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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第三部 黄昏の公転 第二章(通算二十六章) 双子の星
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双子の星第三章「神々の空席」

登場人物

赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者。阿修羅あじゅら神が救いの道を示したあとの元の星に、邪闇綺羅じゃぎら神の力で戻ってきた。十の星方陣を成して星を救うために、戦う。

パヘト。以前竜の国で出会った小竜のパへとで、星の意思を守る存在に変わった。紫苑がこの星で存分に戦えるように支える。

ナバニア。海船かいせん民族の青年。閼嵐あらんにそっくりな姿をしている。

カイナ。戦馬せんば民族の女武人。氷雨ひさめにそっくりな姿をしている。

ショウラン。旅する演奏団にいた、戦馬せんば民族の子供。霄瀾しょうらんにそっくりな姿をしている。

ツクギ。牧農ぼくのう民族の王。麻沚芭ましばにそっくりな姿をしている。

ラカヤ。仙雲せんうん民族の王。出雲いずもにそっくりな姿をしている。

ハヂビス。ツクギの姉。空竜くりゅうにそっくりな姿をしている。




第三章  神々の空席



 パヘトに乗った紫苑たちは、北の地方の上空を飛んでいた。あちこちに何かの爆発や攻撃で地面のえぐれた跡があり、草一本生えない不毛の大地になっていた。

 紫苑がツクギに振り返った。

「これはお前が優勢だった跡か?」

 ツクギは疑いを晴らそうと、慌てて手を振った。

「違うって! オレたちはここまでしない! ラカヤの兵に決まってるだろ! この国は術を究める仙雲せんうん民族なんだから、兵士が術の練習で大地をこんなにしてんだよ! この国は国土を兵器の実験場にしてるんだよ!」

「? では食料生産や産業活動はどうしているのだ?」

「それは――」

 ハヂビスが引き継いだ。

「仙雲民族らしいやり方で、解決していますよ」

 北の地方のたった一つの、人の住む地、ユライ王国の王都ペアストーガが見えてきた。

 一目見るなり、紫苑は目を疑った。

 いくつもの宙に浮いている家々を花びらの橋がつなぎ、その王都の下を安全網のように雲がクッションになって支えている、空中都市だったからである。花びらをたくさん重ねたはないかだを船のようにして、自由に移動している者もある。掌より少し大きい花々が浮遊していて、家の下の暗いところを照らすように、ほんのり光っている。移動する街灯のようだ。

「見た通り、空中都市ってやつさ。雲で移動してるから、オレたちもどこにいるかわからない都を、落とせない。パヘト、よく見つけられたな」

 パヘトがツクギにえっへんと鼻息を吹いた。

「竜の視力を甘く見ないでねっ!」

 紫苑が興味津々でツクギに尋ねた。

「それで、これはどういう仕組みで空中に浮いているんだ?」

「はははは! 紫苑! それにはこのオレが答えよう!」

 目の前に、宙に浮く馬車に乗ったラカヤが現れた。背中に巨大なすみれ色のユリに似た花を六つ、づる炎のように挿している。青い外套を着て、長い藍色の髪を左側頭部で一つに縛ってまとめている。いやにぱりっとした立派な服を着ている。

 ツクギが冷やかした。

「ラカヤ、一人で出歩いて大丈夫か? その馬車から落っこちたら、誰も助けてくれねーぞ? うぷぷ」

 出雲いずもにそっくりなラカヤが、顔を赤くして怒った。

「うっせ! 紫苑が隣に乗るから馬車なんだよ!」

 そして、コホンと一つ咳払いをした。

「紫苑、この都はな、風の術で浮いてるんだ。この都の全員が、昼夜交代で風の術を使っているんだ」

「お前以外がな」

「うっせツクギ!」

 紫苑が雲の下を眺めた。荒野だった。

「食料や産業活動はどうしているのだ?」

「オレたちは空気から栄養を取って生きている。産業は、空気から風の術で様々な元素を取り出して、空中で行っている」

 紫苑は高度過ぎる文明に、一瞬ついて行けなかった。ツクギが現代語訳した。

「要は仙人みたいに霞を食って生きてんだよ。あとは天女みたいに柔らかい羽衣でも織ってんだろ」

 ラカヤはツクギを無視して、

「さ、それがわかったところで、」

 馬車の自分の隣をポンポンと叩いた。一人分空いている。

「来いよ、紫苑。みんなにお披露目ひろめだ!」

「「てえんめええー!!」」

 ツクギとナバニアが空気を喉に詰まらせた。紫苑が何か言うより早く、ツクギが叫んだ。

「オレでさえしなかったことをよくも! 国で一番かわいいオレがおとせないんだ、国一番の落ちこぼれのお前なんか選ぶわけないだろ!」

 ナバニアが浅く呼吸した。

「そ、そのいやにしっかりした服は、そのためか!? 自分の国で待ち構えやがって、なんて用意周到な奴だ!!」

 ラカヤが平然と腕組みした。

「オレ、頭いいもん」

「「ふざっけんな!!」」

 紫苑は、

「おい」

 と、怒った声で、白き炎を噴出して飛ぶと、ラカヤの前に立った。

「おっ、炎の術か。よしよし、ここに座れ。二人でこの馬車で城へ行こう!」

「あのな」

 紫苑が怒っているので、ラカヤは目をぱちくりさせた。

「強引だったか? 恋人からがよかったか?」

「私はお前を好きじゃない!!」

 紫苑が大声を出したので、ラカヤを始め、パヘト以外は全員止まった。

「私が好きなのはたった一人のお方だと、言っているだろう!! どうしてみんなわかってくれないんだ!! あのお方のいないところで、他の男に好かれる女の気持ちが、わかるか!? すごく悲しいんだよ!! 泣きたくなるくらい悲しいんだよ!! 好き放題言ってんじゃねえよ!! 勝手に私で、遊んでんじゃねえよ!!」

 剣姫が、瞳を潤ませていた。

――この人を、傷つけたのだ。

 誰もがわかった。

 そして、

――この人には、ここまで言わせるほど大切な人がいるのだ。

 皆がようやくわかった。

「……悪かった」

 ラカヤが真っ先に謝った。

「ごめん紫苑」

「すまないお前を無視して」

 ツクギとナバニアが同時に謝った。

 紫苑はうつむいたまま声を吐き出した。

「私について来たいなら……、私に恋をするな!!」

 わがままでもなんでもない。

 人を愛するということは、こういうことだ。

「それが命懸けで双子の星に降り立った私の覚悟だ。私がこの星にいることは遊びじゃないんだ! お前たちも、自分の星が危ないことを早く自覚しろ!!」

 紫苑に怒りをぶつけられて、一同は動けなかった。その空気をパヘトが破った。

「紫苑のことはみんな諦めてね。だってね、紫苑がこうしてここにいられるのは、みんなそのお方のおかげだからだよ。そのお方のこと、みんな、嫌いにならないで。感謝してほしいな。世界を救ってくれる人を世界に送ってくれたお方に、感謝してほしいな」

 ラカヤたちがうなずいた。

「わかった。その名は何というのだ」

 そのとき、召使いが花筏に乗って、文字通り飛んで来た。

「ラカヤ王、至急お戻りください。大臣様お二人がお待ちです」

「そうかわかった。すまないが紫苑、もう少しこの国のことを片付けさせてくれ。必ず旅には同行するから」

 ラカヤの馬車を追って一同を背に乗せているパヘトは、紫苑に、

「ここに第八の神器があるよ」

 と、囁いた。紫苑はうなずいた。

「わかった」

 パヘトは自然とラカヤの後ろ姿を眺めた。紫苑に振られてもツクギとラカヤが旅をしてくれてよかったと思った。

「(運命に穿うがたれるほどの人たちは、恋で果たすべき使命を見失うような精神力ではないんだね。使命を果たすことを選ぶから、穿たれるんだね)」

 運命の八人はさすがだなあ、とパヘトが感心していると、風の壁に囲まれた先に、直径百メートルの球が五つ載っただけ、という建物が見えてきた。風魔法で浮いている。

「あれがオレの城だ。五階が玉座だ」

 ラカヤが一番上の球の窓に馬車ごと入った。パヘトたちも入ったとき、ラカヤに二人の男が駆け寄った。

「「ラカヤ様、ご相談が」」

 同じ声がそろっているのを聞いてから、二人を見たとき、紫苑たちは「あれっ」と思った。

 頭の線にぴったり沿う光沢のある赤い帽子をかぶった、黄色の立派なワンピースとマントに、同じ色のベルトをした二人の男が、そっくり同じ顔をしてラカヤの左右に立ったのだ。

 二人は双子だった。

 ラカヤが背中の花を抜き、召使いに渡して下げさせた。そして、一同に説明した。

「この二人はスズラとツヅラ、常に優秀な双子が産まれる一族の、双子の兄弟だ。汚職した前任の大臣の後継だ。それぞれ武官と文官をまとめてもらっている。前の大臣は口のうまい嘘つきだったので、オレがこりて口数の少ない穏やかな者を大臣にしようと探して、抜擢ばってきしたのだ。年は四十半ばだ。若すぎると言って周囲は反対したが、王として、国を守ることが最優先されるから、オレは真面目な奴を選びたかったんだ。だが、家臣は二人の早すぎる出世を妬んで、着任から一箇月たつが、あまり従っていないようなのだ。性格や能力だけでは人は動かない……難しいものだ」

 二人は深く一礼した。スズラが口を開いた。

「ラカヤ様の格別のお引き立てを賜りながら、私どもは、官吏に反発を受けております。仕事が滞っておりますことを、お詫び申し上げます」

 ラカヤが素早く聞いた。

「何をされたのだ」

 ツヅラが口を開いた。

「前の大臣のときはできていた仕事を、半分しか終えられなかったと報告を受けました」

「私もです」

 スズラも同調し、続けた。

「私は、着任早々に事を荒立ててはと思い、黙って仕事の成果を受け取りました。すると、彼らは私をなめきって、さらに半分の仕事しかしなくなりました」

 今度はツヅラが訴えた。

「私は馬鹿にするなと厳しく言い返しました。すると、人手が足りないせいだと言われ、官吏の増員を要求されました。権力の拡大しか頭にないようです」

 二人は声をそろえた。

「「私たちは、相手のためにということを常に思って生きてきたので、自分のことしか考えない相手をどうしたらいいかわかりません。ラカヤ様、どうかご助言をいただけませんでしょうか」」

「……」

 ラカヤは頭を抱えた。いい人過ぎて、逆に悪人を理解できないのだ。敵を知らなければ、対処のしようがない。しかし、悪人と仲良くしたいとは、誰も――特にいい人は――思わない。

 国を動かすというのは正解がわからないものだとラカヤが考えながら、二人の大臣にそれぞれ武官と文官の官吏かんりつかさを呼ばせた。

 武官の官吏司ヨートは、背の高い坊主頭である。

 文官の官吏司ヒャーキはよく太った、丸眼鏡をかけた男である。

 二人とも、王を前にして、直立不動で立っている。

 ラカヤはまず、ツヅラの配下、ヒャーキに問いかけた。

「官吏が足りないのか」

 ヒャーキは堂々と答えた。

「はいその通りでございます」

「どのくらい足りないのか」

「今の人員の半分ほどです」

「おかしいな」

「何がですか」

 ラカヤは王都の全人口の学力テストのデータを見ている。この国では年齢に関係なく、毎年、礼儀・政治・学問などの様々な分野で、全員テストを受けて、自分の才能とレベルを確認し、不得意分野の点数を上げてみようという興味も発掘させるなどして、国民の常識を共有し、国力の向上を図っているのだ。

市井しせいには、まだお前たちと同等の頭脳を持つ人間がごまんといる。彼らに今の仕事なり学業なりを中断させて、同じ仕事をさせてみよう。もし訓練されていない彼らがお前たちと同程度もしくはそれを上回る成果を出した場合……わかっているな」

 ヒャーキは急に玉のような脂汗がぶわっと噴き出した。そんなことになったら存在意義が失われる重大問題だ。今の官吏全員、「たまたま官吏にならなかった、自分たちと同じくらい優秀な者たち」と総入れ替えになる。王都一勉強に長けているとされる官吏でさえ、「自分の代わりが他にいる」のだ。

 ここで答えを間違えれば文官仲間に暗殺される。ヒャーキは肥大した心臓だけを大きく波打たせて、体は落ち着き払って答えた。

「実は感冒かんぼうがはやっておりまして、欠勤が多い中での仕事だったため、仕上がりが遅れました……」

 苦しまぎれの見え見えのウソだが、

「これからは健康指導にも力を入れて参ります。仕事はこれから私も入って終わらせますので、どうかお許しください」

 と、深く礼をした。ラカヤは睨んだ。

「増員の件は?」

「申し訳ありません。王の人員配置に口出しをするなど、出過ぎた真似をいたしました。今の人員で必ず仕上げます」

「よし。ツヅラの言うことをよく聞くように」

「ははあーっ!」

 ようやく顔を上げたヒャーキは脂汗が止まっていたが、顔色が真っ青だった。

 ラカヤは次に、スズラの配下の武官ヨートを見た。ヨートは既に瞳が揺れ動いている。

「人には一人ひとりのペースがある。この仕事が半分しかできないのが今のお前たちのスピードなのだから、人に無理をさせるのはよくないと、せっかくスズラが優しい心根を示して受け取ったのに、お前たちはスズラを扱いやすい奴だとせせら笑って仕事をしなくなったのは、どういうわけだ。前任の大臣のときから仕事の能率が四分の一に減っているのはどういうわけなのだ!」

 ヨートは声だけはしっかりとして、答えた。

「大臣にはおわかりにならない様々な問題、様々な計算がございますゆえ……」

 ラカヤの目が光った。

「それは言外にオレを馬鹿にしているのか?」

「いえめっそうもありません」

 ヨートは危険に遭遇したときのように、心拍数を抑えることに集中した。ラカヤの目の光がヨートを突き刺す。

「オレはこの結果は重大だと考えている。仕事をしていない認識はあるのだな」

「ですから、実を申しますと、スズラ大臣就任に不服のものをなだめたりといった、仕事以外のことで時間をかれていまして」

 ヨートは大臣に責任転嫁した。ラカヤは言いたいことをぐっと呑みこんで、告げた。

「お前たちの考えはよくわかった。ならばお前たちのこれからの給金は出来高払いとする」

「えっ?」

 ヨートが不意を突かれて、無防備な形に口を開いた。

「出来上がった仕事の量に応じて、金を渡すこととする。今月は国庫も助かる。四分の一しか武に関する法案も装備もできてないからな」

 ラカヤの言葉に、ヨートが傲然ごうぜんと反論した。

「武力を手厚くしなければ、国家の根幹を揺るがせます! 誰がこの国を守るのですか!」

 ラカヤは冷めていた。

「内部秩序を保てない者に、軍の統率はできない」

 ヨートは息を呑んだ。ラカヤはヨートとヒャーキを見比べた。

「お前たちは、文官司ヒャーキたちもそうだが、スズラとツヅラをこういう方法で試してはいけない。自分たちが困っている問題を預けて、見事に解決してもらったときに認めろ。自分たちの非生産的なわがままを振り回せば、国はその横暴によって滅びる。お前たちが欲しいものは、本当は嫉妬ではなく、この双子の大臣が自分の人生を預けるに足る人物であるとわかる、確証だ。お前たちは、この二人が自分たちを守れるかどうか、知りたかったのだ」

 ヨートとヒャーキは、一言も言い返さずに聞いている。ラカヤは首を振った。

「いいか、それでも今のやり方では、お前たちは倒されるべき悪の側になってしまう。当事者というものは、歴史を学んでテストで百点を取っているのに、自分だけは違うと思って歴史を繰り返すのだ。そんなことはオレが許さない! お前たちはオレの大事な民だ!」

 ヨートとヒャーキは天から糸を引っ張られたように、背筋を伸ばした。

「だからお前たちが自分で改めるまで、仕事の給料は出来高払いにする。早く目を覚ましてほしいからだ。きちんと全員で話し合え!」

 そして、ラカヤはヨートとヒャーキに、

「下がれ!」

 と、命令した。しかし、二人は動かなかった。床に両手と額を押しつけた。ヨートがそのまま申し上げた。

「私どもが間違っておりました。お察しの通り、大臣様がどれほどの器か、見定めたかったのでございます。一人ひとり能率が違うからお怒りにならなかったのでしたら、これほどの慈愛を持たれた大臣様はございません。これからは大臣様に心を尽くして従います。どうかお許し下さい」

 ヒャーキもずっと額を床につけている。ラカヤは二人を立たせた。

「では、オレの前で大臣に謝罪するように。王の前で言えるな」

「「はい」」

 ヨートとヒャーキは、それぞれ大臣スズラとツヅラに謝罪した。双子は二人を許し、これから国を一緒に発展させようと誓い合った。

「お前たちはオレの大事な民だ。オレと一緒に、この国を守ってくれ」

 ラカヤ、スズラ、ツヅラ、ヨート、ヒャーキが手をつなぎ合って輪になった。これがこの国の和解の印のようだ。すると、スズラとツヅラの赤い光沢のある帽子が宙に浮き、二つがくっついて、光る赤い星のようになった。そして、炎になって燃え上がった。炎が、『字の左側のへんに「火」、右側のつくりに「炎」』の字で『ぜん』と読ませる字を作った。

 そして、『ぜん』の字の赤く入った小さな白い玉になって、ラカヤの掌の上に落ちた。ラカヤには、なぜかこれが『ぜんぎょく』という名だとわかった。パヘトがそれをのぞきこんだ。

「『ぜん』は、火気の上位字だよ。おめでとうラカヤ、神器を得たね。みんなの命の火を守れたからだね」

 スズラとツヅラ、ヨートとヒャーキがラカヤに礼をした。

「赤い帽子は、代々我が一族で最も出世した双子がかぶる、家宝でございました」

「おめでとうございます、ラカヤ様」

 ラカヤは『ぜんぎょく』をしげしげと見つめた。

「どこに何が転がっているかわからない。世界とは不思議なところだな」

 そのとき、見張りの塔から伝令が飛んで来た。

「ラカヤ様、国の西の大地で大規模なガスがあちこちから噴出しています!」

 ラカヤと一同は見張りの塔に向かった。紫色のガスが、間欠泉のように一直線に噴き出したりやんだり、をあちこちで繰り返している。ラカヤは、王都を東に避難させるよう、指示を出した。

 パヘトが静かに告げた。

「邪神の猛毒だよ。みんな、腕を出して。ぼくが嚙んで唾液を入れれば、あの猛毒に耐性ができるから」

 紫苑が腕を出した。

「どうして今までそうしなかった」

 パヘトが静かに答えた。

「毒の種類が違ったからだよ。今回あそこにいる第八の邪神の名はギュジェリョー。……元竜族なんだ。だからぼくの唾液がギュジェリョーの毒の耐性になるんだ」


 紫色の毒ガスが、あちこちで噴き上がり、大気を汚染している。本来なら死の大地であるところに、八人は降り立った。

 不思議なことに、毒ガスは様々な文字の形をとって消えていった。パヘトは気づいた。

「もしかして、ここがよろずことなのかな? すべての言葉が落ちてくる地。ぼく、てっきりギュジェリョーの知識が溢れ出ているんだと思ってたけど……」

「奴を倒してここを聖地に戻せば……!!」

 紫苑は興奮した。愛するお方と約束した、紅葉橋の位置がわかるかもしれない。

『お前が星に使われている竜族か』

 よく響く早口の声がした。紫色の毒ガスの向こうに、影があった。一同は目をらした。

 三つの長い首のついている、体の太い黄色く輝く竜が、紫苑の三倍の高さから見下ろしていた。

『名は何という。一人で立てない腰抜けめ』

 再び早口で三つの口が同時に言った。三倍の音だから、よく響いたのであった。

「ぼくはパヘトだ! 星を助ける側の竜だ!」

 パヘトは精一杯ギュジェリョーと同じくらい大きくなって、ギュジェリョーの前に立った。しかし、力を使いすぎて戦いには手が回らない状態だった。ギュジェリョーはフンと熱い鼻息でパヘトを転がした。パヘトはたまらず紫苑と同じ身長に戻った。

『お前が神魔に並ぶ第三の最強、赤ノ宮九字紫苑か。星のあがく最後の砦め。お前を殺し、星をわしの望み通りに従えてやろう!』

 紫苑が神刀に手をかけた。

「世界を貴様の知の犠牲にしようというのであろう! 最後の竜として、死ぬがよい!」

 ギュジェリョーが熱い鼻息を吹いて笑った。

『竜族がなぜ滅ぼされたかわかるか? ……「地上の命だったからだ」』

「?」

 紫苑が片眉を上げた。ギュジェリョーは三つの口をカッと開いて、内部の赤を見せた。

『己の答えは何なのか。その思考、その誓い、己の力なり。千の剣、万のけい、己の世界にあかしする。これすなわち真の寿ことぶきなり!!』

 八角柱の八角星方陣が光の八角柱となって、天に光を突き上げた。また、空の彼方から、九角錐と十角錐の光がギュジェリョーに飛んできて、吸収された。

 紫苑は星方陣の光を見て、思わず自分の神器・光輪の雫の所在を確かめた。

「神器の力を盗んでいない!? 馬鹿なっ、どうして貴様一人で星方陣が成せるのだ!!」

『わしの声は三重声の和音を出せる。地上の者が神の力を引き出すのは、三重和音があれば可能なのだ。昔、絶対三度の二重声の歌姫が、神によみされたように……のう……阿修羅あしゅらしん!!』

 ギュジェリョーと紫苑の中間に、阿修羅が立っていた。古代の黒土のように粘り気がある艶やかな黒髪、古代の闇に水が流れるかのような勢いのある眉、古代の風のうねりのように流れる目元、古代の金の山のように力強く盛り上がった高い鼻、古代の祭りを彩った炎のように真っ赤に燃える色の口唇、古代の氷のように透き通ったりんとして美しい歯、そして古代の雪のように白くすべすべの白い肌をしていた。

「阿修羅様!? ギュジェリョー、何を考えている!?」

『八角星方陣の力は、“神になるチャンス”だ』

 ギュジェリョーが阿修羅をじっくりと眺めながら、舌なめずりをした。

『どの神でもいいから一柱倒せば、その神のいた空席に、地上の者が座ることができるというものだ』

 紫苑は頭に血が上った。

「ギュジェリョー!! 貴様、地上の命でありながら、神に成らんと画策しているのか!! なんという瀆神とくしんやからなのだッ!!」

 ギュジェリョーは舌を引っこめた。

『竜は神に狩られたも同然。地上にいたからだ……。天に行けばもはやわしと神々は同等。戦うことも容易だ。地上のすべての命を洗脳して、わしの盾に使うという戦法も取れる……』

「なっ……!!」

 悪の鋭さは果てがない。知識だけで神に成れると思うのか。お前はこの世界で生きて、それしか学べなかったのか。

 なぜか紫苑は一瞬目がうるんだ。愛するお方の気持ちが、愛するお方の愛した世界の命の一つであるこの竜に、届いていなかったことに。

さかしらな悪から世界を守るのは白き炎の守護姫の務め!! 貴様の悪徳を、き尽くしてくれるわっ!!」

 紫苑が阿修羅と共闘しようとしたとき、阿修羅が手で制した。

「紫苑。お前たちの八角星方陣で、白狼ホワイト・ウルフを呼べ! 私の仲間の神だ!」

「――はい!」

 紫苑は、阿修羅の指示に従って、一同のもとに戻った。ギュジェリョーはニヤリと牙を剝き出して笑った。

『これで邪魔なしでお前をほふれるわい』

 阿修羅は神刀しんとう白夜びゃくやつきを抜いた。

「私の下位竜が、勝てると思うのか」

 紫苑たちは八角星方陣を作り、星方陣の力で白狼ホワイト・ウルフを呼び出した。

 流れるようなつやめきの白い毛並みを持つ、体長二メートルの白狼であった。その牙は、白い根元から銀色の先端までグラデーションが入っていた。

 白狼は、阿修羅がギュジェリョーと戦っているのと、紫苑たち八人が神器を揃えているのを見た。

「赤ノ宮九字紫苑! よくやった! 残りの星方陣を成すぞ!」

 紫苑は阿修羅に目をやりながら、答えた。

「しかし、まだ戦いの途中です。それに、神器がまだです、第九と第十の聖地も、ここではありません」

 白狼は素早く告げた。

「ギュジェリョーは己の星方陣で第九と第十の邪神を取り込んだ。よって今、第九と第十の聖地は解放されている。世界のために戦うお前の声は、聖地に届く。神器なら心配するな」

 白狼の地面の下から、小さな水晶球が出てきた。『字の上側の冠に「雨冠あめかんむり」、字の下側のあしに「みず」』の字で『ちょう』と読ませる字が入っている。

「これは『ちょうきゅう』という名の、水気の上位字の神器だ。聖地が解放されて、星が送れるようになったのだ。私がこれを使うから、急げ。ギュジェリョーの手を封じるのだ」

 紫苑は首をかしげた。

「阿修羅様が敗れるとは思えませんが」

「……」

 白狼は、ギュジェリョーに確信させないために、何も言わなかった。この世界は、度重なる邪神の攻撃によって、そして星方陣で極大な神力を降ろし続けたことによって、崩壊の負荷を発散できず、端から滅び始めていた。そして、その道に一度入った世界を、もう神の力でも引き上げることはできない。

 ――当初の条件通り、十の星方陣を成すことでしか、もはや救われる道はないのだ。

『世界を他人の手に委ねることはさせんぞ!!』

 ギュジェリョーは三つの頭のうち一つの頭で白狼の話を聞いていて、三つの口を同時に開いた。

 上の口が死の呪いの言霊を吐き、真ん中の口が黄色の息を吐き、下の口が炎を吐いた。

 死の呪いの言霊は、紫苑の言霊「白炎はくえん」が散らし、炎はパヘトの昇龍の鎧の風が防いだ。しかし黄色い息は、ツクギが吸ってしまった。

「……」

 ツクギが倒れた。まったく動いていない。

 ハヂビスが取り乱した。

麻痺まひしています! 呼吸できません!! ツクギ!!」

「神器・天帝の剣! 光柔こうにゅう天幕てんまく!!」

 ショウランが天帝の剣から光を発した。ツクギが癒され、動きが回復した。

「すまぬ、ショウラン。油断した」

「ツクギ!」

 ハヂビスが胸をなで下ろした。

 紫苑は、自分以外はとてもギュジェリョーとは戦えない、と考えた。阿修羅は、ギュジェリョーの三重の声の言霊と戦っている。三重の声に、神力並みの力があるようだ。

 ギュジェリョーは、咆哮して、紫色の毒ガスを言霊で汚染して、紫苑たちを包みこもうとした。

『余計な星方陣は、もう作らせん!!』

「……奴を倒すしかないのか」

 紫苑が白炎はくえんの力を帯びた白き炎で皆を守りながら、ギュジェリョーを見据えた。

 パヘトがたかぶる声を抑えながら、前に出た。

「紫苑、ナバニア、ツクギ、ラカヤ、白狼ホワイト・ウルフ様。五行の上位字の力を、ぼくに与えてください」

 神器の力をパヘトに与えるということである。紫苑については、四神五柱が一柱・麒麟きりんの土気の力を出せということである。白狼が察して、四人に合図した。

 紫苑は神器・光輪の雫で麒麟神紋を描き、ナバニアは金気の神器・きんせいを、ツクギは木気の神器・びょうばんを、ラカヤは火気の神器・ぜんぎょくを、白狼は水気の神器・ちょうきゅうを掲げた。

 五行の光がうねり、パヘトを包みこむ。その光が、パヘトを、立派な白い角を側頭部に二本生やした、体の長い白い龍に変えた。

 ギュジェリョーが顔色を変えた。

『それは!! 星の気の調和の証、龍神りゅうじん形態モード!!』

 パヘトはこれまでのかわいい声とはうってかわって、大地のとどろきのような咆哮をすると、ギュジェリョーに躍りかかった。

『こしゃくなっ! 若僧竜ごときがっ!!』

 ギュジェリョーが三つの口から炎と水と風の息を噴射した。しかし、パヘトの五行のうちの「ぜん」、「ちょう」、「びょう」が打ち消した。

『なんだと!?』

 ギュジェリョーが三つの口から土のつぶてと剣の嵐を噴射した。しかし、それもパヘトの五行のうちの麒麟神紋、「きん」が打ち消した。

『星の隠し字ごときがあーっ!!』

 ギュジェリョーは三つの口の三重の音で、死の呪いの言霊を吐いた。

 しかし、それを阿修羅が神刀・白夜の月で、体の前で一気に回して満月を象る聖なる剣振けんしんの音を放って、軌道をらした。

 パヘトは細長い体でギュジェリョーに絡みついた。

『ギャ、ギャアアア!!』

 星の気の調和の五行の力が、星を乱すギュジェリョーを溶かし始める。暴れて逃れようとするギュジェリョーを、パヘトが放さない。

「諦めるんだギュジェリョー!」

『くそ……このわしがこんなことをするはめに陥るとは……はあっ!!』

 ギュジェリョーが風と光を放った。パヘトが気がついたとき、ギュジェリョーはもはや溶けなくなっていた。

「い、いろパ様と同じ体!!」

 パヘトは驚愕した。ギュジェリョーは、かつての竜王いろパと同じ、目に見える白い気の流れの体になっていた。パヘトと同じく体が細長い龍になっていて、気には字が流れ、ギュジェリョーの持つすべての知識を著し続けていた。

 パヘトの五行の力は、五行それぞれに勝つ文字の流れが集められ、相殺されていた。

「なぜいろパ様の体になれるんだ!! 竜王でもないくせに!!」

 白目に黒い瞳のパヘトが怒り狂った。黒目に白い瞳のギュジェリョーは、フンと笑って、パヘトの尾に嚙みついた。

『一つの力がたった一人にしか与えられない、ということはない。レベルの違いはあれ、必ず複数人に能力が宿る。進化の可能性を探り、異能を持つ者の苦悩を和らげるためにな。そんなことも知らんのか。この体になれるのは竜王いろパだけではない』

 パヘトが悔しそうにギュジェリョーの尾を嚙んだ。

「いろパ様の後の竜王みたいで胸クソ悪いね! その知識、ぼくが食べ尽くしてやる!」

『やってみろ小僧!』

 パヘトとギュジェリョーは、細長い体で回転しだした。白い円が、光と風をまき散らす。なぜか、白く輝く“0(ゼロ)”に見えた。紫苑が叫んだ。

「阿修羅様!! 今です!!」

 しかし、ギュジェリョーも叫んだ。

『そうはいくか!! 来い!! 第九の邪神!!』

 次の瞬間、カイナとショウランとハヂビスが石になった。


 星方陣の祝詞のりとの中の『己の世界にあかしする』の『あかしする』は、『証明する』の意味でお読みください。祝詞全文の意味は、

「自分の答えを出した者に、その思考と誓いが千の剣、万のけいとなって、自分の世界に、それが自分の力になることを証明する。このことは祝うべき真のめでたい事柄であり、また、自分の答えこそが真の祝いの言葉である」

 です。

 ラカヤの神器『ぜんぎょく』の『ぜん』は、創作漢字です。『火炎』を一文字に縮めた形です。既存の漢字「エン」とは違います。

 白狼のもとに星から届いた『ちょうきゅう』の『ちょう』は、創作漢字です。『(上に)雨、(下に)水』で一文字になります。


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