踏みながら、今もまだ人族と魔族の殺し合いが続けられている。
「(別の体にいつのまにか入って、そこで死んだままのふりでもされたら、止めを刺せなくなるぞ……)」
顔を顰めて、イズモは骸を睨みつけた。
「ふむ……。まあ、ここらでよかろう」
骸は刀の背でトントンと、己の肩を叩いた。
「今ここでお前を逃すわけにはいかない。燃ゆる遙を扱う者が、あってはならない! 百年前からの禍根を断つために、オレが相手だ!」
イズモの刀の切っ先が、骸に向けて光った。
「こちらもお前を生かしては帰さんぞ。燃ゆる遙の封印方法を知る者は、こちら一人でいい。お前のあとは、あのじじいどもだ。
封印の曲さえ知れば、あの子供を殺してその中に入り込み、燃ゆる遙も操れる。そうなればこちらの天下だ!」
骸も刀に手を添えた。
「オレのいる前で霄瀾を殺せると思うなよ。しかし燃ゆる遙の独り占めとはな。魔族王にでもなるつもりか?」
じっとこちらを窺うイズモに、骸はニヤと鼻先を動かした。
「そうだ。最強の力を持った魔物が魔族王になれる。こちらはその権利を手にできる!!」
だが、イズモはせせら笑った。
「借り物の体で、借り物の力か。魔族王が聞いて呆れるな」
「言うな!!」
骸が頭に血を上らせたかのように叫んで、向かって来た。
イズモも刀を後方に構えて走り、上空から半月を描いて振り下ろした。
横から斬りつけてきた骸の刀と火花を散らし、そのまま押し合って互いの鍔まで交点が下がった。
互いに一歩も引かないと見るや、一瞬で飛び下がり、助走をつけて再び刀をぶつけ合う。
「チッ! さすが魔族だ、力は互角か!」
「やはり綾千代のそばにいただけのことはある、剣に隙がない!」
互いに互いを判断すると、他を寄せつけない殺気を放ち、斬り合い始めた。
イズモは相手の肩口に刀を突き出した。それを外に弾いた骸は、がらあきのイズモの横腹へ斬りつける。
それを大きく跳躍して躱すと、そのままイズモは骸の顔面に蹴りを入れた。
体勢を崩してよろめく骸から離れるように、蹴りの反動で後ろ宙返りをすると、着地と同時に再び骸へ突撃した。
助走のついたイズモの剣を受けるため、骸は刀を真横にして両端を手で支えた。
そしてイズモの刀が、真っ直ぐ骸の体の中心を狙ってくるのを、素早くかがんで横刃に当て、突き続ける力方向を斜め上に逸らした。
そのまま横刃をイズモの刀の鍔まで押し下げ、イズモの刃の下を、火花を散らしながら横へ抜き払って、イズモの刀を上方へ浮かせると、返す刀でイズモの左脇腹へ刀をしならせた。
しかし、イズモは左方向に一回転して、骸の刀を弾き返した。
そして、骸の横腹を一文字に斬った。
「!!」
骸は両手と両足を交互に地につけて後ろ向きに回転しながら、イズモから急速に離れた。
そして、自分の体の切れ具合を確認した。
もともと死体を操っているのだから、とうの昔に血は失われている。だが、体から出し切れなかった何かが、黒いドロドロの塊になって、傷口から滴り始めている。
イズモは遠くの骸の傷口を凝視した。蛍光ナマコは、どこにいる?
しかし、暗闇で浮かび上がるはずの蛍光色は、ついにちらとも目には映らなかった。
ところが、骸は奇妙な行動を取った。
地面に転がっている魔物の死体の鎧から紐を抜き取ると、大きな縫い針に通し、自ら腹を縫ったのだ。
「(こんなに死体の多い場所で戦ったのは、次々に体を乗り替えるためではなかったのか? なぜネズミの体を大事に使うのか?)」
怪訝な顔をするイズモを、骸は何事もなかったかのように無視した。
「(蛍光ナマコになって移動するときが、一番無防備だからか? それにしても、痛みを感じないのになぜ腹を縫う必要がある? 体の中にいるナマコの位置を見られたくないからか。それとも……)」
イズモはネズミの魔物の体を、上から下まで眺めた。
「(体のどこかにいるナマコが、傷口からはみ出るかもしれないからということなのか?)」
この仮説からいくと、あまり傷をつけるのは得策ではなくなる。体に穴がある分、密かな逃げ道になってしまうからだ。
できれば出入口は口だけにしておいた方が、狙いやすい。
あとは体に入っているときを狙うか、ナマコが出てきたところを狙うか、二つに一つだが……。
まずは体のどこにナマコがいるのか、探る必要がある。イズモは刀を構え、狙いを定めた。
そこへ骸が猛然と駆けてきた。イズモは狙いを変えないまま、骸の刀を、首を右横に傾けて躱したとき、右の視界の隅に素早い鞭が空を裂いた。
骨を直接叩くような強烈な音を出して、骸の尻尾がイズモの右頬を殴りつけた。
「ガッ!」
骸の左肩に刀を刺していなかったら、踏ん張れずに、首の左側で待つ骸の刀に斬られていただろう。
骸の刀に捉えられまいと、イズモは刀ごと、一気に蹲んだ。
刀が腕の真ん中を一直線に裂き、腕の中を露にした。
「(……いない!)」
イズモはそこに蛍光ナマコがいないのを確認した。
腕を裂かれて怯む骸の右腕も、イズモは手首から肩へ二つに裂いた。
「(ここにもいない! 両腕はシロだ)」
イズモの意図は、骸にもわかった。
使い物にならなくなった両腕をぶらぶら揺らしながら、戦いの真っ最中の人族の頭を踏み跳んで必死に逃げ、死体をあちこち見て回る。
同じく魔族の頭を踏みつけて追いながら、イズモは、不思議な思いがしていた。
「(そこここに死体が転がっているのだから、一番強そうなのを、選べばいいのに。人間に入っても式神のオレに力負けするから、人間には乗り移れないとしても……)」
跳びながら、イズモは死体を眺め回した。
「それとも、次に目をつけている体があるのか?」
そうしてほんの少し、イズモが骸から目を離した隙に、骸は、
「ヴォ~~!」
と、立ったまま口からナマコを吐き出した。ナマコは地面に落ちたと思うと、次の死体の口に入っていった。
ネズミの魔物が倒れ、入れ替わりに立ち上がったのは、再び同じ種族の、ネズミの魔物だった。
素早く、青龍を新しい腰に差してから、体の調子を確かめるように、普通の刀を抜いて振り回している。
「ネズミが好きらしいな骸」
摺り足で、少しずつ、イズモが近づいた。
「のろのろとしか進めないこちらにとって、機敏に動けるこの体は理想的なのさ」
ニヤともせずに、骸が口髭を動かした。
「それよりひどいではないか。こちらの両腕を裂くとは」
骸が前のネズミを踏んで前に出てきた。
「ひどいと思うなら踏むな。オレは優しいからな、その体でお仕舞いにしてやるぜ」
イズモに刀を突きつけられて、骸はからからと笑った。
「こちらの本体の位置を知ったつもりか? 裏をかいて、今は腕にいるかもしれぬのに?」
「ま、そうかもしれないがな……」
イズモは曖昧に答えた。
「(あとは両脚と胴体と頭か。うまくやらないと、次の死体に入られてしまう)」
イズモは死体だらけの地面を蹴った。骸の刀と高い金属音を響かせ合う。
脚を斬ろう斬らせまいと、両者は下段のまま刀を右に左に捌き、前に後ろに足を運んだ。
時折しなる尻尾の鞭を躱しながら、イズモは退っては向かっていき、退っては向かっていった。
敵の両足首を狙って水平に刀を払うと、骸は小さく跳んでイズモの背中に両脚を着地させた。
「うぐっ! てめえっ!」
イズモが頭に来て背筋を伸ばすと、骸は半回転してイズモの背中に斬りつけた。
「ぐうあっ!」
イズモは横に転がり続け、なんとか骸から離れた。
点々と残るイズモの血の跡を見て、骸は目を細めた。
「式神の血も赤いのだねえ。魔物の血も人間の血も……。フフフ、この骸はどうなのだろうねえ。今まで斬られたことがないから、わからないよ」
「チッ……! 同じ所を狙いすぎたぜ……!」
服の裂けた背中から赤い血を流しながら、イズモがようやく立ち上がった。
「(でも、何か妙だな)」
考え事をして頭に意識を集中すると、血液がめぐって背中の傷口もじんじん痛んだが、イズモはそれに耐えながら地面を眺めた。
巨体の魔物の死骸が、たくさん転がっていた。
「(これに乗り移れば、一回全体重をかけるだけで、相手を潰すか、骨折させるかの損傷を与えることができる。なのに利点の少ないネズミの体を選んでいる。術も使えばいいのに、使ってこない。
ネズミの体に秘密があるのか、ネズミしか選びたくない理由があるのか……!)」
次に狙われるのは脚であり、また裂かれたら、もう逃げられないということがわかっている骸は、じりじりと後退しながら、次に合う死体を探し始めた。
その中には機敏そうな魔物もいたが、骸は素通りしていった。
「骸様! 魔族軍は数を減らしております! どうかご命令を!」
伝令役の、カラスくらい大きい鳥の魔物が飛び込んできた。しかし、
「うるさい!」
鳥の魔物は骸の刀に、一突きにされた。
イズモはその様子をじっと見ていた。
ネズミの姿に拘るのは、すぐ魔族に命令ができるからだろうか。
それなら戦いが終わるまでそこらに転がしておいて、その間はもっと強い魔物に乗り替えればいいのに。
術も使わず刀のみでしか戦わない――。
イズモは、ハッとした。
「(もしかしてこいつ、剣を使う魔物にしか乗り移りたくないんじゃ……?)」
乗り移る度にその魔物の戦い方を真似すればいいのに、術も力任せの爪も牙も使わないということは、必ず頼れる要素だと思っていないということだ。
爪か牙か戦い方を決めても、手足のないナマコにとっては確実な攻撃だという実感はないだろうし、かつ使い方がわからないかもしれない術で戦う方法は、戦法に選びたくても選べないのだ。
その点、刀は技さえ磨けば、どの死体に入っても確実に相手と戦える。だから剣を使うネズミの魔物を好むのだ。
「(魔物の生まれ持った破壊力を信用しないがために、即戦力の小技で戦術を補おうとしているのか。そんな魂の込もらない小手先の剣に、負けるわけにはいかない!)」
そもそも借り物の体の剣に、負けてたまるか。
次に入るのが剣士系の魔物なら、ナマコを直接叩く好機はある!
目ぼしい魔物をイズモも調べておいてから、刀を構えて骸に向かっていった。
右斜め下から左上へ振り上げた刀の攻撃の下を、骸の刀が重なり押し上げて、威力が失われ空を切る。
その浮いた手元を、尻尾が強かに打った。
「うぐっ!」
鉄のように硬い一撃を受けて、思わずイズモは片手を刀から離した。
そこへ骸が、脳天への斬撃。
とっさにイズモは人差し指と中指と手の甲で、刀の柄を摑み、腕全体に刀の背を乗せると、体を捻って全身を支えにして、敵の剣を受け止めた。
さらに敵に次の手を打たせまいと、刀から離れた方の手でネズミの死んで冷たい頭を鷲摑みにすると、目を狙って頭突きを食らわせた。
ネズミがよろめいた隙に刀を両手で持ち直すと、ネズミの胸に向かって突いた。
あと一息のところで、骸の尻尾がイズモの刀を横に払った。そして、脚でイズモの腹を蹴り飛ばし、距離を取った。
両足を開いて地を滑る足を止めると、イズモは骸を睨み据えた。
「剣術だけに絞った、か……。弱くはない……!」
「仮にも魔族王だ。これくらい鍛えて当然!」
骸は尻尾の損傷度を確かめると、ビシッと地面に一鞭くれて、体をかがめ、刀を両手で握り締めた。
その「鍛える」という表現が、イズモには引っ掛かった。
骸が操る死体に筋肉があるかどうかなんて、関係ない。筋肉を維持する血液もないからだ。
さらに一体目のネズミを斬ったとき、体の中には臓物もほとんどなかった。いや、あっても腐っていた。さっき頭突きをしたとき、ネズミの頭がひやりと冷たかったのも、死体の証だ。
臓物も血もないということは、何を使ってナマコの骸は、死体を支配しているのだろうか?
そのとき頭突きをされた骸が、よろめいていたのが思い出された。
「(待てよ。脳だってとっくに腐っているはずなのに、なぜよろめく必要がある?)」
イズモは確信した。
「(そうか! ナマコは頭にいる!!)」
脳から神経細胞か何かを使って、一時的に死体を動かしているのだ。
一方骸も、頭をよろめかせた時点で、本体がどこにいるかイズモに知れたと思っていた。
「こうなりゃ、もうこそこそすることもない。全力で潰してやる!」
ネズミは死体の山へ跳び上がった。
「させるか!」
次も剣士に違いない。重量級か、もっと素早い奴か、どれだ!
イズモが目をつけていた、重量級の魔物の剣士のそばに立つと、死体の山がグラグラと揺れ始めた。
「な……」
揺れで思わず後ろ向きに山を駆け下りたイズモは、振り返って目をみはった。
死体の山を押し上げて、いくつもの岩石でできた、巨大な大男のような姿の魔物が、腰の高さまでしかないイズモを見下ろして、立っていた。
「この岩の指が見えたとき、この体しかないと思ったぞ!」
「(剣士を選ぶと思ったのに……! オレが本体の位置を見抜いたことに気づいて、勝負を仕掛けてくるつもりだな!)」
悔しそうに、イズモが身構えた。あんな岩の魔物の中に入られたら、刀で一気に斬り下ろせるかどうか。
岩の魔物の姿をした骸は、ネズミのそばの青龍を拾い上げると、上を向いて口の中から腹へするすると納め、すべて呑み込んでしまった。
「……やってくれるじゃないか……!!」
青龍を取り戻す一手間を余計に増やした骸に、イズモは青筋を立てると、駆け出した。
狙うは一箇所。頭のみだ!
骸の太い腕がうなった。しかし体が大きくなった分、動作が遅い。
走りながらイズモは、試しに刀で腕を斬りつけてみた。やはり、岩を切断できない。魔物の魔性で防御力が高くなっているのだろう。
両腕の攻撃をかいくぐったイズモは、跳躍すると、岩男と目を合わせた。
「失敗だったな! その体はオレには通用しない!」
「フン、岩に歯が立たなかったではないか!」
余裕を見せる骸の頭に、イズモは剣を突いた。岩と岩の継ぎ目だ。ここならば、内部組織へ届くはず。ところが、
キンッ!
「!!」
イズモの刀は切っ先から弾かれた。
岩の継ぎ目でも、刀が通らなかったのだ。しまったと思ったときにはもう遅い。
「岩弾連射!!」
骸の口の中からカッ、と術の光が起こったかと思うと、剣を弾かれて完全に無防備なイズモに、頭一つ分くらいの大きさの岩が、無数に骸の口から飛び出て、激突した。
「ウグッ! ガアッ!」
体中にまともに岩の弾を食らい、イズモは背中から地面に叩きつけられた。先刻の斬り傷から再び血が流れ始める。
「(術も使いやがった! もうなんとしてもケリをつける気だ)」
あんな遅い魔物では、次の死体を探しても、すぐに替わりにくい。それに、青龍を回収できなくなるおそれがある。
もう逃げる気はないし、逃げる必要もないほどの、鉄壁の防御なのだ。
「岩弾連射!!」
「グッ!」
考える暇も寄せつける暇も与えようとはせず、骸は岩石を口から発射してくる。
骸の周りを、円を描きながら避け続けるイズモの膨ら脛に、そのうちの一発が当たった。
転倒したそばから、次々に岩石が命中し、イズモはたまらず刀の鞘で岩を受け、頭部を守った。
「フフ、やはりこの体にして良かった。最後の体に相応しい」
骸が岩の鋭い歯を見せて笑った。
額から腕から腹から、岩に切り裂かれて血を流し、イズモは荒い息と共に立ち上がった。
岩に激突した部分は、筋肉がぶるぶると震えていた。痛みは耐えられるけれども、手足の筋肉の震えだけは抑えようがない。
「(あと一度が行動の限界か……)」
イズモは覚悟を決めた。次で決着をつける。しかし、ではどう攻撃する――!
そのとき、骸の放った岩の弾の一部が、その脇で燃える死体の炎にキラリと光った。
「!」
イズモはそれを見て取ると、顔を引き締めた。これに、賭けるしかない――!
グ! と、体全体に力を込めて、震えを落ち着かせる。
「「行くぞ!!」」
互いに叫び、骸は術を出し、イズモは駆け出した。
「近づいてなんになる! 刀が岩を通せなかったというのに!」
嘲笑する骸の岩弾連射の上を、イズモは次々と岩に飛び乗りながら、真っ直ぐに駆けてきた。
「なにっ!?」
たじろぐ骸には、まだ刀に斬られないという安心感があった。
「岩弾連射の餌食になるがいい!!」
骸の岩がより激しく発射されたとき、しかしイズモも刀を振った。
「火空散!!」
イズモの刀から、無数の炎の玉が現れ、骸の体中に激突した。
「フハハ、そんなものが今更効くか!」
高笑いして、骸がなおも岩の攻撃をしようとしたとき、
「は」
パカ、と口が割れた。
「――?」
口だけではない。喉も、胸も、腹も、――頭も。
訳がわからないまま、岩の骸は縦から真っ二つに割れて、地に倒れこんだ。
脳のあたりから、蛍光色がはみ出している。
「やっぱり術に頼ったのは、失敗だったんだな」
イズモが骸の岩の欠片を拾い上げると、片手で砕いた。まるで土の塊のように、ボロボロに崩れた。
「(バカな! この魔物の体がこんなに脆いはずがない!!)」
骸は無言で疑問に満ちた。
「五行の『火克金』だ」
イズモは割れた腹から青龍を取り出した。
「火は金属を鎔かすから、金に克つ。お前の岩には、光る金属がたくさん散らばっていた。オレが炎を出せば、それらはすべて鎔ける。そして空洞になったスカスカの岩は、脆くなる――。
オレがお前を割れた理由が、わかったか?」
骸は微動だにしない。
「さて、ナマコをもっときちんと刺しておくか」
イズモが刀を岩男の蛍光色に突き立てようとしたとき、バサバサと音がした。
「全軍に告ぐ! 青龍を奪え! 青龍を奪え!」
さきほど骸が突き殺した、カラス大の鳥の魔物だった。イズモがサッと刀を手前に引くと、蛍光色の粘液しかついていない。
死んでいないことがイズモにばれるのがわかっていたので、先手を打ったのだ。
「フフフイズモ、どうやらこちらに赤い血は流れていなかったらしい。移動の跡が追えなくて残念だったな!」
「だがオレの目の前を飛んだことを、後悔させてやるぜ。火空散!」
「フフ、当たるものか!」
骸が炎から逃げようとすると、炎の玉が縦一列に一弾ずつ発射され、前の炎に当たる度にその衝撃で威力と速さを増し、骸が気づいたときにはその身を焼かれていた。
「なにっ……! ちくしょう、もっと速い死体にすれば……!!」
羽がなくなり、黒焦げになった鳥が落下してくるのを、イズモは首を踏み、押さえつけた。
「まっ……待て! 待てー!!」
「じゃあな骸」
イズモは鳥の頭に刀を突き立てた。
ドロチャッと、鳥の目から蛍光粘液が飛び出し、飛沫が散った。
「魔族王の最期にしちゃ、惨めすぎるぜ」
イズモは刀を引き抜くと、ついた粘液や黒い塊を振り飛ばし、青龍を携えたまま、降鶴のもとへ急いだ。
降鶴と四人の男女は、燃ゆる遙が拳をめちゃくちゃに振り回しているのを、荒い息を整えながら、遠巻きにして見ていた。敵の走る速度が速く、同じ所をぐるぐる回っているのに、ここまでこちらもずっと、走り通しだった。
ようやく立ち止まった燃ゆる遙の一振りごとに、魔族も人族も宙に舞い、叩き潰されていった。
武士が立ち向かうも、燃ゆる遙のまとう魔の波動、すなわち魔性に、刀の刃が弾き返されてしまう。
封印するしか、手がない相手なのだ。
「降鶴様!」
四人が降鶴の指示を待っている。
「青龍がなければ、五芒星は作れない。まして今は霄瀾の竪琴も微かに聞こえるのみ。両方が揃うまで、我々が燃ゆる遙を食い止める。皆、覚悟はよいな!」
「はい!!」
降鶴を先頭に、一同は走り出した。
「! 貴様ら……!」
燃ゆる遙が五人を見て取ると、三重塔の床面積の半分くらいの巨大な右足を、振り上げた。
足についた土や石を降鶴たちの頭上にばらばらと落としながら、五人を踏み潰そうと迫った。そのとき、右の男が前に出て、呪術の歌を口にした。
すると白く発光する大剣が手に現れ、燃ゆる遙の右足を浅く斬り裂いた。
「グバッ!」
燃ゆる遙が驚きに数歩、後退した。その度に地面が震動する。
「魔性に守られた燃ゆる遙が傷を受けるなんて!」
周りの魔族たちは恐れ戦いた。
降鶴たち封印を守るラッサの民は、これまで単に青龍と時を過ごしてきたわけでは、なかった。
封印とは、破られるものである。
青龍も竪琴もなくなった場合に備え、皆、燃ゆる遙の両手両足をそれぞれ一本ずつ、傷つけられる剣を作っていた。
全身全霊を込めて、一本ずつを専門にしなければ、燃ゆる遙の魔性は破れないと踏んだからである。
その四本を右の女、左の女、右の男、左の男は代々受け継いできたのだ。
そして最終的に、五人の力で燃ゆる遙を封印する。
「(霄瀾とイズモさんが間に合えばよいが……)」
降鶴は手をサッと払った。
女二人が燃ゆる遙の両手へ、男二人が足へ向かった。
「小癪な!」
燃ゆる遙は小刀で斬られたような傷を負いながらも、体中を動かして、四人を叩き落とそうとした。
しかし、四人が同時に別々の斬りつけ方をしてくるので、燃ゆる遙は集中ができない。
一人ずつ倒そうとして、他の部分で隙を見せれば、指を切り落とそうと狙ってくるため、燃ゆる遙は苛々(いらいら)してきた。
「我々の最強の味方燃ゆる遙が、ハエどもにやられる! 皆、援護に行くぞ!」
近くにいた魔族軍の一団が、降鶴たちに向かって突進してきた。
「同じ魔族だから、燃ゆる遙が無条件で助けてくれると、本気で思っているのか? 愚かじゃわ。人間が人間を裏切れるように、魔族を裏切れる魔族など、星の数ほどおるわ。自分の命が危うくなると強者にすり寄る恥曝しどもめ、そこに仲間を燃ゆる遙に殺された怨み、魔族としての誇りはないのか!! 仲間を失ってなお殺戮者に縋る者は、人でも魔族でもない! ただの土塊だ!!」
生きていても意味がないなら、と降鶴は年相応に皺だらけの片手を、頭の上に上げた。
「ここで眠らせてやろう! 紙折れよ(神おれよ)! 千羽鶴!!」
降鶴の手から、正方形の赤い紙が連続して出現したかと思うと、それが次々に折られていって、折り紙の鶴の形になった。
それが千羽出現すると、一斉に魔族軍に飛び立っていった。
そして、その翼で魔族たちを切り裂き始めた。
「うぐっ! なんだこれは!?」
魔族たちは混乱していた。
これが降鶴の術、「千羽鶴」である。
降鶴はこの術をとても重宝していた。なぜならば――。
「ええい、別の場所から回り込め! 四人の人間は無防備だ!」
魔族がばらばらに散って、燃ゆる遙と戦う四人に到達しようとしたとき、
「散!」
折り鶴が二百羽ずつ、降鶴ら五人を守るように分散された。魔族たちは、怯んだ。
千の攻撃を自在に振り分けられる、それがこの技を降鶴が重宝する理由であった。
「チイッ……! 邪魔なジジイだ!」
「仲間には指一本、触れさせん!」
魔族と降鶴が睨みあったとき、突然、燃ゆる遙の咆哮が聞こえた。
そして、木々を薙ぎ倒す衝撃が、球状に放射された。
降鶴たち五人も、魔族たちも、軒並み撥ね飛ばされた。
「チクチクチクチクうるさいわ! このクソが!!」
燃ゆる遙が、四方に飛ばされた四人を確実に殺そうと、森の中を木々の上から探し回っている。
「い……いかん!」
仰向けでそれを見た降鶴は、急いで消し飛ばされた鶴を折り直そうと、上体を起こした。全身の骨が鞭打たれたように痛い。
そして、目の前を見て、呆気に取られた。
燃ゆる遙のいた中心から半径百メートルが、きれいに何もなくなっていた。
放射状に砕かれた岩が剝き出しになり、金剛石を指輪用に美しく削った模様を、見せている。
燃ゆる遙がその石のように強く硬く、攻撃のみに専念しているのを、象徴しているかのようだった。
魔族たちは、ぴくりとも動かない。気絶しているのだろう。降鶴たちラッサの民は、常に防御の陣の札を持っているので、衝撃が緩和されたのだ。
「四人が一人でも欠けたら終わる! 六人の中で唯一死んでも構わない私が、燃ゆる遙を食い止めねば!」
降鶴の立ち上がろうとする肩を、誰かが手を置いて押さえた。
「まだ死ぬには早いぜ、降鶴さん」
「イズモさん!」
全身切り傷だらけのイズモが、降鶴の隣に蹲んでいた。
「ずいぶん待たせちまって悪いな。約束の青龍だ。霄瀾は?」
降鶴は首を振った。
森を両手でかき分け、燃ゆる遙はまだ四人を探している。
「……オレが止めるしかないな」
立ち上がり、青龍を渡してくるイズモに、降鶴は何かに駆られたように叫んだ。
「いけません! あなたも、満身創痍ではありませんか! この威力、まともに相手をしたら、死んでしまいます! ここは私が……!」
しかし、イズモはそれを手で制した。
「じゃあオレが奴の注意を惹きつけるから、その隙にあんたが四人を回収してくれ。シオンと殻典さんに、治療陣をかけてもらうんだ。いいな?」
「そんなっ……!」
イズモは燃ゆる遙を見据えた。正直、無事には済むまい。百年前もかなわなかった。この体で勝てるほど、甘い相手ではない。けれど、百年以上前からこの世界を守るべきだと思って戦ってきたのなら、戦わねばならない。それが剣士というものだから!
仆れることもまた道である。イズモが駆け出そうとすると、
「待ちなさいイズモ!」
一番好きな声が聞こえた。
はっ、とイズモは振り返った。