表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十九章 王の誓い
112/161

王の誓い第五章「璘(りん)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん、神によって呼ばれた正式な名前は赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう。真の名は神・邪闇綺羅。神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」。

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん――星方陣の失敗により死亡する。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫――星方陣の失敗により死亡する。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

魔神・阿修羅。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅の弟。刀の神器・白夜びゃくやつきを持つ。

 邪闇綺羅の世界を失敗させ、次の新しい種族で次の神の王の座につこうとしている、りん




第五章  りん



「憐れ憐れ、滅びゆく世界で世界を生かすことに傾くとは!」

 璘が腕組みをして、大声だけではやした。

 白き炎の守護姫は憎しみの目を向けた。

「私を操った償いはさせるぞ!! 璘!!」

 世界を滅ぼす剣は、璘を滅ぼさんとする剣に変わる。

 一方邪闇綺羅は、聖参剣せいさんけんのあけた空の穴を、鍵穴の大きさになるまで修復していた。ただし、その鍵穴は目に見えず、「ここらへんの空間」にあることはわかっていても、「どこにあるかわからない」穴だった。

「聖参剣でも破れない封印の鍵をかける!」

 紅晶闘騎は迷わず、十二種の大神器の中の月の神器の一つである、海月を取り出した。そして、鍵穴がある辺りの空間にさした。

 ところが、まわそうとしたとたん、海月が砕け散った。

 鍵が合わなかったというより、そもそもさしたところが鍵穴ではなく、かつて璘の呪いがあった場所だったようである。

「正確な鍵穴を探さなければならないのか……! そして、鍵は月の神器でなければ……世界を護れない……!」

 紅晶闘騎は仲間に叫んだ。

「悪いが月の神器を渡してくれ! 世界を覆うのに必要なのだ!」

 氷雨が水鏡の調べを、閼嵐が淵泉えんせんの器を、白き炎の守護姫が光輪の雫を投げた。阿修羅の白夜の月は、最後にすることにして、紅晶闘騎は空間から鍵穴を見抜こうと、呪い解除の力を出しながら、丹念に空をなでまわし始めた。

 璘が口の端とその上の目を歪めて笑った。

「ふふ、自ら武器を壊していくとは。面白い。全部砕けて邪闇綺羅の絶望する顔を見てやろう。それまではお前たちと遊んでやるとするか! 暇だしな!!」

 白き炎の守護姫・赤ノ宮九字紫苑が叫んだ。

「麒麟神顕現!!」

 龍のように彫りの深い、濃い土色の細長い顔に、雲のように象牙色に波立つ毛を持つ頭部と尻尾、そして黄色の鱗に覆われた背中、顔と同じ濃い土色の腹側、それに四本の獣の足がついている姿が見える。

 四神のうち隠された五柱目の神・中央の方位と土気を司る神・麒麟が、体についた香粉を振りまきながら地上に顕現した。一帯に、一気に芳香が広がった。

 精霊王・一式いっしき出雲が叫んだ。

「朱雀神顕現!!」

 両翼の長さと胸から長い尾の先までの長さのほぼ等しい炎の巨鳥、南の方位と火気を司る四神・朱雀が、体から散る火の粉を炎の蝶に変えながら、地上に顕現した。

 魔族王・閼伽あか閼嵐が叫んだ。

「白虎神顕現!!」

 全身金属の毛で覆われた白い虎、西の方位と金気を司る四神・白虎が、金属板を叩いたような音を一本一本の毛で立てながら、地上に顕現した。

 人族王・霧府きりふ麻沚芭が叫んだ。

「青龍神顕現!!」

 銅の長い青き龍、東の方位と木気を司る四神・青龍が、地上に顕現した。動いて起こす風が白く色づいて、光の筋のように鱗の一枚一枚にまとわりついている。

 神器の人形機械・氷雨が叫んだ。

「玄武神顕現!!」

 黒く輝く亀甲を持つ亀に絡みつく二匹の黒い蛇。その鱗は光を透過しながら深淵の濃い艶を放ち、黒いものの中で最も美しい反射を持っている。

 北の方位と水気を司る四神・玄武が、身を振った水飛沫を丸く固まった氷真珠に変えて散らしながら、地上に顕現した。

 紫苑が璘を睨みつけた。

「麒麟神の御力を、どうぞお貸しください!!」

 麒麟は地割れのような声を出した。

『今こそ我と共に戦う時!! 全力を出せ!!』

 麒麟から、広大な大地で安らいだ時の匂いが放たれた。それを一息吸うごとに、大地の力がみなぎり、どこまでも成長していけるような気がした。限界を突破し、何もかも成し遂げられるような気にさせる力を持っていた。神は神の認めし者を励ました。

 出雲が璘を睨みつけた。

「あいつを倒さなければ、この世界は先に進めない!!」

 朱雀はパチパチという、火によって何かがぜる音を立ててくちばしを開くと、炎の体の奥で深く暖められたような、重く、ゆっくりとした声を出した。

『世界を惑乱させる罪、共に償わせようぞ!!』

 朱雀から、吸うだけで体内に炎が駆けめぐるような、心地良い熱が充満する匂いが放たれた、体中が、香辛料を食べたときのように、バチバチ弾ける痛みを起こす。それは戦いへの気力の高まりを促した。神は神の認めし者を励ました。

 閼嵐が璘を睨みつけた。

「オレの民を、世界を破壊する自分の欲のための捨て駒にしやがった!! 魔族も世界も憎み合わせた!! 許すわけにはいかない!!」

 白虎は金属の牙が嚙み合う音を立てて、声を出した。

『世界は奴に勝って示さねばならぬ!! 誰も犠牲になってはならないということを!!』

 白虎から、ひどく重い匂いが放たれた。吸うだけで金属を体内に落としこんだように苦しくなる。それは虐げられ続ける魔族とそして世界を救いたいと願う、魔族王の責任に変わった。神は神の認めし者を励ました。

 麻沚芭が璘を睨みつけた。

「和解をことごとく破る偽りの神、王のそろった今でなければ、いつ倒せるというんだ!!」

 青龍は、風が森中を抜けて枝を揺らすような、広がっていく低い声を出した。

『世界の想いを、無にするな!! 王としての責務を、果たすのだ!!』

 青龍から、一息吸っただけで体中に心地良い風が吹き荒れる匂いが放たれた。体内を浄化してくれるだけでなく、花々が一斉に咲きそろった甘い香りが爽やかな春風に乗って、目の前に広がるような気さえした。神は神の認めし者を励ました。

 氷雨が璘を睨みつけた。

「こいつに、私の大切な仲間も、世界も、翻弄されてきたのだ!! 私たちは、自分の望みしか赦さないこいつに、負けるわけにはいかない!!」

 玄武は、滝のような瀑音ばくおんの声を出した。

生命いのちは生きることを主張する権利がある。我と共に、声を張り上げよ。死を覚悟した者だけが、戦場に立つことを赦される!!』

 玄武からの匂いが体内に入ったとき、氷雨は全身から川のせせらぎの音が聞こえた気がした。その心地良い響きは、神器となった自らの体をめぐって共鳴しているから生じているのであった。神は神の認めし者を励ました。

 璘はまばたきのない目で十体を一度に視界に入れた。

「ふっふっふっ、四神五柱にその使い手か!! 世界があがいておるわ!! よかろう、邪闇綺羅じゃぎらの世界の最強ども、かかってくるがいい!! お前たちに未来などなかったことを知ったときのお前たちの顔……ヒッ! 見せてもらうぞ!!」

 それを想像して酔いが回ったように目を一回転させると、璘が両刀を高く掲げた。

 土気の麒麟が咆哮した。

割屹かっきつ立新りっしん!!』

 大地を盛り上げ、新しい山が作られる。初々しく、瑞々(みずみず)しい焦茶こげちゃ色の土だけの山が、尖りきって璘に迫る。

 火気の朱雀が咆哮した。

朱雀すざく炎爛えんらん!!』

 朱雀の体ほどある直径の火柱が、璘に向けて直射される。

 金気の白虎が咆哮した。

白虎びゃっこ千針せんじん!!』

 白虎のすべての金属の毛が一度に新しく生えると、元の毛が針のように抜け、璘に突進した。

 木気の青龍が咆哮した。

落鱗らくりん風紙ふうし!!』

 青龍の鱗がすべて外れ、半透明に輝く五角形の刃となって、無数に空を埋め尽くすと、璘をあらゆる方向から切り刻もうと向かった。

 水気の玄武が咆哮した。

神流じんりゅう玄水げんすい!!』

 邪闇綺羅の力に隠れて引き出されなかった力、神の黒い水が、急流の川のように璘に押し寄せていった。

 五行の神の攻撃が同時に向かったとき、紫苑たちの誰もが勝てると思った。

 しかし璘は、天と地をつんざく声を出した。

比和ひわ!!」

 比和とは、火気と火気、土気と土気のように、同じ気で高めあう関係のことである。

 璘は自分の体から、五行の五つの力を発すると、麒麟の土気に自らの土気を、朱雀の火気に自らの火気を、白虎の金気に自らの金気を、青龍の木気に自らの木気を、玄武の水気に自らの水気をぶつけた。そして、押し合わせた。

 同時に五つの力を出し、神の五撃と競り合うだけでも驚嘆すべきことなのに、璘の出力はさらに上がり、倍になると、遂に四神五柱に向けて四神五柱の力もろとも三倍返しを行った。

 四神五柱に直撃し、神々の咆哮と共に、一同に衝撃が走る。

「神の力が……五柱同時でも負けたッ!?」

 紫苑は白き炎の守護姫として、即座に臨戦態勢に入った。

 璘が瞳孔を開いて大笑いした。

「はははは!! そうだ、その顔だ、もっと見せろ!! ルシナ様の後継者、天界最強とうたわれたりんの力を思い知ったか!! いいぞ、この私を畏れよ!! もっとその目で私にひざまずけ!!」

「――!!」

 紅晶闘騎はこれを見て焦り、少しひっかかりのあった空間に淵泉の器をさした。

 しかし、まわそうとしたとたん、淵泉の器は砕け散った。

 そこは世界の穴を塞ぐ鍵穴ではなくて、かつて璘の呪いがあった場所だったようである。

「あと、三回しか試せない……!!」

 紅晶闘騎は、答えを探さなければならないことと、皆を助けに行けないもどかしさに苦しんだ。

 四神五柱が白き炎の守護姫たちに素早く教えた。

『璘は我らの力と己の力を混ぜて増幅させ、支配してくるようだ。同じ気で攻撃すれば残念ながら璘に分がある。璘の攻撃に対し、別の気で攻撃するしかない。力を貸せ!』

 麒麟が黄色の土気を璘に放った。もはや技に力はない。気のみの力で、押すか、押されるかである。

 璘がまぶたのない目を向けた。

「神のくせに学ばないのか。私に勝てるはずがないということを! さあ、私にその顔を見せろ!! 比和!!」

 璘から土気が放たれた。麒麟の土気を押し返そうとしたとき、朱雀が赤色の火気を麒麟の土気に放った。麒麟の土気が、火気の勢いを得て璘の土気に対して盛り返した。

相生そうしょうか!」

 相生とは、あるものからあるものが生まれるという二つの気の関係のことである。火で燃えたものは土になる。火気と土気は「火生土かしょうど」、相生の関係である。璘が火気も比和にしようと火気を出すと、青龍が青色の木気を朱雀の火気に放った。木は火を燃え上がらせる。木気と火気は「木生火もくしょうか」、相生の関係である。朱雀の火気が、木気の勢いを得て璘の火気に対して盛り返した。

「ええい、いまいましい!!」

 すぐに三倍返しできない璘が、いらいらしながら木気も比和にすべく同じ気を放った。すると、玄武が黒色の水気を青龍の木気に放った。水は木を生かす。水気と木気は「水生木すいしょうもく」、相生の関係である。青龍の木気が、水気の勢いを得て、璘の木気に対して盛り返した。

ざかしい!! 一つの気に二柱で私に向かうとは!!」

 璘が水気を比和にしようとすると、白虎が白色の金気を玄武の水気に放った。金属の表面には水が生じる。金気と水気は「金生水きんしょうすい」、相生の関係である。玄武の水気が、金気の勢いを得て璘の水気に対して盛り返した。

 璘が金気を比和にしようとしたが、麒麟の土気が追いついた。金属は土の中にある。土気と金気は「土生金どしょうきん」、相生の関係である。

 五行は相生でつながった。そして、璘の五行と半分ずつずれて、先行することに成功した。璘の一つの気に対し、常に二柱の気をぶつけることで、拮抗している。

「こんなもの!! 呑みこんでやる!!」

 璘が五行の気を回転させる。四神五柱も五行の気を同じ速さで回転させる。互いに同じ地点で回る、美しい五色の渦巻きのあめのようである。

 璘が集中するこの機を、五人は逃さなかった。

 白き炎の守護姫が麒麟神紋、出雲が朱雀神紋、麻沚芭が青龍神紋、氷雨が玄武神紋、閼嵐が白虎神紋を出しながら、璘に斬りつけた。

 右手の刀で四神五柱と五行の気を押しあっていた璘は、左手の刀で透明な膜を出し、五人の神紋と押しあった。

「おおおおー!!」

 魂を削る雄叫びを五人があげる。白き炎の守護姫の神剣・麒麟からは火花の代わりに土が散る。出雲の神剣・朱雀からは炎の蝶が散る。麻沚芭の神剣・青龍からは風が散る。氷雨の神剣・玄武からは水が散る。閼嵐の神剣・白虎からは金属球が散る。

 四神五柱と五人の同時攻撃。

 これで破らなければ――

 五つの神剣を持つ手に力がこもる。

 だが、透明な膜の向こうで、璘が顔色一つ変えず問いかけた。

「これがお前たちの持てる力のすべてか。興醒めだな」

 そして、両手の刀を振った。一気に出力が跳ね上がり、五人と五柱は吹き飛ばされ、五行の比和で地に叩きつけられた。

「ガハッ!!」

「う、ぐっ……!!」

 血を流す一同は、璘が傷一つついていないのを見て、歯を食いしばった。

「天界最強とは、ここまでなのかッ……!!」

「五行の相生そうしょうが効かなかったとは!!」

 璘は望みの景色を見て喜びに満たされた。

「私と正面から戦って勝てる者はいない! 運命の扉を開くとき、二回殺されて三回目に力が失われると聞いて、私は三度目の攻撃に備えてルシナ様の禁止術を得たのだ。すなわち、完全防御と完全攻撃だ。一筋も傷をつけられず、一撃も外さない二回攻撃。もちろん、制約はある。物理攻撃にしか返せない。それでも運命の扉の三度目の攻撃をしのぐのには、完璧であろう? ……そして、今も!!」

 璘は、璘の力の秘密に圧倒される五柱五人に、目玉を一回しすると、土気の麒麟に青色の木気を放った。木は土の養分を使うため、木気は土気を弱める。相手の気を滅ぼす、相剋そうこくの一つ「木剋土もっこくど」である。

 麒麟を助けるために白虎が力を出そうとすると、璘は金気の白虎に赤色の火気を放った。火は金属を溶かすため、火気は金気を弱める、「火剋金かこくきん」の相剋である。

 白虎を助けるために玄武が力を出そうとすると、璘は水気の玄武に黄色の土気を放った。土は水を堰き止めるため、土気は水気を弱める。「土剋水どこくすい」の相剋である。

玄武を助けるために青龍が力を出そうとすると、璘は木気の青龍に白色の金気を放った。金属は木を切るため、金気は木気を弱める。「金剋木きんこくもく」の相剋である。

 青龍を助けるために朱雀が力を出そうとすると、璘は火気の朱雀に黒色の水気を放った。水は火を消すため、水気は火気を弱める。「水剋火すいこくか」の相剋である。

 朱雀を助けるために麒麟がなんとか力を出そうとしても、既に璘の青色の木気に押されていて、「木剋土」から逃れられない。

 四神五柱は、弱点の属性で攻撃され、完全に手も足も出ず、体が削られていった。修復する五人も五柱の回復に力を奪われ、身動きが取れない。

『いかん!! このままでは!!』

 五柱が体勢を立て直そうと何度も試みるさまを見て、璘は目一杯に目を突き出して大笑いしていた。

「神よ、私の下を歩く者たちよ、はいずり回れ!! その踊りで私の足の裏でもくすぐってもらおうか!! もっと叫べ、もっと焦ろ!! 私の敵になったことを後悔しろ!! ひと欠片かけらも残さず死にながらなあっ!!」

 四神五柱が削れながら修復を繰り返し、咆哮をあげる。五人も急激に弱っていく。白き炎の守護姫は刀を地面に突き刺して、体を支えた。

「四神五柱はこの世界を守る神である! その守り神を、畏れ多くも消そうとは……!! 神は世界の心そのものだ、失ってはならない!! このまま璘に負けるわけには、いかない!!」

 白き炎の守護姫は、これまで白き炎で悪を灼いて身に受けた穢れをすべて、神剣・麒麟に集めだした。これまで出会ったすべての悪を思い出し、憎悪の念を募らせる。

 璘は悠然とそれを眺めていた。

「神の戦士では勝てぬとみて、悪鬼にちて戦うか。いや、滑稽こっけい滑稽こっけい

 四神五柱は白き炎の守護姫の意図に気づいて、東西南北中央に分かれ、白き炎の守護姫を麒麟のいる中心に置いた。五柱が叫んだ。

『皆の者!! 世界の中心の器に力を集めよ!!』

 五柱と出雲たちは、白き炎の守護姫に力を送った。しかし、璘を倒すには遠く及ばない量である。そして、白き炎の守護姫の憎悪は善なる心を食いつぶしにかかっている。

 璘が両刀を大きく広げた。

「悪の力で勝とうとは、この世界の象徴に、まさにふさわしい!! 来い!! “正義”が勝つところを、見せてやる!!」

「紫苑……!!」

 出雲たちは紫苑の闇を、固唾かたずを呑んで見守っている。

 ――第三の最強の力を、最大限に引き出すしかない。

 紫苑はそう考えて、最大に世界を憎み、最大に世界を愛する気持ちを引き出していた。しかし、世界を憎むのは簡単でも、同じだけ愛することは、難しい。気を緩めるとすぐに悪の場面が心をかき乱す。均衡を最高に保つのには、非常に高い集中力がいる。酔ってはならぬ。溺れてはならぬ。冷徹に、愛と憎しみを解放せよ。

 冷静に世界を眺めることになり、ふと、自分が世界の終わりに立っているような気がした。

「自分の世界の終わり」だ。

 この戦いを終えたとき、後には何も残らない気がした。邪闇綺羅様がいてくださったとしても、燃え尽きた自分さえ、いるだろうか。それほど、戦いしかない人生だった。

 遂に報われるときが来たのだ、来たのか――。

 闇が逆巻く。白き炎の守護姫は剣であやす。

「ねえ神様、私はここで戦うために生まれてきたんだね。運命って、全力を出すようにできてるんだね。ここで私が死んでも、神様は本当は困らないんでしょ? だって、私は『ここで戦うために』生きてきたんだものね。それが『本当の私の運命』だったのでしょう?」

 邪闇綺羅が関わらなかったときの、本当の運命。それこそが、今であった。穏やかに口角を上げる白き炎の守護姫の瞳の端に小さい粒が光った。

「ねえ神様、私がんばったよね。ここまで生きるの、がんばったよね。だから、もし勝てたら、一つだけお願いしてもいいよね」

 白き炎の守護姫の悪の炎が九十九まで傾いたと思うと、残りの一の炎が強く輝き、九十九と同じだけの光を放った。

「たとえ百のうち九十九まで人を憎んでも、最後の一だけは人を信じる! その一が九十九に等しいまでに!! 私は最後まで世界で一番人を信じる!!」

 陽の極点の力が闇と共に力を増していき、どこまでの闇にも染まりきらない究極の神の戦士が誕生した。

 それを璘が見下ろしながら咆哮した。

「来い!! 白き炎と剣の舞姫!! 神の力に、激敗(げきはい・意味『激しく散り敗れる』)せよ!!」

 白き炎の守護姫は白と黒の炎をうねらせた。

「私の撃剣のすべてを懸けて!! 神の戦士、いざ参る!!」

 上体を深く前に倒して、璘の懐に飛びこんだ。

 璘の右手の完全攻撃は四神五柱を撃っている。白き炎の守護姫と璘の左手の完全防御がぶつかり、光の線を出し続ける。

「四神五柱の力を借りた神の戦士か! 私が一瞬でも反撃に移れなかったことは褒めてやろう! ふっふ、しかしその力はいつまでもつかな? そうらそら!」

 璘が透明の膜を膨らませて、神剣・麒麟ごと白き炎の守護姫を呑みこみにかかる。白き炎の守護姫は白と黒の炎を増して、膜を斬り裂こうと必死である。

「負けてたまるか……!! ここで勝てなければ、私が生まれてきた意味がない!!」

 こんな必死なときなのに、かつて倒した陰の極点・ゆるばるかを思い出した。あれからずいぶんいろいろなことがあった。これからも私、生きていけるのかな。

「ははははは!! どうした!! もっとあがけ!! これで終わりか!! もっと死力を見せろ!!」

 璘の声で、一瞬で現実に戻る。膜が迫る。だめなのか? 最強の私でも、勝てないのか?

 九十九の悪がえる。それがしぼんだとき、一つの光が急に点火したように燃え上がった。

 ――諦めるな!! 今までずっと、そう思ってきただろう!!

 白き炎の闘志が再び湧き起こる。

「そうだ……!! そうだ……!! 負けるものか!! 命のすべてを信じるのだあーッ!! 私はそのために生まれてきたのだあーッ!! こんな苦しい世界なのにーッ!!」

 それを見た黒き炎がふるつ。

「私はこの力で身勝手に周囲の正しい人間しか救わないことはしない! 必ず世界のすべてを救ってみせる! すべての正しい道理を守ってみせる! 私にそれを受ける資格があるというのなら、神よ、私にその力をお与えに! 命ある限り戦うことを誓えます、だから悪をく眼を奪わないで! たとえ悪徳を一生見続けたとしても、私の瞳の結晶に光の輝きを失わせはしないからー!! 神よ、私の捧げるこの身に、降臨せよーッ!!」

 善悪すべてをへだてなく持つ神気の柱が、白き炎の守護姫に落下する。

 世界を憎んで磨いた力が、世界を守るための剣になる。

 世界の最後の敵は、今、勇者になる。

「うおおおおー!!」

 白き炎の守護姫の神剣が透明の膜を押し始める。

「神降ろしか!! こしゃくなッ!!」

 璘も刀に力を込める。光の線が球の花を咲かせるように飛び散る。

 白き炎の守護姫は、神気をどんどん器に受け取り、出力を高めていった。強大すぎる神気を身に宿すことで、この身が滅びても構わなかった。

「私でなくて、誰がやれるか!!」

 神気が紫苑を取りこみ始め、地上の生命いのちとしての存在を消されそうになる。

 これまでの人生で世界を最大に愛し憎んだ記憶が、白き炎の守護姫の存在を地上のものとして、かろうじてとどめてくれている。

 しかし、璘を倒す一撃にまで育たない。このまま器を続ければ、白き炎の守護姫は神気の一部になって形が崩れ去るであろう。

「くっ……!! 限界なのか!? 負けるのか!? こんな欲に溺れた神一柱に、世界は負けてしまうのか!? 受け入れることなど、できない!!」

 白き炎の守護姫が神剣を握りしめて叫んだとき、白き炎の守護姫の両手に小さい手と女性の手が置かれた。

「!?」

 白き炎の守護姫の目の前に、死んだはずの霄瀾と空竜が浮かんでいた。死後の霊だと、神気を受けた白き炎の守護姫には一瞬でわかった。

 空竜は白き炎の守護姫に何も言わせず、微笑んだ。

「紫苑、確かにあなたはこれまで世界中の人にうとまれてきたわ。でもね、」

 霄瀾も白き炎の守護姫に泣かせず、微笑んだ。

「紫苑はそれでも世界を信じることをあきらめなかったよね、だから!」

 二人は両手を空に向けて広げた。

「今、世界はあなたを信じる人でいっぱいなのよ!」

 占いで空竜からすべてを伝えられた帝が、人々に、剣姫に祈るように号令を出していた。魔族も占いでそれを知り、共に祈っている。人族と魔族が、共に一つの願いを願ったのだ。同時に、これまでに関わったすべての生命が、占いで剣姫の戦いを知り、同じ一つの願い――「自分の答え」を、紫苑に送るために祈った。

 白き炎の守護姫、赤ノ宮九字紫苑は、祈りが集まる神剣が、強大な光に包まれていくのを震えと共に見つめていた。

 誰とも関わらなかった頃、私は人から拒絶されていた。

 でも、世界中を旅して、関わったら、助けられることと、変わっていけることがあった。いつの間にか、世界中の生命と、知り合うことができた。生きていて、よかった、信じることをやめないで、よかった……!!

 空竜と霄瀾が、空から届いた光を両手で神剣に伝えきった。

「さあ、世界の想いを受け取りなさい。あなたはみんなの想いと共にある!!」

 神剣でなければ耐え切れなかったであろう、この世のすべてがうねるようにほとばしり、地平線まで届かんとする、気の長剣になった。

 触れただけで、璘の完全防御の透明の膜に亀裂が入った。

「なっ!?」

 璘が驚く間もなく、白き炎の守護姫が長剣を振りかぶった。

「璘!! 貴様に対する世界の答えを、受けるがいいっ!!」

 璘は一瞬息がつまった。これは物理攻撃ではない!! 私が世界を滅ぼす式に対する、世界の解答だ!!

 璘は答えを罰することができない。罰を与えることができるのは、愛の力だけだからだ。

「貴様らァァァァァー!!」

 絶叫と気の光が消えたとき、璘は真っ二つになっていた。

「ガハアアッ!!」

 白き炎の守護姫・赤ノ宮九字紫苑も、頭頂から地面に倒れ伏した。神気と世界の答えを背負って、もう自身は何も考えられないほど疲弊していた。

「紫苑!!」

『よくやった!!』

 出雲たちが駆け寄り、四神五柱が近づこうとしたとき、璘の左胸の朱い円盤の仮面の、残った下半分が砕け散った。

 朱い光が放たれ、璘が体を元に戻しながら生き返り、起き上がると、怒りに血走った目で、その刀で紫苑を串刺しにしようとした。

「紫苑!!」

 出雲が飛びかかるより早く、紫苑の体は宙に浮き、空に引き上げられた。

 紅晶闘騎が、紫苑を姫抱えしていた。出雲たちは、しばらくは紫苑を紅晶闘騎が守ってくれるとわかって、ほっとした。

 璘が怒りで目を充血させている。

「その小娘をよこせ邪闇綺羅じゃぎら!! 畏れ多くも神の王を手にかけた罪、赦せぬ!! 私が斬り裂いてやるッ!!」

 璘が完全攻撃で放った五行の気を、撃ち落とした者があった。

「……阿修羅!!」

 阿修羅が左手で右肩を押さえながら、神刀・白夜びゃくやの月で気を放っていた。

「う……」

 紫苑はわずかに目を開けた。愛するお方の顔が見える。

「早く世界に鍵をかけて、覆わねば……!!」

 紅晶闘騎は、また空をなで回し、ひっかかりのあった部分を見つけて、神器・水鏡の調べをさしこんだ。

 しかし、まわそうとしたとたん、水鏡の調べは砕け散った。

 そこは世界の穴を塞ぐ鍵穴ではなく、かつて璘の呪いがあった場所だったようである。

 月の神器は、残り二つである。

「どこが鍵穴なのだ!!」

 焦る紅晶闘騎と、空を、紫苑は力なく、黙って見比べている。

 璘が馬鹿にしたように口を歪めた。

「何かと思えば、兄に斬られた不出来な弟ではないか! 死ななかったのは兄の憐れみか! その瀕死の体で何か御用かな? まさか、私と戦えるとでも思っているのかな?」

 阿修羅の体は、紅晶闘騎に斬られたあとの止血をした程度にしか回復していない。阿修羅は風の力で出雲をそばに呼び寄せた。

「なんだよ!? 朱雀神の『生』のことわりでも喰って回復するのか!?」

 阿修羅はやっと立っている状態で、己の神刀・白夜の月を出雲に渡した。

「私は今、とても戦える体ではない。一式出雲、私の式神となり、お前が璘と戦うのだ!!」

「!!」

 それを聞いて、四神五柱・閼嵐・麻沚芭・氷雨が、阿修羅と出雲を守るように囲んだ。紅晶闘騎、白き炎の守護姫、阿修羅が動けない今、阿修羅に力を託された出雲を、全力で援護すべきだと考えたのである。

 璘は余裕を持ったまま、鼻の穴を剝き出して笑った。

「神の式神? 精霊王とて、なれるものか! 五行の式神になった者しか、神気を降ろせぬのだぞ。死にぞこなって、正常な判断力を失ったか! ははは、いいざまだ!」

 それを聞いて、出雲は、はっとした。阿修羅がうなずいた。

「一式出雲、お前は五行の式神になってきたな」

「ああ……。紫苑の力で火気の炎の式神、露雩の力で木気の雷の式神、九字万玻水くじ・よろはみの力で金気の式神、河樹かわいつきの力で水気の式神、そしてもう一度紫苑の力で土気の式神になった」

 阿修羅は右手を出雲の額に押し当てた。

「お前は五行の力を宿したことになる。我が力に応えよ!! 神式しんしき出雲いずも天騎てんぎ降臨こうりん!!」

 出雲は光の竜巻に囲まれ、神気に洗われていった。竜巻が失せたとき、白い竜の鱗のついた武具に身を固めた神式の天騎・出雲が、真っ黒な神刀・白夜の月を手にして現れた。武具の白色も、武具の縁取りの黄色も、白夜の月に夜の中のきらめきを与えている。

「天騎出雲!! 私の力を受けて、ゆくのだ!!」

 阿修羅が出撃する出雲に力を送った。四神五柱・閼嵐・麻沚芭・氷雨も、璘の完全攻撃に気をぶつけて、出雲の助けにならんとする。璘は、出雲が本当に神の式神・天騎てんぎになったことに少なからず驚いていたが、睨み上げた。

「白き炎の守護姫ほどの力では、ないな!」

 天騎出雲は神剣を振りかぶりながら、剣に力のすべてを注ぎこむ。

「紅晶闘騎様、鍵穴の条件は何ですか」

 姫抱えをされながら、紫苑が世界の穴を塞ごうとしている紅晶闘騎に尋ねた。神は空を見回しながら答えた。

「世界の中心だ。世界を覆える、かなめである。どうしても、見つけられない。璘の呪いの惑わしがなければ、すぐに触ってわかったのだが」

 紫苑はそれを聞いて、急に意識がはっきりしてきて、一人で白き炎の翼で宙に浮いた。

「紅晶闘騎様、私とあなたについての母・璃千瑠りちるの予言を私は覚えています。私は世界の終わりに一人立っている、あなたは世界の初めに一人立っている。つまり、世界の中心は、世界を始めようとするあなたと、世界を終わらせようとする私の、間ですわ!」

 紫苑は紅晶闘騎の手を取って共に神器・光輪こうりんしずくをつかむと、二人の間にある空にさしこんだ。

 鍵が、まわった。

 リ・リン・リ・リン・リ・リン・リ・リン……。

 美しい金属を光で叩いて出たような音――玲瓏れいろうが、世界中に鳴り響いた。

 その全身が力漲る音を聴きながら、紫苑はある重大なことに気がついた。

「――!? 穴がない!!」

 出雲を式神にすることで穿たれていた、胸の中央の穴が、失せていた。

「出雲!! あなた……あなた、まさか!!」

 璘は、四神五柱の力に比和の完全攻撃を放ち、閼嵐・麻沚芭・氷雨の神紋攻撃を押し返し始める。そのまま、天騎出雲を撃ち落とそうとする。

「クッ……!!」

 天騎とはいえ、出雲は紫苑の出力には及ばない。この一撃は、少しも防御にまわせない。それだけではない。出雲は、この一撃に全生命力を与えていた。

「みんなが守りたいと願う、この世界のために!!」

 璘の完全攻撃が天騎出雲に迫ったとき、六本の矢が割って入った。五本の矢が一本ずつ朱雀、麒麟、玄武、白虎、青龍の神紋を描き、六本目が星方陣と同じ五芒星を描いて五つの神紋を一気につないだ。

 璘の比和に相剋そうこくとなってぶつかり、出雲の盾になって比和をそらした。

 出雲が気がついたとき、涙をこらえた空竜が、微笑んでうなずいていた。

 璘の完全攻撃を回避し、天騎出雲が璘に向かって跳躍した。

 璘が刀を振り上げて、完全防御の膜を出した。阿修羅が天騎を援護して、完全防御を破ろうと自らも神力を放つ。璘がえた。

「失敗作どもめ、あくまでこの私に刃向かうか!!」

 出雲が怒鳴り声を落とした。

「バカヤロー!! 失敗作はてめえの方だ!!」

「なんだとッ……!?」

 璘が怒りで目を朱に染めた。出雲が叫んだ。

「ルシナ様を裏切って、全部失ったのはてめえのせいだろ!! 全部持つはずだった!? バカ言ってんじゃねえ!! てめえの力で持ったものなんか、何一つねえだろ!! ルシナ様の力、二柱の神の命、全部もらいものだろ!! そうやって何の苦労もしねえで、一度も失敗しない奴こそ、失敗作だ!! てめえは世界の何十分の一も知らねえ、神などに到底及ばねえ、半端な未熟野郎だ!!」

 璘の目が朱色以外を失った。

「し……失敗作……未熟だとおおおー!!」

 完全防御が憤怒に乱れている。阿修羅は膜をひび割るだけで破れず、唇を嚙んだ。

「精神が乱れた今こそ好機!! ぐうっ、私にあと少しの力があれば――!!」

 このままでは天騎出雲の剣は、璘の完全防御を砕くだけで終わってしまう。

「一部だけでも、破れれば――!!」

「――おとうさんのかくご、ボクはずっと覚えてるから!!」

 出雲が気がついたとき、人生で一番、目の光を鋭くした霄瀾が、出雲と璘の完全防御の間に割って入っていた。

神破陣しんぱじん!!」

 神をも破る最強のまじないやぶりが、阿修羅の神力でできた膜のひび割れを伝い、一瞬で三日月形の穴を開けた。

「一秒もたない!! おとうさん!!」

 息もせず、天騎出雲は黒い神刀・白夜の月を三日月に沿って振り下ろした。

 黒い月の刃を受けてり返った璘は、血飛沫を天まで上げて、朱い三日月の弧を盛大に見せた。

 ゆっくり、ゆっくりと、頭から地面に投げ出された。

 二回殺されても生き返る。しかし、三回目はない。

「いやだ……死にたくない……!! 神の王になるはずだったのだ……!! どうして……どうしてその私が、……」

 璘の朱色の瞳から血の気が失せていく。

「……三度も負けるのだ……!?」

 瞳に潤いだけが残る。

『璘……璘!』

 不意に、璘を呼ぶルシナが現れた。

「ル……ルシナ様……!!」

 こんな負けた姿を見られて恥ずかしいという思いと、期待に応えられず運命の扉を開けられなかった情けなさが、ルシナが邪闇綺羅を選んだ憎しみよりも先に出る。

『璘。また私と共に暮らそう。ここも広いが、私のいるところもまた同じくらい広い』

 璘は世界のことなど忘れてしまうくらい気持ちが動いた。

「私を、またおそばに置いてくださるのですか」

 なぜか、璘から傷の痛みが消えていった。感覚もなくなり、白い光に包まれていく。ルシナと共にいられるだけで、何もかも失ってもいい気持ちになっていった。

『神の王はもういいのか』

 ルシナに尋ねられて、璘はルシナの手をつかんだ。

「望みは、もうかないました。私は、世界いまから逃げ、ありもしない未来の世界くうそうを夢見ていただけでした。どの生命も、神でさえ、今この一秒から逃げてはいけなかったのです。私は邪闇綺羅への怒りに駆られて目をくもらせていました。三度も負けて、当然です」

 子供が親を前にして素直になるように、璘は冷静に邪闇綺羅の世界をたたえた。ルシナは璘の手を握り返した。

『私に再会して、元の天界最強の力と知恵を取り戻したようだな。これからはずっと共にいよう、りんあるじさずか。お前がもしその冷静なまま生きていたら、運命の扉を先に開けられたとしても、邪闇綺羅のよき相談相手になれたであろうな』

 ルシナに手を引かれて、璘・主授は世界から去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ