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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第三部 黄昏の公転 第一章(通算二十五章) 青い月
142/161

青い月第三章「停滞」

登場人物

赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者。阿修羅あじゅら神が救いの道を示したあとの元の星に、邪闇綺羅じゃぎら神の力で戻ってきた。十の星方陣を成して星を救うために、戦う。

パヘト。以前竜の国で出会った小竜のパへとで、星の意思を守る存在に変わった。紫苑がこの星で存分に戦えるように支える。

ナバニア。海船かいせん民族の青年。




第三章  停滞



 二角星方陣は、すべてが終わったとき、ピンク色のハートのついた腕輪になっていた。

「かわいいから紫苑、つけなよ!」

 と、パヘトが勧めてくれたが、紫苑はそれをパヘトの左の角の根元に通した。パヘトの角にハートがついた。

「お前の力を借りて二角星方陣ができた。それはお前が管理しろ」

 パヘトは残念がった。

「えー? せっかく紫苑がかわいくなるのに!」

 紫苑はパヘトの角を飾るハートを見つめた。

「(邪闇綺羅じゃきら様なら、かわいいと言ってくださると……、いいな)」

 しかし、ここにその愛するお方はいないのだ。

「見せる相手を間違えるのは嫌いだ」

 紫苑の冷気にされて、パヘトは口を閉じた。

「……でも、譲ろうとしてくれてありがとうパヘト。私もそれはかわいいと思うぞ」

 パヘトは、嬉しそうに動いて、ハートを光らせた。

「えへへ……ボクの方がかわいくなっちゃう」

「それ……あるかなあ」

「ええ!? ボクかわいいよね!?」

「竜族を知らない人にわかるかなあ……」

「ええ!? ボク“見たことない姿だから感想出にくい”系の存在なの!?」

「ハートはみんなわかるぞ」

「それ今日つけたやつじゃん!! 今までは!? どうだったのみんなあっ!!」

「新しく仲間になる奴がいたら、そいつに聞いてみろ」

「ううう……、じゃ、次の目的地の説明をするよ……」

 今、二人は東の地方に入っている。運河が複雑に入り組み、舟が主な交通手段だ。

「タビリット国の王都、チョートだよ」

 複数の運河に囲まれて陸地が途絶え、立ち尽くす紫苑に、パヘトが片翼で前方を示した。

 運河という運河に、色とりどりの野菜や米、フルーツ、布やサンダルなどを満載した丸木舟が浮かんで、品物を売り買いしている。一人の商売人につき一艘いっそうの舟で商売をしている。他国では陸上にある屋台が、この国では水上でひしめきあって展開しているということだ。

 運河に挟まれた陸地では、若い踊り子たちが踊り、人々から見物料をもらっている。長い髪を頭の横で三つ編みにして、肩の上から胸まで垂らしている。本物の花を、編み始めの部分にして頭を飾っている。両肩と両腕は素肌で、体を覆う布は胸から巻いている。胸は特にたくさん巻いて分厚くし、余った布は腰に出して調節している。あとは別の布をお尻から足首までぴったりと巻きつけて、小股でしか歩けないようにしているようだ。足指を出すサンダルをはいている。上に赤い布、下に色の強い黄色の布など、女性は目を引く原色が多い。

 踊りは紫苑の奉納の舞とは違い、大きな木の椀に入った豊富な水を、小さな木の椀ですくって観客に投げかける、観客を参加させるかのような、変わった踊りだった。

 踊り子たちに水をかけられている男たちは、頭に何重にも巻きつけた布を、細長い木のボタンに通してまとめたものをかぶり、襟のあいた半袖シャツに、きれいな光沢のある布を✕(ばつ)印に肩から太ももにかけて交差させている。膝のすぐ下までの短いパンツをはき、両手首と両足首に金属製の環をつけている。足は、指を出すサンダルをはいている。全体的に原色の青系統の色でまとまっている。

「この国のことは少しわかったが、私たちはこれからどうすればいいのだ? 舟を雇って進むのか? お金が足りなければ……」

「うわおう紫苑! 大丈夫! ボクがいるよ!」

 またいし氷柱つららの的になる前に、パヘトが紫苑を抱えて飛び上がった。さすが大人になった竜だ。人を一人抱えていても、飛行が安定している。

 なんだあの飛んでいる奴はと、皆が舟の上から指差す中、紫苑とパヘトは町の中心へ向かった。

「とりあえず、三人目の仲間を捜さなくちゃね。今回は空飛んで目立ったし、仲間がいたら気づいてくれるかな」

 パヘトは祈りの場である円形の建物、きょうえんの前に降り立った。祈りに来た人々は、皆びっくりして二人を見ている。

「まったく、派手派手しい奴らだぜ」

 突然、木の陰から男の声がした。

 紫苑は、初秋の、果実の実りを迎えた森の匂いをかいで、驚いて振り返った。

 鍛冶師が金属を鍛えるときに放つ火花のようなだいだい色の髪は、燃えるようになびいていた。強弓のように吊りあがった目と眉は、野性を強く感じさせ、特に光を反射した刃のようにひときわ橙色に光る瞳は、獣のように細い。鎖鎌のようにがっしりと筋の通った鼻。切れ味鋭い剣のような白い歯をのぞかせる、常に優しげな笑みに見える、刀のように、曲線の穏やかな口唇。そして名工に鍛えあげられたかのような筋骨たくましい体で、男が堂々と立ちはだかっていた。

閼嵐あらん!!」

 剣姫は、思わず破顔はがんした。

「来てくれたのか!!」

 向こうの世界から、と言おうとして、紫苑は一歩近づいて止まった。閼嵐は、びっくりして動かなかったからだ。

「閼嵐! どうした、髪型が変わってわからないのか? 私だ、赤ノ宮九字紫苑だ! 今、剣姫の状態なのだ!」

 剣姫が髪にとめたかんざしを引き抜いて、髪を下ろした。それを見て、閼嵐は赤面した。

「な、なんだお前、そんなことして!」

 紫苑は軽く笑った。

「何を言う、相変わらず女が苦手なのだな」

「え? オレが女が苦手? お前こそ何言ってんだ? オレはお前に会うのは今が初めてだぞ」

「え?」

 紫苑は面食らった。パヘトがのんびり歩いて、二人の間に割って入った。

「はい、こういうこと。紫苑、この人は閼嵐じゃないよ。向こうから来られたのは紫苑だけだ。でも、閼嵐と同じ姿ということは、この人は確実に神器の使い手だ。ね、そういうことだよね、お兄さん」

 閼嵐とそっくりの男は、波模様の青い半袖に、縦波のシワのついた水色の長ズボンをはいた、膝あてをつけた服装で、確かに、向こうの世界で格闘家らしいぴったりの服を着ていた閼嵐とは、違う服の選択をしていた。男は、困ったように腕組みした。

「アランアランとよくわからないが、オレは海の波の字を読んでお前たちに声をかけたんだ。『この字を読める者は赤髪の双剣士と竜の組み合わせの者たちに協力しろ』ってあったから。竜族は滅んだはずだから、まさかとは思っていたが。お前たちでいいんだな?」

 パヘトと紫苑は笑顔で互いを見合った。

「やったぞパヘト!! 完全にいい流れだ!!」

「うわーい紫苑!! 閼嵐と同じ姿なら、信頼できる!!」

 二人で踊っているのを見て、男は困惑していた。

「仕事を休んでついて行って、大丈夫かな……」

 しかし、パヘトから星の意思と世界のことを聞かされると、決意したようにうなずいた。

「わかった。オレの力が必要なら、協力しよう。オレの名はナバニア。これからよろしく紫苑、パヘト」

「ナバニアか……。本当に違うのだな、閼嵐とは。似た者に出会えて嬉しい限りだ」

 紫苑は、閼嵐を懐かしく思ったあと、再びかんざしで髪を上にあげた。天に向かって一方向に逆立てるその手際を、ナバニアはじっと見ていた。

「なんだ? ナバニア。質問があるなら、していいぞ」

 紫苑に声をかけられて、ナバニアは、はっと赤面して視線を泳がせていたが、

「そ……そうだな、閼嵐って誰だ?」

 と、聞いてきた。パヘトが小声で紫苑に囁いた。

「自分にそっくりな人の情報は、聞いた側の人生に悪影響を及ぼすよ。詳しく言わない方がいいよ」

「そうだな……」

 紫苑は、ナバニアと同じ筋肉質の男で、力自慢だったとだけ話した。魔族王であることや、四神五柱が一柱・白虎びゃっこに認められし者など、余計なことは言わなかった。ナバニアには、ナバニアがこれから切り拓く人生があるからだ。

「私の大切な仲間の一人だった」

「ふーん……仲間……」

 紫苑を見つめるナバニアの橙色の瞳は、紫苑をいっぱいに映していた。

 そして、紫苑の二の腕を、むにと唐突につかんだ。

「あ、こういう筋肉なのか」

 見ていたパヘトの方がびっくりした。

「ナバニア、紫苑に殺されるよ」

 紫苑は大笑いした。

「まだナバニアの方がしっかりしている。閼嵐は昔私を抱きしめて、女とわかると腰を抜かしていたのだ」

「はっは、本当に女の人が苦手だったんだね」

 紫苑とパヘトが笑いあっているのを見て、ナバニアは少し口をへの字に曲げていた。

「オレの親父に旅することを報告するから、ついて来てくれ。仕事を休むことになるから」

 ナバニアは歩き出した。ついて行きながら、紫苑は尋ねた。

「ナバニアは何の仕事をしているのだ」

「この地方は海船かいせん民族が支配している。オレは船と船の荷物を管理する組合の、組合頭のせがれだ。親父には、世界中の船や商品を見て回ってくると言うよ」

「そうか(ナバニアは、こちらの世界では人間のようだな)」

 わらでできた大きな四角錐の屋根の建物の、布の扉をめくって、ナバニアは中へ入っていった。しばらくすると、怒声が鳴り響いた。それに押し出されるように、ナバニアが飛び出してきた。

 その後から、野性的な目つきがナバニアとそっくりな、浅黒い肌の、逆立つ髪の男が追ってきた。上半身裸の、筋肉質な男である。

「てめえこのバカ! オレがせっかくこれから商売をみっちり仕込んでやろうと思っていたのに! 旅に出るだあ? 甘ったれるな! んなもんてめえで稼いだ金で老後に行け! 若いうちは苦労して仕事を覚えやがれ! 遊んでんじゃねえ!!」

 ナバニアが言い返した。

「親父! 遊びじゃねえよ! オレ、親父に守ってもらってばっかで世間知らずだから、いろんな人に会いたいんだよ! いい奴も悪い奴も、どんなこと言って、どんなことしてるのか、知りたいんだよ! オレ、親父の仕事、守りたいんだよ!」

 うっ、とナバニアの父が言葉に詰まった。そして、これが閼嵐の父親だったのだろうかとまじまじと見ている紫苑と目が合った。

「なんだ! 見世物じゃねえ! あっち行け!」

「違うよ親父! オレ、この人と旅に出るんだよ!」

 ナバニアが紫苑の手を取ったので、父親はたまげた。

「なにい!? お前、その娘に惚れて婚前旅行しようってのか!?」

「「違う!」」

 ナバニアと紫苑は同時に叫んだ。父親はうろたえ始めた。

「し、しかしそんな年頃の娘と二人旅なんてことが世間様に知れたら、お前、責任取らなくちゃいけないぞ! おい娘さん、あんたどこの家の者だ。言っとくがうちにも格式ってもんが……そこらの馬の骨にうちの大事なせがれは……」

 パヘトは、神魔に並ぶ第三の最強に向かって、と、心の中で思って笑いだした。

「な、なんだこの魔族は」

 父親がパヘトに気づいた。

「ボクも一緒に行くから大丈夫だよおじさん。それに紫苑はナバニアより強いよ。旅が終わったあと、ナバニアに聞いてごらん。たぶん一人で帰って来るよ」

「「え?」」

 今度はナバニア父子が聞き返した。

「それと、ナバニアはお金よりすごい物を持って帰るよ」

「なんだそりゃ?」

 紫苑には、神器だとわかった。

 ナバニアが頼みこんだ。

「頼む親父! 数箇月でいいから!」

 そして、小声で話した。

「どうも、あの二人はこの世界の秘密を知っているようなんだ。いろいろ聞き出してくるよ」

「信用できるのか?」

 父親も小声で返した。

「あの魔族は、魔族じゃなくて、竜族だよ親父。それだけでもう当たりだ。商売のネタをつかんでくるよ」

「そうか……わかった。あえて中に飛びこむのも商売だ。本物でもよし、嘘つきでもよし。何かをつかんで成長して帰ってこい、ナバニア!」

 そして、父はにこにこと紫苑とパヘトにお辞儀した。

「息子をどうかよろしくお願い申し上げます。あ、申し遅れました、私の名はネルスと申します。以後お見知りおきを」

「(仕事を持ってる人は、世界を救うときも打算的に動くものなんだよね)」

 すべての会話が聞こえていたパヘトは、三人で並んで歩きながら、のんびりと考えた。

「あんた、あたしの字のタッチ、盗んだでしょ!!」

 突然、きょうえんから、女性の怒鳴り声が響いてきた。

 見ると、書画の雑誌を持った、服に白い花飾りをつけた女が、もう一人の、ピンクの花飾りを服につけた女に、詰め寄っている。

「あたしの字のかすれ方を真似して、賞を取るなんて、何考えてんの!? 人のもので認められて、恥ずかしくないの!?」

 ピンクの花飾りの女が、あっさり言った。

「盗まれる方が悪いのよ。私に真似できるようなものしか生めない、あんたが悪い」

 白い花飾りの女が雑誌を叩きつけた。

「言うに事欠いてあたしが悪いですって!? 悪いのは後追いのあんたよ!! あたしはあんたを生んだ覚えはないわ、『子供』になるつもりなら殺してやる!!」

 そして、包丁を取り出すと、突きかかっていった。ピンクの花飾りの女は悲鳴を上げて逃げ、白い花飾りの女は追いかけて、二人は去っていった。

「……なんだ? あれは」

 紫苑に対して、ナバニアが答えた。

「ああ、あんなのこの町じゃしょっちゅうさ。この町はなぜか、生まれたときから能力の優劣が決まっていて、どんなに何年努力しても、絶対に上に行けないし、力が伸びないんだ。生まれたときから順位が決まっている――身分と同じだな。みんな子供の頃は泣きながら努力するんだ。なんとか成長させようと思ってな。だけど、大人になって、何も変えられないことがわかると、涙はれて、別のことを思いつくんだ。『他人の技を盗む』っていうことをさ。

 上に立つ人間をものまねして、その人の人生を盗むんだ。簡単に上に立てるからな。一度成功したら、もうみつきさ。本当の病気になって、いろんな人の技を盗みだす。そして、それを自分の作品だと嘘をついて発表する。

 この町では全員が盗みあうから、もう誰の作品が盗まれて誰の作品が嘘つきのものか、わからない。そして、良いものしか発表されないから、そのうち良いものは飽きられて、結局正反対のもの、粗悪品が評価されている。文化の発展と技術の進歩に逆行している、滅びゆく国さ、ここは。正当なものが正当に評価されない社会は滅びるんだよ」

 紫苑は、ナバニアが冷静に自分の町を分析していることに、驚いた。

「お前も、何か盗んでいるのか」

「いいや。オレはこの筋肉と格闘術があればいい。幸いなことに、オレはその分野で一位だった。相手が戦法をいくら真似しても、同じ攻撃なら筋肉量の差からして、オレの方が強い。だからいつもオレが勝つ。盗む必要がなかった」

「そうか」

 紫苑はほっと胸をなで下ろした。

「しかし、これは邪神の猛毒の効果だな? パヘト」

 パヘトがうなずいた。

「その通りだよ。努力しても何も変えられない、停滞する世界。これは早いとこどうにかしないと、みんな生きる気力をなくしちゃうよ」

 そのとき、遠くで女の金切り声が聞こえた。紫苑たちが駆けつけると、さきほどのピンクの花飾りの女が、包丁を胸に受けて絶命していた。

 しかし、人々は気にする様子もなく、淡々と死体を片づけにかかった。

「怨恨殺人は日常茶飯事のようだな。……ん!」

 紫苑は、女の死体の傷口から、一匹の蛇がにょろりと這い出て来るのを見た。口先と尾が鳥のくちばしのように細長い、エス字の蛇だ。全身のあちこちに小さなトゲがついている。

 そのトゲ蛇は、地面に落ちたあと、あちこちきょろきょろしながら、にょろにょろ進み始めた。

「パヘト、なんだあれは?」

「紫苑、あれがきっと邪神の猛毒の元だよ。あれは式神・やまいへびが、攻撃用に改造されているものだよ」

「なんだと!? 式神・病蛇か!?」

「おい、オレにも説明してくれ。あれはオレたちの間では寄生蛇といって、病気の人間に入っていると思われているんだが」

 ナバニアが聞いてきた。紫苑は病蛇の後を追いながら説明した。

「病蛇は、もともと病気の治療に使う式神だ。体内に入りこみ、臓器の病に侵された部分を切除する。そして、その部分を体外に出したあとは、その切除した部分に代わって臓器の一部になる、とても高度な術だ。しかも、その姿にトゲはなく、ただの水玉模様だ。あの蛇が病蛇ならば、中で一体何をしているのだ。持ち主を痛めつけているのか……あっ!」

 紫苑は、気づいた。

「宿主の努力しようと奮起する情熱を、切除し続けているのか!」

 パヘトが首を動かした。

「だから生まれたときから、能力が伸びないんだね。おそらく壁を越えようとするときに出るやる気を、っちゃうんだ。無力感で人を支配しようとするなんて、まさに邪神だね」

 ナバニアは急に不安になった。

「オレの中にもいるのかな」

 パヘトはナバニアを見上げた。

「いたら紫苑が斬ってくれるから大丈夫だよ。それに、ナバニアは一番だったから、病蛇のつけ入る隙はなかったと思うな」

「……そうかな(で、もしいたらどうやって斬るんだ?)」

 まだ不安の残るナバニアと、ナバニアなら大丈夫だろうと思って意に介さない紫苑と、蛇がいてもいなくてもどっちでもいいやと思っているパヘトは、病蛇が山奥に入っていくのを、追っていた。

「あの蛇はどこへ行くつもりなんだ?」

 紫苑の問いに、パヘトが答えた。

「まっすぐ聖地に向かってるよ。邪神のもとに戻っていくみたい」

 病蛇は、あばら屋の立ち並ぶ村に入った。

「次の宿主を探しに行ったのではないのか!?」

 紫苑たちが駆け出したとき、村人たちが三人の行く手を阻んだ。

 全員、水色の布を体に巻きつけて覆っただけの、骨と皮だけの男であった。

「ここは修行者の集落、グパラだ! 商人だろうと道に迷った者だろうと、入れるわけにはいかない!」

 パヘトが素早く囁いた。

「紫苑、死者が教えてくれたのはここだよ、ここに三番目の神器があるよ!」

「だから盗まれないように侵入者を拒絶するのか」

「中に入れればいいんだな?」

 二人の会話を聞いていたナバニアが、前に出た。

「オレの商品の蛇がこの集落に入った。希少品種で、一千万ダカする。国王陛下に献上するつもりだったのに、もしこの集落のせいで逃げられたとお知りになったら、国王陛下はさぞお怒りになることだろう。怒って誰かを処罰するか、金を払えと言ってくるかすると思うぞ」

 修行者たちは、「処罰」の単語よりも「金」という言葉に反応した。紫苑は、彼らが神器を守る以上この集落を捨てられないが、一千万ダカも払えないと考えているのではないかと思った。

「……お前は、本当に商人なのか。荷物がなさすぎる」

 疑う男たちに、ナバニアは商人の持つ通行証を見せた。

「海船民族の船と船の荷物を管理する組合の、組合頭ネルスの息子のナバニアだ」

「……確かに、この通行証は、本物だ……」

「一千万ダカの蛇だ。他の荷物なんて持ってられない」

「……わかった。私たちも探そう。その間、悪いが我々の修行を乱さぬよう、見張りをつけさせてもらう。一時間だけやろう。いなかったら、蛇はこの集落の外に行ったと考えてもらう。いいな」

「いいぜ」

 修行者たちは金属の二枚の板を鳴らして、人々を集めると、蛇を探すように伝えた。そして、紫苑たちを集落の中に入れた。ナバニアが牙のような八重歯をニヤッと見せて、紫苑とパヘトに片目をつぶった。

「(ありがとうナバニア)」

 紫苑は見張りをそっとうかがった。三人ついている。紫苑たちが三方向に逃げ出しても、一人ずつ追いかけられるようにだ。

「(この骨と皮の修行者たちがどの程度の身体能力を持っているか、探る必要がある)」

 走ってまくことができるなら、いつ逃げようか――。

「あなた方は何を飲食して、その体形になったのですか」

 紫苑は雑談風に尋ねた。

「ボク興味あるなあ! ボクもなれる?」

 パヘトも察して、話に加わった。

「……オレは、とても真似できない。逆のことをしてこの体形を維持したい」

 ナバニアは、関心をひねって、話にねじこんだ。

「……」

 修行者三人は顔を見合わせた。そして、年長者が少し話をした。

「我々はまず、骨と皮になるまで絶食する。そのあと、生命維持に必要な最低限の食べ物しか食べず、最低限生活に必要な衣と住居しか持たない修行者となる。飲み水は湧き水、食べ物は昆虫だ。死なない程度に生きている、という修行をしている」

 紫苑とパヘトは納得した。

「そうか」

「ふうん」

 ナバニアだけ、仰天した。

「なんだそれ!? 何のために生きてんだよ!?」

 修行者三人が無表情になるそばで、紫苑が代わりに呆れてやった。

「わからんか。その先に何かがあるからだ」

「え!?」

 修行者三人は、目を丸くして紫苑を見た。年長者が声を出した。

「失礼ですが、あなたも何か修行を?」

 紫苑は苦笑してうなずいた。

「まあな。苦行を少しばかり」

「そうでしたか!」

 四人は打ち解けてしまった。年長の順にサーフ、オルル、ゲイキュですと自己紹介している。

「な……なんなんだよ?」

 戸惑っているナバニアを、パヘトがにこにこと見上げた。

「いい球を投げたねナバニア」

「は?」

「どの分野でもそうだけど、能力のある人ほど、自分と同じ域に達している人を信用するものだよ。好きだろうと嫌いだろうと、同じものを理解できるっていうのは大きいんだ」

「……どーせオレは精神修行してねーよ」

 ナバニアは八重歯を見せて口をへの字に曲げた。


「集落の連中が持ち場を離れている今が好機だ、ダーゾ!」

「こいつらの隠しているお宝を、ついに盗めるんだな、ドナ!」

 骨と皮の修行者二人が、熱い視線を交わしている。約百七十センチの二人は、この集落にすごい宝があると聞いて、一年前に修行者になりたいと嘘をついてここへ来た。しかし、普通の体形でいる間は、修行者たちに信用されず、常に監視されていた。骨と皮の姿になって、初めて監視がいなくなり、ある程度集落の中をかぎ回れるようになった。そして、宝のありからしい洞窟は見つかったが、それと同時に、この集落の人間の秘密も知ったため、これまで手が出せなかったのだ。

「このお宝を取ったら、売った金で一等賞の称号を買うんだ」

「オレも、周囲を金で買収して、上の奴の功績が実はオレの力だったと言わせて、歴史をねじ曲げるんだ」

 骨と皮が笑っている周りを、トゲ病蛇が無数に集まり取り囲むと、わっと群がり、目鼻口耳から二人に入りこんだ。二人は身体の苦しみに悲鳴を上げる穴がなく、無抵抗に倒れた。


 金属の板を打ち鳴らす音が、集落中に響いた。

「大変だ!!」

 サーフ、オルル、ゲイキュが全速力で走り出した。骨と皮の割には、かなり速い。

「何の合図だ!」

 紫苑たちが、見失わないように必死に後を追うと、サーフが振り向きもせず叫んだ。

「集落の宝を誰かが狙っている!!」

 六人が洞窟に到着すると、修行者たちがダーゾとドナを取り囲んでいた。二人の周囲を、トゲ病蛇が無数に取り巻いて、修行者たちを威嚇している。

 ダーゾが叫んだ。

「この洞窟の中の宝を、よこせ! こっちには邪神・蛇切へびきり様がいらっしゃる! おとなしく従えば、命だけは助けてやるぞ!」

 紫苑は二人を見て、邪神の下僕・どくになったようだと察した。

 修行者たちは、落ち着いていた。

「この一年、宝に近づくためだけにその姿になるまで修行したのか。それでもこれまで手を出せなかったのは、我々のことも同時に知ったからではないのか?」

 ドナが笑った。

「おう! お前たちが全員高位術の使い手だったからな! でも今は蛇切様のお力がある! 行け! 下僕の蛇たち!!」

 トゲ病蛇が、修行者たちに躍りかかった。

 修行者たちは冷静に術を放った。

じゅう裂空れっくう!!」

 十段の梯子はしごのような風の刃が一直線に飛び、トゲ病蛇を何段にも切り刻んだ。あっという間に、トゲ病蛇の残骸で空間が満たされた。

「ふん……たわいない」

 修行者たちがダーゾとドナに術を使おうとしたとき、二人は笑いだした。

「何がおかしい」

 警戒する修行者たちに対して、ダーゾとドナは地面を指差した。

 トゲ病蛇の残骸が腐敗し、そこを毒の沼地にしていた。そして、猛毒だと気づく修行者たちの周囲を、新たなトゲ病蛇が囲んでいた。

 修行者たちは顔色を変えた。この新たなトゲ病蛇も倒せば、円状に落下したその蛇も、猛毒の元になる。全方位を毒の沼地に囲まれ、身動きが取れなくなる。

 ダーゾとドナはニヤリと笑った。

「わかったか? じゃあな!!」

 そして、一同を残して、洞窟の中に入っていってしまった。サーフたちは、悔しそうに唇を嚙んでいる。そこへパヘトがのんびり言った。

「ねえおじさんたち。この洞窟の中にあるのは、神器だよね」

 サーフたちは、ぎくっとした。

「神器を扱える人が現れるまで、守ってくれてたんだよね」

 皆は、口をつぐんだが、やがて重い唇を動かした。

「そうだ。修行者の集落というのは、仮の姿だ。すべては、世界を守るものを守るために、集まっていたのだ」

 パヘトが確認した。

「神器を扱える人が現れたら、神器をもらっていくよ。いいよね?」

 皆が驚いた。

「使う資格のない者が使おうとすれば、身を滅ぼすぞ!」

「ボクたちには自分を賭ける覚悟があるよ。それに、少なくともあの二人を倒さなくちゃ。ね、ボクたちが洞窟に入るの、許してくれない? 攻撃しないで援護してくれないかな」

 サーフたちは顔を見合わせた。

「……仕方ない、神器の入った箱を持ち出されれば、人から人へ渡り、世界のどこかに隠されてしまう。いいだろう、あなたたちを信じる」

「よーし、決まり!」

 パヘトは、紫苑とナバニアを両手でつかむと、翼を動かして宙に浮いた。

「その手があったか」

 空から洞窟に向かいながら、紫苑が呟いた。トゲ病蛇が飛びかかってくるのを、サーフたちがじゅう裂空れっくうの術で切り刻んだ。

 ナバニアも、パヘトの機転に感心して呟いた。

「確かに、サーフたちと敵対していたら、双方から攻撃されて、危なかったな」

 三人は、洞窟の入口に降りると、中へ走って入った。


 ダーゾとドナは、洞窟の最奥に到着していた。

 明かりの術で光を放っている平らな石の上に、十センチ四方の木箱が置かれていた。

「抱えきれないほどの宝じゃないみたいだな」

「こんなに小さくて、高値で売れるのかな」

 不安気に二人がふたを開けると、鈍い金色の、直径四センチの球が入っていた。

 つかんでみると、とても重い。

「金……ではないよな?」

「なんだこりゃ? こんなものが、あいつらが人生を捨ててまで守る宝なのか?」

 ダーゾとドナは、重すぎて肘から上に持ち上げることができない球を、様々な角度から眺めた。しかし、特に珍しい鉱物でもなさそうである。

「何かに使うのかも」

「この世界の重さの基準とかか? それ以外にこんな重いの、どうやって――」

 二人が神器を「使う」選択をしたとき、突然球が光り、まぶしさに目をつぶった二人が次に目を開けたとき、球は金になっていた。そして、分裂しだすと、続々と金の球が増え始めた。二人は抱きあって喜んだ。

「やった!! 金が増える宝だったのか!!」

「オレたちは世界で一番の金持ちだー!!」

 そしてさっそく金の回収にかかったが、相変わらず一個一個の球が重く、三個も掌に載せれば、もうその片手が思うように動かせないほどであった。

「おい! 町へ戻って馬と袋を調達するぞ! とてもオレたちだけじゃ、運びきれない!」

「わかった! じゃあ、分裂する前の元の球にだけ印をつけておこう! これさえあれば、もう一生安心だ!」

 ところが、二人がその球を探している間にも金は増え続け、洞窟から溢れ、集落から溢れ、王都チョートに達してしまった。運河にボトンボトンと落ちる金を見て、人々は驚きつつ、自分のものにしようと殺到した。

 ダーゾとドナは一足遅くチョートに来て、人々がありったけの黄金をつかんでは家に持ち帰って運河と家をせわしなく往復しているのを目にし、衝撃を受けた。

 なぜなら、全員が金持ちになってしまい、一等賞の称号も、偽りの歴史の書き換えも、買えなくなってしまったからだ。

 自分たちのこの一年してきたことは、永久に報われないことを悟り、二人は分裂を続ける金に埋もれて、「努力」しても何も変えられなかった人生を終えた。


 紫苑とパヘトとナバニアが洞窟の最奥に到着したとき、ダーゾとドナは、金属の球を残して猛毒の汚水に変わっていた。

汚浸おしん砂漠さばく分解ぶんかい!」

 紫苑が言霊でどくの成れの果てを浄化した。

 パヘトが直径四センチの球を見下ろした。

「ナバニア。出番だよ。これは神器だ。ナバニアが神器の試練を受けて」

「お……おう」

 ダーゾとドナの末路に身震いしながら、ナバニアは鈍い金色の球を拾い上げた。軽々と目の高さまで持っていき、それから手を上に伸ばして下から眺めた。

「どうやって使うんだ?」

 そのとき、球が光り、ナバニアの手の中で金に変わると、分裂しだした。金の球が増え、ナバニアは一気に金持ちになった。

 しかし、ナバニアは無表情にそれを見ていた。

 この金があれば、商売の元手になるとか、船をたくさん造れるとか、そういったことを一切考えなかった。

「で、これは何に使うんだ?」

 また、金の球を掲げて下から眺めた。

 そのとき、金の球は再び光り、元の鈍い金色に戻ると、『へんに金、つくりに軍』の字で『きん』と読ませる漢字と『星』の漢字の二文字で、『きんせい』と刻まれて、ナバニアの手の中で動かなくなった。

 紫苑がそれをのぞきこんだ。

「初めて見る字だな。どんな意味があるのだ?」

 パヘトも目を近づけた。

「この星を守りたいっていう、星の気持ちだよ。特に力はないけど、金気の上位字だね」

「『きん』か。覚えておこう。ナバニア、ありがとう。よく手に入れてくれた」

 紫苑の隣で、パヘトが口を挟んだ。

「金が無限に手に入る試練だったはずだよ。商売人なのに、よく手を出さなかったね」

 ナバニアは真面目な顔になった。

「オレは自分の才能に自信を持っている。お前がもしオレの家族だったら、オレの稼ぎでない金で、暮らしたいか?」

「いいや」

 紫苑は即答した。

「だろ? だからオレのものじゃない金はいらない」

 ナバニアは八重歯を見せて、嬉しそうに笑った。


 サーフたちは、三人が戻り、しかもナバニアの手に神器・きんせいが握られているのを見て、おおおと感嘆の声を上げた。

「ありがとうございます。我々の人生は報われました」

 紫苑が大地を浄化したあと、皆がナバニアと握手した。ナバニアの筋骨たくましい体と、修行者たちの骨と皮の体を対比させて見ながら、紫苑が呟いた。

「術を使うときに使うのは精神力だ。彼らの『耐えに耐えている』状態が、高い精神力を養うのだ。だから全員同じだけ強い。蛇は能力という欲を増やそうとする者につくから、欲を減らすことで結果的に強くなる彼らにつけないのだ。面白いことだ。剣を使う強力な戦士なら、筋肉を増やし、術を使う強力な術者なら、無駄な肉を削ぎ落すのか」

 そのとき、山頂で何かが爆発するような音がして、空からトゲ病蛇が降ってきた。人々が顔色を変えたとき、パヘトが翼の間にある一枚の羽根を神器しんき昇龍しょうりゅうよろいに変え、かぜのもりの術を放った。鎧の風が広がって、一同を風でくるむと、蛇を残らず吹き飛ばした。

 蛇は、王都チョートにも降り注いでいた。

「親父は大丈夫か!?」

 王都に戻ろうとするナバニアを、パヘトが翼で遮って止めた。

「山頂に聖地がある! 邪神・へびきりはそこにいる! 蛇切を倒さない限り、トゲ病蛇は降り続けるよ! ボクたちは蛇切を倒しに行こう!!」

 紫苑がサーフたちに叫んだ。

「王都を頼んでいいか!」

「ええ! あなた方もお気をつけて!」

 パヘトが紫苑とナバニアを両手でつかんで、山頂へ運んだ。

 山頂では、トゲ病蛇と同じエス字の、トゲの代わりに吸盤のついた巨大な蛇が、うねっていた。そしてうねりがいち段落だんらくすると、すべての吸盤からトゲ病蛇を発射して、四方の空に飛ばしていた。

 紫苑は降り立つなり、顔の左半分に、目の穴も口の穴もない完全な半月の仮面をかぶった。

「邪神・へびきり!! 神魔に並ぶ第三の最強、赤ノ宮九字紫苑が相手だ!! まずはその迷惑な蛇の矢を射るのをやめろ!!」

 蛇切は、男装舞姫紫苑が、神刀・桜と紅葉の双剣を抜いて斬りかかってきたので、すべての吸盤から男装舞姫に向けてトゲ病蛇を噴出した。

 斬ったそばから猛毒になるので、男装舞姫はよけることしかできない。

 パヘトが翼で飛び上がった。

「紫苑! ボクが風で盾を作るよ!」

「だめだパヘト! お前たちを守っていろ!!」

 ナバニアが走り出した。

「蛇を一掃すればいいんだな!」

 そう言って、蛇切と紫苑の真横から、水流の術を放った。

あかりみず!!」

 光を内包する水が、トゲ病蛇を押し流した。

 男装舞姫と蛇切との間に、一瞬空白ができた。

「この機を逃す俺だと思うか!!」

 男装舞姫が跳躍して神刀の双剣を振りかぶるのを真横から見て、ナバニアは絵のような美しさに目を奪われた。

 男装舞姫は双剣を蛇切に当てた瞬間、王都チョートにいた。

「(!! 幻覚か!!)」

 双剣を構えて周囲を見回すと、人々が泣き伏している。

「がんばっているのにあいつに勝てない」

「何年も練習してるのにいつもあの子ばかり人に認められる」

「「どうして努力が報われないの」」

 道に蛇切の吸盤が現れ、トゲ病蛇が這い出してきて、人々に入りこもうとする。

「やめろ!! 皆の努力する気持ちを奪うな!!」

 男装舞姫がトゲ病蛇を斬ろうとしたとき、すべての吸盤に蛇の目が現れた。

『まだ私の蛇は入っていない』

「!?」

『もともと努力の報われない者はどうすればいいのだ? 私のせいにすれば、まだ救われるのではないか?』

 男装舞姫は、蛇切の目を睨んでチッと舌打ちして、歯を嚙み合わせた。

「なるほど、そうやって人々の中に入りこんでいきやがったのか。いいか、この世の中は全員が一位になれるようにはできてねえんだ。一位になれるかどうかは発想の差で決まるんだよ。これはもう努力だけじゃ無理だ。何が必要かっていうのは、自分で探すしかねえんだ。

 んなもんより、どうせ盗みあうんなら社会の規則、道徳、勉強、全部の基本を真似しあって、それをひとくくりにまとめて礼儀として、全員で共有するべきだ。

 そもそも、一位になりたいなんて、まだ自分のことしか考えてない証拠だ。本当に一位を取るべき人間は、国民の生活や文化を守るには、国民全員が全体的に高い能力を持ち、互いを信じあわなければならないと気づいている人間だ。一位を取ったあと、その力を使ってみんなを守れる人間こそ、一位にふさわしいんだよ。

 お前ら、一位になったあと何をするんだ? 考えてねえだろ! みんなを守れねえ奴が称賛だけ欲しいなんて、子供の劇か! 何かを守りたいと思うところに、お前の道ができる! それは、一位を取れなくても立派に胸を張れる道だ!!」

 人々は、びっくりして男装舞姫を見上げた。

 そして、暗闇の洞窟の中で出口の光点を見つけたときのように顔をほぐし、ゆっくりと立ち上がって、歩き出した。

 吸盤の蛇の目が、そんな人々を見て、ぎょろぎょろと動き回っている。

『ま、待て! お前たちは一位になれないのだぞ!! 努力が報われなければ、虚しいだろう!? 生きてて何の楽しみがある!! 楽をしろ、盗め、人の上に立て!!』

 男装舞姫が冷たく言い放った。

「それこそ何の意味がある。他人の人生を代わりに生きたら、それはただの操り人形の人生ではないか。この世に無駄に生きている人間がいると思うことこそ、蛇切、貴様が邪神たるゆえんである!!」

 人々が去って誰もいなくなった道の、吸盤の一つの目を、男装舞姫が神刀で刺し貫いた。

『ギエエエ!!』

 はっ、と気がついたとき、男装舞姫は、蛇切を双剣で斬り裂いていた。

 猛毒をまき散らしながら、蛇切は絶命し、大地を汚染した。男装舞姫から剣姫に戻った紫苑は、

汚浸おしん砂漠さばく分解ぶんかい

 の、言霊で、大地を浄化した。

 すると、聖地が邪神を排除したことで輝きだした。聖地の中心に、三角柱の、半透明の建物が現れた。

「ここで三番目の星方陣が作れるよ」

 昇龍しょうりゅうよろいを用意するパヘトに言われて、剣姫は神器・光輪の雫を、ナバニアは神器・きんせいを取り出した。そして、三人は三角柱の三点の角に散った。

 紫苑は光輪の雫を高く掲げ、星方陣の祝詞のりとを唱えた。

『己の答えは何なのか。その思考、その誓い、己の力なり。千の剣、万のけい、己の世界にあかしする。これすなわち真の寿ことぶきなり』

 三角柱の三角星方陣が完全なる三角柱の光となり、天に光を突き上げた。

「やったね! 成功したよ!」

 パヘトが喜んで空を見上げた。

 三角柱の光に、王都チョートが映った。

 空に、『努力した分を取り戻した未来に行くか行かないか決めること。行かないならこのまま自力で努力してその未来に行くこと』と書かれていた。人々は、これまで散々努力してきたので、すぐ努力が報われたいと思い、未来に行くことを選んだ。しかし、サーフたち修行者や一部の者は、自分の成長を一歩ずつ自分の喜びとして味わいたいと言い、この時代に残ることを決めた。

 空が光った。

 未来に行くと決めた人々は、残る者たちに手を振った。

 光が消えた。

 彼らはまだ手を振っていた。そして、変わった光景に仰天した。

 サーフたちは、筆や剣といった、自分の究めたい能力にちなんだ武器防具を天から与えられ、身に着けていた。

 一方、未来に一足飛びに行こうとした人々には、何の変化もなかった。

 努力する苦労から逃げない者は、能力を伸ばす武器を与えられる。

 問題から目を背け、解かずに未来に逃げようとする者には、何の恵みもない。

 それが、三角星方陣の力だった。


 紫苑たちは、努力の戻った王都・チョートに戻った。

 ナバニアは父親・ネルスの無事を確認し、安堵した。ネルスにだけは、事の顚末てんまつを話した。

 ネルスは、神器・きんせいを珍しそうに眺めた。

「宝には違いないが、危ないな。お前、うっかり盗まれて人様に迷惑かけんじゃねえぞ。自分の大事なもんを管理するのも、仕事のうちだぞ」

「わかってるよ親父」

「まあ、今日は遅いから、泊まっていけ。サーフさんたちも、一文無しだからオレんとこで泊まる。チョートが助かったお祝いに、今夜は酒盛りだ」

「おっ、いいね親父! 紫苑も喜ぶかな……」

 ネルスは声を落とした。

「あの子、第三の最強って、何者なんだ?」

「世界を救う旅をしてるとしか聞いてない」

「強いんなら、いいぞ」

「何が?」

「お前の嫁だよ」

「ゴホッゴホッ!!」

「その気がないなら別にいいが」

「変わり身早いよな親父は……」

「航海に出たら、腕っぷしが強くなくちゃ、海賊と戦えねえし荷物も運べねえだろ。うちは代々腕力の家系なんだから」

「……それ、紫苑の前で言うなよ」

 ナバニアは、何か考えこむように八重歯で唇を嚙むと、そのまま歩き去っていった。

 夜、ネルスの家の広間では、お酒と果物がふるまわれていた。サーフたちも、神器を守る使命から解放されたので、少しはめを外してパイナップルにかぶりついていた。

 他の人々は、酒を飲み、弦楽器の楽団に曲を弾かせ、陽気に踊っている。

 紫苑とパヘトは、完熟マンゴーのおいしさに感動して、もぐもぐ食べている。ただし、パヘトは正確にはマンゴーの香りを食べている。

 その紫苑の肩に、ナバニアが手を置いた。

「なんだ? 様子を見に来たのか。こっちは楽しくやってるから安心しろ」

 紫苑がマンゴーの一片をパヘトと取り合いながら見上げた。そして、ナバニアが緊張した表情をしているのに気がついた。

「どうした」

「あ、あのさ、この、曲……」

 楽団が軽やかな曲を弾いている。男女が一組になって踊っている。ナバニアの手に力がこもる。

「オ、オレと踊ってくれないか」

 紫苑は閼嵐あらんを見た思いがした。

「すまん。私には先約がある」

 剣姫はまっすぐナバニアを見て言った。ナバニアはうろたえた。

「誰とだ!? オレより強いのか!?」

「そうだ。私はそのお方としか踊らん。踊るならパヘトと踊れ」

「ボク、踊れなーい」

 パヘトがのんびり笑った。ナバニアは酒の入った木のコップを持って、紫苑の隣に急いで座った。

「そ、そいつ、どんな奴なんだ!? 教えてくれよ!!」

 パヘトが、ははっと笑った。

「知ってどうするのー? 言っとくけど、ナバニア、勝てるって思わない方がいいよー」

 ナバニアはむっとした。

「まだわかんねえだろ。……あ、ああ、えーと……酒、いでくれないか紫苑」

 ナバニアは紫苑のお酒が飲めると期待して、コップを出した。しかし、紫苑はまっすぐナバニアを見て告げた。

「私がおしゃくするのはこの世でただ一人だけだ」

 何もしてくれないのかという驚きと共に、この強い人がそこまで愛するのは、どのような人物なのかということが、無性に知りたくなった。

「名前は? どんな体型なんだ?」

「ナバニアの知らないお方だ」

「だから聞いてんじゃねえか」

「私は言いたくないのだ」

「オレは聞きたいんだよ」

「酒に酔うとだめだな。らちかない」

「何時間でも粘れるぜ」

「(……閼嵐は違ったが、ナバニアは絡んでくるのか)」

 二人を見ていて、パヘトは肩をすくめた。

「(ナバニアは、閼嵐とそっくりじゃなかったら、今頃紫苑に殴られてるね)」

 紫苑は、もう休むからと言ってナバニアを置いて席を立ち、果物をたくさん抱えて、パヘトと一緒に寝室に戻った。

「ここで食べ直そう、パヘト」

「うん、紫苑」

 月が出ていた。

 紫苑は月のある夜空を見上げた。

「いつかまた会えるといいね、あのお方に」

「パヘト……ありがとう」

 パヘトは、星から星の記憶を教えてもらって、邪闇綺羅じゃきらのことを知っていた。

「早くこの星を救って、幸せになってね紫苑」

「ふふふ……パヘトがいてくれて嬉しいぞ」

「んじゃこのマンゴーボークの!」

 パヘトはマンゴーの香りを立て続けに三個、ぺろりと丸ごと食べた。

「あーっ! ずるいぞパヘトー!」

「ははは、ボク甘いの好きだもーん!」

 二人の笑いあう姿を、月は見守っていた。


 星方陣の祝詞のりとの中の『己の世界にあかしする』の『あかしする』は、『証明する』の意味でお読みください。祝詞全文の意味は、

「自分の答えを出した者に、その思考と誓いが千の剣、万のけいとなって、自分の世界に、それが自分の力になることを証明する。このことは祝うべき真のめでたい事柄であり、また、自分の答えこそが真の祝いの言葉である」

 です。

 ナバニアの神器・『きんせい』の『きん』の字は、創作漢字です。『金軍』を一文字に縮めた形です。

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