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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十八章 運命の八光(はちひかり)
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運命の八光(はちひかり)第三章「八人の想い」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

魔族軍三万を倒した八人、しゅう・ジョウル・ギューミア・ぃゆど・ヒョウコ・デキィ・ピャッカー・ダニュゼ。




第三章  八人の想い



 紫苑としゅうは同時に目を開け、地上に降りると身構えた。

「すべて、幻か……!」

 剣姫は怒っていた。心を読まれた。様々な状況でどう動くかを調べられ、剣姫の望みまでえぐり出された。

「神に等しいことをした……、赦されている、というのか? 陽の極点である私の第三の最強の力のように……?」

「紫苑!」

 仲間の声を、剣姫は手で制した。

「『私こそ』、戦うべき相手だ」

「私も、そう思う」

 愁の髪の色が、ジョウルと同じ紫色に変わった。

 いつの間にか光でできたジョウルと同じ刀を持っていて、命の力で剣姫に襲いかかってきた。

 剣姫は心の中をえぐり見られて、精神が弱っていた。迷わず叫んだ。

「桜!! 紅葉!! 力を貸してくれ!!」

 紫苑の双剣が光を放ち、右手の神刀・桜と、左手の神刀・紅葉の刀身の影が、それぞれ桃色と赤色を帯びた。

 双剣の神器の力を初めて借り、神気を受けて精神を奮い立たせると、剣姫は愁と剣を戦わせた。

「きれいな剣さばきね。ジョウルの剣技に負けてない」

「ん!?」

 愁は距離を取ると、髪をギューミアと同じ薄桃色に変えた。

霧分きりわけのかおり!!」

「いけない紫苑!!」

 麻沚芭が青龍の神風を起こすより早く、剣姫は叫んでいた。

「神刀桜・開力かいりき!! 濃桜こいざくらッ!!」

 開力かいりきとは、神器の力を解放することである。

 右手の神刀・桜が、桜の花びらの刃のたくさんついた、桜の枝を表す本来の形に、月光を放って戻った。

 それと同時に、桜の香りが一帯に広がり、場を支配した。鼻をくすぐる穏やかで軽やかな甘い香りが、愁の霧分きりわけのかおりを打ち消していった。

 一同は桜の香りに包まれて感動すると共に、剣姫の隠されていた神刀の力に驚いた。

 濃桜の力を見て、愁は、自分の髪をピャッカーと同じ青い色に変えた。

なつのあめ!!」

「気をつけろ!! それは――」

 閼嵐の助言は、どしゃ降りの雨の音でかき消された。愁が、ピャッカーと同じ素早さで走る。いつの間にか、光る雲の手甲と長靴ちょうかを身につけている。雨で桜の香りが流され、視覚・聴覚・嗅覚を奪われたと気づいた紫苑は、左手の刀を振り下ろした。

「神刀紅葉・開力かいりき!! 朱鳥あけのとりッ!!」

 左手の神刀・紅葉が、紅葉の形をかたどった、紅葉の連なる様子を表す本来の形に、日光を放って戻った。

 そして、空をつんざく鳥の鳴き声がして、音の波動を打ち消した。雨音が、消え失せた。

 愁の走ってきた音に向かって、神刀・紅葉を振り下ろす。愁はピャッカー並みの機敏さで、両手をついて後ろに回転してかわした。

「それが、あなたの力なの」

 愁は、緑色の髪に戻ると、嗅覚と聴覚の力を持つ紫苑の二刀を、穏やかな目で見つめた。

 露雩たちは、愁の力は愁の仲間と同じ力を出すことだと知った。

 愁が全身から光を出すと、その光で癒されたジョウルたち七人が起き上がった。警戒する紫苑たちを残して、七人は愁のもとに集まった。

 仲間全員を一度に癒す、それも愁の力の一つであった。

「もう一度戦うつもりか!」

 剣姫の問いに、愁は静かに口を開いた。

「私たちが運命の八人として再び目醒めたとき、星を変える者にふさわしく、この世界の、すべての真実の歴史が目の前に次々と現れて、私たちはそれをすべて記憶した。偽りの歴史を捏造する者と信じている者は、世界を変える者の名簿から外されるからだ。ルシナ様は、次の神にその位を譲られても、私たちに真実というお恵みをくださった。

 その歴史の中に、今の時代の人々が忘れてしまっている話があった」

 愁は、深く息を吸った。

 昔、竜族は己の知識を増やすために他の種族を襲い、血肉を喰らっていた。血を一滴飲めば足りるのに一片も残さず殺したのは、他の竜に知識を分けまいとしたためであった。強大な竜族に狩られ、他の種族は絶滅の危機に瀕していた。

 一つ一つの種族では歯が立たない。そこで、竜族以外が手を取り合い、竜族との戦いに挑んだ。竜は一撃で千の命を薙ぎ倒した。

 誰もが敗北を目の前に突きつけられたとき、三人の男が皆と竜の前に立った。

 三人は神の試練に通り、四神のうち三柱の力を得ていた。

 人族の男は東の青龍を、精霊族の男は南の朱雀を、魔族の男は西の白虎の力を受けていた。

 そして、午前は青龍と人族、午後は朱雀と精霊族、夜は白虎と魔族が、竜族と戦い始めた。

 四神の前に、さしもの竜族もほふられていった。そして、一睡もさせない敵からの攻撃に、竜は限界を見せ始めた。一種族だけと戦っていたら、竜族が勝っていただろう。いかに四神といえども、顕現させる者の力が続かなければ、すぐに姿を消すからだ。

 だが、休みながら交代で戦う連合軍は、毎回全力でぶつかってきた。それは、四神を顕現させる男も全快して戦いに臨むということであった。

 四神の三柱と三種族の軍に倒され続けて、無睡眠で弱っていた竜族は、このままでは危険だと認識し始めた。そして、全種族が協力し合う世界はまだ知らないから、この先の世界を眺めてみようという気になった。

 それからは早かった。降伏して、二度と他の種族を喰わないことを誓ったのだ。そして、竜しか到達できない山脈で、結界を張って暮らすことを約束した。死体の血をなめることを許してもらうと、竜族は去った。支配すると、新たな可能性が失われる。自由こそが、新たな事象のもとになる。竜はそれを悟って以来、この世の覇権に興味をなくした。

 四神に認められた三人は「勇者」と呼ばれた。

「一度、この世のすべての命は和解したの」

 愁に言われても、紫苑たちは断片すら聞いたことがなかった。

「世界から和を忘れさせ、世界を分裂させて、勝つための『神が必要になるように』した者がいると、ルシナ様は教えてくださったわ」

 一同に衝撃が走った。平和な世界で神が忘れられるより、戦争で必死の願いをするために神が必要となるように仕向けるとは。

「どの種族の、どの宗教が!! 神を侮辱し、己の私腹を肥やすとは!!」

「もっとたちが悪いわ」

 愁は、紫苑に胸を痛めるような顔をした。

「そいつはルシナ様から魂の一部を分けられた、神の一柱。ルシナ様の子供と言ってもいい存在で、名はりん一涯五覇いちがいごはの土気の極覇きょくは三務乱さむだれと、金気の極覇・一禁ひきんの裏側で力を与えていた――今では偽りの神よ」

「璘!! あいつの名前は、璘か……!!」

 紫苑は、朱い円盤の仮面の男を思い出していた。

 璘という名を耳にしたとき、露雩の脳裏に、腰まである乳酪にゅうらく色の長髪の、顔を両手で覆って泣いている女性の姿が浮かんだ。露雩は女性の肩に手を置いた。すると女性は、露雩の胸にとりすがって泣いた。露雩はその二十五才くらいの女性の両肩に手を置く――。

「――紫苑じゃない」

 露雩はめまいが起きたようにまともに立っていられなかった。

 明らかに、なぐさめている中に優しさがあった。友人に対して以上の、何らかの心の動きがあった。

「やめてくれ……やめてくれ!!」

 そのとき、右腕の真っ白いあざが急激にうずいて、その痛みでようやく露雩は現実に戻ることができた。

 愁は両腕を地面と平行に伸ばし、両手を、手の甲を上にして重ねた。

「私たちは、現在の運命の八人である、あなたたちを認めます。あなたたちは、失敗しても、挽回する力を持っていました。あなた方がどうか、偽りの神と偽りの思想を倒せますように。私たちは私たちにできることをしながら、見守っています」

「よーし! じゃーまた八人揃ったし、とりあえず思想の空気感染全部潰しに行く?」

「ダニュゼー、それもいいけど甘い物食べてからにしようよ! 戦ったらお腹すいちゃったー!」

 ダニュゼとぃゆどに続いて、愁たちが去ろうとしている。

「あっ……えっ……」

 紫苑が思わず呼び止めて、もっと聞こうとすると、愁が振り返った。

「ルシナ様からのご伝言です。ここから西に十キロのところに、魔族の町ができました。そこで露雩に聞きなさい」

「えっ!?」

 紫苑たちが驚いて露雩を見る中、愁が歌うように笑った。

「ねえ、紫苑」

 かわいらしい笑顔に紫苑がみとれていると、

「私たちをまた出会わせてくれて、ありがとう」

 そしてジョウルと見つめあって手をつなぐと、八人で去っていった。

 空竜がぽつんと呟いた。

「なんかいいな、あれ……」

 閼嵐は片眉に力を込めて麻沚芭を見ていた。

「(人族の男は東の青龍を? では、まさか人族の王は――オレが本能的にこいつとどうも合わないと思うのは――)」

 剣姫は戦いの使命のなくなった八人を見て苦しみを覚えた。

「平和な世界には耐えられまい、私は再び戦うために、身にためた悪徳を世界に解放してしまうかもしれない。ああ、平和に生きたいなら剣姫の力を失わなければ人生に耐えられない。しかし剣姫の力を奪われることには耐えられない。他の誰にも舞えない剣舞をしている自負がある。私は自分の望んだ世界でもし生き残れたら、何をして生きていくのだろう……彼と暮らすことは、力を持て余すことを忘れさせてくれるだろうか。予測できない」

 露雩も苦しんでいた。

「その町に行けばすべて思い出すというのか。自分で受け止める暇もなく、みんなの前で! 苦しい……息がつまる」

 それでも、一行は西へ向かった。


「ここが魔族の町……? 人間しかいないわよ」

 空竜は町の入口で首をひねった。岩山の中にたくさんの洞窟があって、それぞれが自分だけの穴を家にして、住んでいるようである。建物としての家は一切ない。着ている服も、葉をつづった布を、動いても落ちない程度に巻きつけただけだったり、首と脚の部分を切り落とした獣の皮をそのまま着ていたりしていた。しかし、姿は立派な人間であった。ただ、なぜか全員慎重に歩き、熟考じゅっこうしながら生きているように見えた。

 閼嵐は、その正体が魔族だと、匂いですぐにわかった。それと同時に、自分が竜王いろパとの対話で、魔族王として、自身の魔族化を失うことと引き換えに、全魔族に人間に変身する能力を与えたことを思い出した。この町こそが、魔族が人間に理想の世界を教えるために作る町の第一号なのだろう。魔族たちは、まだ自分がその重大な一歩を踏み出したことには気づいていない。今のところは、人間の姿に慣れてみようといったところだろう。

 閼嵐は素早くこれまでのいきさつを、仲間に説明した。紫苑と麻沚芭に話すのは勇気が必要だったが、閼嵐は包み隠さず話した。

「じゃあ彼らは、自分たちを私たちに見せるはずね。危害は加えられないからひとまず安心だわ」

 紫苑を先頭にして、一同は町へ入った。

 市場には、店はない。一人ひとりが自分のとったものや作ったものを持ち寄って、物々交換をしている。商売に加わらないで岩の陰から両手と顔だけを出してそれをのぞいている少女の視線の先には、若い青年がいる。同じ種族の顔になって、恋する乙女が生まれたようだ。水場のそばでは、男も女も同じ歌をみんなで歌いながら、服を洗っている。歌って気持ちがいいのだろう、誰もかれも笑いあっている。

 そこで紫苑たちは気づいた。振り返って物々交換をしている男女の品を見てみると、全員、農作物、魚、鳥獣を組み合わせて持っていた。つまり、個々人が、農業と漁と猟の技術を持っているということだ。男も女も、関係ない。洗濯だろうとなんだろうと、皆が、生存に必要な技術を完全に習得しているのだ。

 誰かが途中で死んでも大丈夫。その技術は他の人も持っているからだ。社会から知識が決して失われることはない。この町の住人は得手不得手に関係なく、すべてを学ばなければならないからだ。

 仕事の分担で各々の得意分野を伸ばして発展してきた人族とは違う社会を形成しつつあるようだが、全員、何の疑いもなく、すべての生存技術を習得することを受け入れているようであった。紫苑たちにそれがわかったのは、青空のもと地面に直接座っている人々が、意見交換会を開いているところに出くわしたからである。

 指導者や管理者がいるわけではなく、二人から十人の輪をあちこちに作って、男も女も自分の意見で議論しあっている。賛同者が増えると、相手が加わって、輪が大きくなっていく。

 議論の内容は、人間の世界と魔族の世界の比較についてである。大柄な男がしゃべっている。

「人間は一つのことしかできない、非効率的な生き物だ。ちょっと不作になれば、あっという間に貧乏になる。我々のように農業と漁業と狩猟の技術を持っていれば、どれかが不作でも、別の力で生計を立てられる。誰かだけ貧乏になるということはない」

 別の男がひじを曲げて拳を握った。

「そうだ! それで不作だったとき、次は去年の分を取り戻すために畑を広げる! 人間が一人生きるために、この星は何個分必要になることか!! あいつらは一度痛い目にあわせないと、際限がなくなるぞ!!」

 線の細い女が静かに割って入った。

「人間は知識が少ないのよ。星と自然のすべてに触れて、食べられる命との、取るか取られるかと命を奪いあう戦いの大変さ、命が存在することのありがたさを知れば、自然があるから自分がいることが自然とわかって、限度を超えて金のために単一作物で毎年大地を殺して広げて埋め尽くすなんて心無いことはしないわ。今の人間はだめね。自分のしている一部分だけ一所懸命にやって、全体を見ない。全体を見ない人はどうなるかわかる? 自分の予想通りに収穫できることを『確信』して、かつ、自然が恵みをくれないときが恐くて、自然を目一杯壊していくのよ。恐怖と欲というものは膨張し続けるものだから」

 小柄な青年が、首を振って腕を組んだ。

「こんな当たり前のことを受け入れないで一つのことしかしないなんて、星を壊す憎むべき馬鹿だな。オレたちがどれだけ犠牲になってきたことか。食べるために奪う命に感謝しないから、見ろ、人間同士の戦争なんか、なくならないじゃないか。本当に命に感謝していたら、相手が生きていてくれることに感謝するはずだ。相手がいるから自分が生きていられるからだ。神の教えや富のために戦争するのはみんな人間の身勝手だ。自分が自分一人の力で生きていると勘違いしている、馬鹿のすることだ」

 太った女が口を大きく開けて人差し指以外握った手を上下に振った。

「それで、星を必要以上に壊して作った物をお金に換えて、結局何に使ったわけ? 税金? 服? 煙草たばこ? 全部一人でできるようにすればいいのに。身を守ることも、布を織ることも、煙草を作ることも。自分の人生が完全に自分次第で決まって、この世で一番、自分だけの人生を歩めるのに。全部自分一人で行えば、時間が足りなくなるわ。できることも少なく、限られてくるわ。それだけ、自然は守られるわ。人間はだめよ。仲間を作って、暇を作ったわ。その暇の遊びのために、自然を破壊する。私たちみたいに誰にも頼らず生きていける集団に教え直した方がいいわ。私たちの生き方こそ、星を守るのよ」

 最初の大柄な男が、引き継いでしゃべった。

「人間は暇なときに何かを発見していく。人間にとってよく、我々にとって悪いことをだ。奴らはバラバラにして、つながりを断つべきだ。我々の生活を真似させよう」

 この集団は、「一人で立てる者たちの世界」を目指すことで一致した。

 露雩は、自分の意識が愛欲の河を認識していることに気がついた。老人が、黙って魔族たちを見つめている。露雩は声をかけた。

「ルシナ様ですね」

 老人は穏やかな視線から波動を出した。露雩は、その優しい感覚に不安が一時安らいだ。

「なぜ我々が出会ったのが愛欲の河なのか、考えてみなさい」

「えっ?」

 そのとき、露雩の耳に鳥の羽音が聞こえ、現実に戻された。

 帝の封書を運ぶ、専用の白刃の十二支式神「とり」(鳥)であった。攻撃を受けたときは弾き返し、中を開けられたときは自爆する。長い白刃の毛をひらめかせると、空竜の手の上にそっと着地した。そして、即座に帝のみが使う最上位の天印てんいんで封をされた封書に変わった。

 空竜は魔族に盗み見られないよう、岩陰へ入って一人で読んだ。

 しばらく出て来なかった。

 そんなに長い手紙に、何が書かれていたのだろうと皆が顔を見合わせていると、空竜は一旦この町を出ましょう、大事な話があるからと言って出て来た。目の周りが赤かった。

「お父様――いえ、帝の御命令です。私は、都に戻ります」

 一同がどよめいた。霄瀾が慌てて両拳を上下に振った。

「どうして!? 星方陣まであと少しじゃない!!」

 氷雨が険しい表情で尋ねた。

「星方陣を作られたら困る者が、まだ人族の中にいるのか?」

 空竜は寂しそうに首を振った。

「いいえ。そんな勢力はもういないわ」

 麻沚芭は素早く、小さくそして聞き取りやすい発音をぶつけた。

「では、何故なにゆえですか! 帝が何者かに操られているとは考えられませんか! あなたがここに必要だと、帝は御存知のはず!!」

「ありがとう麻沚芭」

 空竜は涙をこぼしそうになりながら、笑った。

「私、当滴あってきと結婚するんだって」

 紫苑の目が吊り上がった。

日宮ひのみや!! まだ帝位を諦めていなかったか!!」

「違うの、紫苑」

 空竜は、手紙の内容を話しだした。今、この西の魔族の地に魔族軍が集結しつつある。誰か率いる者がいて、人間と戦う意思があるようだ。帝も急ぎ人族軍を集結させようとしたが、妾腹の帝に心から従う国は半数しかいない。残りは、正妃の長男、日宮にこそ従おうと思っている。それを知って、日宮から連絡が来た。自分はもう帝位に未練はないが、このままでは人族はまとまらない。当滴と空竜を結婚させて、我々が和解したことを知らしめよう。そうすれば、人族は一つにまとまり、魔族と全力で戦うことができる。魔族軍の侵攻が迫っている今、それしか双方を納得させる方法はない、と。

「帝は、それを受け入れたわ」

 空竜は淡々と説明した。紫苑たちには言わないが、実は帝の後悔もぶちまけられていた。日宮が国々の半分にまで影響力を保ち続けたのは、帝が税金を少なくしてやった恩で蓄えた金銀財宝を、他国にばらまいていたからだ。正妃の長男だから味方しようなどという理屈で動く人など、ほぼいない。普通は、知ったことか、勝手に次男と争ってろ、仲間になってほしければ金をよこせ、だ。何の利害もない無関係な人間を味方にする一番手っ取り早い方法は、金で買うことだ。帝は日宮に遠慮して税金を軽くしていたため、日宮は戦争をする資金まで十分にあった。他国を買う金を与えてしまったばかりでなく、力をつけて、空竜を与えるしかなくなるところまで来てしまったことに、後悔していた。一涯五覇いちがいごはの一人・金気の極覇きょくは浜金ひきんと手を組み、異教の神を信奉していたことで処刑できたはずなのに、魔族軍が集まりだしていることを理由に、国々の混乱を引き起こす処分ができなかった。ここで日宮が「帝の父」になれば、すべてうやむやになるだろう。

 帝は、何度も日宮に財産を蓄えさせたことを後悔していた。

 この世で税金がなくなり、すべての富を仲間と平等に分ければ皆が幸福になるなどというのは、嘘だ。人は、他人を使える金があれば野心から王になる戦争を起こすし、貧乏から抜け出して金の心配がなくなっても、「こんな奴とオレは同等ではない」と言って平等に耐えられなくなり、頭一つ抜け出る野心から王になる戦争を起こすのだ。偽りの優しさで人々をなずけてから。どんなに優しい相手でも、見返りを求める者を信じるな。その者は王ではない。

 空竜は放心状態のまま漠然と考えた。日宮は――いや、人は、他人と競争していなければ、自我が保てないのだ。一方魔族は自分だけ真剣に生きていればいいので、群れて他人という鏡を必要としない。人族と魔族の世界は、やはり理解しあえないのだろうか、と。戦いは避けられないのだろうか、と。

 手紙には、空竜がこの先、どんなに誰かに同情し、気を遣っても、その臣下も他の臣下も全員、借金漬けにして野心を削ぎ、帝位を守れと書いてあった。親兄弟でも容赦はするな、全員お前とは違う理屈で動いているのだから、と。

「空竜。今すぐに帰るのか」

 露雩に問われて、空竜は言葉につまった。

 好きだったのは昔でも、この人からは聞きたくない言葉というものはある。

「……」

 黙ってしまった空竜を見て、紫苑が空竜に寄り添った。

「ねえ空竜、今日はこの町でゆっくりしましょう。魔族軍の情報も仕入れて。ね、閼嵐。手伝ってくれるでしょう?」

「ああ……」

 魔族軍と、人族軍の空竜の間で悩みながら、閼嵐は力なく返事をした。魔族王として魔族軍を止めに行くべきだが、そのとき率いている者の情報は必要だ。相手の理論と戦い、勝たなければ、魔族軍は閼嵐の言うことに従わないだろう。

 疲れたから横になると言う空竜を紫苑が支えながら歩くのを、閼嵐の隣で出雲も見つめていた。

 一行は、空竜の作った装飾品の数々と閼嵐の彫った彫刻つき木器の数々で、洞窟住居の二部屋を一晩借りることができた。少し離れた森の中に温泉が二つあり、男湯と女湯に分かれていたので、紫苑と空竜は、のんびりと温泉へ向かい、のんびりと温泉にかった。空竜が、口まで湯の中に入っていた顔を上げた。

「ごめんね紫苑。私いま、少しゆっくり動かないと、考えがまとまらないの」

「そういうときってあるわよ」

 答えは決まっている。でも、従いたくない。従いたくないから、従わなければならない理由を探している。それで思考がとどこおる。答えの出ない式を解いているように。

「私は、お父様を支えてさしあげたいの。九字万玻水くじ・よろはみがいない今、都も軍事面で大変だろうし……」

「本来なら父に代わって私が姫様と帝をお守りするべきところを、まことに申し訳ございません」

「いいのよ、あなたは立派に人族のために力を尽くしてくれています。私はあなたと友になれたことを誇りに思います」

「ありがとうございます、空竜姫」

「あなたはあなたの望み、星方陣を成しなさい。魔族と人族が開戦して滅びる前に。急ぎなさい」

 剣姫と四神五柱の力があれば、魔族軍を滅ぼせるかもしれない。だが、それではだめなのだ。魔族の憎しみを解決しない限り、第二、第三の魔族軍が現れるだけで、永久に戦いは終わらない。星方陣で、善人を世界に残すという望みをかなえる方に、賭けるべきだ。星方陣はあと少しで成せるところまで来ている。八人のうち一人でも欠けるわけにはいかない。戦いはできるだけ避けて、陣を成すことに全力を注ぐべきだ。

 空竜は、突然立ち上がった。そして胸を両側に分けて、帝室最重要機密の、胸の奥の五芒星を見せた。

「いいわね紫苑。星方陣はこの形よ。覚えておくのよ」

 空竜が近寄って来たので、紫苑は空竜の胸の中に顔がうずまりかけて、赤面した。

「ま、間違えはいたしません、ご安心を」

 紫苑がお辞儀をして離れようとすると、空竜はそのまま紫苑の頭を抱きしめて、左右からその胸の中にうずめた。

「(ひ、姫様……)」

「ごめんね紫苑。当滴あってきが最初だなんて、耐えられないの。せめてこれだけ、許してね」

 空竜のそれなりにある胸が、紫苑の頭を押し潰そうともがいてくる。紫苑は気が動転して体が動かなかった。

「これ以上は露雩に悪いわ」

 空竜はゆっくりと紫苑から離れて、温泉の洗い場の中央で両手を広げた。つや光りする白い肌、形のよい曲線が、湯気の中、幻想的に浮かび上がった。

「ねえ、きれいでしょう。私の体。覚えていてね……」

 紫苑は、肩を震わせる空竜をそっと抱きしめた。彼女にしがみついた少女の泣きじゃくる声が続いた。

 洞窟に戻って、敷く用とかける用の二枚の毛皮のふとんを二組並べて、横になった。

「露雩を好きになってよかった。全部そこから始まった」

 空竜が呟いた。紫苑が目を向けた。

「おかげで、いろんな人に会えた。人の上に立つことがどういうことか、わかった。魔族のことも、今は滅ぼしちゃいけないって、思ってる。私、この戦争を止められるかな。私、やれるかな」

 それが彼女の「理由」なのだ。

 紫苑は力強くうなずいた。

「やれるわ。あなたの真心は、きっと魔族に届くわ。魔族が悪ではないことを知っているから、その、命を偽りで戦いに出すことのない真実の言葉が、きっと両者を止めるわ。言葉のない為政者は、世界を単純化して真実を隠し、敵か味方かしか人々に伝えなかった。双方がわかりあう言葉を出せないから、逃げたのね。でもあなたは違う。この世界の真実をたくさん知っている。きっとどんな命もないがしろにしない言葉が出せる」

 空竜は安心したように微笑んだ。

「ありがとう。私……、やってみるう……」

 紫苑も微笑み返した。空竜は手を差し出した。

「ねえ……今夜、手を握っていてくれないかしらあ」

 明日からは、もう甘えさせてくれる人はいない。

「空竜姫。私たちはみんなあなたの味方です」

 紫苑は、強く握りしめた。

「……私たち、いつまでも友達よお!」

 空竜も強く握り返した。二人の美しい少女は、優しく笑いあった。なぜか空竜は、父の手紙をもう一度思い返していた。

『空竜、お前も帝の娘、国のためにその身を捧げる覚悟はできているはずだ。親としては手紙を破り捨てたいが、帝としてこの手紙を書く。当滴あってきと結婚しなさい。勅命である。』

 笑いながら、涙が一筋流れた。


 翌朝、一同は二人ずつに分かれて、魔族軍についての情報を聞いてまわることにした。魔族の閼嵐は一番話が聞けるかもしれないので、空竜と組む。紫苑と露雩、出雲と霄瀾、麻沚芭と氷雨の組み合わせも決まった。

 紫苑は、露雩と二人で歩いているとき、不謹慎だが愛会まなえのようでうきうきしてしまった。

「二人でゆっくりする時間、なかなかとれないものね」

 そっと露雩の腕につかまる。愛する夫は微笑み、きれいに揃った、白い狼のように真っ白に美しく彩られた歯を見せた。

紅葉もみじばしでも、またこんな風に歩こうね」

 西の国の、紅葉の舞う橋、紅葉橋。ラッサの時代も、百年前も、人族と魔族が激突する戦場に選ばれてきた。そして、魔族と人族が互いに戦わないことを、言葉に交わさずに約束してきた場所でもある。

 この、自分を守ってくれる男性と、夫婦として暮らせるかもしれない日が近づいていると思うと、紫苑はそれだけで夢を見ているようだった。

「うん。紅葉橋を、一緒に渡りましょう。うふふっ!」

 上下に弾む体で露雩の腕に抱きつく。珍しく紫苑が甘えてきたので、露雩は嬉しくなって、魔族軍のことを一時いっとき忘れて紫苑の頭をなでていた。

 氷雨は黙りこくって地面を見ながら歩いていたので、木の幹に頭をぶつけた。

「お前大丈夫か」

 麻沚芭が神器・楽宝円がくほうえんに光を通した音色で、氷雨の額の傷を治した。

「三種の神器の音色をおおっぴらに奏でるな」

「お前が言うな氷雨。三種の神器の音色でしか治らないお前こそわがままだぞ」

 氷雨は言い返す気力もないのか、ぶつかった木の根元に座りこんだ。

「……私は迷っている」

 麻沚芭は立ったまま見下ろした。

「私は、空竜を守りたい。都へついて行く。空竜は、了承してくれるだろうか」

「やめておけ」

「なぜだ!! どう扱われるかわからないのだぞ!!」

 氷雨が麻沚芭に犬歯を剝き出した。

「氷雨、お前こそ捕まって牢に入れられたらどうする。お前は空竜を守れないし、空竜もお前を守るために動けなくなる。お前はここにいろ」

「しかしっ……!!」

 空竜が辛い目にあうのを、氷雨は黙って見ていることができない。草を握りしめてすり切った氷雨に、麻沚芭は一語一語重みをもって話しかけた。

「よく考えろ。こっちにいた方が自由に動けるだろ。もし空竜を助け出すことになったら、お前が紫苑の一目曾遊陣ひとめそうゆうじんの札をもらって電光石火でさらうことは可能だ。時を待て。人族と魔族の関係に決着がついたら、いつまでも当滴あってきといる必要なんかないんだ。そのときお前は空竜をずっと守っていけばいい」

「……」

 それまで空竜に我慢させると思うと、氷雨は身を切られる思いだった。しかし、行動の自由の確保は、牢に閉じこめられるより有益に思えた。

「わかった。なんとしても、一日も早く星方陣を成そう」

「空竜を助けに行くときはオレも行くぞ」

 立ち上がった氷雨は麻沚芭より背が高いので、麻沚芭は見上げた。

「当滴が空竜を泣かせた涙の数だけ殴ってやる」

「それはいい。では私は槍で刺していこう」

「……死ぬと思うぞ。あいつ弱そうだし」

 氷雨と麻沚芭は、聞きこみに戻った。

 魔物の匂いのする閼嵐に、魔族は好意的だった。

「あんた、軍に加わるのかい。集合場所は大平野らしいよ。オレ? うーん、オレは人間の暮らしをもう少し追究しているよ」

「総大将は誰かだって? うーん、魔族王とは名乗ってないね。確か名前はリンだね。人型に変身して動いてるらしいよ」

「魔族軍の規模? そうねえ、まだまだ増えてるみたいだし、今のところ、正確にはわからないわね」

 閼嵐と空竜は、無言で丘の上に座っていた。

「リンは、璘だよな」

 空竜は答えない。完全に、戦争は避けられない。確定的に言った。

「星方陣を、先に成すしかないわ」

 閼嵐は、うつむいた。

「すまない空竜。オレは……」

「いいの。恋愛は一人でするものじゃないわ」

 閼嵐が空竜を見た。空竜は空を見上げていた。

「ほんとは露雩を好きになったときからわかってた。相手も好きになってくれなくちゃ、愛してたってかなわない。たとえお姫様でもね」

 空竜は膝の上で両手を組んで顎をのせた。

「でも、心のどこかでお姫様の権限で、それか露雩がそれにかれて、私と結婚してくれるかもしれないって、思ってた。帝のお父様に、甘えていたのね」

 閼嵐は黙って聞いている。

「でも、手紙には、お父様が帝として苦しいお立場にあることが書かれてあった。もう私は何もできないお姫様じゃいられない。今まで権力に頼った分、ちゃんと返さなくちゃ。お父様や人々の役に立たなくちゃ。『私にしかできないこと』が、『今、ある』なら、」

 空竜は笑顔を閼嵐に向けた。

「やれなくちゃ、生きてる意味がないじゃない」

 権力を持つ者がいくらきれいごとを言っても、権力を意識しないと言えば嘘になる。

 この権力で、信用してくれるなら。

 好きになってくれるなら。

 利用することを黙認してしまう。

 閼嵐とて魔族王、あの赤い髪の美しい少女に振り向いてもらえるなら、権力を多少使っても構わないとさえ思った。しかし力というものは責任も伴う。使えば使うだけ、つまりできる力を見せびらかすたび、その力を使う義務が増えるのだ。

「閼嵐がずっと魔族王のこと隠してた理由がわかった」

 閼嵐から目をらして、空竜は再び空を見上げた。

「どんなに避けても、こういう見えない力に巻きこまれることが、わかっていたからだね」

 閼嵐は答えなかった。その通りだったからだ。

「頭いいね、閼嵐って」

 また空竜が閼嵐に笑った。

「臆病なだけなんだ……オレは。大切な仲間一人救えない……」

「しょうがないよ」

 笑っていた空竜の目が開いた。

「だってあなたは紫苑が好きなんだもん」

「――!」

 閼嵐は覚えず頭のてっぺんまで真っ赤になり、口が半ば開いてしまった。

「違わないよね?」

 閼嵐は真っ赤になったまま、顔を遠くへ向けてしまった。

 空竜は両頬を両手で支えた。

「私も露雩が好きだったんだから、しょうがないよ。人間の帝室と魔族王は、結ばれない運命だったんだよ」

 どちらかが滅ぶ運命が、もし決まっていたからだとしたら……と閼嵐がぎくりと身構えたとき、空竜は三回目の笑顔を向けた。

「ね? そうでしょう?」

 今度は空竜の目は笑っていなかった。そのときはオレと戦う気なのか、空竜。人族の長の一族として! 星方陣が失敗して人族と魔族が戦うときが来てもお前は殺せないと閼嵐は言おうとして、口をつぐんだ。それを今言うことで、魔族が、人族の姫に骨抜きにされたと言って閼嵐を疑うのではないか、人族と魔族の平和的共存に反対する一派を生みはしないかと思って、躊躇ちゅうちょしたのだ。空竜はとびきりの笑顔を見せた。

「いつまでも元気でね閼嵐」

 そして立ち上がり、丘の向こうに去った。

 丘を下りながら、閼嵐から見えない角度の空竜の瞳から、涙がこぼれた。

 閼嵐が「そんなことはない、オレとお前で魔族と人族の手を取り合える未来を作ろう」と、もし言ってくれていたなら。

 私は、あなたのことが、「友達」より少しだけ、好きだった。魔族王の権威なしに、好きだった。「好きになってくれ」と言われたら、きっといつか好きになれた。魔族王の座を追われると思ったの? 私のこと、ちょっとでも好きじゃなかったの? なぜ「人族と魔族の未来のために、オレと結婚しよう」と言ってくれなかったの? 意気地いくじなし。ああ、それは私なのね。女は馬鹿なの、待つ側なの。

 だって、私が露雩を好きだったって知ってる人に、「結婚して」なんて言えないわ。愛のない生活、私が魔族王でない閼嵐を愛さないと思わせてしまう。ああ、そんなこと苦しいと思うこと自体、「何もできないお姫様」なのね。純粋って馬鹿なんだわ。私……強く……

「……ならなければいけないのね……」

 最後の言葉と最後の涙を口と目から呟いて、空竜は空を見上げた。一つ雲が浮かんでいた。その真下で、出雲が背丈以上ある高さの大岩にもたれていた。

「ふうん、出雲、そこにいたの。霄瀾は?」

 慌てて目をこするふりをして涙の跡をぬぐい去り、軽い足取りで向かった。

「ああ……、魔族の子供に話を聞いてる。人族についてどう思ってるのか、どう大人に言われてるのか、知りたいって言って。大人は子供の世界に邪魔だから、オレは隠れて待ってるんだ」

 少し離れた川で、子供たちの遊び声が聞こえる。霄瀾が魔族の子供たち五人と、石投げをして笑いあっている。

「正直、驚いたわ。霄瀾って、積極的なところがあったのね」

 空竜は目を丸くしながら出雲の隣に隠れた。大岩の面は、二人が入っても十分余っている。

「お前の役に立ちたいんだよ。それに、魔族の考えも知りたくなったんだろう。これからもし共に暮らせるなら、あいつはオレたちと一緒に人々に説明してまわる側になることを、自覚している」

「そう……頼もしいわね」

 空竜は帝室の姫の目で優しく微笑んだ。その目のまま、声を出した。

「出雲、言ったよね。旅の間もそのあとも、支えてくれるって。どう? 私、出雲のお眼鏡にかなうお姫様になった?」

「……」

「出雲。答えて」

 優しいのに、威圧がある。

 答えなければ。

 回答を回避することは、許されない。

 彼女は帰らなければならないのだから。

「免許皆伝だ」

 険しい顔で、出雲が言った。

「やったあ! 出雲のお墨つきだわ!」

 飛び上がって喜ぶ空竜に、出雲がすぐにつけ足した。

「そんなに自信をつけるな。これからも新しい問題がきっと起こる。だから、これからも学びは続く。この続きはオレたちが都に帰ってからだ」

「うん……。ありがとう出雲」

 出雲はそれきり何も言わなかった。空竜は出雲を見つめながら何かが心から溢れて止まらなかった。出雲は、ぃゆどと戦うときの朱雀神紋も許してくれた。なんだか嬉しい。もっと何か話したい。空竜は最後と思っておどけた。

「出雲、私がいなくても大丈夫う?」

 しかし、出雲は真顔だった。

「お前、変わってるな」

 空竜から笑いが消えた。

「泣いていいんだぜ。こういうとき」

 止まっていた空竜の目が、赤くなった。

 空竜は両手で水滴の伝う顔を覆った。

「あんたが言わないでよ!」

 苦しい、苦しい、苦しいよ!

「あんたは紫苑が好きなの!! あんたは紫苑が好きなの!!」

 大声で泣きわめく。

 それでも出雲は何も言わない。

 出雲は黙ってそばにいた。

 顔を覆ったまま感情を落ち着かせようとしている空竜に、出雲は言葉をかけた。

「君子は常に誰とでも話ができるように、玉座から動いてはいけない。君子の代わりに下の者を適所に配置し、使わなければならない。そのためには、全員が己の仕事の目的とその意味を、知っていなければならない。誰もその方法を知らない、未知のものを扱うときには、動きたくても動けない下の者たちの代わりに君子が率先して動き、下の者に、成功するにしろ失敗するにしろ、情報と道筋を示してやらなければならない。そうして下の者が君子の通り、いやそれ以上に動けるようになったら、再び玉座から動いてはいけない。つまり君子は、ずっとすべての人とつながっているべき存在なんだ。座っていても、動いていても、常にすべての人に聞かれ、すべての人の模範となるべき存在なんだ」

 空竜が両手を顔から離した。

「君子がそれを怠ると……」

「反乱が起きる」

 出雲はきっぱりと言い放った。

「力のある人間が君子にならないと、人心は離れる。例えば君子の妻の、力のない親戚が権力を握り人を使うようになった国などは政治が乱れ、興国こうこくの士がいずれ反乱を起こす。君子の周囲への態度一つで、君子は命を縮めるし、命を延ばしもする。人の上に立つのだから当たり前だ」

「君子になるのは当然だと思っている人も、努力しなければ国を維持することはできないのね」

 空竜は当滴あってきに不安を覚えた。あの男は、ただすべてを暗記しているだけで、人を動かす心がないように思える。権力を持つにふさわしい人が上に立たなければ、人々の心は離れていく。別の人に。その人は――。

「……私、愚かだったわ。これまでの暮らしも、みんなお父様が築いてくださったものだったのに、『隠されて与えられなかったもの』に気づけなかった……。私が自ら学ばなければ、民を守ることはできなかったというのに」

 震えそうになる体を必死に押さえながら、空竜は地面の一点を見据えていた。空ばかり見上げていた自分が、他人によって目をらすよう仕向けられていた、人々の生きる大地を。

「誰もお前の代わりにはなれない。それを忘れるな」

「……ええ……」

 空竜の目に当滴あってきの顔が浮かんだ。あんな男と結婚するなんて、それも運命なの? 日宮のやることを平然と受け入れるような男が、帝になっていいの? 私しか民を守れない。私は民のためにあの男と結婚しなければならないの? ……好きな人を諦めてまで……。国民と男、どちらを取るかと言われたら、私は……。

 なぜか剣姫が目に浮かんだ。

「きっと、国民を取るわ」

 地面に顔を向けたまま笑ったとき、目尻が潤った気がして、親指でかいた。

 出雲は遠くを眺めていた。

「与えられた運命を受け入れるしかないときは……その中で幸福を見つけるしかない」

「でなきゃ、生きていけないわ」

 空竜は出雲と同じ方向を見つめた。止めないのね、出雲、私が他の男と結婚しても。人生って諦めの連続ね。ちっともうまくいかないわ。どんなに一緒にいても、どんなに笑いあっても、私の願いは届かない……!

 生きてる、意味。こんな絶望だらけの世界でも、生きてる意味を探さなきゃ。私を待ってる人がきっといる。私にはいる。民が! 彼らのために私は生きよう。それでいい。苦しみも悲しみも忘れてしまおう。当滴に負けるな空竜! あなたを待ってる人がいるのよ!

「私、一生当滴と戦うわ。当滴しか知らないことを探して、いっぱい勉強して、みんなを守る!」

「お前には四神五柱がついてる。天佑てんゆうがきっとお前を守る!」

 空竜は出雲に深々とお辞儀した。

「素敵な言霊をありがとう。一生の宝物です。星方陣を成したあとも、いろいろ教えてください」

 出雲は真正面からそれを受けた。

 霄瀾が、魔族は人間のことを、弱いから蓄財という名の収奪に走るのだと思っていると聞いてきたところで、三人は洞窟住居へ戻った。

 皆が揃って、最後の昼食となった。

 紫苑が用意してくれていて、塩むすびと味噌みそむすびだった。大皿にたくさん並んでいて、好きなだけ食べられるほど多い。

「いただきまーす!!」

 八人で円になって、葉っぱを敷いて地面に座り、素手でおむすびをつかむ。

「ボクおむすびおなかいっぱい食べるの、だーい好き! 一座にいたころから、みんながわけてくれたんだ! すごくうれしかったんだよ!」

 霄瀾が幸せそうに、両手に塩むすびと味噌むすびを持ちながら、口をもぐもぐさせた。

 麻沚芭が塩むすびをしんみりと見つめた。

「オレも好きだよ霄瀾。家族で食べたことを思い出すな」

 閼嵐が懐かしそうに食べた。

「オレは姉の閼水あみにいつも作らされてた。不思議と、おいしいおむすび食べてるときの姉ちゃんは、怒らなかった」

 出雲も微笑んだ。

「そうだなあ。普段険しい顔してる父さんが、大好きなおむすび見たら顔をほころばせてさ」

 氷雨がびっくりしている。

「なんだと……このおむすびには記憶がよみがえるまじないでも入っているのか? みんな過去を思い出している!」

 空竜がふふふふと笑った。

「氷雨、おむすびはね、みんな食べたことがある、一番、国を代表する料理なの。伝統料理にはね、みんなの思い出も入ってるから、何倍もおいしくなるのよ」

「そうか……。食べられなくて残念だ。私の思い出も増えただろうに」

「いいえ。もう思い出になってるわよ。おむすびを見るたび、八人一緒にいたなって、思い出せるのよ」

「料理とはすごいな。もし誰かがいなくなったとしても……、同じ料理を食べれば、共にいてくれるような気がする。その人が力を分けてくれるような気がする」

「物の力って、すごいよね。料理だけじゃなくて、家具とかもそうだもの」

 露雩が話に入った。

攻魔国こうまこくの自治領・竹山たけやまでも、物には思い出があるって話が出たよね。それは料理だろうとなんだろうと、形あるものはみんな思い出になるということなんだね。いい思い出を思い出せるなら、それがきっと生きる力をくれるんだよ」

 空竜はおむすびのたくさん載った大皿を眺めた。残りの個数を気にせず、大好きな仲間と、おいしい塩と味噌のおむすびを、わいわいと好きなだけ、お腹いっぱいに食べる。

 これほど幸せな食卓が、あるだろうか。いや、ない。

 紫苑の手にかかれば、創作料理も高級料理も作れただろう。だが、それをしなかった。いつか空竜が、どこにどんな境遇でいても、一人で作って食べられるものを、最後の食事に選んでくれたのだ。

「……もう、かなわないなあ、紫苑」

 空竜も両手に塩むすびと味噌むすびを握りしめて、たらふく食べるのを楽しんだ。とてもとても、おいしかった。

「いつか都でまた、八人で食べようね、空竜」

 紫苑が約束してくれた。これほど空竜にとって心強いことはなかった。


 余ったおむすびは、攻魔国の自治領・竹山で買った、青竹の弁当箱に紫苑が入れて、空竜に持たせた。

「みんな、今まで支えてくれて本当にありがとう。私は帰るけれども、星方陣を成すとき私の神器が必要だとみんなが判断したら、一目曾遊陣ひとめそうゆうじんを使って戻ります。ただし、当滴に奪われるといけないので、この二つは置いて行きます」

 空竜は鏡の神器・海月かいげつと、三種の神器の一つ・聖紋弦せいもんげんを、霄瀾に渡した。

「えっ!? ボク!?」

「この中で一番、緊急の際に神器を扱える可能性が高いから。純粋な子供で、三種の神器の弾き手の霄瀾に託すわ」

「わ、わかった!」

 責任の重大さに顔を引きしめて、霄瀾は二つの神器を抱きしめた。

 麻沚芭がかしこまった。

「姫様、いずれ必ずおそばに参ります。それまでどうかご無事で」

「待っているわ麻沚芭。閼嵐、元気でね。宮廷と話したいときはいつでも言ってね」

「そのときは頼む」

 閼嵐が真面目な表情をした。その後ろで、露雩と紫苑が言葉をかけるのを躊躇ためらっていた。自分たちだけ結婚をして、幸せだからだ。

「空竜、オレたち……」

「いいのよ二人とも。私に見えないところで、仲良くやりなさい!」

 空竜は二人を祝福した。氷雨がその腕をつかんだ。氷雨は、空竜のことが心配で心配でたまらなかった。ついて行きたいが、ついて行けない。

「……!!」

 氷雨の声にならない言葉が、空竜の胸を打った。空竜は氷雨と握手した。

「いつもありがとう。いつか、また会ってくれる?」

「当たり前だ!!」

 氷雨が叫び返した。空竜は氷雨の背中に手を当て、抱きしめた。

「じゃあ、大丈夫。私が、大丈夫」

 氷雨は空竜の力に身を預け、力なくうなだれた。もし本当の人間だったら、涙をこぼしていそうな表情だった。

 出雲がそれを黙って見つめていた。そして空竜の視線に気づくと、朱雀の神剣を叩いた。

 空竜の顔は、和らいで微笑んだ。

 出雲は神に願ってくれたのだろう、空竜に朱雀神紋を、ずっと許してくれたのである。

「これは、肌身離さずにお持ちを」

 紫苑から、空竜は跳移陣ちょういじんの札をもらった。万が一身に危険が迫ったときは、この札で赤ノ宮神社の殻典からのりのもとに隠れることを約束しあった。そこに紫苑が迎えに来てくれるのだ。

 懐紙かいしの束の中に札を隠すと、空竜は、紫苑の跳移陣で、都へ帰って行った。

 その直後、霄瀾は竪琴の神器・水鏡すいきょうの調べと、弦の神器・聖紋弦が共鳴しているのに気がついた。麻沚芭も、自分の左胸の、鍵盤音を出す神器・楽宝円がくほうえんが震えているのに気づいた。

 女が遠くで歌っている。

 何かきよいものの威圧を感じる。

 誰もが争う心を忘れ、聴き入る歌声。

 拒針山きょしんさんに入る前に聴いた、『世界の始まりの歌』を歌いあげた女の声と、同じであった。

 ふらふらと、露雩が引き寄せられていく。

 夫の様子に不安を覚えながら、紫苑がさっと隣に付き添う。

 丘の上で一人立っている女が、歌うのをやめた。こちらに振り向いた。

 腰まである、乳酪にゅうらく色の長髪。桃色の末広の着物の袖に、珊瑚の玉をつけている。

 穏やかそうで目には芯のある、きれいな女性だった。

 女性は、近寄ってくる露雩を見て、ぎくっと動いた。

「……お懐かしゅうございます」

 女性が露雩に深々とお辞儀をしたので、紫苑がぎくっとした。

「……あの、どういうご関係なのでしょうか」

 紫苑が感情を抑えて聞くと、女性は目を丸くした。

「あなたこそ、どういうご関係なのですか?」

「私は、この人の妻です」

 紫苑は恵まれた容姿を見せつけるように、背筋を伸ばした。

「正気ですか?」

 女性が露雩に尋ねるのを、紫苑が視線を遮るように割って入った。

「今は私と話しているでしょう! あなた、何様のつもりなの!?」

 珍しい。紫苑が嫉妬している。

「あなたは、記憶をなくされていますね?」

 女性がなおも露雩に確認する。

「ちょっと! 聞いてんの!?」

 紫苑が女性の肩をつかんで顔を向けさせようとしたとき、女性が露雩に告げた。

「私は、あなたを信じています。私の望みをかなえてくださると」

 間違いない。露雩の胸にすがって泣いた、記憶の中の女性は、この女性だ。しかし、もう少し年が増えているようだ。今、三十歳くらいか。

「あなたは、何者だ?」

 女性は一歩下がって、七人全員を見た。そして、深く一礼した。

「私の名は星羅せいら。栄光の都レウッシラの歌姫でした」

 レウッシラとは、帝都で聞いた伝説の、人間の世の初めの、喜びに満ちた都だ。

 絶句する一同を置いて、星羅は語り始めた。

 星羅の歌声に導かれ、確かに神は降臨した。神と星羅は神殿の奥にある、鍵をかけた二人だけの園で、楽しく語らい、笑いあっていた。しかし、歌が聞こえないときがあるそれを、他の神官たちは、星羅が歌姫の義務を怠っているのではないかと疑った。そこから悪徳が入りこみ始め、あっという間に栄光の都を天変地異と争いの中へと包みこんだ。

 世界が混乱からもう逃れられなくなるところまでちたとき、神官たちは、星羅が歌わなかったせいだと彼女をなじり、彼女を神への生贄にしようとした。

 神は怒り、歌姫が穢れていなかったことと、神官たちの妬みと憎しみこそ混乱の元凶であることを宣言すると、神官たちを殺そうとした。

 そのとき、空が血色の真紅に染まった。

 栄光の都レウッシラを覆い尽くすのを見て、星羅の神が慌てた。

「お待ちください!! この場は私が!!」

 しかし、雷鳴が絶え間なく起こり、空が割れ始めた。

「まずい……!! 世界はもう戻れないのか!!」

 神はしばらく迷うと、星羅を抱えて天に昇った。星羅は、入れ違いに、輝く紅い鎧を着けた神が双剣を抜きながら、天から降りていく姿を見た。

「あれは誰ですか」

 思わず尋ねた星羅に、星羅の神は答えた。

「一つの文明の終わりにそのすべてを完砕かんさいする最強の神、あか鬼神きしんこうしょうとうである」

 遠ざかっていく地上から、命の絶叫が何重にも放たれた。

 栄光の都レウッシラは滅びた。

 ただ一人、神の救った星羅を除いては。

 衣食住の悩みのない天の園で、紅晶闘騎から戻った神と、星羅の神・魔神と、星羅の三人が、暮らすことになった。

 神が楽宝円を奏で、魔神が聖紋弦を弾き、星羅が水鏡の調べを奏で、絶対三度の二重声で歌った。

 三人で演奏して、楽しく暮らしていた。

 しかし、時が経つと、ある問題が発生した。

 星羅が年を取ることは、止められなかったのである。

 天の時間はゆるやかに流れていても、確実に歌声が衰えてきたのだ。

 星羅の歌声をずっと聞こうと思っていた魔神は、思いつめ、ある日天界から消えた。

 星羅は、自分の声が衰えたから、魔神は自分を天の園に連れて来たことを後悔して、責任を取って天の園から自らを追放したのかもしれない、魔神の重荷になるくらいなら自分を地上に戻してほしいと、泣きながら神に懇願した。神は、星羅の両肩に手を置くと、必ず魔神を連れ戻すと約束してくれた――。

 しかし、いつまで待っても二柱とも戻らなかったので、星羅は神の出発した天の園の出入口に向かい、地上に降りる方法を探していると、いつの間にか地上に立っていた。そして百年間、ずっと二柱を探している。天の園にいたおかげで、肉体の老化は遅い。

「ずっとお探ししておりました。でも、その間に私は――」

 星羅が露雩に近づいてくる間、紫苑が混乱していた。

「えっ……!? 待ってよ!! じゃあ、露雩の本当の名前は……!!」

 そのとき、星羅の胃を貫くように、銀の矢が飛び出た。

「えっ!?」

 一同の目の前で、星羅は地面に倒れた。

 木の上で、魔族の弓兵が、仕留めた女を見てニヤリと笑った。

「リン様のご命令だ。なんだか知らないが、厄介な奴を永遠に封印できるらしい。魔族のために、成功してよかった」

 そして、意気揚々と引き揚げていった。

「星羅ッ!!」

 いつの間にか、露雩の左目が、正方形を二つ、縦と斜めに重ね合わせた八角形の、赤紫色の星晶睛せいしょうせいになっていた。

 銀の矢で虫の息の星羅は、その瞳を見て、微笑んだ。

「ああ……、そこにいらしてくださったのですね……、阿修羅あしゅら様……!!」

 名前を呼ばれた瞬間、露雩の残りの右目も、左目と同じ形と色の星晶睛に変わった。

「すべて思い出した……!! この陣は名前を呼ばれなければ永遠に封印されたままになる……!! 我が名を呼んでくれたな、星羅」

 阿修羅は星羅の上体を起こした。

「また……お会いできまし……た……ありが……」

 そして、星羅は目を閉じた。阿修羅の左目から涙が一筋流れた。

「この世の初めから変わらぬ、愚劣な命どもよ!! もはや赦さん!!」

 阿修羅は星羅を両手で抱き上げると、殺意をふりまきながら空に浮かび、どこかへ飛び去ってしまった。

 銀の矢を放った魔族の痕跡を探していた麻沚芭も、その波動で震動する木から驚いて飛び降りたほどであった。

 出雲たちは、魔神が阿修羅という名で、露雩の正体であったと知り、愕然とした。

 紫苑は呆然として空を見上げていた。後ろで皆が騒いでいる。氷雨が早口で状況を整理しようとした。

「おかしいぞ! 話の流れでは、露雩は阿修羅ではなく――」

 閼嵐も早口で続いた。

「そうだとも! 今、左目の星晶睛が両目に出ているが、右目の星晶睛はどうなんだ! 形が少し違ってただろ!」

 麻沚芭がより早口で入った。

「状況は、今、露雩が阿修羅だということだ。どこへ行ったのか、まったくわからないのが問題だ! あいつは、神剣・玄武を持って行ったぞ!」

 出雲は考えこんだ。

「……あれは阿修羅の本当の体ではない。オレが阿修羅なら、目醒めたとき、真っ先に自分の体を取り戻しに行く。……体が残っていればだが……」

 皆が黙った。霄瀾が紫苑を守るように寄り添った。

「……露雩と、戦うことにならないよね?」

 空を見上げてまばたき一つしない紫苑の横顔に、涙が流れた。それを見たとき、ああ、また自分は紫苑を傷つけてしまったと、霄瀾は自分が情けなくて涙をこらえた。


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