優猛魔性(ゆうもうましょう)第五章「二組の用心棒」
登場人物
双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑、神剣・青龍を持つ炎の式神・出雲、神器の竪琴・水鏡の調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾、帝の一人娘で、神器の鏡・海月と、神器の聖弓・六薙の使い手・空竜姫。聖水「閼伽」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉の器の持ち主・閼嵐。
強大な力を秘める瞳、星晶睛の持ち主で、「水気」を司る玄武神に認められし者・露雩。
第五章 二組の用心棒
「うむ……この酒は辛口だがクセになるな」
「閼嵐、あなた二リットルも飲んでるのよ? 大丈夫なの?」
紫苑がさすがに口を出した。
所はまだ三来三町である。
霄瀾の誘拐騒ぎが終わったの次の日、おいしいものを食べて一休みする休日である。
「オレ酔ってないから」
「酒豪ー!」
魚の骨のおせんべいをつまみながら、空竜が目を丸くした。
「いい酒は悪酔いさせないんだよ」
「ほんとー?」
本気とも冗談ともつかないことを言ってから、閼嵐は新しい銘柄の酒を注文した。
「あんたさ! いい加減手下連れて来んのやめてくんない!」
女の怒声と、液体がぶちまけられる音がした。
「若!」
見ると、頭の横に小さいさくらんぼの髪飾りをつけた、茶色い髪の女が、空の湯飲みを持って目の前の人物を睨みつけていた。
視線の先のびしょぬれの若い男は、黒髪のゆるやかな癖毛で、呆然として座っている。
男の後ろで、三人の若者が慌てふためいている。
「もう我慢の限界よ! 別れる!」
女が去ろうとするのを、男の取り巻きの三人の若者が立ちふさがった。
「ちょっと待ちな高のお嬢! うちの若にこんなことしといて、ただで帰らせると思ってんのか!」
高のお嬢はチッと舌打ちした。
「一人であたしと話せない奴が、彼氏ヅラすんじゃないよ! 今だって、あいつはあたしを引きとめないじゃない! 何考えてんのか、さっぱりわかんないわ!」
三人は、若を見た。しかし、若はぼうっと高のお嬢を見ているばかりである。
「でも、ここで帰したら樫の若の名に傷がつく! 取り消してもらうぞ! お嬢には若とつきあい続けてもらう!」
「だから、なんであんたたちが話を決めてんのよ!」
高のお嬢が苛立った、そのときであった。
「もうそれくらいにしておけ。うるさくて、せっかくの酒がまずくなる」
しんと静まり返った店内で、閼嵐が立ち上がった。
「うるせえ! 一般人は黙ってろ! あいててて!!」
三人のうち一人が、閼嵐に腕を背中でねじ上げられた。
「このヤロー!」
向かってきた残りの二人も、閼嵐はあっさり頭を捕まえ、頭突きさせた。
三人がやられたのを見て、高のお嬢は閼嵐に見とれてしまった。
「お嬢ちゃん、今のうちに帰んな」
しかし、酒を飲み始めた閼嵐に、高のお嬢は近づいた。
「決まった!」
「ひっ!」
女に腕を取られて、女が苦手な閼嵐が悲鳴をあげたとき、
「今からあなたがあたしの彼氏ね!」
「えー!!」
閼嵐のみならず、紫苑たちもびっくりした。
高のお嬢はやせている体と太っている体の中間のような、やや肉厚な顔と体をしていた。笑うとえくぼができて、八重歯がかわいい。
しかし、それはそれ、これはこれである。
「彼氏!? オレの近くに女が接近する単語か!? 却下!! 想像すら許さぬ却下!!」
閼嵐が叫ぶのを聞いて、高のお嬢はその豊満な体を閼嵐の体全体に押しつけた。
「あたしのこと、好きになれない?」
全身に柔らかさが与えられて、閼嵐は卒倒しそうになった。閼水をおんぶして山道を歩かされたことを思い出す。太い枝で尻をはたかれながら……。
「た、助けて……助けてください!! このままでは生きながら死んでしまいます!!」
「どんな状態? それ」
閼嵐は夢中で、そばにいた紫苑にとりすがった。
「……なに、あんた。この人の彼女?」
高のお嬢は紫苑の胸を見下ろした。自分の自慢の体といい勝負である。
「ふーん、彼女なんだ」
勝手に納得して、閼嵐の腕を抱えた。
「でも、今日で別れちゃってくださーい。この人は、高の組の未来の頭になるんだから。一般人のあんたと結婚するより、この人にとってはよっぽどいいよねー」
「結婚!?」
閼嵐は青くなり、露雩と出雲は顔を真っ赤にして怒った。
「そういうことなら、これから高の組と樫の組は全面抗争だからな! 覚えてろよ!!」
三人はようやく立ち上がり、若を連れて出て行った。若は、一言もしゃべらなかった。
「……なんか、変なことに巻きこまれた気がするから、お前一から話せ」
出雲が高のお嬢を睨みつけ、高のお嬢も、
「お前じゃないわよ、お嬢とお呼び!」
と、出雲に顔を近づけて、二人はしばし睨みあった。
三来三町には、二つの大工一家がある。
高の組と、樫の組という名で、それぞれ百人以上の大工を抱えている。
長結国中どこでも、大工が足りなければ派遣するという依頼もこなしており、大きな工事では引っ張りだこの集団だ。
しかし、同じ国で同じ依頼を奪い合ううち、いつしか両者は恨みあい、憎みあうようになっていった。
そんな中、高の組の頭の一人娘、お嬢こと似鳴と、樫の組の頭の一人息子、若こと詠詩が出会ったのだ。
共に十六歳、親同士が許すはずもないと考え、関係を誰にも言わないと誓ったのに。
詠詩は、部下を三人、必ず連れて来た。
口の堅い信頼できる三人だと言われても、似鳴は二人の世界を邪魔されて、徐々に詠詩への熱が冷めていった。
「一人じゃなんにもできない使えないヤツだったの」
似鳴が短い眉を八の字に寄せた。
「十六歳の立派な大人が、それってある!? 父親が今死んだら、ほんとあいつ、どーすんだろ」
出雲が声をあげた。
「おい、それじゃあの三人は似鳴に若が振られたって樫の組にバラすから、全面抗争っていうのは本当の血で血を洗う争いになるってことか?」
「そうよ。こうしちゃいられないわ。こっちも高の組に報告しないと。ね、あたしのために戦ってくれるわよね?」
似鳴にすり寄られて、閼嵐は悲運を全身で受けたような面持ちで凍った。かわいそうになって紫苑が助け船を出した。
「あなたの痴話ゲンカに、閼嵐を巻きこまないで。閼嵐があなたに怒ったら、まず高の組を全滅させるから」
「……っ」
さすがに似鳴もたじろいだ。
そして、立ち上がって深々とお辞儀した。
「どうかあなたの彼氏を貸してください。うちの大切な大工たちが、一人でも傷つくのは耐えられないんです。詠詩さえもっとしっかりしていれば……」
唇を嚙む似鳴を見て、紫苑は皆を集めた。
「ねえ、似鳴はまだ詠詩のことが……」
「うん、ボクもそう思う」
「町が血みどろになるのも治安上困るし、私たちで……」
紫苑は一同に自分の策を告げた。
「似鳴、わかったわ。閼嵐を貸してあげる。ただし、私と出雲も一緒よ。ちゃんと強いから安心して」
「えっ!? 強い!?」
顔を上げた似鳴を伴って、四人は高の組へ向かった。
残った露雩、空竜、霄瀾も、連れ立って出かけた。
樫の組は、若衆が走り回って、木刀の調達を急いでいた。
「ついに全面抗争だ! やっとあいつらを足腰立たなくしてやれるぜ!」
「うちの若を振りやがって、高のお嬢は何様だ!? 声をかけてもらっただけ光栄に思え!」
ワーワーと、今まで自分が思ってきたことを叫びながら準備している。
その中を、「若の着物にしみをつけてしまった者です」と言って堂々と通る露雩、空竜、霄瀾の姿があった。
「ごめんな霄瀾、こんな役やらせて」
「ううん、いいよ。『どうしても会ってあやまりたい』って子供が言うのは、大人をやさしくするね」
しみをつけたのは、霄瀾という設定になっている。
若の部屋の前に来た。
「せっかく若が少しずつ周りを固めていってたのに……、恩知らずな女だ!」
「どうせもう縁は切れたんですし、この際高の組を徹底的に潰しちまいましょう!」
「親分は一時間後、殴りこむとおっしゃってます! 若もお支度を!」
店にいた三人の声がする。
それでも若の声は聞こえてこなかった。
三人は露雩たちに気づかず、部屋を走り出て準備に向かった。
樫の組の若・詠詩は、手ぬぐいで髪を拭いていた。
改めて見ると、線の細い、物静かそうな男である。口はぎゅっと結んで閉じるというより、ふたをしているように軽く閉じられている。
「このままじゃ、君たちのためにみんな傷つけあうことになるぞ」
露雩に向けて、詠詩は目を動かした。
「君が何も言わないからじゃないのか」
詠詩は視線を落とした。
「似鳴のことは、どうしたいんだ」
詠詩は鏡に映った自分を眺めた。
「……強行突破はできないと、思っていました……」
ぽつりと話しだした。
「父を納得させるには、樫の組の者たちの了解を取る必要があると考えていました。僕は樫の組の者、皆に反対されることはできません。でも根気強く説得すれば、きっとみんなわかってくれると思ったのです。
樫の組が賛成してくれるまで、似鳴には軽はずみな約束はできません。もし期待させてかなえてあげられなかったら、僕は似鳴にどう謝っていいかわかりませんから。準備が整うまで、似鳴に何の約束もできない。何もしてあげられない。でも説得できたら結婚を申し込むつもりでした」
「……」
空竜は目を丸くした。すごく責任感のある男だった。彼女の方は、何もしてもらえないから不満だろうが。
「じゃ、なんでいつも三人引き連れてたのお? 男らしくないわよお。一人で彼女と会えないなんて」
「似鳴を守るためです」
「えっ!? 一生守るつもりなら、一人で暴漢に立ち向かう覚悟くらいしなさいよお!!」
「いえ。僕から似鳴を守るためです」
詠詩は静かに答えた。
「二人きりになったら、僕は似鳴を好きにしてしまうと思いますから」
空竜は口を開けてたいそう驚いていた。いまどきこんな不器用な愛し方をする男がいたことに、天然記念物並の美学を見た気がした。
「はあー、あなたそれ今みんなに言えば、きっと応援してくれると思うわよお」
「憎しみは簡単には消せません」
詠詩は鏡の中の自分を見るのをやめた。
「人が集まれば、体面が大事になります。僕は僕に優しくしてくれた樫の組のみんなを、守らなければなりません。裏切れないのです」
若が振られたということは、樫の組が見下されたのと同じこと。
しかも、よりによって高の組に。
この傷ついた体面は、償わせなければならない。
ここから「流血なしでけじめをつける方法」を、詠詩は知らなかった。
「ねえ露雩、詠詩がかわいそう。心がはっきりわかったんだし……」
空竜が露雩に振り返った。
「そうだね。詠詩、一つだけ方法がある。オレたちが勝つんだ。オレたちの仲間が高の組にもいる。六人でうまく、ケガさせないように双方の人々を倒すから、オレたちが戦ったあと、君は勝者として言いたいことを言えばいい。樫の組の人々を満足させるには、それしかない」
「……」
しばらく詠詩は、露雩に何も言わなかった。
「けがをさせないようにしてくださるのですか。感謝いたします」
それだけ言うと、三人に樫の組の家紋の入った木刀を手渡した。これで皆から仲間とみなされるという。
一時間後、高の組と樫の組の者は、袖を紐でまくり上げて木刀を持ち、山の広く平らな場所で睨みあっていた。
樫の組の先頭集団には露雩、空竜、霄瀾が、高の組の先頭集団には紫苑、出雲、閼嵐がいる。
背の高い樫の組の頭が大声を出した。
「よう高の! お前んとこのガキがうちの育ちのいい息子に失礼しおったのう!」
横に太い高の組の頭が大声を出した。
「出来損ないの樫のガキこそ、素直なうちの娘をだましたんじゃろうが! これまでたいていのことはわしが大人じゃから我慢してきたが、大事な娘にまで手を出して遊んだんなら話は別じゃ! 一人も無傷で帰さんからな!」
「何を勝手なことを! 遊び人はお前の娘だ! 先に声をかけてきたのはそっちだぞ!」
「それはお前のガキが親切なふりして近づいたからじゃ! 純粋な娘は手もなくひねられてしまったわ!」
親バカなののしりあいが続いたあと、
「やれー!!」
の、同時の号令で、両組は激突した。
閼嵐の閼伽と、露雩の神流剣が、両組を押し流していく。
そして、溺れている状態から這いあがった者たちから、出雲と空竜が、気絶する程度の攻撃で戦闘不能にしていく。
両組同士が戦いそうになるのは、紫苑の炎と霄瀾の幻覚で防ぐ。
人々は、六人によって次々と倒されていった。
遂に立っているのは紫苑たち六人と、高の組の頭、似鳴、樫の組の頭、詠詩だけとなった。
頭二人は、六人が自分の組の者として見覚えがないので、号令をかけるかためらっていた。
人々は、骨折はしていないが、打撲の痛みで動けなかった。
「さーて、あとは露雩たちにやられるだけだな」
出雲が紫苑に笑いかけた。それが、露雩には気に食わなかった。
「なあ出雲。戦いの間、ずーっと紫苑のそばにいたよな」
「お? おう、紫苑の危機には必ず駆けつける、頼りになる男だからな、オレは!」
出雲はニーッと歯を見せて笑った。
「露雩、いねえからオレが大活躍だったぜ!」
露雩はピカ、と後ろから光が差して顔が影になり表情が隠れた。
「出雲……」
露雩の周りに影がたちこめた。
「わざと負けるのって大変だろうなー、なんせそれまで大活躍っ! だったしー!」
「オレを本気で怒らせたなァー!?」
「なっ、なんだよ!?」
出雲が露雩の赤く光る眼にタジタジとなると、
「本気で怒るとどーなるの?」
「どーなるのっ? どーなるのっ?」
霄瀾と空竜がワクワクして見守った。
「こうしてくれるわっ!」
星晶睛ではないのに光る眼が、くわっと見開かれた。
『魔重眼ご居合ひ
論ぞ負ふ
斬らせでほの見
かくわれよ
江さす玻璃いつ
起ちにけむ
うぬも取るしな
故音矢を』
二人は真っ黒な影で向かいあっていた。
そして、露雩が最後の一文字を言った直後、残像つきでゆっくり動く映像で、出雲の膝が地についていった。
「ま……負けた……!!」
その発言を受けて、空竜たちが二人を交互に激しく見比べた。
「えっ!? なんで!? なんで!? どーして!?」
「どーしたの出雲!?」
出雲は両手をつき、地を見つめたまま声を絞り出した。
「返す四十八文字が見つからない……」
「え??」
「つまりこういうことよ」
紫苑が、露雩の四十八文字を書きとめた半紙を見せた。
「いろは歌のように、四十八文字全部を使って歌ったのよ」
露雩が解説を始めた。
『魔の重なった瞳で居合をしたとき
私たちはそれぞれの論を負っていた。
お互いにその論を斬らせずにほのかに見やり
このようにわかれるとしよう
水を刺す玻璃はいつ
起きあがり動きだしたであろう
だから貴様は取るな
故あって刺さったこの音鳴る矢を』
「なんか難しいこと言ってて、よくわかんないわあ?」
空竜に、露雩も頭をかいた。
「オレも、とっさに思い浮かんだものだから……。でも、なぜだか、両眼で見たものを詠んだ気がして……」
紫苑は歌の書かれた半紙を眺めていた。
「この各行の下の句。ひふみよいつむなやって、数字の順になってるわね」
「お、本当だ」
閼嵐も半紙をのぞきこんだ。
「さらに、各行には居合ひ、負ふ、斬らせ、われよ、さす、起ち、取る、矢。武器に関する言葉が入ってるの」
「起ちは太刀、首を取る……本当だわ! すごーい露雩、たった一瞬で全部入れたんだあ!」
「いや、偶然だよ。オレも初めて気づいたし……、理解してくれる人がいてこその歌だよ」
空竜と露雩が話していると、出雲がゆらりと立ち上がった。
「そうだぜ。言った露雩もそうだけど、それを瞬時に理解したオレも、ちょっとは褒められていいと思うぜ」
「出雲はやっぱりすごいや!」
霄瀾が飛び跳ねて喜んだ。
それに微笑みながら、出雲は気がついた。
「あ、オレたち負けたなあ」
「それもそうね」
「だな」
出雲、紫苑、閼嵐は高の組の頭に振り返った。
「すみませーん、オレたち、負けちゃいましたー!」
頭が目を剝いた。
「冗談言うな! 言葉遊びをしただけで一回も殴られてないだろ!」
「あーいえ、今の歌は言葉に秒殺の呪いがかかってまして、四十八文字で返せないと戦えなくなるんですー」
本気とも冗談ともつかないことを、出雲はしゃべった。
「とにかく、もうオレたち戦えないんでー」
高の組の頭は、脇にどく出雲たちを、口をぱくぱくさせて空気を吸いながら見続けた。
「閼嵐! なんで……!!」
似鳴が叫んでも、閼嵐は振り返らなかった。
「うおわーっはっはっ! 樫の組の勝利だー! ざまあみろ高の! これからはお前たちが徹底的に格下だ! はっはっは!!」
樫の組の頭が高笑いした。
半死半生の樫の組の人々は、へへ、へ……とかろうじて笑った。
これで樫の組は、詠詩が似鳴に振られたことへの体面を守った。
「さあ、詠詩。君の出番だ」
露雩が振り返った。
高の組の人々は、敗北感にうちひしがれている。
詠詩が二つの組の中央に立った。
「似鳴!」
「な、なによ!」
突然名前を呼ばれて、似鳴は半歩下がった。
いつも自分を守ってくれる組の者は、皆倒れて動けない。
自分が悪く言った相手が仕返しにどんな罵詈雑言を浴びせてくるかと恐ろしさに身をすくめたとき、詠詩は頭を下げた。
「ごめん。こうして今似鳴に話しかけられるのは、僕の力じゃない。僕たちを守ってくれる、みんなの力だ」
似鳴は硬くした体を少しほぐした。
「だから、僕一人の力で言えることを、言うよ」
詠詩が背筋を伸ばした。
「樫の組のみんなが一人も後ろにいなくても、似鳴の後ろにいる高の組の全員に聞かれても、僕は、似鳴のことが好きだから!」
「……!!」
高の組も樫の組も、全員止まった。
「え……詠詩……」
「何もしてあげられなくてごめん。でも、別れるならちゃんと伝えておきたかったから」
詠詩は無理矢理笑うと、樫の組の者たちに肩を貸し、立ち上がらせ始めた。
「似鳴……」
思わず声をかけた紫苑を無視して、似鳴は拳を震わせていた。
「あんたは、いつもそう! あたしに、考えてること教えないの! あたしがどんだけ不安だったか、わかってくれないの!!」
似鳴が走り出した。
「似鳴!!」
一同の見守る中、似鳴は詠詩に抱きついていた。
「ばか! 一人で立てないガキは、あたしの方だった! あたしだって、あんたのことが好きなんだから! おんなじ境遇であたしの気持ちをわかってくれる、あんたがいれば幸せなんだから!」
詠詩は似鳴に体を向けた。
「うん……じゃ、二人で生きていこう似鳴」
「うん!」
「「待たんかーい!!」」
親父二人が怒鳴った。
「詠詩! お前、樫の組をどうするつもりだ!」
「二人の仲を許してくれたら、そのときお父さんを助けるために戻ります」
「うっ……!! バカモン、組の者が納得するか!!」
「似鳴! 父ちゃんよりそこの静かそうな細い男を選ぶのか!」
「父ちゃんと正反対なところも好きになったの」
「おごお!!」
親父二人が少なからぬ傷を受けている間に、詠詩と似鳴は皆に一礼し、二人で手を取り合って山を下りようとした。
すると、樫と高の組の者たちが、立ち塞がった。
「みなさん……お願いです、通してください」
「あたしたち、どうしても一緒になりたいの!」
人々は、詠詩と似鳴に笑った。
「行くこたあねえ、ここで一緒になりな」
「樫の若がこんな骨太だとは思わなかった。こんだけ言えりゃ、お嬢を大切にする覚悟があるってことだ」
「な、頭!」
同意を求められて、二人の親父は、腕組みをして、それぞれ詠詩の言ったことを吟味していた。
「(ふん……! 娘には強い男をと思っていたが……。筋が通ってるならこれから鍛えりゃいいか……)」
「(どうせ呼び戻すならそばに置いて鍛えた方がいいか……高の組も手に入るし……)」
親父二人はしぶしぶとうなずいた。二人とも、
「(オレの組がお前の組を吸収してやるぜ!!)」
と、視線で火花を散らしながら。
高の組と樫の組は、けがをものともせず歓声をあげた。




