双子の星第四章「あらたまの青月(あおつき)満(み)つ」
登場人物
赤ノ宮九字紫苑。双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪の雫を持つ、「土気」を司る麒麟神に認められし者。阿修羅神が救いの道を示したあとの元の星に、邪闇綺羅神の力で戻ってきた。十の星方陣を成して星を救うために、戦う。
パヘト。以前竜の国で出会った小竜のパへとで、星の意思を守る存在に変わった。紫苑がこの星で存分に戦えるように支える。
ナバニア。海船民族の青年。閼嵐にそっくりな姿をしている。
カイナ。戦馬民族の女武人。氷雨にそっくりな姿をしている。
ショウラン。旅する演奏団にいた、戦馬民族の子供。霄瀾にそっくりな姿をしている。
ツクギ。牧農民族の王。麻沚芭にそっくりな姿をしている。
ラカヤ。仙雲民族の王。出雲にそっくりな姿をしている。
ハヂビス。ツクギの姉。空竜にそっくりな姿をしている。
阿修羅。人間の発音で「あしゅら」と呼ばれる。紫苑の愛するお方、邪闇綺羅の弟。かつてこの双子の星に、十の星方陣を成せば道がつながると、言葉を降ろした。
白狼。時の神。一定の時を戻せる。
ギュジェリョー。最後の竜。神を殺し、その神のいた空席に座って、神に成ろうとする。
第四章 あらたまの青月満つ
「ショウランッ!! クリュウ!! ヒサメッ!!」
紫苑が錯乱して絶叫した。
「私はまた仲間を死なせたのかああっ!!」
「姉上ええっ!!」
紫苑とツクギの気が乱れて、パヘトの龍神形態が解かれてしまった。
『死ねえ若僧!!』
パヘトに迫るギュジェリョーの口を、阿修羅の神刀・白夜の月が防いだ。
「下がれパヘト!」
「はいっ、阿修羅様!!」
紫苑たちは、石化した三人を呆然と見つめていた。
「どうしても、お前たちがっ……」
紫苑が思わずラカヤに目を向けたとき、
「タイム・ハウル〈時の遠吠え〉!!」
白狼が咆哮すると、三人の石化が解けた。
「姉上ええっ!!」
ツクギがハヂビスに抱きついた。ショウランとカイナも、皆に囲まれて戸惑っている。白狼が鋭く叫んだ。
「私の咆哮は時を戻すことができる! しかし、お前たちの石化を解きながらでは、戦えない! パヘト、紫苑以外を乗せて空へ! 紫苑、運命の女よ、共に戦え!」
「はい!!」
パヘトは六人を乗せて空へ上がり、紫苑は全身から白き炎を出して空中に浮かぶと、双剣を構えた。
大地が円盤状に、あちこちで石化していく。荒野も、川の流れの水でさえも、すべてが石になっていった。その円の中心にいるのは、“W”の形をした、灰色の草だった。しかし、草なのに、ウサギのようにぴょんぴょん跳ね回って、跳んだ先をどんどん石化していく。しかも、一定時間を過ぎると、同じ形のものに分裂して、増えていった。
紫苑が目を凝らしてみると、“W”の一方に目があり、また、草は石だということがわかった。“W”の形の、石の蛇だったのだ。
「お前が第九の邪神か! 名乗れ!」
この分裂を一旦止めなければと焦り、紫苑は叫んだ。すると、全石蛇が止まって、ぐるりとこちらに振り向き、声をそろえた。
『我が名は石種。世界を柔らかいものから硬いものに変えて、私の住みよい世界にしようとする神だ。何か用か? 私は忙しいのだが』
「(こいつがショウランたちを石にしたのか。どれが元の石種なのか? いや、まさか全部なのか?)世界を何かで一色に染めることは、神がお赦しにならないことだと思うが」
紫苑は、会話しながら注意深く石種すべてを見回した。どれか一体でも違う動きをする個体がないかどうか、探しているのだ。しかし、石種は統率された軍のように、一斉にしゃべった。
『神は全員、一つのルールで動くわけではない。神ごとに望みはある。強い神だけが、それらをまとめて従わせられるのだ』
白狼が割って入った。
「それを邪神というのだ。世界を誰も支配してはならない。神々の王でさえ、世界を守るために、世界の自由な進化を守っている」
『フフン、支配する言葉も目標もない無能な神なだけだ。世界を導いてこそ、神の王だ。力を持て余す頭の中身のからっぽな神などと、私を比較してもらっては困るな。心外だ』
石種が唱和し終わったとき、剣姫の神刀・桜と神刀・紅葉が、石種の一つを真ん中から突き立てて砕いた。
「あのお方のことを、悪く言うなああっ!!」
目が血走って、真っ赤に燃えていた。最大に怒っていた。
「この世界を一人の思考で支配するより、全員の思考を守って維持することの方が、無限に大変な頭脳を必要とすることが、わからんのかああっ!!」
紫苑が次の石種を砕いた。石の大地ももげた。
「私もかつて世界を滅ぼす側だったからわかる……あのお方がどれだけ優しい心で世界を見守っていたか!! どれだけ忍耐強く悪人が変わるのを待たれていたことか!! 簡単に殺せるのに、それをしないで、必ず改心すると信じて待っていてくださったのだぞ!! お前にそれができたか!! 理由もなく善悪すべてを殺し望みの箱庭を作るお前などが、あのお方のお心と、頭脳と、みんなを守ってくださるお力に、かなうと思うのかああっ!! 世界にお前などの出る幕はないっ!! 控えよっ!!」
紫苑は顔の左側に目の穴も口の穴もない半月の仮面をかぶって、男装舞姫になると、石種を手当たり次第に斬り砕き始めた。
「(怒りで我を忘れたか。いや、しかしこの勢いが分裂より早ければ)タイム・ハウル!!」
白狼の咆哮で、石種は半減した。時が戻されて、分裂前の数になったのだ。白狼がタイム・ハウルを繰り返す。石種はみるみる数を減らし、焦った。
『なんだお前は!? 私と競うつもりかっ! ようし、負けぬ!!』
石種は、爆発して飛び散ったという形容がふさわしいほど、あちこちで分裂しだした。もはや、タイム・ハウルの力を上回る増殖である。パヘトの神器・昇龍の鎧の風守の術で石種を囲もうとするが、風を突き破って外に出てしまう。
石の大地と石種が、果てしなく広がろうとしている。こんな世界を滅ぼす邪悪な輩に、あのお方から世界を託された者として、私は負けるわけにはいかない。
男装舞姫は神刀・桜と紅葉を二本とも右手に持って、頭上から体の前を通って右回りに回転させた。
「護国結界・限界臨生誓!!」
石種の密集する中央に四つの星が浮かび、四方へ飛び、石種すべてを囲う四角い空間を作った。紫苑は間髪を容れず叫んだ。
「神刀桜・開力!! 濃桜!!」
その声と同時にその空間には、紫苑の神刀桜から桜の香りが広がった。場を支配する、その鼻をくすぐる穏やかで軽やかな甘い香りが続く限り、結界は有効となる。
『くっ! くっ! なんだこの結界は! この私を閉じこめたつもりか! 人間の分際で!!』
石種がどんなに体当たりしても、第三の最強の力と神器の結界を破ることは、できなかった、
「この結界は、中の、お前に呪われた石の大地を、これ以上の傷から救い、外の大地をも守る結界だ!! どこにも逃がさんぞ石種!!」
紫苑に向かって石種が増殖を早めた。
『ならば増え続けて、共に中にいるお前を、この空間で石埋めにしてやろう!! ははは、私を止めようなどと思い上がった報いを受けろ!!』
男装舞姫は神器・光輪の雫を右手に、神刀紅葉を左手に掲げた。
「炎・月命陣!!」
光輪の雫から三日月・上弦の月・満月・下弦の月の形の炎が雨のように石種に降り注いだ。しかし石種を弾くだけである。紫苑はさらに叫んだ。
「神刀紅葉・開力!! 朱鳥!!」
空をつんざく鳥の鳴き声が炎の月を炎の鳥に変え、石種に音の波動で突撃しだした。
『フン、こんなもの痛くもかゆくも……』
邪神がそう余裕を見せた直後、音の攻撃で、石種は次々にひびが入っていった。
『な、なんだと!? 一体なぜ……!?』
石種は、砕かれた自分の体を確認しあった。
激突の傷痕に、「柔」「助」「守」など、石種と相容れない思想を表す字が刻まれていた。
言霊の力が支配する世界で、紫苑は自分の力に加えて、星を守り敵を破る言霊を込めたのだ。
白狼のタイム・ハウルにも攻められ、増殖が追いつかない石種は、どんどん数を減らし、遂に一体だけになった。
『なぜだ!! この私が、人間ごときに!!』
石種が男装舞姫に飛びかかった。男装舞姫の右手の和紙の腕環の字が、石種の目に飛びこんできた。
「愛」の字の傷を受けて、最後の石種は粉々に砕け散った。
邪神ギュジェリョーは、石種が敗れたのを見た。
『わしより弱いことはわかっていたが、あまりにも弱い奴だった。カスめ、二度と甦るな!! 第十の邪神!! 来い!! わしを失望させるなよ!!』
ギュジェリョーの隣が、黒い沼地になると、ギュジェリョーに匹敵する大きさの黒い右手が出てきて、バチンと大地をつかんだ。右手の触れた大地が黒い沼地に変わっていった。白狼のタイム・ハウルで元に戻った荒野が、沼に浸食されていく。
パヘトが叫んだ。
「これが邪神シャイアジャウト!! 星の内部に寄生して、森羅万象の流れを乗っ取る最後の邪神だ!! あの黒い沼地はシャイアジャウトの一部だよ、触ったら沼に変えられてしまうよ!!」
男装舞姫は、白き炎を放った。シャイアジャウトに触れたそばから、黒い手に吸収されてしまった。神刀桜と神刀紅葉の双剣で斬りつけても、手応えはなく、むしろどこまでも入りこんでしまい、体を取りこまれる危機に陥った。
「くっ! 引きずられる!!」
白き炎を噴出して脱出しようともがくが、反動も生まれない。
「タイム・ハウル!!」
白狼が時を戻してくれなかったら、体がすべて黒い沼になるところであった。男装舞姫は素早く体勢を立て直した。
「炎・月命陣!!」
光輪の雫の技を出すが、やはりすべて黒い手に入りこんでしまった。神刀桜と紅葉の開力の力に加えた言霊でも傷一つつかず、すべてが吸収されてしまった。
「なんだこいつは……」
男装舞姫が驚愕している間にも、シャイアジャウトは黒い手を這わせ、大地を動き回り、星を黒い沼地に変えている。
「タイム・ハウル!!」
白狼が、シャイアジャウトの周囲の空間を、汚染される前に戻した。シャイアジャウトは再び汚染した。それを、白狼のタイム・ハウルが押し戻す。
「紫苑たち! 私が足止めしている間に第九の星方陣を成すのだ!」
紫苑は男装舞姫を解き、白狼を入れた九人で九角星方陣を成した。
すると、パヘトの神器・昇龍の鎧と、カイナの神器・覇者の冠と、ショウランの神器・天帝の剣と、ハヂビスの神器・王者の盾が、輝きだした。
白狼が紫苑に告げた。
「第九の星方陣は、禁止されている世界の王の登場を、人々の望む間だけ許す! さあ、世界に自分を問うがよい、紫苑!!」
紫苑は空に「愛」の字を念写した。私はこの星を愛している、人々を守りたい、どうか私に力を貸してくれ。世界の敵と戦う勇気のある私を、信じてくれ! 必ず誰もいない場所で、道を切り開いて見せるから!! 私のいる道を、信じてくれ!! ついて来てくれ、みんなーっ!!
それを全人類が読んだとき、人々の心で、言葉にできない何かが動いた。
次の瞬間、四人の神器が閃光を放ち、紫苑の鎧と、冠と、剣と、盾におさまった。紫苑は今、王者の装備を手に入れた。
紫苑王が昇龍の鎧の胸を張り、覇者の冠をきらめかせ、王者の盾を引き、天帝の剣を頭上に高く構えた。
「我が名は一を知り九守り抜く者、一守り九戦い抜く者なり!! 星のすべての輝く命のために、星の敵よ、我が前に散れっ!!」
そして白き炎の翼で邪神シャイアジャウトに突撃した。
シャイアジャウトは手ではたき落とそうとした。王者の盾がそれを防いだ。紫苑王の体に沼のしずくが飛び散ったが、昇龍の鎧は汚染されなかった。
紫苑王は覇者の冠を輝かせながら天帝の剣を振りかぶった。シャイアジャウトの指と指の間に食いこんだとき、そこからシャイアジャウトを白化させていった。
天帝の剣に触れた自分の指がボロボロに砕け落ちたので、言語を持たないシャイアジャウトは無言ながら、明らかに衝撃を受けてすくんでいた。
そしてすぐに黒い沼で手を修復すると、自分をかばうように沼の塊を飛ばし始めた。しかし、紫苑王の王者の盾を貫通することはできなかった。
紫苑王が迫ると、シャイアジャウトは手の体を、黒い沼を吸収して何倍にも巨大化し、その手で紫苑をはたき潰そうとかかった。
そのすべての重みを王者の盾と昇龍の鎧、覇者の冠で防ぐと、紫苑王は飛び上がり、天帝の剣を天からシャイアジャウトに突き立てた。
シャイアジャウトが白化しながら逃れようともがく。しかし、紫苑王は逃がさず、ますます深く剣を突き刺した。手の形を反転させて紫苑王を黒い沼でくるもうとしてきたシャイアジャウトを、紫苑の王者の装備が輝いて跳ね返した。
シャイアジャウトが完全に死滅するまで、紫苑王はその場から動かなかった。
白狼がタイム・ハウルでシャイアジャウトに変えられた土地を元に戻した。
邪神ギュジェリョーは、世界の王紫苑の戦闘力を目の当たりに見た。
『世界の王だと、あんな奴が……! わしの世界を否定し、わしに最後まで抵抗する愚か者、という名だ』
阿修羅が告げた。
「世界の王紫苑。この世界が生き残れるかどうかはお前に託される。最後の邪神と戦うのだ!」
王者の紫苑が目の前に立ち塞がったので、ギュジェリョーは不愉快極まりないという顔をした。
『邪魔だ女! わしは阿修羅を殺して神に成るのだ! お前などと遊んでいる暇はない!』
しかし、紫苑王は何も言わず、白き炎の翼を生やすと、ギュジェリョーに飛びかかった。王でいられる時間は長くはないと、本能的に悟っていたからである。ギュジェリョーは三つの口を同時に開いた。三重の音で死の言霊を飛ばしてくる。紫苑王が天帝の剣で断ち切る。そして、ギュジェリョーの首の一つにかすった。
すると、かすっただけで、ギュジェリョーの首から大量の鮮血が噴き出した。ギュジェリョーは、痛みのない大量出血に驚いた。
『(よほどの斬れ味だ。まともに食らったら切断される!)』
ギュジェリョーは、紫苑王の剣から、自分の敵は逃がさないという執念を感じた。
『仕方ない……これは阿修羅に対しての切札だったのだが』
ギュジェリョーは宣言した。
『我が名は“ゆゑよ”を隠す竜、ギ「ュ」ジ「ェ」リ「ョ」ー!! 今ここに真の名をもって力の解放を行う!! 最後の竜の真の名は“わをん”!! 世界に和音の命令を放つ者なり!!』
ギュジェリョーことわをんは、三重の和音で歌いだした。それは世界を穢す呪いの歌で、とても言葉やメロディーとして理解してはならない響きであった。無理に聞こうとすれば意識が混乱し、または聞かないようにするために殺し合うことになった。
「や、やめろー!!」
「いやーっ!!」
「助けてえ!!」
仲間たちが耳を塞ぎ、目を固く閉じて悲鳴を上げている。いや、この呪いの歌が届く世界中が悲鳴を上げていた。
音の神阿修羅の剣振が、呪いの歌から人々の精神を守った。
呪いの歌の支配する世界で、紫苑王が声を上げた。
「神が寿いだ世界を穢すとは!! 反逆者め!!」
わをんが憎しみをこめて言い返した。
『わしら竜族が苦しんでいたとき助けなかった神など、知るものか! わしはな、世界の支配者たる竜族が、世界にいなくてもいい命で、軽いと見なされたことに、我慢がならんのだ! 神は勝手なのだ! だからわしも神に成って、持てる者として勝つ側にまわり、神に意見し、竜族でも神に成れるのだと知らしめたかったのだ! お前は思わんのか? 竜族のことを、なにも滅ぼすことはないだろうと!』
「誰からも何からも学ばなかったお前が悪い」
紫苑王は取り合わなかった。
「神が救いのために何の徴も与えないと思ったか。この世は因果でできている。すべての命が互いの教科書である。どんな人間が『幸福』になり、どんな人間が『不幸』になるか、お前は気づかなかったのか。神は慈愛に溢れているから待ってくださるが、無限には待てぬ。なぜなら、お前たちに傷つけられた者たちも救わねばならないからだ。どんな救いにもタイムリミットがある。その不可逆の時を超えれば、もう神は救うことができないのだ。世界はそれを知れ。神の愛は加害者被害者に平等なのだ。お前が変わらなければ救いはないのだ。座して待つな。動け!! それをお前が竜族に伝えていれば!! だがもう遅い。お前が世界に復讐しようというのなら、私がせめてもの情けだ、斬り返して楽にしてやろう!!」
紫苑王に同調するように、人々の望みの王者の装備が輝くと、王の背後に正十字の光を四つ、菱形を描くように背負わせた。
『タイムリミットだと!? 不完全な神などに代わり、救いなど、わしが作ってやる!! 完全支配こそ、無限に同じ時を過ごせる素晴らしい世界だ! 死んでいい者といけない者、すべての裁き、すべての感情……竜の膨大な知識があれば、それを決めるのは可能なのだ!!』
わをんが声を張り上げて、死の呪いの歌を、海の波の波動のように世界に広げた。
「わあああっ!!」
「誰かああっ!!」
人々の耳から血が噴き出した。耳が呪いの歌を体内に入れることを拒んでいるのだ。
紫苑王が地を蹴った。
「わをん!! 世界を死の呪いで満たすことは、世界の王が許さない!! 死ねええ!!」
紫苑王の天帝の剣がわをんに突き出された。しかし、呪いの歌の鎧を通せない。わをんの両手に捕まりそうになって、紫苑王は即座に距離を取った。
「王と互角とは! ここで勝てなければ人々が!!」
そのとき、人々が苦しみながら両手を天に差し上げた。その両手の指の先に、太陽があった。
その太陽から、紫苑王の光背の四つの光に人々の祈りの力が投下され、光が十倍に膨れ上がった。まるで神がそこにいて紫苑王の背後にいるかのようであった。
紫苑王は人々からの力がぐんぐん体内を駆けめぐるのを感じた。
「今だ、今なら行ける!!」
紫苑王は両手で天帝の剣を足先に向けて持ち、白き炎の翼でわをんに突っこんだ。
そして、一番下の首に下から剣を振り上げた。わをんの呪いの歌が防御する。
「うおおおおお!!」
『♪死を待つ小鳥よー!!』
「私の背負うものを、お前に見せてやるーっ!!」
『♪嘘つきの世界を飛べー!!』
「私の愛するものを、お前に見せてやるーっ!!」
そのとき、紫苑王の四つの光背のうち二つが、正十字のまま斜めに回り、“✕(バツ)”字になった。そして、正十字と✕字が一つずつ組み合わさると、八角形となった。正方形を二つ、縦と斜めに重ね合わせた八角形を連想させるそれは、まるで阿修羅の星晶睛のようであった。
「わをん!! 私の愛する者たちを見よーっ!!」
わをんが二つの光の星晶睛を見たとき、人々に祈られた太陽がひときわ燃え盛った。光の星晶睛がそれを受けると白く輝き、わをんの三つの口のうち二つに光線の光の剣を突き立てた。
『ぎゃああー!!』
わをんは首を振って痛みに耐えた。
『なぜ呪いの歌で防げないのだああ!!』
「わからんのか!!」
紫苑王の天帝の剣が、呪いの三重和音の防壁が失われたわをんの首に食いこんだ。わをんの首が白化し始めた。
「世界のすべてがこの世界のことが好きだからだ!! 生きているということは、それだけで毎日そう神に返事をしているということなのだ!! 世界を殺そうとする者の悪しき呪いの三重和音を、今私たちは何億重もの声の和音で、拒み、破ったのだ!! 世界を甘く見るな!! たった一つの命でどうこうできると思うな!!」
わをんは見開いた目に王と光の星晶睛を映した。
『なっ……何億重もの和音……!!』
「さらば知に溢れし最後の竜。だが心が伴わなければ拒絶され敗れるのはお前の方なのだ。次生まれ変わることがあれば、今度はその無知を埋めて生きていくがよい。世界の王赤ノ宮九字紫苑!! 邪神わをんを今滅す!!」
王の天帝の剣が、最後の竜の首を三つ、斬り上げた。
邪神の消えた聖地が輝きだした。十角柱の半透明の光がせり上がる。大地の割れ目から、扇の形のガスが噴き出して、聖地を舞っている。なぜかそのガスの色は紫でも赤でも朱でもなく、紅だった。
赤ノ宮九字紫苑王が神に奉納する神楽舞を舞うと、王者の装備が解かれ、四つの神器は各々の持ち主のもとへ戻った。一同はしばし、神の舞姫の舞に見とれ、清められる大地の浄化された空気を吸って厳かな儀式に立ち会った。
阿修羅が紫苑に促した。
「さあ、最後の星方陣を作るのだ」
「はい」
十人は十点の角に立ち、紫苑が神器・光輪の雫、パヘトが神器・昇龍の鎧、ナバニアが神器・きん星、カイナが神器・覇者の冠、ショウランが神器・天帝の剣、ツクギが神器・びょう盤、ハヂビスが神器・王者の盾、ラカヤが神器・ぜん玉、白狼が神器・ちょう球、阿修羅が神器・白夜の月を掲げた。そして、紫苑が星方陣の祝詞を唱えた。
『己の答えは何なのか。その思考、その誓い、己の力なり。千の剣、万の恵、己の世界に証する。是すなわち真の寿なり』
十角柱の十角星方陣が完全なる光の十角柱となり、天に光を突き上げた。
すると、星が感謝の喜びでいっぱいの風を、世界中に吹かせた。すべての人々は知った。世界が救われたと。
しかし、紫苑たち十人は、この星が安らかな死の道に入ったことを知った。
この世界に、神がいないからだ。
神つまり希望のない世界は死を迎える。
阿修羅が静かに口を開いた。
「かつて私はこの世界に、十のすべての星方陣が成されたとき、救われると告げた。しかし、神なき世界は滅びるのが運命。この星は、星方陣に失敗して苦しみだらけの世界で緩慢な死を迎えるか、星方陣に成功してすべてが救われる安らかな死を迎えるか、どちらかの道しかなかった。そして赤ノ宮九字紫苑、お前の働きによってすべての邪神は地上の者であるお前によって倒され、すべての星方陣も成された。世界は救われた死を迎えられる道に入った。よくやった。礼を言う」
「……」
あまりのことに、紫苑は返事ができなかった。
「救われた死……それは、人々にとっては……」
阿修羅は紫苑を否定した。
「希望のない世界は地獄だ。お前が最終兵姫と呼ばれていた頃、悪人を滅すればこの世に居場所ができるのだという『希望』があったから、暴発もせず、死にもせず、新しい朝を迎えることができたことを忘れたか」
紫苑は何も言えなかった。真の絶望を経験した者でなければ、この言葉は理解できない。「明日のことがわからない」という希望がなければ、人は一秒も正気を保つことができないのだ。
「……双子の星として、互いを補いあうことはできないのですね」
「神なき世界なれば。私と白狼は単独でここに残ることはできない。神の世界は、もはやこちらにはない故に」
阿修羅の言葉を黙って聞いている紫苑の肩に、パヘトが手を置いた。
「今までありがとう。優しい紫苑。また会えて嬉しかったよ」
ナバニアが穏やかに笑った。
「オレたちを守ってくれてありがとうな」
カイナが片手を軽く上げた。
「最後にお前の役に立てて良かった。神器を得た甲斐があったというものだ」
ショウランが天帝の剣を抱きしめた。
「ずっと忘れないから!」
ツクギがウインクした。
「この世界のことは、オレたちに任せろ!」
ハヂビスが柔らかく微笑んだ。
「あなたの世界で、達者に暮らしなさい」
ラカヤが胸を叩いた。
「王として、どのような世界になろうと、最後までここで生きていくから! 最後の一人にも、この世界に生まれてよかったと思わせてみせるから! 安心しろ!」
死がわかってもなお前を見つめる七人に、紫苑は一筋の涙を流した。
「あなたたちならそうすると私は知っている。だからあなたたちが王なのだ」
黄昏の空が天を覆っていた。世界の王として、赤ノ宮九字紫苑はこの星に最後の言葉を紡いだ。
「星を救いたいなら、祈るだけではだめだ。どうすればいいか考えて、行動しなければ。星を家族だと思え。あなたたちは家族がなぜ欲しいのだ。確かに、無条件に愛してくれる人がいると生きていく勇気が湧いてくる。だが、それだけではない。何か困ったことや問題が起こったときに、家族が一緒に考えてくれるからでもある。誰が他人のために何時間も何日もつきあってくれるだろうか。家族だけだろう。時間は人にとって無限にはない。時間はその人の命なのだ。その時間を家族のために無限に割く、それは『あなたに私の命をあげる』と言っているのと同じなのだ。家事だろうと、看病だろうと、私もあなたも、お互いに命を与えあって生きているのだ。これほどの無償の愛が、この世にあろうか。私は、人間の間で、時間をあげる以上の愛を知らない。相手のために、相手が救われるように一緒に命をかけて考える、それが家族というものだ。だから、星のことも、自分を生かすために今まで愛から耐えてくれていたのだと思うなら、家族だと思ってほしい。どうすれば星が助かるか、全員が考えなければならない。そして、一人ひとり違うその答えで行動しなければならない。答えを出すのを誰かに任せるな。その一つの答えだけでは、間に合わない。すべてを解決することはできないのだ。全員が様々な行動をするから、たくさんの部分でどんどん助かっていくのだ。一つの答えで満足するな。誰かに頼るな。あなたの答えは、必ず星のどこかを救うのだから」
王の言葉は終わった。黄昏の空が静かにその余韻を響かせていた。
王の言葉が揃って、紅い扇の形に代わってこの世界のすべての言葉がガスになって大地から出始めた。そして噴水のように天に上がり、落ち葉のようにひらひらと地に降り、消えていく。
「ここは万の言の葉の地。すべての言葉が落ちてくる場所だ」
阿修羅が周りを手で示し、白狼が紫苑の向かいに立った。
「これまでよくがんばった。さあ、お前の望みを叶えるがよい」
二柱は歌い上げた。
「「この世界にない言葉を、言うがよい!!」」
紫苑は限界まで息を吸った。
「邪闇綺羅様――――――――ッッッッ!!」
すると、空にピンク紫水色黄色青色青緑のめまぐるしく変わる美しい彩雲が現れた。
そしてその彩雲の中から、四神五柱が一柱、麒麟が駆け降りてきた。
「麒麟神!!」
紫苑はひざまずいた。喜びを隠しきれない。「あちらの世界」の麒麟神がいらしたということは。
『よくやった。我は汝を我の使い手として認めたことを誇りに思う。さあ、我に乗るがよい。共に世界をまたぎ、帰ろう!』
「私を、あちらの世界に連れて行ってくださるのですね!」
紫苑が感極まった。遂に、邪闇綺羅様のいる世界に戻れるのだ。
『新しい世界が待っている。我が導こう!』
紫苑は麒麟にまたがった。浮上しながら、紫苑は一同に別れを告げた。
「さようならみんな! ありがとう! ありがとう!!」
今生の別れと愛するお方との再会への期待で、紫苑はそれしか言えなかった。紫苑はいつまでもいつまでも、力を貸してくれた友を見ていた。そして、この世界を。
麒麟に乗って世界を駆けめぐりながら、紫苑はこの世界のために歌った。
『題・黄昏の公転 作詞作曲・白雪
輝く月よ 我に力を
希望と破滅を突きつけて
愛と共に私はここにいる
この剣は救いへ差し出そう
この剣は救いへ差し出そう』
麒麟神と紫苑は、黄昏の空を抜けて、世界から去っていった。
「星方陣撃剣録第三部黄昏の公転二巻・通算二十六巻」(完)・――第三部黄昏の章・完――
星方陣の祝詞の中の『己の世界に証する』の『証する』は、『証明する』の意味でお読みください。祝詞全文の意味は、
「自分の答えを出した者に、その思考と誓いが千の剣、万の恵となって、自分の世界に、それが自分の力になることを証明する。このことは祝うべき真のめでたい事柄であり、また、自分の答えこそが真の祝いの言葉である」
です。
第三部が完結いたしました。お読みいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。




