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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第四部 鋼鉄(メタル)将校(オフィサー) 第一章(通算二十七章) 鋼鉄(メタル)将校(オフィサー)
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鋼鉄(メタル)将校(オフィサー)第三章「邪闇綺羅(じゃぎら)」

登場人物

赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。双子のもう一つの星を救って、神々のいる星に戻って来た。

出雲いずも霄瀾しょうらん空竜くりゅう閼嵐あらん麻沚芭ましば氷雨ひさめ。かつての仲間が、かつての記憶がないまま、そろっている。

あかざ露雩ろう。邪闇綺羅(人間の発音で「じゃきら」、神の発音で「じゃぎら」)とそっくりな姿をしている。鋼鉄メタル将校オフィサー




第三章  邪闇綺羅じゃぎら



 お弁当箱を雑貨店で買い求めたあと、露雩は紫苑と九字神社に向かった。

「(まさか、お父さんに挨拶するつもりじゃ)」

 紫苑が困っていると、半日授業の霄瀾が、ランドセルを背負って拝殿に向かって手を合わせていた。

「あっ、露雩おにいちゃん」

 霄瀾が階段から下りてきた。

「おじいちゃんが長生きしてくれますようにって、ボク、毎日お祈りしてるんだ。今日はここで。自分の部屋でこっそりお守りに祈るときもあるんだ」

 露雩は霄瀾の頭をなでた。

「こっそりなんてするな。堂々とおじいさんに言ってあげろ。喜ぶぞ。霄瀾だって、おじいさんに一緒に長生きしようって言われたら、嬉しいだろう?」

「……あ、そっか。うん! えへへ、ちょっと恥ずかしいけど、帰ったら言うね」

 そこへ、閼嵐あらん氷雨ひさめが現れた。

「おう、久し振りみんな! オレは勉強がはかどるように、お参りに来たんだ」

「……」

 閼嵐の後ろで氷雨が口を開こうとするが、開かない。どうしても過去のことが言えないのだ。

 そのとき、空竜の声が聞こえた。

「出雲、あんたねえ! たまにはうちの六薙ろくなぎ神社でお参りしなさいよおっ! うちの神様怒るわよお!?」

 出雲が空竜を振りほどこうとしている。

「うっせー! バンドのライブが成功するようにってお願いするなら、やっぱ紫苑の九字神社だ!」

 麻沚芭が空竜を止めている。

「空竜、声でかいよ! 万玻水よろはみのおじさんに聞かれちゃうよ!」

 八人が揃った。

 そのとき、露雩が時間を止めた。

 天から稲妻と共に、陰気をまとった長身の男が降り立った。

 鋼鉄メタル将校オフィサーになった露雩が、双剣ディルキータで円を描いた。鋼鉄将校の全身から光が放たれ、紫苑はその光を両眼に浴びた。

「私の光を訳すのだ!!」

 鋼鉄将校に言われて、紫苑の目は陰気の男の過去を読み出した。

 男は結婚詐欺師だった。金を貯めこんでいそうで、男にもてそうにない女ばかり選んでは、「私にはこの人しかいない」と思わせて貢がせていた。そして、同時に複数の女とそういう関係を持ち、三十才を超えて相手が結婚を焦り始めたとき、捨てる。田舎に帰る、転職するなどという、嘘をついてだ。どんな理由でも諦めないときは、暴力で従わせる。

「オレの何が悪いの? 年食った女なんて醜いし、男を出し抜く知恵ばかりつけて面倒くせえ。結婚詐欺師でなくても捨てるでしょ? フツー」

 紫苑は男に答えた。

「若い女性の健康な子供を産める期間を盗むのは、犯罪である。一人の女の子の人生を、三十過ぎまで拘束した挙句あげく、子供をうまく産めない道に進ませるのは、人生の泥棒である。金銭を回収できても、お前という名の牢獄につながれていた女性の時間は戻らない」

 陰気の男は肩をすくめた。

「いい夢を見せてやったし、女だって浸ってたろ。オレは夢を見せたお金をもらってたんだよ」

 しかし紫苑は首を振った。

「夢と言わないから犯罪だ。女には知る権利があった。遊びにするか本気にするかという、選ぶ権利を奪ったから犯罪だ」

 男はため息をつくように一息笑った。

「人をだますとき、馬鹿正直に言う馬鹿いる? いないっしょ、馬ー鹿! 女の写真にも写らないようにしてきたし、足なんかつかないし! 別の町でもまた女引っかけるってーの! ハハハハッ!」

 そのとき、女の生霊いきりょうが現れた。

『盗撮してたから』

「えっ」

 男は振り返った。

『あなたとの思い出が欲しくて、隠しカメラで録画してたの。犯罪者の顔・声・個人情報をまとめたサイトがあるから、載せとくね。結婚詐欺師のこいつに注意ってコメントつけてあげる。やったね、世界デビューじゃん。英語にも訳しとくから』

 淡々と語る女の生霊に、男はつかみかかった。

「やめろ! てめえよこせそれ!」

 それを紫苑の神刀・紅葉が遮った。

「犯罪は法が裁いたあとは人の目が裁く。だまされる方が悪いとお前は言った。ならだますお前を事前に我々が知るのは公平ではないか。悪意のナイフを持って近づく者を事前に知って身構えるのは、人間の常識、正当な権利だからな。犯罪者として公開されるのは人権侵害だと言える立場か? 人に知られていなければ、また人をだまそうとしているお前が。善人になるなら行動で人々を信用させろ。善人に自分が過去も無害な人間だったと偽って近づくのはやめろ。

 善人は善人を害したことのある人間を知り、身を守る権利がある。

 そしてその人々の『目』が、本当はお前の悪い心を封じてくれるのだ。

 被害者は、自分より犯罪者が幸せになることと、犯罪者がまた同じ事件を起こすことで何度も傷つけられる。

 人々の『目』という罰が、被害者の一生の精神の傷を和らげる。

 刑務所に入ったからといって、被害者の心の傷が治ると思うな。一生憎み続けることを知らずにいるな。本来なら人々の『目』ではなく神の『目』が犯罪者を苦しめるものだったのだが、この時代の人々はそれを忘れてしまっているようだ。だから人々の『目』に頼らざるを得なくなる……」

 男は最後まで聞いていないで、身震いした。

「けっ! 気持ち悪い! 一生憎み続けるなんて、ストーカーかよ! オレの人生邪魔すんじゃねえよ!」

「お前は一生邪魔が入る。それが回復できない傷を与えた者の末路だ」

 男は大きく息をもらして笑った。

「はあ? 今幸せですけどー。これからかわいいギャルと仲良く暮らして、遊びまくるつもりですけどー? どうやって邪魔が入るんですかあー? 言ってみてくださーい! ははは!」

 紫苑は静かだった。

「一秒後に結果を求めるのは神を知らない者の言うことだ。神を知っている者は、お前が一生かけてつまずいていくことを知っている。わかっていても待てないから、裁判で暫定的に裁くのだ。ここで重い罰を受け、社会を乱した罪を償い、被害者にある程度許してもらわないと、刑務所を出たあとの残りの人生でそのツケを払うことになる。被害者の怨念が、お前を邪魔するからだ。被害者が望む不幸の形ではなく、お前の忌避する不幸の形が出てくるだろう。

 この世界は、罪を犯した者勝ちにはできていない。悪人がはびこるのは、それを超える善が生まれるためである。あらゆる善、あらゆる悪は複雑に絡み合い、一つの物差しではすべてを解決することはできないのだ。だが被害者を救うために、犯罪者は判決と怨念を受けなければならない。それが、精神が受けた傷に等しい賠償というものだ」

「はっ! 精神の傷なんて知ったことかよ! 目に見えないもんを法律で裁けるかっつーの! それと、オレ、神なんて信じてねーから! 脅しなんてかねーし! これだから宗教は! すぐ不幸になる不幸になるって言って、不安商法しやがって! でたらめ言ってんじゃねーよ、馬ー鹿!」

 紫苑は無表情に男を眺めた。

「こういう奴が改心したふりをして、再び社会に放されるのか。こういう奴にはやはり人の目は必要だな。神を知らぬ者の一秒後の犯罪を防ぐのは、人の目だ。そして神は神で、お前の一生をつまずかせる。このことを人々は知るべきだな。なあ、みんな」

 次の瞬間、男の周囲が真っ暗になり、目だらけになった。男は縮みあがった。

「なんだこれ!?」

 どこへ行っても、何をしても見られていて、目同士で見交わしあわれる。

「見てんじゃねえよ!!」

 何もできない、自由が一秒もない。

「オレのこと、何も知らねえくせに!!」

 目につかみかかろうとすると、警察に捕まる。男は自分に人として向き合ってくれる人が現れたと直感したが、警察官たちも目だけになっていき、そこでも目に囲まれて、男は呆然とたたずんだ。

 そして、ぐうううと縮み、プレーリードッグになった。すると、人々の目が消え、普通に話しかけられていることに気づいた。警察官が肩を叩いている。

「どうしたんだ、酒か? 住所は? 名前言える?」

 プレーリードッグになって身を守った男は、

「自分の罪を罪として見つめるようにならない限り、この目たちは消えない」

 と、直感した。

「それまでは人間に戻らない。だまされる人間を馬鹿にする自分に戻るから。そして目たちはそんな『人間』を監視してるから」

 プレーリードッグは、疲れて丸まった。

「人間でなくなれば、人々の目に捕まることはない。なんてこった。オレは自分の心を変えなければ、人間に戻ると疲れる体になっちまった。これが、神の与えたつまずきか。オレが一番嫌いな形の不幸だ、オレがオレを否定しなければならないんだからな。被害者のあの女が知ることのない、オレだけが背負う不幸だ。ああそうか、オレの不幸を知ったら、あの女、罪悪感で新しい苦しみを起こすのかもしれない。あの女は、一度はオレに惚れたからな。あの女を守るために、神はオレだけにしかわからない不幸を、オレに与えやがったんだな……なんて野郎だ。もう頭ん中疲れた。しばらくプレーリードッグになって休もう」

 プレーリードッグは、神社の脇で寝入った。

 かんはつれず、天から二撃目の稲妻が落ちた。陰気をまとった女子高生が立っていた。

 鋼鉄将校は紫苑に再び光を放った。

「私の光を訳すのだ!!」

 紫苑が女子高生の過去を読み出した。

 この女子高生は貧困のため、子供がつくべきではない仕事についていた。

「私は金で買われた貧しい奴隷なの。お金がないことはそんなに罪ですか。私が操り人形になってもいいほど、重大なことですか」

 茶色の棒に目と口のついた姿になると、地面から同じ形の茶色の棒を無数に出して大地を埋め尽くした。そして、棒の上に乗らざるを得ない紫苑を、棒で野球のボールのように打って弄ぼうとした。

 紫苑は答えた。

「人々が金銭しか価値がないと思うから、奴隷が人外にんがいの扱いを受けるのだ」

 女子高生の動きが止まった。紫苑は続けた。

「この世のすべての者に長所と短所がある。この短所を他人がカバーしてくれるから、自分はこの長所で他人をカバーしよう、と、自分の弱さを認め、他人をよく知り、他人の長所を認めたとき、拝金主義を滅ぼすことができる。人に対して人外の扱いができなくなる社会になる。そこは金ではなく、人を信じる社会だからだ」

 女子高生が大地から突き出た。

「きれいごと言わないで! そんな世界が歴史上いつ実現したの! あんただって、金と力を手に入れたら、きっと私を――」

「真に神を畏れる者は、そんなことはしない!」

「――」

 紫苑の強い剣幕におされて、女子高生は黙った。そして、紫苑の言葉を聞いた。

「神を畏れるということと、人を愛することで、人々が多様な長所と短所を認めあう社会にできる。自分の弱点を許せる愛は、それを補ってくれる他人を認める愛になれる。しかし、世界史を見る限り、人間が自分より下の人間を欲しがる悪欲は、おそらく未来も削ることはできないだろう。それを抑えるのは支配層の正しい支配だ。支配層が民の要望に対して、実現できてもできなくても納得のいくように説明をすること、そして国を守るために命を懸けているのを民が見ていること。両者に信頼があれば、民は協力しあい、結束できる。

 支配層が不平等な悪政を敷き、または圧政であれば、民は不満のはけ口を求めるであろう。弱者を作り上げ、攻撃して毎日憂さ晴らしをするであろう。悪政・圧政を残したまま社会を救おうとするなら、やはり人々に神を畏れる心の力が必要となるであろう」

 女子高生は、ぐうううと縮み、子ネコになった。

「お金がないからって、人でなくなることはないんだよね。私、神様が絶対守ってくれるって、信じる! みんなにも、神様のことがわかるといいなあ……」

 紫苑がうなずいた。

「そうだ。すぐに結果を求めるな。一人ひとりが気づいていくのを、自分の神を信じていくのを、私も待っている」

 子ネコは、プレーリードッグの隣で寝入った。

 天から三撃目の稲妻が落ちた。陰気をまとった大砲つきの球体が宙に浮いていた。

 鋼鉄将校の全身が光った。

「私の光を訳すのだ!!」

 紫苑の目が大砲球体を読み出した。そのそばから、大砲球体が大きな金色の砲弾を連射してきた。金色の薬きょうが、そのたび派手な音を立てて大地に跳ねる。紫苑は神刀桜と神刀紅葉で弾いていく。大砲球体が叫んだ。

「私は醜い! どうせ私なんて!」

「ブス」と言われ続けた女の子が心を閉ざした姿だった。

「美人がなんでも奪っていく! ずるい! 私の好きになった人を、取るなあー!!」

 紫苑は大砲の砲身の中に刀を差しこみ、内部から破壊した。大砲球体の「鎧」がはがれ落ち、中から陰気に包まれたニ十才頃の女性が現れた。紫苑は答えた。

「美人ならなんでも手に入り幸せだと? そんなことはない。美人だろうとそうでなかろうと、不幸は等しく訪れる」

 女性は首と肩を振った。

「でも美人ならきっとうまく切り抜けられる!」

「それは世界を知らない人間の幻想だ。美しさが何の役にも立たない世界があることを、お前は知らないのだ。それに、もし美しさで男に選ばれたら、若さを失ったり別の美人が現れたりしたとき、男が自分を捨てるのではないかという恐怖が、常に存在してしまうではないか。自分の性格を選んでくれた男なら、安心できるではないか。外面でなく内面を磨いておかないと、不安が一生つきまとう。男に選んでもらおうと待っているから外見に悩むのだ。男を助けられるように力をつければ、その力で男をつかみ取ることもできるだろう。

 女は『美人』に価値はない。価値があったのは女が選ばれるだけの存在だった頃の、昔の話だ。男一人ひとりが何を求めて生きているかで、女一人ひとりの持つ力に輝く価値がある、それは逆もまたしかりで、女が求めているものと男の持つ力が合えば、男にもその女にとっての価値がある」

 陰気の女性は揺れている。

「そんな人……だって……みんな美人の子を見てる……」

 紫苑は優しい目をした。

「お前はすれ違う男すべてに振り返ってもらいたいだけだ。若いなら、人気者になって、もててみたいと思うものだ。しかし、それだけもてるというのは、最初のうちは快感だが、そのうち苦痛になるぞ。まず、自分の恋愛に邪魔が入る。犯罪者に目をつけられる。様々な男を好きな様々な女に嫌われる。他にもあるが、危ないことがいっぱいだ。その未熟な若さで、かわしきれるのか?」

 陰気の女性はいきり立った。

「自慢するな! 人から注目されることがどんなにすごいことか、知らないくせに! 私はいてもいなくてもいい人間として扱われているのに!」

 紫苑は怒らなかった。

「私はいなければいいのにと言われてきた。美人と言って褒めたとしても、結局人は、その人の言うこととすることで判断するのだ」

 自分よりひどいことを言われていた紫苑のことを知って、陰気の女性は反抗するのはやめた。

「……それが私の知らない世界なの?」

「そうだ。その世界を見つけたとき、お前は夢から醒めるであろう」

 陰気の女性は、ぐうううと縮み、子ブタになった。

「大人になれるように、もう少しがんばってみる」

 そして、子ネコの隣で寝入った。

 天から四撃目の稲妻が落ちた。陰気をまとった笛吹き少年と、同じく陰気をまとった、上体だけで少年の背丈はある、暗い茶色の羊毛を生やした、顔以外人型の羊が現れた。

 鋼鉄将校の全身が光った。

「私の光を訳すのだ!!」

 紫苑の目が少年と羊を読み出した。少年は笛吹きの羊飼いで、羊はひつじおうであった。笛吹きの羊飼いの笛に合わせて、羊王が腕力で人々を搾取し、金品を自分の羊毛に隠していく。

 そのとき、鋼鉄将校の声がした。

「星方陣に月を入れた印を描く剣舞をしろ!」

 紫苑は神刀・桜と紅葉でほしつきの紋を描いた。

 すると、陰気の羊王とそっくり同じ姿の、黄色と茶色を混ぜた明るいひつじおうが現れた。明るい羊王は出るなり暗い羊王に突進し、取っ組み合いを始めた。暗い羊王が怒った。

「この世はやった者勝ちだ! 頭のいい権力を持つ人間が、取れるところから取って何が悪い! 他の奴もやってる! オレだけやらないのは馬鹿を見る!」

 笛吹き少年が笛を吹くと、社会の支配層がせきたてられた。地位を利用できるうちに私腹を肥やそう、早くしないと他の奴に抜け駆けされてオレの取り分がなくなる、ずるいぞ、オレの縄張りで搾取していいのはオレだけだ。

 笛吹き少年は吹きながら歌う。

「早い者勝ちだ、もっと取れ、この世界で生き残れ!」

 人々の心に暗い羊毛がむくむくと生えてくる。

 明るい羊王は、それを倒そうと暗い羊王に向かっていく。紫苑は歯をぐっと嚙み合わせてから、言葉に力を込めた。

「誰もとがめる者がいないと、人はこうまでちるものか。誰にも怒られない、責任は取らなくていい、なんでもやっていい。書物に出てくる無法者の町だな。それもこれもこの国に王がいないせいだ」

 暗い羊王は、びくっと震えた。明るい羊王が押し出した。紫苑が言葉で加勢する。

「汚職者を処刑すらできる潔白の王、畏敬され誰もがあおぎ見る王に、もし見られていたら……お前は今日もそれができるのか」

 明るい羊王が、手に力の入らない暗い羊王の角をつかんだ。紫苑が強い気迫を出した。

「この王を命を賭して護りたい、自分を本当に認めてくれるからと、思わないのかっ!! 金と快楽を得るために頭を使ったら、自分の才能が心の奥底で泣くと、気づかないのかっ!! この国に王がいないから、自分の人生を懸けるべき対象が見つからず、お前たちは迷うのだ!! 目をらすな!! 結果がこうして出ているではないか!! 言葉でごまかしても、お前たちは国家を潰し、搾取し、守らないではないかっ!! もう隠せないほど、お前たちは育っているではないか!!」

 暗い羊王は、「叱る者」が現れたことで身体がすくみ、明るい羊王に角ごと引き倒された。そして引き回された。そのうち明るい羊王と暗い羊王は追いかけあい、やがて紫苑の周りを、円を描くように回り始めた。するといつしか暗い羊王はぐうううと縮んで、一匹の犬になった。かわいらしいフサフサの黒毛の、ボーダー・コリーだ。キャンキャンと鳴いて走り回っている。いつの間にか、明るい羊王と笛吹き少年は消え失せていた。

「えっ? 犬?」

 紫苑が一瞬、明るい羊王の姿を探して目を離すと、アイスキャンデーみたいにだらけ、溶けていく。見ると犬の形に回復する。触ると、アイスみたいにちょっとベタついていた。

「あんた、いつも見ててあげないとだめみたいね。しっかりしてるとかわいいんだから、ちゃんと犬のままでいるのよ。私がいなくなったあと、溶けそうになったらみんなの間を駆け回りなさい。みんな見ててくれるから」

 犬は、キャンキャンと鳴きながら走り回った。そして、子ブタの隣で寝入った。

 天から五撃目の稲妻が落ちた。陰気をまとった、白い包帯を巻いたミイラたちであった。

 なぜか鋼鉄将校は、光を出さなかった。

「お前が行きなさい」

 そう言われたので、紫苑は神刀桜と神刀紅葉の双剣を大きく一振りすると、剣姫化して白いミイラの群れに突撃していった。

「はあっ! はああっ! やあっ!!」

 剣姫の鮮やかな双剣剣舞が、白いミイラを次々に斬り裂いていく。仲間はしばし剣姫の剣技にみとれていた。

 そのうち、紫苑より頭二つ分上で、体の幅が二倍の巨体のミイラが現れた。鎧のように鈍く光る白い服を着ている。

 どうやら、ミイラのボスのようである。

「行くぞっ!!」

 剣姫が高く飛び上がり、ボスミイラの頭に神刀桜を叩きつけた。

 ところが、なんとミイラは無傷であった。

「っえ!」

 神刀でかすり傷一つつかなかったことに驚きながら、今度は白き炎を這わせた神刀紅葉で斬りつけた。

「ええっ!?」

 またもやミイラは無傷であった。しかも、二撃とも不動で、足の一歩も動かさない。

「何者なのだ……! 名乗れ!」

 紫苑は、躊躇ちゅうちょせず顔の左半分に、目の穴も口の穴もない完全な半月の仮面をかぶった。

「神魔に並ぶ第三の最強、男装舞姫!! 行くぜーッ!!」

 男装舞姫が双剣を振りかぶり、ボスミイラに✕(クロス)で斬りつけた。風圧を受けて、仲間たちは顔をかばった。

「それでもだめか……!」

 男装舞姫は驚愕して距離を取った。男装の力でもまったく刃が立たず、ガードの体勢を取らせることもできなかった。

「なんという敵だ……!」

 男装舞姫が、羊王との戦いのとき鋼鉄将校に教えてもらった、ほしつきの紋をもう一度使ってみようかと考えたとき、ボスミイラが、手を紫苑の前にかざした。

 すると、紫苑の周囲に人々が現れた。みんな、剣姫を見て、

「死ねばいいのにー」

 と、笑っている。拒絶されていた昔を思い出して剣姫の心が硬くなったとき、彼らは白いミイラたちに真っ先に殺されていった。そして殺されたあと、彼らは自分たちも白いミイラとなって起き上がった。

 はっと気がついたとき、ボスミイラの大きく広げた掌が、紫苑を潰そうと振り下ろされていた。

「お前は一体、何者なのだあっ!!」

 絶叫する紫苑にボスミイラの手が触れる寸前で、鋼鉄将校の双剣ディルキータが割って入り、止めていた。

 紫苑は呆然とした。

「(こいつの攻撃を受け止めた!?)」

 鋼鉄将校が叫んだ。

「がんばれ紫苑! オレは君に生きてほしい!」

 ボスミイラが身じろいだ。男装舞姫はその機を逃さず刀を一閃した。傷が入った。

 そこからどんどん紫苑の攻撃が入っていき、ボスミイラは斬られながら押されていった。男装舞姫は途中で剣を止めた。

 わかったのだ。

「私の最強の敵。お前の名前は『悲しみ』なのだな」

 男装の仮面を外し、剣姫に戻る。

 人々に拒絶されていたときの紫苑の悲しみが、最強の敵の体だったのだ。

 斬れないわけだ。

 怒りや憎しみなら断ち切れても、悲しみは斬ることができない。救うことでしか、終われない。

 剣姫から戻った紫苑は、両腕を広げた。

「おいで。あなたは私だ。癒してくれるお方を、もう知っているでしょう」

 ボスミイラは、白い霧になって、紫苑の心臓に入った。

 直後、紫苑は露雩に抱きついた。

 しばらく動かない。

 泣いていた。

「やっと……お会いできましたね、邪闇綺羅じゃきら様……!!」

 私の『悲しみ』を『受け止められる』のは、たった一人、愛したお方だけ。

「ようやく確信が持てました。藜露雩は、ずっとあなただったのですね」

 露雩は五芒星と六芒星を重ね合わせた八角形の星晶睛せいしょうせいを見せて、邪闇綺羅として青紫色の目を穏やかに紫苑に向けた。

「邪闇綺羅様……どうして言ってくださらなかったのですか」

 涙に濡れた瞳で、紫苑は愛するお方を見上げた。

「この世界の記憶に私の居場所を作るのに時間がかかったのだ。それに、私が邪闇綺羅だと名乗っても、言葉だけで信じられるものではない。だから、私にしかできないことをできる時を待っていた」

 紫苑は邪闇綺羅の胸にしがみついた。

「やっと……やっと……!! 長かった……私、がんばったよ……!!」

 邪闇綺羅は紫苑の頭を優しくなでて、大切に抱えるように抱き締めた。

「知っている。ありがとう」

 紫苑は号泣した。

 仲間たちも、この二人が心から愛しあっていることを思い出した。

「……う? でも邪闇綺羅様、露雩のとき、けっこう普通の男子高校生っぽかったですよ」

 紫苑は、これまでの様々な場面を思い出した。デートに近いと思うと、顔が柔らかく微笑んでくる。

「私も恋愛に関しては一年生だったということだ。……こんなに心が乱されるものだとは、知らなかった」

 少し照れている邪闇綺羅がかわいくて、紫苑はぎゅうっと抱きついた。

「邪闇綺羅様っ! じゃ、今日このあと本当のデートを……」

「悪いが後にしてくれ」

 阿修羅と「シロ」だった白狼ホワイト・ウルフが現れた。四神五柱も揃っている。

「お前たち、起きろ」

 白狼に呼ばれて、黒魔こくま白魔はくまとして変化したプレーリードッグ、子ネコ、子ブタ、犬が目を覚ました。

「あ、王様だー!!」

 紫苑の周りを無邪気に駆け回っている。

「王様?」

 双子のもう一方の星で王だった紫苑は、聞き返した。

 四匹は口々に鳴いた。

「あなたは黒魔の王様だよ!」

「黒魔の王様!?」

 紫苑は、黒魔に優しくした覚えがないので、こんなに慕われるのは、自分にまだ強力な悪の心が残っているということだろうかと、疑った。

「あなたは、わたしたちにいつも言葉をくれて、助けてくれた! 逃げないし、見捨てないし、見ないふりもしなかった! だから王様なの!」

 白魔になった黒魔たちの、安らぐ温かい気持ちが、声ににじみ出ていた。

「そう……、あなたたちが助かって、本当によかった」

 紫苑はプレーリードッグと子ネコと子ブタと犬をなでた。四匹は体をよじって甘えた。

 阿修羅が邪闇綺羅の隣に立った。

「この世界には、この星の命が経験した疑いと憎しみによってできた黒魔の集合体、バジ=イラデアがいる。バジ=イラデアはずっと、自分に言葉をかけて救ってくれる王を、待っていた。救われなければ、自分はこの星を崩壊させる力になることがわかっていたからだ。バジ=イラデアは、随分ずいぶん待った。だが、王は現れなかった。バジ=イラデアは世界を救うために仕方なく、自身の体の一部である黒魔を世界に放ち、王の代わりに人間たちに、黒魔に言葉をかけてもらおうと考えた。そして、人間たちの手で黒魔を救って白魔にし、陰気を解消してもらおうとした。

 しかし、皆は黒魔を救わず逆に力を利用しようとして体を乗っ取られたり、そんな人を遠巻きにして関わりを避けたりして、言葉を出してくれなかった。

 このままではバジ=イラデアは救われず、星を陰気で崩壊させてしまう。

 この世界の王、赤ノ宮九字紫苑、お前はすべての黒魔から逃げずに、お前の答えを出した。だからお前は皆から信用される。お前ならきっと、バジ=イラデアの前に立てる。今すぐ皆でバジ=イラデアのもとに行こう。皆を救うのだ!」

 紫苑は一つ気になることがあった。

「私は、邪闇綺羅様のお光を訳しただけですが」

「それはお前が問われたとき答える言葉だったのだ。私の光は、それがすべて出るよう手助けしただけだ」

 邪闇綺羅が優しく微笑んだ。白狼が四匹と紫苑に告げた。

「これから黒魔五名で黒魔星方陣を作れ。それでバジ=イラデアの城に行ける。……紫苑、お前は五人目だ。五人目の黒魔はお前の『悲しみ』だったからだ」

「はい」

 紫苑、プレーリードッグ、子ネコ、子ブタ、犬は、五方向に立った。邪闇綺羅が黒魔星方陣の祝詞のりとを唱えた。

「世界にさまよう疑いと憎しみ、われ王なればその命に光を当てる。この手を取るのだ、疑うな、何を憎むのか、われ王なれば汝の時の狭間はざまをこじあけむ。光を浴びよ、て!! バジラデア!!」

 黒五芒星が地面に広がり、光が天に突き刺さった。その黒五芒星がゆっくりと下がると、それに引かれるように天から、大きい円盤から次第に小さい円盤がついていく、円状階段ピラミッドが、逆さになって降りてきた。

「あれがバジ=イラデアが自らを抑えている居場所、おうせんさいしょう舞台ぶたい殿でんだ」

 邪闇綺羅が紫苑のそばに立った。そしてはっきりと言った。

「紫苑。この戦いが終わったら、結婚しよう。神と人として、きちんと結婚しよう」

「……はい!」

 紫苑は涙をこらえて、それしか言えなかった。

 黒魔星方陣の光は、一同を王尖祭昇舞台殿の内部へ引き上げた。


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