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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第八章 優猛魔性(ゆうもうましょう)
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優猛魔性(ゆうもうましょう)第三章「弱者の義務」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、神剣・青龍せいりゅうを持つ炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、魔族の格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主・閼嵐あらん

強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者・露雩ろう




第三章  弱者の義務



「今日のお夕飯ゆうはんは天ぷらうどんですよー!」

「はーい!」

 紫苑の鍋の周りに、皆が集まってきた。

 熱々のうどんの上に、しいたけの天ぷら、しその天ぷら、長ネギの小口切りと長芋のさいの目切りを混ぜたかき揚げの天ぷらが載っている。だしも昆布にしてある。

 そして、別の皿に川魚の天ぷらが五つ、載っていた。

「うん、オレに気を使うなよ。お前たちの栄養が偏る方が心配だ」

 閼嵐は近くにあった木の葉をひとしきりむしると、天ぷらうどんに入れた。うどんが見えなくなるほど山盛りであった。

 他の五人は川魚の天ぷらを入れて、大きな器からはみ出すほどのたくさんの天ぷらと共に、うどんを食べ始めた。

「うん、この天ぷら、サクサクしてる。いい歯応えだ」

「この味も好みよ。やっぱおいしいもの食べるのって、幸せよねえ!」

「ごちそうさま」

はやーッ!!」

 出雲と空竜が同時に閼嵐に首を向けた。

 閼嵐の大きな丼の中は、つゆもなく、からっぽだった。閼嵐は立ち上がって、再び木の葉を摘んでいる。

「あっ! 閼嵐、おかわりあるのよ! こっちを先に食べて!」

 紫苑が慌てて鍋を勧めた。魔族の食べる量に気づかなかった。大きな丼では足りなかったのだ。次はもう少し多く作らなければと、反省する。

「いや……実はオレ、この大きな丼で四杯は食べるんだ」

 振り返った閼嵐の言葉に、一同は目を丸くした。

「すまない。魔族にとってはなんでもない量だが、人間から見たら大食いだよな」

 閼嵐は恥ずかしそうに少し頬を染めた。

 だが、紫苑の第一声は違った。

「こんなに料理の作り甲斐がいのある人、初めてよ!」

「え?」

 閼嵐が紫苑と目を合わせた。

「料理人てね、自分の料理をたくさん食べてくれる人を見てると、幸せになるのよ」

「そうなのか?」

 閼嵐の驚きは羞恥心しゅうちしんを吹き飛ばした。

「私のこと幸せにしてくれる?」

「あ……ああ」

 閼嵐は考えをまとめつつ急いで返事をした。なんだか、奥さんにご飯を作ってもらったときのような気がして、今度は耳まで赤くなって、うつむいてしまった。

「え、ええとな、オレはおいしいといっぱい食べる気になるんだ。紫苑の料理はおいしくて、元気になれたよ。ありがとう」

 大人なので恥ずかしくて黙ってしまうことはなかったが、閼嵐は、女が苦手だったはずなのに、こんな優しい女がいたのかと知って、世界が少し開けた気がした。

「おいしいって言ってくれるの? ありがとう。じゃ、これからももっと食べてね!」

 そのやりとりを、出雲と露雩は面白くなさそうに聞いていた。

「オレだって、紫苑の料理おいしいと思ってるからな」

「ええ、ありがとう出雲」

「ボクもだよ!」

「ええ霄瀾」

「そうよねえー、私の料理だったら露雩に、はいあーんって言えるけど、私の作るものってあまり評判良くないし……」

 空竜が愚痴ぐちった。

「かなり、だろーが」

「ムカッ! 出雲ー!」

 空竜がぶつ真似をした。紫苑は、それを見て笑っている露雩が、自分の今日の料理を何と言うか期待していたが、露雩は何も言わないまま、食事の時間は終わった。

 夜、皆が寝静まった頃、少し離れた川辺で、露雩が一人で料理の練習をしていた。

「何やってんの? 露雩」

 集中していて、紫苑が近くにいるのに気づかなかった。露雩は慌てた拍子に浅い鍋の中の物を、その中で引っくり返した。

「あっ、卵焼き作ってたの?」

 形のいびつな卵焼きが、ほんのりこげていた。

「オ、オレも料理くらい作れるだろうと思ってさ」

 取りつくろう露雩のそばで、紫苑が卵焼きをパクリと食べた。

「あっ!」

 狼狽ろうばいする露雩を放って、紫苑は目を閉じてしばらく口をモグモグさせてから、

「うん、おいしい!」

 と、彼に笑顔を向けた。

 露雩は、はっと顔を赤らめた。何をやっていたんだオレは。すべては紫苑に閼嵐と同じやりとりをしてほしかっただけなのだ。

 紫苑の笑顔でそれが達成されて、露雩はそれに気づいてしまった。

 紫苑と閼嵐が必要以上に仲良くしたので、すねていたのだ。

「た……たくさん食べていいよ」

 わざとつっけんどんに、空を見ながら、露雩は浅い鍋を差し出した。

「ありがとう。露雩の卵焼き、おいしいな」

 食べている紫苑を見て幸せな気持ちになりながら、一生これが続くといいな、と露雩は穏やかな希望を持った。


 翌日、一行は三来三町みぐるみちょうへ入った。

 町の入口から人々が手に手にくわや刀を持って、何やら叫び、走り出ていく。

 出てすぐ左に折れて、山に向かっているようだ。

 それにしても、ただ事ではなさそうだ。紫苑たちも、走って後を追った。

 山の中腹にほら穴があった。人々はその入口を囲んだ。

「出て来い泥棒魔物!! オレたちの宝石を返せ!!」

 人々に怒鳴られると、のそのそと二体の魔物が出てきた。

 二足歩行で立ち上がった、台形の体格をした太ったモモンガの魔物が、大きいのと小さいので二体、立っていた。そっくりで、どうやら親子のようである。背丈はそれぞれ八十センチと六十センチくらいだ。

 人間を追い返す力は持っていないようだ。住処すみかの入口をふさぐ人間たちをどうにか引き返させるために、渋々出て来たようである。

「うるせーなあ、なんだてめーら」

 モモンガは短い手で腹をボリボリかいた。

「とぼけるな! 昨夜オレの家に忍びこんで宝石を盗んで行っただろう! 大きなモモンガが飛んでる影を、オレは見てるんだ! お前が犯人だ、さあ、宝石を返せ!!」

「オレのところからも盗んだろう!! 早く返せ!!」

「お前たちは以前からオレたちの宝石を盗んでいるはずだ! 今日という今日は、許さねえ!!」

 人々に刃物を突きつけられても、モモンガはボリボリと腹をかいていた。

「知らねーよ。何度も言ってんだろ。ここにそんな宝があるか? 探したきゃ探せ」

 人々は雪崩を打って、ほら穴の中に入った。

 しかし、葉のふとんを振っても、木の器をさかさまに振っても、一粒の宝石も出てこなかった。

「ちくしょう! どこに隠してやがるんだ!!」

 人々がモモンガ親子を縛り上げようとすると、親子は叫んだ。

「無実の罪をなすりつけるのが人間のやり方なのか!」

 人々は手が止まった。

「ちくしょう、証拠の宝石さえあれば……!!」

 人々は付近に隠されていないか、捜索しに行った。

 後を追った紫苑たちは、三来三町みぐるみちょうでは前々から宝石の盗難が起きていること、そのとき必ず巨大なモモンガが目撃されていること、だが一番怪しいあの親子の巣にはいつも何もないことを、人々に教えてもらった。

「この山のどこかに隠していると、信じている」

 宝石が売り払われたという最悪の事態だけは避けたい人々は、それだけ言うと捜索に専念していった。

「父ちゃん、あいつら今日も帰って行ったね」

 モモンガの子供の方が、笑い声をみ殺しながら肩を揺らした。

「宝石のありかさえ言わなければ殺されることはない。力のない魔族が生きていく知恵だ」

 モモンガの父は、ポンポンと腹を叩いた。

「おい。やはりお前たちが盗んだのか」

 閼嵐が立っていた。二体はびくっと尻が地面から浮いた。

「な、なんだよ。ちょっと力があるからって、オレたちの宝を分捕ぶんどりに来たのか!? やらねえぞ、オレたちはこれで生活してんだ!」

 父親が立ち上がった。閼嵐が魔族なので、つい本当のことをしゃべってしまっている。

 閼嵐も、同じ魔族として、モモンガが宝を自分のそばに置かないのはおかしいと思って、単身乗りこんできたのだ。縄張りを広げようとする他の魔族に横取りされるので、魔族が自分の宝を自分から離して管理することは、滅多にないのだ。

「口の中を見せろ」

 閼嵐は、モモンガの太ってふくれた頬の中に袋でもついていて、そこに宝石が隠されていると考えていた。

「いやだね。口の中を見たとたん、頭から食ってやるぞ」

 モモンガは拒否した。

「今返せば、オレが宝石を見つけたことにしてやるから」

「わかってねえなあ!!」

 モモンガは苛立いらだった。

「この宝石を売った金がなくちゃ、オレたちは食べ物を行商人から分けてもらえねえんだよ!! 力のねえ魔物は、一人じゃ生きていけねえんだ!! 他人の物を奪うしか、ねえんだよ!! オレに死ねって言うのか!? 言えねえよな、同じ魔族のよしみだ!! なあ青年!?」

 強い相手には、弱さを見せる。

 優しくすれば、つけあがる。

 この身勝手なモモンガが、さっきからずっと腹をかいているのに、閼嵐は気がついた。

「(……腹の中だ!)」

 閼嵐は自分の少ない荷物の中から、薬袋を取り出した。

 そして、下剤の錠剤を二粒、取り出した。

「全部出してもらうぞ」

「おい、聞いてなかったのか!? オレたちはこの宝石がないと生きていけねえんだよ!! 弱いオレたちは死ねって言うのか!?」

 モモンガ親子がおびえながら言葉でみついた。

「他人を踏み台にして高く跳べる奴なんか一人もいない。楽をした人生は、簡単な実りしか得られない。何のために生きるのか――生きて、何をするのか――決めないなら、お前はずっと弱いままだ」

 閼嵐が、不老長寿の山猫への、出雲の言葉も思い出していたとき、

「なるほど。そういうことか」

 閼嵐の下剤から逃げようとする二体を、入口でふさいだ影があった。

 剣姫であった。

 閼嵐はぎくっと体が止まった。どこまで聞かれた?

「お手柄だったな閼嵐。さすが魔族、魔族から話を引き出すのがうまい。そうか、腹の中か……それは気づかなんだ」

 閼嵐は「ホッとして」、しかしハッとして慌てた。

「人々が来てるのか!?」

「いや。私一人だけだ。急いで閼嵐を追って来たからな」

「そうか。じゃ、下剤を飲ませるのを手伝ってくれよ」

「いやだね」

「え??」

 剣姫が即座に返したので、閼嵐は思考がついていかなかった。剣姫はすらりと刀を抜いた。

「こいつらが宝石を出しても、次の山へ逃げれば、別の町が同じことの犠牲になる。私は悪を逃す者が一番嫌いだ。だから私は、ここで殺すつもりだよ」

「よせっ! この山で監視すればいい!」

 紫苑は構わず、震えるモモンガの子供の喉を捕まえて宙に持ち上げた。

「こいつは誰の宝を隠しているのかなあ!?」

「た、助けて!!」

「この子は何も持ってない!!」

「お前たちの嘘は聞き飽きた」

 紫苑は二体の声と共に、子供の腹に刀を突き立てようとした。それを、閼嵐が紫苑に体当たりして止めた。

「だめだ! まだ子供だ!!」

 剣姫は怒りで目が血走った。

「たとえ子供でも回復できない罪を犯せば裁かれるのだ! どんなに安い値段の宝石だって、その石には大切な想い出がつまっている! それを失わせた罪は重い、違うか! 閼嵐、貴様悪徳の肩を持ったな! 斬ってやる!!」

 閼嵐はその抜き身の殺意に、恐ろしさで身が震えた。

 つい昨日、優しい微笑みをくれた紫苑のかけらは微塵みじんもない。

 彼女の善悪に、情など入らないのだ。

「宝をあるだけ返して、売った分は働かせて、なおかつ、人々をもうだませないようにすればいいんだろ!」

 閼嵐は必死に思考をめぐらせた。

 紫苑がひどく低い声でうなった。

「……どうするつもりだ」


「ほれ見ろ、やっぱりこいつらが持ってたんじゃねえか!」

「隠し通せるわけねえんだ、御天道様おてんとさまが見てるんだからな!」

「売った宝石の分は働いて返せよ!」

 人々は宝石を手に、晴れやかな顔で、そして蔑みの目をモモンガ親子に向けて、帰って行った。

 彼らは魔物に石をぶつけて打ち殺そうと思っていた。だが、思いとどまった。

 なぜなら魔物親子の下唇から腹の下まで、開閉する金属の嚙み合わせが、縦一直線に通っていたからである。

 腹の中に何かを隠しても、金属の嚙み合わせを開ければ何があるか一目瞭然になっていたのである。

 山から逃げて他の地へ移っても、この誰でも腹を縦にひらける状態がある限り、盗みは露見する。

 モモンガ親子は、盗みのできない体になったのだ。

「まったく、とんでもないこと考えるのねえ……閼嵐て」

 金属の嚙み合わせをモモンガの腹に縫いつけた空竜は、少々脅えて閼嵐を盗み見た。

「魔族の中には痛覚が鈍感なのもいてな。だからあいつらは物も平気で飲みこめたのさ」

 しかし、脅えていたのはそう言った閼嵐の方だった。

 人はあんな眼ができるのか。

 閼嵐を悪敵とみなし、完全に殺す気をためた、彼女の瞳。

 自分のすべてをはかりにかけられているかのような錯覚。

 だが、なぜだろう。

 それでも自分が彼女に選ばれるといいと思う、淡い期待。

 閼嵐はそれに震えていたのだ。

 絶対の善に、選ばれてみたい――……。それが恋なのか、好奇心なのか、閼嵐にはわからなかった。

 ただ、美しい気を放つこの女性から、眼が離せないのだ……。


 再び一行が三来三町みぐるみちょうへ入ったとき、山で見かけた人々が、町の人々にさっそくモモンガのことを伝えていた。

 話を聞いていたうちの一人が、紫苑を見てさっと顔色を変えた。そして、まっすぐに歩いて来た。

「失礼だが、その方は赤ノ宮紫苑か?」

「あなたがどういう人間か名乗ってから尋ねるべきでしょう」

 自分の情報を不用意に出すことは命にかかわる。慎重な紫苑は冷徹に返した。

 黒い羽織にこげ茶色の着物、そして刀を差している男は、コホンと咳払いした。

「これは無礼であった。それがしは帝国政府直属の武人で、国を越えて裁決権を行使できる特別役人、検非違使けびいし高光こうこうと申す。そちらの御名は」

「そちらのご推察の通りです」

 紫苑は役人と聞いて身構えた。いい話ではないだろう。

 予想通り、高光こうこうは眉間にしわを寄せて、紫苑たちを町の隅に連れて行った。

「単刀直入に言えば、その方の行動に困っておる」

 高光こうこうは紫苑に臆することなく言った。

「政府の裁断も待たずに各国の要人を勝手に裁き、斬り伏せ、家臣も手当たり次第に斬り殺す。そうかと思えば今回のように、勝手に魔族と和解する。魔物は原則殺すのが法だ。政府に無断で何かをするのはやめてもらいたい」

 こいつ、剣姫に向かってよく堂々と言えるものだと、出雲は感心した。普通は殺されるのが恐くて何も言わない。都の連中でさえそうだったのに。

 高光は続けた。

「帝国には帝国の規則がある。勝手に裁かれては、民衆がそちらになびき、国の権威の沽券こけんに関わるし、国の規則を無視されると、法治国家としての国が崩壊してしまう」

 ああ、なるほど、と出雲は気づいた。

「(こいつは帝国という親分に守ってもらえると思ってるから、こんなに向こう見ずなんだな。馬鹿な奴だ。剣姫はその帝国を覆す力を持っているのに。誰かの力を借りて強くなったと思ってる弱者の、典型例だな)」

 閼嵐も同じく、高光を哀れみの目で見つめた。

「(人は一人で立てなければ何の主張も通らないということを、知らないらしい)」

 剣姫になっている紫苑の目が鋭く光った。

「人間の世界は本当にその法でうまくまわっていると言えるのかな?」

 しかし、高光は自らの信念で構築した壁でそれを知らぬ間に跳ね返して、気づくことはなかった。つまり、自己陶酔していたのである。

「その通りだとも。原則を破ってはならない。一度例外を認めると、前例を作ってしまったことで悪人がそこにつけ入り、国家が瓦解してしまう。だから好き勝手に裁くお前を、野放しにはできない」

 高光は人相書にんそうがき用の紙を取り出した。

「次同じことをしたら、ここにお前の顔を描いて、要注意人物として全国にばらまくぞ。国家に反逆するのだから、当然の報いだ」

 こいつ、本当に物事がわかってないなあと出雲はあきれた。

「それは帝国の決断か?」

「いや。それがしの判断だ。だがそれがしは特別役人の検非違使けびいしだ。諸国での裁決権は一任されておる。よって、今諸国における帝国の法は、それがしである」

 一同はしらけた。

「こいつ何も知らされてねえんだな」

所詮しょせんしたってことだろ」

 高光が出雲と閼嵐に疑惑の目を向けても、剣姫はまともに聞いてやった。

「確かにお前の話は筋が通っている。だがな……法を無視して勝手に裁くのは現在でもお前たち権力者はやっていることだろう。表向きはうまいこと理由をつけて、裏では犯罪的謀略をめぐらす。その中で私が表立って動くから、人から見える以上、私を取り締まらざるを得ない。人々に秩序を疑わせるような混乱を起こさなければ、裏で何をやってもいいと、お前たちは思っている。違うか?」

 すると高光は鼻息荒く言い返した。

「政府は法律通りに動いている! つじつまが合わなくなれば法を改正している! 政府が法に背くことはあり得ない!」

 剣姫はため息をついた。

「なるほど。国を裏切らないバカでなければ、各国の悪王に買収されてしまうからな。あくまで国を信じているバカに、こういう役を与えるのか……与える側は私と同じ考えであろうが」

「それで、どうなのだ! この先、恣意しいで法律を破らないと、誓えるな!?」

 人相書の紙を盾に、高光が紫苑に詰め寄った。

 斬られるだろう、と皆は思った。

 人を裁くには、人を知らなすぎる。

 人を見ずに、法律の条文しか、覚えていないのだ。

 だが、意外にも剣姫の刀はさやに収まったままだった。

「(こういう善意のバカは、下っ端を構成するとき必要だ)」

 と、考えたからである。

「なんでお前を斬らないかわかるか?」

 剣姫は丁寧にも教えてやった。

「バカだからさ」

「なんだとっ……!」

「もっと人の心について勉強するんだな。世界は一つの秩序だけで動きはしない。いろんな勉強をしないと、お前、使い潰されるぞ」

「えっ……?」

 高光は気勢をそがれた。

「つまり、今のお前は誰でも替えのきく消耗品てことさ。自分の意見を持て! 答えが一つ出ただけで満足するな! 必ずそれを疑い、別の答えを複数持て!」

 剣姫の怒声に、高光はのけぞった。

「でなけりゃお前は金太郎きんたろうあめあめ一個だ!」

 どこを切っても同じ顔しか出てこない金太郎飴が思い浮かんだとき、高光は与えられていたものを受け入れ盲信しているだけだった自分におぼろげながら気づき、呆然とした。

 剣姫は己の剣をぐっと握りしめて相手を睨んだ。

「与えられたものでそれ以上に自分を変えるのだ……与えられたものに支配されなどするな!」

 空竜が横から顔を出した。

「でね、私たち、天印てんいん持ってるの。それなりの裁決権は陛下からいただいてるの。わかる?」

「天印!?」

 悪人だと思っていた者が実は自分の権限とは行って帰ってくるほど差がある権力を持っていたことに、高光は腰を抜かした。


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