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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第二部 常闇の破鈴 第一章(通算二十章) 神なき世界
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神なき世界第三章「傭兵と洗濯屋」

登場人物

阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜びゃくやつきを持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。

セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅せいらと同じ姿をしている。歌姫。

黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。




第三章  傭兵と洗濯屋



 黒布で空に覆いをかけたような夜。光もない地上で、ヴァンの黒い刀身・白夜の月が風を切った。

 片翼を斬り落とされた鳥が二羽、木の上から落下した。

 白黒の濃淡しかないこの世界のために、夜は鳥だろうと人間だろうと、誰も何も判別できなくなるのだが、ヴァンは、息をするたびに動くところだとか、吐く息の熱だとかですぐに対象の位置がわかるので、夜でも狩りができる。

「明日のお前の朝食だ」

 狩りの手際を見学していたセイラに、ヴァンが二羽の脚をひもで一つにまとめながら教えた。セイラは目を大きく開いて、目一杯見ようとしていた。

「すごいです! ヴァンがその気になれば、鳥が好きなだけとれますよね!」

 ヴァンは二羽を風魔法でくるみ、空中に保管した。これで他の肉食動物は横取りできない。ヴァンはそれを見つめながら、口を開いた。

「取り尽くされることを、星は望んでいない。適度と節度を保つ者だけが、力を持ち続けることを赦される。皆から望まれ続ける者とは、そういう者だ」

「ああ、だからヴァンがここにいるんだ」

 ヴァンは素早い視線でセイラをとらえた。

「星に優しいから、そんなに強いんでしょ! 星もみんなも望んだから、あなたが今ここにいるのね!」

 歌うように優しく、小さく可憐な花がみを見せた。白黒の世界でも、はっきりと色がわかった。かつて、栄光の都レウッシラで見せてくれた笑顔そのものだったから。

「ああ、あのときそれに気づけていたら」

 レウッシラで星羅だけに目をかけてしまったことが、悔やまれる。結果、周りの者たちの嫉妬が都を滅ぼした。

「(神はこの世に現れてはいけないのか)」

 ヴァンは、苦しむうちにいつしか疲れて目を閉じた。

 翌朝、ヴァンは油がはねる音に目を開けた。答えを考えて、一晩過ごしていたようだ。

「あ、おはようヴァン。一緒に朝ごはんにしませんか」

 セイラが、鳥をさばいて切り分け、塩を振って、フライパンで香草と一緒に焼いていた。

「(またヴァンに手料理を食べてもらえるチャンス! こういうのは、回数が多い方がいいに決まっているわ!)」

 ヴァンがまじまじと火のそばを見ているので、セイラは早く香って焼き上がれー! と、心の中で生の肉をせかしてそわそわした。

「おい」

「はい! もう少しです!」

「そのナイフ、刃が鈍っているぞ」

「え?」

 セイラが鳥をさばいたナイフは、確かに少し切れ味が悪くなっていた。

「刃をぐことは、毎日しろ。道具を大切にするんだ」

 ヴァンはセイラのナイフを宙に放ると、神刀・白夜の月を両刃に滑らせた。刀を鞘におさめ、落ちてきたナイフをつかんだ。

ぎはしておいた。切れやすくなっているから気をつけろ」

 セイラはびっくりして、刃に触れないように注意してナイフを受け取った。

「ありがとうございます! でも、その剣はいいのですか? 刃が鈍ったのでは?」

 ヴァンは微かに笑って白夜の月に触れた。

「神刀に対してが高い」

 美しい姿にセイラがみとれていると、遠くで木々が倒れる音が聞こえた。何事かと思い、ヴァンは鍋の火を風魔法で消して、セイラと共に風魔法で現場へ飛んで行った。

 鼻骨のがっしりとした、はねあがる髪の、三十代の男が、筋肉のところどころのぞく鉄の鎧を身に着け、幅広の剣ととげつきの丸い盾を装備して、木の幹の下から立ち上がった。

 黒魔が飛びかかり、男を亡き者にせんと手首の杖を突き出す。男は盾で防ぐ。男が振り上げた剣は、黒魔にぶつかってもまったく斬れない。黒魔はクックックッと笑うような動きをすると、力押しで男にのしかかった。男が悲鳴を上げた。

 ヴァンの黒い刀身・白夜の月が、黒い影の黒魔を葬った。空間の汚れを、満月を象って起こした聖なる剣振の音で浄化した。

「あ……ありがとうございます。ぜひお名前をお聞かせください」

 あまりの力に感動して、男は、自分から名乗るという礼儀を忘れてヴァンの顔に見入った。

「オレはヴァン=ディスキースだ。お前の剣は刃が丸くなっている。どうして斬れない剣で黒魔と戦ったのだ」

 星晶睛せいしょうせいはひたすら目がいい。男は顔を赤くして剣を隠すように触った。

「お恥ずかしい……! 実は先に一体倒して刃がだめになっていたところを、今の二体目に襲われたのです。刃の鋭さを守りながら戦うのが剣士の鉄則ですのに、黒魔を倒すことに必死で、後先考えなかった私は、未熟者です……!」

 ヴァンは、この剣士が剣のせいにしなかったので好感を持ち、白夜の月で刃を滑らせていでやった。男は空中で四回踊る自分の剣を見て、ただただ不思議なものを見ている気持ちであった。

「自己紹介が遅れました。私はハラズ=ッテと申します」

 森を抜けた先にある町、トルソミランゴで、黒魔と戦う傭兵として雇われているという。

「普段から町の周囲を偵察して、黒魔を発見したら戦って倒します。今日は、二体目を見落としたので、危うく命を落とすところでした」

 ハラズは森を先導しながら話した。

「ハラズ、お前一人しか傭兵がいないのか。黒魔はうようよいないのか」

 ヴァンの質問に、ハラズは苦笑した。

「どの町も、一人でも多くの傭兵を雇いたいと思っているから、傭兵の争奪戦です。金額を吊り上げるから、傭兵はみんな大都市に行ってしまいました。トルソミランゴみたいな小さな町じゃ、私一人しか雇えないんですよ。幸い、人の多いところに黒魔も集まるようで、トルソミランゴの近くにはいつも一体ずつしか現れませんでした」

「ハラズはなぜここにとどまるのだ。大都市で仲間の傭兵と頼り合いたいと思わないのか。一日でも休みが欲しいと思わないのか。金銭の高い方が良いのではないのか。有名になりたいと思わないのか」

 ヴァンの目が光った。ハラズは気づかなかった。ずっと笑っていた。

「だって、私しかいないから」

 ヴァンの目は光ったままだった。ハラズは気づかないままだった。

「私がいなくなったら、この町の人たちを守れる人間が、誰もいなくなってしまうから。私は、見捨てることなんて、できない。トルソミランゴが滅んだら、それは私が殺したのと同じことです。結末がわかっていて見殺しにするのですから」

「ハラズ、よく言った」

 ヴァンは満足の息を吐いた。

「人生の成功とは、大都市で金を稼ぎ、自分の責任を他人に預け、多数の人間に知られることではない。何を為したかで決まる。どこにいても自分が輝けば、その光を求めておのずと人が集まり、やがて大きな国や都市になる。都市は地形によってできるだけでなく、輝く者の住む地にも作られる。それが結果としてお前の成したいことに協力してくれる人を増やすであろう。見殺しは殺人と同じこと、それを知り一人で戦うお前の輝きに、必ず気づく者がいるから安心しろ」

 ヴァンの目の光がおさまった。ハラズはやっぱり気づかないままだった。

「はは……、後継者だといいですけど」

 自分の放つ光に気づかなかったのだ。

 トルソミランゴの町では、町民が入口に集まっていた。

「ハラズ! あんた、黒魔にやられたんじゃなかったのかい!?」

 頭に布をかぶった、横に広い体のおばさんが、くわを持って距離を取っている。

「え? ええ、危ないところでこの方に助けていただきました。でも、なぜそれをご存知なのですか?」

 けたたましく鳴く鶏の群れが、人々の後ろを横切っていく。家族を養える分だけの、小さな畑。家畜小屋。そして役所と市場。今ヴァンの星晶睛で見えるのは、それだけだ。

 ハラズの疑問に、男のやせた老人が答えた。

「カリがハラズの戦いを見ていたそうだ。一体目の黒魔を倒したが、二体目にかなわなくて命乞いをしたと。魂をいずれ喰わせる約束で、近くにいた旅人をだまして証人にし、黒魔二体と戦ったふりをしてこの町に帰ってくるとな。ハラズは生きている限り、この町を皮切りにあちこちの町の傭兵になって、人々を殺し、黒魔に魂を差し出すと言ったとな!」

 人々は、カリを指差した。剛毛を肩まで伸ばした、雪焼けで皮膚が黒くすり切れたような色をしている、手足の細いすばしっこそうな青年だった。

「みんな、だまされるな! ハラズは黒魔の手下になった! 殺さなきゃ、オレたちが殺される!!」

 カリの手には、なたが握られていた。人々はハラズを疑っている。

「しょせん、よそ者だしな」

「縁もゆかりもない人々を、命を投げ出してまで助ける人間なんか、この世にいやしないよ!」

「そうさ、ここを見捨ててよその町に行けば、もっとお金がもらえるんだ! この町を何が何でも守る理由なんて、ないだろうなあ!」

 ハラズは悲しみと怒りで目が灰色に充血した。

「何を言っているんだ、オレは黒魔に従ってなんかいない! カリ、どうしてそんな嘘をつくんだ! オレは一言も黒魔と話してなどいない! カリ、お願いだから本当のことを言ってくれ!!」

 しかしカリは叫んだ。

「黒魔を殺せー!!」

 人々がわっとハラズに襲いかかったとき、突風が人々を巻き上げた。

 ヴァンの目が怒りで光を帯びていた。

「そうか、黒魔は嘘をついて社会を混乱させる戦法をとるのか。誰も確認できないことを、あたかも自分が実際に見聞きしたかのように誰かに話す。命のまことの道を穢す、世界の汚濁おだくものめが! 影ともども、この世から蒸発せよ! 罪なき者に罪を犯させること、これ大罪なり!!」

 ヴァンはセイラにタロットカード・太陽を使わせた。カリは黒魔の姿に戻って、強烈な光に消去されていった。

 人々は、カリが黒魔にすり替わっていたことに驚き、声も出せないほどであった。ヴァンの怒りは、彼らにも向いていた。

「お前たちは、これまでお前たちを守るために命がけで黒魔退治をしてきたハラズを疑って、恥ずかしくないのか。自分にできないことをできた人間をののしる資格が、お前たちにあるのか。誰にもありはしない。よそ者より町民を信じるというのは、差別だ。誰が何をしたかで人を判断しろ。そうでなければ、裏切り者を見抜くことはできない。黒魔がすり替わった者、黒魔に魂ごと寝返った者、黒魔の力と金に対する協力者、あらゆる裏切り者を想定し、一日も気を緩めるな。人間というものは――」

 ヴァンは苦しみの中で一回眉根を寄せた。

「一瞬で正反対になるものだ。知らないとは言わせない」

 人々は、葬式のように黙った。カリの家族と思しき数人だけが、泣いていた。

 ハラズがヴァンに頭を下げた。

「また助けていただきました、ありがとうございます」

 ヴァンは振り返った。

「お前がいなくなればこの町は無防備になる。その後、町民を一人ずつ、殺すかすり替えていくかするつもりだったのだろう。そういえば、カリという男から何かもらわなかったか」

 インダが黒魔の力のこもった剣を「聖剣」と偽ってヴァンに渡してきたことを思い出し、ヴァンは尋ねた。

「ええと……三日前に箸をもらいました。きれいな彫刻がしてあったので、次に黒魔を退治した日にお祝いで使い始めることにしようと思って、取ってあります」

 ハラズが未使用の箸を懐から出した。ヴァンは目を近づけた。四角い箸で、各面には楕円があり、その中に出口のない迷路が彫られている。

「これは呪いの印だ。二つの印が向かい合わせになると、間にあるものを呪う。この箸で何かを食べるたび、お前の希望を操って支配しようとする、黒魔の誘惑が起こるであろう」

 ハラズは、ヴァンの言葉に震え上がった。セイラも、あまりに知りすぎているヴァンに震え上がった。この方は、世界をどうするおつもりなのか。そのとき人々は、この方をどうするつもりなのか。

 町の人々は、ハラズに謝り、これからもこの町にいてくれるよう頼むと、解散した。その場でヴァンとセイラは、ハラズの泊まっている家の主人と話して、家に一晩、宿泊させてもらうことになった。

 洋梨型の体型で、二重の小さい目を持つ、四十三才の洗濯屋、エイー=アタッスの家だった。この町の人々は、誰も自宅では洗濯をしない。雪から洗濯物を守るガラスの小屋を作るのが、手間だからだ。洗濯屋は大きなガラスハウスを持っているので、町民全員分の洗濯物をいっぺんに干せるのであった。

 そういうわけで、エイーは毎日服をブラシでこすったり、しみ抜きをしたりで大忙しであるとのことだった。

 縦に長いガラスハウスが見えてきた。隣にその半分の長さの二階建ての家がある。その敷地から、明るい灰色の毛をなびかせて、犬が走り出てきた。

「おう、出迎えてくれたな、いい子だベイ。じゃ、オレは仕事に戻るよ」

 エイーはベイという名の犬を従えながら、さっさと扉を開けて作業場の服の山に歩いていった。

「いつも一人で仕事をしているのか」

 ヴァンが見送りながらハラズに尋ねた。

「ええ、奥さんと三年前に死別なさったそうです。週に三度、手のあいている近所の女性たちが手伝いに来ます。オレもときどき、洗濯が間に合わないときに。再婚して奥さんを迎えられてはと言ってみたのですが、犬のベイがいればいいの一点張りで」

「そうか。一人でも仕事をがんばるところは、お前と話が合うのではないか」

「えー!? オレの方がもう少し厳しい環境ですよー!」

 一同は笑いあった。


 森にほったらかしにしていた鳥肉と、フライパンなどの道具一式を風魔法で呼び運ぶと、四人でその香草焼きと、エイーの作った豆のスープ、堅い丸パンを夕食にして、眠りについた。

 夜中、ヴァンに静かに忍び寄る影があった。ヴァンが知っていてむくりと起き上がったので、影は飛び上がった。

 エイーであった。

 ヴァンはセイラを起こし、三人は家の裏に静かに出た。

 エイーの表情は切羽詰まっている。

「あなたは、どんな黒魔でも倒せるのでございますか」

「断言できないが、その方向で動いている」

 エイーはヴァンの腕にすがった。

「お願いでございます! どうぞ私をお救いください!」

 エイーは、三年前、隣町から帰る途中、誰かに崖から突き落とされた。そして運よく崖の中腹に手をかけて死を免れたところへ、崖の上から黒魔が現れ、こちらをのぞきこむような仕草をした。そして、三年後に魂を抜かれることを約束するなら、崖から助けてやってもいいと持ちかけた。エイーは、約束してしまった。

「今日が、約束の三年後なのです。これまで、家族を巻き添えにはできないと思って、再婚しませんでした。ハラズに頼もうと思っても、ハラズに『永遠に』戦わせることになります、それが許されることなのか、わからなくて……!」

「『永遠に』?」

 エイーは、首をひねるヴァンに紙を見せた。三年前、エイーと黒魔が交わした約束の内容が、契約書のように書かれていた。その最後に、小さい字で、「この契約の内容が履行されない場合、約束を交わした黒魔が消えても、新しい黒魔が契約の履行をするものとする」とあった。

「つまり、最初の黒魔を倒しても、新手の黒魔が次々と現れて、私の魂を抜くまで永遠に戦いが終わらないということなのです」

 ヴァンは契約書に呪いの印が押されているのを見た。エイーが黒魔からもらったものは、この紙だったようだ。だが、この効力は強い。字にすることで縛りの力を持っている。崖からエイーを突き落としたのは、おそらく黒魔であろう。エイーは憐れにも黒魔の餌食になってしまったのだ。

 ヴァンは、エイーのそばに駆けてきた犬のベイに気づいた。

「黒魔から不当に富を得たわけでもない。助けてやろう。どれ、一つ黒魔を試すとするか」

 ヴァンはセイラに家の角の向こうに隠れるよううながし、エイーに策を授けた。そこへ黒魔が粉雪にさらされて現れた。エイーは悲鳴を上げようとして、ぐっとこらえた。ヴァンはいつの間にかいなくなっていた。黒魔が近づいてきた。

「エイー、わかっているな。約束の時間だ」

 エイーはじっとして動かなかった。ベイもじっとしている。黒魔は契約書をエイーの胸に浮かせると、手をかざした。エイーから魂が抜かれた。そのとき、ヴァンが建物の角から現れた。

「この男は魔法の儀式に夢中になって、自分とこの飼い犬の魂を入れ替えてしまった。あなたはそれに気づいて怒り狂ってこの町を滅ぼさないでください」

 黒魔は顔と思しき部分を傾けて、よく魂を見た。

「しかしこの男の年相応の魂だ。間違いない」

 ヴァンは魂の抜けたエイーの体とベイを順番に指差した。

「エイーはしゃべらなかったはずだ。犬だからな」

 ベイがワンワンと吠えた。ヴァンはちらとベイを見た。

「こいつの魂が本物のエイーだ。黒魔が間違った魂を抜いていいのか?」

 ベイがワンワンと吠えた。ヴァンの言葉を理解しているようである。黒魔は戸惑いながら犬の魂を抜いた。すると、ヴァンはエイーとベイの魂を風魔法で取り上げ、ぐるぐると回してどっちがどっちだか、わからないようにしてしまった。

「何をする!」

 黒魔が怒りだすと、ヴァンは悪びれもせず答えた。

「オレの風魔法はまだ不安定でね、怒るなよ。魂はまた元に戻してみればいいだろう。エイーのだとわかったらそれを持っていくといい」

 黒魔は、それもそうだと思い直して、魂を一つ、エイーに入れた。エイーは、

「ワンワン!」

 と、吠えた。黒魔は、今握っているのがエイーの魂だと思って安心したとたんに、エイーに入った犬のベイに飛びかかられた。ヴァンがエイーの体を押さえこんだ。

「早く犬の魂を犬に入れろ!」

 黒魔が犬の魂をエイーから移した隙に、ヴァンが黒魔をばっさりと斬った。

 死にゆく黒魔が笑った。

「すぐに魂を喰らわせないために、私に隙を作らせる芝居を打ったのか。しかしバカめ、私を殺しても次の黒魔が来るだけだ。エイーの魂は渡さん」

 ヴァンも笑った。

「お前は三年前自分の書いたことを忘れたのか? “エイーの魂を抜く”と約束したはずだ。お前は一回エイーの魂を抜いた。そして魂をつかみながら死ぬ。これで契約は履行された」

 黒魔は驚きのあまり動きが固まった。そして一瞬ののち、

「しまったああァー!! ちくしょうめェー!!」

 叫び声と空間の汚れを残して、消滅した。

 セイラが太陽のタロットカードで空間を浄化してから、ヴァンは後に残ったエイーの魂をつかんで、エイーに入れた。エイーは息を吹き返した。黒魔の契約書は塵になって消え失せていった。

「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

 洗濯場で、夜なので声を押し殺しながら、エイーがヴァンの右手を両手で額に押し当てている。黒魔を混乱させるためにエイーは一言もしゃべるな、というのがヴァンの策だった。犬のベイにも、神の力で「今吠えろ」や「吠えるな」などといったことを伝えたのも、策の一つである。

「ベイに感謝しろ。何かおいしいものを食べさせてやれ」

「はい!」

「んー? みんな集まってどうしたんです? 夜食でも作ったんですかー?」

 物音で起きたハラズが、音を立てているのが盗賊ではなかったので、安心して三人と一匹に笑いかけた。

 翌日、ヴァンはエイーの仕事道具のひもにぶらさがっているはさみが、風で刃をうならせて回転するのを見てから、セイラを連れてトルソミランゴの町の南の出入口へ向かった。人々が見送りに来た。

「ここから南西に向かうと、三日でこのノルモ国の王都、ワッダーンに着きますよ」

 ハラズはヴァンとセイラの二人と、握手した。

「オレも、もっと強くなります! あなたに追いつけるように、がんばります!」

「守りたいものを守れるのが強さだ。お前に武運を」

 そのとき、エイーが声をかけた。

「そういえば、旅の商人から聞いたのですが、王都でシジンのセイリュウを見たという男がいるらしいですよ。なんでしょうね、新種の生物ですかね。不思議なんですが、何かわからないのに、ずっと“シジンのセイリュウ”って覚えてるんです。そんなに意味がある単語なんですかね?」

 ヴァンは、即座に「四神の青龍」だとわかった。

「(新しい世界にいるはずだ、こちらの世界になぜいるのか。必ず会って確かめねばならない)」

 ヴァンは、セイラと共に、素早く歩いて王都へ向かった。


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