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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第二部 常闇の破鈴 第一章(通算二十章) 神なき世界
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神なき世界第五章「十全(じゅうぜん)の章授(しょうじゅ)・二章・予言書」

登場人物

阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜びゃくやつきを持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。

セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅せいらと同じ姿をしている。歌姫。

黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。




第五章  十全じゅうぜん章授しょうじゅ・二章・予言書



 ヴァンとセイラは、南隣の国・ガタラクマ国に入った。

「この国は、救民教とは別の宗教、ガタラクマ教を信仰しています。神託主義と言って、神託で国政以下すべてを決めます。神に仕える者は、神託を受けるためだけに身を清めます。王も役人も全員、神の力を特に受けた者という意味の、『神仕しんし』です。国政のすべてが神託で決まりますので、神力のない者は、人の上に立てません」

 セイラがヴァンに伝えた。クリーム色の長い髪。ライトピンクのプリーツスカート。黄色い瞳。

 そこにいたのは、服装以外は、かつて阿修羅が出会った星羅そのものだった。

「……(共にいるのが辛い)」

 ヴァンは不幸にしかできなかった少女から目を背けた。

 ここはガタラクマ国の町の一つ、ベルビアである。どこの町であろうと、その町の最高権力者は、神託を得ることができる高位の神仕しんしである。

 だから、ベルビアの最高神仕で、白髪を一つしばりにした六十才の男、ジェック・ベンクが現れたとき、ヴァンはお供も含めて全員、まじまじと眺めた。

「(精神の修養の跡が見える。だが、なぜだろう。決定的に何かが足りない)」

 全員、同じ何かが欠けていた。突然、ジェックの懐が輝いた。ジェックが急いで懐から取り出したのは、光る本であった。本を開くと、そこから空中に絵が照射された。

 その絵の中に、なんと、ヴァンの美しい姿が立っていた。それを見た女たちは恋をした。しかし、ヴァンの周りで、男たちの殺戮しあう様子が展開していた。ヴァンは加わらないが、眺めている。ジェックが、カッと目を見開いた。

「おお……!! 天のお告げがくだった!! これより先、この男はベルビアに現れて、男たちを惑わせて戦争を起こすであろう!! 将来戦争で指揮をとるこの男を、決してこの町に入れるな!!」

 人々がうやうやしく礼をした頃には、ヴァンは前髪を延ばして目を隠してしまっていた。

「(いつも私は人間から忌み嫌われる)」

 ヴァンは、浅いため息と共に、ジェックの光る本を見た。未来かどうかまでは知らないが、彼らの神託はあれで受けるのだろう。

「(あの本に頼り切っているから、皆、精神力が不足していたのか。未来を教える本、それはまるで兄者の乾坤けんこんしょのようだな)」

 阿修羅の「乾坤の書・かげ」は、この世界で目醒めたときから、ない。ジェックの本は、この世界では乾坤の書に近しいものなのであろうか。

 そのとき、ジェックが供の者に言った。

「鍛冶屋のベズュに、剣の納品を急がせなさい。この町に戦争が迫っている」

 ヴァンは、光る本の通りに事が運ぶのか確認しようと、供の者の後をつけ、ベズュの鍛冶場にたどり着いた。大きな直方体の鍛冶場には、吊るしたロープにたくさんの剣がぶら下がり、三十人もの職人が働いていた。

 パイプを吸いながら供の者と話しているのが、ベズュのようである。たるんだ帽子をかぶり、たるんだお腹を支えきれずにイスに座りこんだ。

「こっちもがんばって作ってますよ。三十人の職人なんですよ。大きな鍛冶場ですよ。それでも、急げと言われてはい、わかりましたとは言えませんよ」

 白く太い眉と、白く豊かなひげが、曇りの日のように暗く曇る。

「できない、と言うのですか? なんとかするのが仕事というものでしょう?」

 供の者も、ジェックに「できない」という返答を持ち帰れない。互いに無言のままで、しばらくして、ベズュが声をひそめた。

「悪い剣は短時間で大量に作れるが、良い剣は時間がかかるものですよ」

 供の者も声をひそめた。

「では、“できる”のだな」

 パイプの煙がぷかりと浮いた。

 供の者は帰った。

 すべてが聞こえていたヴァンは、ずっとパイプをふかしているベズュを放置し、隣接している武器屋に入った。ベズュの鍛冶場で作っている武器が売られていた。剣や槍、斧、短剣といった刃物が、百点以上並んでいた。装飾にったものも、ベズュ鍛冶場の技術の高さを示すために、交じっている。

 セイラは、両手剣が重くて、持ち上げるのにも一苦労すると、改めて神刀使いのヴァンを、尊敬を込めた眼差まなざしで見つめた。

 ヴァンは、すべての刃物をざっと眺めた。良質の刃は、一本もなかった。表面はなめらかに仕上げて、一見美しく見える。しかし、中身は、くずの金属をつなぎ合わせたつぎはぎの剣であった。これでは数日の交刃で、すぐに壊れてしまうであろう。

「(これが、“短時間で大量に作った剣”か。ばれたときどう言い訳するつもりなのだろう)」

 ヴァンがベズュの監視に戻ろうと思ったとき、きちんと軍服を着こなした青年が、武器屋の扉を激しく開けた。

「おい!! この剣はどうなっている!! たった一週間訓練に使っただけで、折れてしまったぞ!! 戦場で敵と本気の交刃をしたら、三日ともたないだろう!! 責任者を出せ!! ふざけやがって!!」

 気づいた青年を、この鍛冶場はどうするのだろうか。

 戦場で命を失うところだった軍人の青年は、怒りが頂点に達している。隣の鍛冶場から、ベズュがのそのそとやって来た。ヴァンとセイラは、彼らの話がしやすいように外に出た。

 青年が折れた剣を突きつけた。

「こんな剣を作って、よくも軍に納められたな!! 他の兵士も全員持っているというのに、我々を殺す気か!! 私は上官の命令でここに来たのだ!! 返答次第では処罰も覚悟しろ!!」

 ベズュはパイプを口から外し、大きく両手を広げた。

「そんな大げさな。ただただ、皆様の腕が上がっただけでございますよ。すぐにもっと強力な剣をご用意いたします。いやあ、おめでとうございます」

 軍人はいきりたった。

「つい三箇月前も、そう申したではないか!! すぐに壊れる武器を安く売り、何度も何度も受注する!! 金を動かす役人はだませても、実際に使う我々の目はごまかせんぞ!! 良質のベルビア産の鉄鉱石を、どこをどうすればこんなもろい剣にできるのだ!! お前たちは限りある良質の資源の無駄使いをしている!! お前たちのこの武器屋と鍛冶場は、今から我々が捜索する! すべての武器の成分を調べあげ、ジェック様にご報告するから、そのつもりでいろ!!」

 ベズュは急にじっと獲物をうかがうような目つきになった。

「これは、軍隊の独断ですか? ジェック様たち役所は、ご存知ないと?」

 軍人は勝ち誇ったように笑った。

「そうだ。だから助けは来ないぞ、ベズュ。我々は既に配置済みだ。皆の者、手筈てはず通りに!!」

 軍人の声で、通りから武器屋と鍛冶場に武装した兵十人が雪崩なだれ込み、作りかけの武器の捜索が始まった。

「さびた金属がこんなにためてある……!」

「細かい破片を削ってパズルのようにして組み立ててある……!!」

 兵士たちは、作業場の真実を知って背筋が凍った。

 しかし、兵士たちは気がつかなかった。

 そんな刃物だと見抜けなかったのは、どうしてなのか?

 ベズュがひときわ大きなパイプの煙を出した。ベズュが戻っていた鍛冶場中に広がった。

 兵士たちの持つベズュの剣が呼応し、黒煙を上げ始めた。そして、その黒煙の闇に呑まれた兵士たちは、同士討ちを始めかけた。

「うっ! なんだ、これは!」

「雑念が入る! 今はそれどころではないのに!」

 彼らはめちゃくちゃに剣を振って、何かを振り払おうとしている。

 刃は見事な美しさを持っていて、さびの持つ色の存在も、つぎはぎの跡もなかった。見えないように上塗りされていたのは何か? 黒魔の力であった。黒魔の上塗りが、不良品の真の姿を隠していたのであった。

 剣を振り回して混乱する兵士たちを、ベズュはパイプをふかしてぼうっと眺めていた。その中を、髪を元に戻したヴァンが、冷静に歩いて来た。ジェックの光の本が示した絵の続きのように。

「良質の鉄鉱石がありながら、なぜ良質の剣を作ろうとしなかった」

 ベズュはぷかあとパイプの煙を吐いた。

「作ったさ」

 煙はすぼんで消えた。

「でも、一本名剣を作ったとしても、一人の兵にしか渡せない。なるべく早く、安く、常に最新鋭の剣を、兵士全員に行き渡らせるのがおかみのご命令さ……『本気』の職人なら、無理だ」

 ベズュは煙を吸わなかった。

「弟子がたくさんいても、全員同じ品質の剣は作れない。粗悪品が紛れていれば、そこをお上に難癖つけられ、さらに値を安くさせられる。採算がとれないオレたちは、安かろう悪かろう・何度でも買ってもらおうにちるしかない。悲しくて、ベルビア産の鉄鉱石を使えない。あれは、この国のために本物の武器を作ろうとする鍛冶職人のために、とっておかなければならない。オレは、悔しいんだ」

 ベズュは煙を吸わなかった。

「上に立つ人間が、実は全然国民のことを考えていないのが。この国には、オレが命を懸けて仕事を献上したいと思える上層部の人間が、一人もいない。悔しい。オレは仕事ができなかったことが悔しい。どうしていいものは時間がかかるのか。どうしていいものは高価になるのか。答えを知っているから、余計腹が立つ」

 ベズュのパイプが震えていた。

「誰か一人でも、理解してくれる人がいたら……!」

 役人は、ベズュが、政府の要求に対して苦し紛れに「安かろう悪かろう」の剣を提案したとき、「この国を守る気があるのか」と怒ってくれなかった。むしろ、「なんといい案だ」と奨励した。「だめだ」と言ってほしかったのに。お互い我慢して、一緒に名剣を作ってほしかったのに。だめな剣だとわかっていて悪いものを作り続けるのは、職人として悔しい。作らせる役人も憎い。――黒魔がその感情に引き寄せられるのに、時間はかからなかった。

 ヴァンは、静かに見下ろしていた。

「粗悪品を隠すために、黒魔の力を借りたのだな」

 ベズュはパイプに視線を落とした。

「見た目を取り繕ってくれた。オレの剣がすぐ壊れるとわかっていたから、黒魔の力でもいいから、剣に加えてやりたかった。魔の力でもいい、兵士を守れるならばと……。だが、現実は甘くなかった。一回でも黒魔の剣を手にすれば、誘惑が起こる。ほとんどの兵はもう黒魔の言うなりになってしまった。さっき怒鳴りこんできた軍人と、今いる少ない兵士たちは、まだ大丈夫だったみたいだな。まだそんな人間が残っていたのかと驚いた」

「どんなに力を得たくても、魔の力に頼ってはならぬと、いいものは時間がかかり、高価になると知っている真の職人ならば、わかっていたであろう!!」

 ヴァンに怒鳴りつけられて、びくっと動いたベズュは、パイプを落とした。

「愚か者め……!! そこまで道を究めながら、道をふさぐとは!!」

 ヴァンとベズュは、固く両目を閉じた。

 セイラのタロットカード・太陽の、黄色の光が発せられた。ヴァンが目を開けたとき、ベズュは影も残さず失せていた。パイプは、塵になって消えていった。

 兵士たちは、セイラのタロットカード・星の紺色の光で傷を癒し、黒魔の力が失せてばらばらに壊れた剣を、呆然と見ていた。

 そこへ、光の本の絵に導かれた、ベルビアの最高神仕・ジェック=ベンクが、お供を連れて現れた。

「神託の通りだ!! この男が戦争を招いたのだ!! 皆の者、こいつを殺せ!! この国にさらなる災いをもたらすぞ!!」

 しかし、兵士たちは、助けてくれたヴァンに向かっていくことはできなかった。

「その……、剣がありません」

 兵士が弁解すると、ジェックが白髪を振り乱した。

「何を馬鹿なことを!! 剣ならベズュのものが、そこら中にあるではないか!! ベズュはどうした!!」

「セイラ! タロットカード!!」

「はいっ!!」

 セイラがヴァンに促されて、太陽のカードを掲げた。黄色の光に包まれたジェックには、何の変化もなかった。ただ、光る本だけが、太陽の光に反発するように強く光りだし、対抗するようにジェックの手から離れて浮かび上がった。

「し、神託を受ける本に何をする!!」

 ジェックが慌てて、光る本を再び手に取り戻そうとすると、ジェックは本に弾かれて倒れた。

 ヴァンが光る本にゆっくりと近づいた。

「この本は何だ。ベズュが黒魔に魂を売ったことを、お前に知らせなかったな。武器も正常だと偽った。『黒魔に都合のよいように』情報を書き換えている。この本はどこで手に入れた。言わなければお前を黒魔とみなす。この世界でその噂が死に値することくらい、お前にもわかるな」

 ジェックはそれを想像しただけで息切れを起こすと、唾を呑みこんだ。

「こ、これはガタラクマ神仕しんし国王、バーンン様よりいただいたものだ! 『等しき予言書』といって、どの修行を終えても関係なく、全員同じ神託を受け、読むことができる! この国の各町の最高神仕は、全員その本、『等しき予言書』を持っている! 未来のことがわかる、神のお力である!」

 しかし、一斉に兵士たちの鋭い視線を浴びて、ジェックは思わず小さくなった。

神仕しんし国王……、つまり国王か。今すぐ話を聞きに行く。外出しないで待っていろ」

 ヴァンが『等しき予言書』に話しかけると、予言書は余韻も残さず消えた。

「バーンンめ、やっぱりここを見ていたな」

 ヴァンはそう呟くと、鍛冶場に神の火を分けた。小さな小さな火だが、決して消えることがない。いつの日かこれを使いたいと志す者がこの火を使うに値したとき、この火は息を吹き返すであろう。火は、パチパチと小さな音を立てている。それを見届けてから、ヴァンがセイラを連れて外へ出たとき、ジェックが雄叫びをあげた。

「バーンン様ー!! お見捨てくださいますなー!! いま一度、いま一度私めに『等しき予言書』をー!! お許しををー!! バーンン様ー!!」

「『神』と直接交信し、『等しき予言書』を得られるのはバーンンだけということか。ジェックが『神』に祈らないのがその証拠だ。バーンンの『神』を必ず見極めねばならない」

 ヴァンは偽りの黒青龍を思い出した。

「私の創りしものを、私の意図と外れて真似ることは、赦さぬ」

 阿修羅の赤紫色の星晶睛せいしょうせいが、世界を見渡した。


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