表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星方陣撃剣録  作者: 白雪
第三部 黄昏の公転 第二章(通算二十六章) 双子の星
145/161

双子の星第一章「新大陸と旧大陸」

登場人物

赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者。阿修羅あじゅら神が救いの道を示したあとの元の星に、邪闇綺羅じゃぎら神の力で戻ってきた。十の星方陣を成して星を救うために、戦う。

パヘト。以前竜の国で出会った小竜のパへとで、星の意思を守る存在に変わった。紫苑がこの星で存分に戦えるように支える。

ナバニア。海船かいせん民族の青年。閼嵐あらんにそっくりな姿をしている。

カイナ。戦馬せんば民族の女武人。氷雨ひさめにそっくりな姿をしている。

ショウラン。旅する演奏団にいた、戦馬せんば民族の子供。霄瀾しょうらんにそっくりな姿をしている。

ツクギ。牧農ぼくのう民族の王。

ラカヤ。仙雲せんうん民族の王。


第三部完結巻です。




第一章  新大陸と旧大陸



 紫苑たち一行は、南の地方に入っていた。白い砂の続く砂漠の上空で、体を大きくしたパヘトの背に全員が乗って、飛んでいる。ショウランが、一面の白砂漠を見下ろした。

「青い影じゃないんだね。灰色だ」

 紫苑が答えた。

「雪ではなく砂だからな」

 ナバニアは、遠くに隊商がいるのを見つけ、カイナは、水を含んでいそうな植物を見つけていた。

 パヘトは、白砂漠のはるか彼方で、二つの軍勢が睨み合っているのに気づいた。

「あれえ? あの二人、もしかして……」

 紫苑はパヘトと同じ方向に目をらしたが、さすがの剣姫でも、遠すぎて何も見えない。

「何があるのだパヘト」

「うん、ちょっと飛ばすよ。確かめたいから」

 パヘトは大きく翼をはためかせ、全速力で二つの軍勢のもとに向かった。


 弓と槍を持った鉄の鎧の部隊が主力の軍勢の王が、自軍の最前列で叫んだ。

「今日こそお前の首を取ってくれるぞ、ラカヤ!」

 杖と鞭を持ち、呪文の書かれた魔法衣をまとった部隊が主力の軍勢の王が、自軍の最前列で叫んだ。

「お前の方こそ、今日は逃げるなよ! ツクギ!」

 そして、二人は自分の馬をいななかせ、同時に号令した。

「全軍、かかれー!!」

 そのまま全速力で馬を走らせ、王同士は一騎打ちをし、兵士は混戦状態となった。

 それをパヘトの背から見下ろした紫苑は、あっと叫んだ。

 ツクギの中型剣が翻る。白鳥が羽を揃えたような清楚に流れる線の絶えない、焦茶こげちゃ色の髪の毛をしていた。眉はわしがその両翼を雄々しく広げたかのよう、獣の牙のように鋭くきらめく琥珀こはく色の眼差まなざしわにの鱗のように硬くとがった鼻、ヤマアラシの針のようにくっと引き締まった口元をしていた。初夏の草原にそよぐ風の匂いが、汗と熱気でここまで立ち昇ってくる。

麻沚芭ましば!!」

 呼びかける紫苑に気づかず、今度はラカヤの長剣が麻沚芭とそっくりのツクギに突き出される。夜の暗い海が星月の光で照り輝くような藍色の髪の毛に、刀の精霊の刀身のようにほどよく曲がった眉と目、銀の雫を受けたかのような瞳、精霊が住む山のような、すっきりとした形の鼻、花の精の加護を受けたかのようなきりっとしてかつはかなげな口唇、真珠の精にもらったかのような白く並んだ歯、そして海の精がついているかのように透明感のある肌をしていた。夏の青い空の、爽やかですがすがしい匂いを気合と共に発散している。

出雲いずも!!」

 出雲にそっくりなラカヤも、紫苑の声に気づかない。ラカヤとツクギは本気で剣をぶつけ合い、両軍の殺戮も止まらない。

「――仕方のない奴らめ!」

 剣姫は白き炎の守護姫として、二人を除く両軍に白き炎を放った。人間への不信の証である白き炎が、両軍を一瞬で消し去ってしまった。自分の部隊が消えたので、ラカヤとツクギは驚き慌て、空の影に気づいて同時に見上げた。

 白き炎の守護姫は、白き炎の翼でゆっくりとパヘトから離れ、二人の頭上に静止した。

「お前たち、何をしている。戦争は無意味な時代ではなかったのか」

 二人は紫苑に牙を剝いた。

「怪しげな術でオレの兵士を消しやがったのは、てめえか!」

「この野郎、オレの楽しみの邪魔をしやがったな!」

「楽しみ……?」

 剣姫の片眉が上がった。ラカヤとツクギは交互に剣姫に怒った。

「オレは戦いが好きなんだ。戦争はオレの剣の練習になるから、定期的にしたいんだよ!」

「オレだって剣を極めるのが大好きだ! それに、兵士にとっても実戦は何にも勝る訓練になる! だから定期的に戦いたいんだ!」

 そして二人は互いを見合った。

「「で、いつかこいつを殺してこいつの領土をもらう!」」

「……あのな……」

 出雲と麻沚芭で殺し合っても、長く決着はつかないだろうし、その間に人々の無益な血が流れることになる。剣姫は仕方なく、神刀しんとうさくら神刀しんとう紅葉もみじの双剣を抜いた。

「私と戦え。もし私に勝てたら、勝った方の味方を返してやろう。だがもし私が勝ったら、お前たちはもう戦うな。私に倒されるべき王となり果てる前に。戦争も終わりだ。いいな」

 ラカヤとツクギは馬から下りると、剣を握り直した。兵士を返してもらうためである。

 それから三日間、三人は休みなく戦い続けた。ショウランは途中で少しずつ寝て、パヘトとナバニアとカイナが見守った。

 だが、ラカヤとツクギは、白き炎の守護姫を倒すことができなかった。最初は女のくせにと思っていたが、本気の打ちこみに本気で返してくる剣の響き、全力でなければかわせない斬撃に、二人は興奮し、陶酔しだした。「自分が今、全力で戦っている」という、戦士にとって最高の快楽が、二人の剣を舞わせ、足さばきを踊らせた。最後の一日は、まるで神のまつりに捧げる儀式のように、夢中で乱舞していた。

 快楽に体がついていかなくなったとき、二人は初めて同時に尻もちをついて、剣を地面に置いた。そして、相手を見た。ラカヤとツクギは、今でもいつか相手を殺せると思っている。だが、この女だけは、剣技がかなわなくて殺せないとわかった。それが、戦い好きの二人に異様な何かをもたらした。

「「おい」」

 二人は同時に言った。

「「この女はオレがもらう」」

 聞いたとたんに剣を持って立ち上がろうとするが、疲れすぎていて動かせない。仕方がないのでつかみ合い、殴り合いのけんかを始めた。へろへろの二人を、パヘトとナバニアが背中から押さえて引きはがした。

 紫苑は、ラカヤとツクギの軍を白き炎で隠していたのを、出現させた。

「とにかく、戦いはやめてもらう。いいな」

「「オレと一緒に城に帰ろう!」」

 ラカヤとツクギは同時に言って、また牙を剝き出しあった。

「おいツクギ! どこまでオレに歯向かうつもりだ! どうせてめえはいつかオレに殺されるんだから、しゃしゃり出てくるんじゃねえよ!」

「うるせえラカヤ! てめえみてえな弱っちい野郎にあの女の相手が務まるか! てめえこそオレが殺すんだから、黙って見てろ!」

 そして、二人はまた殴り合った。パヘトが二人の頭を上から踏みつけた。

「一応聞くけど、紫苑のどこが好きなの?」

 ラカヤは疲れ果てて横顔を地面につけたまま、答えた。

「オレより強いところだ。いつか倒してオレのものにしたい。目を合わせていたいほどの強い視線がいいな。オレがよろめかずに立っていたいと思えた女は初めてだ」

 ツクギは同じく横顔を地面につけたまま、赤面した。

「もちろん、オレより強いところだ。そ、それに、男っぽくてかっこいいところがいいな。男装が似合いそうだ」

 ラカヤがからかった。

「お前、女装でもするつもりなのか」

「うるせーラカヤ! 強い女がいいってことだ!」

 紫苑は、ラカヤとツクギは、出雲と麻沚芭の二人とあまり変わらないようだと考えた。

「私には思い合うお方がいるから諦めろ」

「「え?」」

「それよりお前たち二人、自然の事象でメッセージを読まなかったか」

 ラカヤとツクギは少し黙った。ラカヤが呟いた。

「……水面に、“赤髪の双剣士と竜に協力しろ”という文字が浮かんだ。もしかして、お前たちか」

 ツクギがパヘトの足をどけて、ゆっくりと起き上がった。

「オレのときは、植物のつるが動いてそう読めた。姉上と二人で、今のは何だろうと話しあったが……」

 紫苑が驚いて口を挟んだ。

「姉上!? お前に姉がいるのか!?」

 ツクギが戸惑ってまばたきした。

「え? いるけど。それが何だ?」

 麻沚芭には兄がいたはずだ。しかし、姉で、加えて星のメッセージを受け取ったというのは、捨て置けない。

「神器の適合者に会いたい。ツクギ、お前の国へ行きたい」

「うおっしゃあー!!」

 ツクギが両拳を突き上げて、白砂漠に背中から倒れ込んだ。ラカヤは負けたショックで、白砂漠に背中から倒れ込んだ。

「ラカヤ。ツクギ。軍を自国に戻したあと、しばらく私と旅をしてもらえないだろうか」

「ん? どういうことだ?」

 ラカヤが復活した。パヘトが、自分たちの自己紹介をしてから、星を救うために十の神器を得て、十の邪神と戦い、十の星方陣を成す旅をしていることを話した。

「ふーん。ま、お前をものにできるチャンスができるんなら、いいか。邪神も強そうだし」

 ラカヤは面白そうに、邪神と戦うことに対して目を輝かせた。ツクギも、うずうずしている。

「自分より強い奴と戦うの、楽しそうだな! お前をラカヤに取られないように見張れるし! いいぜ!」

 話は決まった。ラカヤは、さっと手を上げた。ラカヤの軍の中から、風に乗って飛んでくる細長い顔の男があった。長い衣が風船のように膨らみ、衣には紡錘形の中にくるんとしたハートの描かれた呪術的な模様が連なっている。パヘトが紫苑に、「風の目」と言って、風の力を得ることができる図だと教えた。

「今回の戦争はこれで終わりだ。全軍退却の用意を」

「はい、ラカヤ様」

 男が軍に戻ったあと、軍からは、不満を表すような、杖と鞭で地面を打ちつける音が聞こえたが、やがて軍は行軍の陣形になった。ラカヤは自分の馬に乗った。

「じゃあな紫苑。オレは一旦北の地方に戻る。その間にツクギにだまされてツクギのものになるんじゃねえぞ。ツクギ、てめえもわかってんな。オレのいない間にこの女に何かしたら、ぶっ殺すからな」

 ツクギも自分の馬に乗った。

「うるせえラカヤ。てめえのかっこ悪い話をたくさん聞かせといてやらあ。紫苑の前に出られるもんなら出てみやがれ」

「てっ、てめえ根性悪いぞ! 嘘ついたら針千本口ん中に入れて殺す!」

「けっけっけっ、幼い頃からてめえを分析し続けてきたオレの情報力をなめるなよ! じゃーな、ラカヤ♪」

 ツクギは、紫苑たちを伴って、自軍へ戻っていった。ラカヤは、んぬぬうと歯ぎしりして見送るしかなかった。

「全軍ッ!! 全速力で帰還ッ!!」

 半泣きしそうになりながら、ラカヤは自軍に号令した。


「……それでな、ラカヤは仙雲せんうん民族の子のくせに、術が一つも使えないんだ。国で一番剣が強いらしいけど、ただ他の奴らが剣を使わねえだけなんだ。はっはっはっ」

 ツクギが幼い頃からのラカヤの話をしていると、森にたどり着いた。

「ここがオレの国、フタツタ王国の王都、フリヤンだ」

 柔らかな緑色と、優しい黄緑色の葉が重なりあって、立体的な絹織物を織り上げているかのような、ふんわりとした森だった。そよ風が吹くと、高い音と少し低い音がさわさわと触れあって、安らぎを与えるようなハーモニーを響かせた。そして、その森の中に、大木の空洞を住居にしている人々が、暮らしていた。

 男は、頭にターバンを巻き、金色の長袖の上着、緑色の太い帯、そしてゆったりとした白いズボンをはいている。女は、肌の透けて見える長袖の下着の上に、胸を隠す形の緑色の胸当てと、下着をしっかりとめる金環を腕に複数はめている。布のベルトはベージュ地に金糸でできた模様がついている。そして、脚の曲線にぴったりつくような赤く細長い布を巻いている。髪は、イヤリングが見えるように、頭の形にぴったり沿うヴェールで後ろに流れていて、そのヴェールも髪が透けて見える。

 パヘトが紫苑に伝えた。

「ここは牧農ぼくのう民族の国だよ。遊牧と農耕の国さ」

 ツクギが続けた。

「ここには畑を持つ定住者が暮らしている。畑は森の外だ。遊牧民は羊、山羊やぎ、豚、牛、鶏、それぞれ好きなものを選んで育てている。オレの国のルールは、自然を搾取しないこと。これを破った奴は、王のオレが許さない」

 紫苑は、感動して目がうるんだ。向こうの世界で最後に人族王麻沚芭が魔族王閼嵐に誓ったことを、ツクギがしていたからだ。

「自然と共存している緑の都なのだな」

「ああ、そうだ」

 ツクギが紫苑に髪をつやめかせて笑った。そして、軍を解散した。人々は、心なしか弾む足取りで家路についた。ツクギが紫苑に伝えた。

「オレはこれから、旅支度を整えるから、しばらく待っていてくれないか。オレがいない間のことも、大臣に指示しておきたいし」

「お前の姉に会いたい」

「あー、姉上は国の端の町にいるよ。会ってみたい賢者がいるんだって」

 紫苑が驚いた。

「ここに呼べないほどの人物なのか」

「うーん、皆に知られたくないことを聞きに行ったんじゃないか?」

 なぜかツクギは言葉を濁した。そして、少数の親衛隊と共に、城――白い大木の空洞へ向かっていった。

「じゃあ、こちらも旅の荷物の補充をしようか」

 紫苑たちは、大通りに面したフリヤンの市場に入った。切株や板の台の上に、色鮮やかな香辛料の入った木の器が並んでいる。そして、各動物のミルクの入った樽があり、水売りの水のように、一杯五十ダカで売られていた。豆が主食のようで、麻袋に大量に入って並んでいた。

 パヘトが香辛料の匂いをかいだ。

「栄養価が高いから、いろいろ混ぜて豆と一緒に食べるだけで健康が保てるらしいよ」

 紫苑は興味が湧いた。

「ふうん、全種類食べてみたいな」

「あら。辛くてとても食べられませんよ」

 突然、隣に立っていた女が声をかけてきた。女剣士のいでたちだ。さきほどの戦争に参加していたのだろう。遠征用の大きな荷物を背負っている。

「(麻沚芭の里にいた虎の家の知期ちきに似ているな)」

 茶色い髪で、浅黒い肌の、十五才くらいの少女は、獲物を見るような吊り上がった目で、紫苑の目に視線をぶつけた。

「剣がお得意のようですね」

 言葉が刃物のように切りつけてくる。

「ツクギ以上には」

 紫苑はよけずに打ち返す。

「女と思って手加減したのでは?」

 刃がひらめく。

「ラカヤもいてか?」

 刃は叩き落された。

「……香辛料に興味がおありのようですね。これはおすすめですよ」

「名を聞こう。お前の名もな」

 紫苑に問われて、少女はふんと鼻息を出した。

「私の名は陸戦隊第四副隊長・ウリスだ! この香辛料はカーッサラ。香りが良い!」

 ウリスは市場の木皿のうち、赤い粉末の盛られた皿を指差した。

 紫苑がカーッサラに顔を近づけようとしたとき、パヘトが止めた。

「ちょっと待って。それは、免疫のない人が食べるとお腹を壊す香辛料だよ。牧農民族でないとまず壊すね。ウリス、それ、部隊の上に立つ者なら知ってるよね」

「……」

 紫苑は無表情にウリスを見つめた。ウリスは悪びれもせず腕組みをした。

「そうだったか。うっかり忘れていた。なに、お前が衰弱死していいなどとは思っていなかったぞ」

「……」

 やはり紫苑は黙っていた。ウリスは苛立った。

「なんとか言ったらどうなんだ! 私を責める権利があるのか!!」

「……(やはり知期と同じく、この子も、ツクギが好きなのだ)」

「だいたい、氏素性の知れない馬の骨が……!!」

「これから知るんだよウリス」

 紫苑に詰め寄るウリスの背後に、ツクギが立っていた。赤いターバンに、葉の形のスカーフ、すそが細くたくさん切れた黄緑色のスカートの下に白いズボン。そして、縁に赤いハートが並ぶマントに、焦茶こげちゃ色のサンダルをはいていた。

 ショウランが、この女の人だれ? と思ったとき、

「ツ、ツクギ様ッ!!」

 ウリスが九十度の礼をした。鎧から着替えてきたツクギは、香辛料の皿に近づいた。

「この香辛料の組み合わせで、数千種類もの薬が作れるんだ。……そして毒もね」

 ツクギがウリスに振り返ったとき、目のきわに鋭さがあった。

「オレがこの子をどうするつもりか知ってて、この香辛料を勧めたのか?」

 ウリスは恐くて顔を上げられなかった。紫苑はツクギを見た。もともと備わっている、女性のような柔らかい表情は微塵みじんもない。冷酷な王そのものだった。

「わ、私はただ、量を間違えなければいいと……」

「部隊に戻れ!」

「はっ!!」

 ウリスは最敬礼をすると、全速力で駆け去った。ツクギが紫苑に謝った。

「家臣がすまない。何もされてないか?」

 紫苑が微笑んだ。

「私が何かされると思うか? 頼もしい仲間たちがいるというのに」

「えへへー! 褒められたー!」

 パヘトがえへんと胸を張った。

「ウリスの処罰は、またここに戻って来てからにしよう。国を空ける用意ができたから、出発できるぞ」

 カイナが驚いた。

「ずいぶん早いな」

「着替えて戦支度をそのまま持って来ただけだ」

 ナバニアが笑った。

「なるほど、それはうまいな」

「では、ツクギの姉のもとへ向かおう」

 紫苑たちの食料の補充が済んだあと、一同は、パヘトの背に乗って南へ向かった。

 その途中、馬のいななきと鶏の騒がしい鳴き声が聞こえてきた。

「お願いです! 土地を荒らさないでください!」

「うるせえ、オレの好きだ!」

 畑の上で、馬に乗った複数の男と、農夫らしき男が叫びあっている。

「「パヘト。降りてくれ」」

 紫苑とツクギが同時に言った。

 畑の上で、ゆったりした麻の上着とズボンをはいた男が、馬の前で両手を組んで拝んでいる。馬上では、上等な毛織物の上着とズボンを身に着けた若者が、馬を激しく足踏みさせている。周りを四頭の馬とそれに乗った若者たちが囲んでいる。馬が走った畑は、作物がめちゃくちゃに踏み荒らされていた。

「お願いですゴーケ様! これでは作物を納められません!」

 ゴーケは人より高く持ち上がる口の端をぐいと引き上げて、ニヤニヤ笑った。

「ああ? オレの馬の訓練の方が大事だ。税は無傷な作物を持って来い。踏まれたのをお前らが食えばいいだろ」

「そんな!」

 四人もニヤニヤと笑って、農夫が困っている様子を、楽しげに見下ろしている。

「領主の息子ゴーケに文句があるのか!」

「……!!」

 農夫は、力なくうなだれた。ゴーケと取り巻きの四人の男は、奇声を発しながら馬を駆り、作物を踏み散らしていった。

「ヒャッホー! 気持ちいい!!」

「おーい、この鶏持って帰って一杯やろうぜ!」

「一人一羽ずつなー!」

 呆然と立ち尽くす農夫の周りを、男五人が踊り狂う。

 紫苑が刀に手をかけて飛び降りようとしたとき、ツクギが遮った。

「この国で起きたことは、王のオレが」

 紫苑は、ツクギに任せることにした。ツクギはパヘトから飛び、ゴーケを蹴り飛ばしてゴーケの馬を奪った。

いてえ!! いてえー!! 骨がああー!!」

 ゴーケは落馬の際、腕の骨が折れたようである。四人の取り巻きが、殺気立ってツクギを取り囲んだ。

「てめえ! バルキ領の領主様のご子息、ゴーケ様になんてことをしやがる!!」

「死刑にしてやる!!」

 そして、剣を抜いて馬で向かってきた。ツクギは馬を走らせると、輪の外に出て、四角く走って四人を次々と剣のさやで突き、落馬させた。

「うう……いてえよお……」

 四人は、首や膝を打って、地面に倒れたまま動けない。

「なんだてめえは!! 領主様に言いつけてやる!!」

 五人の声が口々にそう言った。ツクギはため息をついた。

「バルキ領の領主プヌットといえば、我が陸戦隊のうちでも勇猛果敢なほまれ高き武将であったが、息子の教育はうまくいかなかったようだな。お前がプヌットの息子ゴーケか。なぜ戦争に参加せず遊んでいるのだ。王命に背いたのか!」

 ゴーケは父親を呼び捨てにされて、腹が立った。

「『女のお前』がなぜ父上より上から目線で物を言うのだ、不敬な女め!! オレは病気になっていただけだ! 周りの兵士にうつしたら父上とオレの名誉に係わるから、オレは居残りをさせられたのだ! 病気は治ったが、何もすることがないのでらしをしていただけだ!!」

 ああ、こいつ、ツクギ王に気づいてないな、と全員が思ったとき、領主プヌットの帰還を知らせる銅鑼どらの音が響き渡った。

「ちょうどいい、来やがれ! 父上に罰してもらう! お前が武人のオレの腕を折りやがったってな!!」

 ゴーケが緊急事態を告げる角笛を吹いた。

「へっ、ざまあみろ、これで全員オレのために駆けつけてくるぜ!」

 ゴーケが浅い息で勝ち誇ったように笑った。

 すぐに、磨き上げられた立派な鉄の鎧を着た中年の男が、戦場から戻ってきたばかりの兵を引き連れて、馬で駆けてきた。カールした黒ひげが、顎からもみあげまで覆っている。ひげと同じようにカールした濃い黒髪に太い眉。そして目玉が大きいことが特徴の、筋肉で少し太めになった体の男が、大きな斧を持って全体を睨みつけた。

「父上!!」

 ゴーケが父・プヌットを呼んだ。しかしプヌットは、息子の惨状と農場の荒れ様よりも、ツクギを見てぎょっとした。

「ツクギ様!!」

 プヌットは即座に馬から下りて、地に平伏した。

「……へ?」

 父親が自分の代わりに目の前の女をやっつけてくれると思っていたゴーケは、呆気に取られた。そして、ツクギという名もものすごく聞き覚えがあることに気がついた。

「え……? ツ、ツク、ツク……!?」

 セミのような鳴き声を上げながら、ゴーケはツクギを見上げた。

 ツクギは無表情にゴーケを見下ろしていた。

「王に対してその程度のものまねしかできないのか。面白くないぞ」

「ひ……!!」

 ゴーケは折れている左腕をだらんとぶら下げたまま、両足を正座し、父にならってひれ伏した。

「ツクギ王、とは知らず、ご無礼を……!!」

 畏れ多くも王を女扱いしたのだ、無礼ぶれいちにあってもおかしくない、とゴーケは腕の痛みを忘れて恐怖の脂汗を流した。その間に、ツクギと農夫がプヌットに一部始終を説明した。大きな体のプヌットが、身を縮ませて小さくなって聞いている。ツクギが厳かに告げた。

「この国の掟は知っているな、プヌット」

「はい、ツクギ王」

 プヌットが、やっと顔を上げた。ツクギが皆に伝えた。

「これより一年、このバルキ領はすべての輸入を禁じる! 領内にあるものだけですべてをまかなうように! 命を粗末にする者は、命の存在に感謝し、いつでも一つの命も無駄にできないことを知る者にならなければ、我が国の民になることは許さぬ! 税は固定でなく割合なので心配するな! 一年間、何かが足りないなら工夫せよ! 私は見ているぞ!」

 プヌットと率いていた兵士たちが、ははあーと礼をした。ゴーケは、一番まずいところを王に見られたせいで、一年間皆から無言の非難を受けるのだと思い、気が遠くなった。

 紫苑は一種感動を覚えてこの場面を見ていた。このもう一つの世界は、人族王麻沚芭が魔族王閼嵐に約束した、麻沚芭の考えた世界であった。それは、「少し物が不足する社会」であった。廃棄される物を減らし、皆が限りある資源・命・物を大切にすると思われる世界。

「(ツクギは、罰と称して各地にその負荷をかけて、最適な資源の摂取量を探しているのだ。そして、工夫させて、捨てているものに焦点を当て、資源を奪い過ぎないで暮らしていけるように、日々進化しようとしているのだ。麻沚芭とツクギはまったく別の人間だが、同じことをしようとしているのだな)」

 ツクギが、紫苑の暖かい目に気づいた。

「これがオレの国のやり方。気に入ったか?」

「ああ。うまくいくといいな」

「うん。早く仕事を覚えてね。未来のお后様!」

「残念だが私には先約がいる。后は他をあたれ」

「おいおい、ラカヤじゃないよな!? あんだけ恥ずかし話祭したんだから!」

「……そもそもお前、ゴーケに女と間違えられたことを、怒ってないだろ。女として生きていきたいなら……」

 ぎくっ、とツクギが目を丸くした。

「な……なんで怒ってないって、わかったんだ?」

「(麻沚芭でなんとなく予習してたからな)」

「でも、オレは女として生きるんじゃなくて、かわいい自分を認めたうえで、男として生きていきたいんだよ」

「うん。なるほど」

「だからオレの相手は、男らしい女の子じゃなきゃ、だめなんだ」

「だめってことはないと思うが……」

「紫苑がとっても理想的なんだよ」

「うーん、あのな、私は私を救える、あるお方が好きなんだ」

 ツクギが疑わしそうにナバニアを見た。

「もしかして、あいつのこと? 筋肉ついた男が好きなのか?」

「違う。ナバニアにも言ったことだ。私の闇を払えるのはそのお方だけだ。私は一生そのお方以外を愛さない」

 ツクギは、むうーと口を尖らせた。女の子みたいでかわいらしい。

「で、そいつ今どこにいるの?」

「……」

 紫苑は黙ってしまった。ツクギたちにはわかるまい。パヘトが近づいた。

「紫苑のことをずっと気にかけているけど、わけあって、今はここにはいないんだ。でも、心から愛し合っているんだよ。ぼく、知ってるよ」

「……ふーん……」

 ツクギは納得したようなしないような顔をして、一旦問い詰めるのをやめた。紫苑は小さく呟いた。

「パヘト……ありがとう」

 竜の耳には、それで十分届いた。

「うん、じゃ、いない間にどうにかしよう」

 不穏な一言を発するツクギを、パヘトは、そのときは紫苑に殴られるだろうなあという達観した目で、眺めた。

「なあ紫苑、オレ、紫苑と出会えた記念に、何かおそろいのものが欲しいな」

「私は欲しくない」

 ツクギが寄ってくるのに対し、紫苑は距離を取った。

「ねえー、女の子用の耳飾りでもいいからあー。一個ずつ分けてつけようよー」

「(さすがに女性的なだけあって発想が違うな)」

 紫苑が断ろうとすると、パヘトが口を挟んだ。

「紫苑との思い出の品ならあるよ」

 ツクギが驚いてパヘトを見た。

「くれるのか!?」

「ツクギが自分で取りに行くんだよ。神器しんきを」

「え」

 一同はパヘトの翼で、南端にある、海岸線を有する地に到達していた。

「ここはマルバス領地だな」

 ツクギがパヘトの背から降りた。

「第六の神器はここにあるよ」

 パヘトが牧草地帯を歩き、大きな建物の密集する町へ向かっていく。

「領主の名はメーオンだ。何か協力が必要なら私が話そう」

 ツクギがパヘトに並んだ。

 メーオンの館からは、何度も奇声が聞こえてきた。いつも戦争で先頭に立ち、自分たちと共に戦ってくれたツクギ王だと気づいた兵士たちが、ツクギたちを領主のいる大広間へ案内してくれた。しかし、この奇声は何だと聞いても、誰もが答えに詰まり、黙ってしまった。

 大広間には、壁際にずらりと武装した兵士が並んでいた。その中央に水盤があり、一人の男がそれに手をかざし、それをのぞきこんだもう一人の男が喜びの奇声を発している。水盤に手をかざしている男は白いターバンを頭に巻いて髪をすべて覆い隠し、首から足首までの長さの白い布に腰帯を巻いて服とし、何の装飾品も身に着けずにはだしでいる。常に何かを求めるような目つきをしている。

 水盤をのぞきこんでいる男は、赤いターバンを巻き、立派な口ひげと顎ひげを生やして、奥まった鋭い目を輝かせている。金糸の刺繡ししゅうの入った赤い上着に、ゆったりとした白い綿のズボンをはいている。

「メーオン。南を任せるためにお前は戦争に参加させなかったのに、何をしている」

 赤いターバンのメーオンは、ツクギ王の登場にぎょっとしてから、すぐに平伏した。

「ようこそおいでくださいました。南の海賊どもを、我が領地はつつがなく防いでおります」

「このマルバス領は、航海するどんな船も、積み荷を略奪される危険がある。それなのに水盤で水遊びして、昼間から浮かれているのかお前は」

「めっそうもございません!!」

 メーオンが強い口調で唾を飛ばして顔を上げた。

「むしろ、この水盤のおかげで、海賊の撃退に成功しております!」

「どういうことだ」

「ツクギ様、この男は予言者で、ハゴウと申す者です。この水盤に映ったものを読み解けるのです」

 ハゴウが一礼した。メーオンによると、この領地の海域は海賊が不意打ちで現れるので、メーオンはその対策にいつも頭を悩ませていた。そんなとき、このハゴウが水盤と共に現れて、海賊の出現場所を当ててくれるようになった。おかげで、ハゴウが来てからというもの、海賊に襲われた船は一隻もなく、戦って海賊の船もどんどん減らせるようになって、いいことずくめだという。

「紫苑! ハゴウは神器の使い手だよ!」

「なに!?」

 パヘトと紫苑が短く会話したとき、ツクギがさらに前に出た。

「メーオン!! ではお前を領主から解任する!! 荷をまとめて立ち去るがよい!!」

 メーオンが仰天して眉と目を天に向かって思いきり上げた。

「まま待ってくださいツクギ様!! 私は海賊を退治して戦果を挙げております!! お褒めいただくのではなく、なぜ職をお召し上げになるのですか!!」

 ツクギが怒鳴った。

「お前はハゴウがいれば用済みだ!!」

「いいえ!! 軍の指揮は私でなければ!!」

 メーオンが事の重大性に気づいて必死に弁解した。

「お前はハゴウがいなければ何もできない!!」

「そっ、そんなことはっ……!!」

 メーオンが言葉にならない息を歯にぶつけた。

「お前はハゴウを神にする気か!! 二人の王、偽りの二重の神は大罪である!!」

 ここで身を守れなければ政治的に終わる。メーオンは震えながら絶叫した。

「上に立つ者なら神託に頼りたくなるときもあるでしょう!! 部下一人の命も重いと考えるなら、なおさらです!!」

 しかしツクギは断定した。

「心正しく生きる者は正しい道を歩ける! 今まで何を祈ってきたのだ! それを教えていただくためであろう! 自分の決断に自信が持てぬ者は、人の上に立つ資格はない! 下におれ!!」

「そんなっ……私は、ただ、一度も負けたくないと……」

「心正しくない者は不幸に遭う。罰なしに神が罪を赦されることはない。お前はどうやら世のことわりを無視する悪の力に目をくらまされたらしい……ハゴウ! お前は何者だ。メーオンに取り入って何が目的なのだ」

 ハゴウは自分の力をとがめられて、明らかに戸惑っていた。

「私は、自分の力を、私の思いつく限りのことで、この国の役に立てたいと思ったのです」

 ツクギは重ねて問うた。

「しかしそれは、ハゴウという偽りの神を生む。それはわかるな?」

「……はい」

「それに、そのような水盤を持っているのなら、お前の考えだけで海賊退治にしか使わないのは、水盤の無駄遣いではないのか? お前は、この水盤ができるもっと他のことを考えたり、この水盤が持ち主にさせたいことを考えたりするべきではないか?」

 水盤が輝き始めた。

「たとえば、何ですか?」

 ハゴウに問われて、ツクギは答えた。

「神のご意思をいただくことだ。人間の小さな知識からくる欲の質問をせず、また、神の力を借りて望みをかなえるより、神の望みを聴いて神のご助力でその望みをかなえてさしあげることの方が、正しい道を歩いていける。己の欲をかなえるとき、間違える可能性が非常に高いからだ。そのために神の力を一瞬で失うのは、あまりにももったいない。せっかくその者は神の力を降ろすほどの器であるのに」

 水盤がまばゆい光を放ちながら、宙に浮いた。

 水盤に、『字の左側のへんに「風」、右側のつくりに『形』の漢字の右側の「さんづくり」が「風」の二画目の曲線の上にある字』が、「びょう」と読ませて浮かんだ。そして、それきり水盤は、その文字以外何も映さなくなった。ハゴウは、力が失われて何もできず、うろたえるばかりである。

 しかしツクギは、この水盤が「びょうばん」という名だと、なぜかわかった。そして、ゆっくりと近づいた。

「この世のどこにも存在しない神の御字を、ツクギが承ります。必ずご意志を探します」

 ツクギが両膝をついて礼をすると、「びょう盤」が直径五センチに縮まり、ツクギの掌におさまった。

 パヘトが声をかけた。

「『びょう』は木気の上位字だよ。これからはその神器はツクギが守るんだよ。より正しく使ってくれる人を、神器は選び直すんだよ」

「ハゴウは悪人ではなかったが、ということか。いろんな場合があるんだな」

 ナバニアとカイナとショウランが、顔を見合った。

 そのとき、大きな地震が起こった。

 海岸に沿った領地なので、人々が津波に備えて警報を全領地に出そうとしたとき、見張り台にいた兵士が館に駆けこんできた。

「大変です!! 海中から陸地が浮上しています!!」

 一刻を争うため、メーオンが大声を出した。

「海底火山の噴火ではないのか!!」

「いえ、と――とにかく、ご覧ください!!」

 見張り台へ、一同は走った。そして、目を疑った。

 海水が盛り上がり、大陸が端から地上に顔を出し始めていたのだ。何も植わっていない無の土地ではなく、ちゃんと草木や花が育っていた。さらに驚いたことに、『人が立っていた』。そして、大陸の浮上にともなって生じた津波に、なんと両足で乗り、津波の力を借りてこちらの大陸に次々に上陸しだしたのだ。

 こちらの大陸には、津波で海賊の船が押し流されていて、新大陸の人間と鉢合わせした。すると、新大陸の人間は、武器も持たず手の力だけで海賊の剣を曲げ、体を引きちぎりだした。

 そして、こちら側の大陸の人間――海賊が一人殺されるたび、こちら側の大陸が海岸沿いで砕け、大陸が小さくなっていった。逆に海賊が新大陸の新人類を一人殺すと、新大陸の端が砕け、新大陸が小さくなっていった。

 紫苑は顔色を変えた。

「これも邪神の力なのか! 生き残りたければ、新大陸の新人類を皆殺しにするしかない!!」

 パヘトが竜の視力で新大陸をくまなく見回した。

「紫苑!! 新大陸に真っ白い町がある!! 新人類はそこからどんどん出てくるよ!!」

「奴らの故郷か!! みんな、新大陸へ行くぞ!!」

 ナバニアたちは、人間以上の力を持つ新人類の巣窟へ乗りこむことに、一瞬身が震えたが、各々の神器をつかみ、意を決した。

 ツクギがメーオンに、新人類と戦う部隊を編成し、なんとしてもここで食い止めろと指示した。

「海賊はいかがいたしますか」

 メーオンの問いに、ツクギは即答した。

「この国やお前たち兵士を守るために命懸けで戦ったなら、王の私が過去を許す! 海戦部隊に召し抱える!」

「ははっ!」

 メーオンはただちに軍隊の召集に走った。


 パヘトに乗って、一同は新大陸の上空に来た。

 一キロ四方の真っ白い町だと思っていたところは、真っ白い紙でできた町であった。この町では、草木や花などの自然でさえ、真っ白い紙である。

 町の中央に四角い台座と、その上に紙の円盤があり、祭壇のようになっていた。その台座に出入口があって、そこから、あとからあとから新人類が出て来ていた。

「邪神の姿が見えないな。あの台座の中にいるのか?」

 紫苑が呟いたとき、新人類は上空の紫苑たちに気づいた。そして、信じられないことに、十階建ての建物に届くほどの跳躍でこちらにつかみかかってきた。

「わあっ!!」

 捕まったら引きちぎられる。パヘトは急上昇した。町中の新人類がジャンプしだして、こちらを捕まえようとしてくる。そして、だんだんジャンプが高くなっていく。

 男だけでなく、女も子供も老人もいた。

 悪徳を浄化すれば人々はどうなるのだろうと思い、紫苑は白き炎を放った。

 紙の人間として、あっという間に燃え尽きていった。

「紙の殺戮人間を、無限に作り続けているのか!!」

 紫苑は、白き炎を祭壇に放った。しかし、祭壇が燃え尽きると、今度は町中の建物の出入口から、紙人間の新人類が出続けるようになった。

 ツクギが呆然と町を見下ろした。

「この町全部が邪神の支配下なのだ……こんな巨大なものを、いっぺんに倒すなど、どうやって……! こちらを燃やせばあちら、あちらを燃やせばこちらが、新人類の供給源になるぞ。……見ろ」

 ツクギが指差した先で、祭壇が元通り紙折られて復活していた。

 パヘトが紫苑に、この地の邪神の名を伝えた。そこで上空から、紙の町に紫苑が叫んだ。

「邪神グーシゼイ!! 殺人兵士を使って世界を侵略することは、許さない!! 姿を見せろ!! 女子供老人の姿まで紙人間にとらせ、何が狙いだ!! こちらの大陸の者を不意打ちするためか!!」

『お前か。私を焼こうとしているのは――』

 突然、紙の町全体に声が響いた。

「グーシゼイか!! 姿を見せろ!!」

 紫苑がパヘトから降り、白き炎で宙に浮いて、双剣を抜き払った。

『私がこの大陸の奥から世界を手に入れようとしているのに、お前たちは一直線にここに飛んで来た。何者だ? 私を封印したこの星の、刺客か? せっかく力を蓄えて表に出ようというときに、邪魔な奴らだ。私の力の餌食になれ!!』

 グーシゼイの声はするが、やはり姿は見えない。代わりに紙人間が二人一組で跳躍して、空中で一人の足がもう一人の組んだ両手を踏み、大ジャンプして紫苑に突撃してきた。

 老若男女関係なく、身体能力は同じであった。

「クッ……!!」

 紫苑は、パヘトと仲間の周囲を飛び回りながら、斬り落とし、焼き払っていった。あとからあとから跳んでくる無表情な紙人間を見て、ショウランが悲鳴を上げた。

「いつまでも終わらないよっ!!」

 紫苑が叫んだ。

「ツクギッ!! 王のお前ならどこに隠れて指示を出す!!」

 この時代の思考方法は、同じ時代に生きている者に聞くに限る。ツクギは全体を見渡した。

「オレはいつも軍の先頭に立って敵陣に入りこむから、敵の王がどこに隠れているか、よくわかる。ずるい奴ほど、廃墟を使う。王は立派な陣営の中にいるものだとこちらに錯覚させて、戦闘をやり過ごすためだ。そして、逃げのびやすくするためだ。この紙の町なら、城でもきょうえんでも広場でもなく、何に使っているのかよくわからない建物だろう。オレは、町の西にある、直方体の建物だと思う」

 紫苑が西に目を向けると、確かに周りに比べて大きいだけで、他に何の特徴もない直方体の紙の建物が、ひっそりと建っていた。

「ありがとうツクギ。パヘト、昇龍の鎧でみんなを頼む!」

 パヘトは、神器・昇龍の鎧でかぜのもりの技を出し、自分たちの周りを風で囲った。紫苑は、直方体へ一直線に向かった。ツクギが目を見開いた。

「危険だ!! たった一人で行くなんて!!」

 しかし、ナバニアが、思わず空中で後を追おうと身を乗り出したツクギを押さえた。

「……あいつに任せるしかない。オレたちは……」

 皆までは言わなかった。

「……紫苑って、本当に、何者なんだ?」

 ツクギはそれしか言えなかった。

 直方体の建物に降り立つと、そこは窓がなく、長方形の出入口がぽっかりと一つだけ口を開けているだけである、ということがわかった。

 紫苑は慎重に中に入った。

 出入口は紙で塞がれた。

 真っ暗であった。

 紫苑は白き炎を放ち、中を燃やして明かりを取った。

『せっかちな奴だ。暗闇で徐々に消化してやろうとしたのに』

「『消化』?」

 紫苑は、明るくなった建物の中を見回した。自分の白き炎ばかりで、どこにも何の影もない。

「消化……? つまり、この建物自体が邪神グーシゼイなのか!?」

 紫苑が気づいたとたん、建物の内部が溶けだし、白き炎を消火しつつ天井から壁から床から紫苑に迫りだした。紫苑は白き炎を全身にみなぎらせ、消化液から身を守った。

『グハハハ、まんまと町に降り立って、間抜けな奴だ!』

「間抜けはお前だ、居場所に入りこまれたのだからな!」

『馬鹿め、ここを斬り裂けば終わるとでも思っているのか! 私はこの町全体だというのに!』

「なんだと!?」

 紫苑の、半月の仮面を取ろうとする手が止まった。

 声は勝ち誇ったように高らかに宣言した。

『私は神・グーシゼイ! 紙の町を成し、世界の命を私の創りしもので入れ替える者である!!』

「……!!」

 言葉を失ってしばし体に力を入れていた紫苑は、それから今度こそゆっくりと、目の穴も口の穴もない完全な半月の仮面を手にした。

「お前をこの世界の先に行かせるわけにはいかない!!」

 グーシゼイが嘲笑った。

『神に向かって、なんという非礼な言葉! 人間ごときがわたしに意見するなど、世界の終わりまで赦さない!!』

 グーシゼイの消化液が洪水のように増え、紫苑に迫る。紫苑が白き炎を倍噴出した。

「グーシゼイ!! 神の中に、人を殺すためだけに人を生むお方は一柱もいない!! 貴様は偽りの神である!! 貴様も、貴様に永遠の殺人の運命を植え付けられた悲しき人形たちも、眠らせてやろう!!」

 そして、半月の仮面を左半分につけ、男装舞姫になると、建物の天井を突き破って町の上空へ飛び出し、止まった。

『逃げられると思ったか!! 逃ーがーさーんー!!』

 紙の町の建物の屋根すべてに、大きく笑う口の穴が生じた。

 男装舞姫は、神刀桜と神刀紅葉を天に掲げた。

かわいつき……お前の技を借りるぞ!! 炎界えんかい臨界りんかい浄土じょうど焦土しょうど!!」

 町の中心から円盤状に白き炎が伸び、千メートル四方の町を完全に呑みこむと、一気に爆発させた。男装舞姫の力で強力になった炎が、紙の町を焼き尽くしていく。

『ギャアア!! 再生したそばから焼かれて……神の私なのに、火が消せないいいっ!! 何なのだこの白き炎は……何なのだお前はあああっ!!』

 グーシゼイの悲鳴が炎と共に躍り狂う。

 紫苑は白き炎を出す手を止めず、告げた。

「私は赤ノ宮九字紫苑、神魔に並ぶ第三の最強だ!!」

『第、三、のぶっ……』

 紙の町は、灰一つ残らず消滅した。

 しばらく町を観察して、動くものが一つもなく、殺人兵も一人残らず消えたことを確認すると、ようやく紫苑が男装を解いた。

「救われない存在は、あってはならぬ」

 それを聞きながらパヘトたちがほっとしていると、町の跡が輝きだした。

「邪神グーシゼイから解放された聖地だね。元は海底にあったのを、グーシゼイが無理矢理浮上させたんだ」

 パヘトが聖地に降り立った。六角柱の半透明の光がせり上がっていた。

「みんな、星方陣を作ろうよ!」

 六人は六点の角に立ち、紫苑が神器しんき・光輪の雫、パヘトが神器・昇龍の鎧、ナバニアが神器・きんせい、カイナが神器・覇者の冠、ショウランが神器・天帝の剣、ツクギが神器・びょうばんを掲げた。そして、紫苑が星方陣の祝詞のりとを唱えた。

『己の答えは何なのか。その思考、その誓い、己の力なり。千の剣、万のけい、己の世界にあかしする。これすなわち真の寿ことぶきなり』

 六角柱の六角星方陣が完全なる光の六角柱となり、天に光を突き上げた。

 すると、天からゴオオオー……と何かが落下してくる大きな音が聞こえた。竜の視力で見たパヘトが絶叫した。

「わーっ!! 隕石が二個来るー!!」

 そして、全員をつかんで空に飛び上がり、海に逃げ出した。

 直径五百メートルほどの塊が空から灼熱の熱波と共に現れたかと思うと、聖地にぶつかった。

 不思議なことに、大陸は一かけらも壊れなかった。津波も起きなかった。

 そして、隕石の重みを受けたかのように、静かに海中に沈んでいった。

「元の海底に戻ったんだね」

 パヘトがほっと肩を下げた。


 マルバス領地の砕けた海岸線も、二個目の隕石で元の海岸線に修復されていた。

 ツクギは、約束通り、命懸けで国を守った海賊を、その過去の罪を許し、海戦部隊の一員とした。

 六角星方陣は、すべてが終わったあと、「六」の字になって、ツクギの左目の光の中に浮かんだ。

「……」

「なんだツクギ」

 紫苑はツクギの視線に気がついた。

「……ああ、星方陣の力の光でお前を見ても、お前の本当の姿が見えないと思ってな」

 ツクギの目の「六」の光と目が合った。

「見えなくていい。お前の見てはいけない姿も見えてしまうぞ」

 紫苑は、違う世界の人間だ。ツクギがその姿を見れば、いずれ麻沚芭をも見てしまう。それはツクギの人生を迷わせる。もう、二人は違う世界で各々の人生を歩んでいるのだから。青龍せいりゅう神はいらっしゃらないのだから。ツクギはツクギのままで生きていけばいい。

「その目で、私ではなくこの世界を見てくれ」

 紫苑はツクギに笑った。

「……確かに、王として、この目はオレに勇気をくれる」

 ツクギは、紫苑から目をらして、大陸の遠くまでのびのびと眺めた。「六」の光がきらめいた。


 星方陣の祝詞のりとの中の『己の世界にあかしする』の『あかしする』は、『証明する』の意味でお読みください。祝詞全文の意味は、

「自分の答えを出した者に、その思考と誓いが千の剣、万のけいとなって、自分の世界に、それが自分の力になることを証明する。このことは祝うべき真のめでたい事柄であり、また、自分の答えこそが真の祝いの言葉である」

 です。

 ツクギの神器『びょうばん』の『びょう』の字は、創作漢字です。『風彡』を一文字に縮めた形です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ