鋼鉄(メタル)将校(オフィサー)第二章「藜(あかざ)露雩(ろう)」
登場人物
赤ノ宮九字紫苑。双子のもう一つの星を救って、神々のいる星に戻って来た。
出雲。霄瀾。空竜。閼嵐。麻沚芭。氷雨。かつての仲間が、かつての記憶がないまま、そろっている。
藜露雩。邪闇綺羅(人間の発音で「じゃきら」、神の発音で「じゃぎら」)とそっくりな姿をしている。鋼鉄将校。
第二章 藜露雩
露雩は、紫苑のクラスにちょくちょく顔を出すようになった。ファンクラブの女の子たちは、露雩が紫苑を好きなのかもしれないと、がっかりしていた。今まで、露雩がこんなに女の子に話しかけたことが、なかったからである。
出雲と麻沚芭は、露雩がクラスに来るたび、敵意をむき出しにした。一式出雲は紫苑の後ろの席、霧府麻沚芭は柿枝君の後ろ、つまり紫苑の左斜め後ろの席だ。
「おい、紫苑になれなれしくするなよ!」
露雩は二人に言われても、負けていなかった。
「赤ノ宮九字さんは、どちらかとつきあってるの?」
出雲と麻沚芭は、グッとつまった。
「じゃあ、オレも友達になってもいいよね」
二人は、紫苑が露雩を熱い眼差で見ているので、露雩に好きな人を取られてしまうのではないかと恐れていた。
露雩が、また紫苑を一緒に帰ろうと誘った。
「今度は家においでよ。かわいい犬もいるんだ」
「ふうん? じゃ、少しだけ……」
犬につられたわけではない。純粋に露雩のご両親の顔が見たいだけだ。
自分の家の九字神社の方なので、紫苑はとても驚いた。さらに、「ここだよ」と指差された瓦屋根の木造の家を見て、倍驚いた。
「あれー? 紫苑じゃん。どうしたのー?」
霄瀾が、芝生の庭で友達とけんけんぱをして遊んでいた。
「あれ? 霄瀾。知り合いなのか? この人と」
「うん、そうだよ露雩おにいちゃん! ボクのだいじな友だちだよ!」
「お兄ちゃん!?」
紫苑はこの世界に入ったあと見た映像を思い返した。何度繰り返しても、露雩が霄瀾の兄だなどという事実はなかった。
「そこんとこ、あとで教えてくれよな。よーし、おーいシロ。おいでー」
露雩は遊びに戻った霄瀾から離れて、芝生の奥へ呼びかけた。
のそ、と現れた。流れるようなつやめきの白い毛並みを持つ、体長二メートルの、白狼。白い根元から銀色の先端までグラデーションの入った牙。
「(白狼様!? こんなところにいらしてくださったのですか!?)」
紫苑は嬉しさのあまり抱きついて、囁いた。
しかし、白い「犬」は、フンフンと首を振って紫苑から逃れると、露雩のもとで座った。
「……え??」
露雩の正体を教えてもらおうと思っていた紫苑は、なぜか「聞くことはできない」と悟った。露雩は白狼の頭をなでている。
「シロ。よかったな、赤ノ宮九字さん、お前のこと気に入ってくれたぞ」
「シロ」は、気持ち良さそうに目を閉じている。紫苑が言葉を探していると、霄瀾の祖父の降鶴が出て来た。
「帰ったのか露雩。おや、紫苑。こんにちは」
「えー! おじいさんも赤ノ宮九字さんのこと知ってたの? オレにもなんでもっと早く教えてくれなかったのさー」
露雩がむくれている。
「(……かわいい……)はっ! ねえ藜先輩、しばらく霄瀾たちと遊んでてくれませんか? 私、みんなの分のおやつ作ってあげる!」
露雩がぱあっと目を見開いた。
「えーっ! 君の手料理が食べられるの!? オレも手伝うよ!」
「だめです、できてからのお楽しみですよ」
「うん、わかった! 待つ!」
「降鶴さん、食材の余りを教えてください」
「うん、こっちだ」
二人で台所に入ったとき、紫苑は思い切って降鶴に尋ねた。
「藜先輩は、本当にあなたの孫なのですか」
降鶴は小豆の缶詰を取り出しながら、首を横に振った。
「あの子がどういう出身の子か、わしにもわからん。ただ、露雩は駆け落ちして家を出たわしの娘の子、霄瀾を連れて来てくれた。両親とも流行病で亡くなって、天涯孤独になっていた霄瀾を、保護されていた施設から連れ出してな。シロもくっついておった。お金をたくさん持っていてくれたので、みんなで暮らせるねという話になった。そのお金がどこから出たのか……、本当に不思議な子だ」
「それはいつの話ですか?」
「三年前じゃよ」
「……」
お餅を包丁で小さく切りながら、紫苑は自分の見た映像を思い出していた。霄瀾は、ずっと降鶴と一緒に育っていたはずだ。
「少し真実がずれている……」
焼いた小さい餅にあんこをまぶして、みんなで食べた。
「少しずつかみ切って食べるのよ」
「はーい!」
子供たちは、つまようじで刺して、ちょっとずつ食べていく。
「ふうん。これが君の手料理かあ……」
露雩がおいしそうに食べている。しかし紫苑は、缶詰の小豆とお餅では、どこか落ち着かない。
「次は、私が食材買って作るから」
「えー! 楽しみだなあ!」
うっかり言って、紫苑はまたこの家に来る口実を作ってしまったことに、赤面した。
そのとき、露雩が時間を止めた。
家の前をさまよう、陰気の女がいる。
驚いたことに、止められた時間の中、霄瀾も動くことができた。鋼鉄将校は意に介さず、双剣ディルキータで円を描いて全身から光を放った。紫苑の両眼がその光を浴びた。
「私の光を訳すのだ!!」
紫苑の目が女の過去を読み出した。
宗教に入っているが、憎い相手を許しましょうとか、よいことしか考えず、言わないようにしましょうとしか言わないので、疲れている。徳の高い人が悪人に怒らないというのは、納得できない。悪人は、徳の高い人の言葉こそ聞くものではないか。悪を悪と言えないのは、彼らが悪人を恐れている証拠なのではないか。胸のうっぷんを晴らせないまま、「許せ」とばかり言われて、苦しい。
紫苑は答えた。
「悪を悪に応じて裁かないのは怠慢だ。徳の人と呼ばれるくせにただ忍耐せよと、悪を倒せる論理がないのは、無責任だ。言うべきことはきちんと言う。それが徳を修めた者の使命だ。それこそが正義だ。人を何の罰もなしに許すことではない。悔い改めたり改心したりしただけではだめだ。どんなに世界の役に立っても罪の罰は受けねばならない。罪をなんでも許すのは偽善だ。最後は神の裁きにあっても、まずは人間に裁かれるのが社会の秩序だ。それは人々の安全・安心の元だ。その後徳を修めた者が『許すのではなく説得して』改心させるべきだ。皆が納得する裁きは行われなければならない。そうでなければ社会は殺した者勝ちの荒廃した場所になり、何をしても救われない無力感が蔓延し、自壊するであろう」
それを聞いて、女の陰気が荒れ狂い、暗黒の煙になった。
「何の理由もなく許さなくていいんだ……嬉しい……」
黒い煙が白い煙となり、浄化された。白い水滴の形の白魔になった。
「私は“善なる苦しみ”! わたしを救ってくれて、ありがとう!」
そして、世界の一部として去っていった。
露雩と霄瀾は、お互いの知っていることを教えあった。
「露雩おにいちゃん、紫苑を連れて歩くなんて、どきょうあるね。出雲と麻沚芭がだまってないよ」
「既に黙ってない。お前もお兄ちゃんを応援してくれ」
「うんわかった」
霄瀾は口を閉じてクスクスと笑った。そしてもじもじしだした。
「ねえ紫苑、あのさ……あさっての土曜日、ボク、おじいちゃんと友だちと友だちのおかあさんたちと、バラ公園へあそびに行くんだけど……」
このパターンを、紫苑は映像で学習している。
「もし私でよかったら、お弁当作ってあげようか?」
「ホント!?」
霄瀾が両腕を大きくまわした。両親のいない霄瀾は、紫苑にお弁当を作ってほしくてしかたがないのだ。
「あっ、おじいちゃんが作ってくれるのもおいしいからね!」
霄瀾が慌ててつけ加えた。降鶴は笑いながら紫苑に頭を下げた。
「いつもありがとう紫苑。明後日、子供たちは休みだが、高校は授業があるじゃろう」
「朝早くにお届けにあがりますわ」
「じゃ、明後日は一緒に登校しようよ!」
露雩が明るく誘った。
土曜日、霄瀾と降鶴は、バラ公園で紫苑のお弁当の重箱を開けて、「おわっ!?」「おっ!」と声を上げた。さやえんどうを横にギザギザに切ってあるものが、ごはんの上のとりそぼろと薄い卵焼きの大地に生える草むらになる。ごはんの上方にはのりを敷き夜空にし、さやえんどうのタネを全部出してのりの空に星としてちりばめる。真ん中に太陽の梅干しと、丸くくり抜いた月のカボチャを置き、日没と月の入りを同時に表現した。あとはおかずの場所に霄瀾の好きなハンバーグやタコウインナー、魚のフライが並び、レタスを軽く曲げて真珠貝に見立て、中に小さく丸く切った塩漬けのカブが、レタスと共につまようじで貫通して入っていた。レタスの貝には他に、キュウリやダイコンの甘酢漬けをせん切りにしたものが添えられていた。
他の子や母親たちも食べられるよう、たくさん入っている。
食事を手料理して持ち寄って、みんなで食べるのが普通なので、紫苑は霄瀾と降鶴が他の母親たちに引けを取らないように、腕によりをかけて作ったのだ。
霄瀾の声を聞いて集まってきた子たちも、
「すげー! 絵じゃん!」
「おいしそー!」
他の母親たちも、紫苑が勝負してきたのでびっくりした。彼女たちは、子供たちみんなが好きそうな、鶏のから揚げや卵焼き、フルーツポンチなど、無難なものを用意していたからだ。
「……若いわね」
「……若いわね」
母親たちは確信しあった。
「みんなで食べてみよーぜ!」
「おー!」
子供たちは、箸を持って紫苑の重箱を取り囲んだ。
一方、露雩と紫苑が朝一緒に登校してきたことは、目撃した生徒たちの間で噂になっていた。
「下校だけでなく登校もおちあう仲なの!?」
「登校は下校よりハードル高いのに……!」
出雲と麻沚芭はそれを聞きつけて、顔を見つめあった。
「……おもしろく、」
「ない」
半日授業を終え、男子たちが遊びで体育館を使ってバスケをやっている。壁を背にそれを取り囲んでいるのは、お目当ての男子生徒の勇姿を見に来た、たくさんの女子生徒だ。得点が入るたび、キャーとかイヤーとかの声が入り混じる。
その女の子たちの後ろで、出雲と麻沚芭がこっそり録画カメラで動画を撮っていた。もちろんターゲットは、バスケをしている露雩である。
露雩の人気は高く、ボールを手に取っただけでキャーと声援があがる。そして、いつも得点を入れる。女の子たちの応援の声をも撮りながら、出雲と麻沚芭はククク……ククク……と笑った。
「あいつは浮かれて、彼女たちに手を振ったりするに違いない!」
「他の女子に色目を使う男を見れば、女の子はむっとして、男に対する好感度を下げるものよっ!」
麻沚芭が女の子の思考になりきって、きゃいきゃいと話した。そして二人は高笑いした。
「藜露雩! 存分にもてろ! そして女子生徒たちに笑いかけ、紫苑にこの浮気者と怒られて嫌われろ!! ふはは、ふははははは!!」
黒い影になっている。
しかし、露雩は、次々と得点を決めて女の子たちにキャーキャー言われても、まったく振り返らないで、試合に集中していた。他の男子が、あまりに騒ぎまくる女子たちに呆れ、露雩を羨ましそうに見るばかりである。
出雲と麻沚芭は当てが外れて、がっかりした。そこへ空竜が現れた。
「あらあ、あんたたちもやればあ? 藜君に勝てるんじゃない?」
出雲はしばし考えた。
「……バスケで二メートルの男にいきなり挑むほど、オレは無謀じゃない」
麻沚芭もうなずいた。
「そうだな。まず相手を分析してから戦略を立てる。負けたら大変だ」
空竜は二人の録画カメラを見た。
「へえ、それで研究するのお」
二人は慌て、「ま、まあな!」と言って逃げ去った。真実を知られるわけにはいかない。
出雲と麻沚芭は、歴史の補習を受け終わって宿題を席で解いている紫苑の両隣に、自分のイスを引きずって、座った。柿枝君は部活でいない。
「どうしたの二人とも。部活とかいいの?」
「紫苑。これを見てくれ」
出雲と麻沚芭が、録画カメラの液晶パネルに、さっきのバスケを映し出した。露雩のプレーと、ファンの女の子たちとその声を追っている。出雲は得意そうに笑った。
「うまく撮れてるだろ? あいつのこと狙ってる女子、いっぱいいるぜ」
麻沚芭もきれいな髪をなでながら、力説した。
「ライバルは少ない方が、女子たちの陰謀に巻きこまれなくていいと思うのっ!」
そして二人は声をそろえた。
「「紫苑の身近にも、かっこよくて、紫苑を好きすぎて女の子たちが諦めるような男子、いるだろー? な? な?」」
二人が両隣から紫苑に迫ったとき、紫苑は一言呟いた。
「……藜先輩ってすごく運動神経いいんだ。……素敵ね」
「「……え?」」
二人は雷に打たれたように気づいた。
「(しまったあー!! ただ単に藜露雩がスポーツ万能で他の女の子からもてても目もくれずスポーツを楽しむ健全なかっこいい男だという映像を紫苑に見せただけだったあー!! しまったーッ!!)」
紫苑はそれきり無言である。
「(この動画コピーしてって言われたらどうしよう……)」
紫苑は録画カメラをそのまま返したので、ビクビクしていた二人は、ホッとした。
出雲はバンド部に、麻沚芭は風紀委員の仕事に向かったので、紫苑は『歴史の偉人たち』という本を図書館に返しに行った。
「はあー、一から覚えるのって、しんどいわね。希望者は補習を受けられる高校で、本当に助かったあ……」
一階の渡り廊下を歩く。すぐそばに体育館が見える。
「……見に行こうかな……でも……」
近くのグラウンドで、サッカー部がヘディングの練習をしている。
「見たってしょうがないし……」
と、言いつつ、紫苑の足は体育館の窓に向かっていた。そのとき、体育館の扉を開けて露雩が出て来た。
「水飲んだら早く戻ってこいよー!」
という声が聞こえる。
「ああ!」
答えた露雩と、紫苑の目が合った。
そのとき、サッカー部の失敗したヘディングボールが、露雩の側頭部を直撃した。紫苑が飛んでいった。
「藜先輩!!」
「すいません! 大丈夫ですか!?」
サッカー部のコーチと生徒が駆けてきた。露雩はいきなり紫苑の肩に手をまわしてつかまった。
「この子が保健室に連れて行ってくれるそうです。ヘディングボールですし、大丈夫でしょう」
コーチは心配そうに見ている。
「しかし君、頭だからね。打ちどころが悪かったら……。あとで必ず病院で精密検査を受けてくれ。異常があったら必ず伝えてくれ。責任を取るから」
露雩は微笑んだ。
「ありがとうございます。必ず検査します」
生徒も、「すみませんでした」と頭を下げ、ボールを拾ってコーチと部活に戻った。
保健室へ行く途中の、校舎の裏手の芝生で、露雩は座りこんだ。紫苑も腰を下ろした。
「先輩は、運動神経がいいはずじゃ……?」
露雩はあっさり答えた。
「ああ、君の姿に集中したからボールを忘れた」
紫苑は顔を赤らめた。
「ご、ごめん」
露雩はそれを聞いて笑いだすと、ゴロンと紫苑の膝の上に頭をのせて横になった。
「え!?」
紫苑が慌てていると、
「君が原因なんだから、君が介抱してくれなきゃ治らない」
露雩の上目遣いの目がかわいくて、紫苑はつい素直になった。
「そ、そんなものかな」
そして、露雩の頭に手を添えた。
露雩は安心したように目を閉じた。
「今日もオレのこと好きなんだ」
紫苑と露雩が露雩の家に行くと、笑顔の霄瀾と降鶴が出迎えた。
「お帰り二人とも! 紫苑、お弁当ありがとう! みんなおいしいって言ってくれたよ! ボクもおいしかったよ! とってもうれしかったよ!」
ほら、と、霄瀾は空の重箱を見せた。
「紫苑のおかげでボク、みんなにお弁当をじまんできたよ! ありがとう紫苑、だーいすき!」
霄瀾が抱きついてくるのを、紫苑も抱きしめ返した。
「喜んでくれてありがとう。またいつでも作るわよ」
「エヘヘッ!」
二人のことを、露雩がじーっと見ている。
「ねーねー。オレも……」
「宿題があるからもう帰ります」
長く会話をすると譲歩してしまいかねないので、紫苑は重箱をふろしきに包んで、さっさと帰った。
一式出雲は、小テストで百点を取った。喜んで父に報告すると、父・央待は「よくやった」としか言わなかった。しかし、兄・勇木が大学の授業のレポートで評価“A”をもらってくると、たいへんに喜んで褒めた。
「よくがんばったな勇木。その調子だぞ」
「(……父さんは、兄さんの方ばっかりかわいがる……)」
出雲は屋根の上に登って、夜空を眺めた。
「オレは、この家の子でいいんだろうか……」
紫苑が聞きつけて、制服のまま出雲の部屋の側の窓を開けた。
「どうしたの出雲」
出雲は、紫苑に今日あったことを話した。過去を繰り返してはならない。紫苑は緊張しながら、この世界に来たときの、出雲に関する映像を思い出した。
「そういえば出雲って、大して勉強しなくてもいい点取れる子だったわよね」
「ん? そうだけど?」
「でも勇木さんは、毎日努力して頭がいいのよね」
「うん、自慢の兄さんだ!」
「そこじゃない?」
「え?」
出雲は屋根の上で隣に座る紫苑を見つめた。
「世の中に出たら、努力しないで上に行くことはできないって、央待のおじさまはわかっていらっしゃるから、努力しないで百点を取って喜んでいる出雲が、このままではいけないと思っていらっしゃるのだと思うわ。もっと全力で世界にぶつかれ、って」
出雲は困ったように頭をかいた。
「え……わかっちゃうものをわざわざ勉強するふりして両親にアピールすんの?」
「ううん、出雲ならきっと教科書以上のことを勉強できるってことよ。それが何かは、出雲が見つけるのよ」
「つまり、人と同じ努力じゃなくて、オレだけの努力をしろってこと?」
「うん。百点取れるテスト以上の問題を見つけるのよ」
「……父さん、気がついてくれるかな」
「探してる最中でも、親ならわかるわよ」
出雲は心が少し軽くなって、明るく笑った。
「サンキュー。もうちょっと、がんばろうかな」
「央待のおじさまは、あなたのことが好きよ、父親ですもの」
「ああ! じゃ、まずはいろんな本読んで、世界のニュースも読みあさってみるかな! なんにでも興味持ってみっか!」
そして、自分の部屋に戻っていく紫苑の背中を見つめた。
「(こんなにオレのことわかってくれるのに……、なんでオレを好きになってくれないんだ)」
露雩は、学校で紫苑と出会っても、すぐに出雲と麻沚芭が出て来て紫苑を連れて行ってしまうことが気になっていた。いや、二人について行く紫苑が気になっていた。
「(オレといたいって、なんで言ってくれないの)」
露雩は階段を上りながら、考えこんでいた。
「(赤ノ宮九字さんにはいつもあの二人がそばにいるよな。一応顔もいいし、幼馴染みだし、『恋をするな』って赤ノ宮九字さんに言われても、その前にどっちかが彼女の初恋の相手で、今も彼女が気になっていてもおかしくないよな……)」
露雩の立派な肩が、ガックリと下がっている。そこへ空竜が声をかけてきた。
「藜君、おはよ。うべっ!」
空竜が階段に蹴つまずいて露雩の背中に抱きついた。空竜の胸がもろに当たった。
「「うわっ!!」」
空竜と、なぜか階段の上からも声が聞こえた。
「嫁入り前の子が男にそんな無防備なことするんじゃない――」
聞き覚えのある声につられて、空竜に冷静に言いながら上を見た露雩は、紫苑が階段を踏み外して宙を飛んでいるのを目にした。
「赤ノ宮九字!!」
露雩が駆け出して、紫苑を抱きとめた。紫苑の柔らかく大きな胸や体、そして春の風の甘い匂いをかいで、露雩は思考が停止してしまった。麻酔にかけられたというより、露雩は紫苑に「酔って」しまったのだ。このかわいい女の子の、どんな美酒でも再現できない、甘美な感覚。
「おーい紫苑! 大丈夫か!」
出雲と麻沚芭が駆け下りてくる。
露雩は一瞬で現実に引き戻された。
もっと紫苑を抱きしめていたいという願いを心の奥に押しこめ、露雩は名残惜しそうに紫苑を離した。紫苑もじっと熱い眼差を露雩に向けている。
出雲と麻沚芭が紫苑を連れて行ったあとも、露雩はそれを見送りながらまだ呆然とその場に立ち尽くしていた。
空竜が腕組みした。
「紫苑が足を滑らせるなんて、珍しいわねえ。どんなときも足取りに隙がないのに。何かびっくりすることでもあったのかしらあ。それにしても、何よみんなして! つまずいた私にはお構いなしなのお!? もー、あとで麻沚芭をシメる!」
そのとき、露雩が時間を止めた。
空間の異変を察知した紫苑が、走って戻ってきた。出雲と麻沚芭も一緒である。空竜と三人で、この空間の中で動けるのだ。
男子生徒が陰気にまみれてあてもなく歩いている。そして、鋼鉄将校を見て止まった。ぼうっと立っている。鋼鉄将校は双剣ディルキータで円を描いた。鋼鉄将校の全身から光が放たれ、紫苑はその光を両眼に浴びた。鋼鉄将校が叫んだ。
「私の光を訳すのだ!」
紫苑の目が陰気の男子生徒の過去を読み出した。
せっかく陸上部で期待されていたのに、大会前で練習のしすぎによってケガをして、練習量が減っている間に、走りこみを続けていた他の部員にタイムを抜かれてしまった。こんなことなら、練習をしすぎなければよかった。悔しい、苦しい。
紫苑は答えた。
「お前が決めた道の上で、お前の才能は今そこにしか使い道がないのだから、惜しみなく使え! 一生のうち、そこ以外でいつ使うのか? これは人生のどの場面においてもそうだ。力を小出しにすると、自分の考えている範囲内でしか成長できない。人生の大一番で傷つくことを恐れるな。力を出し切れば必ず自分なりの結果がついてくる。力を出し切って限界を超えるとは、レースで一着に入ることではない。自分の新しい力を手に入れることだ。きちんと自分の才能を発揮させてやれ! 使い尽くしてやれ! 無駄に傷つかないようにするために、歴史や統計データ、理論があるのだ、先人の教えを大事にしろ、必ずお前を守ってくれるぞ!」
「ああ……傷つく勇気と身を守る知識……両方あれば……」
男子生徒の陰気が荒れ狂い、暗黒の煙になった。そして白い煙になって浄化されると、白い水滴の形の白魔になった。
「わたしは“出し惜しみ”の黒魔だった。わたしを救ってくれて、ありがとう!」
そして、世界の一部として去っていった。
時が戻った。
「……」
鋼鉄将校から戻った露雩は、紫苑の姿を見つめていた。紫苑以外では、誰も自分をこんなにも酔わせられない、と。
「(もう一度この子を抱きたい……)」
紫苑の感触が忘れられず、露雩は心の中でため息を一つついた。その紫苑が、いやに露雩の背中と空竜の胸を見比べているのが気になった。
黒魔に憑かれていた陸上部の男子生徒が、廊下の真ん中で意識を失って倒れていたので、救急車が到着して、校内は騒然となった。何かの事件に巻きこまれたのかと警察も来て、教師たちはその対応に追われ、一限だけ全校自習となった。
完全に遊びの時間なので、生徒たちは教室の中でトランプやおしゃべりをしたり、男女のグループ同士でどこかへ遊びに行く計画を立てたりしている。出雲はこっそりバンド部の部室へ行き、楽譜のタイミングを部員と話しあっている。麻沚芭と空竜たち風紀委員は、遊びすぎて警察など外部の人間に学校の恥をさらす者が出ないように、自主的に見回りをしている。
紫苑は、図書館にいた。どの本を読んでも、この時代を理解する助けになるはずだと考えて、まずは本のタイトルを全部読んでいく。すべての本を読むことは不可能なので、全科目から一冊ずつ選んで読んでいこうと思っている。
しかし、つい『全国の祭』という本を手に取ってしまった。この時代の神と、神の祀られ方に興味があったからである。
「(映像だけじゃ、よくわからなかったもの)」
『多神教の国』と読み始めたところで、紫苑の肩を叩く人がいた。
「?」
振り返ると、優しく笑った露雩がいた。
「あ……こ、こんにちは」
「君もここに来てたんだ。教室にいなくていいの?」
「藜先輩こそ……」
「オレは勉強してて知識の補足のために来たんだ」
すぐ帰るつもりだったけど、という言葉を呑みこんで、
「隣、いい?」
と、イスを指差した。
「ど、どうぞ!」
紫苑の心臓はバクバクしだした。
「(ど、どうしよう。緊張するよー!!)」
「何読んでるの?」
露雩が、紫苑に顔を寄せてくる。露雩の匂いがして、紫苑は再び思考の展開が崩壊する。
「『全国の祭』? 行きたいの?」
「あ、いえ、神様のことが知りたくて……」
「九字神社にも神様がいるじゃない」
「そうですけど……」
邪闇綺羅様や阿修羅様、白狼様に四神五柱が今、どう解釈されているのかが知りたいのだ。
「先輩は化学の方程式の本ですか」
紫苑は話題を変えた。
露雩は厚い本を見た。
「うん、科学に興味があってね」
「そうなんですか……」
紫苑は化学や現代のテクノロジーの仕組みといったことにまだ疎いので、うまく話を続けられなかった。
「……」
「……」
図書館なのであまりしゃべれないのも手伝って、二人はしばらく無言で本のページをめくっていた。
「(……邪闇綺羅様たちの記述は、ない……)」
寂しく思って、紫苑がそっと露雩の顔をうかがうと、すぐ隣の露雩は真剣に本を読んでいたので、それ以上言葉がかけられなくなってしまった。
「(邪闇綺羅様……)」
紫苑は視線を落とした。
「(この人と一緒にいるとこんなにも胸が苦しいのに、私はこれ以上近づいてはいけないのね。こうして隣り合って座っているだけでも幸せだけど……。この人が笑うところ、もっと見たいな……)」
そのとき、露雩が本を読みながら呟いた。
「……あのさ」
「はい?」
「もしよかったら……このあとカフェテラスへ行かないか」
紫苑の胸がドキドキッと激しく高鳴った。
「(えええー!?)」
カフェテラスとは、この海原高校の食堂に隣接する、屋外に複数置かれた丸テーブルとイスのことである。生徒たちが放課後によく友人同士でコーヒーを飲む席である。もちろん、校内のカップルもだ。
紫苑を隣にしながら、露雩も自分の中で格闘していた。
「(勉強してる最中にお茶に誘うなんて、オレ、軽い男だと思われないかな。断られたらどうしよう。この人の心の中にオレなんかいなかったら……。でも、恐いけど、何も言わないのは男じゃないぞ!)」
「あの、じゃ今すぐ行きませんか」
「(よかった!)」
露雩はいろいろと内心大喜びし、心を落ち着けてから、
「うん。じゃ、行こうか」
と、本を返しに行った。紫苑も本を返しに行きながら、顔のほてりが止まらない。
「(な、何話そ何話そ! どうしよ甘い物の話とか好きかなうーんうーん)」
と、激しく心が乱れている。露雩も、
「(けっこう好きっていうレベルかも! よし!)」
と、グッと握り拳をした。
緑陰のカフェテラスには、白い丸テーブルが十脚と、茶色い木製のイスがそれぞれ四脚ずつ並んでいた。もう既に複数のカップルで埋まっている。露雩は端のテーブルに向かった。
「ここにしようか。何か飲む?」
「いえ、先生に見つかってもすぐに逃げられるように、何もいりません」
「よく気が回るなあ君って」
露雩は笑って腰かけた。紫苑も続いた。
さて、話を……と思ったそばから、露雩が聞いてきた。
「ねえ、出雲と麻沚芭と君って、どういう関係なの?」
「えっ? ただの幼馴染みですけど」
露雩はむっと口を尖らせた。
「窓越しに話ができるほど仲いいんだろ」
紫苑は、露雩が嫉妬しているのだと気づき、かわいいと思って、その嬉しがる自分の目のやり場に困って、うつむいた。
「あの……、物心ついたときから、私の部屋に入って来たら双剣でコロスと言ってあります」
「……信じる」
露雩は神刀桜と紅葉を思い出した。
「……藜先輩こそ、空竜とどういう関係なんですか?」
「……え? クラスメートだよ」
露雩は意味がわからず、普通に返した。しかし、紫苑はテーブルの下で手を強くつかみあった。
「だ、だって、抱きついてたじゃない! 今日、階段で!」
「え?」
あの事故のことだろうか。露雩は、これまでの様々なヒントのパズルのピースをつなげ、一つ思い当たった。
「もしかして君……、あれを見て驚いて階段を踏み外したの?」
紫苑が真っ赤になって、ますますうつむいてしまった。
「かわいい……」
「え?」
「あ、いや。あれは空竜が転んだだけさ。それにオレ、空竜はオレのこと特に何とも思ってないと思うよ。オレもだけど」
紫苑は、ほっと、肩で小さく息をついた。
「かわいい……」
「え?」
「あ、いや。オレも、よかった。出雲と麻沚芭が君にとってなんでもなくて。だってさ、あの二人、けっこうもててるんだよ。赤ノ宮九字に勝てないと思って、女の子たちは声をかけられないみたい」
「えっ!? 初耳です」
まあ、確かに勉強もスポーツもできるし、顔もいい。もてない方がおかしいか。
「私のせいであの二人は前に進めないのか……」
剣姫として悩み始めたとき、露雩が時間を止めた。
複数の女子生徒が、陰気をまとって紫苑を見ていた。
「あんたばっかり好かれて……ずるい!!」
全員が陰気の刃を振り上げて、飛びかかってきた。紫苑は神刀桜で弾き返した。鋼鉄将校になった露雩が、双剣ディルキータで円を描いた。鋼鉄将校の全身から光が放たれ、紫苑はその光を両眼に浴びた。
「私の光を訳すのだ!!」
紫苑が陰気の女子生徒に答えた。
「自分の思い通りにならないからといって暴力を振るうのは、その者の頭が悪いからだ。相手を倒そうと思えば、言葉だけでも十分可能なのだ。暴力を振るう者は言葉が浮かばない、頭の悪い人間なのだ。だから発散の場として暴力に頼るのだ。言葉は盾にも武器にもなるが、暴力は身を守るには限界がある。多勢で攻められたら、分が悪くなるからだ。いくら切れ味鋭い刀も、五回六回と交刃するうちに、砕けてしまうのだ。ザコでも大量にいれば、強い者を倒せてしまうのだ。
一方、言葉は相手を貶め、世界中の物笑いにし、信用を落とす力を持っている。また、それは己の身を守る知恵なのだ。攻撃相手もまた言葉を使い、こちらを陥れるために挑発し、暴力を振るうよう仕向ける策略を使ってくるだろう。そのときはこちらもさらなる知恵で相手にやり返し、自分の身を守れ。相手に恥をかかせて罰を与え、容易に手出しできないことを思い知らせてやらなければならない。相手にこちらが一筋縄ではいかないことを悟らせることこそ、争いの芽を摘む一歩である。罵りに忍耐などせず、知恵で倒してしまうとよい。
だから知恵は何よりも尊いのだ。暴力を忍耐しないで済む。それに、何よりそういう教育を徹底すれば、その社会は、相手と戦うときは暴力で倒すよりも社会的に懲らしめる方が最も効率がいいという認識を共有でき、暴力で決めようとする者を、社会から排除できる」
女子生徒たちの陰気が荒れ狂い、暗黒の煙になって、白い煙に浄化された。女子生徒たちは、まだ恨めしそうに紫苑を見ていたが、紫苑に、
「怒っているなら言葉に出しなさい。お前たちは一生、自分も他人も何も変えられなくなるぞ」
と、ぴしゃりと言われ、おとなしくなった。
白い煙が白い水滴の形の白魔になった。
「わたしは“暴力”の黒魔だった。わたしを救ってくれて、ありがとう!」
そして、世界の一部として去っていった。
複数の女子生徒が新たに倒れた状態で発見されたので、その日は休校になってしまった。全校生徒は、昼休みが終わるまでに支度して、下校するようにと教師から指示があった。
紫苑と女友達の三人は、皆が自習(つまり遊び)の片付けをしている中、芝生で素早くお弁当を食べていた。細身の長荷歩が、コンビニの鮭弁当をかっこみながら言った。
「いやー、つきあってくれてありがと! 私これからすぐ、勤務時間を自由に決められる配達のバイトをするんだ! 今日は時間多めに働けてラッキー! お金欲しいし!」
小柄なふっくら顔の丸竹紐乃が、母親の作ってくれた弁当の丸いおむすびを口に入れた。
「いいよいいよ、お互い様だから。私だってこれから予備校の自習室行って、勉強だよ。一人で食べるより、みんなと食べたいよ」
癖毛をおさげにした平均的な背の高さの乗翼が、四角いサンドイッチを手に持ちながら、癖毛をふわふわ揺らして笑った。
「私も、男子のグループにカラオケ行こうって誘われたけど、約束があるからって言って、断れたよ。ありがとう」
歩と紐乃が唇を、んー! と口の中にしまった。
「こらー翼、もててんの自慢すんな!」
「誰と誰に誘われた! 教えろっ!」
「えー? そ、それはー」
その会話を、紫苑は微笑みながら聞いていた。紫苑のお弁当は、もちろん紫苑の手作りである。魚の煮つけ、イカの天ぷら、きんぴらごぼう、キュウリの漬物に、果物にはサクランボ。
男子の名前を聞き出してから、三人は紫苑のお弁当をじーっと見た。紫苑が女性としてのレベルがやたら高いので、なんかやっかみたくなった。歩が聞いた。
「今日も手作りなの? すごいけどメンドーじゃないの? 冷凍食品とか、買えばあるじゃん」
紐乃が確認しようとした。
「まさか、料理する暇があるほど勉強できるの?」
翼が自分のヘアスタイルやコロンを気にしながら聞いた。
「作るのは大変で、食べるのはあっという間で、虚しくない?」
紫苑は怒ることはなかったが、若い娘のその考えに驚いた。紫苑は冷静に返した。
「料理は、それを一緒に食べる大切な人と長生きできるもとになる、大切な行いよ。親孝行でもあり、自分の夫や子供への愛情そのものだわ。誰でも、料理を作らなければ生きていけない。家族の長寿を願うなら、がんばらなければならないわ。『時間を食うし、ムダで面倒なこと』ではないわ。『私と両親を生かしてくれる大切なこと』なのよ。掃除をしたりお風呂に入ったりするのと同じように、『やるのが当然のこと』なのよ。毎日命を更新し、つないでくれるから、私は料理ができることに感謝しているし、家族が生きていてくれることを喜んでいるのよ」
友達三人は、「「「……」」」と、予想外の答えに返事ができなかった。「モテたいからでしょ」と思っていたからやっかんだのに、紫苑が大切な人のことを考えて料理を作っていたからだ。
「……なんか、紫苑と結婚した人、幸せになりそう」
歩につられて、紐乃も呟いた。
「でも、なんか私も、いつかそう思って料理したいって思った」
翼が両手を胸の前で重ねた。
「うん、家族を愛してるから作るんだよ、一緒に生きていこうっていう、さ」
三人はほのぼのとした。
「毎日家の中に愛が見えるのって、いいなあ」
紫苑はつけ足した。
「それは料理だけじゃないわ。家族が生きててくれるだけでそうなのよ」
「そっかあ……」
四人が温かい空気を出していると、帰り支度をしている露雩が通りかかった。
「見つけた、赤ノ宮九字! 一緒に帰ろう!」
「「「キャー!」」」
友達三人は目の前のラブラブな話に飛びついた。紫苑は恥ずかしさのあまり、お弁当に目を落とした。
「あ、あの、まだお昼を食べ……」
「今日もおいしそうだね」
露雩が紫苑の右肩の上に顎をのせるかのせないかというほど密着して、後ろからお弁当をのぞきこんだ。
紐乃と翼が興奮して肩を叩きあう中、歩が援護射撃をした。
「先輩、紫苑の料理には愛が詰まってますよ!」
「それは欲しいなあ」
露雩が紫苑の魚の煮つけを指差した。
「欲しい」
友達三人は、固唾を呑んで見守っている。それを知りながら、紫苑は観念して、箸で魚の煮つけをつまむと、下に左手を添えて露雩の口に差し出した。
「はい、あーん」
「うむ!」
露雩が食べると、三人はキャー! と、お互いを叩きあってはしゃいでいる。
「――おいしい?」
紫苑はドキドキしながら露雩を上目遣いで見た。
「うん! 毎日欲しい!」
二人のやり取りを聞いて、三人はまたキャー! と、踊りまくっている。紫苑が困ったように箸を止めている。
「毎日食べたら栄養が偏りますよ」
「毎日違うのが欲しい」
紫苑はなぜか赤面してしまった。
「……私の作ったお弁当、食べたい?」
「うん。毎日食べたい」
友達三人は、我が子の巣立ちを見るような目で涙を流し、ハンカチでその都度ふいていた。
「「「これが大人になるということか……!」」」
紫苑と露雩を見守っている三人は置いておいて、紫苑は提案した。
「じゃ、今日この後一緒にお弁当箱買いに行こ。私、あなたがどれくらい食べるのか知らないから」
「うん! ありがとう赤ノ宮九字! デートしよう!」
三人が一斉に叫んだ。
「「「うらやましー!!」」」
歩が肘でグリグリしてくる。
「いいなあいいなあ紫苑! くっそーこのこのー!」
紐乃が口から炎を吐きそうだ。
「私たちの前でデートの約束なんかしてー! 私も彼氏ほしー!」
「ねー紫苑ー、彼氏にしないんなら一式君と霧府君紹介してよー!」
なんかそれが本命そうな翼が身を乗り出す。
「あのねえ……」
三人が紫苑に好き勝手なことを言っているそばで、露雩は素早く辺りを見回した。
「出雲と麻沚芭に見られたら大変だ。早く食べて」
「は、はい!」
せっかく作った自分のお弁当を、味わう余裕もなく口に入れていく紫苑を見て、三人は同情した。
「あんたも大変ねえ……」
「彼氏できたからって、ちゃんと二人に言いなよ?」
「彼氏」と聞いて、紫苑がむせた。
「(まずい! このままでは深みにはまる!)」
紫苑はただ、邪闇綺羅に似た露雩が、他の女の子と仲良くするのを見たくないだけなのだ。
「(どうしよう……。邪闇綺羅様を裏切っているのでは……)」
露雩と並んで下校しているのに、紫苑の足取りは重かった。




