藍碧(あいへき)開闢(かいびゃく) 光の刻(きざ)名(な)第二章「宗教戦争」
登場人物
赤ノ宮九字紫苑。世界の王。新しい世界への扉を開けた者。
邪闇綺羅。神々の王。紫苑と結婚している。
金よ詠め翔べ。銀よ在れ舞え。紫苑と邪闇綺羅の子供で、男女の双子。三才。
第二章 宗教戦争
邪闇綺羅と紫苑は見つめあった。
「次は、宗教との接し方を伝えなければ」
紫苑が世界に告げた。
「世界において、『どの神が一番正しい』ということは、ない。『その地域に合った正しい神を信仰する』と、その国は栄える」
さて、その地域にふさわしい神が祀られている地域があった。神と人々の関係は良好であった。
ところが、神と人が近づきすぎたときがあった。
祭りのとき、神が天界から祭壇まで続く道を降りる。そのときが、人が死ぬ以外で唯一天に昇れるチャンスであった。神の目をかすめてその道を昇ってしまう若者が出てしまった。驚いた神が杖で撃って地に投げ落としたが、若者は服の中に天界になっている木の実、神の食べ物を隠していた。人々は地に捨てられた死体の中から、腐らないそれを見つけ出した。神は、自分の失態で神の秘密である神の食べ物が地上に落ちてしまったことに青くなった。大地を枯らし、木の実が芽吹かないようにしようとしたが、天界の木の実には通じず、木になって鈴なりに実をつけてしまい、飢饉で苦しんでいた人々はいよいよありがたがって、木を殖やして栽培するようになってしまった。人々が神の食べ物のみを食べて全身を満たすのは時間の問題であった。
神は邪闇綺羅のもとに相談に現れた。
「このままでは神の力の一部が人間に宿ってしまう」
邪闇綺羅は紫苑を連れて神の木の畑に出向くと、全部の木を一瞬で引き抜いた。
翌日、木が根元から抜かれているのを見た人々が、怒り狂った。邪闇綺羅は、この地域の神の光を左手に集めて人々に光を見せながら、
「神は木も実もすべて祭壇に捧げるようにとおっしゃっている」
人々は神の光を信じ、その通りに神の食べ物をすべて火にくべて盛大な祭りを行った。
邪闇綺羅は祭壇の入口をすべて塞いだ。
神が、人々が全員集まっている祭壇の中にだけ洪水を起こした。人々は三日三晩水だけを飲んで過ごした。四日目に全員の体から白い液体がにじみ出てきた。人々は恐怖したが、それは神の食べ物の聖なる力の源であった。人々から白い液体が出し切られると、神はあっという間に洪水の水を天に吸い上げた。人々は助かって、疲労から死人のように横たわった。人々から神の力は除かれたのだ。
神は邪闇綺羅に礼を言った。
「人に近づきすぎた。いくらかわいい民とはいえ、どの人間にも善悪二つの心があるのだから、悪の方を刺激しないように、これからは余計な隙を与えないようにする」
邪闇綺羅もうなずいた。
「神の秘密を資格なしに得た者は、生死の境をさまよう罰を受けるからな。民を守れよ」
死んだように眠っている人々を見てから、神は答えた。
「人々に、すべてを知りたがるなということを私は伝えていこう」
そして、神は天界へ戻った。
すると、ある地域の宗教の教祖が信者に説いた。
「古来より、歌姫が歌い織姫の織った着物で舞姫が舞うことは最高の神への奉納となる。
この三人を探し出し、私たちの神への、完全な祈りに代わる生贄にしよう」
歌姫とは星羅、織姫とは空竜、舞姫とは紫苑のことである。
生贄とは穏やかでない。
当事者の一人紫苑は、夫と共にその地域へ出向いた。
その宗教では、望みがかなわない信者はどんどん自分に厳しい戒律を加えていって、身動きが取れなくなっていた。それでも何も起きないので、命を差し出さないせいだと考えるようになっていた。
「それで自分の命の代わりに三姫を、か。生贄としてではなく、神への奉納の儀式で三姫の力を貸してほしいと言えばいいものを……」
紫苑が斬る相手ではないと考えていると、人々はだんだん目が血走ってきた。
「どうして何も望みがかなわないのですか。私どもの命がけの誓いが喜ばれないということは、異教徒を殺せば、あなた様は喜んでくださるのですか。神敵を殺せれば、見返りに望みをかなえてくださいますか」
自罰から他罰へ移った。自分こそ正義、絶対の神の僕。
「異教徒を殺し、神の威光を知らしめなければ」
と、戦争の準備を始めようとする。紫苑が扇で風を送って、人々の動きを一度止めた。
「『正しい』自分は報われる『はずだ』、神が救う『はずだ』? 神の真意を聞かず、勝手に重大なことをするな! 自殺も他殺もしないで自由を残して神を信じればよい! そこに一人ひとり違う人生が生まれていくのだから! そして、どこにでも幸福は転がっているのだ! それを当人が汚いと思えば、永遠に救いなどない!」
人々は反論した。
「でも、神の名を守る戦いでは、神が我々についているはずだ! 神敵の老若男女は無差別に殺し、我々の神がいつでも勝つということを知らしめなければ、我々はもう望みを言うのがはばかられる、神に顔向けできない!」
紫苑は答えた。
「神の名を守る戦いは、自分の国を守るときだけにしなければならない。それも、相手が侵略国の兵士のときだけだ。戦えない者、特に子供を巻きこむな。もしかしたら未来に和平を結べるかもしれないのだから。無差別に殺していくのではなく、相手国の、未来に友好国として接しあうかもしれない子供にこそ、『私たちの国を好きになって』と優しくするべきである」
人々は激しく抵抗した。
「無理です、異教の民や子供に優しくなどできません。本来我々の神のものである世界の一部を、盗人のように不法占拠しているのですから」
「……」
紫苑は、この人たちはとても神を信じているのだとわかった。だからこそ、話した。
「なぜもともと一柱しかなかった存在の神から、世界各地の数だけ神々が生まれたか。
雨も特に降らず、砂漠や荒野など人間の力では変えることのできない厳然たる自然だけが毎日変化もなく目の前にあったら、人は『それに語りかけて、かつそれがそれに答える物語』を作ってしまう。人は沈黙には耐えられないのだ。無音の部屋にいたら気が狂うように。何の意味もなく何の変化もない場所にいたら気が狂うから、人は自分を救う神の物語を作ったのだ。そして神々も人々の望みに応えたのだ。だからその土地の神はその土地の者にしか意味がない。他の地域の人々には何の意味もない。同様に、絶望的な境遇の人が好きに信仰する神々の組み合わせは、その人にしか意味がない。他人にとっては完璧な神ではない。
神が自分の望みをいつかかなえてくれるという『希望』がなければ、大変な思いをして獲物をとってきて、作物を育てて、すぐに食べ尽くして、日々を送り、同じ一年を繰り返す『そこに、何の意味があるのか?』。『無意味』に気が狂うはずだ。
どうして生きる必要があるのだ? 飯を食って、衣服を作って、大切な家族と死に別れて、産む子供もいずれは死んで、天災ですべてを失って、住む場所を変えて、貯えを盗まれて、戦争で殺されて、敵のために働かされて。どうして生きる必要があるのだ? 自分の神で世界を覆って、自分たちが世界の王になってなんになる。金と異性と奴隷を手にして、楽しむためか? 他には? 世界の王になって、何をする? 何もない。世界の王でさえ、自分が何のために生きているのかを知らない。ああ、すべてが虚しい。どうして悩み苦しみ傷つきながら生きねばならないのか。喜びと相手への復讐と他者からの尊敬がやってきたとして、それが一体なんだというのだ。私にはわからない。そこに何の意味があるというのだ。どうして生きる必要があるのか? 人間はなぜ子孫を残さなければならないのか? 人間がこの『孤独』のままであったら、気が狂うであろう。『神を、作らなければならない』、なぜなら、『人間に、世界における役割と使命を与え』、『人間は孤独ではなく、見守ってくれる存在がいるという安心感を与えてくれる』からである。人は、『使命という名の仕事』をしたくて、『指導してくれる存在』が欲しいのだ。
神を信じなければ、この孤独から抜け出すことはできない。どんなにすべての道を塞がれても、どんなに誰からも後ろ指をさされても、ああ、神がこの状態の自分にしかできない使命を果たさせようとしていると信じる限り、一秒一秒、生きることを選び続けることができる。ああ、神よ、その存在がある限り、私は夜を眠り、朝を恐れることがないでしょう。すべての希望が奪われたとき、私は神の名を騙り復讐を遂行し、神を裏切ってしまう。それでも、そんな罪人の戦いにも神の姿は救いなのです。私は、最後に神と戦えたのだから。復讐しなければいられないほど私を追いつめた神と、戦えたのだから。
どんなに苦しいときも、悲しいときも、嬉しいときも、楽しいときも、神がいつも支えてくれる。だから私は、神なしに生きることはできない。私を、一秒ごとに『生きろ』と励ましてくださっているから」
人々は胸を打たれた。自分の神も、自分に『生きろ』と言ってくださっているはずである。それは、自分たちだけでなく、世界中の人も言われていることなのだ。また、もし自分の神が世界を覆えたとしても、自分の神は世界中の彼らにも『生きろ』とおっしゃるのだ。
全員にそう言えるほど自分の神は優しいのに、相手を殺して神の教えを広めたら、その殺された人々のことを神は悲しまれるのではないか――。
「世界は、一つの神で覆えないのですか」
人々が尋ねた。紫苑は答えた。
「そうだ。すべての神がいらっしゃるからだ」
「では、神の教えのために戦うことは――」
「してはいけない。世界のバランスが崩れる」
人々は重大な話にびっくりして、何も言えなくなってしまった。そして、
「私どもは、あなたの言葉を世界に伝えます」
と言って、去った。
すると、一神教の人々が怒り狂った。
「この世界には一柱の我らが神しか存在しない! 地域の数だけ神がいるなどと、邪教の愚か者め! 神罰を受けよ!! 皆の者、この邪教の女を殺せ!! 呪え!!」
紫苑はそれを冷静に眺めていた。
「一神教としては当然の反応だ」
紫苑は答え始めた。
「いいか、一神教で世界を覆うことはできない。一つの人種が世界を覆うことができないように。一つの人種が世界を征服したら、永久に砂漠国や熱帯国の彼らは同じ肌の色のままか? 黒くなるはずだ。寒冷国では白くなる。そうなったとき、また『肌の色の違う人間は奴隷にしていい』と言って戦争を仕掛けるのか。結局一つの人種が勝ったとしても、その子供たちが世界を支配していったとしても、その土地・気候・病気への抵抗を形作るために、再び各地で現地の人種と同じ進化をたどるだろう。そして世界は、またその一つの人種が勝つ前に戻るだけだろう。全員同じ祖先だったとしても、勝者は自分の兄弟を差別してきたということだ。自分もその土地に行けばなりうる生存の成功例を、下等とみなしていたことの愚かさ。人種差別は、世界を知らない無知なる者のすることだ。その土地・気候・病気への抵抗など、すべてを加味したうえでの生存の成功例を、互いに尊敬しあわなければならない。その土地の歴史と叡知が詰まっているからだ。『弱者は征服されて当然だった』と勝者は自己弁護するだろう。しかし、その土地に住めば、勝者も肌が黒くなり、白くなり、病気に対抗するために顔も体も変わるのだ。一つの人種のままで世界中を歩けると思うな。
自分と違う成功例を敬え。
そして、それは一神教にも言える。
世界は一神教で覆われることはない。
その土地に合わないということが必ず出てくる。多神教で世界が覆われることもないが、多神教は一神教のことを『たくさんいる神々の一柱』ととらえる」
しかし一神教の人々は怒鳴った。
「うるさい! いずれ地域に同化しようがどうなろうが知ったことじゃない! 要は私たちが世界を征服したという歴史の事実が欲しいんだ! 私たちが世界で一番優れている種だと世界に示したいんだよ! それで私たちの神も満足されるだろうしな! 世界の終わりに救われるのは私たちだと言って、堂々と生きていける! 世界の終わりが恐くなくなる!」
紫苑は答えた。
「世界の終わりが恐ろしいなら、なおさらすべての神々を畏れよ。自分の民を蹂躙されて、各地の神々がお前たちをそのままにしておくと思うのか。罰のない罪はない……。
一神教は、『他にも神がいる』ことを認めなければならない。
世界を『自分と他人』に分け、徹底的に差別し搾取し、分裂もする一神教は、完全ではないのだ。だが、一神教の神がいないとは言わない。『その土地に一柱だけいる神』なのだ。人種差別が無益な兄弟差別なのだから、神も異なる人種ごとに少しずつ違い、争いは無益だということもわかるはずだ。その土地に行ったら、その土地の神が必要になるのだ。
『神のために』と、自分の神を世界に強制しなくても、神は怒らない。
お前の中にその神一柱のみがいればそれでいいはずだ。お前を見てその神を信じたいという人が出れば、それが正しい布教のしかただ。剣と銃で強制するものではない。人に強いるより、まず自分の中に本当に神一柱しかいないか自問すべきだ。また、世界を言葉でなく力でねじ伏せようとして、自分は神に恥をかかせていないかと考えるべきだ。相手が改宗しないのは果たして神のせいか、それとも自分たちの行いのせいなのかどうかということも」
一神教の人々はわなわなと震えた。
「わかったようなことを言うな! 神が喜ばれているから、私たちは今こうして生きているし、世界を動かせているんだ!」
紫苑は答えた。
「世界中の人間が真の教育を受け、世界が、王がいてはいけないことと一民族の支配を受けてはならないと学んだとき、お前たちの支配は崩れる。
あの時代はああするしかなかったという言い分があったとしても、傷つけられた人々がいることを忘れて話を進めることはできない。お前たちは自分のやったことに責任を取れることだけをしろ。失敗したらちゃんと回復させろ。それが正しい失敗のしかただ。お前たちは、搾取した者勝ちで世界の命を吸い尽くす者を、傍から見ていたとして、何も言うことはないのか?
お前たちが世界の技術を進歩させているのは事実だ。世界中が感謝している。しかし、星のすべては自分たちが使い放題だ、劣等種がどうなろうと知ったことかという方向に進むのは、星の可能性を著しく損なうので、困る。単一作物栽培を使い捨ての国にさせるとか、人並みに生活していけないほどの低賃金労働で人の人生を使い潰すとかだ。
一人が笑い、一人が泣く世界ではなく、一人が優しく笑い、一人が感謝して笑い、それがあるときは逆にもなる世界が世界の多様性を育む。全員が自分の人生と能力において足るを知り、幸せになる世界だ。
そうでなければ、世界から進化を生む自由が失われる。偏った一つの思考で動く世界は硬直し、終わる。だから王が世界にいてはいけないのだ。
征服地を支配しやすくするために外国人を入れれば、自国にも同じことが起こる。自分の侵略の歴史を隠すために嘘をつけば、自国も嘘しか言えない社会になる。
お前たちは、『自分のしたことの責任を取って、元に戻さなければならない』。
強制移民による各国の混乱を元に戻すこと。つまり、過去の強制移民を元の国に戻すこと。そして、文化も軍事も各国民に任せること。
お前たちは戦争を抑止してなどいない。近代戦争はお前たちがからみ、利益の確保と武器供与のために落とし所もなく必要以上の破壊が行われている。お前たちの決定で戦争が起き、終わる。よって、お前たちは他国に口出ししてはならない。争いの元である。
お前たちが世界を『対等な存在』と認めることができなければ、世界中の復讐心はお前たちが滅びるまで解けないだろう。そしてお前たちは、神から、相手を心から改宗させる神の言葉をお前たちの誰も受け取れなかったという悲しみを受けるであろう。愛の言葉でなければ、人を動かしてはいけないのだ。
そして、被征服国の人々は、この征服者たちが罪を償ったら、もういつまでも恨んではいけない。互いに大変な思いをしたが、征服者たちはそのとき誠意をもって責任を取るからだ。償われた罪をいつまでも許さない者は、罰せられる。憎しみには憎しみを返していいが、誠意には誠意を返さなければならない」
一神教の人々は青くなって激昂した。
「なんと不埒な!! 畏れ多くも我らが神をつかまえて、悲しんでいるなどと……侮辱罪だ!!」
紫苑は冷酷な目を向けた。
「お前たちこそ不埒ではないか。お前たちは何回分裂したのだ。一柱の神しかいないと言っておきながら。これは立派な神への侮辱罪ではないか」
人々は口に息を詰まらせながら叫んだ。
「私たちが正しい! よその奴らと一緒にするな! あいつらは神を曲解して信仰していて、救い難い奴らなのだ!!」
紫苑は淡々と答えた。
「お前たち一神教が多神教の人間と戦うためには、まずお前たち複数の一神教内で殺しあい、どれか一つが勝ち残る義務がある。そうでなければ『一神教の正統性』を示すことができないからだ。一柱の神と言っておきながら、複数いることはお前たちにとって許されないのであろう。どれが本物の神なのだ? 全世界に示せ。だから、一神教はまず多神教とではなく、他全部の一神教と殺しあわねばならないのだ。それで初めて堂々と多神教と戦えるのだ。
現在、一神教は多くの一神教を内包するという意味で『多神教を認めている』。
そして、その表向きには受け入れがたいそれこそが、一神教のあるべき姿なのだ。
一神教を信じる人の胸の中には一柱だけがいて、多神教を信じる人の胸の中には多くの神がいることをお互いに認めあう、それが正しい世界なのだ。
でなければ、現在『一神教は存在しない』。『どこにも存在しない』。
一神教が存在するためには、相手を殺戮するしかない。
しかし、それは永久にかなわないだろう。数千年の間に差別、虐殺、流行病、戦争などと、何度も機会があったのに、それは起こらなかったのだから。
だから、一神教は、多神教を認めなければ存在することができないのだ」
一神教の人々はぶるぶると怒りにわななき、手に手に武器を取った。
「我々の神と我々の信仰を、破壊しようとする黒魔めえー!! 神敵を討て!! 神聖戦争だあー!!」
各宗教の指導者とその組織が、各宗教の教徒の軍隊を編制した。彼らは、各々の聖地で整列していた。
その聖地の中には、強引に占領された土地もあった。そこは、数千年前占領者の聖地だったらしい。その土地の周囲の国々と話をつけずに戦争をし、別の共同体の国々と勝手に話をつけて支援を受けて攻めてきたので、その土地は占領者のものになったが、未来永劫戦争から逃れられない土地となっている。
紫苑が見咎めた。
「数千年前の土地が自分たちの聖地だったからよこせというのは、無理な言い分である。お前がある日家でくつろいでいたら、銃を持った男たちが玄関を押し破り、『この家は数千年前オレの先祖のものだったから出て行け』と言ってくるようなものだ。応じる人がいるだろうか。
また、世界はこのような『神を持ち出せば何でも許される』という理論を許してはならない。
なぜなら、たいていの宗教は、『神がこの世界を創った』とされているからである。
信仰にあつい者ほど、神の覚えめでたくなりたいあまり、必ず暴走する。『聖地は手に入った。やはりこの神が他の神より優れていたのだ。なら、次にすることは何だ? 世界を征服して、この神を神がお創りになった世界中に信仰させることだ。この世界は神がお創りになったのだから当然だ。そして、我々が神の代わりに世界を征服するのは信者として当然だし、していいのだ』。必ずこうなる。
だから、すべての世界はこのような、神を戴いた無理な理屈を許してはならない。
必ず全世界の宗教戦争の元になる。
なぜなら、そのとき世界中のすべての宗教が黙っていないからだ。
どんなに貧しく、どんなに弱く、どんなに経済で締めあげられ、どんなに攻撃されても、自分の神のためなら人は最後の一人になるまで戦うことをやめないのだ。そのときは、もはや誰一人全世界の宗教戦争を止めることはできないであろう。
私はその全世界宗教戦争の最初の芽のお前たちに告げる。被征服民と共同で暮らすことだ。永久に毎日開戦に怯え、被征服民を世界に同情させ続けるつもりなのか。自分が数千年前聖地を追われて世界をさまよったからといって、他人にも同じことをさせたら、お前たちはもう被害者ではない。迫害者と同じになってしまう。
弱かった者が力を持たされたとき何をするのかをも、神はご覧になっている」
全世界宗教戦争と言われて、人々は躊躇した。しかし、その中で自らを「世界の王」と僭称する偽りの王の国が「世界の王」らしく一同の前に出た。
「全世界宗教戦争、おおいに結構! ようやく我々の神が、世界大戦で完全勝利する機会を得た!」
紫苑は答えた。
「本物の世界の王は、力で支配などしない。世界中の人々が全力で進化するのを応援し、助けるから、世界中の人々は自分たちから王に話を聞きに来るし、従うのだ。王が、自分たちのためを思って言ってくれているという信頼関係があるからだ。真の王とは、そういうものだ。
偽りの王のお前たちは星の命の搾取ばかりではないか。水資源だろうと生態系の資源だろうと、この使用量ではいずれこの土地からなくなるとわかっていながら、何の対策もせず使い続けている。
まさかとは思うが、『使い潰したら別の土地へ行ってまた使い潰そう』と考えているのか。
問題を解決しない者に新しい恵みはない。
お前たちは、『搾取』をやめ、『共生・再生・循環』を意識せよ。『この土地を失ったら自分はもうどこへも行く所がない』と思い、土地にしがみつかなければならない。すべてを大切にし、来年も再来年も大切に使えるようにしている国はこの星に既に存在しているぞ。
土地に愛着を持たない移動の精神を持つ民は、『ここが使えなくなったら別の土地にまた移ればいいや』と思っているから土地を守らず使い尽くしてしまうのだ。そんな吸い尽くす者を世界各国のどこが受け入れようか。奪い取れる大陸はもう二度とどこにも現れない。戦争して他国を侵略して奪うのか。他国の武装を邪魔するのはいつか略奪しようと考えているからか。そうして世界を吸い尽くし、滅ぼすつもりか。『誰が見ても世界の敵』になるつもりか。『世界を滅ぼす黒魔の申し子』ではないと言うのなら、自分たちが今いる土地を再生させろ。そうでなければ、偽りの王よ、お前たちは他国の土地を狙っていると諸外国からみなされ、世界を守るために全外国は連合軍となってお前たちの進軍を阻止し、お前たちの土地に封じこめる。吸い尽くした土地で生き残るためには、お前たちは共生・再生・循環を身につけるしかないのだ。それが世界で生きていくのに正しい道だからだ。
生まれ変わっても同じこの星で暮らすのだから、この星を大切にしなければならない。『死んだら終わり』と考える宗教だろうと、皆の財産である良い環境や資源を蕩尽したら、裁判で現実世界で罰せられなければならないし、子孫に残せないのだから死後神からお叱りを受けるであろう。神はこの世界を続けたいとお望みであり、この世界の人間だけでなく他のものもすべてお好きだからだ。
神の僕なら、人を殺すのではなく生かせ」
偽りの王の国の人々は憤った。
「いちいち我々の戦意を踏みにじる呪い師だ! 本当は我々と真正面から戦うのが恐いから、我々の神を騙って脅しているのだろう! ええい皆の者!! 惑わされるな!! 弱者の嘘で、勝てる戦いをみすみす逃すな!! 全軍、突撃ー!!」
全世界の国々に置かれた偽りの王の軍隊が、多神教と戦うために進軍を開始した。そのとき、紫苑が全世界に宣言した。
「すべての国よ! 偽りの王の国の軍基地を攻撃せよ! 偽りの王の国を倒すチャンスは全世界の国々の一斉蜂起しかない! この機を逃すな!!」
一国一国は弱く、偽りの王の国の国力の、足元にも及ばない。しかし、自国内の敵軍基地なら別だ。包囲し続けるだけでも物資の枯渇で倒すことができる。なぜなら、本国の供給が全世界中の基地の需要をカバーできるはずがないからだ。
自国の資源を奪われ続けて怨みと憎しみを募らせている国々をはじめ、全世界でそれをされたら、全基地が全滅する。
偽りの王の国は武器を振り回した。
「貴様らああっ!! それをやったら報復がわかっているなああっ!!」
紫苑が割りこんだ。
「ここまで言われてまだわからんか!! 私がさらに一言言えばお前の国は終わりだ!!」
「一言だと!? 言ってみろクソアマアアッ!!」
「終わりたいとき世界最終戦争を起こせっ!!」
「なっ!!」
偽りの王の国の人々は、僭越にも世界最終戦争などと騙る女に、何か言い知れぬものを感じた。紫苑は答えた。
「まず、一神教同士の戦いについて。さきほども少し述べたが、お前たちの現状は、互いに互いを殺さないので神の命令に背いている。全滅するまで殺しあうのが、『異民族・異教徒を殺せ』という神の命令である。しかし数千年かかっても互いに互いを全滅させることはできなかった。これは重大な神への反逆である。お前たちは永久に救われることがない。今すぐ互いは互いを殺しに向かうべきである。これがお前たちの現在の理論の終着点だ。
だが数千年経って、ある一神教は金の力で別の一神教の首をしめられるのに、そしてその別の一神教は武力で、ある一神教の首を切れるのに、それを『諸々の都合で』できなかった。『諸々』を与えたのは神でなくて、どなたであろうか。虐殺は繰り返されたけれども、結局絶滅させることはできなかった。それが『神の命令』であることを、誰が否定できるであろうか。否定する者は、今すぐ大虐殺の戦士に身を投じなければならない。『異教徒を滅ぼせ』を神の命令とするか、『異教徒を滅ぼすな』を神の命令とするか。前者なら、神はなぜ『正しい』一方の味方をしなかったのか。機会はいくらでもあったではないか、虐殺でも、疾病でも。『絶滅しなかった』という事実を受け止めなければならない。人間の欲望は果てしなく、奪えるだけ奪いたいと思うものだが、『神がそれをお赦しにならなかった』という歴史の真実を、時の流れを、ご意志を、人間は認めなければならない。
神は教典の中にだけ登場するのではない。現在も、お前たちを見守っている。『様々な苦難と試練と危機を経たうえでの現在の事実=神のご意志』を認識することは、信者の務めである。『現在、お前たちは教典の中身が進行していた当時の神のご意志をかなえていない罰せられるべき人間なのに、無事に暮らしているではないか』。『自分が今赦されている』のであれば、『それはなぜなのか』と考えるのが、神のご意志に沿う人生なのではなかろうか。私は、それは『共存せよ』ということだからだと考える」
「お前はなぜ不可能なことを言うのだ!!」
偽りの王の国が悲鳴を上げた。
「共存せよ!!」
「いやだ!!」
「では絶滅させよ!!」
人々は返答できなかった。
「真実の歴史の隠蔽を、自国にも行うつもりか? それは常に真実をあらわす神への裏切り行為であり、大罪であると、誰も教えなかったのか?」
人々は返答できなかった。
「神を信じておきながら、神のご意志は自分の都合よく解釈するのか?」
人々は返答できなかった。
「人間に出せない答えが、神の司る時の流れの中にあると思わないのか?」
人々は考えて返答できなかった。
紫苑は答えた。
「絶滅させることをためらうのなら、改心させる言葉をかけて全員自分の神の信者にするか? そのときは、お前たちも自分の神は本当にすごいと安心するだろう。それは確かに正しい。だが、完全に改宗させることは難しいのだ。なぜなら異教の神も正しいからだ。
だから、もし完全改宗を望んだ場合、結局それは戦争の引き金になる。
たとえ世界中が一つの神の信者になっても、世界中の人々は己の神々への信仰を完全に捨てられるわけではない。だから、人々の祈りに関係なく起きる天災はどうしても止まらないから、必ず人間に不和が生じる。『お前の神を信じているのに、オレたちを救えない』と口々に罵り、お前たちは『お前の信仰が足りない』と言い返し、さらに『お前たちがいるとオレたちまで巻き添えになる』と言って、全滅させようとして結局分裂し、戦争に至る。それは、結局力による支配につながるのだ。
人の心を変えられない理論は、神の理論ではない。神なら、命を楯に取らず、必ず言葉で人の心を根底から変えるはずだ。だから、この力による支配は、神の命令ではない。神は完全改宗を望まない。
どのような状況になっても、神はこの世に現れないだろう。しかし、それが正解なのだ。世界が単一の思考になることは、死を意味するからだ。だからお前たちは相手を完全に自分の神の信者にする道を閉ざされているのだ。
例えば、単一、つまり一人の人間が世界を統治できるか? できないだろう。様々な人間の行動、様々な気候、自然の状況といったもの。知らないことが、多すぎる。一人の人間が世界を統治できないということである。
また、神が現れれば、世界は確定してしまう。
神の言う通りの世界、それは単一な世界、そして死に向かう世界だ。そのとき、世界に同じ人間は百億人もいらない。男と女一人ずつになるまで減り、神はその代わり新たな種も含めて、他の生物を増やし、世界の多様性をはかるだろう。人間同士が異なる思考で進化しあえないなら、人間に匹敵する存在を出現させるか、人間と他の生物を遭遇させて新たな進化の道を探るかだ。
人間は神を信じていると言う割には、神に失望されることに何の畏れも抱いていない。
神はどうして我々を救ってくれるのだろう?
何をお望みなのだろう?
その問いの答えが、果たしてその神で世界を覆うことなのだろうか。神の言葉ではなく、人間の力によって。人間を勝たせるのが神の力だとお前たちは言うかもしれない。
しかし、ではその神で覆われた先に何があるのか?
仮に、遂にお前たちが全世界宗教戦争つまり世界最終戦争に勝ったとする。完全にお前たちの神が世界を覆い、その他のすべての神々の名、神殿、教典、祭祀が消し去られ、全世界中の人々にお前たちの神しか残らなかったとする。
被征服民は憎しみと共に祈る。お前たちはしばらくの間、それを眺めて満足しているだろう。やった、遂に我々の神が勝った、我々の神は世界の主、その僕の我々もまた世界の王であり、救いにあずかる選民だと。
しかし、その後何も起きないのだ。
神からの褒美の何かがあるわけでもなく、世界は変わらない日常を刻んでいく。
お前たちは、『神に何らかの形で逢えるに違いない』と思っていたのに、神がいつまでも現れないので、焦りだす。そして、神への不満を被征服民に向けるようになる。『お前たちの祈りが足りないから神が現れないのだ』と言って『元異教徒』を皆殺しにしていく。それでも神が現れないから、今度はお前たちの中で『オレの祈り方が正しい』と言いあい、『異端』を殺し尽くす。
宗教の戒律に従っていれば、『表面的』には正しいだろう。だが、神に対する熱望は一人ひとり違う。『オレが正しい、お前は足りない』という余地が同じ一派の中でさえ全員に生まれる。お前は自分が異端でないと胸を張って言えるのか。生まれてから一つも罪をなさず、毎日人を助け、一時も神の名を心から追い出したことがないと。だが、お前が正統で周りが異端だと思っているのは、実は仲間もお前のことをそう思っているのだ。
一つの宗教の神で世界が覆われたとき、もはやこの異端の疑いは、誰も止めることができないであろう。『神が現れる』まで続くであろう。そして最後の一人になったとき、それでも神が現れないから、その者は絶望して自殺するであろう。だから全世界宗教戦争は世界の最後の戦争なのだ。
絶滅してから神に逢えたとしても、それは遅すぎる。『異端』とは何か。『正統』とは何か。自分の神への心を他人に決められているということ、同じ神を信じているのに世界のあちこちで社会の階層・待遇が違うこと。この事実に対してなぜなのか、一人ひとりが考えなければならない。
宗教とは、おそらく世界の秘密が少しずつ混ざった思考である。それを、普通の人より神の何かを知っている人間が、人々にわかりやすいように明らかにしたものである。人が自分を救ってくれる神を信じるのは当然である。だが、その解釈を、他人ではなく自分で考えて認識するべきである。世界は日々進化しているから、宗教も内容を少しずつ変えていかなければ、たとえ真理を持っていても、人々に捨てられてしまうだろう。しかしそのために『異端』と『正統』が生まれる。宗教とは必ず分裂する運命なのだ。
だが、神はこの複雑に育った世界を愛しているから、『異端』も『正統』も愛するだろう。そんなものは人間の作った区切りだからだ。
神が愛している限り、神はこの世界には姿を現さないだろう。この星を愛しているから、人間が滅びても現さないだろう。世界の中で人間は特別ではないからだ。世界は人間の知らない真理で動いている。
神を信じるとは、祈り、人を助け、そして別の神の信者を殺すことなのか。
私は、原初以来人が最も神を『畏れた』のは、作物が実ったときや、獲物が手に入ったときといった、『自分だけの力ではどうしようもないことが成功したとき』だと考える。
『人間が自分からタネをまいたこと』は、自分で考えて解決しなければならないのだ。そのヒント、『自分だけの力ではどうしようもないこと』、をもらえるよう祈るのが、神を信じるということだ。人間だけでなく世界中の命を助け、そして別の神の信者が生きることを祈ることだ。それが神の望みなのだ」
全世界宗教戦争の結末を聞かされて、人々はあまりのことに武器を落とし、自分の家に帰っていった。絶対的な絶滅の引き金を引くことは、到底できなかった。
紫苑と邪闇綺羅はうなずきあった。
「これで宗教との接し方を伝えられました」
「すべての神々が存在し、共存するべきなのだとわかってもらえただろう。世界と人間のためにも」
二人は、世界中の人々の心に火の点る余白が生じたのを見た。




