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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十九章 王の誓い
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王の誓い第二章「阿修羅(あしゅら)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん、神によって呼ばれた正式な名前は赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう。真の名は神・邪闇綺羅。神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」。

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん――星方陣の失敗により死亡する。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫――星方陣の失敗により死亡する。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

魔神・阿修羅。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅の弟。刀の神器・白夜びゃくやつきを持つ。

 邪闇綺羅の世界を失敗させ、次の新しい種族で次の神の王の座につこうとしている、りん




第二章  阿修羅あしゅら



 邪闇綺羅は紅葉橋の前の平野で、神の双剣ディルキータを抜いた。二刀とも、邪闇綺羅の神気を受けて白く輝いている。

 阿修羅は自ら創った最高傑作の神刀・白夜の月を正眼に構えた。緩やかな反りの黒い三日月のような刀身が、周りの光を吸いこむかと思えるほど深い色を秘めている。

「阿修羅。星羅を育んだ人間たちを赦せぬというのか。いずれまた星羅のような者が世界に現れ、生きていくのだと思わぬのか」

 兄の問いに、弟は耳を貸さなかった。

「人間は、また星羅を殺そうとしますよ。人間とは、虚しい生き物です。悪いものは自分が復讐されるのが怖くて殺せないくせに、良いものは復讐されないから平気で壊す。悪人に敵対したらその場で復讐されるように、良いものを殺しても人生をかけて神に復讐されるとも知らずに。今日自分が助かるなら、良いものを一つ殺しても構わないのです。そんな卑怯な種族に未来はありますか? 次の種族を創るべきです」

「阿修羅。命たちが生きるということは、絶望することではない」

「……ッ!!」

 阿修羅は顔が朱色に変わった。

「……私には……できませんっ!! ここまで裏切られて、赦すことなどできませんっ!!」

 阿修羅の白夜の月が黒色から紫色に変わった。

かぜなりわたれ!!」

 緩やかな反りの紫色の三日月のような刀身から、巨大な三日月の突風が次々と突進した。

 かぜなりわたれの三日月は大地の命を根こそぎ削り奪いながら、四方八方からまわりこんで邪闇綺羅を狙った。平野に無数の深い裂け目ができた。

 邪闇綺羅はディルキータ・右を天に突き上げた。

雷雨らいう経刺けいさ!!」

 のたくった稲妻が、どしゃ降りの雨のように次々と現れ、一つも漏らさずかぜなりわたれの三日月の突風を地面に突き刺し、閃光と爆発を起こした。平野は大きな衝突の穴で埋め尽くされた。

 阿修羅は紫色の白夜の月を両手で大きく回し、円を描いた。

かぜまきわたれ!!」

 白夜の月に風が巻きつき始め、あっという間に突風の竜巻になった。邪闇綺羅を呑みこもうと襲いかかる。周囲の岩を巻きこんで、それの回転する重い音が不気味に鳴っている。

うずいかずち!!」

 邪闇綺羅は、ディルキータ・右から、雷の弾ける、雷そのものの綱を出現させ、阿修羅のかぜまきわたれの竜巻に渦のように巻きつけた。進もうとする竜巻と、押し潰そうとする渦が押し合い、進行を止めている。

 お互い、出力を上げていくので、かぜまきわたれの竜巻は岩と風をどんどん増して太く速くなり、うずいかずちの渦は雷の力を増大させて太く厚くなっていった。

 これが破裂したら、近くにいる紫苑たちが危ないと判断して、邪闇綺羅はディルキータ・右に再び力を込めた。

うずいかずち!!」

 新たな雷の綱を出すと、かぜまきわたれの竜巻の風の向きとは逆方向に巻きつき始めた。

「あっ!!」

 阿修羅が声を上げた。あっという間に、かぜまきわたれの竜巻は、逆に向かう力で相殺され、消滅していた。どすどすと、竜巻に取りこまれていた大岩が地面に落下した。

「……術では、いつまでも終わらないか……!」

 阿修羅は白夜の月を黄色に輝かせた。地上に降りて来た本物の三日月のようであった。

 神気を刀に通わせ、邪闇綺羅に狙いを定めた。邪闇綺羅は改めて右と左のディルキータを体の前で掲げた。

 阿修羅は青龍がすべての鱗を逆立てて巻きつく様を表す剣技を見せた。邪闇綺羅のディルキータ・右と交刃したとき、呼びかけた。

「人々があなたを呼んでいますよ」

 一瞬で人々が周囲に現れた。皆、神に祈っている。しかし、「試験に合格したい」とか、「恋人がほしい」とかいうことを、願いをかなえてほしいときに一定期間だけ願っている。他の日々は祈らない。中には大がかりに一回祈れば、もう願いがかなうまでずっと祈ったつもりになっている人間もいる。そして、願いがかなってもかなわなくても、感謝し続けることも結果報告をすることもしない。

 阿修羅が呼びかけた。

「このような神を忘れる者たちに、神を呼ぶ資格がありますか? 撃ってしまいましょう」

 邪闇綺羅は呼びかけに応じなかった。

「すべての人間の話を聞くのは神の行いである。神はすべての人間の心を知りたいからだ。知れば世界をより良い方向に導ける。より良くする者を特別に助けることもできる。すべてはこの星のすべてを知ることから始まる。よって、人間が神を呼んで忘れることをわたしは怒らない」

 邪闇綺羅はディルキータ・左で流星を表す剣技を見せて、青龍の勢いのある白夜の月を弾き返した。

 阿修羅は朱雀が大きく羽ばたいて翼で打つ様を表す剣技を見せた。邪闇綺羅のディルキータ・右と交刃したとき、笑いかけた。

「そんなあなたの優しさにつけこんで、人々があなたを笑っていますよ」

 一度でも邪闇綺羅の姿を見て、声を聞いた人々は興奮する。

「呼んだら来た! 本当に来た!」

「すげーオレ神使い!」

「おいお前もやってみろよ! めちゃくちゃ快感だぜ!」

「神を従えるオレ! サイッコー!!」

 神を本当に呼び出したことを自分の力だと勘違いし、仲間内で盛り上がってげらげら笑っている。

 阿修羅が笑いかけた。

「用もないのに神を呼び出し、あなたを侮辱しています。神と通じたと言って、いずれ力もないのに王になろうとするでしょう。あなたの慈しみを利用し、世界にいらぬ戦禍を被らせようとしています。神を見た事実は変えられません。今のうちに撃っておかないと、愚かな野心を一生捨てますまい」

 邪闇綺羅は笑いかけに応じなかった。

「世界には一定数、神の言葉を降ろせる者が必要だ。それは世界が進む方向を見失わないためにだ。私はこれからも彼らに言葉を授けるであろう。しかし、私欲のために嘘をついた者は、もうわたしの言葉を聞き取れなくなり、力を失うであろう。偽りしか言えない者の末路は、人間がよく知っている。だからわたしは怒らない」

 邪闇綺羅はディルキータ・左で星の直下光線を表す剣技を見せて、朱雀の勢いのある白夜の月を弾き返した。

 阿修羅は麒麟が、進行上にあるものを、駆けて踏み潰す様を表す剣技を見せた。邪闇綺羅のディルキータ・右と交刃したとき、歌いかけた。

「人々があなたのことを歌っていますよ」

 しかし、それは「神様なんか信じない、信じられるのは自分だけ」という神なき時代の歌であった。歌い手が大勢の前で踊りながら歌っている。人々も一緒に歌っている。

 阿修羅が歌いかけた。

「このままでは人々に間違ったことが広まってしまいます。人々を惑わせる踊り子を撃ちましょう」

 邪闇綺羅は歌いかけに応じなかった。

「何が正しくて、何が間違っているかは、自分で選択して知るしかない。この世界は一色に染まらないようにできている、必ず正しいことを言える者が出るように、かつ、必ずそれらの者が育つことができるように。世を惑わす者は、必ず打ち倒される。わたしは世を惑わす者を、たくさんのわたしの力を受けた者に倒させるから、わたしは今怒らない」

 邪闇綺羅はディルキータ・左で星の震動を表す剣技を見せて、麒麟の勢いのある白夜の月を弾き返した。

 阿修羅は白虎が咆哮と共に飛びかかる様を表す剣技を見せた。邪闇綺羅のディルキータ・右と交刃したとき、泣く声を模した。

「人々があなたを恨んで泣いていますよ」

 別れに対する心の準備もなく、不慮の事故や突然の発作で家族に死なれてしまった人たちが、その運命を与えた神を恨んで泣き叫んでいる。

 阿修羅が泣く声を誘いかけた。

「明日も当然生きていると期待するのは、神を支配しているのと同じで、神を侮辱しています。一秒先にあるものを当然もらえると思っている、なんと傲慢な人間たちなのでしょう。撃って罰しましょう」

 邪闇綺羅は誘いかけに応じなかった。

「一秒先があると思わなければ、人間の精神はもたない。使命を果たすとき一秒先に命がなくなったらと思うと大業を成し遂げるが、一生その状態では、死ぬことでしか楽になれなくなるのだ。わたしは人間の弱さを怒らない。むしろどんなに泣いても覆せないのだから、彼らをより見守りたい」

 邪闇綺羅はディルキータ・左で星の爆発を表す剣技を見せて、白虎の勢いのある白夜の月を弾き返した。

 阿修羅は玄武がのしかかり絡みつき締め上げる様を表す剣技を見せた。邪闇綺羅のディルキータ・右と交刃したとき、うめく声を模した。

「人々が苦難に遭って、あなたに呻いていますよ」

 人から罵声を浴びせられたり、過酷な労働を強いられたりしている人々がいる。苦しくてもそれをわかちあってしゃべってくれる人がいない。ござを一枚敷いた上に腹ばいになって、草を重ねただけの枕に顔を押しつけて呻くだけ。思うのはなぜ生まれてきてしまったのかということ、神なんかこの世にいないということ、悪にちなければ自分の身を守れないということ。彼らは遂に自分を痛めつける者を殺して、逃げ出した。悪の道に入ったのである。

 阿修羅が呻く声を誘いかけた。

「神を最後まで信じきることができなかったのです。苦しみに、耐えきれなかった。しかし、悪人になっては果報が来るにはそれ以上の試練に耐えなければなりません。最初の苦しみに耐えられなかったのに、次のそれ以上の苦しみに耐えられるわけがありません。一生悪人のままなら、このまま撃った方が世のためです」

 邪闇綺羅は誘いかけに応じなかった。

「苦しみに耐えた者には、必ず果報がある。だが、苦しみの中にある者にその言葉は届かない。悪の道に救いを求めた者を、誰も責めることはできない。だが、悪の道に入った者は必ず何かを失うのだ。一度したことは、取り消せないのだ。それに気づいて一生苦しむのが、悪の道に入った者への罰である。神を畏れよ。それゆえ、わたしは悪の道に入った者を憐れむ」

 邪闇綺羅はディルキータ・左で銀河の盾を表す剣技を見せて、玄武の勢いのある白夜の月を弾き返した。

 阿修羅の剣技はことごとく敗れ、弟は兄を睨み、考えた。

「兄者はお強い。けれど、人間たちはどうでしょうね!!」

 阿修羅が黄色く光る三日月に見える白夜の月を、輝かせた。その瞬間、世界中に散らばる阿修羅の創った神器の数々も、輝きだした。

 すべての神器が人々の前に姿をさらした。

 力の欲にとりつかれた人々が群がった。

 奪い合いが起きる。触れたそばから器のない者が次々に自滅していく。

「これはいい! 星方陣の力を借りなくても、私の力で人間を滅ぼせましたね!! ははは、はははははは!!」

 阿修羅は心の底から大笑いした。いい見世物を見る阿修羅の天が、すっとかげった。

「……?」

 阿修羅はふと、天を見上げた。

「紅い、空――」

 空は星方陣罰の闇雲を血色の真紅に塗り替えていた。

 阿修羅は戦慄した。この空には、覚えがある。青い稲妻の雷鳴が絶え間なく起こっている。

 輝く紅い鎧を着けた神が、紅い光の粒を散らし鳴らしながら双剣を振ったところであった。

こうしょうとう……!!」

 阿修羅は凝視した。一つの文明の終わりにそのすべてを完砕かんさいする最強の神、紅き鬼神・紅晶闘騎が、邪闇綺羅から変身して立っていた。

 この世で最も麗しく、どの角度からみても透き通った美しさを持つ、八面玲瓏の完全なる美麗な姿が堂々と立っていた。

 神の真の姿の降臨、「アス」が起きたのだ。

 栄光の都レウッシラを滅ぼしたように、今また欲に溺れた人間どもを滅ぼすのだと歓喜した阿修羅は、一瞬で凍りついた。

 紅晶闘騎は、世界を見ていなかった。

 阿修羅だけを見ていた。

「世界を加速させたな!!」

 怒声を聞いて、阿修羅の全身から汗が噴き出た。しかし、戦いは覚悟していたことだ。自分の望みを貫くつもりなら、避けられるはずがないのだ。

「むしろ早く見限ることができたでしょう!!」

 阿修羅が白夜の月の黄色く光る三日月に見える刀身を黒に戻して構えたとき、紅晶闘騎の顔が目前に迫っていた。

「汝に神の裁き『ダギ』を与える」

 ディルキータ・右が白夜の月を弾き上げた。阿修羅が態勢を立て直す間もなく、ディルキータ・左が阿修羅の脇腹を斬り裂いた。

「うぐううっ!!」

 阿修羅が傷を塞ぐ暇もなく、紅晶闘騎は一撃、二撃、三撃、四撃と双剣をふるって阿修羅を斬り払っていく。阿修羅は双剣に踊らされ、手も足も出ない。

 なぜ邪闇綺羅は四神五柱も神器も創らなかったのか?

「創る必要がなかったから」だ。

 最強の紅晶闘騎の前に、神の力でさえも、敗れるのだ。

 阿修羅は血だまりの中で沈黙した。


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