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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第六章 帝都決壊
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帝都決壊第五章「一涯五覇(いちがいごは)・河樹(かわいつき)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、神剣・青龍せいりゅうを持つ炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者・露雩ろう

帝の娘・空竜くりゅう姫、帝都一の陰陽師・九字くじ、九字の式神・結双葉ゆいふたば、大将軍で帝軍の総大将・作門示期大さもん・じきひろ、六十五歳の二刀流の将軍・意刀織斬いとう・おりきり

 紫苑を封印して自らの野望をかなえようとする、結晶睛けっしょうせいという瞳の力によって術の能力に傑出けっしゅつした僧侶・河樹かわいつき




第五章  一涯五覇いちがいごは河樹かわいつき



 戦争は、九字が再び結界を張ったことで、一気に帝軍側に有利となった。

 敵軍は応援が望めないため、次第次第に都の門へ押し出されていく。

 大将軍・作門さもんの大号令のもと、誰もが思った。

 日没まで持ちこたえれば、都の勝ちだと。

 一番早い援軍が、帝都と中主国をつなぐ街道を遮断しつつ帝都に向かうのが、日没になるとの連絡が入ったからである。これで中主国軍の退路を断ち、挟み撃ちにできる。さらに敵は、都の門の外へ出たら最後、九字の結界で二度と中へ入れない。夜が明ければ、隣国の王が帝国を救いに出した主力軍がやって来る。

 予想外の援軍の早さに、敵軍の焦りは、尋常ではなかった。

「将官が次々と戦死しています!!」

「戦況を報告せよ! 魔族軍の冷重ひやがさねと連絡を!! なぜ何も言ってよこさない!!」

中主国ちゅうしゅこく軍は、白虎門から押し戻されています!!」

 相次ぐ味方の劣勢の報告に、中主国王・画無奴えむぬは青ざめていた。

「何をしている! こうなることを見越しての挙兵であろう! 奇襲すれば一日で城を落とせると、その方らが言ったのであるぞ!! 帝の首さえ取ればこちらの勝ちであるのに、どう責任を取るのだ、うぬら!!」

 将軍たち主要な指揮官に怒鳴り散らすばかりである。ただ自己の不安をどうにかしたいだけの、一分一秒が惜しいときに何の役にも立たない王である。

河樹かわいつきが失敗しましたので。我々には都一の陰陽師、九字を破る陰陽師は、残念ながらおりません」

 戦の計画をふらりと現れた旅の僧・河樹――他国人などに、任せるからだ。将軍の皮肉も、画無奴には届かなかった。

「河樹を呼べ! 責任を取らせてやる!!」

 騒いでいる主君を放っておいて、将軍はその隣に静かに座る女を睨みつけた。

 中主国王・画無奴の奥方・伏生ふしおである。

 十五年前の逆賊・王華国おうかこくの王の血筋の生き残り。

 画無奴という、太平の世にしか王になれない凡庸ぼんような男に、帝になりたいなどという無理な夢を持たせた毒婦だ。そうしたのは、王を操って王華一族の復讐をしたいからだ。もし本当に王のことを想っていれば、いくら戦国時代の機運ありとはいえ、それが王の器量からいって務まるわけがないとわかり、中主国を守り抜くことの方に全力を傾けるはずだからだ。

 しかし河樹が現れ、魔族の力が借りられるとわかると、反乱を熱心に推進しだしたのだ。

 将軍以下家臣は皆反対した。

 まず、帝国になんら恨みも怒りも持っていないこと、つまりこちらに正義がない以上、神に赦されない戦いで命を落とすつもりはないことを主張した。

 次いで、魔族との同盟は不確実であって、中主国一国のみで人間の全国家を相手にするのは無謀すぎるから、せめてどこかと同盟を結ぶなり、同時期に反乱する密約を多くの国と結ぶなり、裏工作をしてから事を進めてもらいたいと主張した。

 だが、なぜか河樹は急いでいて、二日で返答をしないなら別の国と交渉すると言った。

 帝になれる一度きりの好機を、逃す王がいようか。

 すべての手配を河樹がしてくれると聞いて、画無奴は心が傾いた。だが、家臣の言い分も、もっともであるとして、凡庸な人間らしく決断できなかった。すると伏生ふしおが、このお膳立てに乗らない手はないと言いだしたのだ。

 男なら帝になるのが一番の出世である、人を支配して自分の作る世がどうなるか知りたくないのかと言葉巧みに夫を説き伏せ、ついに王の一存で反乱を引き起こさせたのだ。

 人の命はそんな遊びで奪われていいものではない。

 統治能力のない者は、才能ある者に道を譲り続けなければならない。人の命を預かる政治に、失敗は許されないのだ。

「(その力のない者を、奥方の立場を利用してそそのかしおって! やはり、王華国王一族の処刑の時、一緒に斬っておけばよかったのだ! 王『禍』国(おう『か』こく)の女め、もはや我らは全員討ち死に以外に武人の名誉を守れぬ! そのときは覚えておれよ亡国の凶女きょうじょよ!!)」


 その頃、河樹は魔族軍の本陣に来ていた。

 絹張りの椅子に、冷重ひやがさねが巻きついていた。

「河樹、男も剣姫も話と違うぞ」

 大蛇の目が獲物を見定めた。

 しかし、河樹は余裕で笑い返した。

「あなたの配下が弱すぎたのですよ。戦略上重要な拠点にあの程度の魔族しか配置できないとは、あなたの底が知れますね」

「この野郎、一万の大軍を束ねる南の王に向かって!」

「形式的にでしょう。皆、心から従っているわけではない。本当に強い魔族は、あなたの指示を無視するか、そもそも加わっていない。違いますか」

「ぐっ……」

 側近たちが言葉に詰まった。

「口に気をつけろ河樹。オレの面子メンツを潰すお前を、頭から食い潰すこともできるんだぞ!」

 冷重が威嚇に片腕を嚙みちぎろうと口を開けたとき。河樹がほんの少し笠をあげて、結晶睛けっしょうせいで冷重を見据えた。その目の中が全体に黒色に染まっていき、瞳孔が収斂しゅうれんして冷重を射貫いた。

 そのとたん、冷重の全身から血の気が失せてつやのまったくない深緑色に変わった。

「何に気をつけろ、ですって? 冷重」

 冷重にしか、河樹の眼は見えていない。

「なん、でも、ござ、いま、せん!」

 冷重はようやくそれだけ喉から絞り出すと、絹張りの椅子からめちゃくちゃに降りた。

「どうぞ、こちらへ!」

 と、椅子を河樹に差し出した。

「南の王様、どうして!」

「うるさい! このお方はな……」

「言わなくていいですよ。冷重、これからも私に協力してくれますね?」

「はい! なんなりとお申し付けください!」

 河樹は大蛇にある命令を下した。


「魔族たちが城から撤退していきます!」

 城を防衛していた帝都近衛師団が、城門で歓声をあげた。

「兵力の補給も何もできないから、諦めたに違いない!」

 魔族たちは、一体残らず城の外へ出た。

 帝都近衛師団は、城の守りしかしてはならない。あとは大将軍・作門さもんの領域である。帝都近衛師団は、都の勝利を確信しながら、魔族が朱雀門へ逃れていくのを見送った。

「……おや……?」

 朱雀門へまっすぐ走るはずの魔族が、四方八方へばらばらに散っていく。

 大路の十字路以外は、民の居住区である。そして、地下には民が隠れている。

 魔族は、まっすぐ住居の区画へ行き、破壊し始めた。粉々に飛ぶ屋根瓦に、土壁、木の柱。怪力の魔族の一殴りで家屋は次々に倒壊していく。

 このままでは、地下への扉が発見されるのも、塞がって生き埋めになるのも、時間の問題である。

「九字将軍の幻術がかけられているはずなのに、どういうことだ!」

 帝都近衛師団の報告で、九字は陰陽師の軍を魔族軍に向かわせた。意刀いとう将軍の部隊も、戦闘に向かう。

「私の幻術を破るとは、おそらく香炉を穢した僧だろう。都に数千体は入りこんでいるというのに、すべてにその術破りをかけるとは、行く末の恐ろしい男だ」

 九字の防御の力と同じくらい、攻撃の力にけている。

「人々が虐殺される前に、その僧を倒す必要がある。何度防衛構築をしても、その度に破られては私の力も続かない。私は万を超える全体に、すべての力を分けるが、僧は己の武器だけに力を与えれば済むからだ。この僧を倒さねば、再び香炉を穢すか、結界破りを中主国軍にも施すだろう。そして援軍の来ないうちの今夜、卑怯にも民の命を真っ先に奪い、民の命を人質にして帝の命と降服を要求するだろう。誇り高き攻魔国は、民を見殺しにする武人など持たぬ。我が軍は、もはや戦えまい」

 九字が目を閉じて集中し、僧の居所を都の光の平面図から探し出そうとしている。

 僧を仕留めなければ、戦争に勝てないのだと、九字の横顔を見て、紫苑は悟った。

 九字は、都の平面図を、力の強い者が最も輝く点として表される図面に、切り替えていた。

 城、白虎門、朱雀門、居住区に、敵と味方の光点が入り乱れていた。

「……朱雀門の……陰に……」

 九字が呟いた。見ると、朱雀門のすぐそばに、大きな点が明滅していた。光るたびに、朱雀門の外から、魔族と思しき光点が一つ、都の内に入っていく。

「結界破りの術をかけるときだけ力を使い、あとは索敵されないように、自らを隠す術をかけているのですね?」

 紫苑は城の九字の光点と、朱雀門の光点を見比べた。九字よりも点が大きい。間違いない、僧だろう。

 自分の点と比べてみて、その差に愕然とする。

 だが、いずれは倒さねばならない相手だ。

『奴は、私を狙っているのだから』。

「この僧に、心当たりがあります。私と私の仲間に、朱雀門へ向かう許可をください」

 九字は、しばらく答えなかった。

 そして、

「すまぬ」

 とだけ言うと、紫苑を朱雀門へ跳移陣ちょういじんで送った。


「ようやくお出ましですか。待ちくたびれましたよ」

 河樹が朱雀門の中央に立って、出迎えた。

「やはり貴様か河樹……!」

 自分のせいで都に災いを招いてしまった。

 紫苑は、一度目の戦いで河樹を倒せなかった自分に憤り、剣姫になっていた。

「ようやく剣姫になりましたね。ここまで戦いが長引いたのは、あなたがさっさと剣姫にならなかったからですよ。私は剣姫、神の戦士に用があったのですから」

「てめえ、まさか剣姫を引き出すために反乱軍に入りこんだのか?」

 河樹は出雲に微笑んだ。

「いえ、私が戦争を起こさせたのですよ」

「ええっ!?」

 霄瀾には理解できなかった。たった一人と戦うために何万もの命を犠牲にする、その精神の先、神の戦士を封印した先に、何があるというのか。

「しかし、他人を操るというのは面倒なものですね。おかげで私の正体を教えるはめになりましたよ」

「正体?」

 一同の疑問から派生するように、露雩が静かに前へ出た。

「河樹。聞きたいことがある。毛土利国けどりこく来場村くるばむらの遺跡から、何が出土した。神器をいくつか得たのだろう。それを見せろ」

 河樹はフフと困り笑いして笠を取った。

「あなたは記憶を失くしているそうですね。本当は見せたくありませんが、剣姫とあなたの星晶睛せいしょうせいに勝つには仕方ないでしょう。戦いの合間にでもご覧なさい」

「石碑も古文書も出なかったのか!!」

 露雩は食い下がった。

「あの遺跡は百年前、閃光と共に土砂に埋まったろうです。立派なものでしたが蜘蛛くもの魔物がいるし、古いので、放置されて廃墟になっていたのですよ。百年前、人々は壊す手間が省けたと言ってそのままにしました。今になって、名をげたい毛土利国のあの学者が、発掘に来たのですよ」

「何の廃墟だったんだよ」

 河樹は結晶睛けっしょうせいの乱反射の目で出雲に首をかしげた。

「さあ。ですが神器が出てきたところを見ると、何か祭壇の類だったのではないでしょうか」

 どれも、露雩の記憶を取り戻させることはできなかった。

「さて、雑談はこのくらいにしておきましょうか。私は神器を揃えて用意万端、いつでも剣姫を封印できますよ」

 河樹の周囲の空洞が一瞬歪んだ。と、それがおさまったとき、河樹の手にはかずらの巻きついた杖、神器・水鳴葛すいめいかずらが握られ、十本の爪には毛皮のつけ爪が装着され、左目にひし形の片眼鏡がかけられていた。

 何の効力があるかは知らないが、神器であることに間違いはないだろう。まだ、隠しているものもあるかもしれない。

「出雲。私は気にかけてやれん。よいか」

 剣姫は、河樹から目を離さなかった。

 一度敗れた相手だ。あるじの緊張が伝わってくる。出雲は「はい!」と空気を引き締めた。

「霄瀾。曲を弾き続けろ。奴は神器をいくつも同時並行で使うつもりだ。一つでも多く使わせれば、集中力をげる」

「わかった!」

 助言した露雩の後ろで、霄瀾が竪琴を握りしめた。

 水鏡すいきょうの調べの曲が、戦闘開始の合図となった。

 剣姫と出雲が、河樹の左右に出た。

「! 鳴消潜止めいしょうせんしで竪琴の音を消しているのに、式神が動ける……! 自力で式神召喚できるようになったのですか!」

「オレたちがずっと同じ場所にいると思ったら、大間違いだぜ! 今回はオレが相手だ!!」

 出雲の神剣・青龍の威力を、神器・水鳴葛すいめいかずらつるが絡めて別の方向へそらした。

 そこへ剣姫の剣風が迫った。河樹は二重の結界を張り、術の盾を作った。剣姫の二撃で盾はひび割れて粉々になった。

「やはり『人間の力では』止められないか……」

 そう分析する河樹の隙を突いて、露雩が玄武の技・神流剣しんりゅうけんの水流で遠くから狙った。

 盾を出した河樹に対して、露雩は玄武の神水を弾かせ、技ではなく純粋に水を相手にかけた。

「うっ! これは……」

 河樹が神水にひるんだ。

「あらかじめ力を込めておけば、玄武神紋を水圧で刻みつけることができる。神の敵になろうというのなら、一撃死のはず」

 露雩は、気持ち悪そうに身震いする河樹を観察した。

 ところが、全身神水を浴びた河樹の体には、どこにも玄武の神紋が浮かびあがらなかった。

「死への恐怖を克服していたか……」

 予想していたことなので、一同に落胆はなかった。剣姫はむしろ奮い立った。

「ふふふ、剣姫をぶ力ですか」

 河樹は自ら水の術で体を洗った。

「しかし、その神紋には弱点がありますよ。神器を持っている者には効かないのです」

「なんだと!?」

 剣姫の剣先が一瞬揺れた。

「神器の波動が神力を跳ね返すのですよ。盗品だろうと借り物だろうと、神器を所持してさえいれば、彼の神紋は防げるのです」

「くっ……!」

 ようやく完全な導きを得たと思ったのに、まさかこんな抜け道があろうとは。

「それを証明できるのか! 誰から聞いた!」

 剣姫の足は一歩も動けなくなっていた。

「私には竜族の知り合いがいます。この世界のことを最もよく知る命の一つでしょう。その者に聞いておきました」

 人間よりもはるかに永く生き続ける竜族の知識なら、まず間違いはない。

 紫苑は再び不完全にしか戦えない剣姫の運命を呪った。

 なぜ神は私に、不完全な力で、不完全なことを、不完全にさせるのであろうか?

『なぜ私に、はっきりと命令して下さらないのか?』

「それなら神器を持っているかどうか、神水で探す。持っていれば押し流す。玄武の力をなめるな!」

 素早かった露雩の言葉に、紫苑はようやく足の動きが戻った。

 この人がいてくれる。迷ったときは、頼っていいのだ――。紫苑に再び力が戻った。

「やはり、あなたは邪魔な存在ですね。どのみち星方陣せいほうじんを成せる神器を持つあなた方三人を見逃すつもりはありませんが、剣姫の目の前で殺せたら、剣姫の封印にこれほど舞台が整うことはありませんね」

 剣姫が剣風を切った。

下衆げすめ、河樹!! 私の希望を守るこの三人を傷つけることは、この剣姫が許さん!!」

「神の力の、盾となるか……。神の戦士、私の信じる世界のために、生贄いけにえになりなさい!!」

 河樹の結晶睛けっしょうせいが望みのものを目の前にして爛々(らんらん)と乱反射した。

「陰の極点でもない者に、負けはせぬ!!」

 その紫苑の足元に、水の畳が広がった。戦闘場所をすべて覆っている。

「水……!?」

「あなた方の動きは水の波紋で筒抜けですよ」

 河樹は朱雀門一帯を把握したのだ。

「なんという集中力!!」

 いくつもの神器、いくつもの敵の動き。

 それらを同時に分析するなど、作門さもんの神器・十将軍じっしょうぐんのような力があるのであろうか。

「申しあげませんでしたけど」

 動揺する紫苑たちと対照的に、河樹は足元の水一つ波立たせない。

「私は一涯五覇いちがいごはが一人、河樹かわいつき。木火土金水、五行のうち水気の極覇きょくはです。当然強いです」

一涯五覇いちがいごは?」

『水気の極覇きょくは!』

 露雩の神剣・玄武が、紫苑たちに比例して武者震いのように震えた。

一涯五覇いちがいごはとは、木火土金水、五行それぞれの一極のはてを有する五つの命という意味だ。その五行で最強の、最もその気を有する者が、極となる。その気に並ぶ者がないため、極の覇者、極覇きょくはという。この者は水気の極点なのだ。気をつけろ、我と渡りあうぞ!』

 水の守護神・玄武に対抗しうるとは……!

 神の力を引き出せるかは露雩の精神力にかかっている。露雩は神の剣を持つに恥じない戦いをしようと決意した。同じ水気の力を持つ身、露雩が負ければ神の沽券こけんにかかわる。

「世の中は広いものだ。結晶睛けっしょうせいに水気の極点か……」

 紫苑は長々と河樹を眺めた。男装舞姫の使いどころを間違えると、体力の消耗か自己崩壊で負けるであろう。かえって使わない方が確実に勝てるかもしれない。敵は、どんな力を隠しているか、わからないのだから。

「僧の最高位の称号“雲海”を得ておきながら、なぜ人間を殺し、魔族側についたのだ? ……何があった?」

「……」

 河樹は剣姫に無表情を見せた。

「人間の限界が見えたまでよ。剣姫、お前のようにな」

 それだけ言うと、水鳴葛すいめいかずらを掲げた。

 杖についているたくさんの黄色い針一本一本が、光の文字に変化していく。

「気をつけろ紫苑! また封印の呪文を完成させるつもりだぞ!」

 出雲の言葉より早く、光の封印術が、鎖のように連なり、一直線に襲いかかってきた。

 紫苑の剣をかわし、紫苑を球状に囲むと、体にぶつかろうと中心へ向かって飛びかかった。

「紫苑!!」

 しかし、光の文字が紫苑を封印することはなかった。

 全方位に放った白き炎で、燃やし尽くされたからである。

 全身を覆う球状の炎が、紫苑の護りの鎧となっている。

「ふふ、そう簡単にはいきませんか。以前の戦いで仕留められればよかった。敵に手の内をさらすと分析されて面倒ですねえ」

 河樹は恨めしそうに露雩に微笑んだ。

「でも全員同じことはできませんよね!」

 どこに隠していたのだろう、水鳴葛すいめいかずらの封印呪文が急に露雩、出雲、霄瀾の周囲で光を放った。力を与えなければ、透明なままで移動できたのだ。

「みんなっ!」

 振り向く紫苑を笑いながら、河樹が水鳴葛すいめいかずらを突き出した。

 露雩と出雲は、とっさに紫苑と同じく、水と炎の球を出して光を打ち消した。しかし、

「霄瀾ッ!!」

 聖曲の威力は、消されている。霄瀾を守ってくれる力は、何もない。

 誰もが霄瀾の封印を覚悟した、そのとき。

「むっ!?」

 光の呪文が、霄瀾を包んでから急に跳ね上がると、河樹に一直線に舞い戻った。いや、それどころか河樹を逆に封印しようと迫っている。

「何の曲を弾きました! いつのまにそんな高度な曲を!!」

 河樹が他の針で作った光の呪文で、跳ね返った術を瞬時に相殺した。

 そう、術を跳ね返す術は、とても力量のいる技である。相手と同等か、それに勝っていなければ、完璧に跳ね返せない。そして今、霄瀾はそれをやってのけたのだ。

「霄瀾、一体どうやって……あっ!!」

 一同は息を呑んだ。

 光の呪文が解かれた下に、霄瀾の背中から覆いかぶさる空竜の姿があったのだ。

「空竜姫!!」

「バカ!! なんで来たんだ!! 危ねえだろ!!」

「霄瀾を助けてくれてありがとう!!」

 一斉に声をかける紫苑たちの目を見て、空竜は立ちあがった。霄瀾も手を引かれる。

「この国で起きていることは、見ておきたいの。私、何もできないお姫様じゃないわ」

 空竜は弓を手にしていた。

「魔物一体に手こずってる奴が、何言ってんだ! こいつは今までの敵とは格が違うんだ、巻きぞえになる前に逃げろ!!」

 しかし空竜は真剣な目を出雲に合わせた。

「大丈夫よ。私、きっとみんなの力になれる」

「なんでそんなことが……」

「……『海月かいげつ』ですね」

 河樹が低い声を出した。

「星方陣を成せる五つの月の神器の一つ、『海月』。代々帝の血族のみが扱える、王者の証……。名四喜なしきに探させていましたが、帝ではなく、姫のあなたが持っていたのですね」

 河樹の口の両端が吊り上がり始めた。

「海月の力は完全反射! いかなる最高位の術も呪いも、永遠に跳ね返し続ける完璧なまじない返し! なるほど、私の封印術をきれいに戻したわけだ! これは素晴らしい!」

 河樹の眼が空竜を凝視し、鼻が大きく膨らんだ。

「私の求める神器が、九つのうち四つもこの場に揃ったことになる!! こんな効率のよい戦場が、この先あるだろうか!! 素晴らしい!! 私の欲しいものが、いっぱいですよおー!!」

 河樹の目は、どのおもちゃから手をつけようか喜びながら迷っている子供のそれと、同じだった。

 出雲が下がって、霄瀾と空竜のそばに寄った。

「だから犬トカゲの自爆も完全反射して平気だったんだな……。でも、大丈夫なのか、神器を使える回数が限られてるとか……」

「それはないわ。あいつが術を使う限り、私は無敵よ。私が前に出るわ」

「いや、あいつは十二支式神を使える。海月を盗まれないよう注意して、霄瀾を守っててくれ」

「……そうね……、式神の物理攻撃は防げないわ」

 悔しそうに唇を嚙む空竜を見て、出雲はボソッと呟いた。

「……悪かったな、バカなんて言って……。でも、あいつは相当やばい。身を守ることだけ考えた方がいい」

 空竜は出雲の横顔を眺めた。

「ここからでも十分見せてやるよ。この国が守られるところをな!」

 出雲は再び前線に戻った。

「……だってさ。期待していいよね? アイツの言うこと!」

 空竜が両手を後ろに組んで、上体を横に倒した。

「うん! ゼッタイ!」

 霄瀾も力強くうなずいた。

「ふふ、隙あらばと思っていましたが、あなた方は後回しにしましょう。私の一番の目的は、剣姫の封印です。当初の計画通りで行きましょう!」

 河樹は素早くはすの実をくわえて、ぷっ! と吹いた。

「あっ!! あれは砕射口数さいしゃこうすう!!」

 出雲の炎が一同の壁となり、霧は消滅した。

 河樹の口には、花初国かはつこくでタツノオトシゴの魔物が使っていた神器が、当ててあった。

 はすの実の穴から出る霧に触れたが最後、相手は血を噴き出して死んでしまうという、恐ろしい武器である。

「タツノオトシゴを倒したとき、捕われていた連中が神器を持ち帰ったと思っていたが」

 紫苑に罵声を浴びせた者たちである。

「ああ、彼らですか。彼らは密売する前に、自分たちの中に神器を扱える者がいるかどうか、試していましたよ。いるんですよね、神の力を身につけて、他人を圧倒して生きていこうとする者が。当然、吹いても何も出ません。その神器の適合に必要だったのは、霧から逃れる飛行能力だったのです。彼らは、神の力を試した罰で、神器をくわえたまま息を吸った者は、自らに霧を受けて、首から血を噴いて死んでしまいましたよ。残りは後腐れがないよう、私が殺しておきましたけど」

 各々の神器は、各々使い手に望む力が違う。

 こちらの神器に拒絶され、あちらの神器に受け入れられるということもあり得るのだ。

 だが、玄武神の玄武神殿での試練のときのように、不用意に神器に手を出すと、強すぎる神の望みに呑まれ、力や器の足りない者は、神を試した罰、神罰を受けねばならない。心次第では、命を失うこともある。

「……そうか。死んだか……」

 紫苑は無表情に地面を見つめた。

 それ以上の言葉はなかった。

「(ということは、河樹は飛べるのか)」

 出雲が頭を切り替えると、河樹は再びぷっ! と砕射口数さいしゃこうすうで霧を吹いた。

 今度は、紫苑たちへは届かなかった。

 代わりに、河樹の周囲を半円に覆った。

「タツノオトシゴより、使い方がうまいでしょう?」

 棘霧とげぎりの盾を作って、河樹は自慢気だ。出雲が飛び出した。

「そんなもの、オレの炎で消してやるぜ! 炎をまとえば大丈夫――」

 そのとき、炎の出雲と余裕の河樹を見比べて、紫苑は不吉な予感がした。

「待て出雲!!」

 あるじの声に、思わず出雲は急激に停止した。

 弾みで振った刀が、霧を「叩いて弾かれた」。

 金属音の余韻の残る耳を、出雲は疑った。

「残念。もう少しでしたのに」

 河樹がおかしそうに眺めている。

「霧を金剛石並に硬くしたのですよ。それでいて周りは鋭利に切り込んであります。突入したが最後、肉片しか残らないほど細かくされてしまうでしょうね」

 無数の刃の盾だ。半端な炎では消せない。突っこんでいたらと思うと、出雲はぞっとした。

「あの男は発想と、それを実現する実力の双方を兼ね備えている。強いぞ!」

「悪い紫苑! 慎重に行く!」

 勝てると油断したときが、こちらの命取りだ。頭のいい敵の、誘い水だからだ。

「でも、物理攻撃が難しくなったぜ……」

 出雲は、神剣・青龍が弾かれて跳ねた霧を思い出した。神器の攻撃だけあって、強度が高い。

 突破口を考えこむ出雲の横から、露雩の神流剣しんりゅうけんの水流が、河樹にうねり迫った。

 しかし、霧の刃に切り刻まれた水流は、霧になってしまった。

「ふふ、それくらいは予想していただきませんとね」

 玄武の神水を払おうと水を出す河樹に対し、露雩は玄武の技を緩めなかった。

 神流剣の技が河樹の周囲を霧となって覆ったとき、露雩は剣に力をこめた。

「うっ!?」

 河樹は一瞬目を疑った。

 砕射口数さいしゃこうすうの霧を抜けたとき、玄武の水が再び神流剣の形を取り戻し、河樹に巻きつこうと迫ったのだ。

 砕射口数さいしゃこうすうの盾は、河樹に密着している。

 神流剣はゼロ距離でその形を取り戻している。

 誰もが河樹の読み負けを確信した。

 そのとき、河樹と神流剣の真正面に、複雑な模様の光の盾が飛びこんできた。

 そして神流剣を複雑な模様に受け止めて走らせると、滅茶苦茶めちゃくちゃな方角へ拡散しだした。

「わあっ!」

「きゃあっ!!」

「露雩!! 止めろ!!」

 出雲が叫んだ。

 神流剣の威力で、あちらこちらの家屋が崩れ落ち、地面がえぐられている。

「あの距離で防御するとは。最初から展開していたとしても、この反応速度。それも神器か?」

 紫苑の目は、光の盾に集中していた。複雑な模様は、よく見るといくつかの迷路のようだ。ここに術が当たると、それぞれの「出口」まで迷路をたどり、無秩序に放出されるのだ。

「持っておいて良かったですよ。いかにもこれは神器・光迷防こうめいぼう。不測の事態への隠し玉ですよ」

 光の迷路の盾が、河樹の周囲をゆっくり回っている。

「自力稼働型か」

 紫苑は全力で白き炎を噴出させた。そして、河樹へ一直線にほとばしらせた。

 砕射口数さいしゃこうすうの刃の霧は溶け失せた。

「やった!」

 霄瀾と空竜の声を聞きながら、河樹は砕射口数さいしゃこうすうを吹き、光迷防こうめいぼうを前面に出した。そして水鳴葛すいめいかずらを構える。

 紫苑は白き炎で霧をすべて打ち払った。

「光迷防! 剣姫の二撃とも払いのけなさい!」

 そこを水鳴葛で封印しようと、光の文字が待ち構えている。

 紫苑が一撃目を振りかぶったと同時に河樹が攻撃態勢に入ったとき、彼の両目の端に異なる元素が飛びこんできた。

「甘いぜ、河樹! 攻撃を紫苑一人に任せるオレたちだと思うか!」

「なぜ白き炎がすべての霧を消したか、相手に勝てると思う嬉しさから考えなかったか!」

 出雲と露雩の炎と水の術が、左右から放たれていた。

 神器・光迷防こうめいぼうは、一箇所からの攻撃しか防げない。

「くっ……!」

 二つ目を水鳴葛で防ぐ、しかし三つ目の術は食らうことになる。

「今度こそ……!」

 炎と水が爆発を起こしたので、出雲は腕で目をかばった。

 神器は破壊できないため、光迷防と刀でぶつかりあった紫苑が飛び下がって着地したとき、煙の中から笑い声がした。

 水を自らの技で、炎を水鳴葛の封印針で相殺した河樹が、ゆっくりと立ち上がった。

「そんな!! あの一瞬で二箇所同時に対処するなんて、あり得ない!!」

「これは、結晶睛けっしょうせいの力なのか!? それとも、これが水気の極覇きょくはということなのか!?」

 底知れぬ河樹の力を、すべて明らかにしなければと、露雩と出雲は、紫苑と線を結ぶと三角形になるようにそれぞれ位置を取った。

 河樹の左目の片眼鏡が光っていた。ひし形の硝子ガラスである。

「ふう……神器これがなかったら危ないところでした。一秒攻守いちびょうこうしゅ。私の周りが一秒だけゆっくり時が流れるのですよ」

「そんなバカな!! お前、いくつ神器を持ってるんだ!?」

「それでオレたちの攻撃を……!」

 出雲と露雩に、河樹は首を振った。

「仕方ないでしょう。剣姫の封印に、星晶睛せいしょうせいの撃破。神器を揃えなければこちらが不利です」

「それにしたって、いくつもの神器がたった一人に扱われることを許すなんて……!」

 出雲は河樹の神器を凝視した。封印のためにいくつも持って現れたことは理解できるが、すべて操れるとは思わなかった。

結晶睛けっしょうせいのおかげですよ」

 河樹の複雑な眼が乱反射した。

「この神器が何を扱われる条件としているか、読むことができるのです。最終的に私自身が扱えるかどうかもね。だから、私は次々と神器を使うことができるようになる。使えないものは魔族に渡す。私も戦いのとき、身軽でいたいですからね」

 結晶睛けっしょうせいの強さの秘密は、これだったのだ。

 神器に己が適合するかしないかを瞬時に見分け、次々と手に入れていく。失敗して神罰を受けることもない。

「神の意志を読む力、それが結晶睛か! しかし神の近くにいながら、なぜお前は……」

 そのとき、疑問を口にした紫苑に対して、河樹は憎悪のうごめく乱反射を与えた。

「あなたたちはこれらの神器を破壊しても、封印されますよ」

「四つの神器で四回か。一つずつ武器を減らして、それでも勝てると思うのか」

 河樹は無言で紫苑に、両手の爪を見せた。

 爪を毛がびっしり覆っている。

「爪に装着する神器・爪毛転合そうもうてんごうですよ。これは封印専門の神器。十本の指の分、十回封印できます」

じゅっ……!!」

 絶句する紫苑の前で、河樹は両手を戻した。

「さすがに、神器はこれで最後です。でも、これでおわかりいただけましたよね?」

 結晶睛けっしょうせいがばらばらに光った。

「一つの神器も持っていないあなたなんか、この世からいなくなっても、世界は全然困らないということが!」

 紫苑の心臓にその矢は突き刺さった。神器つまり神の意志を一つも持たない自分は、神にとって「替えのきく存在」でしかないのだ――。

 露雩は動揺する紫苑を気遣きづかいながら、河樹に違和感を感じていた。神の戦士としての紫苑を必要としているのに、なぜ神が紫苑のそばにいないかのようなことを言うのだろう。なぜ紫苑を言い負かして、満足しているのだろう。

「さあ! みんな封印してさしあげますよ! 全員まとめて片手もあれば十分なんですからね!」

 河樹が爪毛転合そうもうてんごうで紫苑に引っかき攻撃をした。

 これに触れれば、一撃で封印されるに違いない。紫苑は刀で受けることを避け、横に走って連続の引っかきをかわし続けた。

 爪がかすっただけで、木の幹は裂け、岩にはえぐれた跡が残った。

「ははは! 逃げるだけですか、剣姫!」

「なんて威力だ!」

 出雲が紫苑と、えつに入る河樹の間に割って入った。

「なんですか? 式神出雲。今面白いところなんですから、邪魔しないでいただけますか」

 あからさまに不機嫌な河樹の目が、陰を増やした。

「お前が面白くても、こっちはちっとも面白くねえんだよ! ありったけ武器揃えやがって、使い切れねえくらい翻弄ほんろうしてやるぜ!」

 河樹は虚をつかれてから、しばらく考えた。

「ふむ……、剣姫の希望を一つずつ目の前で消していくのはよい余興だ」

 河樹は出雲に狙いを変え、口に砕射口数さいしゃこうすうをくわえて針のように即死の霧を吹きながら、爪毛転合そうもうてんごうで青龍の刀と渡り合った。

 よけた背後の幹を刃の霧が貫通していくのを感じながら、出雲はひるむことなく息もつかせぬ連撃を放った。

 砕射口数さいしゃこうすうで息を吸わせれば、自分の勝ちだ――、そう思ったのである。

 事実、河樹はあまりの剣の速さに、砕射口数さいしゃこうすうを口から外し、一秒攻守でかわすのがやっとである。光迷防は、出雲の体から放たれる炎が河樹に向かうのを防ぐことに翻弄されて、用をなさない。

「クッ……、少し遅くなってもらわなければいけませんね!」

 河樹は水鳴葛を掲げた。

炎界臨界えんかいりんかい浄土焦土じょうどしょうど!!」

 毛土利軍けどりぐん・千人を滅ぼした、一騎当千の術である。

 そのすべての力が今、一本の槍になって、出雲に走った。

「出雲ッ!!」

 威力を知っている霄瀾は炎の槍に目を見開いた。

「頼むぜ炎の精霊!!」

 出雲の神剣・青龍が炎を帯びた。そして、炎の槍にこうから刃を突き出した。激しい火炎が飛び散る。

 しかし、出雲はあくまで剣士。術では河樹にかなわず、押され始めた。

神流剣しんりゅうけん!!」

 そのとき露雩が、玄武の神水を炎の槍の柄にからめ、浄土焦土の術を弱めにかかった。

星晶睛せいしょうせいでもないあなたに、どうにかできる術ではありませんよ!」

 余裕で河樹が術の出力を上げたとき、目の端に塊が映った。

「十二支式神か!!」

 水の波動で紫苑が何か動いていることは気づいていた。十二体は劣勢の出雲を助けに入るだろうと、予想していた。

 しかし、いつのまにか、出雲と露雩の術の出力があがって、河樹が無事に術を引けない状況になっている。

 出雲が炎の中で不敵に笑った。

「よう河樹。何度も言わせるなよ。オレたちが仲間一人に攻撃を任せっぱなしにすると思うか?」

「十二支式神……全部が封印術を持っている!?」

 河樹はとっさに、飛びかかってきた十二体のうち光迷防で一体、一秒攻守で一体をよけた。しかし、残りの十体をどうすることもできなかった。

 爪毛転合そうもうてんごうの十の神器で相殺するしか、なかった。

「これで厄介なのが消えたぜ」

 出雲が浄土焦土の術の残りの力を、地面に叩きつけた。火柱が一瞬天を焦がし、失せた。

「(出雲が私をひきつけている間に、剣姫が時間のかかる封印術を十二体すべてに施していたか)」

 河樹は普通の爪に戻った両手を見て、舌打ちした。

「私の術と張りあえるとは思いませんでしたよ。あのときのへろへろさんが」

 出雲は淡々と答えた。

「まともに戦えれば、こんなもんだ。露雩もいるしな」

 実を言うと、精神力を使いすぎて体が途方もなくだるかったのだが、気取けどられないように、わざと呼吸も抑えて、平静を装ったのだ。

「(あっちはまだ、浄土焦土を何発も撃てるような顔してやがる。とんでもねえ術者だ)」

 出雲は全力で戦ってみて、敵ながら河樹に舌を巻いた。底無しに思える力は、剣姫のそれに通ずるものがある。

「(水気の極覇か……。紫苑といい、燃ゆるばるかといい、極点を極めた者は、何か特別に護られている感じを受けるな。力に際限なく恵まれる、というか……)」

「読み誤りましたよ……。やはり、神の戦士の周りにはそれなりの戦士が集うのですね」

 出雲は思考を中断して、河樹に集中した。

二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず。剣姫を徹底的に狙いましょう。炎界臨界・浄土焦土!!」

 突然、河樹が全方位に千人殺しの術を再び放った。

「霄瀾!! 空竜!!」

「キャッ!!」

 二人は、空竜の海月が術を跳ね返して無事だった。

 しかし、紫苑たち三人はそれに気を取られて対応が遅れた。

「うわああっ!!」

 浄土焦土に全身を貫かれ、炎の柱に捕われる。

「おやおや……、一人ひとりはお強いあなた方が、弱い仲間を前にすると形無かたなしなんですね。……この機を逃すまじ!!」

 河樹が紫苑に肉薄し、水鳴葛の封印文字を振りかぶった。

「紫苑ッ!!」

 空竜の鋼鉄の弓は、光迷防の盾が弾いた。

 紫苑も出雲も露雩も、強大な炎がまとわりついて、身動きを封じられている。

「さようなら剣姫! 私はね……、あなたのことがこの世で一番、――!」

 河樹の光の封印文字が炸裂さくれつした。

「紫苑―ッ!!」

 炎が爆発して、出雲と露雩は火傷やけどを受けた体を地に叩きつけられた。

「……剣姫……」

 河樹は紫苑のいた炎を見つめながら、無意識に呟いた。

「『嫌い』なら、どうして封印して一生そばに置くのだ」

 河樹の頭上に、風が吹いてきた。

「剣姫!?」

 河樹の視界に、背中から白き炎を噴き出して空中に浮かぶ、顔の左半分を半月の面で隠した、男装舞姫が現れた。

「中道の陰陽和合!! 神魔に等しい三つ目の最強!!」

 前の戦いでは見せなかった、剣姫の切札だ。

 河樹は武者震いした。

 自分が「いずれ神をも封印できるかどうか」、この「第三の最強」と戦えば、わかるのだ――!

「この姿になったら、もう優しくはなれねえぜ」

 紫苑の低い声が響き渡った。

「相手にとって不足なし! あなたを封印しますよ!! 覚悟なさい!!」

 河樹の全身から水気が溢れた。四つの神器もすべて包みこんでいく。

「水気の極点が、水気を解放しているんだ……!」

 露雩は息を呑んで見守った。この水の質と量を、果たして自分は神剣・玄武で再現し、超えられるだろうか。

 出雲も、自分の立つ地面はもとより、神器をも強化していく河樹の水気に、驚きを隠せなかった。いや、河樹の得意な気でないのに、火気の浄土焦土の術で出雲を抑え込むほど強力だった河樹の術力自体に、大きく驚いたのだ。

砕射口数さいしゃこうすう!!」

 河樹の水気で強化された棘霧とげぎりが、朱雀門一帯に広がった。

「ここまで……!!」

 逃げ切れないことに愕然とする一同の周りに、白き炎の壁が生じた。

 棘霧が蒸発していく。

「私と決着をつけるまで、白き炎で皆を守るのですか。あなたが負けたときが、全員の死ぬときですね」

「うるせえな。てめえだって俺と一対一で戦えて嬉しいくせに」

「言いますねえ男装だと。いいでしょう、様子見はなしです。お互い、全解放ですしね。雑魚ざこはいない方が気兼きがねがない!!」

 河樹から滝の流れが放たれた。紫苑は最初に刀で斬り開いたが、とめどなく続く水流に呑まれて体があちこちに回転した。

「浄土焦土・水臨界すいりんかい!!」

 地面から天へ昇る巨大な滝が、紫苑を水流で何度も殴打し、宙へ跳ね上げた。

 骨からきしる体の痛みに耐えながら、家々の屋根を破壊して、紫苑は地面に投げ出された。

「ちっ……まともに、食らった……」

 紫苑はよろめいて立ち上がった。

「それでも双剣を手放さなかったのは、さすがと言うべきですかね。私の術を、抑えきれませんけどね!」

 河樹は、水の柱を直撃させる技、水柱砲すいちゅうほうを連発した。一本一本の太さの直径が人の通れる洞窟の穴くらい大きい。

 紫苑は白き炎を身に帯びると、水柱砲をかわすことを一切考えず、一直線に突っこんだ。水柱は、白き炎に触れた部分が一瞬で蒸発していった。

「ほう男装舞姫! 水剋火すいこくかという、火は水に消されることわりあらがうとは! いいですよ、最強として実にいい!」

 河樹が水鳴葛で詠唱えいしょうを始めた。迎え撃って強力な術をぶつけるつもりなのだ。

「その前に倒す!!」

 男装舞姫の力を込めた刃が振り下ろされた。

「光迷防!!」

 河樹を守る光迷防と、紫苑の剣から両者一歩も譲らぬ稲妻がほとばしった。どちらも、かち合った場所から動かない。

「神器は永久に破壊されないのですよ! あなたがどれだけ強き刃を当てようと、光迷防を砕くことはできません!」

 水鳴葛の術を唱えながら、河樹が勝ち誇った。

 男装舞姫は、稲妻を発しながら、光迷防と押しあいをしている。

 河樹は、紫苑が少しずつ自分に近づいていることに気づいていない。

「ふふ、男装なら神器に勝てますか? その間に私に攻撃する機会を与えることになりましたよ!」

 河樹は、水鳴葛で大技を出そうとして、紫苑の剣が少しずつ「動いている」ことに気がついた。

「光迷防がッ!?」

 紫苑の剣が、光迷防を切り開いていた。

 裂いたのではない。

 光迷防の迷路が、一つにつながっていた。

「出口」は、河樹への「中央突破」に、作り変えられている。

 紫苑は、「破壊できない神器を、変形させた」のだ。

「なんという出力!! 『力を変える力』、それが最強の本領か!?」

 盾の中央から突き出てくる紫苑の剣をよける用意は、まったくしていなかった。河樹は一秒攻守の力を使って身をひねった――そのとき。

「お前が別の攻撃に気を取られるのを、待っていたぞ!」

 突然、河樹の左目に、脳天まで響く衝突が走った。

 男装舞姫の右の剣が、一秒攻守をひっかけていた。そして、河樹の顔から引きはがそうと圧力をかけている。

「(しまった! 普段なら、こんな攻撃はさせないのに!)」

 グイ、グイと神器ごと頭を持っていかれそうになりながら、河樹は歯嚙はがみした。

「お前の結晶睛けっしょうせいを戦利品にしてもいいんだぜ」

 目前に迫る剣を振り払うため、河樹は滝を放った。

 逃れる隙に、紫苑は一秒攻守を力任せに跳ね飛ばした。

「これで残りの神器は二つだ」

 一秒攻守に白き炎を放ち、河樹がとっさにつかめないようにしてから、紫苑が河樹にそう宣告した。

「力を力でねじ伏せる……それが第三の最強か! しかし、神器がいくつか敗れることはわかっていましたよ。問題は……」

 河樹は水鳴葛を掲げた。既に最強の術の詠唱が完了している。

「最後に立っているのが誰かということですよ! 一涯五覇いちがいごは水気奥義すいきおうぎ!! 大蛇螺旋をろちらせん!!」

 河樹の周囲すべてを巻きこむ、大蛇のうねりのような水の渦が、紫苑たちを襲った。

 渦に呑みこまれ、息も満足にできないまま、浮いては沈み、渦に入りこんだ物に打たれては水流にひねられを、繰り返した。

 逆らって脱出することができない。

 強烈な水圧に対抗するように、露雩が玄武の神水を出した。が、水気の極覇の水量の方が、圧倒的だった。

「(まずいぞ! このままじゃ溺れるか体をバラバラにちぎられるかどっちかだ!!)」

 出雲は渦に流されながら中央の河樹のもとへ向かおうと焦った。

 そのとき、渦が大きくうねった。

 と、思うと、渦の逆流が起こり、水流があちこちで激突した。

 名山・霊峰を表す舞を、男装舞姫が舞っていた。

土剋水どこくすい! 土は水をせき止めて勝つ!」

 土を表現する舞が高まり、ある一点で渦を破裂させた。

 五人は地面に投げ出された。満身創痍まんしんそうい、すぐには立ち上がれない。

「安心しましたよ……、一応、手応えがありました」

 肩で大きく息をつきながら、河樹は、片肘を震わせながら立ち上がろうとする紫苑に満足した。

「霄瀾と空竜は……!!」

 出雲は、霄瀾を抱きしめて倒れている空竜を見つけた。がれきを取り除くと、二人は無事な様子を見せた。

「海月で弾けないほどすごい量の術だなんてえ……! でも、水がきれいに私の周りをよけたから、すぐに霄瀾をつかまえて、一緒にいたのお」

「すまない空竜、ありがとう! お前がいてくれて助かったぜ!」

「ごめんなさい、みんな、ボク、足手まといで……」

「そうじゃない。水鳴葛さえ壊せれば霄瀾の出番だ」

 そんな会話など聞こえていない。河樹は、紫苑しか見ていなかった。

「いかがですか男装舞姫、私の最大の技は。平気な顔をされたら、いくら私でも冗談にとってはあげませんよ」

 第三の最強に、果たして自分はどれだけ傷を与えられたのか。

 男装舞姫の次の一手に、全神経が注目した。

 その河樹の全身に、白き炎の熱風がぶつかってきた。

 罪人をく白き炎が、紫苑の身長の三倍以上、放射状にほとばしっていた。

 神の後光ごこうのようなその姿が白き炎の噴射で険しく滑空してきたとき、河樹は不覚にも、ある存在を思い浮かべてしまった。

 阿修羅あしゅら

 彼がこの世において、勝たせたい方の神の名を。

 最大出力の男装舞姫の剣を、神器は受け止めきれなかった。

 一撃目で砕射口数さいしゃこうすうはじけ飛び、水鳴葛の貝殻型の集音器がひしゃげた。

 二撃目で河樹の脇腹から血が噴き出た。

 河樹は、巨大なチューリップの花の形に近い白き炎の中で、すべての穢れを浮き彫りにされていた。

 しかし、脇腹に水を送りながら、自らの水気で、白き炎を蒸気と共に断ち消した。

 紫苑も、河樹も、どちらも傷を受け、大技を出して、大きく息をついていた。

「決め手に、欠けたか……。『極点』、さすがに強い……!」

 深呼吸したあと、紫苑から体の力が抜けた。

 男装舞姫の持続時間が、限界にきたのだ。

「そんな! 紫苑!!」

「男装舞姫と互角に渡りあう奴を前に、今男装を解いたら!!」

 仲間たちを、紫苑は手で制した。

「あなたの、負けです、剣姫。今男装を出して、私を、仕留められなかったのですから」

「河樹、お前こそもう、ほとんど力が残っていないだろう。強がるのはやめろ。ここから先は、気力と集中力の勝負だ。尽きた方が、討たれる」

 全身の骨を強打している紫苑はしかし、自分と同じく力を消耗しているはずの河樹が、腹から血を流しながら笑っているのを、いぶかった。

「何を考えている」

「私は神にも勝てる」

「私に勝ってから言え」

「あなたがいればね!!」

「!?」

 河樹は突然、出雲たちの方へ振り返った。

水式出雲すいしき・いずも律呂降臨りつりょ・こうりん!!」

 名指しされて、出雲は莫大ばくだいな水気が足元から立ち昇るのを感じた。

 一瞬ののち、波色の明暗が徐々に変化していく細い縦縞たてじまの衣を着て、式神の縛りを表す水色の交差紐を左足首につけた水気の式神出雲が、現れた。

「何しやがる!?」

「さあ、今から水式出雲は私の式神です! 出雲、剣姫を討ちなさい!」

「なんだと!?」

 命令を実行しない出雲の左足首の交差紐が、肉に食い込むほどしめあげられた。

「うぐぎっ!!」

 あまりの激痛に、出雲は転倒した。しめつけられた部分が青紫色に変色し、さらに出雲を引きずった。

 いつのまにか交差紐から水が噴き出し、出雲を包むと、手足の自由を制御していた。

 そして、神剣・青龍を振り上げ、

綾水輝冠あやみずきかん!!」

 打ち水のように紫苑の前方に半円の水をほうった。線が斜めに交わった光の綾が反射し、紫苑の目を遮断し、突き刺した。

「っ、しまった!!」

 光で目に激痛の走る紫苑に、

水天華裂すいてんかれつ!!」

 出雲が水の壁で、紫苑の頭から押し潰そうと術を出す。

「よけろ、紫苑!! ちくしょう、炎の精霊、何やってんだ!!」

 出雲の力よりも、河樹の方が何倍も術力が強いのだ。式神を意のままに操れるほどに。

 厚い水の壁が、圧力と共に落下した。

「紫苑!!」

 霄瀾が悲鳴をあげたとき、紫苑は男装舞姫に戻ろうとして――。

「オレに任せろ!」

『彼』の言葉を聞いて、自分は攻撃された視界を元に戻すべく癒しの術を使うことに専念した。

 彼なら大丈夫。

 露雩が、玄武の神水を出しながら、出雲の水の壁を頭上で支えていた。

「玄武の水気ですか……。今さら恐くありませんね。水気の極点は神をも超えたのですから」

「なめるなよ。このままでは終わらせない」

 露雩が河樹を睨みつけた。

「どうですか剣姫、子飼いの式神を横取りされた気分は。攻撃できないでしょう? だって、大切な星方陣せいほうじんを成す神器の使い手ですものね」

「てめえ……! 紫苑はそんな奴じゃない! オレが死ねば次神器に穿うがたれる奴が出る! そいつを旅に連れていくだけだ! 紫苑はお前の計算通りに目的を見失う奴じゃない!!」

 出雲の出力がだんだん上がっている。河樹に上げられているのだ。全術力を出し切るまで使い潰されるだろう。

 癒しの術を施すため扇で隠した紫苑の頬を、透明な液体が伝った。

 頭上の水滴がかかったからなのかどうかは、わからない。

「神と戦うとき、この戦法を使う気なんだな!」

 露雩は出雲を気遣いながら河樹に叫んだ。

「河樹と戦って、神は今の紫苑と同じようにかなりの力を使い果たす。そのとき、お前は今出雲を式神召喚したように、今度は紫苑を封印から召喚して、自分の代わりに戦わせようというんだな! 神魔に並ぶ男装舞姫が出たら、神を倒せるというのだろう!」

 河樹は脇腹の止血が終わり、砕射口数さいしゃこうすうを拾い上げた。

「わかったところであなた方はどうしようもないのですよ。開闢かいびゃく以来、力のある者だけが世界に働きかけることを赦されるのです。それが絶対の、世界の掟です。持って生まれた力をどう使うか? 今この世にある力を、どう自分のために使うか? ちゃんと考えた者が勝つように、世の中はできているのですよ。

 己を知れ。他を知れ。世の中を知り、理解した者だけが――、神に挑むことを『許』される。あなたが星晶睛せいしょうせいを使いこなさないせいで、今仲間をすべて失うのは、あなたが己を知らないからですよ」

 河樹の結晶睛けっしょうせいに見透かされた露雩の両眼がすくんだ。

 まったく記憶の戻らない自分、己の意志と無関係に星晶睛せいしょうせいに引きずられる自分に、弁解の余地はなかった。

「おかげで剣姫の目の前で、あっさりあなたを殺せますけどね! すべての仲間を失い、私があなた方の神器を持つ姿を目にしたとき、剣姫は何て言うかな? ははは、見物みものだなあ!」

 耳障りなほど高笑いしながら、河樹は出雲の水の出力を上げさせた。

「ぐうっ……!!」

 出雲の術を出す精神経路は、すり切れんばかりであった。

 悔しい。

 露雩の中に、その感情が芽生えた。

 自分の守りたい人を次々と傷つける河樹に、自分は四神の水気を得ておきながら、言いたいだけ言わせ、水気でも勝てない。

 悔しい。

 それは己への怒り。

 仲間を傷つけられた。

 己を護る神を侮辱させた。

 それは己の力不足のためだ。

 現れない星晶睛せいしょうせいへの恨み言は一つもない。

 自分の扱えない力に頼るのは、弱い者のすることで、いずれ身を滅ぼす。

 自分の確かな力だけが、己の信念を貫く力になるのだ。

 自分の思考が、記憶のない不安な己を地に足つけさせた瞬間、瀑音ばくおんが響いた。

『お前は、星晶睛せいしょうせいを引き出して戦いたいと、望まなかったな。それは我への遠慮だと思っていた』

 玄武が、露雩に語りかけていた。

『理由のない力を求めるなら、与えまいと思っていた。だが、己の力の限り友を助けたいというのなら!』

 玄武が咆哮ほうこうした。

 それと同時に玄武の刀の黒い刀身に、雲母きららをちりばめたように光が明滅し、出雲の水の壁を吸収し始めた。

「水を司る玄武が、水の技を吸収している!?」

 河樹は、大量の水をきらきらと光を放ってごくごく吸いこんでいる玄武の刀に、目をみはった。

「(玄武神、ありがとうございます!)」

『お前は神の力を受ける器を大きゅうしたのだ。成長せよ。恐れるな。我は水気の極覇におくれは取らぬつもりだ』

「(肝に銘じます!)」

 露雩の神剣・玄武は、出雲の水の技を吸収し尽くした。

 河樹は呆然としていた。

「吸収」は、最上級の防御である。

 この世の命で、それを赦されている命はいない。

 一涯五覇いちがいごはでさえ、己の気の出力は最上級だが、吸収はできない。せいぜい相手より強力な術で相殺するか、相手の術と共に押し返して倍返しするかである。

 星晶睛せいしょうせいでない露雩は、神剣・玄武を使っているとはいえ、今まで自分より水気の出力の劣っていた相手である。

「(これが……、『神の力』!!)」

 心を成長させるたび、様々な能力を目醒めさせる、祝福の塊。

 人間だけでは、「その者の求めた力しか」、努力で手に入らない。

 しかし、神は神力を受け止め続けられる限り、限りない可能性を与えるのだ。

 その者の求めなかった、しかしいずれ必要になる能力でさえも。

「(これが、人間の限界と神の力の差……!)」

 それは、己のみを信じて修練した結果、一涯五覇となった河樹と、皆を信じて戦う露雩の、守れるものの大きさとの差だった。

 神は、守りたいのだ……この世界を。

 誰が力及ばず死に、誰が神の望みをかなえるかは別にして。

 なぜか河樹は、ゆっくりと思った。

「(阿修羅あしゅら様がこの世に御生みあれされたら……人も魔族も平等に扱うこの男と魔族のみを生かそうとする私、どちらを……)」

 河樹は、今まで考えもしなかった思考に到達し、立ち止まっていた。

 阿修羅に直接、くしかない。

 そのために、「己と神のみを信じて」修練して、一涯五覇いちがいごはの一人になったのだから。


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