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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第七章 鏡が映すは弓姫(ゆみひめ)
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鏡が映すは弓姫(ゆみひめ)第五章「他人任せの未来」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、神剣・青龍せいりゅうを持つ炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者・露雩ろう

帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつの使い手・空竜くりゅう姫。




第五章  他人任せの未来



 はあ……、と、空竜は何度目かの大きなため息をついた。

 紫苑にひどいことをしてしまった。

 ずっと後悔している。

 空竜は見ていないことにした方がいいと、露雩に言われたので、「紫苑が負けて余りを出雲が売った」ことになっている。

 しかし、どこかできっちり謝りたい気持ちがある。それがままならないから、感謝をこめて、何か紫苑に優しくしようと思っている。

「心の零落だわ。みじめね」

 帝の娘を傷つけないように、空竜の知らないところで世界がまわる。

「宮中でもしこれをされたら……」

 出雲や露雩のように、権力に関係のない人間がいてくれなければ、きっと見抜けないだろう。

「どうすればいいの……! 私は無力、守りたい人を守れない、無知!」

 危うく、小刀で手を切りそうになった。

 空竜は一人、森に入って矢を作っていた。

 弓使いとして、弓矢を自分で作る知識は詰め込まれていた。

「……お父様」

 父に聞いておかなければならない。どう民を導いているのか。

「不思議なものね。そばにいるとありがたみがわからない。遠く離れて、一人になって、初めてすごい人だってわかるんだ……」

 空竜は松やにを見つけると、いくつかの矢の先につけた。

「ねえお父様、私にもきっとわかるよね……?」

 空竜は作った矢を筒にしまうと、川へ向かった。

 紫苑が川辺で、ようかんを切り分けていた。

 譲恵じょうけい領の七押屋ななおしやに小粒のそろったゆで小豆をもらったので、留風るふ領でもらった寒天と合わせて、昨日宿屋で作っておいたのだ。

「みんなー、ようかん切ったわよー!」

「はーい!」

 霄瀾が竪琴・水鏡すいきょうの調べを布で拭き終わってから、飛んできた。

「はい。たくさん食べてね」

「うん!」

 露雩、出雲、空竜もそろった。出雲は紫苑と目を合わせるのが気恥ずかしいのか、ようかんの皿をもらっても目をそらし続けている。

「(本当にお尻をぺんぺんされたのかしらあ……)」

 しかしそう思う空竜も、目を合わせにくいのは同じである。

「あ、あのね、紫苑」

「なに? 空竜」

「これ、この間の鴨汁の鴨の羽根で作った、羽根帽子なの。紫苑に服飾の技教えるって言ったでしょお? これからもときどきいろいろ作るから、どんどんいろんな技を見せてあげるう」

「すごい! 羽根を何枚も重ねて、釣り糸で縛ったの!? 手先が器用ー!」

 紫苑は、鴨の翼で頭を覆うような形の羽根帽子を、興奮した面持ちで観察した。

「気に入ったならあげるわ。先生のお手本よお」

「ありがとう空竜、もっとよく観察するわ!」

 紫苑が喜んでくれてよかった、と空竜は一息ついた。これで罪滅ぼしということにはならないが、何かしないと空竜の心が潰れそうだった。

 でも、本当の罪滅ぼしは、自分が帝の一族として立派に立つということなのかもしれない、と空竜はようかんを口に入れながら、逃げずに答えを出した。

 ようかんは、小豆が決め手のようで、極上のおいしさだった。


 次の領地は他千有たせんゆう領である。

 重く、暗く、低い黒雲がたれこめていた。

「どしゃ降りになるかな」

 出雲が「早めに宿をとろう」と、一同に言った。

 そのとき、走ってきた男が石につまずいて転んだ。そして起き上がるなり、

「くっそー! 占いの通りだ!」

 と毒づいて、また走って行ってしまった。

 紫苑たちはあっけにとられた。

「何? あれ。普通『こんなとこに石置きやがって誰だこんちくしょー』とかあ、言うのに」

 空竜は、また転ぶ人が出ないように石を道の脇へ蹴った。

 子供と母親が歩いてきた。

「お母さん、りんごあめおいしいね! 今日はぼくにおいしい出会いがあるって、占いで言ってたもんね! 占いの通りになったよ!」

「私はいいことがあるって言われたわ。二人で笑顔になれたこのことだったのね。占いの通りだわ!」

 二人は紫苑たちの脇を通り過ぎていった。

「なんかいつも……余計なもんがくっついてないか?」

 出雲が問うたとき、露雩が「しっ」と出雲にひじを当てた。

 四つつじに、白い布をおばけのようにかぶって目だけ出している女が、男を相手に何かしている。手相をているようである。机の上には算木さんぎを入れた筒がある。

 何かもそもそ言っている。口が布に隠れていて、よく聞き取れない。男の背は、どんどん縮こまっていく。

辻占つじうらをしているのかしら」

「見て紫苑、四つ角ごとに布の人が立ってる!」

 霄瀾につられて周りを見ると、どの辻にも、占い師らしき白い布をおばけのようにかぶった人間が立ち、老若男女が必ず群がっていた。

「なんだこりゃ? 占い大宣伝期間か?」

 出雲が目をぱちぱちさせている中、さきほどの男は、占い師に深々とお辞儀をしてお金を払うと、重い足取りでどこかへ向かった。

 四十代の、頭のてっぺんの白髪が渦を巻いている男で、周りに目もくれず、ひたすら自分の足元ばかりを見て、よろよろと歩いている。何か病気の痛みでまともに歩けないのかと思えるほどである。

 彼は橋の上まで来ると、どんよりとした黒雲を眺めた。

 どしゃ降りの雨が降ってきた。

 傘のない人々は、必死に走って帰っていく。

 橋の上でどんなにたくさんの人が行き交っても、男は関心を持たず、雨に打たれるに任せていた。

 やがて誰も橋を通らなくなったとき、男は橋に足をかけ、身を川へ――投げようとして、引き戻された。

「あんた、何してんだよ!?」

 傘をさした五人が、男の目に入った。

 見てたのか。オレのことを、見てたのか。

 なぜか男の目の奥が熱くなった。

「このままでは風邪かぜを引いてしまいますし、宿屋に行きませんか。着替えたあと、お話を聞かせていただけませんか」

 紫苑の申し出に、男は力なく首を振った。

「オレの家がある。話をしたら二度とオレに関わるな。今死なせてもらえないから、仕方なく事情を話すんだ」

 そして諦めきった様子で歩き出すと、資材の店へ入った。

竹木屋ちくぼくや分木わけぎ」と、店の名前が看板に書いてある。

 人っ子一人いない店内と、竹と木で埋め尽くされた、天井の高い資材置き場が、対照的である。

 紫苑の炎で自分の服が乾いていくのを見ても、男は興味がなさそうに自宅の玄関に腰かけただけだった。

 大きなものを扱っているせいか、大きな玄関になっていて、紫苑たちが座る空間もちゃんとあった。

「昔はたくさんの雇人やといにんが出入りしてたからな」

 男は遠い目をして、「オレの名は浦字うらじというんだ」と名乗った。

「オレは今日、死ぬと言われたんだ」

「それは、あの布の女にですか?」

「そうだ。家族も仕事も失って、もう何もかも嫌になった……! 自殺するにはいい頃合さ!!」

 自暴自棄に、浦字うらじが叫んだ。

「どうしてそうなったのか、お話だけでも聞かせていただけませんか」

 紫苑の言葉を聞いて、浦字は、すべて話してすっきりしてから、死のうと考えた。そして、玄関に拳を叩きつけた。

「何もかもだめになっちまったのは……、みんな奴が来てからだ!」

 事の起こりは、半年前だった。

 この他千有たせんゆう領の最も大きい辻に、白い布をおばけのようにかぶって目だけ出した、一人の女が立った。

 名は「知白拍子ししらびょうし」。芸名であろう。

 十二支、十干じっかん、九星、誕生時刻、人相、手相、声相、その他すべての占いに精通している、最高の占い師だった。

 占ってもらったどの人にも、言われた通りのことが起こったため、評判が評判を呼び、知白拍子のもとには連日長蛇の列が生じた。弟子入りを志願する者も、次々と出た。

「奴はどんどん信者を増やしていった。いいことも悪いことも、あいつが言えば必ず起きるんだ。初めは、良識ある大人は、うさんくさく思ってそれを見ていた。でも、何も知らない子供たちが熱狂して、占い好きの女たちも同調して、無視できないほど、信者が増えてしまった。

 そのあと、何が起こったと思う?

 異教狩りだよ。

 知白拍子の占いを信じない人間を狩り出して、村八分にするんだ。

 商品を買ってもらえないなら、廃業してしまう。

 良識ある大人――つまりまともに働いてる人々は、憎しみの心とは裏腹に、知白拍子を信じてるふりをして、お布施を出すことにした。そうして自分の身を守った。

 毎日何が起こるか『神の言葉を人間の言葉に直す』と言って占って、本当にぴたりと当てるからみんな信じてる。今じゃ領主のお抱え占い師で、奴の弟子がすべての辻に立って、人々に占いをしてる。領主は奴の言う通りに行動しているから、もう政治も言いなりだ。領内の人々も、占いの結果の通りに生きている。もう……この領地はおしまいだ」

 失敗したら「占いの通りだ」と落ちこみ、いいことがあったら「占いの通りだ」と喜ぶ。

 自分の身に起きたことにまったく感謝せず、他人任せに生きる場所なのだ。

「それで、知白拍子のことを嫌いな浦字さんが、どうして占いの通りに死のうと思ったのですか」

 紫苑に顔を向ける元気もなく、浦字はうなだれた。

「オレは馬鹿だった。最後まで、知白拍子に抵抗しちまったんだ……。占いなんて、まともに働いてる奴がはまるもんじゃない。そう言って、みんなの目を醒まさせようとしちまった……。

 そしたら、奴は、オレの店の雇人たちに不幸なことを占い始めたんだ。そして、次々にその通りのことが起こった。そのうち、オレの店で働くと不幸になるという噂が立てられた。雇人はみんなやめていって、誰も雇用の応募に来なくなった。一人で店がまわるわけがない。オレの店の仕事は、もうほぼなくなってしまった。

 そして……あの野郎は、オレの妻と子にまで不幸な占いをして……! オレが不幸の元凶だと言われたから、別れると言って、妻と子供は妻の実家へ帰って行った。昨日離婚したんだ。仕事も家族もすべて失って、この野郎、すべて見えてたんだろうなと喧嘩腰けんかごしで今日弟子のところに占いに行ったら……、これまでのことをすべて言い当てたうえで、この先失敗する人生しか待っていないから、今日死ぬだろうと言われたのさ!」

 浦字は目に涙をためたと思うと、大声で泣いた。

 たった一人に人生を狂わされて、さぞ無念だったことだろう。

「……ねえ浦字さん、何か食べましょう。作りますから」

 紫苑が台所へ立っていった。霄瀾もついていった。

「でも、どうして知白拍子の占いはそんなに当たるのかしらあ……。毎日全員占って当たるなんて、並の占い師じゃないわよお……」

 都にもそんな凄腕すごうでの占い師はいない。空竜は寒気を覚えた。出雲が考えこんで一点を睨んだ。

「知白拍子がどういう者なのか、調べる必要があるな。領主が言いなりになっているというのは、危険だ。そもそも、『本物』なら、人々に異教狩りなんかさせない。自ら止めるはずだ。信じない者には自らが説得すればいいのだからな。信仰を力で強制させることには、何の意味もないからだ。それに、悪い結果が出たとしても、その人に生きる希望を与えることなく帰すことは、絶対にしない。

 奴は、自分の占いが当たって嬉しいのか。人ひとりの人生を否定して楽しいのか! 人を救ってこその『力』じゃないか!

 この世には、『力』に酔って、許される自我を超える者がいる。

 奴の力を断たなければ、人々の一挙手一投足は、知白拍子の意のままだ!」

 露雩は出雲に額を寄せた。

「もう既に支配されている、出雲」

 空竜もひそひそと加わった。

「私が命令して、占いを禁止にする? 知白拍子を調べる間、時間が稼げるわよ」

 しかし二人は首を振った。

「心から納得させなくちゃ、隠れて占いをするだけだ」

 そのとき、味噌汁のいい匂いがただよってきた。

 六人で食卓を囲んでいるうちに、午前零時を過ぎていた。

「あ……今日死ぬって言われてたのに」

 思い出したように、浦字が呟いた。

「占い、当たらねーじゃん!」

 出雲がばん、と浦字の背中を叩いた。

「……でも、今日だけかも。次の日のうちには、オレは……」

 浦字は味噌汁を置いた。そのとき、紫苑が叱った。

「じゃ、毎日死なないように何かすればいいじゃない!! 何か行動するから結果が変わるのよ!! 今日自分の結末を変えたことを誇りに思いなさい!!」

「……!!」

 今日死ななかった自分がいる。

 それは、知白拍子に一矢報いたということだ。

 これから、占いと正反対の結末にし続けたら、どうなるだろう。

 占いは所詮しょせん占いだと、自分は言う権利が持てるのだ。信者たちを、堂々と覆せるのだ。

 やってみるのも悪くない。

 浦字が生きてみようと思った直後、玄関の引き戸を叩く音があった。

「誰だい、こんな時間に」

 しかし、どしゃ降りの雨の音ばかりで、外からの返事はなかった。その代わり、何かを抜く音が聞こえた。

「浦字さん、下がって!」

 紫苑と出雲が飛び出すのと同時に、引き戸が蹴破られた。

 刀を抜いた男が十人、広い玄関に雪崩なだれ込んできた。

 紫苑が炎の技で、出雲が刀で、男たちを倒していく。露雩、空竜、霄瀾は、浦字の周りを守った。

 十人は、それなりに武道の心得はあったようだが、出雲の剣技の敵ではなかった。

 一人を残して、全員斬り捨てた。

 その一人を、縄で縛って、玄関に転がした。

「お前、なんでここに押し入った!」

「……」

 男は、出雲を睨んだ。何も言うつもりがないようだ。

「お前ら、『ここを狙ってた』よな。普通家主が起きてりゃ押し入るのをためらうもんだ。でも浦字がいるとわかったら刀を抜いて戸を蹴破ってきた。となると答えは二通りだ。この家の中にどうしても用があるか、浦字に生きててもらっちゃどうしても困るかだ」

「……」

 男は相変わらず口を固く閉ざしている。

「お前、知白拍子の仲間だろ」

 出雲はかまをかけた。

「今日死ぬ占いをしたのに翌日も生きてられちゃ困るから、生きてるか確認に来た。で、生きてたから殺すつもりだった――。占いを成就させるために」

「……」

 男は答えなかった。

「しらばっくれても、別にいいぜ。どうせお前は朝、死体と一緒に領内を練り歩くんだからな。顔を知ってる奴が人々の中にはいるだろ。そこからお前の雇い主を割り出す」

「なんだと!! 役人に引き渡さないのか!!」

 焦った顔で、男が声を出した。

「役人はみんな知白拍子の操り人形だ。政府が機能しないなら、自分の手で解決するしかないだろ。領地中の人に、知白拍子の仲間がこんなことしてましたって、知られる日が来たな。朝が楽しみだな」

 出雲がそう言ったとたん、男は柱の角に頭を打ちつけて、死んでしまった。

「えっ!?」

 霄瀾が思わず紫苑の服を握りしめた。紫苑の目が、剣姫になっていた。

「知白拍子……人の人生を惑わす毒婦め! 占いを成就するために子飼いの集団を使っていたか! 占いではない! これは大がかりな装置!!」


「守備はどうだな、知白拍子」

 他千有たせんゆう領の領主・在研あるけんの館。

 最奥さいおうの、領主より豪華な、都からの使節の泊まる特別な客室に、知白拍子が座っている。

 鏡の中の、影に覆われた「何か」と、会話している。

 知白拍子は、白い布を取り去っていた。

 薄緑色の、床まで届く長髪に、人の心を汚染するような、濁った視線。

「既にこの領地は手に入れたも同然でございます。邪魔者は次々と血祭りにあげて参りましたから」

「そうか。『人間を操る訓練』は、もうよかろう。ここは弟子に任せて、お前は都へ行け。人間の首都と王を、操るのだ!」

「ははっ! 都に内乱を起こし、人間を分裂させ自滅させたのちに、魔族の世を導いて御覧に入れます!」

「わかっているな。それは第一歩に過ぎぬ!」

「お任せを!」

「人間ではない何か」は、鏡から失せた。

知葉我しるはが様……」

 知白拍子は、自分だけが最高機密を知っているという高揚感で、胸がいっぱいだった。

 すべての始まりの、口からはみ出す竜の牙にそっと触れた。

 世界の叡知えいちを持つ竜の体は、一部でも体に埋めこめば、その片鱗でも恩恵に浴することができる。

 知白拍子は当たらない占いで食えなかった頃、知葉我しるはがに出会い、自分の犬歯と引き換えに、竜の牙を一本叩きこまれたのだ。

 竜の牙は、人間の味を知っていた。そして、自分に関わったすべての人間の様子を、克明に記憶していた。

「この顔は事故で早死に」「子供が優秀になる」「女で失敗する」「一生魚に縁がある」……。

 竜は、血の一滴をなめても、他の命のそれまでの人生を一から十まで知り、記憶しておくことができるのだ。貪欲な知の化身。この世界で最も竜が賢いのは、知識欲によるこの異常な進化のためであった。

 竜は、数多あまたの人間を記憶していた。はるか昔、人間を戦争したことがあったのだろう。それに、自分の知らない者が出るたびに、その者が老人になった頃を見計らって襲い、血をなめ続けたのだろう。竜の寿命は、千年単位で、長いのだ。

 その知識の源の竜の牙を、たかだか人口一万人の他千有たせんゆう領の領民に使うのは、簡単なことであった。

 同じ顔の人間は、たいてい同じような人生をたどる。それは、この世界の規則らしい。

 だとすれば、過去の同じ顔の人間の人生と、似たような結果を言う占いをすればいい。

 竜の牙に、見抜けない人間はなかった。

 一部を除いて、この領地は意のままとなった。その一部は、放っといても人々が排除するだろう。

 領主・在研あるけんも、命令一つでいつでも都に反旗を翻させられる。都に間近の場所で反乱を起こせば、帝軍を電光石火で襲える。

 弟子には、この他千有たせんゆう領の領民全員分の、この先一年間の未来を教えておけばいい。そう、知白拍子の弟子は、弟子といっても、知白拍子からもっともらしく算木さんぎの使い方を教わるだけで、実際は知白拍子の言う通りに人々に伝える、「分身人形」であった。

「豪華な食事、豪華な住まいにありつけたのは、みんな知葉我様のおかげ。私はいつまでも、あのお方について行きまする! 必ずや、私は都を陥落させてみせようぞ!」

 ホホホホホと竜の牙をむき出しにして知白拍子が自分に酔ったとき、

曲者くせものー!! 侵入者だー!!」

 館が騒がしくなった。

 そういえば、今朝は在研あるけんに良いことが起きると占っていた。似た人生をたどるからといって、一つ一つ完全に同じになるわけではない。こういう大ざっぱな占いも、ときにはあった。朝、良い夢でも見るのかと思っていたが、この侵入者が何かをするのかもしれない。

「何事だ知白拍子! 私はどうしたらいい!?」

 在研あるけんが真っ先に知白拍子の部屋へ飛びこんできた。兵士の報告より、知白拍子を頼っているのだ。

「まずは賊の顔を見てみないことには」

 竜の牙があれば、人の一生を見抜くことなど簡単だ。

 知白拍子が在研あるけんを差し置いて生け捕りを兵士に命じたとき、部屋の扉が破壊された。

「こいつが知白拍子だ!!」

 浦字うらじが知白拍子を指差した。

「うっ!?」

 何をしに来たのか読んでやろうとした知白拍子は、頭が真っ白になった。

 燃える剣姫の瞳から、目が離せなかった。

「馬鹿な! そんなはず……!!」

 知白拍子がむき出していた竜の牙に、右目の星晶睛せいしょうせいの露雩が気づき、一瞬で間合いを詰めると、刀で根こそぎ叩き抜いた。

「ギャアー!!」

 血を噴き出したとき、知白拍子から竜の叡知えいち、万能感が急速に失われていった。

「いやああ!! 私の力、私の力ー!!」

 地面に這いつくばって、竜の牙を再びつけようとしている。浦字はおぞましそうに、しかし人々に伝えるために、それを目に焼きつけた。

「白い布で隠してた口には、そんな牙が生えていたのか! 魔物だったんだな!?」

 浦字に対し、右目が星晶睛せいしょうせいの露雩が静かに答えた。

「いや。今、自分で歯を埋めこめないほど非力なのだから、この者は人間だ」

 そして、あの牙が竜の牙に違いないこと、竜の体の一部が他の命に与える叡知を皆に知らせた。

「誰に竜の牙を埋めこんでもらった。何が目的だ! 言え! 知白拍子!!」

「ええ衛兵! 私の衛兵! 何をしている、早く姿を見せろ!!」

 知白拍子は剣姫を恐れて、四つんいで下がった。

「それは浦字さんのとこに来た剣士のことか? お前の占いが必ず当たるように、いいことも悪いことも仕掛ける子飼いの同罪野郎共なら、全員あの世に送っといたぜ。あとはお前だけだ」

 炎式えんしき・出雲が炎を散らしながら刀を振った。

「ま……待て!! これは何かの間違いだ!! 知白拍子に限って、そんないんちきなことはない!!」

 領主・在研あるけんが割って入った。

「知白拍子は政治に悩む私に、いつもよい結果をもたらす助言をしてくれた! この者の占いは本物だ! 人々に苦労をさせるよりよほどいい! ずっと良い道を選んでくれるなら、私は知白拍子がずっと必要だ! この領地の領主は私である、この領地の中でのことは、私の命令に従ってもらう!」

「なんですってあるけ……!!」

「(こらえろ空竜! 知白拍子の裏にいる奴が見えない以上、お前の正体は明かすな! 危険だ!)」

 素早く出雲が囁いた。

「兵士! こやつらをとらえよ!!」

 在研あるけんが号令したそのとき、剣姫が怒った。

「なんでもかんでも占いのせいにして、そこに生きている意味があるのか! 誰も責任を取らない社会にするつもりか! 楽しいとき心から誰かと楽しむことや、失敗から原因と教訓を学ぶことを、なぜいとう! お前たちは操り人形になるのだぞ! 我慢できるのか!!」

 しかし在研あるけんは言い返した。

「占いがあれば、次に何が起こるかわかって、対策が立てられる! ずっと社会は安全ではないか!!」

 剣姫は目を細め焦点を絞った。

「なんでもわかる未来が欲しいのか。なら、お前が死ぬ日と、その日までに起こることを全部そこの女に教えてもらえ。どうだ、『安全』で楽しいだろう!」

「そ、それは……」

 在研あるけんが言葉に詰まった。それを紫苑は視線で刺し続ける。

「楽しいことも苦しいことも、人から言われて見つけるものなのか? 子供だって自分で見つけていろいろな勉強をしているものだ。お前はどうして自分から自分の足で歩くことをやめるのだ?」

 目の奥に、流しきれない濁りを見せて、在研あるけんは紫苑から視線をらした。

「私は、失敗できない。領民の生活がかかっている。皆が楽して暮らしていけたら、それでいいのだ。失敗がどんなに人を追いつめるか、幸福がどんなに尊いことか、子供のお前にはわからないのだ!!」

 しかし、紫苑は動じなかった。

「金がなくても社会は崩壊しないが、誰も責任を取らない社会は、崩壊する。人々の精神と安全を破壊する罪は重い」

 紫苑は双刀を両脇でひらめかせながら、歩き出した。

「それに、竜の牙の記憶が『占い』のもとだったのなら、お前はずっと、『過去の誰か』と同じ人生を歩いていたということだ。だから『お前』はもう、死んだも同然だったのだ」

「!!」

 在研あるけん愕然がくぜんとした。そして、牙を入れようとしている、口中血まみれの、知白拍子の胸ぐらをつかみ上げた。

「知白拍子! どれがまことなのだ! お前は私の人生を特別に占っていたのではなかったのか!? 他の者たちも、みんなそうなのか!? なあ、知白拍子! なんとか言ええ!!」「ああ……あ……! いや! 死にたくない!! 知葉我しるはが様ァーッ!!」

 知白拍子は絶叫して死んだ。

 鏡から黒い風が伸びて、知白拍子の胸を貫いていた。

「何者だてめえ!!」

 出雲たちが身構えると、「人間でない何か」が影のまま、鏡の向こうで笑った。

「竜の牙に気づかれては、もうこの女に利用価値はない。この女もわたしに殺されて本望だったろう。竜の体の一部を埋めこんだ者は、それが自分の体から抜かれたら、竜の毒がまわる。それは『過ぎた叡知えいち』という名の毒だ。自分のすべての人生を知ってしまうんだよ」

「じゃあ、知白拍子はお前に殺される未来を知った……。お前は知葉我しるはがというのか。何が目的で知白拍子を操った!」

 鏡の影は、出雲には答えず、ゆっくりと紫苑たちを眺めたようだった。

「ふうん、お前たちがか」

「何がだ!」

 影は出雲をふんと鼻で笑うと、剣姫に声をかけた。

「なぜ知白拍子がお前を恐れたかわかるかな?」

「剣姫に殺されると思ったからか」

「未来が読めなかったからさ」

 紫苑は怪訝けげんな顔をした。

「お前の顔は竜の知識にない相だ。ふふふ、世界の隠し玉なのかね。まったく情報がない」

 紫苑の顔から生気が失われるのを見て、影は軽々しく、深々と笑った。

「竜が欲しがるね、その血を」

 そして、影は消え、鏡は割れた。

「謎をあおるようなことを言って、逃げやがって……!」

 また現れないように、出雲が刀で粉々にした。

 在研あるけんは、知白拍子の死体と竜の牙を見下ろしながら、呆然としていた。

「私の人生が、過去の誰かと同じ……」

 深い衝撃を受けているようだった。

「私は、なんのために生きているのだろう……」

 剣姫から戻った紫苑が、竜の牙を拾い上げた。

「常に自分と戦い続けることで運命を変えることができると、信じたいと思います。未来は決まっていない、戦うことで変わるのだと」

「お……お前は一人しかいないじゃないか! 何を偉そうに!」

「未来の『私と同じ顔の人々』に、言っているんですよ」

 紫苑は「最初の一人」なだけで、これから先、紫苑と同じ顔の者は、自分と同じく悩むのだ。在研あるけんは再び知白拍子に力なく目を落とした。

「……戦うって、どう戦うんだ?」

 答えを期待せずに、在研あるけんが呟いた。

 紫苑は竜の牙に火をつけた。

「たとえ世界で千人同じ人生を生きているとしても、もしその中の誰かが九百九十九人避ける、嫌いなしかし世界と自分にとって良いことをしたら、あなたは世界の法則を一つ変えたことになる。

 私は、世界とは新しいことを求め続けるものだと考えている。新しいことを支えてやるために、同じような環境を世界にいくつも作って、それが成功する因子かどうか見守って、試しているのだと。失敗の方が多いかもしれない。だから周りが助けられる環境にしてあるのだ。

 それゆえに、千人同じでも嘆くことはない。世界は可能性を模索しているのだから。あなたが生きることで、世界の何かを一つでも変えることができるのだから」

 竜の牙は、並の炎では燃え尽きなかった。

 紫苑は、剣姫の白き炎で燃やし尽くした。

 私は、世界の法則上、「存在してはいけない少女」なのだ。

 牙が灰になるまで、なぜかそんなことを思った。


 在研あるけんは、知白拍子が人を使って占いが当たるように仕向けていたことを領民に伝え、「占いはいんちきだった」ということをわからせた。

 竜の牙のことは、言わなかった。

 叡知えいちは、簡単に人を支配する。

 これから先、竜の力を悪用する人間が現れないように、それに関しては一切伏せられた。

 領内は、「普通」に戻っていった――。

「いってえ!」

 若い男が空のたるに蹴つまずいて転んだ。

「よそ見してるからだぞ、まったく!」

 アハハハ、と周りがみんな笑った。

 他千有たせんゆう領は、自分の力で歩きだす一歩を、踏み出したのだ。

 それを横目で見ながら、紫苑たちは領内を出て行く途上にある、浦字の店へ向かっていた。

「皆さん、この領地をまともな姿に戻してくださって、ありがとうございました。こんな日が来るなんて、死ななくて……良かったです……!」

 店の前で別れ際に、浦字が何度も頭を下げた。

「またお店、はじめられそう?」

「うん。小さな仕事から、もう一度やっていってみるよ」

 浦字が、心配してくれた霄瀾に笑いかけたとき、

「親方ー!!」

 男たちが駆けてきた。「竹木屋ちくぼくや分木わけぎ」の文字の入った、すそを膝までまくり上げた作業着物を着ている。浦字の店の雇人やといにんのようだ。

「お前たち!?」

「すみません親方、いんちき占いの言うことなんか聞いて、親方を裏切ってしまいました! 怒鳴られるのは承知です、でも、もう一度雇っていただけませんでしょうか!!」

 二十人の男が、頭を下げた。

「あんたあ!」

 別の方向からも、四十代の女と十代後半の娘が駆けてきた。

堪忍かんにんして! 堪忍して!」

 一度は失ったものすべてに囲まれて、浦字の目頭が熱くなった。

「……さ、みんな、立ってることもない。何か食べよう。作るから」

 みんなが涙をおさえて家へ入るのを、紫苑たちは見届けた。最後に、浦字が深々とお辞儀して、入っていった。


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