鋼鉄(メタル)将校(オフィサー)第五章「扉を開く者」
登場人物
赤ノ宮九字紫苑。双子のもう一つの星を救って、神々のいる星に戻って来た。
出雲。霄瀾。空竜。閼嵐。麻沚芭。氷雨。かつての仲間が、かつての記憶がないまま、そろっている。
藜露雩=邪闇綺羅(人間の発音で「じゃきら」、神の発音で「じゃぎら」)。鋼鉄将校。紫苑と愛しあう神。
バジ=イラデア。この星が経験した疑いと憎しみによってできた黒魔の集合体。
第五章 扉を開く者
紫苑は一人で暗黒の宙に立っていた。
これから、戦いが始まる。
陰気の人間が現れた。
『神の鳥かごの中にいるのはいやだ、自由に生きたい。神の支配から脱し人間に自由を!』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「ふざけるな! 神がいるから徳のある人が報われる世界になるのだ、神の支配から外れたら悪徳が栄え、悪人が王になり、魔性の国になるのがわからんのか! 『人は正しく生きられる』など、人間どもの驕りと、新しい人生の最初の、たった一度きりの宣言に過ぎん!
人類が神に気づき宗教を興してから数千年、一度でもそれができた国があったか? 一人の犯罪者も出さなかった宗教があるか? 神が罰するとわかっていても悪事に走るのに、神などいらないだあ? 数千年も学習しない奴が、どの面下げてバカ丸出しで言ってやがるんだあ!?
私は人間を信用しない。神から逃れた自由が欲しいなら、一人も犯罪をしない国を作ってみせろ! あらゆる人間が善人になったら、信用してやろう。だができまい。お前たちは他人を攻撃して勝つばかりで、自分を成長させることを考えてこなかった。結婚して、育てて、老いて、死ぬ。なぜそれしかできないのだ! 新しい思考、新しい感情を、なぜ考えこまない!
だから数千年経っても進化しないのだ! 神を『殺せ』ばすべて解決すると思うのか?
違う。心を解決しなければ、人間は悪が勝利の法となり、魔の者となる。
小説や漫画は神々の支配から逃れることを美化する。だがお前たちは知らない。神がいなければ我々は魔の者となり、『他の文明の者』に正義の名のもとに滅ぼされることを。それはまだ人が自らの過ちに気づくからいい。
それよりもっと恐ろしいのは、何も知らされず消されることだ。
おい人間ども、人は神に支配されるままだと思うのか? 神は人間が進化することを望んでる。神も進化したいからだ。共に成長したいと言っているのに、正直者を守ってくれるのに、自分一人で生きればお前は人でなくなるのに、どうして神に逆らうのか? 共にいることを拒むなら、神は人間を滅ぼすしかないであろうが。この世界はいつから人間のものになったのだ? 最初から神のものではないか。自由とは何だ? 心の弱い者にとっては猛毒なのに。魔の者になりたいのか? それとも実は悪魔崇拝者なのか?
人間が滅びないように負荷をかけ、新しい進化の可能性を共に探る、それが神だ。自由が欲しい奴は、この世界の敗者だ、自分が成功できないのは、自由が抑制されているためだと考えるからだ。その、自由を抑制する神を憎むのは、当然、負けた人間の言い訳だ。なぜなら神が世界を守っているから、新しいものに人間が滅びることがないからだ。自由な世界など存在していたら、人間はとっくの昔に新しい疾病・犯罪・悪徳によって、赤子の手をひねるように滅んでいただろう。
己の存在ばかり主張するのはやめるのだ。それを言う資格があるほど、お前たちはこの世界を善くしたのか。実績もないくせに愛? 平等? 権利? 笑わせるな。
神は自ら努力する正しい者を、決して見捨てたりはしない。ひたむきさとか、信頼とか、そういうものを否定すれば、星が死ぬ。星は神によって人間の心を表すようにできているからだ。心が荒めば、星の大地も荒むのだ。
星の荒廃をここまでにしておいて、よくも神にあたかも対等の立場であるかのように物が言えたものだ。私は怒っている。何度も付け焼き刃の愛の誓いで『変われる』と言い、神を裏切った人間たちのことを!」
陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第二の陰気の人間が現れた。
『老いた人間を介護するなんて無駄』
『大人になるまで生きられない子供を育てるなんて、時間の無駄』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「人間はどんな運命と共にあっても、生きている価値がある! 何歳になっても、学び続けるからだ! お前一人の物差しで、人間をわかった風な口をきくな、愚か者が!!
死が近い人においしい手料理をごちそうするのも、旅行をするのも、散歩するのも、みんな意味がある! その人はそれだけ多くのことを知って、たくさんの想いを学んで、次生まれ変わるとき、もっと大人になって生まれてこれる! 人は、受験に出る単語を勉強するために生まれてくるのではない! 様々な心の想いを知るために生まれてくるのだ! 人間が本当に完成されるのは、辞典を全部暗記したときではない! どんな人間も生まれた意味があるという、本当の愛を知ったときだけだ! 人は何歳でも学べる、頭がもうろくしていても、三年しか生きられなくても、最期の瞬間まで、様々な心を学べるのだ! 次生まれ変わったとき、その愛の分、広く大きな心になっているのだから、無駄などではない! 人がなんのために生まれてくるのか、よく考えろ!! 人は辞典がなくても生きていけるが、愛がなければ生きてはいけない!!」
第二の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第三の陰気の人間が現れた。
『新しい神も古い神も認めない。私の神こそが最強で唯一の存在なのだ』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「人は神を信じているのではない、神に投影された自分自身のすべてを信じているのだ。己の中の最も尊い部分を信じているのだ。だから己の神を否定されれば、自分を否定されたのと同じだから、頭に血が上り、殺意さえ起きる。では宗教とは狂から逃れられないのだろうか。そんなことはない。
あえて断言する。
神は悪くない。
世界中のどの神々も、確かにいるし、悪魔でもなければ、邪神でもない。神々は純粋で無実だ。
ではなぜ争いが起きるのか?
それは人間が悪いからだ。
人々は忘れている。
完全無欠の神を、どうして不完全な人間がすべて語り尽くせると錯覚したのか?
見るがいい、この世にはこんなにも神々があふれている。互いに力も思想も補いあっている。すべての情報が一度に流れこんだら、人間の脳は破壊されるからだ。
さらに、人々は忘れようとしている。
古来より神を視た者たちは清浄そのものだったが、あとを継いだ宗教権力者たちは、私利私欲・権勢のために清浄者の視た真実を恣意にねじ曲げ、その名を高めることにしか使わなかったことを。
忘れていいのか?
神を歪めたのは後世の我々だ。
悪いのは人間の欲望なのだ。己の欲を滅ぼし尽くせない清浄でない人間が、神の名をかたるなど、ここはピエロを見せる劇場か? 人々はピエロに操られて自らも武器を持たされたピエロになるのか? これだけ神々がいるのに、人間は現在も宗教戦争ばかりだ。人間が誕生してから精神年齢は全然進化していない!
世界のあらゆる場所に答えがあった。
不完全な人間の脳が理解できるよう何度も繰り返してくれていたのに、なぜ気づかない!
進化しない世界は、何も生まない。ただ生命が一つずつ死んでいくだけだ。
宗教において、清浄でない権力者を信じるな。
ただ己の尊い部分と己の神を信じろ。
そして己の頭脳で神のすべてを知ることができるなどと思い上がるな。
そのために神は各地に分散した。人々が互いを知るたび少しずつ理解できるように! その相手を、神の答えを殺そうとは、何事か!」
第三の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第四の陰気の人間が現れた。
『私は神に祈る。幸せにしてほしい、悪いことから救って』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「『悪いところを治して』とか、『止めて』とか言うのはだめだ。ある部分を封印されたら別の部分が活性化して、封じられた能力の代わりに新しい才能として目醒めるようにできている。
人は進化するために生きている。みんな同じ健康体で幸せに暮らしたら、楽園と同じで、人類は何の発展もなく存在理由を失う。一人ひとり違う負荷をかけられて、人がどう生きるか、何の能力を開花させるか、神は知りたいのだ。そしてある程度世界を導きたいのだ。
だから、どんな不幸にも、どんな病気にも負けるな。治るだけが道ではない。自分の一部を封印されても、他人ではなく自分に起こった意味を考えて、他人にできない何か・つまり才能を発見するのだ。
幸せとは何だ? 人と同じに生きることか?
全員が同じ人生を歩むなら、人間はこの世に一人だけいればいい。他は無駄だから。
一人ひとり違うから、これだけの人間が生きている意味があるのだ。自分が生きることには意味があるし、自分を心から愛してると思えたとき、自分は不幸だと思わなくなり、新しく目醒めた能力に気づけるだろう。今ある価値観と出来事で、自分の可能性を狭めるな。何かを失ったら、同じだけ新しいものを見つけ出せ。それが幸せに生きるということだ。自分の幸せの定義は自分で決めろ」
第四の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第五の陰気の人間が現れた。
『この神のための戦争で死んだら、神の御許に行ける。安心して戦おう』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「なぜお前は、死んだあとはこうなる『はずだ』と思えるのか? 『誰がそれを言ったのか』? 神からお前に直接言われたわけではないだろう? 『それを言った教祖』はお前が死ぬことで生き延びるわけだ。お前は一度『教祖』に、『あなたが神のために死ねたらあなたを信じます。あなたの教えは私が継ぎます』と言うべきだ。絶対理由をつけて死なないはずだ。そもそも、死んで神の御許に行けるなら、今すぐ全員自殺すればいいではないか。
だがな。真の神はそれを望むはずがないのだ。
自分を信じてくれる人が好きだからだ。
神はこの世で、苦しくて誘惑が多いけれど、いつでも神を選ぶという選択をし続ける人が好きなのだ。
神は神を信じる者がたくさんいてほしいと望むのに、未来に信者になる可能性のある者たちを殺す者を、赦すだろうか?
神は、『神の敵』を葬って、意気揚々とあの世にやって来たお前に、何と言うだろうか?
『私の偉大さを他人に説明できず、未来の同胞を殺した者よ』
人を殺すとは、可能性を殺すということだ。
それがどれだけ神の創った世界を殺すか、お前は考えなければならない」
第五の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
神の声が光る。
『赤ノ宮九字紫苑。人の世は移ろう。この時代での悪が、別の時代では善になりうる。善と悪に二分し尽くせないのが世の中というものだ。悪を滅するなら、お前は別の時代で、悪のそしりを受けるであろう。善と悪を二つに分け、断罪してはならぬ』
紫苑は礼をした。
「私をお守りくださろうというそのお気持ち、ありがたく存じます。しかし、そう言ってすべての人が何も言わない世は、果たして正しい世なのでしょうか。その時代で正しいとされていることを正義だと叫び、悪とされていることを悪だと言って裁けなければ、どこに正義がありますか。私は後世の名誉などいりません。今生きている人にとって正しいと思うことを貫くだけです。後の時代から、この女は誤った者だったと言われることがなんですか。それより、私は今生きているのです。今の人々を救う言葉を、私は言い続けます。自分が傷つけられてまで、我慢して悪人を守るのはおかしい。正しいことを正しいと言えず、『弱者』に逃げる者を罰せられないのはおかしい。正しいことを正しいと言わない世界こそ、神に『このような命は要らない』と思われ、滅ぼされるでしょう。未来の問題は未来の人間が考えればいい。でも、今私はこの時代に生きているのだから、神に滅ぼされないために、たった一人でも、正しいことを言います。
世界中の人間から憎まれることを恐れて、何が為せますか。正しいことを正しいと言えること、偽りで貶められ、虐げられても正しいことを毅然と主張し、悪を倒すこと。これがなければ、世界から神の愛した『人間』は消えてしまいます。金さえ与えればなんでも言うことを聞く者、命を脅して領土を削り取る道理のない者、そんな金と暴力ののさばる世界に、何のまわっていく価値があろうか。正しいことを正しいと言っても正すことができない社会、正しい人が何を言っても悪がまかり通り変えられない社会。奪われる主権、少数派の思想操作、権力者による殺人。
そんな希望のない社会で、誰が生きていきたいと思うのか。社会から無力感を与えられたら、その社会で暮らす人々は心か体を自殺させるしかないではないか。
『どうせ私は何も変えられない。一人も産みたくない。どうせ少ない奴らが大多数の人間を弾圧しているのだから』と。
正しいことを正しいと言えば必ず狙われる。必ず少ない奴らに社会的に抹殺される。正しいことが押さえつけられ、悪がはびこる国。正しい者が虐げられている国。世界がその問題を解決しないなら、神は人間の魂を救わないまま緩慢な死を与えて、滅ぼすだろう。正しい者が立ち上がるなら、滅びを止めてしばらく眺めているだろう。しかし、長くは待たない。神は何もしない者を赦さない。
だから私はこれからもこの世の問題に答えを出します。神は祈るだけの者に何の力も与えません。何か行動を起こす者に力をくださいます。私は問題を解決し続けることで神に祈った願いをかなえます!」
『ああ、運命の子だ! 続けなさい!』
神は紫苑の決意に一言息を漏らすと、紫苑に光を浴びせて去った。
いつのまにか、紫苑のいる暗黒の宙に紫色の桜を咲かせた桜の木が林立していた。
第六の陰気の人間が現れた。
『人口が減っている。国土が守れない』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「社会にとって一番大切なのは、経済の豊かさではない。安全な社会である。人がいないのなら機械の軍隊を揃えるだけだ。外国人を入れても本国人は増えない。社会に希望が持てて、生きていきたいという国にしなければ、外国人同士の子供が増えていくだけだ。本国人が産まなくなった理由を解決しないで数合わせだけしたからだ。
まず、国家に居並ぶ問題を一つずつ解決していくこと。問題があるまま何をしても、空転し、失敗する。そのためには多大な政治的軍事的外交的努力が必要で、それは一流の大学を出ればできるというものではない。命を落としてもこの国を守るという志のある者たちにしかそれはできない。命をなげうつ覚悟があると言える人しか、本来人の上に立ってはいけないのだ」
第六の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第七の陰気の人間が現れた。
『どうして私の神は全世界を支配できないのだろう』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「世界は一つの神によって覆われるなどという幻想を、人間は捨てなければならない。考えの違う民族同士に、共通の救いなどない。民族ごとに、神と正義とルールは違うし、必要な教えと考えは違うからだ。同じ理由で、この世界に王となる国・人が現れ、全世界を支配することは永久にない。
自分に必要な神は一人ひとり違う。だから他人の神を信じることはできない。だから、一つの神が世界を覆うことはない。他人を理解するとは、他人の考えを認めて知り、受け入れることであり、他人を自分と同じに強制することではない。他人を奴隷や囚人のように強制してはならない。暴力で信仰を広めた場合、『その神には人を救い、改宗させる言葉がなかった』ことがそれだけ広まってしまう。よって、暴力者は神を冒瀆しているのだ。『神の言葉が聞こえなかったからである』。勝手に解釈して、殺すことは誰でもできる、だが、人の心を変える言葉を紡ぐことは、誰にでもできることではないのだ。神とは全能である。人の心を変え、救う言葉を、必ず持っている。それに耳を貸さないのは人間の側の罪である」
第七の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第八の陰気の人間が現れた。
『この神しか信じるな。他の神を信じたら罰する』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「信仰を強制してはならない。神は、あくまで信じる信じないが自由な中で、信じた者に福を与える。『自分を信じない者を罰し』たら、この世の全員がいずれかの神の罰を必ず受けることになる。一つの宗教の民が、他の宗教の民をすべて滅ぼしたとしても、残された他の宗教の神々の罰を受けることになる。『己の神以外は皆悪魔だから恐れない』と、残った人々は言うだろう。だが、さて現在周りの『悪魔に支配された人々』が、ちゃんと数千年も生きているのはどう説明するのか。悪魔なら、すぐ当時の人々の魂なりなんなりを奪って、彼らを子孫も残さず滅ぼしてしまうはずだ。また、『勝ち残った人々』より良い物を作っていることは、どう説明するのか。
他の民族にもれっきとした尊い神がいる証ではないか。
他の神の信仰を許さないのは、人間が人間を支配するための『創作』である。一つの信仰でまとまらなければ、戦争のとき、まとまらないからだ。また、国の始まりと民族の始まりに必要だったのだ。
だから、今と別の神を信じるようになっても、罰せられることはない。誰もが自由だ」
第八の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
第九の陰気の人間が現れた。
『自分はどうして過去の人間と同じことしかできないのだろう。このまま時の止まった国で生きていて楽しいのだろうか』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「世界を救った地のあるこの国に、黒魔に導かれた悪人の作った一冊の教科書が生まれた。手下たちはそれを丸暗記すると、政・経・官・学・法界といった、ありとあらゆる成功者の集う地に散らばった。なぜなら、この国の優秀な頭脳を持つ人間が集まる場所だったからだ。手下はこの国の天才たちに一冊の教科書の内容を刷り込んだ。時には脅し、時には恋させ、時にはおだて、時には褒めながら、せっかくの国家の逸材である天才たちを、未来の断たれた袋小路の思想で洗脳してしまった。袋小路の思想だから、新しいことを何も生み出すことができない。天才たちは過去を繰り返し、過去ばかり思い出し、天才とは本当なら新しいことをして国家を守り発展させてゆくものであるのに、過去だけを記憶すれば食べていける、本物の暗記マシーンと堕してしまった。
これはこの国にとって大いなる損失であった。
この国を守るべき人間が、洗脳されてただの歩く暗記マシーンになって、しかも本人は満足して暮らしていたのだ。
一冊の悪人の教科書の複製になることが、この国の天才の運命なのだ。
新しいことに自分の才能を全力で使うという選択肢がない。せっかくの才能が、悪人の手で頭の上から押さえつけられている。偽りの宗教に入信して人生を持っていかれたのと同じだ。
自分を制限するものとは、断固として戦わなければならない。自由を禁止するものは疑え。人権、表現、改正……『突然議論禁止』するものは疑え。『自由に討論・議論して意見がまとまり、全員が自分の意見を持ちかつ判定するのが正常であり、議論なしで決めようとすることは異常だと知ること』。
自分の人生を『誰でも代えがきく複製』にするか、『誰にもできなかったことをした真の天才』にするかは、自分が目醒めるかどうかによって決まる。目醒める方法は、『与えられたものを必ず疑い、自分で調べ、かつ考えて自分で決める』ことだ。天才だけでなく国民一人ひとりもこれをするとき、全員で非常な悪の悪人の教科書を倒す解答が出せる。一人が戦っても、教科書の複製が次々に現れて攻撃してくる。全員で戦わなければ、自分を守ることはできない。
自分と戦え! 悪を倒す自分だけの論理を、自分の中に持て! それが自分を救うことだ! 自分の人生を、他人に任せるな! 見よ、こうまでこの国は侵略され続けているではないか! この争いを好まぬ優しい善良なる国が、このまま消滅するのは世界が消滅することと同じである! 自分を守るときも、本気で怒り、戦っていいのだ! 心を傷つけることはないのだ! 世界が悪に支配されたとき再び世界を救えるのはお前たちしかいない! 誇りを持って戦え! 自分を弁護し、相手を攻撃することは、悪ではない! いつかまた世界を守れるように、自分を守るときにも立ち上がれ! お前たちがいなくなったら、誰が世界を守るのだ!! この世の悪に目を向けろ! どこに平和がある! 虐げられた人々のために戦わねばならないと、思わないのか! 黒魔の教えと真逆のことが正解だ、次々にこの国の問題を解け!
そして私は黒魔と悪人にも言う。すべての神が見ている中で、お前の神が偽りで人の世を乱すお前を救えると思うのか。自分の救いに関わると知りながら、そのうえでお前は悪事ができるのか!」
第九の陰気の人間は、言葉を作りに行くために、光になって消え失せた。
第十の陰気の人間が現れた。
『宗教組織が寄付金を払えと言ってくる。額が多すぎてとても困っている。家も土地も売るしかない』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「払える分だけでよい。例えば百万円の寄付をした場合、神の力に値段をつけたことになる。神の力を金で買ったことになる。これは重大な神への冒瀆である。信者に罪を与えるつもりなのか。また、信者も百万円で望みがかなったあと、神への感謝を忘れてしまう。次に困ったらまた百万円を払えばいいと勘違いするからだ。
だが、助けてもらった恩を忘れて、困ったときだけ金を投げて助けろと迫る者を、神がお赦しになるだろうか。百万円を払えない貧乏人はどうなるのか。宗教によっては、その人にできる範囲で身を削って稼いだ金銭を、自分を犠牲とすることの身代わりに捧げて、神の力をお借りするのだと説明するところもあるだろう。
『その人にできる範囲が百万円』なのだ。
一億円持つ人と、一円にも事欠く人のいるこの世界で、果たして神は人間から平等にお金が欲しいと言うだろうか? 人間が誰しも持っていて、人間にとって一番大切なものは、お金ではない。
神から平等に与えられたもの、それは時間だ。
人間にとって一番の財産は、生きている時間なのだ。
百万円払ったあとは神のことを忘れている人、百万円も払ったと言って心のどこかで悔やんでいる人より、一日十秒でも、毎日願いがかなったことにお礼を言う人を、神は栄えさせる。神への感謝を忘れる者は、一億円積んでも不運から逃れられない。『我々の神にお金を払えば幸せになれますよ』というのは、『一億円払えば必ず幸せになれますよ』と言っているということだ。『望みがかなわないのは信心が足りないからですよ』というのは嘘だ。では一億円分の人間の『誠意』を、神はどうしているのか? ほったらかしか? 一億円も身代わりに差し出したのに? 家屋敷も売ったのに? 繰り返す。神の力は金で買えない。金銭は、聖職者を養う分だけで十分である。
一円も持たない子供でも人間なら平等に与えられているもの、『時間』で、神に感謝し続けること。そして祈りに没頭せず社会に出て世界の何かを作るために生きていくこと。何かをする中で、神はその者に合った、不幸からの脱出のヒントや力や幸運に、気づかせてくれる。
人の数だけ幸福はある。
足るを知り、見果てぬ夢を求めるな。『こうなりたい』という『幸福』は、すべてメディアが作り上げた『一部の例』だ。全員が全員、その通りになって幸せにはなれない。陽の当たらない場所なら、自分が新しい発想で革命を起こして人の注目を集めろ。価値を作るのは、自分自身だ。
だが、一つだけ言っておく。お金を稼ぐのは大変なことだ。その中で子供を育てたという人、寿命まで生き抜いた人というのは、それだけで拍手を送られる人である。生きるだけでも、大変な苦労だ。今生きている人々は、その大変な中生まれて育ってもいるのだから、それだけで全員尊敬されるべき人たちだ。全員に神様がついている。
お金の額にこだわるな。精一杯生きようとし、毎日生きていることに感謝する心が大切だ」
第十の陰気の人間は、ほっと一息つき、光になって消え失せた。
第十一の陰気の人間が現れた。
『私たちは教祖様についているのに、地獄に置かれています。どうしてなのですか』
紫苑が見ると、偽りの神を擁立する新興宗教の青い死に顔の教祖を山の頂点として、信者たちが白い骨色の貝になってうず高く積み重なり、長細い山のようになって、全員で連なっていた。目に何の光もない、命を持たないただの人形の神像と共に、地獄の炎に焼かれていた。
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「何の救いももたらさない偽りの神など、信じるな! 人生を棒に振りたいのか!」
しかし、貝の信者たちは炎に焼かれながら泣き叫んだ。
『救われないだと!? 嘘だ!! ここには温かい人たちがいる!! 私たちはやっと優しい世界に出会えたんだ!! 私たちの幸せを、壊すな!!』
『お前たちは、障害者のいる私たち家族を白眼視して、まともに話してくれなかったじゃないか!! 同じ苦しみを分かちあう仲間とだけ話しているのは苦しい、他の人にも理解してほしい、優しくしてほしい!!』
紫苑は答えた。
「教祖はお前たち個人ではなく、信者数の勘定と金が目当てなのだと気づかないのか!! 見ろ、お前たちは地獄にいるではないかっ!! 目を覚ませ!!」
信者たちは、生前の信者同士の輪が忘れられず、離れられない。
『私たちが教祖様の手足になれば、教祖様は、私たちと同じ苦しみにあっている全国にいる人たちを、救える!!』
紫苑は答えた。
「これから話すことを、よく聞くように。偽りの宗教の教祖には、教科書の聖人と同じ言葉しかなく、ただ聖人を自分にすり替えただけである。聖人の教えを盗んで言っていれば金が手に入るのだから、知能犯にとってこんな楽な商売はない。新しい宗教で、一から自分の言葉を出した者がいたか? みんな『○○教から分派して新しく創った一派』ではないか。先人の名を借りているだけだ。そして必ず宗教闘争を同じ宗教同士の内部で起こす。信者の獲得はお布施の獲得と同じだからだ。現代においてお金はいらないからこの神を信じなさいと言えた宗教があっただろうか。
結局、信者は自分の居場所が欲しいだけなのだ。『この子のために仲間を作っておかなければ』とか、『本音で話せる人がほしい』とか、『この普通の会話の輪にずっといたい』とか、人とのつながりを求めて宗教に入っているのだ。しかしあえて言う。
偽りの宗教と神を信じる者は、永遠に前へ進めず、救われない。神を信じていないのと同じだからだ。
少なくとも、最近できた宗教で、既存の宗教から分裂したものはよく教義を調べ直した方がいい。分裂しない元の宗教に入れば事足りるからだ。また、救いの言葉が既存の聖人と同じで、寄付ばかり要求するときは、『宗教を隠れ蓑にした』何らかの『企業・組織』の可能性がある。だまされないために、その宗教だけでなく、過去の聖人の言葉も、信者は知識として覚えること。過去の聖人の言葉に感激したら、その宗教のその言葉を重視している宗派に入ればいい。
自分の安らげる共同体が欲しいというのは、一番の問題だが、まずは行政に働きかけて、福祉政策でそういう人たちばかりでなく誰でも気軽に入れるカフェなどを皆で運営し、何かの教室などをいろいろ企画すればいい。
宗教組織に金を払うのが『信心』だと言われて僭越にも『神』に『投資』し『神』の恩寵を『買う』よりも、働いてお金を稼ぎ、人々と新しくつながっていく方がはるかに建設的だ。偽りの宗教の共同体が親身になって話を聞いてくれるというのは、お金を払ってこの宗教施設に来ているからであって、それはカフェでお金を払うのと何が違うのか。金の額だけだ。
それと、もう一つ。障害児・障害者には強い神様がついていて、障害者に優しくすると幸せをこちらにも分けてくれる。だから障害者をいじめたり、差別したりする人は、神様が特に罰を当てる。親は自分の死後の我が子のことを想って宗教を信じるのだから、宗教施設は身寄りのない信者の障害者を引き取り、共同で暮らすべきである。巨額の寄付金やお布施は、そのためのものである。
しかし、現状では一部の慈悲深い人がそういう施設を運営しているだけで、世間の目は何も変わっていない。
宗教は、弱者を囲って守るのではなく、世間の意見と弱者の意見をつなげる役割を果たさなければならない。
宗教とは、信者数の確保ではなく、全員を救うためにある。
今『世間』にいる人たちも、精神的ショックや子孫で突然当事者になりうるのだ。障害者を救うことは、罰が当たらないで幸せになるという意味でも、二重の意味で世間を救うことなのだ。誰にでもその人の行いを見守っている神様の目はついているけれども、障害者は特に強い、だから最初は畏れながら、でも次第に心から優しくしよう、そしてそれを全員にも、ということを広めるべきである。
宗教は人を癒して守るだけでなく、そして神と個人だけをつなげるのでもなく、すべての人同士をもつなげるべきである。
ところで、偽りの宗教を信じる者の中には、『神』にすべてを決めてほしい、自分のことを決めるのが不安で仕方ない、支配してほしいという人がいるはずだ。そういう人は、他人はいつも自分にとっての正解は出せない、自分を救う言葉を出せるのは自分だけ、他人の言葉はただの気休め、むしろ混乱のもとであると気づくしかない。他人の言葉をそっくり聞いてはいけない。必ず自分に合った方法に組み立て直すこと。他人の言うなりに行動すると必ず失敗する。自分の頭で考えて、必要なものだけ抜き出して自分の言葉をくっつけること。それは、人生経験を積むほどうまくなる。成功だけでなく失敗もするからだ。失敗こそ最大の自分の人生の教科書になる。自分のことがよくわかるからだ。自分にとっての正解の選択肢を絞りこめる。失敗することを恐れるな。自分の成功を導く毎日の選択をすることを面倒がるな」
地獄にいる白い骨色の貝の人々は、それを聞いて他の魂と出会うため、そして選択の決断力を磨くために、『教祖』から徐々にはがれていく。『教祖』は何も救わない自分の作った神像と共にただ一人残され焼かれている。
第十一の陰気の人間は、口を閉じ、光になって消え失せた。
第十二の陰気の人間が現れた。
『人から尊敬されたかった。自分以下の人間が幸せになるのが許せなかった。一人もそばにいてくれなかった。どうせなら世界のために、世界に注目されながら、派手に敵の道連れと共に自殺してやろうと思った。私は銃を乱射し続ける。殺す人数を増やして自分が生きていた証を増やし続けたい。死ぬときまで。私は生きている。誰か私に気づいて。神様、私はあなたの役に立って死ねますね? 私にはもう、あなたしかいない』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「何の取り柄もない弱い者は、神を信じれば神と一体化し、神の力を手に入れたという錯覚に陥ることができる。自分の弱い人生を変革し、強者へと高めることができる。敗者の人生から一発で逆転できる。だから神と一体化した自分に逆らうものは皆殺しにする発想が生まれる。この短絡的な思想は人間が存在する限り時代の陰に陽に残るであろう。その神を認識するまでは、自分より弱い者をいじめ倒し、自分の正当性の確保をはかる。自分が生きていていい理由を確認し続けられるからだ。お前は弱い。だから力を欲する。人から認められることを欲する。自分自身のありのままを観察・分析することなしに、自分も自分に対して、人から注目される人物像を望んでいる。だから、すべてがかなわなかったとき、お前は社会に復讐する。自分が与えた、人々への期待と同じだけの怒りをぶつける。その手段は大量殺人など、世間を驚かせ、恐怖など、人の心を大きく変えるものでなければならない。
どこまで堕ちても、お前は人から認められたいのだ。
大きすぎる自尊心。英雄になりたい欲望。社会に挑戦して負けた自分を受け入れることができないから、本当は自分を愛せない。
お前は『神しか自分を認めてくれない』から他人を殺し、復讐した。
だが、本当に神を信じてはいない。
なぜなら、たとえ人生の敗者であっても、神だけが本当の自分を知っていて、認めてくれていると思うのが真の信仰だからだ。
他人は関係ない。
衣服、病、才能といった物質や幸不幸の、神から与えられたものに感謝し、それでも自分が誰にも恥じないことをして生きているのを神だけが知っている、それこそが真の心の平安である。
他人に尊ばれて何になる。彼らは明日にはお前に背を向けるであろう。他人の評価など、一秒で移ろうものだ。
神だけが本当の自分を知っている。
それこそが真の神の救いである」
第十二の陰気の人間は、言葉を失い、光になって消え失せた。
いつのまにか、紫苑のいる紫色の桜の林の間を、川が流れた。水流の中に三日月、太陽、星がたくさん、光のきらめきとなって踊っている。
第十三の陰気をまとった存在が現れた。このお方はもともと高貴なお方で、陰気をまとっているのは故あってのことであった。
『私は神の国で、悪の論理を破れない人間を見続けるのに耐えられなかった。私が悪を体現し、それを見た人間に答えを言ってほしかった。だがどんなに悪で苦しめ、誘惑しても、結局誰も答えてくれなかった。しかし、地上にあるこの悪徳の数々を放置することはできない。誰かが解決するまで、世界が悪を見て見ぬふりをしないように、私と私に賛同してくれた者たちとは団結して地上にとどまった。しかし、地上の本であるお前が次々に解決してくれたので、我々はもう人に悪徳への答えを問い続ける必要がなくなった。我々はまた神の国に戻りたいと考えている。自分の人生を懸けた問いに答えてくれた人間とこの世界を、今度は心から守りたい。悪に傾く人の心をこれ以上傾かないよう支え、神を信じて、閉じた目を開けるよう励ましたい。
我々はすべての悪を知っている集団だから、自分の悪の能力と同じ者をすぐに見つけられるし、かけるべき言葉も一番よく知っている。これまで悪の誘惑をしてきたから、信用ができないかもしれないが、すべては悪を打ち破る一言を言ってくれる人を待ち望んでいたからなのだ。
我々は、悪への答えが出されて、皆が救われていくのを見て、大変喜んでいる。だが、このまま我々の真意が知られなければ、我々は悪徳の権化として置いていかれてしまう。
悪徳だった我々が存在することを、神がどの時代にもお赦しになっていたことをどうか忘れないでほしい。今まで滅ぼされなかった意味を、どうか気づいてほしい。すべては我々もいつか救われるときのために。我々は神の国に戻りたい』
陰気をまとった高貴なお方が、地獄の門を開いた。配下の高貴な方々が、陰気をまとって整列していた。地獄の奥に、炎に焼かれる罪人たちが見える。高貴な方々は、手に縄を持ち、罪人たちを引き連れて天に昇るつもりである。
創世以来のすべての文字紫苑が陰気をまとった高貴なお方に答えた。
「お待ち下さい。あなた方のことはわかりました。しかし、悪の犠牲になって苦しむ人を救わないで話を進めるわけにはいきません。私は一人の人間として、悪人が救われるための条件を申し上げたく存じます。
それは、殺人なり性犯罪なりすべての犯罪において、犯罪者は自分が傷つけた被害者としてもう一度生まれ変わらなければいけないということです。そして、昔の記憶は消されて自分が生きていた時代に戻り、被害者として何十年も生きることです。それは本物の世界ではなく、人々の記憶している場所、記憶の檻の中です。そして昔の自分と同じ姿に育った人間に殺されたり犯罪被害にあったりしなければなりません。そして、被害者として、元の被害者が味わった悔しい思いや苦痛を抱えて、同じ人生を生きなければなりません。何人も傷つけているなら、何人もの人生を繰り返さなければなりません。人々の記憶の檻の中で何度も殺され、何度も犯罪を受けなければなりません。被害者と同じ気持ちで一生を過ごせなければ、何度も同じ被害者の人生を繰り返さなければなりません。
新しい世界に、自分の罪を償えない者は入れません。
悪人は、神に赦されたら何の償いもなく天の国に行けるわけではありません。
罰のない罪はありません。
償わないなら、永遠に被害者の人生から出ることはできません。無限に同じ人生を繰り返す出口なしの人生、それこそが最大の罰です。皆が新しい世界を喜びあっても、犯罪者だけは人々の記憶の檻から出られず、新しい世界に入れない。
――それこそが私の求める償いです、悪人に同情などしてはいけません、被害者こそ救われなければなりません。どうか悪人を神の力で赦すというのなら、被害者も神にしかできないお力でお救いください! 被害者一人ひとりが望む罰し方は違いますが、私は犯罪者にこう思います、『死にやがれ、生まれ変わったらもうするな』と! 犯罪者が記憶の檻の中で最後に、『こんなことはもうしてはいけない』『一人ひとりは大変な思いをして今日までたくさんの時間をかけて生きている』『一人ひとりに大切な人生がある』など、たくさんのことがわからなければ、何も終わらないし、何も始まりません。犯罪者が反省の字面だけ覚えても無駄なのです、心からの言葉かどうかは、神にはすべておわかりになるからです。
新しい世界に、旧き世界の罪を持ち越すことは赦されないのです!!」
紫苑の背後から光がさした。
陰気をまとった高貴なお方がその光を浴びた。
『神がそれを承認された』
陰気が、光によって削がれていく。
陰気をまとったすべての高貴な方々は、縄でつないだすべての罪人たちをその光に当てた。悪の魂は、記憶の檻に閉じこめられ、罪の償いに入った。
そして、悪の犠牲になって、救われずに苦しんでいた被害者の魂を、悪の報いを受けて苦しむ悪の魂を見せながら、保護していた地の底から連れ出して、光の中へ全員引率していった。
『ああ……お久しゅうございます……!!』
高貴な方々の声が光の中に吸いこまれていった。
第十四の陰気をまとった、人間ではなく大地が現れた。
『昔は人が住んでいたのに、災害が集中して皆いなくなってしまった。元のように戻りたい』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「人が来るには観光名所、グルメ、産業などが必要だ。食べていければ人は自然と集まる。
災害が集中するのが皆の悩みなのであれば、防災を徹底した町に作り変えることだ。建て直しの容易な防災住宅、人数分の水やトイレの備蓄、衛生状態の回復、災害時に発生する犯罪集団に対する自警団の組織化など、困っているときに頼りになる土地なら、安全を買いに移住する者も出るだろう。なぜなら、災害の起こらない土地はないし、滅多に災害の起きない土地ほど、そのときになって不備が見つかり全員で立ち往生するものだからだ」
第十四の陰気の大地は、『考えてくれてありがとう』と言って、光になって消え失せた。
第十五の陰気をまとった、弱々しく動く花が現れた。
『毒に汚染された地帯で、私たちは弱っている。人間の出す排気ガスや工業用水や農薬といったものが原因だ。世界は人間だけのものではない。きれいな水を飲んでおいしい空気を吸いたいのは植物も同じだ。人間だけがいい思いをして、他の命に残った毒をくれるなんて、ひどい。このままでは生きる望みがなくなる。不毛の地になったとしても復活したくない。助けてほしい』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「二つの側面から考える。
まず、汚染水と大気汚染を無毒化する装備の設置を、世界中の企業に義務付けなければならない。環境汚染を国内だけでなく世界にまき散らした国は、貿易の際関税を引き上げられなければならない。人々の健康に危害を加えた罰金である。裁判で訴えても『星と人を汚染した罰金』を別枠で支払うということはどこの国も守らないだろうから、輸入の際に『健康関税』として先に全品目にかけておくのが望ましいのだ。関税が国の首根っこを押さえることは世界中が知っている。各国は汚染を除く方向に舵を切らざるを得なくなる。この星の環境が本当に危なくなったとき、必ず『生き残って星の残りの資源を使っていいのはどの国か・星を温存できる国にこそ生き残る価値があるから、星を殺す元凶の国を連合軍で星から排除しよう』という戦いが起きるだろうからだ。
この世で大事なのは治療ではなく『予防』だ。目に見えないことは根拠がないと言われて無視されるが、病気になってから訴えても、汚染をまき散らした国は『証拠が不十分』とか、『金がない』とか言ってまず払わないので、こちらが病気になる前に高い関税をかけて、病気になった後の治療代を先にもらっておくことだ。こちらも余計な財源確保に追われずにすむ。
次。毒の空気と水が自然を包むということは、世界はつながっているのだから、それが世界中に広がっていくということだ。
人間は空気清浄機と浄水器でおいしい空気と水を享受しているつもりでも、毒の空気と水で育った植物を食べ、肉を食べ、魚を食べているので、結局毒を食べているのだ。世界は国境で分断されてなどいない。毒の大気と水は、大陸だろうと海だろうと島だろうと覆っていく。どこにも逃げ場はない。人間は、地球はたった一つの空間なのだということを認識すべきである。そして、人間だけが何かを管理して他の生命と切り離されて生きていけるのではなく、すべての動植物と自然の中の一つであるということを、思い出さなければならない。毒を出せば、どんなに逃げても、必ずその毒が口に入る。人は、自分を救うためには、自分がしたことの責任を取らなければならないのだ。
このように、汚染を除去まですることは、汚染した者の責任である。経済的な観点から見てそんな余裕はないというのが企業側の説明で、政界も何も言えなかったのだろう。だが、それは人間の都合であるし、いずれ人類を脅かす深刻な病気となって跳ね返ってくるであろう。国家間でも、集団訴訟を起こされたら、金銭の余裕がないどころの話ではなく、外交問題、ひいては国民の税金で相手国に賠償金を支払うことも考えられる。支払わずに因縁をつけて占領しうる。――一部の者たちのせいでだ。悪いことは小さい芽のうちに摘み取り、『予防』に努めることが本物の為政者だ。皆に気づかれなくて『称賛されなくてつまらない』と思っている者は、為政者にはなれない。目立たなくても、『この人がいたから私たちは救われたのだ』ということは、後の世に歴史が正しく伝わっていれば皆でわかる。だから、人々の側でも、人の目を集められることで目立つことしかしない者は、本当に中身のある人物と演説だろうかと半分疑うことである。
毒を出さない、汚染しないということは、『命を守る』ということである。人命救助が尊いのだから、動植物の命を救うこともまた尊いことである。すべての命を守ることは、『地球を守る』ことだ。命は『奪う』ものではなく、『いただく』ものだ。無意味に殺してはいけない。人間も、無意味に殺されたら、無念に思うはずだ。人間以外の生物も同じだ。そしていずれ人間もそれらを食べて無意味に病気になったり死んだりすることになる。命を守ることは、自分を守ることだ。自然が調和しなければ、人間は生きていけない。人間は何も管理などできない。それを忘れてはならない」
第十五の陰気の花は、弱々しく光っている。
そこに、地面から噴水が現れた。白い気が溢れ、全方位に流れていく。陰気の花が息を吹き返し、陰気を払って上を向いて咲いた。
『これはすべての命の源です』
しかし、陰気の花が言ったそばから、白い気はみるみる減り、ついに元の地面になってしまった。陰気の花も再び弱々しくなった。
『これが今の時代です。どうか命の源を復活させてください』
紫苑が答えた。
「『人を守る』だけではだめだ」
地面は元のままだ。
「すべての物もすべての命も大切にし、世界の調和とそして和を持て。なぜなら、全部がいてくれるから今の私がこうして存在しているからだ。誰かや何かが欠けていたらこの場にいなかったからだ。だから、一つの命も絶滅させてはいけないし、無駄に殺してもいけないのだ。一つ命が失われるごとに、私たちは一つの可能性を失うことになる。私たちは未知の問題を解決するために、頼りあわなければならないのだ」
地面に白い気がたまりだし、再び溢れ出てきた。
『命の源がないと、お前たちもいずれこうなる』
第十五の陰気の花は、光になって消え失せた。
紫苑は礼をして見送った。
「岩だらけの荒れ地を、人は見向きもしない。しかし、役に立つか立たないかは人間が決めているだけであって、この荒れ地を隠れ家にしている生物はいる。『人間にとって良いか悪いか』という判断は、とても危険なもので、地球を人間の住みやすい星に作り変えてしまうことを意味する。自然災害に一つも歯が立たないのに、人間は自然を征服できると思い上がっている。人間だけに住みやすい星になどできるはずがないのだ。人間がこの星に合わせるしか、生き残る術はないのだ」
第十六の陰気に覆われた存在が現れた。このお方も高貴な存在で、故あってお姿を秘されていらした。
『同じ国に複数ある宗教を、国民に全て知ってほしい』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「あなた方のいらっしゃる土地は、現在外国人に買い占められていますね。このままではその外国人の私有地と私道に囲われた町ができ、武装した自警団民兵が警戒警備し、この国の中にその外国の植民地が作られるでしょう」
高貴な存在は仮に熊の姿をとった。
『外国人たちの居住区は、略奪者の地なので、神がついていない。神々のいない空白地帯なので、悪霊が入りこんでいる。このままでいいという誤ったサインにしないため、我々は外国人も、外国人に土地を売る者とその関係者も、何も反対行動を起こさない周囲の土地も、助けない。今のままでは、外国人を中心に悪霊につかれて、行動が異常になっていくだろう』
紫苑は答えた。
「この外国の民は集住した町の地下に武器を隠し、居住した国と戦争になったとき祖国のために居住国で蜂起することになっています。この外国の民と戦うときは全国で戦わねばなりません」
高貴な存在は仮にフクロウの姿をとった。
『我々を知る者が全国に広まれば、必要な力をすぐに、それぞれの適任者に与えることができる。我々にできることとお前たち人間にできることを言い合おう』
紫苑は答えた。
「まず、外国人が『外国人しか入れない町』をこの国で宣言した場合、即この国の民に全国の外国人の居住区を『怒りに任せて』襲わせます。外国は待ってましたとばかりに自国民保護のために軍事介入を図り、うまく占領しようとしてくるでしょうから、この国の政府は『スパイ容疑』で全外国人を捕まえて、刑務所に入れてしまうのです。彼らは本当にスパイですし、テロや内乱の誘導工作もしてこのときは実行しようとしていますし、何より、素早く行うことで彼らが武器を取って反抗するのを抑えこむことができます。かつ外国人の命を確実に守って、外国が介入できないようにすることができます。誰もいなくなった居住区を探索し、敵の情報を根こそぎ奪えますしね。全国を守りながら、我々は『外国人しか入れない町』の外国人を国外追放しましょう。獲得した情報によって、うまくいけば……これ以上は一旦止めておきましょう。この国はここまで政治家の無策に追い詰められていますね」
高貴な存在は仮に翼のある大蛇の姿になった。
『では我々は、この国の民が国土を守ることに目醒めるまで、外国人の土地を中心に不毛にしよう。焼き討ちをするとき、この国の民に入り、彼らが罪を負わぬように外国人への力を調整しよう。国土を外国人に取得させないこと。既に買われた土地は、その外国人と外国人の配偶者との間の子供には相続させないこと。そこを国有地として、いつでも国家が外国人に移転を強制できるようにすること。天然資源の土地も、外国人に取得させないこと。これらは国防に絶対に必要だ。この国は他人を信じすぎる。だから、放っておけない。我々は、こういう国は好きだ。だから、守りたくて、知ってほしいのだ』
紫苑は微笑んで答えた。
「ありがとうございます。この国の人々が、神々と共に国土防衛のために目醒める日を、私も待ちます。悪霊と不毛の土地が、国土に広がりきる前に」
高貴な存在は、仮に人に似た姿をとった。
『何か土地に異変があったら気をつけろ。神からの警告か、自分が問題に気づいていないか、放置しているか。「これでいい」という状態は、長く続くものではない。毎日世界のことに気をつけて、何か問題があったら考えて、行動しろ。こういう大事になる前にな。そして、大事になったらちゃんと悪いことは全部解決して一掃しろよ。
またこの国が豊かになるように、これからが本番だ。いつも見ているからな』
第十六の陰気に覆われた高貴なお方は、光になって消え失せた。
第十七の陰気の人間が現れた。
『敗戦国の民が先の大戦の彼らの軍人に感謝しようとしている。敗戦国のくせに生意気だ。死んだ我が同胞を侮辱している』
創世以来のすべての文字紫苑が答えた。
「この国は人々が先の大戦の軍人に感謝し、彼らの名誉を回復しなければ、前に進めない」
第十七の陰気の人間は怒鳴り散らした。
『根拠のないことを言うな!! 嘘つきめ、敗戦国の奴らを混乱させるな!!』
紫苑は答えた。
「この世のどの命も社会実験をすることは赦されていない。その代わり、人間が誰しも持っている『良心』に従って生きる先に、常に問題の解決法は見つかる。自分の良心と照らし合わせたとき、『問題だ』と思うことは、一つずつ解消していくしかない。そのたびに、世界にたくさんある間違いの道が一つずつ消えていき、あとには良い結果につながる道ばかりが残され、人々は正しい時代という時間の道の上に、自然と乗ることができる。私がそうだった。
先祖も親も大切にしないということは、未来の自分も死後の自分も大切にしないということだ。そんな民族は、世界にいる意味があるだろうか。誰も大切にしないわがままで自分勝手な人間は、世界に害をなす、と神にも他民族にも思われ、排除の対象になるのではないか。お前が神なり外国人なりだったらどうか。『この国の民は、何のために生きているのか? 自分がここに誕生するまでに何千年もかかっているのに、その歴史を無視するのか? この根無し草どもは、何も持っていないくせに、未来は自分の力で明るいと信じている』と。
もちろん、そうではない。
自分一人の力で何かしようとする者には、『幸運』などない。
神仏と先祖の授ける幸運がなければ、必ずつまずく。
この国の人間は、それを忘れてしまった。
自分と国家を高めようという志を持つことを忘れ、見よ、金を稼ぎ、家族を見捨て、将来の自分の目先の幸せしか追わない国民になってしまった。『金を稼いで、何をするのか』までなければ、成功などない。
本当の『成功』とは、自分だけの力ではかなわない。
社会には、だまそうとする者、盗もうとする者、潰そうとする者などもまぎれている。とても自分の力だけでは対処できない。神仏と先祖の力を借りるしかないのだ。
力を借りるにはどうするか。
『お天道様がいつも見ているから、人の見ていないところでも良心に従って正しい道を歩む』のだ。そして、先の大戦の軍人を含むすべてのこの国の先祖を調べ、大切にし、生きているうちから自分と相手を産んでくれた両親と義父母を大切にすること。そうすれば、必ず道は見つかる。
この国の人間は、それを忘れてしまった。
だが、今からでも遅くない。
自分に命をつないでくれた人々のことを、忘れたり、軽んじたりしてはいけない。亡くなった先祖にも生きている親族にも感謝し、そして相手の想いと共に守らなければならない。それが、自分が今生きていることに対する、相手へのお礼である。
それはお前たちも同じではないか。なぜこの国の民にはそれを止めるのだ。それともお前たちは先祖を大切にしない民だから、この話が理解できないのか」
『まさか』
第十七の陰気の人間はそれきり口を閉ざし、光になって消え失せた。
すべての悪の論理が解き放たれて、戦うときが来た。
一人ひとりが試されるときが来たのだ。
悪を倒す答えを出せた者だけが生き残れるときが。
紫苑はそのときに杖となる言葉を答えた。
「守るべき者が必要だ。それが力に規律を与え、その者を戦いの間も『人』に保ってくれる。
だが、『人でなし』と戦うときは、その守るべき者の存在がかえって、全力を出せない足枷となってしまう。家族や友人、所属組織を危険にはさらせない、と。『人でなし』はそこを突いてくるからだ。
私は世界中の悪と戦うと決めているから、守るべき者たちにも、それでも武器を取って強くなってもらわねば困る。私が戦う間、お前たちは自分で自分の身を守るのだ。それがお前たちの救いになるからだ。
私は私にしか倒せないものを倒す。お前たちにも、お前たちにしか倒せないものがある。目を醒ませ! 私の炎だけでは、守れない! 一人ひとりが強くならなければ、世界は守れない!!」
人々の手に、悪の論理を破り、己の悪と戦う白い気の剣が現れた。一人ひとり形状が違う。
紫苑はさらなる杖の言葉を答えた。
「一神教と多神教の相互理解の方法の一つを。一神教では一部の人間だけで他を完全に支配しようとする。それは、一神教の神の『完全なる支配を真似ている』からだ。多神教では神々の能力がそれぞれ違うので、人々も、『みんなで力を合わせてがんばろう、一人ひとり得意なものが違うから』となる。
つまり人は、各々の神を尊敬するが故に、『己の神の性格を真似る』のだ。相手の神を知れば、相手の根幹の一つがわかる」
人々の頭に、悪と戦うための白い気の兜が現れた。一人ひとり形状が違う。
紫苑は独り言の言葉を答えた。
「私だけ救われて、一抜けた、は絶対にだめだ。同じ場所にいた人たちの苦しみと気持ちをわかっているなら、助けなければならない。私は運良く脱出できた、だが運がめぐってこない人はたくさんいるのだ。彼らを助けなければ。私だけ救われてラッキー! もう彼らのことは知らない、なんて絶対にだめだ。
みんなで抜け出す方法を、私は考えたい。
私は、私の答えを出したい。
そのために生老病死孤あらゆる罪悪に、目を逸らさずに来たのだ。
『助かってラッキー』は、何の解決にもなっていない。
お前は何のために絶頂と凋落の世界を見てきたのか。
『自分と同じ人たち』のために、答えを出すためである。
『どうしてほしい』か、知っているはずだからだ!!
しかし、すべてを言うことはできない。人々が自力で自分だけの答えを出す力を奪ってしまう。ただ私の行動を見てほしい。人は美醜や肩書きでは決まらない。
何を言い、何を行うかの二つですべて見よ。
私は生きている限りみんなを守る! 弱者が虐げられ、神々が忘れられ、美徳が破棄されることを防ぐために、大切な世界を!」
人々の体に、悪と戦うための白い気の鎧が現れた。心臓を特に守っていて、一人ひとり形状が違う。
紫苑は答えを出した。
「この世にはすべての組み合わせが揃っている。世界を害するものは人に知られずに淘汰されていく。この世で必要だから一人ひとりが自然と共に生きている。神に殺されない限り、まだ何かできることがあるという証拠だから、最後まであがこう。復讐心は、相手が神によって不幸になったのを見届けるまでは、緩めるな。復讐心は正当な権利である。宇宙にすべての組み合わせがある以上、すべての悪が存在することもまた必然だからである。
よって、永遠に悪人を全殺することはできないであろう。それが神の意志である。だが、いくつもの悪人が傾くいくつもの悪の思考を、撃つことはできるであろう。
一人ひとりが己の中の悪と対峙し、悪欲を克服する戦いをすることの中にこそ、悪を全殺『し続ける世界』が、理想郷として誕生するであろう」
その瞬間、紫苑の背後に“0(ゼロ)”の形の光が現れた。それは、楕円形の「扉」であった。
邪闇綺羅が、花びら一枚一枚が三日月の形の月色の蓮、「月蓮」の上に浮かんで現れた。
紫苑が振り向くと、紫苑を嘲る魂が満ちていた。
『殺人鬼が偉そうに! 人に何か言える立場か!』
『口より先に手が出る馬ー鹿!』
『死ねよ! 全員お前なんかいらねえんだよ!』
しかし、紫苑は目を逸らした。逃げたからではない。ただ、
「お前たちなど目に映す価値もない」
と、思ってのことだ。美貌の紫苑に目を逸らされて、人間たちは激怒した。彼らのなけなしの自尊心を傷つけるからだ。紫苑は視線を逸らしたまま告げた。
「お前たちが拒絶するなら、私はもう世界を省みない。私はもう、お前たちを見ない! どんなに人を愛そうと心を取り戻しても、そのたびに心ない言葉に心をえぐられて、もう私の心は傷だらけだ。何度私の心を殺せば気が済むのだ? 愚かなる人間ども。使命がなければ、天罰がわかっていなければ、滅ぼす力を私は持っていたのだ。愚かなる人間どもを滅ぼしたあと、私も死んでもよかったのだ。
それをしなかったのは、神をたたえるがいい、ひとえに神の使命が見えたからだ。それがなければ貴様ら全員、全殺していたところだ! 神などいなくても何度も人を愛せた私を何度も殺された復讐にッ……!!
泣きたくても涙なんか出ない。絶望したとき、人は泣かない」
紫苑は突然、人々を見据えた。
「私よ剣を取れ!! 奪われた誇りは、血で償わせるのだ!!」
紫苑がこれまで救った白魔が一斉に目を醒ました。
「白魔“復讐者”。愚かなる人間どもに尽きない渇望を! 白魔“間引き”。愚かなる人間どもへ狂乱を! 白魔“善なる苦しみ”。愚かなる人間どもに真綿の檻を!」
すべての白魔に命令しだした。この世界を破壊するつもりなのだ。
すべての白魔と、白魔の前の黒魔はその論理と共に今、紫苑の心の中にいる。使役するのは造作もないことだ。
白魔と黒魔が融合した半白半黒の魔が世界を飛び回り、人間のみを撃つ悪徳で、殺人、略奪、快楽、退化を人間に起こさせた。
世界が終わることに気づいた人々は、神に祈った。
「どうか私たちをお救いください!」
しかし紫苑が雷鳴のように怒鳴った。
「何もないときは好きに生きておいて、自分の命が危ないときだけ神頼みか! お前たちは救われる価値があることを示せるのか! 示せまい! 有史以来一つも進化していないお前たちが!!」
人々は叫んだ。
「私たちは進化できます! 変われます!!」
紫苑は怒鳴り返した。
「毎回世界を滅ぼすとき、お前たちはいつもそう言った! 神は何度も人を愛するがゆえにこれを赦した! だがお前たちはそのときだけでまた何度も元の停滞種に戻り、神を裏切った! 恥を知れ! 何を変えるのか、言ってみろ! 言えまい! 愛を裏切る者がどうなるか、知れ! 神はもう……この世界を見限る」
人々は耳を疑った。
「え!?」
紫苑は犬歯を見せた。
「何も変わらないなら……」
「紫苑」
邪闇綺羅の声がして、紫苑は黙った。そして、次の言葉を告げた。
「この世界は今、世界の王である私に任されている。さあ、どう命乞いする? 愚かなる人間どもよ。神と違い、この私は今までさんざん貴様らが嘲ってきた相手だ。どう言って懇願するのか、とても楽しみだなあーあ!」
全殺の覇気をみなぎらせて、紫苑が目を大きく開けて世界を睨み据えた。
人々は騒ぎだした。
「世界の王だって? ずるい! それだけ力があれば、私だって敵に勝てる!」
紫苑は血管が浮くほど激怒した。
「私がどれだけの苦しみを乗り越えてここまで歩いてきたと思っている! 力があるから勝てるだと? 血を流したこともない奴が、貧弱な空想で遊びやがって! 誰にもできないことをするから世界の王なのだ! 英雄のかっこ良さだけを切り取った嫉妬は、許さんぞ!!」
人々は、紫苑がどれだけ血へどを吐いて、殺人鬼の人間の底辺と世界の王の頂点を往復したか、知らないのだ。人々は口を突き出した。
「だって、誰だって未来が約束されていれば、がんばるよ。ねえ?」
人々は知らないのだ。
世界の王が失敗した時点でこの世界が滅びの運命に入ることを。
世界の王でさえ、未来を確定することができないことを。
人の隠している苦労に気づかずに、成功した果実だけ妬み、盗む者たちは、どの世界にもいる。
「それは完全に世界の崩壊の元である。時間を無駄にするな。私に命乞いをするなら早くしろ。私はずいぶん待った。もう待てない」
人々は急に、身に備わった霊気によって、本当に世界をこの女が決めることに気がつかされた。自分たちが救われるかどうかは、人間以下に嘲ったこの女が決めるのだ。
人々は恥も外聞もかなぐり捨てて、自分はあなたにそう言ったあとで反省したとか、本当はきれいだったから好きだったとか、おべっかを使った。紫苑は答えた。
「私の知ったことではない。私を知った者はその本心を天に記録される。私の機嫌を取ることが世界の知恵なのか? 笑止!!」
次の一団は、とにかく泣き叫び、体中を叩いて自分を傷つけて紫苑に訴えた。紫苑は答えた。
「泣き落としか。情にほだされる世界の王だと思うのか? 泣いてなんでも解決できるなら、私は幼い頃に真っ先にそうしていた。だがそんなものは意味がないから、ここまでまっすぐ歩いてきた。クソガキに用はない。失せろ!!」
次の一団は黒魔や神の信仰者であった。
「これまでずっと神々に祈ってきました。恥ずかしいことは何一つしておりません」
そして、紫苑のために祈った。紫苑は皮肉めいて口の端をあげた。
「私が苦しいとき、ただの一人も私に声をかけなかったのはどういうわけだ? 貴様らの祈りなど所詮、自己救済だ。世界の平和や他人の命など、自分が救われる以上のものではないのだ。そして、この世界での神の力の『限界』に気づいている――本当はお前たちの力の限界なのだがな。だから私に声をかけられなかったのだ。
去れ!! 貴様らの言葉は私には届かない!!」
次の一団は、かつて紫苑に助けてもらった人々だった。
「あなたには感謝しています、あなたは世界を滅ぼすようなことをする人じゃない、こんなことをしないでください」
他の人々は、この路線はいけると思った。しかし、紫苑は答えた。
「貴様らは弱者から脱出したのか?」
冷ややかな言葉に、一同は凍った。氷は続いた。
「『お手本』を見せたのに、まだ弱者なのか! 救いようのない愚か者どもだ! 傷を受けてなお搾取されているとは!」
誰かが怒った。
「それはお前も同じだ! 何度もバカにされたのに、人間を信じた愚か者だ!」
それは、もともと紫苑を嘲っていた一団からのものだった。一団は、高笑いした。
「こんな奴に頭下げることないぜ! ミサイルぶちこんでこの国ごと殺せばいいんだ!」
「こいつが世界の王? ハハッ! 黒魔の間違いでしょ!」
どうやら根が黒魔に侵食されていたため、紫苑の狂乱の世界の攻撃に動じなかったとみえる。狂乱を見慣れている人間だからだ。
「そうか……。もっと早くにこうしていればよかった。黒魔! 私の命令を聞け!」
紫苑は片手をかざした。嘲りの一団は、一人ひとりの心の中の黒魔が暴れて、お互いを殺しあった。
「黒魔と知っていたら、もっと早くに操ってこうしていたものを」
紫苑は無表情に最後の一人の首が飛ぶのを眺めた。紫苑は左半身が真っ黒になり、醜く歪んだ人型の魔物になった。右半身は光さす巫女の姿になった。
「さーてー、もう命乞いは終わりか? フッフ、“変われる”のは終わりか? さあ! 踊れ人間ども!! 私を楽しませろ!!」
紫苑の配下の半白半黒の魔がすべて解放され、人々を喰い裂いていった。
しかし、半白半黒の魔に、全人類が心臓を喰われたとき、半白半黒の魔が食べられなくて吐き出した光の魂たちがいた。
紫苑は、はっとした。その魂たちは、『紫苑のことが恐いけど、この世界にきっと必要なのだろう』と、紫苑が世界の王であることを『知らずに』、紫苑が『この世界にいることを受け入れてくれた』人たちであった。
天の記録に間違いはなかった。
そのとき邪闇綺羅が重々しく口を開いた。
「紫苑。彼らをどうする。お前が決めろ」
紫苑は一瞬で魔物の体が失せ、優しい顔に戻った。
「彼らを生かします。彼らは世界の新しいものを受け入れられる、つまり、進化を受け入れられるということですから。
自分の価値観しか信じない者は、この世界にはいりません」
あとの者は、黒魔にすべてむさぼり喰われた。
紫苑は世界中で復活した光の魂たちを眺めた。最も憎く最も愛しく思ったこの国は、魂の光が最も集まって、世界で一番輝いていた。
邪闇綺羅、出雲、霄瀾、空竜、閼嵐、麻沚芭、氷雨が紫苑の周りを囲んだ。紫苑は、神刀・桜と紅葉を掲げた。両刀とも、刀身は縦長の半円に曲がり、内部がところどころ欠けていた。紫苑が半円同士をぴたりと合わせると、円柱状の、誰もその構成を知ることができない鍵に変わった。紫苑がその神刀桜紅葉の鍵を“0(ゼロ)”の形の扉にさしこむと、“0(ゼロ)”は“○(えん)”になり、一瞬で星の大きさほど広がると、星をくぐらせた。紫苑が静かに宣言した。
「新しい世界への扉は開かれました」
自らの光で光の都を作り、今扉をくぐった人々は、すべての黒魔を従え、すべての黒魔を救った紫苑をその瞳に映した。そして、紫苑を囲む七人の各々が放つ虹色の光を見た。
「こここそが、伝説の始まりの地なのだ」
人々には、それがわかった。
世界の王・赤ノ宮九字紫苑は、声を張り上げた。
「世界が救われるときが来ました。この世界は、誰かが魔法のように救ってくれるわけではありません。楽園に入れたとしても、人の心が変わらなければ、楽園は元の世界に戻ってしまうからです。だから、心をたくさんの方向に動かして、あなたたちも成長しなければなりません。いずれ、自分の人生をかけて答えなければならないときが来ます。それまで神を信じ、心正しく生きなさい」
そして、高らかに歌った。
「すべての事実を知り、自分の答えを出し、その答えが世界に望まれた者だけが、この新しい世界への扉の先へ行けます。世界を劣化させる古き思考、世界を損なう価値の者、問いに答えを出さない者は、旧き世界のまま扉をくぐれません。全員が試されるのです。信じる神の名も、知能の差も、恵まれた何かも関係ありません。ただ、己の心を試されるのです。正解などありません。各々の答えが、試されるのです。
それこそが神の真実の救いである。
神と世界と共にある、己の答えを証せよ!!」
すると、七つの菱形の光が邪闇綺羅の光背として現れた。虹の七つの色が、赤橙黄緑青藍紫の順についている。
邪闇綺羅がその場に腰をおろすと、七つの光から色がそこに集まって、虹の縁取りの光の椅子になった。
神の輝ける玉座に、神々の王が座ったのだ。
邪闇綺羅は、銀晶魔騎を乾坤の書で包みこみ、この空間で紫苑の前に立たせようとしたとき、そのうちの一頁に光で書かれた文字を思い出していた。
『戦いは永遠に終わらない』
邪闇綺羅は答えた。
「わかっている。だが。それでも私は何度でも照らす。たとえどのような光が目の前に現れようとも」
地球に太陽がかかった。朝日でもあり、夕日でもあった。
「邪闇綺羅様」
左半身が黒、右半身が白の巫女服を着た紫苑が、邪闇綺羅の正面に近づいた。
「何をお考えでしたか」
「いつか全て話そう」
「きっとですよ」
「シ音」
紫苑は優しい目になって邪闇綺羅の肩に頭を、胸に両手を添えた。
「ええ。きっと」
邪闇綺羅は紫苑の肩を抱いた。
「私は何度でも扉を開ける。お前がいる限り!」
「邪闇綺羅様……!」
紫苑は愛するお方を見上げた。
邪闇綺羅は愛する女性を見つめた。
「私と結婚してほしい」
「……はい!!」
二人は喜びの口づけを交わした。
銀河はゆっくりと回り、幾星霜もの音を奏でる星のオルゴールになった。
二人はそれに合わせて歌った。
『題・鋼鉄将校 作詞作曲・白雪
名もないまま 殺意と希望数えてた 疑いもせず
挫折しない諦めない死なない ずっと思っていた
今拝め美しい人 輝ける星を集めよ
世界は あなたの愛あふれ 滅びを過ぎて
運命の子よ柱で天地つなげ』
「星方陣撃剣録第四部・鋼鉄将校一巻・通算二十七巻」(完)
――第四部・白鋼鉄の章・完――
同じご質問が多数寄せられた場合、まことに勝手ながら、活動報告で回答を公開したいと思います。ユーザーネームや数字は公開いたしませんので、ご安心ください。
第四部が完結いたしました。お読みいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。




