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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第二部 常闇の破鈴 第三章(通算二十二章) 二通りの糸
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二通りの糸第二章「騎士と魔女」

登場人物

阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜びゃくやつきを持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。

セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅せいらと同じ姿をしている。歌姫。

ザヒルス。十五才。ザヒルス村の領主で、斧使い。

黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。

ラウクゼーク。ラウクゼーク教の教祖。死亡したが、ラウクゼークの広めた教えが残っている。




第二章  騎士と魔女



 ヴァンたちは、レドゥリア国の外れを歩いていた。

 ラウクゼークが死んだことで喜ぶ人もいれば、かといって次に何の神を信じればいいのかわからず呆然としている人もいる。ラウクゼークの手先として、寝返って甘い汁を吸った者たちは、再びラウクゼーク教を広めようと、信仰を続けている。

 ラウクゼーク教は、ラウクゼークが死んで軍隊が瓦解しただけで、『乾坤の書・影』の記述の通り、教えはまだ残っている。誰かが再びまとめあげたら、また復活しうる。黒魔が共にいたことすら、「黒魔を従えていた」という記述に変わりうる。

「前と同じにはならないが、面倒なことになる」

 ヴァンが地面を眺めていると、少し離れた森の中を、茶色い馬に乗った騎士が二人、通っていった。一人は皺の入った五十代の鼻の高い男で、二重が厚く、目に半分かかっている。グレーがかった緑色の髪だ。もう一人は二十代の若者で、若々しい緑色の髪をライオンのたてがみのように伸ばしている。二重がぱっちりした吊り目で、同じく鼻が高い。二人とも、騎士の正装である鋼の鎧を着て剣を帯び、国旗の図柄の入ったマントを身に着けている。ちなみに、国旗はレドゥリア国のものである。

「父上、どこまで向かうのですか」

 若者が年配の騎士に尋ねた。親子らしい。

「この泉だ」

 父は、こんこんと湧き出る泉の前で、馬から下りた。息子もそれにならった。

「この泉が、何ですか」

「ラウクゼークが死んだ祝いだ。我がレドゥリア国が再び力をつけられるよう、我ら親子は、清い水の前で誓おうではないか。そのために今日、正装してここまで来たのだ」

 息子は熱を帯びた。

「そうでしたか! そうですね、我がレドゥリア国のために、私たちはがんばりましょう! さあ、誓いましょう、父上!」

 父親は静かに大理石の杯を取り出した。

「では私が誓う通りの言葉を、お前も言うように。まずこのことを誓え」

「はい。誓います」

 息子は、父が杯に満たした泉の水を飲んで、誓った。

「ではいくぞ」

「はい!」

 二人は誓い始めた。

「騎士ヌブオ=ボウブとその息子、騎士マフト=ボウブは、レドゥリア国を再興する力の一つとなることを誓う」

 息子、マフトも同じ言葉を唱えた。父ヌブオは続けた。

「騎士マフトに、イージー(簡単な)花嫁が授からんことを」

「? 騎士マフトに、イージー花嫁が授からんことを」

 息子マフトは、戸惑いながら反復した。

「以上だ」

 二人は、杯にんだ泉の水を飲んだ。

 誓いが終わったあと、マフトは父ヌブオに尋ねた。

「私は確かにセキィと婚約していますが、なぜイージー(簡単な)などと言い換えたのですか。セキィ花嫁とはっきり言った方が、誓いにふさわしかったのではありませんか?」

 そこで父ヌブオは、顔じゅう皺だらけになるほど大笑いしだした。騎士らしからぬ汚い笑い方で、思わずマフトがたしなめようとしたとき、ヌブオの皮膚がぼろぼろとはがれ始めた。言葉もなく見つめているうちに、ヌブオの顔と鎧はすっかり消え失せ、下から若い女が現れ出た。左右に盛り上がった黒髪、コウモリの翼のようなスカートの縁、四本の歯のくしのような両端を持つ杖を手にしている。黒い口紅がニヤリと光った。

「お馬鹿さん、私が父親に化けてたことに、気づかなかったね!」

「お、お前は黒魔に寝返った魔女!! 父上のふりをして、私を襲いに来たのか! いや、父上をどうした!!」

 マフトが剣を抜くより早く、魔女は杖の先の四本歯でマフトの腕を鎧ごとかいた。マフトの腕から、血ではなく青い気体が流れ出た。

「うっ……!」

 マフトが力を失ってよろめき、木の幹に手をついて、体を支えた。魔女がそれを気持ち良さそうに見下ろした。

「騎士っていうのは、一度誓いをしたら破れないんだろう?」

「……どういう意味だ」

「魔女だ魔女だって言ってるから、私の名前、みんな知らないだろう。私の名前は、イージーっていうのよ」

「……イージー(簡単な)? ……ええっ!?」

 マフトの顔は青を通り越して真っ白になった。イージーは高笑いした。

「そうよ、あんたがさっき『イージー花嫁が授からんことを』って誓ったイージーよ! ありがとね、私と結婚してくれて! セキィより前に誓ってくれたから、もう安心だわ! あーっはっはっはっはっ!!」

 マフトは、あまりのショックで呆然とし、怒りの涙さえ忘れていた。

「無効だ……こんな、だまされた形で誓わされたことなど、無効だ……!!」

「いいえ。神が証人よ。騎士が誓いをしたら、たとえそれが一人のみの誓いでも、必ず守らなければならないわ」

「馬鹿なっ……!! お前など愛していない!!」

「私もよ」

 マフトは正気に返った。魔女イージーは、いまいましげにマフトを睨んだ。

「お前は魔法騎士だ。魔法と剣をあわせて戦う、私の一番嫌いな戦い方をする男よ。町で一番強い魔法騎士のお前を夫にしておけば、お前は騎士の誓いとして妻を手にかけることはできないし、妻に危害を加えようとする他の戦士と戦わなければならない義務が生じる。

 私はただそれだけのために、お前を夫にするのよ。勘違いしないでくれる?」

「この外道げどう……!!」

 マフトは剣に魔法をかけて戦おうとしたが、魔法を使うと同時に、腕から青い気体が噴出していった。イージーは青い気体を指差した。

「それはあんたの魔力。私のこの杖、魔道まどうかすりは、少しでも傷をつけたら、そこから魔力が永久に放出される、呪いの杖よ。いくら魔法騎士でも、魔力がなくちゃ、私に勝てないわよね? 私と結婚したら、呪いを解いてあげる。あんたは私の騎士として、まだまだ利用価値があるから」

「どこまでも人を食い物に……!!」

 マフトが魔法剣を無理にでも出そうとする。しかし、出そうと思っても出しきれない。

「(私は、騎士として誓ってしまった)」

 どんなに嘘で塗り固められた誓いでも、自分が正装で心から誓ってしまった言葉を、なかったことにする勇気が、マフトには出せなかった。

 自分が誓いを取り消したら、誇り高くありたい自分の、一生の汚点になる。

 しかし、この魔女に利用されて生きるのは、もっと人生の汚点だ。

 誓いを破らず、魔女に従わないためには、もうこれしかない。

 マフトは剣を首に当てた。

「かっ切るの? ふーん、好きにしな」

 魔女イージーは、ただ眺めていた。

 マフトの力のこもった腕を、ヴァンが押さえた。

「えっ?」

 驚くマフトを、セイラのタロットカード・星の紺色の光が包み、腕の傷を癒した。魔力の青い気体が出なくなった。

「なんだい、お前たちは!」

 イージーは距離を取った。逆にヴァンが聞いた。

「黒魔とつながりがあるのか。何が狙いだ」

 イージーは、ヴァン、セイラ、ザヒルスの三人がマフト側についているので、敵の戦力のわからないうちに戦うのは得策ではないと考えた。

「マフト! 今日はこのまま帰るけどね、あんたは私を花嫁にするって、誓ったのよ! 必ず約束は果たしてもらうよ!!」

 そして、イージーは走り去った。ザヒルスが追おうとするのを、ヴァンが止めた。

「今追いつめれば、あの女はマフトに命令して、オレたちと戦わせるだろう。オレたちがあの女をすぐに倒せなければ、マフトがどんな不利な状況に置かれるかわからない。今必要なのは情報だ」

「オッケー」

 ザヒルスがマフトを見ると、マフトは顔を手で覆っていた。

「泣いてるのか。好きな人がいるのに、こんなことになっちゃったもんな……」

 しかし、マフトの指は震えていた。指の隙間から見える目は大きく開かれ、乾いていた。

「どうすればいいのでしょう……!! 騎士の誓いは絶対なのです、私はもう、逃げられない!!」


 マフトの屋敷の馬小屋の物置の中に、縛り上げられた本物の父親・ヌブオ=ボウブが入れられていた。

 騒ぎを聞きつけて、婚約者のセキィ=リベーナも駆けつけた。肩までの茶色い髪の上を覆うように、タオルフードとでも言おうか、黄色いタオル地の長い帽子をかぶっている。白いレース襟のシャツに、足までの赤茶色のロングスカートをはいている。ベルトが四本、装飾で出ている。

 魔女にだまされたことをマフトが話すと、一同に深刻な沈黙が生じた。

「魔女イージーとは、どのような女だ」

 ヴァンの問いに、マフトが答えた。

「ラウクゼーク軍に協力して、人々を支配する側に寝返った者の一人で、人々を品定めして、町から追放するリストを作っていました。私たちは、最初、ラウクゼーク軍は脱落した人々を別の場所に移送することで、各町の社会実験の際の様々な人口比率を調整しているのだろうと思っていましたが、ラウクゼークの死の際、ラウクゼーク教が黒魔と通じていたという噂が立ち、あの魔女――イージーは、黒魔と取引していたのだという話が一気に広がったのですよ。黒魔にちそうな心の弱い人間を、ラウクゼーク軍に教えていたのです。彼らは、ラウクゼークが死んだ今も、一人も戻って来ません」

「どのような魔法を使うのだ」

「炎の魔法と、傷をつけて魔力を奪い続ける呪いの二つです。戦士は炎の魔法で、魔法使いは呪いで倒してしまいます。私は水魔法の魔法騎士です。どちらの攻撃を受けても、どちらかで反撃できます。また、私は魔力が高いので、呪いを受けても相手を倒すまで魔法が続くと思います。だからこそ、私を封じるためにイージーはこんな手を使ったのでしょう。ラウクゼークが死んで、次に自分が復讐される前に、手を打ってきたのです」

 ザヒルスが眉根を寄せた。

「自分の都合しか考えない、ふざけた女だったよな。あんな奴に誓った言葉なんて、誓ったうちに入らないって。セキィと結婚しちゃえば」

 マフトは視線を下げた。

「いいえ。先に誓った魔女イージーの方が、私とセキィの結婚を覆す権利を持っているのです」

 セキィは、静かに目を閉じて、涙をこぼした。ザヒルスがしまったという顔で、

「あ……ごめんなさい……」

 そして、口をつぐんだ。マフトは決意した。

「私に残された道は二つです。魔女を倒すか、倒すのに失敗して死ぬか。どうかご承知を」

 父ヌブオと婚約者セキィは、黙ってうなずいた。

 その晩、ヴァンたちはマフトの屋敷に泊まった。

 夜のうちに、ヴァンは、セイラを連れてある所へ行って来た。

 翌朝、マフトとヴァン、セイラ、ザヒルスは、セキィをヌブオに任せ、イージーの住む森へ向かった。

 イージーはすぐに現れた。

「私と結婚する気になったのかしら?」

「そんな気はない。お前を討ち取りに来た!」

 マフトは剣をすらりと抜いた。

「あら、花嫁にしてくれるって言ったじゃない。騎士の誓いを破るの? 今私を殺しても、あんたは一生騎士には戻れないわよ」

「……っぐ」

 マフトの剣が揺らぐ。イージーはたたみかけた。

「あんた、今すぐ私と結婚して、セキィを殺してちょうだい。あんたと私の周りを飛び回る、邪魔なハエなんだからね」

「貴様ァー!!」

 愛する女性をハエ呼ばわりされては、騎士は黙ってはいない。騎士の称号を失う覚悟を決めたとき、ヴァンがサッと書状を出した。

 それは、マフトのいる町の領主のもので、魔法騎士マフト=ボウブに対する、騎士の除隊命令書であった。

「えっ!?」

 マフトは顔が引きつった。魔女イージーのことがもう知られて、不名誉な除隊になったのかと、一瞬悔しかったからである。ヴァンが続けて読んだ。

「ここには、『魔法騎士マフト=ボウブのあるじを、一日だけヴァン=ディスキースに変更する』と書いてある。つまりマフト、お前は今オレの騎士だ。命令だ、魔女イージーを倒せ!」

 マフトは、はっとした。騎士にとって、あるじの命令はあらゆるどの個人的な誓いよりも強権で、主の命令の前ではすべての誓いは破られてもいいことになっている。今、領主の代わりにマフトの主となったヴァンが命令すれば、マフトは誓いを破ってヴァンの命令に従っても、一向いっこうに罰せられないことになっているのだ。

 ヴァンに、「今日、勝て」と、言われたのだ。

 これに勢いを得て、マフトは剣を掲げた。

「ありがとうございますヴァン様!!」

 そして水魔法を剣に通わせると、魔女イージーに飛びかかった。イージーは、炎の魔法を水の剣で打ち消されて、悲鳴を上げながら剣をよけて転げ回る。

「この、騎士道の誇りの裏切り者! 誓いを破るなんて、騎士の風上にも置けない!」

 マフトは水魔法の剣とイージーの魔道まどうかすりの杖を押し合わせながら、憎々しげに叫んだ。

「騎士の誠実な心をだました、卑怯な女に言われたくはない!!」

 マフトは、イージーの杖・魔道まどうかすりに何箇所も傷をつけられて魔力が流れ出ても、水魔法は衰えなかった。

 炎の魔法を封じられた魔女に、勝つ術などない。魔女イージーは、魔法騎士マフト=ボウブの手にかかって死んだ。

 魔女イージーがよみがえらないように、マフトは首を落とした。首と胴体が離れているのを領主そして町の人々に見せて、安心させるためでもある。

 死体したい生命せいめい発現はつげん許塔きょとうゼブゲに利用されないためにも、それがいいだろうと思い、ヴァンが魔道まどうかすりの杖を世界に益なしとして壊していると、呪いの傷がセイラのタロットカード・星でふさがったマフトがひざまずいた。

 ヴァンは夜、領主の館へ行き、領主に頼んで、一日だけマフトのあるじにしてもらったのだった。

「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

「我が魔法騎士マフト=ボウブ」

「はっ」

 ヴァンは穏やかに微笑んだ。

「よく勝った。祝いに最後の命令だ。再び領主の魔法騎士として、軍に入隊するように」

 元の状態に戻れるのだ。

 マフトは言葉もなく、ただただ恩に顔を伏せた。

 その後、マフトが魔女の首と胴体を馬にくくりつけ、鋼の鎧を誇らしげに鳴らしながら帰っていく音を聞いてから、ヴァンたちは先へ進んだ。


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