神なき世界第六章「黒魔召喚」
登場人物
阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜の月を持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。
セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅と同じ姿をしている。歌姫。
黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。
第六章 黒魔召喚
ガタラクマ国の神仕国王、バーンンのいる王都は、デラマンという。ヴァンとセイラは、わざと徒歩でたどり着いた。バーンンに『準備』をさせておいて、関係者を一網打尽にするためである。
人口が集中しているからか、どの建物も二階建てで、一階に二つの玄関扉がついている。つまり、一階の住人と二階の住人は別の世帯なのだ。
ヴァンはモザイクの三角模様の壁を眺めた。呪術はない。ただの飾りのようだ。
「建物を分け合うほど人が集まるとはな。ガタラクマ教による『繁栄』、か……」
二階からお金を入れたかごを紐で下ろし、そこにパン売りの少年が数個のパンとおつりを入れたのを、再び二階に引き上げる主婦らしき女性がいた。おしゃべりをしながら庭の木の実を拾う母親と子供たち、家から出したイスに座って通りを眺めている老人など、王都は「日常」を送っているようだった。
誰も、バーンンの力のもとについて、考えたことがなさそうだった。
セイラが少し休みたいと言ったので、ヴァンは剣を一本作って武器屋に売り、お金に換えてから、楽団のいるにぎやかなカフェに入った。
セイラはホットピーチティーを飲みながら、ハーブティーを飲むヴァンをちらりと見た。
「(ここだけ切り取ると、デートみたいなのになあ……。こんな風にいつも一緒にいられたらいいなあ……)」
ヴァンが視線に気づいた。セイラは慌て、ホットピーチティーを大きく飲んで口の中を火傷してしまった。
「気づいたか」
ヴァンに問われて、セイラは口の中と同じくらい、顔じゅうが熱くなった。
「はっ、はい! ごめんなさい、お、おきれいだからつい……」
ヴァンは、しどろもどろになって言い訳するセイラではなく、横、後ろ、前と視線を動かした。
男女のカップル、男の友達同士、男の親子がそれぞれのテーブルにいた。全員大人である。必ず、プレゼントの箱を一方がもう一方に渡していた。そして、プレゼントに関する話は一つもなく、酒抜きで飲食をしている。しかし、店内が演奏と人々の会話でにぎやかなため、誰もそのことに気づかない。六人は、食事が終わると外へ出て行った。
ヴァンとセイラは会計を済ませると、友達同士の後を追った。二人は別れたので、プレゼントをもらった方をつけると、王都を出て行った。外には畑も放牧地もなく、男は旅装もしていない。一番近い町はベルビアだが、二日はかかる。
男は道から外れると、茂みに入った。そして、人の腰の高さまである白い岩まで来た。足を踏んばって岩を持ち上げ、プレゼントを岩の下に隠してある麻袋に入れると、再び岩の下に置いた。そして去った。
ヴァンとセイラは岩まで来た。
「なんでしょう。お金のやりとりでしょうか。別の町に運びたいとか」
セイラが見ている中、ヴァンはあっさり岩をどかし、麻袋を開けた。プレゼントの包装をきれいにはがしていく。中には植物の種と苗、武具一式の金属の数値が図解で描かれた絵、が入っていた。
セイラが掌ほどの長さの細長い種を手に取った。
「あっ、これおいしいんですよ! ガベといって、香辛料に使う、ガタラクマ国の特産品です! 収量を増やすために、たくさん品種改良しているそうですよ!」
ヴァンは苗を手に取った。どうやらこのガベの苗のようである。そして、剣・盾・鎧・兜の絵に金属の数値が書きこまれているものを見た。明らかに、ガタラクマ国軍の装備の情報である。敵国がこれを知れば、これ以上の強度の金属で武具を作れば、勝てることになる。
「どこの国か知らないが、敵国のスパイがガタラクマに入りこんでいるようだな。どこの国が探っているか、隠れて確認しよう」
ヴァンとセイラは岩を監視できる茂みに腰を落ち着けた。
「あの六人は全員スパイだったのですか?」
セイラが尋ねた。
「断定はできないが、その可能性が高い。スパイは国内を探るグループ、連絡役、運搬役など、細かく分かれている方が、国内の人間の目にはつかない。一人が全部こなすと、顔を知っている国内の人間に疑いを持たれる。そして、スパイは同じ情報を複数のグループが複数のルートで探り、受け渡しをするものだ。どれかのルートが失敗しても、他のルートが成功していれば、情報は得られるからな。他の二つのグループもどこかに情報を隠しているだろう。それにしても、あのカフェはスパイのたまり場らしいな……」
ヴァンの顔が影で見えづらくなったことにセイラが気がついたとき、若い男が辺りを気にしながら現れた。そして、岩をどかして麻袋をためらいなくつかんだ。
そのとき、ヴァンが風魔法で突風を起こし、砂ぼこりを舞い上がらせた。男の両目に直撃した。
「ギャッ!! ちくしょう痛え!!」
男は両目を押さえて、両足で地面を踏み荒らした。そしてこの場所を他人に知られまいと、麻袋をひっつかむと、自分の皮袋の水で目を洗いに、王都の外の道へ走って行った。
「今の男の言語がわかったかセイラ」
「いいえ……よくわかりませんでした。みんな同じ共通言語を話すのが世界の決まりですのに、さっきの人は自分の母国語を話したようです」
「それでいい。オレはあいつの言語を覚えていよう。いずれどの国の者だったかわかる」
「え?」
ヴァンはセイラに説明した。
「どんなに流暢な世界共通言語を話していても、思いがけない不運が起きれば、うっかり母国語が出るものだ。まして、誰もいないと安心していればな」
セイラがなるほどと面白がっているのを、ヴァンが立つよう促した。
「王都デラマンに戻るぞ。気になる絵があった」
しかし、王都を守るように、兵が門から整然と出て来て、ヴァンとセイラの前に整列した。その数、千人。ヴァンの見たところ、全員黒魔の剣を持っている。操り人形になっている可能性が高い。そして、王都の出入口の門の上に、顔と手と足だけ能面のように皺一つない若さを持ち、首は皺だらけで胴体もやせ細った男が、自分の右側に剣持ち、左側に盾持ちのお供の者を従えて、立った。
「お前が『等しき予言書』に刃向かう男か。神の意志を軽んじる、罪深き小人め。我が名はガタラクマ神仕国王・バーンン! ガタラクマ教の神の名において、今、神敵を滅さん!!」
ヴァンは、眉骨が異常に高く、くぼんだ目が眉の下に接しているように見えるほど目と眉の間が狭いバーンンを睨んだ。
「神の教えではなく、黒魔の教えで人心を惑わしている者よ、問う! 貴様はいつ神を裏切った! いつ『等しき予言書』の力を選んだ!!」
バーンンの小さい目が、くぼんだ中から光を放った。
「私の神を愚弄するか! 具体的にとるべき道を教えてくださる神を、どうして神と呼ばずにおれようか!!」
ヴァンは、一つ推測した。
「(もしかすると、この男は神託を確実に得たいという欲を、黒魔につけ入られたのかもしれない)」
ヴァンは『等しき予言書』を開くバーンンに狙いを定めた。兵士を無駄死にさせないためには、バーンン一人を速攻で倒すしかない。
バーンンが本を読みながらクククと笑った。
「私をそう殺すつもりか」
「意外だな。予言書に書かれたか。その通り死ね」
「ごめんだ」
バーンンは、光を反射する黒針が全方位に飛び出している、拳ほどの大きさの黒針石を袋から出すと、空中に放った。そして、自分は供の剣持ちから剣をつかむと、出口のない迷路を描いた。
これまでの小型の黒魔とは打って変わって、はちきれそうな太い四肢を持つ、背もたれのないイスのような形の、高さ十メートルほどの黒い生物が、その迷路の上に生じた。お腹を膨らませて迷路をそのお腹につけると、お腹を隠すように四肢が隙間なく太った。
「これはお前の手下か」
ヴァンの問いに、バーンンはうっとりと黒い生物を眺めながら答えた。
「せっかくの兵士をその娘の光で失いたくはない。兵士は私の身を守るだけで充分だ。お前たちはこの召喚神仕・アイイン様が葬ってくださるであろう」
黒い巨体・アイインがゆっくりと歩きだした。一歩一歩踏みしめるたびに、脚が異常に伸び、猛烈に杭を打ちつけたように、地面に深さ三メートルの穴が開いた。
「踏み潰されたら終わりだな」
ヴァンはセイラを離し、神刀・白夜の月を抜くと、アイインに斬りつけた。斬った部分から黒煙が噴き出し、空間を薄暗く汚した。
「これも黒魔か! 待て! バーンン、今お前は黒魔を召喚したのだな!?」
ヴァンの驚くさまを見て、バーンンは愉快になった。
「この『等しき予言書』には、様々な黒魔を召喚できる、それぞれの黒魔法陣が載っているのだ! 黒魔すら従える、ガタラクマ教の神の力を思い知れ!」
ヴァンは、アイインを倒すため、何度も斬りつけた。しかし、皮膚が弱いのか、空間を汚す黒煙がすぐ噴き出すだけで、斬り倒すことも、進行を止めることもできない。真っ二つにしようと力を込めても、アイインは全身から黒い波動を出して、ヴァンを呑みこもうとする。アイインの杭を打つような押し潰し攻撃に、ヴァンがあわや当たりそうになったとき、セイラがタロットカード・太陽をかざした。
しかし、黒く薄汚れた空間をきれいにしただけで、アイインは消えなかった。
「密度の高い黒魔!!」
セイラが、戦力にならない自分が今いる場所に恐怖しているそばで、ヴァンは炎の魔法を帯にして出し、剣で飛ばしてアイインを囲んだ。そして一気に燃焼させようとしたが、アイインの黒い波動が打ち消してしまった。ヴァンの風魔法も、アイインは黒い波動で威力を流してしまった。
しばらく戦法を考える時間が必要であった。しかし、アイインは確実に一歩一歩近づいてくる。王都の外の自然に穴を開けて、破壊しながら。
「はっはっはっ! どうした、それで終わりか! 私のアイイン様の敵ではなかったな! ジェックを倒したくらいでいい気になるなよ。神仕国王の力を見よ!!」
バーンンが『等しき予言書』を開いたまま、見世物を見るような目をしている。ヴァンは、それぞれの黒魔の呪いの印である、迷路の、黒魔法陣のことを考えた。あれを封じれば、黒魔アイインは消滅するか弱るかするかもしれない。
「問題は、どうアイインの腹の黒魔法陣に近づくかだ」
アイインは、地面の方から見上げると、腹が見えないほど、太った四肢でいっぱいになっている。斬り上げて空中に放れば脚も四方を向いて腹が見えるだろうが、皮膚が弱すぎて、剣で斬り上げても巨体が持ち上がらない。それに、敵の武器に近づくわけであるから、一歩間違えれば脚の杭打ちに押し潰されてしまう。
ヴァンとセイラが、打つ手なしでじりじりと後退したとき、ヴァンはこの世界から逃げてはいけない、と踏みとどまった。
「(この世界に来てから、まだそれほど多くの人間には会っていない。だが、自分の信念のために生き、理不尽と戦う人々は、私の心を充分に動かした。この世界から逃げるものか。多少壊しても構わないなどと、思うものか。この世界を滅ぼし、黒魔も星の怒りも無に帰して、すべて解決したことにする、などとはするものか。私は必ずこの世界を生かして救う。私は私の心を動かす者がいる限り、世界のために戦う!)」
ヴァンがそう決意したとき、一本の剣がガシャンと落ちた。
サザンクロスの町でヴァンが創った、ペナペナの剣だった。
「! これを使えば、もしかしたら!」
ヴァンは剣を拾い上げると、鍛冶で四メートルに刀身を伸ばした。そして、進むアイインの脚の下に滑り込ませた。剣はくにゃりと曲がって、脚ごと地中に入った。バーンンが笑った。
「ははは! なんだその剣は! アイイン様のおみ足に傷をつけて、歩みを止めようとでも思ったのか! 浅はかなり!!」
しかし、直後にアイインの巨体が空高く放り投げられた。ペナペナの剣が反り返り、アイインをてこの原理で持ち上げ、飛ばしたのだ。どこまでも湾曲し、折れることなく相手の力を吸収してから、同じだけ反動を与えるこの剣の性質ゆえに、アイインは自分の力で下から突き上げられ、宙を舞ったのだ。
「あ、アイイン様!? そんな、このお体がこのようなことになるなど!!」
バーンンが目を疑う中、ヴァンが飛んだ。アイインは四肢が少し開いて、腹の黒魔法陣が見えている。黒魔法陣を消しても、再び召喚されては意味がない。ヴァンはペナペナの剣の刃を立て、腹の黒魔法陣に斬りつけた。黒魔アイインが怒りの咆哮をあげた。全身から黒煙が噴き出し、空間を汚しながら活動を停止していく。
バーンンが焦ってもう一度この世界で動いてもらおうと、何度も黒魔法陣を剣で描いた。
「どうなさいましたかアイイン様!! なぜ再召喚に応じてくださらないのです!!」
「何度新しい魔法陣を描き直しても無駄だ」
ヴァンがペナペナの剣を振って、その音で、剣にまとわりつく影を浄化した。
「アイインの黒魔法陣が描かれる部分に、迷路の出口になる傷をつけてやったからな」
アイインは、黒魔法陣を光らせながら消滅しかかっていた。バーンンが目を凝らしてみると、黒魔法陣の周囲を縁取る線が一箇所、傷で途切れていて、そこが出口のない黒魔法陣の、迷路の出口になっていた。そこから、黒魔の力が抜け出ているのだ。
「畏れ多くも、あ、アイイン様に、なんという傷を!」
バーンンは腰を抜かして、黒魔アイインが消えていくのを見ているしかなかった。
「お、おのれ! 次の召喚神仕を召喚しなければ……!」
バーンンが『等しき予言書』に目を落としたとたん、ヴァンが奪った。
「ひっ!? いつの間に!!」
目の前で空を飛ぶヴァンに、バーンンはとっさに剣を突き出した。ヴァンの剣がそれを弾き飛ばした。
「ガタラクマ教のことを教えろ。お前の神はどこにいる」
「……その本の中にいらっしゃる」
「ではこの本をどこで手に入れた。なぜいくつもあるのだ」
「……五十年前、私が北の山で修行をしていたときに、雪を避けるために掘った雪穴の中から見つけた。この神が望まれると、本がいくらでも増えた」
北の山とは、セイラがいた山のことである。
「お前の神と話してみよう」
ヴァンが『等しき予言書』を読み始めたとき、光を放つ『等しき予言書』がぶるぶると震えだし、中身の文字が空間いっぱいに飛び散った。
それを読んだバーンンは、大量に渦巻く「予言」から目が離せなくなり、目が文字を得ようと前に突き出てきて、そのまま目玉がちぎれて地面に落下した。未来に必ず起こることを示す「予言」は、一度目にした者を永遠に魅了する。もっと見たいのにもう見えないことが非常な苦しみとなり、バーンンは欲に耐えられずに死んだ。
「セイラッ!! 見るなああ!!」
ヴァンは必死に叫び、突風を起こした。セイラの両目に砂がたくさん入った。
「キャーッ!! なにこれなにこれ痛ーいっ!!」
セイラは両目を押さえて、両膝をついて顔を振り回した。
ヴァンはセイラの故郷と思しき言語を思いがけず聞いた。
そしてすべての文字を回収しようとすると、文字は消えた。そして、光る本が黒水晶の表紙を持つ本に変わった。
「これは! 我が『乾坤の書・影』!!」
阿修羅が立方体を二つ、縦と斜めに重ね合わせた八角形の赤紫色の星晶睛に戻った。兄・邪闇綺羅の乾坤の書と違い、一日で起こることは書かれていないが、最後の数頁に世界の法則が書いてある。
「この星の訴えを聞いておいてくれたのだな。そのうちに星の闇の気持ちに汚染され、私以外の者、バーンンに間違って使われたか。今までよく耐えた」
阿修羅は頁をめくった。
この星が救われたいと願っていること、願いがかなわないから自分を殺そうとしていることが書いてあった。
その方法は、二通りある。
一つは、七つの大罪で命を自滅させる方法。人間には、一、傲慢 二、物欲 三、嫉妬 四、憤怒 五、貪食 六、色欲 七、怠惰の、自滅に導かれる七つの落とし穴がある。星は、これらを世界に広めて、星にいる命が滅亡することを、罠として仕掛けようとしている。
もう一つは、十全の章授で星が直接命を攻撃し、滅ぼす方法だ。十全の章授とは、「全部で十章を授ける」という意味である。十回、星が命に攻撃するということである。一章目は、星が世界から白と黒以外の色を奪い、少しずつ命の持つ能力の発展を、削っていくことであった。二章目は、星がこの『乾坤の書・影』を『等しき予言書』に塗り替え、偽りの予言書として世界に広め、星の滅亡を隠したバラ色の偽りの未来へ誘導しようとすることであった。これより先、十全の章授・三章に入る。
「星を救うには、この十七の力と向き合わなければならないのだな」
阿修羅の目は、乾坤の書・影の文字が、新たに記されるのを見た。
『世界の危機は、それと戦える者が現れた時だけ現れる。救いと崩壊は表裏一体、互いが互いを触発しあって封印は解かれあう。だが一度溶けだした氷が二度と元の形に戻らぬように、一度解放された章はもはや再び封印することはできない。式に答えを見つけ、最後の頁まで解き終わるしかない。ゆっくりでも、速くても』
阿修羅は、激励の言葉を懐にしまうと、タロットカード・星の紺色の光の力で両目を癒しているセイラのもとに降り立った。
「すまないセイラ。見たらお前は死んでいた」
セイラはようやく涼やかなガラスベルのような黄色い瞳を開けた。
「はいはい、許してさしあげますよ! ヴァンがやることは、いちいち正しいですもの!」
痛みからか怒りからか、涙がたまっている。ヴァンは片手でその両目を軽く押さえた。
「(え? タロットカードと同じ匂いがする)」
セイラがヴァンの香りに驚いたとき、ヴァンが手を離すと、セイラの目には砂粒が一つも残っていなかった。
「気を送って取り除いた。早く良くなってくれ」
「あ……ありがとうございます……」
セイラは、風がヴァンの匂いを運んでくれたんだと気づいて、砂煙を怒らず、むしろラッキー! と気持ちが反転した。
タロットカード・太陽の黄色い光で黒魔の剣を浄化し、兵士から黒魔の脅威を遠ざけると、神仕国王バーンンの死体を見て混乱する軍の中を通り、ヴァンとセイラは王都デラマンに戻った。
さきほどいた、にぎやかなカフェに入ると、またあの六人が二人ずつ座っていた。小声で、「神仕国王の黒魔」とか「バーンンが死んだ」とか、最新情報を交換しあっている。
「また麻袋に情報を入れるつもりでしょうか」
セイラの問いに答えず、ヴァンはカウンターの向かいにいる店主に向かっていった。
「ここの食事料金は他の店より激安だな。人を集めるためか。一般人を紛れさせ、『本当の客』を隠すためだ。不当に安価な商品なのに、どこで黒字を出している? 赤字のはずだ。それを『本国』が補っているのだ」
店主はにこにこしていたが、次第に無表情になった。
「お客さん、何を言っているのかさっぱりわかりません。警備兵を呼びますよ」
ヴァンは落ち着いていた。
「呼ばれて困るのはお前『たち』だ。オレは今この店内にいるスパイにけんかを吹っかける。警備兵はスパイも逮捕することになる。なぜか? オレが相手を死ぬまで殴り、スパイはこちらを殴らなければ助からないからだ」
突然店主が大声で叫んだ。
「あんた狂ってる!! 出てってくれ!!」
一般人は何事かと止まったが、六人はそれが合図だったらしく、荷物をまとめて店を出ようとした。ヴァンが襲いかかった。店主が叫んだ。
「逃げろ!! 『殺される』!!」
六人は身構えたが、ヴァンが腹に一撃を入れただけで気絶した。
「やはり店主も仲間か」
一般客が騒然としている。楽団は演奏をやめ、隠した武器に手をかけて息をひそめている。楽団も一味であった。ヴァンが六人の持ち物を探ってから、説明した。
「この六人はガタラクマ国に入りこんだスパイだ。品種改良されたガベの種と苗を盗み、ガタラクマ国中のガベを枯らす研究に使うか、こいつらの自国で増やすのに使うつもりだったのだろう。また、ガタラクマ軍の装備についても、品質の情報を盗み、より有利な武器を開発しようと図った。さらにガタラクマの絵画の複製、道具の性能を盗むために事細かに書き写した書など、ガタラクマでよいとされているものをすべて盗み、もっと上のものを作るか、自分のものにしてやろうとするかしようとしている。こんな、何の努力もしないで、盗んだ果実で飯を食おうなどという輩を、世界は許していいのか。ガタラクマの民は、怒って卑しい輩を蔑まなければならない。
盗む者は、悪である。しかし、正しく怒って盗む者を改心させられない者も、また悪である。
悪人を周りが全員で懲らしめなければ、悪人は改心しない。悪人に死ぬまで悪事を働かせるのは、世界の罪である。
悪人を怒らないのは、その悪人の行いを善人たちが容認するということ。神はそんな世界を見て、終わらせた方がいいと思ってしまう。誰も怒らないのか。皆それが正しいと思っているのか。この世界にはもう善なる心は残っていないのだなと。
他人の人生を盗み、うまい汁を吸って肥える者を許すな。許す者も、同じ悪人である」
言いながら、ヴァンはこの星の気持ちに思いをはせた。自分の地位を盗んだもう一つの世界は、悪である。それを怒らないなら、神々でさえ、悪である――。
「私は、来た。もう少し、待て」
ヴァンの隣では、スパイ六人が一般人からナイフとフォークで袋叩きにあっていた。
「この野郎、オレを罪人にしようとしやがって、許さねえ!」
「まっとうに生きてる人に、とばっちりを食わすんじゃないよ! ほんとに、悪人はどこまでも善人に迷惑かけるねえ!」
六人はもう隠し通せないとわかると、スパイであることに開き直った。
「オレたちの国は何の特産品も技術もない、無の国だ!! そういうかわいそうな国のことを考えたことがあるのか!! 自分たちだけ金があり余って、贅沢しやがって!! ずるいじゃないか!! オレたちにも恵みやがれ!!」
しかし人々は情になど動かされなかった。
「たった一つの技術を開発するのでも、たくさんの人間が、人生や大量の時間を捧げる。そんな人たちの人生を、てめえらは一秒で自分のものにしようとしているんだ。ずるい? 贅沢? 努力しねえカスが、笑わせるな! 何かを盗むということは、誰かの人生を盗むということだ! 何も無い国は、亡びるのが世界史の教えだ!!」
「そうだそうだ、その亡びる国の名を言え!!」
しかし、スパイ六人は私刑に耐えかね、舌をかみ切って死んだ。
店主は騒ぎに乗じて、店から逃れていた。妻子は置いてきた。ガタラクマで店がやりやすいように結婚した、仮の妻子だ。置き去りにしても警備兵に連行されても、カスほどにも思わない。庭に隠しておいた百万キーンを土から掘り出し、ガタラクマから出ようと門へ急ぐ。
その目の前に、ヴァンが立った。
「な……なんなんだお前は!! デラマンの人間ではないな!! 仕事の邪魔をしやがって……!! オレを捕まえられるものなら捕まえてみろ!! 逆にぶっ殺してやる!!」
店主は荷物を放ってナイフを出した。
「何かを得たら何かを失わなければならない」
ヴァンは静かに言い、店主のナイフをするりとよけた。
「いずれお前の国は周りの国の悪を引き寄せるだろう。何も失おうとしないなら」
「ああ!? 悪人は強えんだよ!! 最大の悪の国!! 最強じゃねえか!! 悪人がいなくなってお花畑になった周囲の国、全部征服してやるよー!!」
店主はナイフを何度も突き出すが、ヴァンにかわされて、いらいらした。
「これが神なき世界の言い分か……」
ヴァンはナイフをかわしてから手刀で店主のナイフを落とし、靴先で蹴り上げて手に持った。
「オレにそんな店で金を払わせたな」
「え?」
店主は異様な殺気に硬直した。
「人のものを盗む者が連絡所に使う店、本国からの金で激安にして人を集めてだます店で、このオレに店を維持する金の一部を払わせたな!!」
ヴァンは、赤紫色の星晶睛になっていた。
「神に、悪の片棒をかつがせたな!!」
ヴァンの炎が、店主を燃やし尽くした。神を利用した者は「無残」、何も残らない罰を受ける。
ヴァンはナイフを放って地面に突き立てた。
「人間同士の間でもこれは生じるはずだが」
セイラは、美しい声が一言も出せずに、息を止めていた。
「星方陣撃剣録第二部常闇の破鈴一巻・通算二十巻」(完)




