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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十九章 王の誓い
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王の誓い第一章「五柱との戦い」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん、神によって呼ばれた正式な名前は赤ノ宮九字紫苑あかのみやくじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう。真の名は神・邪闇綺羅。神の発音で「じゃぎら」、人間の発音で「じゃきら」。

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん――星方陣の失敗により死亡する。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫――星方陣の失敗により死亡する。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

魔神・阿修羅。神の発音で「あじゅら」、人間の発音で「あしゅら」。邪闇綺羅の弟。刀の神器・白夜びゃくやつきを持つ。

 邪闇綺羅の世界を失敗させ、次の新しい種族で次の神の王の座につこうとしている、りん


 第一部完結巻です。




第一章  五柱との戦い



 大地を覆っていた闇雲あんうんからのどしゃ降りの雨と、吹き荒れていた強風と、地を裂いていた稲妻が消え、大地がその前の無傷な状態に戻っているのを見て、人族軍と魔族軍は混乱した。互いに、敵の術者が幻術をかけたのだと結論を出した。戦いの火蓋ひぶたが切られたのだ。両軍、紅葉橋の前の平野に、武器を構えて駆けていく。


 闇雲と雨と、強風と稲妻は、消えてなどいなかった。

 ただ、別の空間に移動しただけであった。

 その天変地異の中、紅葉橋のある平野だけ、闇雲以外がよけていた。

「星方陣は、どうなったのですか?」

 紫苑たちは、天から降ってきた自分の剣をつかんだ、この星の守護者であり神の王の座につく邪闇綺羅じゃきらに尋ねた。空から何か巨大なものが降りてきたように思えたのだが――。

 邪闇綺羅は、輝きのおさまった神器を持つ、紫苑、出雲、閼嵐、麻沚芭、氷雨に答えた。

阿修羅あじゅらが失敗した星方陣で、世界は罰を受ける。しかし、これは神のしたことであって、世界には何の罪もない。ゆえに、私は星方陣で世界の複製と、罰をその複製の世界に移すことを願った。星方陣は望みをかなえた。私たちは今、複製の世界にいる。私たちは、星方陣罰が世界にどう影響するのか、見届けるべきだ。世界の秘密に触れる王たちとして」

 出雲は、大地を穿つ遠くの稲妻を凝視した。

「綾千代が星方陣に失敗したときは、こんなこと起きなかったのに」

 邪闇綺羅は世界を見渡しながら返した。

「四神に認められていない空虚な四神の神剣で星方陣に失敗しても、そんなものは罰にも値しない。五人の命が消費されるだけで終わる。星方陣は生命力を莫大に使うからな」

 氷雨が麻沚芭に目を向けた。

「麻沚芭、三種の神器の楽宝円がくほうえんが弾けていたな」

 麻沚芭は自然と右胸のあお玻璃はりを、服の上から押さえた。人間の善悪すべてが詰まった、中心が水色に光る、無数の青針水晶を内包した青い水晶球である。

「……オレも、覚悟を決めたってことさ」

「……」

 閼嵐は、無言で麻沚芭の様子を眺めていた。

 邪闇綺羅が闇天を見上げた。

「元の世界では、人族と魔族が開戦しようとしている」

 紫苑が刀に手をかけた。

「止めに行きます! りんは戦いをやめないでしょう!」

「璘と戦っても人族と魔族の戦争は止められない。もっといい方法がある」

 邪闇綺羅は焦る紫苑の手を取り、刀から離した。

「どうするのですか」

 神は五人の持つ神器を示した。

「十二種の大神器のうち、音の三種の神器である水鏡すいきょうの調べ、聖紋弦せいもんげん、楽宝円で神の音を奏で、魔族を畏怖により停止させよ。三種の神器は人間の敵と戦う最後の希望だからである。さらに、四神五柱の五振りの神剣に力をこめ、神の香りを放て。人族を畏怖により停止させよ。四神五柱は魔族の敵と戦う最後の希望だからである」


 人族軍と魔族軍が激突したとき、その殺気、熱狂、憎悪は一瞬にして停止した。

 天からたえなる音色と香りが降り注いできたからである。

 この世の命は、悪に即座にいくらでもちることができる。しかし、いことは即座にいくらもできない。

 だからこそ、この美しい音とには、価値があった。

 この現象の源はなんなのだろうか。両軍は、「おそれ」をなして、自陣へ逃げ戻った。そして、じっと次に起こることを待った。

 その間に、人族の王である帝の星宮ほしみやが占いを行い、「戦いを待て」という託宣を得た。魔族のすべての占い師もその託宣を得て、魔族に動揺が広がり、両軍は睨みあったまま動けなくなった。


「これでしばらくはもつ――」

「余計なことを!! 兄者!!」

 闇天から高速の影の塊が地面に直下した。

 影に光が当たったとき、現れたのは邪闇綺羅の弟、阿修羅あしゅらであった。邪闇綺羅に似た美貌が、怒りで口が歪み、牙をあらわにしている。

 氷雨がいきりたった。

「阿修羅!! よくも再び私の前に!!」

 しかし、阿修羅は邪闇綺羅だけを見据えていた。

「人間など、元から救うに値しなかったのです! だからかつて栄光の都レウッシラで、兄者は世界を滅ぼしたのではありませんか! また滅ぼせばいいのです! 人間だけ除けば兄者ももう苦しまずに済むのですよ!! 私はもう二度と私と兄者を苦しめる人間を、赦さない!! 私から希望を奪った!! 神の王としての兄者に恥をかかせた!!」

 そこへ剣姫が割って入った。

「待て。人間を滅ぼされては困る。私は星方陣の力で、人間も魔物も関係なく、悪人を消し去ろうと思っているのに」

 阿修羅がその言霊を鼻で吹いた。

「何を言う小娘。次の星方陣で人間すべてを殺すのだ」

 邪闇綺羅が空想を断ち切るようにはっきりと反対した。

「だめだ。すべての命が共存できる世界を作るのだ。たとえそれで世界が分断されたとしても」

 剣姫が色をなした。

「そうはいきません。私はその断崖の向こうにいる悪人とて、斬らねばなりません。世界を分断されては困ります」

 阿修羅が兄に両手を合わせた。

「これが神の限界なのですか」

 邪闇綺羅は弟を手で制した。

「違う。私たちが個々の生命を救わない神だからだ。この星の生命いのちたちにはどうしようもない世界の危機を救う、それが私たちだ。その結果が調和でなく世界の分断になったとしても、個々の生命が滅亡の運命を回避するなら、それが正解なのだ。滅亡しないなら、いずれ世界の断崖は彼らの心を反映して修復されるだろう、つまり、個々の生命の、責任を取る度合いによって、彼らに道を与える神の恩寵おんちょうも質・量ともに変わるのだ」

 剣姫は首を激しく振った。

「私は、あなたのようには待てません!! 百年しか生きられないのですよ!! あなたは何百年の話をなさっているのですか!!」

 邪闇綺羅と阿修羅両神の間にあって、対等に立って全く譲らない剣姫は、神に穿たれた陽の極点であるというだけでなく、その強烈な正義追求の信念から、神々の間におさまっても違和感がないように見えるのは、不思議なことであった。際涯さいがいさんひかりが、大地の奪いあいをしている。

 氷雨が我慢しきれずに、飛び出した。槍は、まっすぐに阿修羅を狙っている。

「貴様の勝手な都合で空竜たちは!! 世界は!!」

「「氷雨ッ!!」」

 閼嵐と麻沚芭が氷雨の両脇を守った。阿修羅が牙を見せた。

「勝手だと!? 先に裏切ったのはお前たちではないか!! 欲に溺れた愚劣な種族め!! なぜ私が人間を愛することからお前たちに憎しみと疑いが生まれ、それが勝った!! 私を、信じてなどいなかった証ではないかー!!」

 阿修羅の放つ強風に吹き飛ばされて、三人は岩に激突した。

 邪闇綺羅が叫んだ。

「やめておけ! 阿修羅はお前たちには強すぎる!」

 閼嵐が、ガラと岩をのけた。

「やめろだって?」

 麻沚芭も下を向いて、後ろのがれきに両手を置いてなんとか立ち上がった。

「強すぎるから許せないんじゃないか」

 氷雨はなお阿修羅をキッと見据えている。

「この回路を止めてもいいほどに……!!」

 邪闇綺羅は仲間の気迫を受けて、共に戦う覚悟が決まった。

 紫苑が阿修羅に答えた。

「阿修羅様。人間は神を信じていても迷うときがあるのです。自分の至らなさに自信がなくなり、自分を信じられなくなったときです。人間を支えてくださるのが神です。でも、人間が迷うとき、人間は自分も神もすべてを疑うのです。どうか人間の弱さを怒らないでください。人は弱いとき、死に物狂いで生きているのです。神の言葉が目耳に入らなくても、どうか怒らないでください。その人は、あなたを喜びのままに信じていたときと同じくらい、一所懸命に生きています」

 阿修羅は牙で歯ぎしりした。

「そして自分の世界を滅ぼす、か! 誰一人世界を正しい方向へ導こうとする者も出ず! お前たちは恥ずかしくないのか? 弱さに流され、一人も強く立てる者を世界に出現させられなかったことを! そんな弱く邪悪な種族は、この世には要らぬ! 知能を低下させて下等生物にとすことでも世界のためにはならぬ、よってお前たちは絶滅させる! さあ、兄者、お前たち、十二種の大神器を渡してもらおう! 次の星方陣で人間を滅ぼす!!」

 出雲が驚いて自分のあるじを見た。

「『一人も強く立てる者を』……!? まさか、剣姫が……!?」

 邪闇綺羅は五人をかばうように立った。

「見限っていい命など、一つとしてない! 私はお前を止める!!」

 阿修羅は刀の神器・白夜の月を右手で頭上に掲げた。

「この怒り、罰を与えずにおくものか! 来るのだ、四神五柱、玄武・青龍・朱雀・白虎・麒麟!!」

 紫苑たちの神剣から、四神五柱が顕現し、創り主の阿修羅のもとにせ参じた。

「四神五柱よ! あの五人を倒せ!!」

 阿修羅の命令を聞いて、紫苑たちは神と戦うことに戦慄せんりつした。まして、これまで共に戦ってきてくれた神々である。

『……阿修羅様……』

 やっとそれだけ言った四神五柱を残して、阿修羅は邪闇綺羅と戦うために場所を離れていった。

「神の力を、見せてやるのだ!!」

 四神五柱は、それを見送って、しばらく動かなかった。しかし、命令に逆らうことはできない。

 五柱は、ゆっくりと紫苑たちに向いた。

「……本気なのですか」

 紫苑の言葉を聞かないように、五柱が各々の五行を放って攻撃してきた。紫苑たちは神紋を出して防いだ。玄武の水と氷雨の玄武神紋、青龍の風と麻沚芭の青龍神紋、朱雀の火と出雲の朱雀神紋、白虎の金と閼嵐の白虎神紋、麒麟の土と紫苑の麒麟神紋がぶつかりあう。

 四神五柱は、自ら認めた者を殺すに忍びないとは思ったが、創り主の阿修羅の命令にはどうしても背けない。五柱は阿修羅に思考で報告した。

『あの五人は、我々の神紋で我々の攻撃を弾いてしまいます。まずは、神紋を奪わなければなりません』

 阿修羅は許可した。

「よかろう。思う通りにせよ」


 閼嵐は、突然真っ暗な空間に包まれた。

「五柱の術か!?」

 辺りを探る閼嵐の目の端に、頭を抱えて縮こまっている人が映った。よく見ると、肌は黒いしみだらけで、表情がわからないほど深いしわが無数に刻まれている女の老人で、手足は枯れ木のように細く、一度座りこんだら容易に立てないほど筋肉が弱って、身体機能の低下が著しい様子であった。

 若い人たちが通りすがりに、

「見る価値もない、終わっている人」

「ああはなりたくない」

 と、ささやきあっている。老人は、骨と筋肉が弱って立てないというより、老いた自分を若者に見られるのが恥ずかしくて、縮こまっているようだった。

 閼嵐は怒って、老人の手を握り、立ち上がらせた。そして、若者に怒鳴った。

「しみや皺や老いは、苦労した証だ! そういう人にこそ話を聞きに行け! 今の社会はおかしい! 若さしか話を聞く価値がなく、若さこそが人生で最大の価値ある武器だと勘違いをしている! そうじゃない! 社会をまわしているのは若者じゃなくて、おじさんとおばさんなんだよ! そのおじさんとおばさんにすごい知恵が加わったのがおじいさんとおばあさんだ! だから年長者を敬いなさい! 若気の至りと失敗に向かう幼い経験ばかりの若者の何倍も、人生の良い選択と悪い選択を知っているぞ!」

 若者たちは、自分の一生におびえて、去って行った。

 老人が閼嵐の手を握り返した。

「ありがとう。苦労して生きた甲斐が、あったあ……」

 老人は「老い」を司る白虎の姿をとり、消え失せた。


 氷雨は真っ暗な空間を駆けていたとき、前方に首をつろうとしている少年を見つけ、何も考えずに引き倒し、地面に転がした。

「何をするんですか……」

 少年は転がってあおむけになったまま力なくため息をついた。起き上がる気力もないようだ。

「お前こそ何をしている」

 氷雨は首つりの綱の輪を槍で切って、ただのたれ下がる綱にした。

「オレは死にたいんだよ。誰もオレを認めてくれない。一番にならなくちゃ、オレの存在はゴミ以下だ。家では無視、学校では『その他大勢』の下。誰からも注目されない毎日なんて、生きてる意味ないし。何をやっても普通か普通以下。いつも数百人一緒にひとくくりにされる。耐えられるヤツいるのかよ。オレにできることは何もない。だから死ぬんだよ」

 少年は氷雨の槍を奪おうとした。氷雨は少年の頭を殴りつけた。

「馬鹿か!!」

いてえよ!! 殴んなよ!!」

 氷雨が尻もちをついて頭を手で押さえる少年に、怒った。

「お前は死んだあと神の前に立って、私は生きているとき何をしましたと、堂々と言えるのか! ただ親に育ててもらっただけか! 親に恩返しもしないで悲しませるのか! 生きててくれるだけで、親は嬉しいんだぞ!! 何してもいいんだ! 貧乏でもいい、馬鹿でもいい、がんばって生きててくれるのが、親は一番嬉しいんだ! 全員が自分の望みをかなえられるわけないだろう! 一番の学校に入って、一番の会社に入るのか? 一番はたった一人だし、一番の会社は時代と共に変わる。そのときは一番でも、数十年経てば首位から転落するんだ。誰もが『その他大勢』になるんだ。誰に何を言われても、誰かの価値に振り回されるな。自分の一つ一つの判断に自信を持て! どんな場面でも、自分の選択と努力に誇りを持っていれば、どんなに他人の目に入らなくても、そのお前の苦しみを乗り越えられる! 誇りを持て! お前が死んでいいはずがない! あがけ! 最後まで、戦い抜け!!」

 氷雨に圧倒されている少年に、氷雨は最後に呟いた。

「したくない結婚を回避できてこれから幸せになれたかもしれない人も、これから父親と一緒にもっと大きく育とうとしていた子供も、死んでしまう。死にたくない人が死んでいくという事実も、覚えておけ」

 空竜と霄瀾の死が、氷雨に考えさせ、この言葉を出させた。少年はゆっくりと立ち上がった。

「もう少し……生きてみる。オレの毎回する判断がその他大勢からオレを見つけ出すことなら、やってみる……」

 少年は「死」を司る玄武の姿をとり、消え失せた。


 麻沚芭は真っ暗な空間で微動だにせず、辺りの気配を探っていた。急に、人々の責める声がしてきた。

 人々が、誰かを取り囲んでいた。中年の女が、魚の鱗を逆立たせたように全身の皮膚の表面がめくれる病にかかっていて、人々から追い立てられようとしていた。

「お前の病気がうつったらどうするんだ! 人ごみの中に入るな!」

「働きもしないで、何の生産もしないよな! 養うだけ世界の迷惑だから死ね!」

 人々は、感染しないように遠くから石を投げ、女を町から追い出そうとしていた。

「やめろッ!!」

 麻沚芭が女に届く石を刀のさやで叩き落とした。人々が声を荒げた。

「そいつの味方をするなら、お前も出て行け!!」

 麻沚芭は鞘を構えたまま口を開いた。

「病気っていうのは、人生の癖や習慣が関わって、その人の体の中で悲鳴を上げた部分だと思う。勝手に自滅したのを周囲に迷惑かけるなと、お前たちは言うかもしれない。だけれど、『こういう習慣でこういう病気にかかる』という情報を身を壊して教えてくださる彼らは、聖人だと思う。『この食材、この薬で治る、改善する』ことを人体実験と全快で教えてくださる、尊い人たちだ。どんな人でも、いつ体を酷使して同じ病気もしくは未知の病気にかかるかわからない。そういうとき、この情報の蓄積は現在と未来の人類を救うことができる。この世で最も価値があるのは、自分の情報だ。大切な自分の体と人生を壊したとき、治療方法の確立、予防の情報にすら身を捧げてくださったのだから、聖人だ。人間である以上、誰しもが同じ病気にかかる可能性があること、予防と各治療方法の可・不可と改善と全快の情報を共有することは全人類の財産であることを知り、自分を守ってくれている病人に感謝しなければならない」

 病の女を排除しようとしていた人々は、初めて世界に現れた未知の感染病にかかり、全身が真っ青に膨れあがった。変わり果てた我が身に恐怖しながら、退散していった。

「排除されたくない! これは体力に関係なく襲う感染病なんだ、私たちのせいじゃない! 避けないで! さっきまでみんな、一緒にいてくれたじゃないか!!」

 それを見送る麻沚芭の後ろで、女が輝いた。

 魚の鱗のような肌が龍の鱗になっていき、「病」を司る青龍の姿をとると、丸をつけるように円を描いて、消え失せた。


 出雲は真っ暗な空間で目をらしていた。人々の断末魔が次々に聞こえてきた。

「オレに逆らうからだ。全員死ね」

 人生のどの場面でも、自分の地位をおびやかす競争相手を全員殺し、常に自分が一番の座につき権力を持つように周囲の人間を動かしてきた中年の男が、今また人を使って、自分の競争相手の一派を皆殺しにしたところであった。

「オレと違う意見は全員殺す。これが世界の道理だ」

 死者の顔に草履の裏を押しつける男の足を、出雲が蹴り上げた。

「なんだてめえは!!」

 出雲は死者の群れと男の配下の者たちを見てから、男を睨み上げた。

「お前は自分が完全に正しいと錯乱している、正常な判断を失った者だ。そういう者は最後に自分自身も同じように殺される歴史を知らないようだ。お前の言葉は絶対ではない、ただ金とそれで動く配下の刺客に力があるだけだ。お前はこの世界で何をしたんだ? 空虚な言葉で人々を排除し、金と配下の力のみで人々を殺し、生き残った自分が正義であるかのようにふるまう。人々をお前の思想に染めるということは、全員がお前の複製になるということだ。お前こそ『対等な競争相手』として、殺されると思わないのか? 人々は『自分を生かす者』のお前を見てお前のやり方を学習しているぞ。そして、世界が全員生き延びるための選択をしてお前の複製になったら、精神構造の脆くなった世界は崩れ去るだろう。たった一つの思想の突然変異にも。だからお前のような奴を、世界は許してはならない。オレは、生き残った者勝ちの思想で世界を崩壊させる行為を、許さない」

 それを聞いた、男の配下の「男に生かされている者たち」は、「対等な」男を追いかけ始めた。男を殺せば次は自分が「男と同じ一番の座につける」からだ。

 男は逃げながら「生」を司る朱雀の姿をとり、消え失せた。


 紫苑は、真っ暗な空間で光輪の雫を掲げたが、赤い水晶球がほのかに光るばかりで、一寸先も照らせなかった。

「今日も誰とも話さなかった」

 突然、男性のしわがれ声が響いた。わらぶきの一軒家がぽつんと現れた。家族に先立たれ、一人で暮らしている老人が、柱にもたれて座っていた。犬を飼うお金もない。ただ障子を開けて、往来の人を眺めているのが唯一の楽しみであった。

 買い物帰りの夫婦を見ては、昔、妻と青菜を育てたなとか、母親と小さい子が散歩しているのを見ては、娘が歩ってて転んだっけとか、思い出すのは家族がいた頃のことばかり。

「今は何の思い出もない。誰も何も言ってくれないから」

 世間から忘れ去られるのはいい、でも家族がいないのは生きていてつらい。

 老人がこちらを向いた。

「私は死んで家族のもとに行った方が幸せですか」

 涙を溢れさせながら、紫苑に聞いた。

「そんなわけない!!」

 紫苑は叫んだ、

「あなたはこの世に必要だから生きている!! それを探すのが人生だ!! それは何才でもそうだ!! 自分を諦めないで!! 悲しくても、生きて、家族がしたくてもできなかったことをしてあげて!! もっと生きて、泣いて、笑って、いろんなこと知って、考えて、自分から誰かと関わって!! 諦めないで!! どんな場所にいる、どんな人だって、『生きててくれてありがとう』と言われる存在なんです!! 何才だって、そうです!! 何の役にも立たないと思うなら、立つように努力すればいい、何かが足りないと思うなら別の何かで補えばいい、何かがないから人生は終わりだなんて、そんなことは誰一人としてない!! 絶対に誰かが何かをできるんです!!

 この世界はおかしい!! 若さだけに価値があり、老いれば見捨てられ、病めば社会の輪から外され、死んでからようやく遺産相続で親族が集まる! 失敗ばかりする若さに他をしのぐ価値なんかあるか! よい道をたくさん知っている老人こそ尊ばれるのが正しい社会だ! 病んで働けなくなったらもう社会から脱落して社会のお荷物になって、何の価値もないのか! 『いなくなったもの』として、元気な者たちだけで楽しくたくさん稼いで社会をまわして、忘れていくのか! そうして相手をただ死を待つ人に、していくのか!

 そんな世界はおかしい! 自分ができることを誇り、できない者を足蹴にして孤独にし、脱落しなかった者たちだけで美酒に酔いしれる、そんな席で笑うことができる自分が、恥ずかしくないのか!! 全員いなければ、社会の安全も、発見も、伝承も、ありえない!! 私は宣言する!! 誰かを忘れることは、許さない!!」

 老人は泣いて手を合わせた。

「ありがとう……ありがとう……!!」

 老人は、「孤」を司る麒麟の姿をとり、消え失せた。


 五柱は、阿修羅に対し、五人の神紋を奪えなかったことを報告した。

 つまり、玄武・青龍・朱雀・白虎・麒麟の五柱は、もう氷雨・麻沚芭・出雲・閼嵐・紫苑に対して、攻撃はしないことを意味していた。

 五人は再び、神の試しに通ったのである。


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