二通りの糸第五章「十全(じゅうぜん)の章授(しょうじゅ)・四章・正邪のはかり」
登場人物
阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜の月を持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。
セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅と同じ姿をしている。歌姫。
ザヒルス。十五才。ザヒルス村の領主で、斧使い。
カーチャ=ベーウキ。女騎士。
黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。
第五章 十全の章授・四章・正邪のはかり
セイラとザヒルスは、すやすやと昼寝していた。セイラはその小さな唇から、歯を少し見せている。ザヒルスは地面に突き立てた斧の鎖を体に巻きつけて、宙に浮いている。
最近、ゆっくり休む暇がなかったので、丸一日を休日にしたのである。
無論、ヴァンに休息など必要ない。
本当は一刻も早く世界をまわって、星のことを知り、この星のためになることを考えたいと思っている。だが、この世界の命のペースを知るのもまた学びだと思い、寝たふりをしていた。
誰にも干渉されないでいると、過去のことを思い出す。
栄光の都レウッシラの神殿の中庭で、星羅が美しい歌声で歌っていたことを。
歌わせすぎて、疲れて倒れこむように深い眠りにおちてしまったこと。自分が見守っていると気づかずに、すやすやと眠っていたこと。
――あの日々が、ずっと続くと思っていたのに――。
なぜだろう。思い出すのはいつも、その後の悲劇ではなく、二人で過ごしたあの場所ばかりだ。
ヴァンはセイラを眺めた。
星羅そっくりだが、星羅ではなく、星羅と同じ声を持つ。
星羅にしてあげられなかったことを、しろということなのだろうか。
「今度こそ、この世界を救えということなのか」
ヴァンは目を閉じ、深い瞑想に入った。
「ああ……困った。今日中になんとか金を用意しなければ……」
ヴァンは、女の声で片目を開けた。少し離れたところを、白馬に乗った銀色の甲冑姿の女騎士が、注意力散漫に前を向いて進んでいた。
褐色の浅黒い肌。ウェーブの入る金髪を、頭の上の方で一つにしばっている。野性的な吊り目に、白い口紅。鋼を組み合わせた甲冑は、細身の体に合わせて薄くぴったりと女騎士を包み、機動性を高めている。腰に、突き刺し用の剣、レイピアを差していた。
麗人騎士、とでも噂されそうな顔立ちと体つきであった。
その麗人騎士は、馬がヴァンたちに気づいて立ち止まったので、何か異変かと周囲を見回して、三人に気づいた。
「天の助けか……いやしかし、騎士たる者が初対面の者に……」
麗人騎士は躊躇している。しかし、馬はヴァンに引き寄せられるように近づいていった。麗人騎士は覚悟を決めて下馬した。
「……私はバデラング国の騎士、カーチャ=ベーウキと申す。まことにぶしつけなのだが……金を貸してくれないか」
「んあ? 呼んだー? ヴァン……うわっ!」
ザヒルスが起きて、地面に落下した。呪いのいれずみが出て、傷一つつかない。その叫び声で、セイラも目覚めた。
「うー……今ごはん作りますね……」
ヴァンがセイラを手で制した。
「待て。オレたちは今、追いはぎに話しかけられている」
麗人騎士カーチャが、激しく動揺した。
「追いはぎ!! 確かに冷静に、自分がこの男の立場だったらと考えればその通りだ!! ああ、誇り高きバデラング国の騎士が、こんな惨めなことをせねばならないとは!! こんな恥を作っては、もう王都に帰れない!! しかし、私の方が正しいのに、口惜しや!!」
ザヒルスは、自分より背の高い麗人騎士を寝ぼけまなこで見上げながら、ヴァンに聞いた。
「どうしたのこの人。美人だね。お金がどうしたって?」
セイラは、自分が寝ている間に、自分とは違うタイプの女性がヴァンに近づいて話しているので、気が気ではない。ヴァンはカーチャに提案した。
「お前の話を聞いてから決めよう。追いはぎか本物の騎士か判断してやる」
「追いはぎ」の単語でカーチャはびくっと体を震わせたが、白馬を木の幹につなぐと、腰を下ろした。三人も寄って、座った。
「実は私は、二人の王族に言い寄られている。一人は私と同い年の王子、マゼヌ=バデラング。もう一人はマゼヌの父、現国王のメリコ=バデラングだ」
セイラが小さく息を止めた。
「えっ? 親子でですか? それって……」
カーチャはため息をついた。
「どちらを選んでも無事には済まん。それに、私はあくまで愛人の位置だ」
ザヒルスは憤慨した。
「こんな美人を愛人にして一生を台無しにさせてしまおうなんて、身勝手な奴らだ! カーチャさんだって、好きな人と結婚したいよな! なあヴァン、かわいそうだよな、こんな美人が人生終わるなんて」
今度はセイラがびくっと身を震わせた。ヴァンは、カーチャを美人だと言うのだろうか……!
「カーチャは貧民の娘と違って稼ぐ力は持っている。金に買われることはないだろう」
ヴァンはさらっと答えた。セイラは緊張が少し解けた。カーチャは硬い表情でうつむいた。
「……私は騎士だ。先祖代々守ってきた領地と領民を、見捨てることはできない。それに、流浪の身で家族を養うことは簡単ではないことも、わかっている。私は守るべきものが多すぎる。だからそれを人質に取られたら、権力に従うしか道はないのだ」
「そうか? オレは愚かな者に従うことが一番嫌いだがな。王族がそんなに愚かでは、本当に国を守り、かつ導けるであろうか? 大いに疑問だ」
カーチャはヴァンに力なく視線を向けた。
「メリコ国王は、これまで戦争に負けてはいない。戦争に勝つほどの豪傑も、女にはだらしないものだと、騎士仲間に言われた。だから女の征服欲も、旺盛なのだと」
「国民は王の奴隷ではない。戦争に勝てるというのなら、将兵に格下げでもすればいい。人を大切にしない国にその先はない。神が見放すからだ。国の最高祭祀者の、神に誓った資格や行動に関わらない限り、権力の濫用は、反乱の火種となる。世界の歴史を学べばこれは常識だ」
「私は反乱軍を率いる器ではない」
ザヒルスが尋ねた。
「じゃ、お金は何に使うんだ? 結局逃げるため? それともこのお金で愛人は許してくださいっての?」
「権力に従うこと、つまり、正邪のはかりに積むために使うのだ」
「正邪のはかり?」
三人が一斉に聞き返したので、カーチャは、あ、そうか、という顔をした。
「すまない。順を追って説明しよう。まず、私がいつまでもメリコ王とマゼヌ王子に色よい返事をしないので、二人は私に恋人がいると疑った。だが調べてみて恋人がいないとわかると、『本心から拒まれた』と怒ったらしい。そこで私が下男の一人と通じているとデマを流し、私の名誉を奪い、私が将来、家柄にふさわしい相手と結婚できないようにしたのだ。
落ちぶれた私の結婚を救えるのは王か王子だけだ。『お手つき』なら『お下がり』をもらう貴族か騎士も、王か王子と特別なつながりができて、メリットがある。だから王と王子は私に復讐し、かつすぐに自分のものにするために、このような策に出たのだ。
私は身の潔白を証明しなければならなくなった。
だが、誰が王と王子の陰謀を証言してくれるだろうか。この国にいる限り、誰も私に味方してはくれない。王と王子の真意を知りながら、貴族の誰が自分の地位を賭けて私に味方してくれるだろうか。デマがデマだと証明するためには、私が下男を解雇するしかない。しかし、そんなことをすれば、私は館の使用人たちからも見捨てられるだろう。それこそあの親子の思う壺だ。そこで、正邪のはかりに頼るしかないのだ」
カーチャは地面に天秤を描いた。皿の中央にくぼみがある。
「これが正邪のはかりだ。三年前、王都バデラングに黒魔が現れた。私を始め、騎士たちはその黒魔を追いつめた。すると、その黒魔は命乞いをし、このはかりを差し出したのだ。もし王都に争いがあれば、当事者の一方の名を書いた紙を片方のはかりに、そしてもう一方の者の名前を書いた紙をもう片方のはかりに載せるべし、真に悪事を働いた者の名の載ったはかりが重く傾くであろうと告げた。試しに昔の争いをはかりにかけてみたところ、その通りにはかりが傾いた。
我々はそれ以来、その黒魔と正邪のはかりを王都の端に置くことにした」
ザヒルスは首を傾げた。
「黒魔がそんな正しいものを人々に提供するなんて、珍しいな」
セイラは顎に人差し指を当てた。
「嘘啼き鳥のときみたいに、何かを狙っているのかも」
カーチャは困った表情でため息まじりに話した。
「最初はみんな、汚職役人の悪事を暴いて、胸がすうっとして、笑いあっていたのだがな。いざ自分たちが罪を犯して裁かれる側になったとき、絶対に逃げられないからどうにかしてほしいと、黒魔に泣きついた。すると黒魔は、『お金を払えば目盛りを動かしてやってもいい』と、持ちかけたのだ。その罪人は、はかりによって無罪となり、被害者が有罪判決を受けた。人々は、正邪のはかりが操作できることを、知ってしまったのだ。
そこで人々は、お金を積んで悪事を隠し始めた。正邪のはかりには二人分の名前が要る。悪人が無罪なら、善人が有罪になる。正直者が馬鹿を見る都となって、心ある人々は国を去っていった。そのうち人々は、金を用意するのが面倒になって、相手の家に強盗に入り、黒魔に金を払えないように盗みをはたらくようになった。盗まれた側は、そもそも正邪のはかりではかれないように、泥棒を殺すにまで至った」
ヴァンが口を挟んだ。
「もう国ではないな。お前たち、何をしていた。国王もだ。黒魔とはかりを斬れ。社会の悪化の原因だろう」
カーチャは白い口紅の唇を嚙んだ。
「何が真実かを決めるのは、証拠があってもとても難しいものだ。人は自分に都合のいいことしか言わないし、人の心の中を誰も立証することはできないからだ。その現実を考えると、正邪のはかりは、正しく使えば正義を実現できる、素晴らしい道具だ。だから私たち騎士は、人々から金を取るな、真実を曲げるなと黒魔を脅したが、口約束だけで、黒魔は裏で金を取った。討伐しようとしたら、以前戦ったときより急に強くなっていて、騎士が何十人も殺されるほど、歯が立たなくなっていた。
我々は、騎士を増やし、黒魔に再度攻撃することをメリコ国王に進言したが、聞き入れられなかった。なぜならメリコ国王は、『歩く宝石』と呼ばれるほどの宝石持ちで、正邪のはかりを使った賄賂では国中の誰にも負けないからだ。むしろ、自分が必ず勝てる正邪のはかりが存在していた方が、自分に都合がいいのだ」
ヴァンが目を光らせた。
「国民は、すべて金の力で解決する現状を、どう思っているのだ」
「裁判などというものは正邪のはかり以前から権力と金を持つ者に有利に働いてきた。全員が貧乏になれば正邪のはかりは真実の裁きを下せるようになる。今は金持ちの金を盗んで、全員が貧乏になるのを待つ。そこで初めて真の平等な裁きが実現すると考えている。
つまり、国王も国民も正邪のはかりを残すことで一致しているのだ」
「どこまで貧乏になっても、人から財産がなくなることはない。蓄えた食糧、若い臓器、果ては魂すら黒魔に売るだろう。残るのは人間の死、無だ。社会を『無残』、何も残らない状態にするつもりか。神のふりをしてすべてを裁くと偽るからか」
ヴァンは立ち上がると、カーチャを見下ろした。
「それで、お前は正邪のはかりでメリコと対決するから、金が欲しいのだったな」
カーチャはうつむいた。
「ああ……だが、もう……いい。今回もし勝てても、毎回嘘をでっち上げて、私の名誉を傷つけにくるだろう。その度に振り回されては、領主としての務めにも騎士の修行にも集中できない。敵はそれが狙いなのだ。私を疲れさせ、反乱軍を組織する時間を与えないつもりなのだろう。普通に考えれば、次の一手は反乱だからな」
「お前に一つチャンスをやろう」
カーチャはヴァンを見上げた。ヴァンは、右手に炎の玉、左手に風の玉を出すと、それを押しつぶすように両手を組んだ。指の間からもれた光が光線となって、その光が固まって、光が失せたとき、一本のレイピアになっていた。柄は、赤い葉が中心から重なり合っているデザインだ。
これまでの鍛冶とは違い、このレイピアにはヴァンの星晶睛の赤紫色の目の光が入っている。鍛冶の炎に星晶睛の光を使うこと、それはつまり、神器を創るということであった。ヴァンは神器を一振りすると、カーチャに柄を向けた。
「このレイピアの名はアーロット。黒魔のはかりであり、この時代のはかりであるものが、オレの創ったものをどう評価するか、興味がある」
カーチャは神器アーロットを受け取った。
「得体の知れない輝きだ……。お前は名のある鍛冶職人だったのか」
「値がつかないほどの価値があるから、メリコの宝石にも負けないだろう。正邪のはかりがどう出るかが問題だが」
「だから『チャンス』、と言ったのか」
「オレもはかりを見届けたい。王都に案内してくれ」
「ありがとう。正邪のはかりの裁判は午後三時からだ」
カーチャは白馬を引いて、セイラを前に乗せると、自分は後ろに乗って、手綱をつかんだ。
ヴァンは馬の隣を歩いた。ザヒルスはその反対側を歩いた。
王都バデラングに到着した。人々は皆、裁判が行われる広場に集まっていて、大通りを歩いていても、人っ子一人いない静けさである。
カーチャとセイラは馬から下り、カーチャを先頭にして、一行は広場へ入った。
縦百メートル横百五十メートルの広場を囲むように、二階建ての石の建物がきっちりと並んでいる。劇場の客席のように民衆は並び、一方向を見つめている。
一段高い『舞台』に、黒魔と正邪のはかり、そして座っている老人と若者、縛られた若者、立っている兵士たちがいた。貴族・騎士は一段下がった舞台の奥に控えている。
「カーチャ様!」
縛られた若者が、カーチャに気づいた。頭髪のない、瓜を逆さにしたような細長い顔で、心配のために眉が八の字に固まってしまっているかのようだ。色白で、腕と脚の部分が膨らむデザインの、綿の入った暖かそうな服を着ている。
「お金がなければ、私たちは!」
「タッカ! 捕まっていたのか!」
カーチャが下男を見て顔色を変えた。自分が逃げていたら、王は腹いせにタッカをひどい目に遭わせようとしていたのだろう。また、何も知らないカーチャが二度と戻らないのをいいことに、カーチャの不名誉になる嘘を並べ立てて、いない者をいたぶり自分の評判を高めようとしたに違いない。
参加しても地獄だが、参加しなければ嘘で殺される。
カーチャは汚いものを見る目つきで、座っている二人の男を睨みつけた。老人が立ち上がった。
「よく来られたな、騎士の面汚しめ。下男と密通しておいて、公衆の面前で正邪のはかりを使おうなどと。元手は何だ? その体で黒魔に取り入ろうというのか? わしが途方もなく不利だのう!」
貴族たちがわはははと嘲笑した。老人が誰も逆らえない国王、メリコ=バデラングだからだ。身長は百四十センチと小柄だが、横に太い。ぜい肉で太っているのではなく、骨と骨格が太いのだ。顔はほぼ正六角形で、大きく開いたMの字のような形の口で笑う。顎にY字型の白ひげを生やしている。手を隠すように体を覆う赤いマントの下はローブで、色とりどりの大粒の宝石が縫いつけられているのが見える。服だけでは飽き足らず、戦争で失った右目の、その眼窩に、黒目と同じ大きさのものがまぶたにはさまって一つと、短く刈りこまれた白髪頭に無数の宝石が埋め込まれていた。
ザヒルスが自分の手持ちの金を思い出して、ぞっとした。
「これが『歩く宝石』の姿か。あの宝石全部で勝負されたら、オレの全財産でもかなわない。オレは役に立てない」
もう一人、座っていた男が立ち上がった。メリコの息子、マゼヌ=バデラングであろう。メリコの体を細長く伸ばしただけで、顔はそっくりだったからだ。豪華な金の柄飾りの剣を、何本も腰に差している。使いこなさないが持てるだけの財産を常に身に着けるというのが、この親子の家訓のようだ。そしてそれは、正邪のはかりを使うときに都合がよかった。マゼヌはカーチャを指差した。
「こんなふしだらな女は、騎士の称号を剝奪しなければならない! そうだろう、皆の者!」
貴族たちは拍手した。
「はい! その通りでございます、マゼヌ王子!」
カーチャが大声で叫んだ。
「私は何もしていない! 冤罪だ! 私がいつ、下男を自分のものにしたというのだ! 国王と王子ならば、真実を言ってください!」
裁判長が、かっ! と歯を見せた。
「口を慎めカーチャ=ベーウキ!! 一介の騎士風情が、畏れ多くも国王陛下に意見を述べるとは、何事だ!! 黙ってここへ来い!!」
カーチャは、兵士二人に両腕をつかまれ、『舞台』の上に引きずられていった。
メリコ国王とマゼヌ王子は、カーチャが目の前でひざまずかせられると、なめ回すように眺めた。カーチャはたまらず目を逸らした。
メリコ国王がタッカをカーチャの隣に転がした。
「この下男がお前の男だという証拠はある。見ろ、この立派な衣服を。普通、下男や下女など低級の者には、粗末な衣服しか与えない。何も知らない、客などの上級の身分の者がうっかり話しかけて、低級の者に恋愛感情を抱かぬようにするためだ。上級の身分の者を守る、それがこの国のルールだ。だが、お前はこの下男に、豊かな綿入りの服を与えた。本来なら一年中一枚布の下着に麻のズボンでいいところを、だ。上級の身分の者がこの下男を中級の身分の者と錯覚してしまうほどだ。
とりあえず、その罪はここでは問わぬ。大事なのは、お前がなぜ下男風情にそれをやったかということだ。答えは簡単だ。この下男がお前の男だからだ」
「違う!! 私の屋敷の者には、女も含めて全員、綿入りの服を与えている!! 体を大事にしてほしいからだ!! 陛下、カゼをひいた者だらけでは屋敷の仕事がまわらないことは、ご承知でしょう!! 屋敷の中の『上級の身分』の私にカゼをうつさないようにと、使用人に健康を与えたのです!!」
カーチャの説明を、もちろん王が聞くはずもない。
「修行を積めば、使用人ごときのカゼなどうつらぬ」
「……!!」
神をも畏れぬ傲慢さに、カーチャが言葉を失ったとき、黒魔が声をかけた。
「茶番は終わったかい。結局これに頼るしかないんだから、さっさと出すもんを出しな」
そして、正邪のはかりを、手首から下に伸びる鋭利な杖でキンキンと弾いた。
国王メリコ=バデラングと王子マゼヌ=バデラングの名を書いた紙が人々から見て左側に、騎士カーチャ=ベーウキの名を書いた紙が右側のはかりに載せられた。国王と王子が二人とも名を載せたのは、勝ったあとのカーチャを取る論争に対して、不利にならないようにするためだ。
国王と王子二人分の富、つまり国庫に等しい額が相手となり、カーチャは九割方観念した。
「(正邪のはかりは、やはりこう使われるのか。あの男がくれたこのレイピアが聖剣だったとしても、いずれ折れるもろい剣が、永久に輝く不滅の宝石たちに勝てるだろうか)」
メリコ国王がまず、召使いに三センチ四方の金塊を運ばせた。親子側のはかりに載せると、正邪のはかりの皿のくぼみに吸いこまれた。
「吸いこまれたら二度と出て来ないからな。貧乏騎士より上の金額をと思って、削った削った」
メリコ国王は体を大きく動かして笑った。マゼヌ王子がカーチャにニヤリと歯を見せた。
「さあ、一回くらい挽回しとけよ。次のオレの番で、お前に勝ってやるから。そしたらオレの勝ちだ……ひひひ」
どうやら、この親子は交互に金を積みあい、最後にカーチャを負かしたら、その決め手の金を払った方がカーチャを自分のものにするというルールを作っているようだ。しかし、女一人に大金を注ぎ込むこともないので、お互いセーブしながら最少の支払いでカーチャを自分のものにしようと、ゲームをしているのであった。
人間としての誇りを金で踏みにじられて、カーチャは反撃できない相手に対して全身の血が沸騰した。怒りを抑えるために黙って神器アーロットを、自分側のはかりに雄々しく載せた。
はかりが自分の負けを示したら、自害するつもりだった。
ところが、正邪のはかりは、神器アーロットを吸いこみかけて、ぽんと吐き出した。そして、皿の上に載せたまま、王と王子側のはかりが下がった。つまり、親子の負けであった。
「えっ……!」
カーチャの安堵と驚きの声をかき消すように、親子が叫んだ。
「どうなってる!! そんな弱々しいレイピアが、わしの金塊より高価だというのか!?」
「正邪のはかりが吸収しないとは、どういうことだ! なぜ吸収されないで価値がある!?」
黒魔も首をひねった。
「正邪のはかりが嫌いな成分でも入っているのかな? そんなものあったかな? ま、結果がすべてだ。受け入れな、二人とも。さ、金品を載せな。まだやるんだろ」
「当然だ! 次はオレだ!」
息子マゼヌ王子が、持っている飾り剣の中からレース編みのような金細工の柄の剣を選び、はかりに載せた。剣は皿のくぼみに呑みこまれていった。
「どうだ! そんなしょぼい姿の剣など、オレの豪華な剣に比べられれば、ひとたまりもない!」
マゼヌ王子の飾り剣の見事さを見て、カーチャは心臓が嫌な跳ね方をした。レイピアに手をかけた。
ところが、それでもはかりはびくともしなかった。依然として、カーチャの神器アーロットが、上のはかりに載っている。
親子は顔を見合わせた。
「こんな貧相なレイピアが、オレの金細工の剣より価値があるだと!?」
「わしの黄金も入っているのにだぞ!?」
親子は競って金や銀、飾り剣をはかりに入れ始めた。投入額が大きくなっていって、カーチャは生きた心地がしない。
次こそは、次こそはと入れていくうちに、王子は飾り剣が尽き、メリコ国王は自分の服に縫いつけてある宝石をちぎって入れた。それでも足りずに、頭に埋め込んだ宝石まで入れた。それさえ不十分で、最後にとっておきの、右目に入れた美しく光る宝石をも入れたというのに、はかりはとうとう動かなかった。
「なんだこの剣は……! 一国の王の財産ですら勝てないとは! カーチャ! この剣はどういういわれのものだ!」
穴だらけの頭で、メリコ国王が叫んだ。しかし、カーチャは恩人のヴァンを売る気はなかった。
「ベーウキ家の家宝です。それ以上のことはわかりません。それより、正邪のはかりの裁判は私の勝利、私は密通などしていないということが証明されたということで、よろしいですね」
メリコ国王は、はぐらかした。
「わしにこの剣をよこせ。財宝をかなり使ってしまった。わしがこの剣を買ったようなものだ」
カーチャは神器アーロットを素早くつかんだ。
「いけません。これは家宝です。それより、私の無実を……」
マゼヌ王子が兵士に合図した。
「カーチャを取り押さえろ! 剣を奪え! よほどの剣に違いない、欲しい!!」
メリコ国王が息子に怒鳴った。
「馬鹿者、王をさしおいて剣を横取りしようとは、分をわきまえろ! 兵士たち、わしにその剣をよこせ!!」
しかし、押さえつけたカーチャから神器アーロットを奪って手にした兵士は、その輝きを自分のものにしたくなり、抱えたあげく、酔ったように足がよろけて倒れ、気を失った。それを拾い上げる兵士たちが次から次へと、一人の例外もなく倒れていった。
神器を持つ資格のない者は、手にすれば罰を受ける――神気に耐えられずに、心身が悪い状態になる。
「ええい、何を寝ておる! 役立たずどもめ!!」
メリコ国王が転がった神器アーロットに手を伸ばすのを、黒魔の、手首から下に伸びた杖が刺した。
「ギャアア!!」
「価値のわからない者に所有する資格なし!!」
突然、黒魔が膨れ上がった。
出口のない迷路、黒魔法陣が腹で光り、破裂した。小さな球体が中から散らばり、線でつながって立体的な配置になった。メタノールの分子モデルのように、片腕を上げた一本足の人のような形である。そして、すべての球から棒とその先端についた球を発射した。球が着弾すると、あちこちで爆発が起きた。
ヴァンはカーチャを、ザヒルスとセイラはタッカを舞台から降ろし、駆けだした。カーチャは神器アーロットが、複数球の黒魔の線に拾われようとしているのを、振り返って見た。
「なんだ、あれは!!」
ヴァンは風魔法で一行を、広場を囲む建物の屋上へ持ち上げた。
「黒魔法陣で召喚されうる黒魔であったか。騎士たちが倒せないとは、その強さゆえか。爆弾を作成する黒魔だな」
中心の球に出口のない迷路が見える。そこが弱点だ。
カーチャは、メリコ国王とマゼヌ王子がどうなったかと目を凝らしたが、二人がまったく動いていないのに気がついた。それだけではない、逃げ惑っていてもおかしくない民衆も、まったく静かで、微動だにしないのだ。
「妖術でもかけたのか? 恐ろしくて全員動けなくなるわけがない。騎士もいるというのに」
騎士たちは、複数球黒魔に戦いを挑みすらしない。黙って立っている。
全員、白目を剝いていた。
「えっ!?」
カーチャが見ている間に、黒魔から線が放たれ、メリコ国王やマゼヌ王子、貴族たち、そして民衆の大多数に巻きついた。首や手足を自在に動かされる、操り人形のようになった。
そうかと思うと、天から糸が降って、騎士たちや残りの民衆に、同じように巻きついた。
そして、二つの勢力は殺し合いを始めた。白目を剝いたまま、人形そのものの、たどたどしい動きで。
ヴァンは光り始めた『乾坤の書・影』を開いた。
『悪行の報いに、神は人間を見限り、人間を黒魔ユガーズゴの手に渡した。神はもう人間を信じない。人間は神の国を完成させる捨て駒となる。神と黒魔ユガーズゴの、意思のない操り人形が殺し合い、双方滅びたあとは、人間以外の種を神の国に再び創り直すつもりである。もはや善の果実も悪の果実も実らない。神はもはやそれを顧みない。これすべてこの社会が善と美徳を蔑ろにし、安く易い悪に溺れる者たちの数が、神の許容点を超えた報いである。
悪人は悪である。かつ、悪人を罰さず、正さず、無関心な人間もまた悪である。その悪事を許容したということだからである。
この二勢力は、この都から世界に広がるつもりである。ここで止めなければ、世界が操り人形を生んだバデラングの社会の問題を考えず無関心を選択したとき、たとえ戦争することを選んでも、瞬時に操り人形になるであろう』
それを読んで、ヴァンは空を見上げた。
「そうだ。バデラングの民とその神と、自分と自分の神は違うから、戦えば必ず勝てる、悪の塊のバデラングを世界から排せよというのは、正しくない。第二のバデラングにならないように、その悪を倒す解決方法を出しておかなければ、戦いに勝ったとは言わない。本当の『世界と戦う』ということは、命の奪い合いではなく、世界に起きている問題に、自分の答えを考えるということだからである。世界と戦うとは、生かし、生きることだ。世界と戦うとは、決して殺し、死ぬことではない。『この神を信じていれば必ず勝てる』という言葉は、戦争で死を与えるときに使うのではなくて、神に問題を解く導きを受けて、自他に生を与えるときに使うのである」
世界を同じ問題で滅亡させるわけにはいかない。ヴァンは『乾坤の書・影』を閉じた。
「しかし、この世界に神はいないはずだが……? 神は確かに人間を滅ぼすこともあるだろうが、操り人形にして意思を奪うであろうか? 世界に対して天罰のみせしめにしたのか?」
ヴァンの後ろでは、縛られたタッカが、白目を剝いて暴れていた。天からの糸が絡まっている。カーチャがおろおろしつつ、レイピアでタッカの手首のロープを引っかけて、屋上の木の扉に突き刺して、動きを押さえた。
「どうなっているんだ!? タッカは、何があった!? 下にいる者たちは!?」
ヴァンは、カーチャが無事なのを見て、少しわかった。
「カーチャ、正邪のはかりに支配されなかったのだな」
「そうだ。金を積めば誰でも勝てるはかりだなどと、そんな使い方をしてはならないと思っていたし、正しい者が有罪になったとき、私の領地に来るよう誘ったものだ。最後は私が捕まってしまったがな。金銭の戦いになるとわかっていても、自分が正しいから、金がなくても逃げたくなかった……。正邪のはかりさえ正しく使われればとな」
「そしてオレたちも糸が来ない。つまり正邪のはかりを面白がり、金を積み、正さず、黙認した者たちが今、罰を受けているということだ。タッカはこのはかりの裁きに従うしかないと、はかりを正さないことを選んでしまった。だから神の罰に陥った」
カーチャは、はかりで負けたら自害しようとしていたことを思い出した。死ぬことで国王親子のものにはならず、そして嘘つきのはかりに従うことはできないと、偽りの裁きに抗議することができたからだ。
「私がはかりを正しも斬りもしなかったばかりに、バデラング国が終わるのか」
メリコ国王とマゼヌ王子が騎士に斬られるのを見て、カーチャはため息をついた。
操り人形たちは、一言も発しない。斬る音と血飛沫の音と、石で殴りつける音と、走る音ばかりの、静かな殺戮が繰り広げられている。カーチャが目を閉じれば、何をしているのか、一瞬よくわからなくなる。だが目を開くと、広場は建物の一階部分まで真っ赤に染まっている。
「もう、元に戻らないのか」
ヴァンが隣に立った。
「正邪のはかりを楽しんだ罰だ。十分に罰を受けない限り、次の道は来ない」
「それまで命がもたないのではないのか」
「神の罰に意見するのか? ……今回のことは、オレも神か確信が持てないが」
「……ヴァン。私は、何をすればいいと思う」
カーチャは、木の扉の前で白目を剝いて暴れているタッカを眺めた。
「カーチャ。あれを見ろ」
ヴァンは、黒魔ユガーズゴが舞台の上で、必死に神器アーロットを線ですくおうとしているのを指差した。
「今からあのレイピア、神器アーロットをお前に託す。黒魔ユガーズゴが怒り狂ってこちらに来るだろう。覚悟しておけ」
「『神器』アーロット? お前が作ったのにか?」
カーチャの答えを待たず、ヴァンは風魔法を放った。
神器アーロットが、黒魔ユガーズゴのもとから風に乗ってヴァンのもとへ運ばれていくのを見て、黒魔ユガーズゴは奇声を発して怒った。
「欲しい!! 欲しいー!! 未知の力、その輝き、この星の式で解けない力!! オレのものだあーっ!!」
黒魔ユガーズゴは神器アーロットに棒つきの球を次々に発射した。二つは棒を向かい合わせて、アーロットの捕獲にまわす。残りは、ヴァンたちに着弾させた。
ヴァンの風魔法の飛行で、一行は宙に浮いて助かった。アーロットも、ヴァンのもとに戻った。
「黒魔ユガーズゴ! 我が神器アーロットが欲しいか! だがお前にこの神器を扱う資格はないぞ!」
黒魔ユガーズゴは激しく動き回りながら、たくさんの棒つきの球を発射して、ヴァンたちの周りを囲んだ。
「嫌だ……神器、もう離さない!!」
そして、ヴァンたちに爆弾を集中させた。
「ザヒルス頼む!!」
「オッケー! 斧の僕!!」
ザヒルスの斧の周りに、直径一メートルの、無数の金気の光の針が生じた。斧を周囲に振るって、全方位に光の針を放ち、爆弾を串刺しにして、遠くで爆発させる。
黒魔ユガーズゴは怒り、自分の複製をいくつも作ると、何倍もの棒つき爆弾をこしらえ、大量に飛ばし始めた。一度に百個近くもさばかなければならなくなり、さすがにザヒルスが声を出す余裕もなくなっていると、セイラがタロットカード・太陽を掲げ、黄色い光で一帯を照らした。
倒すことはできないが、黒魔ユガーズゴの動きが鈍った。おかげでザヒルスは爆弾処理が追いついた。
ヴァンはカーチャに神器アーロットを素早く渡した。
「アーロットは金に決して買われずに自分を守り抜く心を持つ者だけが持てる。使い手のその心に比例して刀身が伸びる。黒魔ユガーズゴの球に出口のない迷路がある。アーロットで傷をつけて出口を作れ!」
騎士カーチャは、一秒を争う戦場で、初めて知ることばかりであることを受け入れて、上官のヴァンに従った。
しかし、黒魔ユガーズゴの複製には、すべてに一球ずつ、出口のない迷路がついている。
「どれが本物だ!?」
すべての複製は、同じだけ爆弾を製造していて、違いがない。すべての迷路を傷つけようとしても、さらに複製を作られるだけである。
ザヒルスとセイラも、いつまでももたない。
「本物と、複製の違いは――」
ヴァンがこの空間全体を見渡したとき、正邪のはかりが舞台から消えているのに気がついた。操り人形の人々が盗めるはずがないので、黒魔ユガーズゴが回収したようである。
「! ということは!?」
ヴァンは懐から、指揮棒くらいに短い、黒い棒を取り出した。
一キーンの杖。へそくりを探すのがうまいという、一キーン玉で作った杖だ。
「本体は、メリコとマゼヌ、そしてバデラング国の民の財宝をためこんだ、正邪のはかりを隠し持っているはずだ!! 一キーンの杖、探せっ!!」
黒い一キーンの杖を振ると、煙が出て、黒魔ユガーズゴたちをくるんでいき、一帯に広がった。そして、やがて収縮し、一本の煙の筋になった。
その先に、出口のない迷路が描かれた球があった。財宝を積んだ正邪のはかりを、へそくりのように隠し持っているのだ。煙を払おうと焦って、ぐるぐる回っている。距離は二十メートル。
「カーチャ!! あれが黒魔ユガーズゴの本体の迷路だ!! アーロットでやれっ!! お前の誇りを信じているぞ!!」
一キーンの杖を使っているヴァンが叫んだ。
カーチャは神器アーロットを構え、突き出した。
「神器アーロット、金で買えない私の心を使え!! どこまでも伸びろ!! この世界で金に換えられない……」
アーロットの剣先が十五メートルまで伸びる。黒魔ユガーズゴは煙を払おうと逃げ惑う。
「神の・器(お前と・私)が、世界に希望を知らせるからだ!! 黒を白と言うことのできない世界よ、来れ!! 神器アーロット・直正終貫!!」
アーロットの力がカーチャにめぐり、カーチャの力がそれを増幅してアーロットに戻し、神器は広場の舞台の上空を突き抜けて、広場の外にまで達した。
途中に、黒魔ユガーズゴが貫かれていた。
出口のない迷路に、出口となる傷がついていた。
黒魔ユガーズゴは、黒煙を噴きながら、空間を黒く汚して消えていく。
「神器……うおお……神器……」
ヴァンが空中で少し近寄った。
「ユガーズゴ。この星にかつてあった神器の数々はどうした。お前たちも使えるのか」
黒魔ユガーズゴの黒煙は怒気を帯びて、強まった。
「選ばれない人間は扱えないから、無能を隠すために、権力者たちが集めて海に捨ててしまった……。神の力を捨てた……この星にとって悲しく、憎い出来事……」
「昔は神器の数が国力の要だったのにか。そうか、扱えない者は持つだけで心身に不調をきたすからな。海の中では回収は難しいな……」
「神器……神……もう一度、この星に……」
黒魔ユガーズゴは、黒い空間の中に消滅していった。ヴァンは、白夜の月を体の前で一気に回して満月を象った。聖なる剣振の音が場を清め、黒く汚れた空間が晴れていった。
ヴァンは長いことその清めた空間を眺めていた。
広場の殺戮は終わった。線も糸も消えたが、一人として生き残らなかった。
『乾坤の書・影』が光った。
『神と黒魔の操り人形で世界は覆われようとしていた。十全の章授・四章・終』
ヴァンは静かに『乾坤の書・影』を閉じた。
カーチャは、正気に返ったタッカの縄を切った。
「ヴァン。お前は……いえ、あなたはどのような存在なのですか。どうかお教えくださいませんか」
騎士として片膝をついた。目の前の地面に、神器アーロットを置く。
ヴァンはアーロットを拾った。
「世界に必要とされ、しかし知られてはならぬ者だ。神器は破壊されることはない。これから存分にお前の戦いをするがよい」
ヴァンからアーロットを渡され、カーチャはにじり寄った。
「私をあなたのお供に加えてくださいませんか!」
しかしヴァンは広場を見渡した。
「この国には核が必要だ。黒魔に頼った者の末路をすべて語れるのは、お前しかいない。特にメリコとマゼヌの最期を正しく伝えられなければ、諸侯は独立し、反乱軍だらけになるぞ。国民を戦争から守れ。そのために、国をまとめあげろ。そのときその神器アーロットが要となるであろう。どんな武器と戦っても砕けない、奇跡の武器を持つ者として、お前は人々を従えることができるであろう」
この国の核になれと言われて、カーチャは面食らったが、それがこの方のお考えなのだと知り、頭を下げた。
「わかりました。この国を立て直してみせます」
カーチャは、タッカと共に、馬を休みなく走らせれば一時間でつける自分の領土に戻ってから、全貴族に対し、事実を知らせたうえで召集をかけることにした。広場で死んだ者は多いが、参加していない者もいたのである。
カーチャがタッカを馬の後ろに乗せて、全速力で駆け去っていくのを見送ってから、ヴァンは広場の無音を眺め、セイラ、ザヒルスと共にバデラング国を後にした。
「星方陣撃剣録第二部常闇の破鈴三巻・通算二十二巻」(完)




