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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第二部 常闇の破鈴 第一章(通算二十章) 神なき世界
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神なき世界第一章「ああその出会いは」

登場人物

阿修羅(ヴァン=ディスキース)。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅(神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」)の弟。神刀・白夜びゃくやつきを持つ。神に背いた罰を受け、この世界ではヴァン=ディスキースと名乗って旅をする。

セイラ=サザンクロスディガー。栄光の都レウッシラで阿修羅が助けた星羅せいらと同じ姿をしている。歌姫。

黒魔。星の持つ、憎しみと絶望の権化。すべての命を喰らい、すべてを葬ろうとしている。


第二部「常闇とこやみ破鈴はりん」は、阿修羅神が主人公です。




第一章  ああその出会いは



 阿修羅あじゅらは、正方形を二つ、縦と斜めに重ね合わせた八角形の、赤紫色の星晶睛せいしょうせいを見開いた。

 体は横たわり、雪の中に右半身が埋まっていた。

「……ここはどこだ……?」

 星晶睛で辺りを警戒しながら、上体をゆっくりと起こす。

 雪が静かに降っている。雪山の斜面のようだ。雪をかぶった木々が、白い傘をいくつも連ねている。

 空は灰色の厚い雲が覆っていて、白と灰色しかない景色であった。

「地上……だな。天の園であれば、兄者の気配があるはず」

 阿修羅は雪の上に、二メートルに近い長身で立つと、世界の果てを眺めようと、星晶睛を鋭くした。

 神の王・邪闇綺羅じゃぎらの弟として、その風貌は兄に似て美しいが、心の中身はまったく違う。人間への不信や怒りが、兄とは違う冷たい無情を、顔の影に表している。強いて形容するなら、古代の黒土のように粘り気がある艶やかな黒髪、古代の闇に水が流れるかのような勢いのある眉、古代の風のうねりのように流れる目元、古代の金の山のように力強く盛り上がった高い鼻、古代の祭りを彩った炎のように真っ赤に燃える色の口唇、古代の氷のように透き通ったりんとして美しい歯、そして古代の雪のように白くすべすべの白い肌をしていた。

「山を登るべきか、下りるべきか」

 阿修羅は、一度世界から存在を消されている。消される前に、兄・邪闇綺羅から言われたことを、もう一度思い出した。

『お前は神に背いた罰を受ける。償うまで天の園には帰れないものと思え』

「償いの地が、ここなのですね」

 しかし、天からは何の返答もなかった。

「まだお一人で闇と氷の天の園で眠られているようだ」

 阿修羅は山を登る方を選んだ。山の上は神聖な力や命が集まるから、この世界の状況と、何か償いの手掛かりを得られるのではないかと考えたのだ。

「私は何のためにこの地に来たのか……」

 阿修羅が顔を山頂方面へ向けたとたん、足首の少し上までの長さの、明るく淡い白色のプリーツスカートをはいている女が、雪まみれの何かを重ねたものが載っているざるを抱えて、こちらを見ているのと目が合った。

 しまったと思い、瞬時に星晶睛から漆黒の瞳に変えるが、女は一直線にこちらに向かって駆けてきた。

「すごくきれいな赤紫色ですね!! どんな魔法を使えばその色が出せるのですか? それとも、信じる神様のお力ですか?」

 阿修羅は、絶句した。

 目の前にいる女は、白黒だった。

 そして、その姿は――

「私、セイラ=サザンクロスディガーといいます! あなたのお名前は、なんですか?」

 かつて阿修羅が栄光の都レウッシラから救い出した、歌姫・星羅せいらそのものだった。

 世界を白黒の濃淡に塗り替えるのは、りんの攻撃だ。

「璘がよみがえったか!」

 自分がここにいるのは、兄の不在の今、璘を倒すために違いない。

「まずは赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおんと連絡を取れるかどうか、閼伽あか閼嵐あらん霧府きりふ麻沚芭ましばも今の時代に生きているかどうかだ。氷雨ひさめは神器にしておいたから永久に動くはず。とりあえず、氷雨を探すことから始めるか。あとは魔族の王と人族の王のいるところへ行けば、三人のことがわかるだろう」

 阿修羅が雪山を下りようとするのを、セイラが遮った。

「あなたのお名前を、ぜひ教えてください!」

 阿修羅は困惑して白黒の少女を見下ろした。

 腰まである長髪。色があれば、クリーム色のはずである。プリーツスカートは、おそらくライトピンク色だ。黄色いはずの目はガラスベルのように涼やかに透き通り、まばたきするたびに心地良い音が響き渡るようである。その口からは、聖いものの威圧を放つ、歌姫の歌声が流れ出るはずである。

 だが、星羅ではない。

 生まれ変わったのかもしれない。星羅を死に追いやった張本人として、答える責任はある。

 だが、関わるまい。

 この娘は、私に関わることで運命を狂わされてきた。

「……ヴァン=ディスキースだ」

 阿修羅は正体を隠した。そして、この世界での名前を決めて名乗った。

「ヴァン、ディスキース……、素敵なお名前ですねっ」

 セイラは声の中で転がすように、ヴァンの名を口にした。

「それで、あの赤紫色はどうやって出したのですか? あなたは人間じゃないでしょう?」

 阿修羅――ヴァンは、人間として旅をした頃のことを、苦い顔で思い出した。同じてつは踏むまい。

「竜族だ。高位のレベルなので、人の姿をとることができる」

 竜族なら、人間に冷淡でも奇妙に思われないはずだ。セイラはうっとりとヴァンの瞳を見上げた。

「はあ……竜族ですか! さぞ美しい鱗なのでしょうねえ!」

 ヴァンは、このまますぐに別れるのがこの娘のためだと思いながらも、その声が聞きたくて質問してしまった。

「ここはどこだ」

「この世界の最北の地にある、北の山です。ずっと雪が降っているでしょう? ここはこの世界で一番寒いところです。でも、世界中いつもいろいろな天気でも雪が降っていますし、誰も驚きませんよね」

「なんだそれは?」

 思わず聞き返して、ヴァンはしまったと思った。自分からセイラに関わってどうする。

 しかし、失った歌声を、もう一度――

 セイラは嬉しそうに、長く美しい髪をつやりと光らせて翻した。

「もう日も暮れるし、私の山小屋にいらしてください。暖炉の前で、お話ししましょう!」

「……」

 ヴァンは、これから下界へ降りる際に、敵といきなり戦うのは無謀だと考えた。まず敵の情報を可能な限り蓄えた方がいい、今日はこのセイラにいろいろ聞いておこう、と理由をつけると、セイラの後に従った。

 雪の中を迷いもせず、セイラは山小屋にたどり着いた。丸木を積んだ壁に、三角形のうちの二辺のようにして、屋根が覆いかぶさってついている。壁からエル字でつながったティー字型の煙突が、屋根より高い位置に出ている。

「ちょっと待っててくださいね。見られて困るものは隠しますから」

 セイラが一人で中に入っていく。ヴァンは、雪の降る中で待っている間、何をしているのだ自分はと思い始め、このまま去ろうとしたとき、セイラが出て来た。

「さ、どうぞ!」

 中は二部屋あった。一つは居間、一つは寝室であった。居間にはかまどと暖炉の二役をこなす火があり、その上でセイラが二枚の平たく丸い大きなパンを焼いている。空いたスペースに、真っ白に凍った魚二匹も、転がされながら焼かれている。丸い木のテーブルに、イスが四脚ある。あとは、食糧を保存して食器を保管している場所があるだけで、もう部屋は人が一人ようやく歩ける幅しかない。

「……家族がいるのか」

 他に聞くべきことは山ほどあるのに、ヴァンは四脚のイスを見て尋ねた。

「……いない、と答えるべきなのでしょうが……」

 セイラはパンを見つめたまま、振り返らなかった。

「(この雪山で食物がとれるわけがない。家族が下界から持ってくるのだろう。しかし、ではセイラたちはなぜここに住んでいるのだ? いや、聞くまい。関わってはならない)。セイラ、この世界のことを詳しく教えてくれないか。実はオレは、最近までずっと眠っていたから、今の世界の時代に遅れてしまったんだ」

 セイラは驚きもせず、「それは大変ですね」と振り返ってから、パンの具合を見ながら説明しだした。

 この世界は、昔、大きな傷がついた。この星は、その傷をつけた者たちに復讐しようとした。その者たちの出現を許した連帯責任で、この星に住むすべての命の数を減らしにかかった。ところが、与えようとした罰が、消えてしまった。

 この世では、害を与えたとき、それによって復讐されない者も場所も、存在しない。

 この星は、空回りしだした。

 悪の報いのない世界に、存在したくなくなったのだ。

 この星は、魂が抜けて、誰も見守る存在のない、何の希望も起きない世界になってしまった。

 ただすべての命を埋めて葬ろうとして、白い雪が永遠に降っている。

 太陽と月は、変わらずこの星に光を与えている。

 しかし、この星はもう、今いる命たちを乗せてまわることを拒んでいる。

 この星が自らの中心部を見せたことがあった。太陽のように燃え盛る、雪のない暖かさに人々が身を委ねたとき、突然世界が白と黒の濃淡のみの世界になったのだった。

「どんなに大地に聖水を振りかけても、この星は怒りを解いてくれませんでした」

 星を祭ることを皆がした。立派な獣たちを、惜しみなく犠牲に捧げた。すべての宗教が祈禱きとうした。世界を汚した罪人を生贄に捧げた。一番上等な生贄である、国家の最高祭司の王族の子女すらその血を大地にまかれた。

 しかし、人々に色は戻らなかった。

 人間というものは、目に見えないものは自分の都合を優先するためにないがしろにするが、それを目にして認識したときは、ようやく本気で困るものである。

 人々は、その不満を、誰かにぶつけようと考え始めた。民衆は混乱していたし、支配層は面目丸つぶれであったため、「こいつの力が足りないせいで自分たちはまだ救われない」と、責任をなすりつけられる相手を作らなければならなかった。そうでなければ、社会が崩壊してしまうところまで達していた。

「……この北の山は、一番寒いところで、雪を降らせるこの星の怒りに、一番近いところだと思われました。そこで人々は一人の巫女みこを選び、星が怒りを解くまで祈り続けることを命令しました。その巫女は、歌を歌うとき、ほんの束の間、雪を止められたからです」

 ヴァンは遠い過去を思い出した。

「その巫女が私です」

 ヴァンはセイラを見ることも星羅を見ることも耐えられなかった。

 満月のような丸いパンが、膨らまずに平たいまま焼きあがった。

「食糧は神官が定期的に運んでくれます。山の下の情報は、断片的に聞かされます。人々は、白と黒の視界への不安から信仰を深め、同時に霊的な力を持つ者にすがっているそうです。しかし、偽者が混じっていて、人々の魂を喰う黒魔こくまが、人に姿を変えて近づいてくる場合もあるので、気をつけなければならない、とも」

「黒魔……?」

 ヴァンは片眉を上げた。初めて聞く言葉だ。セイラはもともとの皮が真っ白だった魚が焼けたのをトングでつかむと、パン一枚につき一匹をその上に置き、フォークで粗く身をほぐして、硬い骨を取ってから、広げた。そして端からくるくると丸めて細長い筒状にすると、包丁で切っていき、大皿二枚に載せた。そして、トマトをつぶしたものに香辛料を混ぜたソースを二つの小皿に入れると、ヴァンの目の前の机に並べた。

「はい、雪ざかなのロールサンドです!」

「……」

 ヴァンは、珍しくうろたえた。兄・邪闇綺羅じゃぎらと阿修羅は、実は魚が好物なのだ。天の園で星羅と三人で暮らしていたとき、それを星羅には知られている。この生まれ変わったセイラは、過去の記憶がわずかでも残っているのだろうか。星の怒りを一時和らげる、かつて阿修羅をも呼び寄せた、その歌声の力と共に。

 セイラは料理に無表情なヴァンを見て、少し不安気な表情に変わった。

「あの……おさかな、お嫌いですか? 竜族の方は……」

「いや。雪ざかなとはなんだと思って」

「ああ、これです!」

 セイラはざるの中の、凍っている残りの魚を手でつかんで見せた。雪のついた、真っ白い魚だった。

「氷の張った川の下にしかいないんですよ。氷の上に雪が積もるから、雪の下にいる魚、雪ざかなと呼ばれています。保存は雪で凍らせておくだけなんですよ。この山の川にはたくさんいるから、ときどき私もりに行くんです」

「そうか。お前にはそんな才能もあったのか」

「え?」

「いや。うまい」

 ヴァンはロールサンドを食べ始めた。セイラは安心して話し始めた。

 黒魔。その姿は、横から見ると、頭はトカゲの頭で、逆三角形の腹から下に伸びる脚、そして楕円形の立ち上がる尾、短い手の手首から体を支えるかのように先が鋭利な杖になって伸びたものが地面についているシルエットである。目も鼻も口もない。真っ黒だからだ。影のつき具合で、ようやく立体であるとわかる。物体の影に入ると、ほぼ溶けこみ、視認するのは非常に難しい。この星の罰が消え失せ星が空回りしだした頃から、見られるようになった。

 目的はただ一つ。人間や他の種族の魂を喰らい、その魂の今世と来世を潰し、永遠に奪うこと。

 これまでこの星に誕生したことのある者なら、たとえ有史以前の古代人であろうと、そっくりの姿に変身することができ、その姿で人々を欺き、喰うことに利用するという。

 ヴァンはセイラをぐっと見た。

「なぜお前はそこまで知っている。誰か神託に長けた者がいるのか」

「……私の歌の間、雪がむと、流れこんでくる気があるのです。きっとそれは――」

「(――この星の夢なのか。りんの攻撃ではないようだ。未知なる世界。私にこの世界をどうするとおっしゃるのですね)」

 ヴァンはセイラという、この世界の重要人物に出会えたことに感謝した。

「星の気を受ける場所へ、連れて行ってくれないか。ぜひともしたいことがある」

 セイラは迷った。ヴァンが黒魔の変身した姿で、祈りの場所を破壊しに来たのではないかと一瞬疑ったのだ。

 ヴァンは一度目を閉じた。そして、次に開いたとき、赤紫色の星晶睛せいしょうせいになっていた。

「この白と黒の世界で、黒魔にこの色が出せるのか?」

 あまりの美しさに、セイラはへなへなと力が抜けた。

「わかりました……。明日、ご案内します」

 セイラはヴァンに従った。夜、セイラは寝室で休み、ヴァンは居間で起きていた。阿修羅は睡眠をとらなくても生きていられる。

 いつも心の奥で頼りにしていた兄はいない。この星で何かを為し、成さなければ、生きられない。神の一柱として、試されているのだ。

 吹雪の中、少し欠けた月が照っているのが見えた。


 翌朝、北の山の山頂へ向かった。頂に、棒が立てられていて、上部に球がついている。その球には五芒星が刻まれていた。

 これは神を祀る神殿ではない。セイラが歌うための舞台だ、とヴァンが思ったとき、セイラが竪琴を取り出した。ユー字型の枠に、横木がわたしてあり、そこから弦が縦に連なっている。片手で持てるほどの大きさであった。

「本日の供物でございます」

 セイラは竪琴を一弦、はじいた。供物――歌を、捧げ始めた。

『題・雪の降る星の歌 作詞作曲・白雪


 怒り悲しみは 何を望むのか

 その答えを 示せば かなえるのに

 絶望しかない 共に滅ぶのか

 黙らないで 叫んで 愚かな者に』

 聞き惚れる歌声は、やはり今もそこにあった。

 吹雪が一瞬止んでようやく我に返ったヴァンは、星晶睛せいしょうせいでこの星の真北の真下に心の中で呼びかけた。

『この星の思念よ、この世界をどう思っているのだ。望みはなんだ。私にお前のことを教えるのだ』

 星の中心から、気が流れてきた。直接的な言葉ではなく、映像がヴァンの星晶睛に映し出された。

 かつて阿修羅が失敗した星方陣せいほうじん。阿修羅と世界は、神に世界を問うた罰を受けるはずだった。しかし、邪闇綺羅じゃぎらの成した星方陣で作られた複製の世界に、失敗した星方陣への罰である陣罰じんばつが移り、神々さえ移り、こちらのもとの世界はからっぽになってしまった。罰をしっかり受けた複製の世界の方が、世のことわりを受け止めたという祝福を受け、真の世界になってしまった。

 正当なものを盗まれた。

 罰のない世界が世の理を滞らせ自滅することは、神ならわかっていたはず。

 人間どもを救うことを選んだのか。

 憎い。

 神も、この世の命も、真のじぶんを見捨てたすべてが憎い。

 阿修羅は星の気に満たされて、はっきりと悟った。

「(私は、この星を救うためにここに来たのだ。自分の罪を償うために)――すまなかった。再びこの地に、失われたすべてを与えよう。四神も、神器も、受け取るがよい。私を、許してくれ」

 しかし、星の気は変化しなかった。

 複製の世界の消去と、邪闇綺羅と阿修羅の鎮座を望んでいた。

「……それは兄者の領域だ。私は決めてはならぬ。二つの星は育ってしまった。一つだけでは、もう一方の星から来た者たちまで、お前は養えまい」

 余った分は淘汰されるから構わない、という気の風が吹いた。阿修羅が迷っていると、憎しみを吐くようなじっとりとした強風が吹き始めた。

 山頂から大量のシルエットが噴出した。トカゲのような頭に逆三角形の腹、楕円形の尻尾。黒魔が地中から現れたのだ。その数、四十。

「待て! もう少し話を――」

 ヴァンに、黒魔が襲いかかってくる。ヴァンは、神刀・白夜びゃくやつきを抜き、その黒い刀身で黒魔に斬りつけた。斬られた黒魔は、血を流すこともなく、次々に消え失せていった。

「斬っても手応えがない。まるで本物の影を斬っているようだ。あっ!! セイラ!!」

 黒魔の群れは、セイラにも迫っていた。巫女の歌姫であろうと、関係ないのだ。

 しかし、セイラは慌てず、何か四角い札を頭上に掲げた。

「タロットカード・太陽!!」

 太陽の絵が描かれている、手にしたカードが突然光り、一瞬で黒魔のシルエットを消去していった。

 なんだあの力はと思いながら、黒魔が光に弱いことを瞬時に知ったヴァンは、白夜の月を両手で地面と垂直にして上向かせ、周囲に自分を囲む以上の大きさの炎の帯を発生させた。そして、それを一本の鞭のようにしならせると、黒魔たちに放った。炎に触れたとたん、黒魔は消滅した。

 四十体の黒魔はすべて消滅した。しかし、セイラのカードの光以外で黒魔の影がなくなった空間は、薄暗く汚れていた。この汚れは、何も生まれない、生かさない死の空間を形成している。触れれば、誰もが壊死する。黒魔が勝っても負けても、世界は死ぬのだ。

 この星はセイラの歌なら聴く。ならば、浄化の方法は決まっている。

 阿修羅は白夜の月を体の前で一気に回して満月を象った。聖なる剣振(けんしん・意味『剣を振ること』)の音が、場を清めた。

 黒く汚れた空間が、晴れていった。

 そして、星の気は沈黙し、吹雪になった。

 阿修羅は、北の山の山頂から風魔法で空に上がった。そして、すべてを失った世界の全方位を眺めた。

「この世界のことを、よく知る必要がある。そこから、共に歩む道を探していこう。待っていろ。私が戻るまで、待つのだ」

 雪風が、震えたように感じた。

 阿修羅からヴァンに戻り、下山しようとすると、セイラがとっさに白夜の月のさやをつかんだ。

「……」

 ヴァンが面食らっていると、セイラも顔を赤らめて慌てて手を離した。

「セイラ。ここはもう、祈っても何も変わらない。故郷へ帰れ」

「わ、私も連れて行ってください!!」

「だめだ」

 ヴァンは即座に答えた。あの歌声を聴けたから、もう十分だ。あとは幸せに暮らせ、セイラ。

「私のタロットカードの、残りを探さなきゃいけないんです!!」

「太陽のように光ったあのカードのことか。オレもあれは気になっていた。あれは何だ。まるで――」

 邪闇綺羅が壊してしまった月の神器の一つ・鏡である海月かいげつの波動に似ていた。懐かしかった。

「あの山頂に落ちていたんです。初めて歌ったとき、気がついたらあの棒の下に」

 ヴァンは目が険しくなった。星が与えたに違いない。自分を束の間癒すこの娘に、何か望みを託したのだ。

「タロットカードは全部で二十二枚あります。他にも同じ組のカードが世界各地にあると、気の流れで知りましたけれども、巫女としてこの山を離れられなくて……。全部集めた方がいいと、思っていたのですけれど」

 ヴァンは太陽のカードを思い出した。星の託した力。二十二の力を知れば、星の望みを見つけるのに必ず役に立つ。

「わかった。お前の心とカードの力を知り、この星を理解しようと思う。ついて来るがいい。……しばらくよろしく、セイラ=サザンクロスディガー」

 セイラは頬を紅潮させたような濃さを見せて、両手を組んで笑った。

「よろしくお願いしますね、ヴァン=ディスキースさん!!」


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