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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第二部 常闇の破鈴 第四章(通算二十三章) 望みの在処(ありか)
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望みの在処(ありか)第二章「大罪(たいざい)二・憤怒(ふんぬ)」

登場人物

阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜びゃくやつきを持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。

セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅せいらと同じ姿をしている。歌姫。

ザヒルス。十五才。ザヒルス村の領主で、斧使い。

ソディナ=ハーオーラ。氷魔法の魔法使い。

ルミル=テール。魔族のウサギ。

黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。




第二章  大罪たいざい二・憤怒ふんぬ



 ヴァンは、北から時計回りに世界をめぐっているつもりである。方角を頼りに、今、世界の南西部にさしかかっている。

 津波で崩壊した世界では、もう国境も自然風景も曖昧になっていた。がれきの平野が続き、かろうじて布と棒で作ったテントがいくつか建っているところが、かつての町村の、生き残った人々の住むところだった。

 川が汚染されていても、山からの湧き水だけは変わらずあるので、人々は水を汲むために行列をなした。

 セイラたちも水を分けてもらおうかと相談していたとき、空から人が降ってきた。女性だ。大きな胸がヴァンの顔に向かっている。

 ヴァンはザヒルスの首根っこをつかまえて自分の上に掲げた。

「ザヒルスの盾」は、女性の胸をまともに食らった。

いてえー!! めちゃくちゃいてえー!!」

 ザヒルスが両手で顔を覆ってのたうちまわっている。ヴァンが手からの光で癒した。

「許せザヒルス。胸だから痛くないと思った」

「普通にいてえよっ!! 鼻でひと一人の全体重にぶつかっただけなんだからっ!! 骨折したら女の胸トラウマになるだろ!? 何考えてんだよ!! ヴァンならよけろよっ!!」

「すまん……お前にいい思いをさせてやりたくなって」

「オレが耐えられるいい思いにしてね!? 今度から!!」

 男二人の会話とは別に、女二人、セイラとソディナは、ぬぬう……と、空から降ってきた女を睨んでいた。

 ウサギの耳を持つ、魔族の女性だ。年はニ十才より少し上か。肩上までの黄色の巻き毛、たるんたるんに揺れる大きな胸を毛皮の服でまとめ、胸以上に大きい腰は、お尻を丸出しにして、そこ以外が爪先までタイツで覆われている。左手が少し大きいウサギの手で、丸い尻尾もついている。そして鼻の中央にウサギ型のほくろがある。

「「(なんだこの誘惑するために生まれてきたような体と服の女は)」」

 セイラとソディナは、この女がヴァンの顔に胸を激突させようとしたところからして、まず気に食わなかった。

 ソディナは自分の胸が負けているので、なんだこのやろ私はヴァンを手伝えるくらい強いんだからねと腕組みして、腕の分を胸に加えて大きく見せた気になった。

 セイラはそもそも胸が小さいので、同じ人族とは思えない、あ、魔族だっけと、悔しいとかいう感情以前の、異次元のものを見る目を育てていた。

 さて、ウサギ女はヴァンを一目見るなり、耳の毛をすべて上に伸ばした。

「なんて素敵なお方なんでしょう! 私、あなたのことが好きよっ!」

「はあ?」

 ヴァンが冷めているのに、ウサギ女はヴァンにひとっ飛びで飛びかかり、右腕を取って豊満な胸を押しつけた。

「私の名前はルミル=テールです! もう逃がさないわ!」

 胸が小さいセイラは、異次元の出来事にあわわわとよろめくことしかできない。

 ウサギのかわいらしいふわふわした毛と体を押しつけられても、ヴァンは無表情であった。刀がすぐに抜けないので、ただの迷惑であった。ルミルの方が驚いた。

「え!? 私の体に、興味ないの!?」

「興味?」

 ヴァンは、ルミルを上から下まで眺めた。

「(赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおんの方が大きいな)」

 ルミルはヴァンの無感動な目を見て、少なからず傷ついた。

「普通、これだけそろった人がいたら、男はありがたやーって拝まなくちゃいけないのよ!? ここまで育つの、大変なんだから!! スタイルの維持だってねえ……」

「そろそろ放せ。うっとうしい」

 ルミルはどしーんと、尻もちをついた。あまりのショックで、腰を抜かしたのだ。

「あ……そうか、ゴツい女が好みだったのね……」

 ヴァンはルミルを放っておいた。鼻を押さえたザヒルスがルミルのたるんたるんの胸を恨めしそうに見ながら、尋ねた。

「お前、なんで空から降ってきたんだよ。羽もないのに」

「船の中にいて、津波がひいたとき、山の上にひっかかったの。降りるには崖が何段もあって、怖いからしばらく迷ってたんだけど、思い切ってウサギの足で崖を跳んで、降りてきたの。受け止めてくれてありがとう。あなたがいなかったら私は、せっかく津波で助かったのに、地面に激突して死んでたわ」

「ふーん……勇気出したんなら、まあいいか。一人でがんばったな、お前」

「わあーっ、わかってくれるー!?」

 ルミルが飛び跳ねて喜んでいる。いちいち胸がたるんたるん揺れる。尻も揺れている。セイラとソディナは目が離せない。

「(目が疲れる女だ)」

 ヴァンが三人に先を急ぐぞと言おうとしたとき、ヴァンの耳に、再び津波の轟音が遠くから届いた。

 とっさに赤紫色の星晶睛せいしょうせいに戻り、世界に生き残っているすべての者を風魔法で空中に逃がした。

 再び、星の怒りの津波が全世界に走った。

「(かろうじて残っていた物質も、もう残るまい)」

 ヴァンは津波を見送ったあと、命を地上に降ろそうとしたとき、再び津波が生じた。

「(三度もか!? この力は、星のどこから来ているのか!)」

 三度目の津波が過ぎ去ってから、今度こそ命を地上にと思うと、四度、五度、六度と、海の波のように途切れなくなった。

「まずい。星は怒りに満ちている。命を全滅させたがっている」

 ヴァンが解決方法を考えていると、セイラが申し出た。

「ヴァン、私が歌ってみます」

 星をも癒す歌姫が竪琴を鳴らした。

 ヴァンが北の山で聴いた歌だ。ヴァンはセイラの歌を風で運び、世界の隅々まで行き渡らせた。

 星の津波は勢いを弱めていき、水も引いていった。

「ありがとうセイラ。私が答えを出すまでの間、この星を頼む」

「はい、ヴァン」

 ヴァンとセイラが見つめあった。ザヒルスはセイラの歌かっけー! と思い、ソディナは、え!? 強力なライバルだったの!? と慌てた。

 ルミルはぼうっとしていた。セイラをただただ見ていた。

「ねえ、あなた……ありがとう」

 セイラは、「え?」と、きょとんとした。

「あなたの歌の間、私、何もかも忘れて安らいだわ。素敵な時間をくれて、ありがとう」

 セイラはルミルに微笑んだ。

「こちらこそ、ありがとう。私の歌を、そう聴いてくれて」

「……」

 ルミルはそれきり、言葉を胸の中にしまって口をつぐんだ。

 ヴァンは水が引いた大地の上に、すべての命を降ろした。もはや、物質は粉々で、原形をとどめたものは一つもなく、草木がまばらに残っているだけの平原になっていた。

「食糧も気候に耐える住居もなければ、命は死ぬしかない」

 神としてどう世界を救うべきか、星の妨害をどうなだめるべきかとヴァンが思案していると、幼女の声がした。

「アチュラ様」

 反射的に阿修羅が下を見ると、阿修羅の膝くらいまでしか身長のない、首長鳥が阿修羅を見上げていた。赤く光る、美しい羽だった。

「私めは渡り鳥が魔族に進化した由来を持つ、渡り魔物の祝女はふりめ・ツリマと申します」

 近くの湖で、ツリマと同じ種類のたくさんの鳥が、長い脚を湖に浸けながら、羽を休めている。阿修羅が問うた。

「私の名を知っているのか」

「私めは星と多少の交信ができます。星はアチュラ様を求め、怒っております。おいでにならなければ、この星を滅ぼすと。今、この世界にはアチュラ様が救った範囲と、私ども鳥類しかございません。アチュラ様、星を救うことは私どもを救うことです。どうか、世界をお救いくださいまし。今回、私めはたまたま翼のおかげで命拾いをいたしましたが、次の星の怒りで生き残れるかどうかわかりません。訴え出る命があるうちに、どうかアチュラ様、世界にお慈悲を!」

 ツリマは一礼して、急いで仲間のもとへ戻った。阿修羅がここにいることは秘密なのだ。

「(すべての命が何の恵みもなく耐えられる間に決着をつけなければ。一年ももつまい)」

 そう考えている阿修羅のもとへ、ルミルが近づいた。

「あなたのお名前は、アチュラというの? その赤紫色の目は、何?」

 ヴァンは目の色を戻し、ルミルに別れを告げようとすると、

「あーっ、もう!! なんなのよこの鎧!! いつまで歩かせれば気が済むっての!?」

 ガッチャガッチャと金属音を響かせながら、歩いてくる女の声がした。

 青色のショートヘア。頭の両側から、ツインテールのように呪符が肩を隠すまで垂れ下がっている。丸い鎖がつながって襟になっている、黒い鎧を着ている。鉄に近い光沢で、二の腕と太ももだけは紫色のぴったりとした布地の服であった。片手剣を腰に差している。

 十五才前後の少女は、鎧に歩かされているかのように、いやいや足を動かしていた。しかし、鎧はヴァンの前でぴたりと止まった。

「え? ここが終着点なの? え? この人が……」

 少女はヴァンを見た瞬間、あまりの美貌に立ちくらみを起こした。ガッシャーンと鎧が派手な音を立てた。

「なぜ気絶するのだ。オレがそんなに恐い顔をしているのか。人間の女とは、ちょくちょく失礼だな」

 ヴァンは女心がわからず、不機嫌になった。

 少女が気絶しているのに、鎧が少女を起き上がらせて、立たせた。

「なんだこの鎧は。生きているのか」

 そのとき、少女が、はっと目を覚ました。

「剣を抜かせないってことは、この人じゃないのね。でも、なんでこの人の前で立ち止まったのよ。私を気絶させたかったの?」

 鎧としゃべっている少女に、ヴァンは興味を覚えた。

「その鎧は何だ」

 少女は、鎧としゃべっている自分をヴァンがおかしな目で見なかったので、また少し好きになってから、話しだした。

「私の名前はヤーサッキ=アムム。画家よ。津波が来る前に、ガルミヴァスっていう武器職人が私の町に来て、この鎧を町長に売ったの。町長はすごく気に入って、この鎧を女が着た絵があったら、よいコレクションになると考えたの。それで、私に絵の注文が来たの。モデルにポーズをとらせるまえに、自分で実際に着て戦闘の動きをして、鎧を理解しようと思ったら、着たとたんに、勝手に動き出したの。剣を取るのが精一杯、食料も持てず旅支度も何一つできずに、鎧にずっと歩かされてきたわ。髪飾りにしてる護身用の呪符がなかったら、誰か助けてって、泣きわめいていたでしょうね。

 でも、この鎧には、どうやら目的地があって、そこに行きたがってるってことが、なんとなくわかったの。だからこの鎧に任せて、ここまで歩いてきたわけ。何が待っているのか怖い反面、興味もあるしね」

 ヴァンたちは自己紹介をした。

「津波のときはどうしていたの?」

 セイラの問いに、ヤーサッキは鎧をなでた。

「それが、この鎧が浮き輪代わりになって、私、波の上で浮いてたの! 何度来ても浮いてて! この鎧、すごいのよ!」

 ヴァンは、ガルミヴァスについて、鍛冶職人として働こうとするメルパラリヤ=バライルーが、「金を積んだ方に武器を売る」と言っていたことを思い出していた。

「いずれ会うときが必ず来る……」

 そう予感した。

 そのとき、再び鎧が動き始めた。ヴァンはガルミヴァスの鎧の行き先が知りたくなり、ヤーサッキについていくことにした。セイラ、ザヒルス、ソディナに、ちゃっかりルミルもくっついてくる。

 キトーメン国の領土に入った。何もない。だが、鎧を着た人がたくさんいて、津波以前のもともとの人口を、維持していると思えるほどであった。

 どうやら、全員ガルミヴァスの鎧を着ているようである。

「ガルミヴァス様は素晴らしいお方だ!! 我々を一人残らずお護りくださった! 神様に違いない!!」

「全財産なんてどうせ災害でなくなるんだし、だったら命を救う鎧に大金払った方が、最高にお得だよ!! ありがたやありがたや、私たちは正しいお金の使い方をしたんだねえ!!」

「町の予算で全員分の鎧を買っといてよかった!!」

 ヴァンは聞き捨てならなかった。ガルミヴァスの鎧を着ていれば、星の怒りの津波から助かるなどと、神の救いに等しいことを、ガルミヴァスは町単位で行ったのだ。

「何者なのだ……!!」

 ヴァンは、人々から話を聞いた。人々は、命が助かった興奮で、べらべらしゃべった。

 一箇月前、ガルミヴァスがこの町に来た。大金を払ってくれるなら、町の者全員に鎧を作ると、町長に売りこみに来た。ただの鎧なら間に合っていると答えると、ガルミヴァスは自分の名を明かし、これは魔法の鎧で「戦争の鎧」といい、人生のライバルに必ずめぐりあえる鎧なのだと言い出した。自分はこれまでこの鎧をたくさんの国に売ってきた、この鎧を着れば、その着た人の人生で最大の敵、ライバルがもう一方を着て現れるのだ、と言った。

「ライバルとは自分より上に立ちうる、自分の人生を勝ち組負け組に決定づける重要な相手だから、できればはっきりと『こいつだ』とわかって出会った方がいい。そのとき剣を持っていると、なおいい……。町長は、ガルミヴァスの作ったものは一級品だと知っていて、他の町も買って身に着けているなら、こちらも対抗しなければと思って、ライバルが必ず現れる魔法はともかくとして、武装のために全員分の鎧を購入したんだよ」

「一度着ると二度と脱げないんだ。町の中で格闘家がライバルに出会って、殴りあって勝敗がつくと、双方鎧が脱げるようになってね。それ以来、町の人々は本当にいつかライバルに出会えるのだと期待し、同時にそれはいつなのだろうかと、恐れたんだ」

「そんなとき津波が何度も起こって、そのたびに水面に浮かんだから、この鎧を今、感謝しているよ」

 ソディナは即座に反応した。

「ふーん。じゃあ、ライバルがいつまでたっても現れない人って、黒魔が変身してる人間なんじゃない?」

 ザヒルスがそっか! と、手をパンと叩いた。

「町民登録簿で一人ひとりつぶしていけば、世界中の黒魔があぶり出せるじゃん!」

 ヴァンは、ガルミヴァスが何を狙っているのか、わかりかねた。

 ヤーサッキが納得したように鎧に手を当てた。

「うちの町長はケチってこの鎧しか買わなかったのね。そのおかげで私は助かったけど、町のみんなはもう生きていないでしょうね……私の人生を懸けたたくさんの絵も、もうないわね……」

 ヤーサッキは、キトーメン国の、復興に動く人々を眺めた。

「……私、ここに住もうかなあ」

 そのとき、鎧がまた勝手に動き始めた。ヤーサッキは、歩きながら全身の血が激しく流れるのを感じた。自分に向かって、まっすぐに歩いてくる鎧の女を見たからである。

 二人は向かいあった。

「あんた!! 芸術学校で同級生だった、リリザ=アメヤシ!! キトーメン国に移住してたのね!!」

 リリザ=アメヤシと呼ばれた、黒い短髪で、耳にピアスをしている、眉の太い少女が、自分の黒い鎧がヤーサッキの前で止まったことに、びっくりしている。

「ヤーサッキ。こいつがお前のライバルか」

 ヴァンに問われて、ヤーサッキは信じられないという風に肩をすくめた。

「やれやれ。私は正統派の写実主義よ。なんでリリザのみたいないかれデフォルメてきとー落書き絵なんかがライバルなわけ? ありえなーい。こんなヤツの絵は、絵じゃないわ。何かの間違いよ」

 するとリリザも舌打ちした。

「それはこっちのセリフよ。私の、絵の可能性を広げるデザインアートが、こんな現実を切り取ることしかできない歴史書の挿絵さしえで終わる写実主義なんかとライバルになるわけないじゃない。失礼にもほどがあるわ」

 ヤーサッキが呪符を振り乱した。

「歴史書の挿絵ですって!? あんたが絵をのこせるのはそこらへんの壁だけでしょ!! ガキのいたずら描きだもの!!」

 リリザが身を乗り出した。

「ガキのいたずら描きですって!? あんたこそどんなにがんばっても本物の自然にはかなわないくせに、絵が描ける気になってんじゃないわよ!! 私は自然に新しい服をとっかえひっかえ着せてやれる、愛情あふれる画家なの!! 自然だって、私の方を好きに決まってるわ!!」

「何言ってんのよ!! 望まないピエロみたいで迷惑してるわよ!!」

「自分を表現できない画家よりましよ!!」

「なにーっ!!」

 ヤーサッキとリリザはつかみあい、殴りあおうとした。ところが、黒い鎧が光り、互いの鎧が磁石のように反発しあって離れてしまい、二人は触れることさえできない。

「このっ!! このっ!!」

「逃げるなあ!!」

 二人の両手はいつまでも空中をもがいている。二人の互いへの憎しみはとても強く、「つかみあおうとするケンカ」は、実りもなく一時間も続いた。やがてへとへとになり、どうしてもどうにかしてやろうと肩で息をしていると、二人は同時に飛び道具を使おうと思いついた。

 ヤーサッキは石を拾おうと後ろを向いたとき、髪の呪符が使えると思い出した。リリザは弓矢を取ってこようと後ろを向いた。二人が背中合わせになったとき、黒い鎧が光り、磁石のように互いを引き寄せ、背中がぴったりとくっついてしまった。これでは、呪符も弓矢も、あったものではない。

 ヤーサッキが手足をじたばたさせた。

「ちょっと!? 何すんのよ!! 何の攻撃よ!!」

 リリザも手足をねじった。

「あんたとひっつくなんて耐えられないわ!! 嫌がらせしないでよ!!」

 ヴァンが二人の背中を眺める位置に立った。

「ほう……そういう鎧か」

「「何が!?」」

 二人が困って叫んだ。

 ヴァンは黒い鎧を見ながら話した。

「最初、ライバルの二人がつかみかかれなかったのは、ライバルは消すべきではなく、お互いに名をせるだけの『不可侵』なる才能を持ち合わせていることを表していたからだ。そして、背中がくっつきあったのは、ライバルほど危機のとき『背中を預けて』戦える友はいないということを表していたからだ。この鎧は、ライバルという『友』を、教えていたのだ」

 ヤーサッキとリリザは、横顔で目を見合わせた。

「だって、格闘家のときは……」

「格闘は単純に勝ち負けがわかる。ただ、克己心や努力といった心の勝ち負けは決着がつかなかったろうから、そこで『友』になれるのだろう」

 ヤーサッキとリリザは互いに、細目にした嫌そうな目で睨みあった。

「克己心や努力? してますけどおー。いまさらあんたに学ぶところなんかありませんけどおー」

「あんたみたいな絵、一生描かないしいー。せいぜい歴史の教科書に国王と貴族全員の似顔絵描いてろ……あれ?」

「そっちこそせいぜい絵の描けない人らしくみんながすぐに描けて何を表してるかすぐにわかるシンボルマークばっかり描いてろ……あれ?」

 リリザは、過去から現在まで、どういう顔の人がいたのか知るのは、人族を知るうえで非常に価値があるのではないかと考えた。

 ヤーサッキは、国旗など、破れたらすぐに誰でも新しいものが描き直せて、しかも端的に描きたいものを象徴するものがあったら、それは「みんなのもの」として、非常に価値があるのではないかと考えた。「誰でも描ける絵」というのは、「誰でも楽しめる絵」のことだ。それは、絵として素晴らしいことなのではないか? 元の絵を作った者として、後世に誇れることなのではないか?

「「……」」

 二人はしばらく見つめあった。

「「……あんた、私にできないことをしてるのね」」

 同時に言ったとたん、黒い鎧の背中合わせの磁力が失せ、二人は離れた。二人は向かいあった。

「まあ……あんたはあんたの道を行けば」

「そうね……自分の得意な道を究めるのは重要よね」

「「それで、あんたにしかできそうにない仕事が来たら、相談に乗ってくれない?」」

 二人は、また同時に言ったとたん、ぷっと吹き出した。

「なに! 同じこと考えてたの!?」

「これもライバルの宿命ー!? びっくりすぎるー!!」

 二人は肩を叩きあって笑った。黒い鎧は消滅していった。

 ライバルと戦わせるより、互いの価値に気づかせる――ヴァンは、ガルミヴァスの鎧の成分を分析したいと考えた。

 そのとき、津波の波が再び空高く盛り上がった。ヴァンが風魔法を使おうと身構えたが、その津波は迫ってこなかった。真っ黒い水で、亀とそれにまとわりつく二匹の蛇の形をとった。

玄武げんぶっ!!」

 阿修羅が叫んだ。真っ黒な海水が集まって天を覆うばかりに浮いているその姿は、かつて阿修羅が創った玄武と、同じ形であった。その存在が呟いた。

『玄武? その名を呼ぶ者がまだ地上に残っていたか』

 阿修羅は目を赤紫色の星晶睛せいしょうせいにして見つめた。

「お前も、青龍せいりゅうのように、玄武の姿でありながら、玄武ではないのか」

 黒玄武は阿修羅の星晶睛を見たとたん、たけり狂った。

『この地上に、まだそんな美しいものが残っていたのか!!』

 玄武の亀と蛇二匹の口から、滝のような水流が発射された。

「ソディナ!! 氷の壁で皆を守れ!!」

 ヴァンは神刀・白夜びゃくやつきを抜いて水流を裂きながら、黒玄武に向かっていった。

 ソディナが氷の壁でセイラ、ザヒルス、ルミル、ヤーサッキ、リリザを守る。他の町民は、ガルミヴァスの鎧を着ているので溺死することはなく、波の上で押し流されるのみである。

 ヴァンは黒玄武の真正面に飛んだ。

「この津波は、お前が起こしていたのか。すべてをなくしてしまいたいほど、この世界に絶望しているのか」

『絶望だと? 生ぬるいわ。私のこれは、憤怒ふんぬよ!』

 黒玄武は、プンッと水を吐いた。

『我が名は七つの大罪たいざいが一つ、“憤怒ふんぬ”なり!! 星の命の循環を無視する命どもを、滅ぼす力なり!!』

 黒玄武の蛇が、空に虹のアーチを描くように動いた。

『見よ! 命は大気を汚し、星の浄化能力を上回って星を死に導いたが、私がきれいに掃除してやった! 見よ! 命は大地に分解できないもので新品のごみを作り続け、星の自浄作用である命の循環を止めて、星をごみだらけの死に導いていたが、私がきれいに掃除してやった! あとはごみを作り続ける、残った命を一掃するだけだ! 歌が聞こえてきてしばらくぼうっとしてしまったが、大掃除の再開だ! 生命の循環を止めるものはなんであれ、この星の粗大ごみだ! 破砕するべし!』

 この星は、自分ができることをしようとしているのか。ヴァンは言葉をかけた。

「この星にあるものだけでなく、それらを使った新たな組み合わせで星の進化の可能性を探るのも、星の楽しみではないのか。命が正しい捨て方を覚えるまで、待ってやれないのか。必ずこの星のためになるものを創り、他の生命の役にも立つと、信じられないのか」

 ヤーサッキとリリザは、思わず顔を見合わせた。自分たちの関係を、ヴァンが言葉に直したからだ。黒玄武は激しくわなないた。

『それも神あらばこそ!! 神があれば生命は必ずその時代に向かうはず、しかしこの世界に神なき今、どうして誰かを信じられようか!! 神なき世界とは、正しいことと正しいものが、報われぬ世界なり!! 私の判断で、疑わしきは滅すべきである世界なり!! 信じることなどできない、待つことなどできない、私は傷つきすぎた、回復できなくなる前に、私は行動しなければならない、私も生きているのだから、生きる権利があるのだから!!』

 黒玄武が再び津波を起こした。今度は亀の口からだけだ。しかし、二匹の蛇の口は空気を吸いこみ、ソディナの氷魔法の魔力を吸い取ってしまった。

「キャアーッ!!」

 ソディナの氷の壁が消え、皆が流されそうになり、阿修羅は風魔法で空へ上げた。

『この地上に残っているものは、残らず塵にする!!』

 黒玄武は、阿修羅の魔力を吸い切れなくて苛立っている。阿修羅は、黒玄武を悲しげに見つめた。

「(水は、常に流れ動いている。黒玄武の憤怒は、常に湧き上がり、川になっているのだろう。それが海に流れ、やがて大きな波を起こし、津波となったのだ。この怒りの根底にあるものは、もっと生きたいという想い、そして――自分はまだ、戦えるという憤怒だ)」

 星の命の循環は、人族で滞っている。人族さえいなければ、自分はまだ生きられる、自分はまだ、様々なものを乗せて、喜びあえる、そして、様々な困難と戦える。なぜ人族はこうも自分の足を引っ張るのか。何十億年も存在してきた自分を、急激に、対応進化する時間も与えずに攻撃することは、これすなわち、星に対して「死ね」という殺意を、明確に持った攻撃なり。殺そうとしてくる相手は、殺し返さねばならない。自分はまだ、死にたくない。自分は殺人者の人族を滅ぼし、身の安全を確保する権利が生じた。だから津波で滅ぼそうとしたのだ。

 神なき世界では、相手を殺すことでしか、安心し、かつ救われることができないではないか。

「黒玄武。殺すことだけが選択肢ではない。星を汚染する命に問題を解決することを要求するだけでは、本当に殺し合いしか選択肢はなくなる。お前も共に解決法を考えるのだ」

 黒玄武は水流をほとばしらせた。

『なんだと!? 勝手なことを!! 一体誰のせいでこうなったと思っている!!』

「確かに命の方が悪い。だから、愚かだ。そんな愚かな連中にきちんとした答えが期待できるか?」

『……』

 黒玄武は考えこんだ。阿修羅は続けた。

「この世に無駄なことは何一つない。悪そのものの力を持っていても最後は善になった女もいる。その女は悪のときの憎しみがなければ自我を保ってそこまで行けなかった……」

 阿修羅は赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおんを思い浮かべながら続けた。

「誰しも、何の力がどこで役に立ち、花咲くか、わからない。どんな境遇になっても諦めるな。正しく生きようと決めれば、必ず何かが見つかる。お前の目の前を見よ」

 黒玄武のりょうに、阿修羅の赤紫色の星晶睛せいしょうせいがいっぱいに映った。

「お前の宝はなんだ? 海のきらめき自体がもはや宝石であろう。誰も持ち出すことのできない、この星の身体からだ、『みんなの宝』ではないか。宝物を、必ず命は大切にするぞ。誰も盗めないのだから、堂々としておれ。お前はお前のものだ。命はお前の力を借りなければ生きていけないのだ。だから全員で考えよう。何か問題が起きたら、与えられた条件でできること、進められること、解決できることを考えよう。何かが起きるから、良いことも、悪いことも、新しい何かに変わっていくのだ。お前は、彼らがいるから、変われるのだ。悪いことを怒るだけでは何も変わらない。解決し、良い方向へ行けるよう、共に考えよう。人族は分解する技術を、星は傷を癒す力を強める進化を。他人に頼るな。自分も考えれば、きっと解ける。制約とは、今持てる力と今持たぬ力をはっきり示す、時代のすべてを明らかにする、鏡である。そこから新しい式を生み出すことは、進化への道だ。諦めるな。私がついている!」

 そのとたん、黒玄武の体が激しくうねり、轟音をたてた。

 泣いているのだと、阿修羅は気づいた。

「救われたいのだな」

 黒玄武は、うねりながら阿修羅に近づいた。

 阿修羅は黒玄武に、神刀・白夜の月で玄武神紋を描いた。すると、黒玄武がぱあんと弾けて、全世界中に散った。

 黒玄武の雨のあとに、津波が奪っていったもの、畑や収穫物や建物や草木が、形をなして元に戻っていた。

「(ありがとう。命を信じてくれたな)」

 阿修羅は星晶睛せいしょうせいの目をヴァンの漆黒の瞳に変えた。

 奪われた人間や家畜の命は元に戻らなかったが、自然と物質は戻ったので、人々は喜びあった。

『乾坤の書・かげ』が光った。

『七つの大罪たいざい憤怒ふんぬおわり

 と、書かれていた。

 そのとき、黒玄武のいた天から、三枚のカードが降りてきた。それはセイラの手の中におさまった。

 タロットカードの「節制」と「正義」と「刑死者」のカードだった。「節制」は力をたくわえる、または力をセーブする、「正義」は正しい判決、「刑死者」はどうしようもない状態、処罰を受けるという効果があると、セイラにはわかった。

 町民が喜びの声を上げているのを聴きながら、ヴァンは、そろりそろりとあと退ずさりして、町の中に消えようとしている女に声をかけた。

「ルミル=テール。どこへ行く」

 ルミルは急に甘い声を出した。

「えーっ? ちょっと、元に戻ったかどうか、町をのぞいてみたくなってえ!」

「今見たことを至急伝えねばならない相手がいるのだろう」

 ルミルの表情がこわった。

「や、やだあ、なんのこと?」

 声だけは変わらない。ヴァンは、その男をくすぐるような声を聞いても、冷静だった。

「オレをお前の色仕掛けで落とせないので、今までに見た情報を持ち帰るまでが任務だ。そして、いずれお前の代わりにオレを落とせる女――“ゴツい女”が来るのだろう。お前は黒魔で、本物のルミル=テールは既に死んでいるのだろう。年頃で、体格に恵まれていて、津波から運良く助かって、オレの目の前に飛び降りる。こんな偶然、狙わなければありはしない。普通はどこかでしっくりこなくて合わない部分が出てくるものだ。完全に『運命的な出会い』になるなど、ありえない。

 お前は“盛りこみすぎた”のだ。

 さらに言えば、年頃の娘が昼間からそんな格好をしている時点で、もう疑いようがない。お前はオレに近づくために送りこまれたスパイだとな。お前の主は誰だ。死体したい生命せいめい発現はつげん許塔きょとうゼブゲではないのか。星の怒りの津波のあとでまともに動けるのは、あの男くらいしかいないと思うが」

 ルミルがふう……と力を抜いて背筋を伸ばし、腕組みをした。胸が押されて盛り上がった。

「そこまでばれちゃあね。偶然をつめこみすぎた、か。それもお前がこのルミルに惚れこめば、関係なかったんだけどねえ。しょうがない、もうずらかるよ。アチュラに、セイラ。力を見せてくれてありがとうよ。ゼブゲ様の戦略に役立つだろうよ」

 ヴァンが風魔法を放った。

「行かせると思うのか? 黒魔!」

 ところが、ルミルは大きく口を開けてヴァンの風を食べてしまった。ルミルを斬り刻もうとしていた風は失せた。ルミルは笑った。

「へへへ、この女は風魔法を食べることができるのさ。それでどうすると思う? こうさっ!!」

 口からヴァンの風魔法をそのまま吹き出すと、それを噴射する形で空中へ飛び去った。ヴァンたちは、ヴァンの風魔法の威力で踏みとどまるのが精一杯だった。

「ルミルに逃げられちゃったな」

 ザヒルスとソディナが残念がった。ヴァンは空を睨んだ。

「二度同じ手は食わんぞ」

 セイラは、ルミルが一瞬、セイラに何か言いたそうな目をしていたのを思い出していた。

 ヤーサッキ=アムムはリリザ=アメヤシの住むキトーメン国に住むことにし、ヴァンたちと別れた。

 ヴァンは、ルミルがセイラの歌にありがとうと言ったので、すぐに殺そうと思わなかったのであった。

「(セイラの歌で何か変わるなら、その可能性を育ててみるべきなのか)」

 ゼブゲと戦うことや、ガルミヴァスのこと、星のこと。ヴァンの思索は続く。


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