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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第三章 一滴(ひとしずく)の夢
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一滴(ひとしずく)の夢第二章「均衡の崩れ」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある赤ノ宮紫苑あかのみや・しおん、神剣・青龍せいりゅうを持つ炎の式神・出雲いずも、神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん、強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主の露雩ろう




第二章  均衡の崩れ



「よおーしその姿勢だ! 一、二、一、二!」

 出雲のかけ声が草原の空に軽やかに響き渡った。

 露雩と霄瀾が、枝を荒削りした即席の木刀で、声に合わせて素振りをしている。

 結局露雩は、そもそも記憶にない星晶睛を出そうと思っても、出せなかった。さらに、剣の扱い方もよく覚えていなかった。

「体は覚えているだろうから、あとは意識のうえで自分の動ける範囲を知悉ちしつしておくと、戦術をたてるときに自分の命を救うことになる。だから、まず基本から始めよう。星晶睛なしでどこまで思い出せるか、だ」

 と、出雲が訓練教官役を買って出たのだ。

 霄瀾は霄瀾で、自主的に参加している。

 紫苑の二刀を見つけて、露雩はぜひ習いたいと申し出たのだが、

「夢中で振るから、型はないのよ」

 と、紫苑に断られたのだ。

「姿勢が定まったら、それを体に徹底的に叩きこむぞ! 素振り千回始め!」

「えー! いきなり!?」

 出雲の指示で、霄瀾は木の剣で石を割れと言われたような顔をした。

「霄瀾、それから露雩も、よく聞けよ。『一騎当千』という言葉は知ってるな? 一人で千人を相手にできるという意味だ。つまり、一人で千人倒すということは、刀を千回振るということだ。単純に考えて最低でも千回素振りができないと、一騎当千になれないんだよ」

 一人で千人を葬った河樹と戦うためには、それ以上の鍛錬がる。

「それはそうだけど……」

 出雲の言いたいことはわかるが、霄瀾は荷が勝つ思いがしていると、

「なるほどその通りだ!」

 いたく感動した声が隣から発せられた。

「一つの技につき千回以上練習しよう! 出雲、オレ、がんばるよ!」

「その意気だ露雩!」

「ボクは自分の腕と相談しながらやりまーす……」

 盛り上がる剣士二人から、初心者は距離を取った。

「人には皆欠けがある。すべてを求めるな。人は補いあって生きるものだ」

「え?」

 強烈に耳に残って、霄瀾はその声の主に顔を振り上げた。

 真顔から穏やかな顔に戻った露雩が、微笑みを取り戻すところだった。

「露雩?」

「自分のしたいこととすべきことは、違うこともあるんだよ」

「……」

 霄瀾は、素振りを訓練し始めた露雩を、黙って眺めた。何か口に出したら、何か重要なことを曲げて考えてしまうような気がした。

 どういう意味だろう、と考えても、霄瀾には雲をつかむような話だった。

 しかし、なぜか聞き返しにくくて、少年は手がかりをくれそうな人のところへ向かうことにした。

 別の場所で修行しているはずの、紫苑のもとへである。

 不思議なことだが、紫苑は自分が修行をしているところを、誰にも見せない。何度出雲に剣の相手になってくれと言われても、

「だめなものはだめ」

 と、まったく取りあわなかった。

 技を盗まれるのが嫌なのだろうか? 弱点を研究されるのが恐いのだろうか?

 遠慮が先に出て、霄瀾も別の場所で修行中の紫苑には、近づかないようにしていた。

 一体何をしているのだろう……。怒られるか、それとも、と多少の好奇心を起こしながら霄瀾が歩を進めると、目前の、少年と同じくらいの丈の茂みから、無警戒な音をたてて影が現れた。

 霄瀾は舌が喉にはりついて硬直した。

 大人の男の背丈に並ぶほどの全長の、灰色をした狼の魔物が、四つ足で出てきたところだった。

 向こうも不意を突かれ、動きを止めて、霄瀾を凝視している。

 しまった、と霄瀾は思った。

 今までは祖父・降鶴ふるつるたちが守ってくれた。この旅では、紫苑と出雲が守ってくれる。でも、今は誰もいない。

 そもそも霄瀾が剣の真似事を始めたのも、河樹に神器・水鏡すいきょうの調べを封じられ、それ以外に何の武器もないのはいけない、と思ったからであった。

 こういう場合があるからである。

 助けを呼んでも、皆はすぐには来られない。この狼の魔物を、一人でなんとかしなくてはならないのである。

 そのとき、遠くで別の狼の吠え声が聞こえた。狼の魔物が首を仰向あおむけた瞬間、

「わーー!!」

 その機を逃さず、霄瀾は駆け出した。狼はすぐに気づいて追ってきた。

 間髪かんはつれず、五芒星形の竪琴・水鏡の調べで、幻魔の調べを奏でる。突然増えた獲物の数に、狼は面食らい、あちこち飛びかかっては幻を引き裂く。

 しかし、匂いをたどればいいということに気づかれたらおしまいだ。霄瀾は死に物狂いで石を蹴立て、川の中に飛びこんだ。

 流されない程度の流れだが、深さは霄瀾の首まである。泳げる泳げないに関係なく、少年は必死に水をかいて、川の中洲にたどり着き、はいあがった。そこには川原につきものの、丸みを帯びた石が、たくさん積み重なっている。その上に丸い湿った染みを落としながら、逃げた側は追う側へ目を向けた。

 狼は、追うのをためらっている。泳いで行けば、狙い撃ちされると考えているのだろう。

 霄瀾に武器らしい武器がないこともつゆ知らず、狼は少年から目を離さずに、石の敷きつめられた川原に腹をつけて休む姿勢をとった。諦めるかどうか悩んでいるのかと少年は期待を持ったが、その予想はすぐに裏切られた。

「……寒い」

 川に入って濡れているから、ちょっと風が吹いただけで、回復する間もなくどんどん体温が奪われていく。秋でも、十分力をぐ涼しさがあるのだ。

 狼のいない向こう岸まで泳ぐには、距離がありすぎる。川の中に別の危険な魔物がいないとも限らない。霄瀾は動けない。

 狼はそれを知っていて、霄瀾が中洲で力尽きるのを待っているのだ。

 竪琴の幻魔の調べも、弾き手が動けなければ意味がない。

 そうなると、できることは一つしかない。

 狼はにわかに立ち上がった。不安定にあげた片足のすぐ下を、石が跳ねる。

「えいっ! えいっ!」

 子供は、中洲に積もっている丸石を抱えて、力の限り狼に投げつけていた。

 どの石も、狼の胴体、足、頭を外さず飛んでいったが、いかんせん、子供の力である。飛距離が伸びるほど威力は弱まり、当たっても狼に傷ではなく苛立たしい感情を与えるのみであった。

 右に駆け、左へまわって石をよけていた狼は、ついに石の届かない距離を見つけ、そこまで下がってまた腹をつけて休んだ。

「どうしよう……!」

 諦める気のない狼に、霄瀾は泣きそうになった。憎しみさえ覚えた。声をあげて泣いてしまえば、いっそ気が済んだかもしれない。だが、それは少年のみの話で、周りの状況は何も変わらないのだ。少年は泣くのをこらえた。

 この危機から脱するにはどうしたらいいか、考えなければならない。

「あっそうか、この竪琴も神器なんだから、あの狼を封印しちゃえばいいんだ!」

「おい霄瀾、そんなところで何やってるんだ?」

 少年が打開策を決めたとき、出雲と露雩が川原へ出てきた。

「二人とも! 助けてー!」

 少年は安心して、あっさり打開策を脇へ押しやった。

 狼の魔物は、二人を見つけて起き上がり、牙をむき出してうなっている。

「ああ、魔物か。露雩、ちょうどいいからやっつけてみろよ。……霄瀾を狙いやがった罰にさ」

「そうだね。弱い子供を狙うなんて生かしておけないね」

 穏やかでないことを穏やかに言って、出雲は川辺へ行き、露雩は双剣を抜いて狼の真正面に立った。

 狼が石を蹴立てた。露雩の喉笛に噛みつこうと、牙のすべてを見せる。

 露雩はそれを避けるかと思いきや、不動のままである。

「露雩! あぶないっ!!」

 霄瀾が叫んだとき、露雩は片膝をついて刀を上に突き上げた。

 勢いのついた狼は、自分から露雩の刀で開きになった。

「……お前は強いけど、やっぱまだ修行が必要だな」

 出雲は硬直している露雩に言葉をかけた。

 美男子は、魔物の血だらけで、真っ赤なしずくを髪から服から存分にしたたらせていた。

 服を洗うのも兼ねて露雩が泳いで霄瀾を連れ帰ると、清い塩で水垢離みずごりを終えたあとらしい、少し濡れた髪で舞用の神鈴を手にした紫苑が現れた。

「霄瀾、幻魔の調べを弾いた?」

「え? どうしてわかったの? 紫苑」

「私はあなたの竪琴には人一倍敏感ですもの。それなりに気づいてるつもりよ」

「奇遇だな。オレも、なんだか青龍が竪琴と響きあってるような気がしたんだよ。神器と神剣だから、呼び合ったんだな」

「ありがとうみんな、ボク、心細かったよ!」

 竪琴を抱きしめた霄瀾に、露雩が近づいた。

「霄瀾。大人と同じ結果を求められないことはわかったね」

 霄瀾は狼の開きを見て、小さくうなずいた。

「でも、今できそうなこと、見つかるんじゃないかな」

 彼の視線が自分の手に移ったのを見て、霄瀾は拳を開いた。夢中で投げていた丸石の残りがあった。

「当たってもたいした傷にならなかったけど、はずしはしなかったよ」

 霄瀾にはこれしかわからなかった。

「じゃあ、もしそれを、石じゃなくて、誰にでも傷を与えられるものに持ち替えたら?」

 大人の言葉に、霄瀾は口を大きく開けて、何か思いついた顔をした。

「うん! そうする! ボクに合ったもの、探せた!!」

 飛び跳ねて喜ぶ霄瀾を見て、紫苑と出雲はきょとんとした顔をした。

 露雩の服を乾かすために木の棒に渡している間、紫苑は目のやり場をどうするかずっと悩んでいた。

 出雲は霄瀾に的を作ってほしいと頼まれたので、二人で一緒に手頃な木を探しに森に入っている。

「今日は風もあるし、一時間もすれば乾くと思うわ」

 努めて冷静に振り返ったとき、目に飛びこむのは筋肉質で白い立派な体であった。

 均整のとれた体で、筋肉が十分に鍛えあげられている。剣がなくても守りたいものをきっと守り抜けるような気にさせる強靭きょうじんさを、内に秘めている。白い肌は光をきれいに跳ね返し、割れた筋肉を彩ると同時に、この美しく傷一つない体を、自分のものにしたくなる、と剣の舞姫にすら思わせる、聖か魔性かの強力な魅力を、光線のように放っていた。

 残念なのは彼が全裸ではないことである。腰から太ももの中ほどにかけて、体の線にぴったりとした、黒い下着を身に着けていた。

「ありがとう。助かるよ」

 つい眺めそうになったのをその声で我に返って、紫苑は慌てて笑みを浮かべ、彼の座った後に続いて腰をおろした。

 本当に、この人は美しい。

「(この私が、一目見て忘れられなくなるほど目を奪われるなんてね……)」

 剣姫として、人間とは「私以外のその他」でしかなかった。それでも、この男はその人間たちの中から一歩前に出てきた存在に思えた。

「ねえ。髪の間に血の塊、残ってないかい?」

 不意に目の前に彼のきれいな黒髪が差し出されて、紫苑はその光輪に目がくらみそうになった。

「う、うん……。ちょっと待ってね」

 紫苑は両手で彼の波打つ髪に手を入れた。和やかで柔らかな光の空気が匂う心持ちがする。香油を塗ってあるかのようにしっとりと、しかしさらさらと心地よく流れ、そのたびに光がすぐに現れる髪の毛に、紫苑は次第に夢中になった。

「光る髪から、本当に、光の匂いがするみたい! これは太陽の香りかしら、それとも月、星? んんー、どれだろう? ああ、ずーっとこの光のそばにいたい……」

 紫苑が光の中で目を閉じて安らいでいると、

「うむ……、それはいいむだけどめ、紫苑しおむ

 なぜかくぐもった声が響いた。

「オレ、さっきから君の胸の中にずっといむ」

「キャーッ!」

 紫苑は思いきりのけぞった。露雩の頭は紫苑の腕のあとでぐちゃぐちゃである。

「ご、ごめんなさい露雩! 昔からなんでこんなに胸が大きいんだろう戦いの邪魔なのにとかどうせ相手がいないのに無駄とか思ってきたけど今日は胸が大きくてよかったと思ってるってあれ!? そうじゃなくて!!」

 風呂あがりでも見られそうにないほど真っ赤にゆであがった体を大きく振り回しながら、紫苑は必死に弁解した。露雩は涼しい顔で、

「うん。気持ち良かった」

「ぐはあ!!」

「どうしたの紫苑! 自分から弓形ゆみなりに反って石に頭をぶつけにいくなんて!」

「今私を殺そうとしたな!!」

「紫苑がだろ!? 何言ってるんだ!?」

「うう……」

 紫苑はよろめきながら正座して、十秒で一連の会話を整理した。

「ふむ。なるほど……」

 紫苑はぽんと片手で片膝を打つと、もう片方の手を露雩側に置いて両膝をくの字に崩し、小説でしか想像したことのない上目遣いの、輝くぷるぷるした唇で笑顔を見せた。

「またしてほしかったら、いつでもしてあげるぞっ☆」

 ぐはあハズカシーでも露雩は私のことキライじゃないだろうしあーでもでも早すぎたかなこんなセリフなんていうか生まれて初めてこんなこと言うよ「え?」とか言われたらどーしよー死ぬかもしんない!!

「へえー……」

 露雩は珍しいものをまじまじと見るように、紫苑に顔を近づけた。

 ななな何と言うつもりなのか、と紫苑が口が震えるのを必死に引き結んで抑えていると、

「紫苑って、かわいいね!」

 至近距離で白くそろった歯の笑顔を向けられて、紫苑はまた体を横に反って石に頭をぶつけに行った。

「今私を殺そうとしたな!!」

「だから、紫苑がだろ!? なんなんださっきから!?」

「だって、露雩が私の心引き出すから……。私、自分のことなのに追いつけないよ! 私をこんなにめちゃくちゃにして、露雩のいじわる!」

「いじわる?」

 すねた様子で言いながら、紫苑はこんな、甘えた女の子みたいな話し方をする自分が、不思議で仕方なかった。

 出雲にも、今まで紫苑に告白してきた男たちにも、こんな風に接しようと思ったことは一度もない。いつも、一歩退いていた。

「一歩前に出たのは、私の方か」

 苦笑する紫苑の頬を、露雩が軽くつねる。

「こーら。一人で完結するんじゃない。オレがいじわるって、どういうことだ?」

「うふふっ、教えなーい! この本に書いてありまーす!」

 紫苑は乾かしてあった黒水晶の本を手に取った。

「あっ! その中身は覚えてないって言ってたくせに! 今の嘘だろ! 本当のこと、教えろっ!」

「あはははっ! やーだー、教えてあげないっ! えへへっ!」

 本を取りあって若い男女が戯れていると、出雲と霄瀾が直径約五十センチの円を持つ切り株を持って帰ってきた。

 出雲が木の的を作っている間、霄瀾は草笛を作ってその隣で吹いていた。

「霄瀾は楽器がなんでもうまいのね」

 紫苑と、乾いた服を着こんだ露雩も、そのそばに座った。

「旅の一座なら、なんでも覚えたほうがいいからだよ。ボクは歌が好きだったな。その国ごとの国風くにぶりを、よく練習したよ」

「歌……?」

 露雩が何かに反応したような目をした。そして、自然と口が動きだした。

『題・君の星 作詞作曲・白雪


 話したいことが たくさんあるけれど

 今はただ目を閉じ君の肩にもたれ つむいだ物語をつづってよ

 どんななぐさめもいらだちも 包みこんであげるよ

 憎む心 弱い心 どちらを選んでも

 私はいつか君の星になる』


 誰一人聞いたことのない歌だった。

「これ……あなたが思い出した歌?」

「いや。今浮かんだんだ」

「作詞作曲もできるのか! てことは何か楽器が弾けるかもしれないな。作曲者って大抵自分の曲を伝えるために楽器を使いこなすから」

「そっかあ、即興かあ、だから歌がヘタだったんだね」

「うわあ霄瀾言っちゃったあ!」

 紫苑と出雲は片手を両目に当てて天を仰いだ。

 そう、確かに露雩の声はよかった。だが、音程はお世辞にもよいとは言えなかった。

 それを霄瀾にズバズバ言われて、露雩は膝の上に自分の顔をうずめた。

「完璧な人っていないから!」

 紫苑が露雩の背中をさするのに同調するように、出雲と霄瀾も、

「誰か歌ってくれる人を見つければいいだろ!」

「伴奏はボクがするから!」

 と、励ましてるのか励ましてないのかわからない代替案を出していた。

 的に四つの同心円の刻みをつけ、裏は木の枝に引っかけられるよう、引き出しのような持ち手をつけたものが完成した。これで、的のどこに当たったのかがわかるし、どこにでも引っかけて吊るして、高低差のある投げ方にも対応できる。

「練習用に、霄瀾のために投げられる小刀をいくつか、買ってやらなくちゃな。なあ、紫苑!」

 喜ぶ子供と向かい合いながら、出雲は顔だけこちらに向けた。

 ふと、気になることがあった。

 いやに、紫苑と露雩の距離が近い。

 出雲は、急に大切なものを失うような気がして、嵐の中遭難する船舶に乗っている錯覚に陥った。

 間髪を容れず、出雲は露雩の肩を抱いて少し離れた場所へ連れ出した。

「なんだい出雲」

「一つだけ確認しとくけどな、お前さ、どういう子が好み?」

「好みって……好ましい性格のこと?」

「そう。それ」

「うーん……オレは守ってあげたくなるような人を見ると……」

「そうか! よし紫苑は候補から外れた!」

 景気よく露雩の背中を叩いて、出雲は拳を天へ突き上げた。

「紫苑がどうかしたの?」

「つまりお前は紫苑を好きにならないってことだ」

「紫苑のことは好きだけど?」

「てってめっ! オレにケンカ売ったな!? じょ、上等だ! オレだって顔には自信があるんだ、お前とは別の系統の魅力で……」

「人も魔族も精霊も竜も、みんな好きだよ」

「……おいちょっと待て。なんでこの世界にいるものたちのそこまで、話がいくんだ? オレはお前が紫苑と恋人同士になりたいかどうかを知りたいだけなんだ」

「コイビトって何?」

「……え? ……愛しあうって、こと……」

「アイシアウ? どうやって?」

 ピーッ! と出雲は審判の口笛を吹いた。

「皆よく聞け! この中に人類の裏切り者がいる! 人を恋に狂わせるくせに受諾も拒絶もしない、人間の生殺なまごろしを平気でする最凶の悪の化身だ! よってこれから大審判を行う! 背徳者には、全魂からの永遠の嫉妬の業火を! 地獄を待て!」

 紫苑がすかさず挙手した。

「審判長! それは人の思いを斬って捨てる点で途中まで私にも当てはまることであります! 私も断罪されるのですか! 地獄を待て!」

「しまったあ! いや同志よ、この男は同志より重症だ、この世に存在してよいかすらわからん! 地獄を待て!」

「……なにやってんの?」

 霄瀾と露雩だけは、冷静だった。

 出雲の大法廷では、露雩の欠けた認識が争点となった。

「アイって何? スキって何?」

 恋愛感情だけが、きれいに抜けているのだ。

「困った奴だ……。これを取り戻さなければ、地上によみがえることは許されないぞ!」

「だから、だれの役をやってるの?」

 霄瀾のつっこみにも構わず、出雲は大げさにため息をついた。

「で、他人へのアイってどういうこと?」

 露雩に直接聞かれて、紫苑は困惑した。

「えっ、私!? うーんと、そうねえ……、誰よりも一番大切にしたいってこと……よねえ?」

 陸上競技でたすきを渡すように、霄瀾に訊ねる。

「ボク、スキな人、いなかった、から……」

 子供も口ごもった。

「紫苑は、スキな人、いるの?」

 露雩に真顔でのぞきこまれて、そういう意味で聞かれたわけではないのにそう聞かれたように思えて、紫苑は嬉し恥ずかしで混乱してきた。

「せ、世界が滅びるとわかったときに、最後まで一緒にいたいと思う人をスキって言うの!」

「世界が滅びるときに、最後まで……」

 その言葉は露雩の中に響いた。ただし、別の形で。

「世界を滅ぼさせやしない! オレはこの世界中の命と、全員で最後まで生き残る!」

 紫苑は悟った。さっき露雩の前で見せたかわいい仕草は、全然効果がなかったと。

「この人、世界的な愛で生きてるんだ」

 だがそこで恋の挫折と共感を味わった。

「(不思議なものだ、私は世界を平等に憎んでいるのに、この人は世界を平等に愛しているのだ。どちらも人間を個人として見ることはない)」

 この人が紫苑の夢の中のお兄さんではなかったとしても、紫苑は彼を慕う心さえ持てそうな気がした。


 紫苑たちのいる地点から最も近い谷隠町たにがくれちょうの手前で、地面を踏み荒らす音がした。

 馬車を囲んで、男五人と少年五人が、馬車ほどの大きさのある、芋虫の魔族相手に必死に戦っている。

 そのとき、大勢の兵士を引き連れた、長髪を一つに束ねた金持ちが、悠々と町から現れた。

「貧乏子だくさんは大変だなあ。見ろ、一人一人に対して剣の扱い方一つ、満足に教えられていない」

 へっぴり腰で戦う九人の子供らを、兵士たちも大声で笑った。

「金持ちでも跡継ぎがいないお前よりはましだ」

 馬車の持ち主でしわの深い一家の父親が、戦いながら皮肉を返した。九人の子供たちは力が湧いた。

 金持ちはいたぶるような目を見せた。

「兵士を貸してやろうか。一人でも子供が死んだら悲しいだろう?」

 父親の剣が止まった。

「その代わり、お前の子供を一人、私によこせ」

「断る」

「死なせたいのか?」

「……」

 戦いの素人である一家は、芋虫相手ですら、てこずっていた。さらに、兵士を雇うお金がないほど、貧乏でもあった。

「私の兵士にした後も、お前に会わせてやろう。十分な教育を受けさせてやろう。どうだ、貧乏なお前の代わりに金持ちの私が育ててやろうと言っているのだ。悪い話ではあるまい」

「……」

 父親は考え始めた。金はこの世を支配している。金がなければ、学習することも成功することもできない。命を捨てるより、金に屈して生き長らえるべきなのではないか? 生きていれば幸運の可能性はいくらでもあるのだ……。

「……どの子が欲しい」

「父さん!!」

 子供たちが目をみはって叫んだそのとき、式神出雲が芋虫へ神剣・青龍を斬り下ろした。魔物はあっという間に物言わぬ死骸となった。

「魔物がいなくなったから、契約はなしだ」

 刀を抜き身で向ける出雲に、金持ちはひるみ、兵士を連れて急ぎ足で町へ戻っていった。

「父さん……」

 九人の子供に遠巻きにされて、父親は弁解しようと思った。だがその言葉ごと、赤い髪の少女に殴り飛ばされた。

「金を出す奴が、あんたの望み通りに子供を育ててくれるわけないでしょう!? 金は、権力なの! 権力を持った奴は、その下の者を、自分が操りやすい人間になるようにしか、育てないの! 生きていれば可能性があるとでも思ってるの!? その前に心を殺され、情報操作で洗脳されたら、一生生ける屍なのよ!! なんて考えが甘いの!! 今、死んでも戦わなかったら、生きるより辛い人間以下の一生が待っているだけなのよ!! 権力者の甘い言葉に惑わされるな!! 欲に目がくらんで金と期待を得ても、現実は心の死と操られる人生があるだけよ!!」

 父親は身震いした。確かに子供を立派に育ててくれるだろうと思ったのはこちらの勝手な想像で、向こうは何一つ約束していない。

「でも、この世が金で動いているのだから、しょうがないじゃないか! 子供に楽をさせてやれる! 親なら子供の欲しいものを買ってやりたいものだ! 金持ちならそれができる! 子供にひもじい思いをさせることもない!!」

「愛し抜けないなら子供なんか作るな!!」

 父親は巨大な見えない力で高速に叩きのめされた。紫苑が叫んだ。

「人間は、すべてを手に入れることはできないの! お金と愛の関係のように、何かを得たら必ず何かを失うの! いつから人間はお金で何でも解決できると思うようになったの? 愛がもといとなる世界なら、それだけでもう人は何もいらないの!」

 そんな世界なら、剣姫も目醒めなかったのだ――。その言葉を紫苑が呑みこんだとき、霄瀾が鼻をすすった。自分が紫苑と出雲をスキなのは、自分にお金や物でなく、大切にしたいという愛をいつもくれるからなのだと、はっきりわかったからである。

「親のいないボクにはわかる。それが一番ほしいものだって……」

 霄瀾に言われ、父親は自分の子供たちにうなだれた。

「悪かった。父さんが間違っていたよ。貧乏でもみんなで生きていこう。一人も欠けないように」

「父さん!」

 親子が集まっているのを露雩が眺めていた。

「これもアイの一つかい? みんなに教えてもらったアイと同じかな?」

 隣の紫苑が答えた。

「まあ、同じだし、これは愛がもう少し進んで深まった話――よね。九人も子供を作るには、相手がいないと。露雩はまず女性に対して愛を覚えないとね」

「ふうん、女性に……」

 じいっと見つめられて、紫苑はむずがゆい顔をして視線を横にそらした。

「ところでさっき敵と向き合ったとき胸が高鳴ったんだけど、これはコイなの?」

「それはただの命をかけたときの緊張」

 首をひねっている露雩に対して、表情とは裏腹にうきうきとした心で会話しているのに気づいた紫苑は、晴れやかな気持ちになった。

「強い自分」が失われるというよりむしろ、剣姫として抑えていたものが解放されて、本来あった自分が次から次へと現れてくる思いがする。

「この人にどんな私を引き出されるのだろう」

 と求めながら、初めて無駄に遊ばせていた美しさを磨いて、身も心もかわいくなっていけそうな気がした。


 魔物を倒してくれたお礼にぜひ泊まっていってほしいと、父親――揺登ようどに誘われ、一行は谷隠町たにがくれちょうに入った。

 この町は、活気というものがなかった。威勢のいい売り声も、家畜の鳴き声も、ひっきりなしに往来する馬車の音も、なにもかもがひそひそとしていた。

 わけを尋ねようとしたとき、紫苑の耳に硬直を起こす言葉が届いた。

「見ろ、あの女! 『赤い髪の美人』、あいつが例の……」

「虐殺鬼! 追いはぎを平気で切断していったそうだ!」

「輪切りにしたり心臓だけ取り出したりして、生きている人間をもてあそんだってよ!」

「あんな犯罪者が生きているなんて、世も末だ……!」

 事実と全く違う。だが剣姫の紫苑が毛土利国けどりこくの商人を追いはぎから救ったことで、商人仲間の情報網で、話に尾ひれがついて噂が広まったのだろう。人はいつも、自分を良く見せるために話を誇張するからである。

 人間は弱い。だから、自分の手に負えない強さを持つ者を、数の力で寄ってたかって叩き潰そうとするのだ。

 それがわかっている紫苑は、今までなら耐えられたかもしれない。だが彼女のそばには、何も知らない彼がいる。露雩に剣姫を知られたらと思うと、紫苑は断崖に立たされたように心が締めつけられた。

「ねえ、あの人たち紫苑を見てるけど、何かな?」

 露雩の問いに、紫苑は答えられなかった。

 商人たちに言い返さなかった。

 剣姫として忌避と侮辱を受けるようになってから、言い返すことだけはするまいと心に決めていた。

 もし言い返したら、必ず相手を殺すことになると、わかっていたからだ。

 自分の誇りを傷つける者を、紫苑は許さない。

 耐えに耐えて、もし人間が紫苑の生存理由さえ踏みにじったら、そのときはもはやこれまで、堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れて、一人残らず皆殺しにするつもりだ。

 だから紫苑は相手に何を言われても、無表情で我慢してきた。もし怒れば、自分が死んでも相手を殺さずにはおかないことが、わかっていたからだ。

「私が美人だからみとれてるんでしょ」

 千里国せんりこくだろうとどこだろうと、私に居場所はないのか――。露雩に知られたくないという一点が、鉄のおもりになって紫苑の背にのしかかった。

揺登ようど! 戻ったのか!」

 揺登の一間の小さな家の隣から、若々しい声がした。

 二十才前後のつや肌を持ち、髪をくしで丁寧にとかした、姿勢の良い若者が、畑に入れていたくわを木に立てかけてやって来た。

歩毬ほまり様、無事に戻れました」

「しっ。敬語はよせ。聞かれたら牢獄行きだぞ。そちらは?」

「何も知らない旅の方たちで。魔物から助けていただきまして」

「それは良かった。だが、我々にも積もる話はある。今夜は子供たちに客人を任せてお前は私と――」

 歩毬ほまりが声をひそめたとき、ぼろを着た女が、裸足はだしで駆けてきた。

「大変です歩毬様! お母様が広場で鞭打たれています! 反乱軍を手引きしようとしたと、領主が!」

「揺登! お前、敵につけられたな!?」

「そんな! 我々の相手方に内通者がいたのでは!?」

「とにかく、私は行く!」

「いけません! 我々の計画が知られた以上、奴はもうあなたを生かしておきません! 死にに行かれるのですか!」

「母を見殺しにはできない! お前が私の立場でも、そうだろう!」

 揺登が言葉につまった一瞬に、歩毬は走り去っていった。

「こうしちゃおれん! 全員に知らせろ! 武器を取れ!」

 近所中が慌ただしくなって、紫苑たちは揺登に詳しく尋ねる他なかった。

 谷隠町たにがくれちょうは、前領主が公金横領の罪で死刑になったあと、領主の仕事を最も補佐する、領主の次の地位の「大臣下だいしんか」という役職だった、避止ひとめという男がその後釜に座った。

 前領主の妻と息子とは、死刑を免れて、貧民街に住むことを許された。

 しかし、公金横領の証拠は出処が不確かなものばかりで、冤罪の疑いがあった。証拠を提出した商家や官僚が軒並み優遇され、出世しているので、その疑惑は膨らんだ。再捜査をしようという機運が高まったところで、避止がそれを主張する人々を粛清したのである。

 避止から逃れるために、残りの心ある人々は、前領主の息子のいる貧民街に移った。しかしその後も粛清はやまず、今では一部の親衛隊を除いて、証拠を提出した商家や官僚も殺され、与えられた財産を没収されている。

 なぜなら、裏切りの疑惑を一度死刑で安心に換えた者は、もう二度とその誘惑から逃れることはできないからだ。

 避止はさきほどの、兵士を従えた金持ち風の男であり、前領主の息子が歩毬である。

「粛清を恐れて、皆余計なことはしなくなったし、言わなくなった。このままではいけないと、歩毬様は花初国かはつこくの王に直訴し、援軍を呼ぶよう、私に言いつけた。私は役人ではなく、元からの貧民だったから、避止の目をかいくぐって旅に出ることができた。王の援軍の約束を、取りつけることができたのに――! 到着まであと三日はかかるだろう。その前に避止は歩毬様ともどもこの貧民街を焼き払うだろう。ああ、やはり子供を避止に預けておけばよかった、命を助けてもらえばよかった!」

 力なく武器にとりすがる揺登を、紫苑が叱りつけた。

「命よりも守るべきなのは、人の心よ! 子供が避止の言いなりの人形になっても、いいの!? なんで物事がいつも自分の選択の思い通りになると思うの!? 考えが甘い!! 身の周り一メートルのことしか見ないなんて!! 誰でも命は惜しいわよ!! でも、許せない悪がのさばる世界で、善人が頭を押さえつけられてたら、本当に生きてられるって言えるの!? 許せないものが倒されるから、この世は生きてる価値があるんじゃないの!? それのない世界なんて、わざわざ子供を作って自分の次に渡してあげる意味がある!? たとえ自分は死んでも、未来の子供たちのために善人が勝つって教えてあげなくちゃ、人間という種は人間でなくなり、滅ぶのよ!!」

 善でない世界を、命のいらない私が滅ぼすからだ、と言おうとして、紫苑はすんでのところでその吸った空気を呑みこんだ。

「子供たちのために……」

 揺れる目で、揺登は子供たちを見つめた。

「そうだ……、欲望のままに従わない者を処刑する恐怖政治を、今ここで倒さなければ、必ず子供たちが危険な目に遭う! オレは戦うぞ!」

 決心をして、揺登は成年に達した子供たちだけ連れて、反乱軍の中へ入っていった。紫苑たちも後を追う。

「この女は国王に偽の情報で直訴し、私を冤罪に陥れようとした首謀者の母親である!」

 避止ひとめが高々と演説した。町の広場には町中の人間が集まり、それを遠巻きに囲んでいる。避止が弓を恐れて、兵を大きな円状に配置して、一般人を近づけさせないためだ。

 避止のすぐそばには親衛隊が居並び、女を押さえつけている。女は鞭で打たれて、ところどころ服が破け、血がにじんでいる。

「(おかわいそうに、奥様……)」

「(まさか、このまま死刑にするのでは……)」

 人々が囁きあったとき、

「母上!!」

 人波をかき分けて、歩毬ほまりの強い声が静かな空気に割りこんだ。歩毬はただちに兵士に捕えられた。

「待っていたぞ首謀者。よくも直訴などしたな。お前には最高の苦しみを味わわせてやるから覚悟しろ」

 捕まったまま、歩毬は叫んだ。

「黙れ避止! 父を陥れ、母まで傷つけるとは、許さない! 人々よ、今ここで立ち上がらなければ全員この男に殺される! 恐怖政治を許すな!!」

 しかし人々は目をそらした。

「年貢を納めているし、オレの命だけは助けてもらえるだろ」

「刃向かったら殺される。関わらないのが一番だ」

「そんなっ……!!」

 人々の「選択」に絶望する歩毬を見て、避止は高笑いした。

「どうだ? 私の『教育』の成果は。これが『為政者の仕事』というものだ! 皆、『私に忠誠を誓っている』だろう? 下々(しもじも)の『全員殺すはずがない』という『期待』ほど、おかしなものはない! さあ、腰を据えてじっくり眺めるがいい! お前が信じようとしているものの末路をな!」

「おのれっ……! よくも人々の心を!!」

 歩毬に構わず、避止は号令をかけた。

「この女の腰の骨を折れ!」

 人々から狂乱の声があがった。兵士がうつ伏せにした女の両足を押さえ、別の一人が女の頭をその足の裏につけようと配置についたからである。

「母上ー!!」

「歩毬ー!!」

「なんてひどい殺し方を! 奥様は関係ないはず!」

「人間じゃない! 従う兵士は誰の子だ? あとで親を叩きのめそう!」

 しかし、そう囁くことはしても、誰も助けに動かない。

「この町は……、この町は、狡猾こうかつで、卑怯な小人しょうじんに、ことごと蹂躙じゅうりんされてしまった……!! こんな小人のせいで、人々が!!」

 兵士に押さえつけられたまま、歩毬がんだ唇から血を流したとき、耳の機能を一瞬奪うほどの剣圧が走り、歩毬を捕えていた兵士も、彼の母親を押さえていた兵士も、その他避止側の兵士という兵士が皆薙ぎ払われた。

 歩毬が急いで立ち上がると、貧民街の者たちが武器を手に、喊声かんせいを上げながら向かってくるところだった。

「反乱だ!!」

 広場を囲んでいた町の者たちは逃げ惑った。

「ちょうどいい、焼き払う手間が省けた! 全員殺せー!!」

 避止は待機させていた軍を反乱軍にぶつけた。反乱軍は圧倒的に数が少ない。援軍がない以上、勝つのは難しい。

「ハアッ!!」

 しかし軍が反乱軍を押そうとすると、そのたびに剣圧が軍の前衛を後ろの者たちごと後方に吹き飛ばした。

 紫苑である。

 剣姫化しているのに、なぜか一人も殺そうとしない。

 兵士に動けなくなる程度の傷を与えながら、出雲は、兵士たちは皆避止の「教育」で操られているからか、と考えた。

 歩毬は母親を揺登ようどに預け、自分は刀を抜いて避止に向かった。

「避止、父とこの町の人々の怨み、覚悟しろ!!」

「フン! お前の父親のときに、お前も一緒に処刑しておけばよかった! そうすればこんなに周囲に疑心暗鬼になることもなかった! 私はお前に殺されると思ったからお前に肩入れする者たちを処刑した……。そう! 冤罪だ! 私は悪くない、悪いのはお前だ!」

 二人の周りに敵を近づけさせまいと剣を弾いていた出雲が、呆れて振り返った。

「冤罪だって? よく言う!」

「人は自分のした罪に一番敏感に反応するのだ。自分を守り、正当化する論理を毎日構築するためにな」

 出雲の言葉に、紫苑が答えた。

「おい! 兵士ども、何をしている! これっぽっちの反乱軍を相手に、どうして私を守る者が誰一人としていないのだ!!」

「たどり着けないのです! ……わあっ!」

 紫苑、出雲、霄瀾が、歩毬と避止の周りをさばいている今、避止に加勢は来ない。

「覚悟を決めろ、避止! たあーっ!!」

「そんなバカなっ! 親衛隊! 親衛隊は!! こんなときのためにタダ飯食わせてたのに!! 私を守れえー!!」

 文民あがりの避止は、領主の息子として文武両道に励んできた歩毬の太刀を、受け止められなかった。


 上に立つ者を失ったことで、軍は総崩れの後、おとなしくなった。町の者たちは右往左往した。歩毬が指導すると、皆従う意思を見せた。

 貧民街の者たちは、職を辞していた者は功をたたえられて元の役職に復帰し、それ以外の者は兵士に登用された。

「この町を元に戻すには少し時間がかかるだろう。だが私は人々を信じている。必ず元の心がよみがえると」

 歩毬と揺登に見送られ、紫苑たちは次の町へ旅立った。

 歩毬に玄武げんぶ神殿という聖なる建物があることを、密かに教えられたからだ。花初国かはつこくでも、神殿を守れる立場にある一部の者しか知らないことだ。四神の刀の一つ、「玄武」が祀られているという――!

 妙な体のほてりを感じながら、それを隠して、紫苑は皆と共にその地へ向かうのであった。


 作詞作曲・白雪で、『君の星』という歌の歌詞を載せています。メロディーはまだ出していません。小説が完結してから挿絵と曲をつけようと考えております。どうぞご了承ください。

 また、「あれ? 曲ってこういうかんじなの?」と思われた方もいらっしゃると思いますが、ご安心ください。皆様が普通に「歌曲」と認識している曲は、別にございます。「紅い玲瓏」も、オープニングテーマとエンディングテーマがございます。ただ! それは小説が完結してからにしたいと思っております! きちんとしたメロディーの歌曲はございますので、どうぞご安心ください。


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