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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十八章 運命の八光(はちひかり)
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運命の八光(はちひかり)第一章「再集結」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ


 大陸の西の魔族の国に入ります。




第一章  再集結



 赤い髪の少女は誰からも関わりを拒まれていた。

 だから、遊び相手は自然だった。

 観察し、理解し、問う。わからない答えは自分で作り上げた物語にした。

 なかでも、夜の星空を見ているのが好きだった。

 夜だから、誰にも見られない。誰にも何も言われない。孤独こそが彼女の自由な世界であった。

 一晩中ずっと星空を眺めているときもあった。自分だけの星座を作って、物語を作っているからだ。星を隠す雲でさえも、新しい星座を作る役に立った。

 彼女、赤ノ宮紫苑あかのみや・しおんの物語の主役はお月さまだ。

『お月さまは青い月が好きでした。地球も月と同じように影を持つので、そう呼んでいました。きれいな青い月をすみずみまで見つめるのが好きでした。ある日神さまが言いました。

「この青い月を助けてくれないか」

 お月さまは言いました。

「わかりました。でもなぜ私なのですか?」

 神さまは言いました。

「お前だけが、ずっとこの星を最初から見ていた。私の望む世界、この世界がとるべき姿を知っているはず」

 お月さまは言いました。

「なるほど。たしかに私にしかできません」

 こうしてお月さまは青い月におり立ちました。

 この星には、「人間」が、星の数ほど暮らしていました。

「さて、何から始めよう?」

 この青い月を、「人間」と共に、お月さまはどうするつもりなのでしょうか』

 これ以上は、続かない。

「どうして続きが思い浮かばないのかな」

 幼い紫苑の問いは、幼い剣姫になったときに、自分で答えた。

「世界のすえが、決まっていないからだな」


 大人の紫苑が、イタチの魔物の爪をよけて、杖の神器・光輪こうりんしずくで、ほのお雪舞ゆきまいの技を見舞う。雪のように丸い火の玉が周囲に無数に生じ、イタチの魔物の一点に突進して収束し、魔物は体が四散する。魔物の残骸の上に、紫苑の、暖かい日差しに包まれた、春だと自然に笑みがこぼれる風の匂いが流れた。

 イタチの魔物は、通常のイタチの二倍の大きさで、全身筋肉質で一、二度の刀傷では倒れないほど頑丈であった。

 閼嵐が両拳で連続して四発、トカゲの魔物の腹に入れ、ようやく腹を破って内臓を潰した。

「さすがに、魔族だけが暮らしているだけあって、人間と見たら話し合いもなく殺しに来るな」

 閼嵐は、初秋の、果実の実りを迎えた森の匂いをさせながら、手を閼伽で洗い流した。

 麻沚芭は、カタツムリの魔物の急所を刺したとき、その一撃で仕留められなかったことに驚いていた。

「筋肉がここまで厚いのか! 成長の度合いが尋常じゃない!」

 横たわったカタツムリの魔物の上で、剣を振って血を払った。麻沚芭の、初夏の草原にそよぐ風の匂いがした。

 空竜が六本の矢を一本に束ねて、聖弓せいきゅう六薙ろくなぎから矢を放った。

「それが魔族の国の特徴……。聖地と魔地まち、どちらか知らないけれど、この地は魔族を育てる気脈を持ってるんだわあ」

 黄色い中型の鳥の魔物を射貫いたあとに、空竜の、初春を思わせる、りんとした甘さのある匂いがした。

 氷雨が槍で関節を次々に突き、甲虫の足を砕いて上空から貫いた。

「名前のない西の果て、魔族の国。自分以外に興味のない者たちの国だ。私もその一員になるはずだった」

 氷雨からは、彼女の、冬の雪の匂いがした。

 コウモリの魔物の超音波の衝撃波を、霄瀾の竪琴の神器・水鏡すいきょうの調べの音が防いでいる。

「おとうさん! いまのうち!」

「おう!」

 朱雀の炎の翼を使って空を飛ぶ出雲が、コウモリの魔物に三度斬りつけて、地上に落とした。

「やったね出雲!」

 駆け寄る霄瀾から、木々のが紅葉に凝縮されて落ちたのを、火でたいたときの、ほのかな木の力の匂いがした。

「この先しっかり休めるところはそうないから、力加減に気をつけろよ、霄瀾」

 地面に降り立つ出雲からは、夏の青い空の、爽やかですがすがしい匂いがした。

 露雩はワニの魔物の硬い鱗に苦戦していた。そこで、あえて神剣・玄武をワニの口の両奥歯に橋を渡すようにして横向きに嚙ませ、ワニを剣で持ったまま上空に跳び、尻尾から地面に叩きつけて、剣をその勢いで口から腹まで横半分に裂いた。

「それで、オレたちのこの国での目標は――」

 露雩は、太陽の豪放な光と月の静寂な光と星の燃える光を混ぜ合わせた力を匂い立たせながら、妻の紫苑に振り返った。

「十二種の大神器の最後の一つ、白夜びゃくやの月を探し出すことよ。……持っていた男のことも調べるわ」

 紫苑は夫・露雩の目を見た。

 八人は、大陸の西の魔族の国に入り、各地域を探しながら、紅葉橋へ向かおうとしていた。

 百年前、人族と魔族が、大戦争「紅葉橋の戦い」を起こした場所だ。

 そこで陰の極点・燃ゆるばるかが再び動き出し、出雲が式神になり、ラッサの民の放浪が始まった。閼嵐も露雩もこの時代に生きていた。

「白夜の月の男も、見過ごしたとは思えない。世界の行く末を決める大戦争を」

 紅葉橋に行けば、何か手がかりが得られる――そう考えて、一同は進んでいく。


 大陸の西の魔族の国に、七つの滝が流れ落ちる草原があった。

 そこに、集まる者たちがいた。

 輪郭と葉脈が緑色で、中は黄緑色の、何枚もの葉の髪の毛を持つ、精霊族の少女。緑色の一枚いちまいごろもに、緑色の葉の靴を履いている。身長は百四十センチほどで、少し幼い顔立ちだが、緑色の目は大きく、見た相手の中身を見抜きそうな、純粋な光を放っている。小さくまとまった唇と合わせて、かわいらしい少女であった。

しゅう!!」

 少女――愁は、名前を呼ばれて振り向いた。その顔は男の胸に抱かれ、緑の葉の髪が盛り上がった。

 愁は、男の深い草原の匂いに覚えがあった。かつて何度も抱かれた匂いだ。

「ジョウル。あなたも、目醒めたの」

 男――ジョウルが、百七十センチの体から愁を離した。

 紫色の髪に、紫色の目。白が基調の上下の服に、深緑色の布がところどころを飾っている。三本の刀を腰に差している、人間の、穏やかそうな優形やさがたの剣士であった。

「うん。これでね」

 ジョウルは、黄色く光る金属の粒子を袋から取り出した。一涯五覇いちがいごはの一人・金気の極覇きょくはの竜、一禁ひきんの、思想の空気感染の粒子であった。

「あら。もうできあがってるのね、お二人さん。ほほほ、昔を思い出すわね」

 薄赤色の液体の入った、丸型びんの先に蛇の頭がついているような姿の、薄桃色のガラスの精霊が、ひげのように軽い牙を風になびかせながら、上空から降りてきた。

「ギューミア、久し振りね」

 愁が、唇の両端を上げて微笑んだ。

「あれー!? 一番乗りじゃなかったんだ!」

 掌を広げた縦の直径の大きさの精霊が、一同の中に飛び込んできた。

 青く厚い羽、黄色と灰色を混ぜ合わせた色の髪、赤紫色の、体の線にぴったりと沿う、動きやすい肩から足首までの服。靴は履いていない。触角のように頭の上に突き出た赤紫色の眉を直しながら、ひし形の目の少女の精霊が、三人の上空にとどまった。

「ぃゆど、誰も愁より先には目醒めないよ」

 ジョウルが、小型の精霊、ぃゆどに笑った。

 そこへ、上品な足取りで歩いて来る者があった。

 身長百八十センチ、輝く茶色の波打つ髪を一つにして左肩前に流し、薄黄色の蛇腹の上着に、上から下へ黄から茶への濃淡があるひらひらした巻き布。下半身をふくらはぎまでふんわりと覆う、その巻き布の前は三つの谷の蛇腹である。蝶の飾りのついたかかとの高い黄色い靴を履いている。上を向いている椀をつけた杖と、ひし形の各々の角に楕円のついている杖の二本を持っている。黄色い蝶のはねの耳に、少したれ目で、口角が常に穏やかな顔の、大人の気品に溢れる精霊だった。ちなみに、腰の張りがすごい。

「あら。急ぎましたが、少し遅れてしまったかしら。でも、皆さん御機嫌よう。お変わりなさそうで、なによりですわ」

 女性が動くたび、茶色い髪が波打って、きれいな反射で見る者の目を離さない。

 ぃゆどが女性の肩の上に座った。

「ヒョウコ、あなたもね。でもこの分ならたぶん、すぐに、『前』と同じように――」

 そこへ、空を切り裂く回転刃が突入してきた。ギューミアの目前の地面に突き刺さった。

 ガラスのギューミアがぶるぶる震えながら叱りつけた。

「デキィ!! 私を殺すつもりなのっ!? よりによって、私に向かってくるなんてっ!!」

 デキィとは、真ん中から上に一つ、下に等間隔に二つで、計三つの朱色の頭がついている刃物の精霊であった。

「す……すまぬギューミア、ピャッカーが投げてくれたのだが……」

 デキィが地面から頭の一つを抜いて、宙に浮き、愁の後ろに隠れた。移動速度が人の歩く速さで、少し遅い。

「ピャッカー! あなた、もっと危なくないところへ投げなさい!」

 ギューミアが、体の薄赤色の液体を波打たせながら、後からやって来た百四十センチの少女に厳重注意した。

 ピャッカーと呼ばれた人間の少女は、青い髪にどんぐりまなこで、水色でひし形の、ガラスの眼鏡をかけている。背中に雲の盾を背負い、鎖骨に「夏」の字の入れ墨をしていて、半袖から一分丈のした穿きに近い服がつながっている、水色の動きやすい服を身に着け、手甲と長靴ちょうかに雲のような緩衝材がついている。口は山型に閉じられ、感情を読み取れないが愛らしい顔をしている。ちなみに、胸は真ん丸に近く、大きすぎず小さすぎず、むちむちした感じで発育がいい。

「デキィが困ってたから手伝っただけ。デキィは、移動が遅いから。『前』も私がかついで歩いた。早く行きたいときは、私が投げた。でも今回は、久々で手元が狂った。ごめんごめん」

 どんぐりまなこの無表情で言った。ギューミアは、軽い牙をふりふりして怒りのやり場にした。

「これで七人か。あとは……」

 ジョウルが一同を見渡したとき、火の玉が草原に突っ込んだ。

 火が消え、一人の男が立ち上がった。首から足首までの、裾が広がっている銀色の耐火服で、腰から下の正面に入っている切れこみからのぞくその裏地に、赤色の呪文が書かれている。白色の、下半身用の股の分かれた服、赤色の帯、そして灰色の肩までの髪の毛。世界をまず斜めから見るかのような眼差まなざしを持つ、黒い目の百七十五センチの人間であった。

「ダニュゼ! あんた、空飛んできてその遅さなの? わかった、道に迷ったんでしょ!」

 ぃゆどがさっそく飛んで行った。耐火服の男――ダニュゼは、灰色の髪をかき上げた。

「うっせ! オレは星の裏側にいたんだよ! まずここまで飛んで来たオレの気力を褒めろ!」

「えー? ダニュゼががんばるときって、女の子に声をかけるときだけだしー」

 ダニュゼはそこで、ぃゆどの後ろの一同に気づいた。そして目を輝かせた。

「うおーっ、ヒョウコ! 相変わらずいい腰してんなー! ピャッカー! またちゃんとオレ好みの胸に育ったなー!」

「……」

「……」

 ヒョウコとピャッカーは、「あなたも『前』とお変わりなく」という意味で無言を返した。

「愁は今日もかわいいな!」

 ダニュゼはそのセリフのあと、横一線の何かを見た。

 ジョウルの刀が横になって両目に迫っていた。

「ジョウル!! オレたち仲間だろー!! なぜ裏切るんだー!!」

「黙れダニュゼ。愁をそういう目で見るな!」

「……けち……」

 ぃゆどが頭を振った。

「ダニュゼ、バカねえ。『いっつも』学習しないんだから」

 愁が一同の真ん中に立った。

「私たちは目醒めた。思想の空気感染。これは明らかに世界の危機だ。もう一度私たち、運命の八人が世界を救わなければならない。でもその前に、確認しなければならないことがあるわ」


 同じ西の魔族の国で、魔族軍を集めた者がいた。

 黄緑色の大蛇だいじゃ。名は冷重ひやがさね一涯五覇いちがいごはの一人・水気の極覇きょくは河樹かわいつきに協力し、攻魔国こうまこくの帝都を襲った、魔族軍の大将だ。

 紫苑たちが一涯五覇いちがいごはの五人をすべて打ち破り、西の魔族の国に入ったという情報を得ている。

「剣姫を、神を呼ぶ生贄にしようと思っていた頃が懐かしい」

 冷重は、河樹を思い出して遠い目をした。事態は、もうその段階を超えている。もはや並の相手では、剣姫の強さを止められない。世界は、剣姫が神に何を望むのかを、心のどこかで恐れなければならない段階に入ってしまっているのだ。

 世界に関われるのは、戦って人生を勝ち取った者だけである。生贄を使って神の前に立っても、それは生贄の力を借りて立っているだけで、神に望みを述べる資格はない。自分を生贄に捧げて生死を賭した戦いを経た者だけが、神と世界の前で発言することを赦されるのだ。

 生贄の力で望みをかなえてもらうのは、ずるだ。

 だが、剣姫と、その仲間が持つ神器の数々。これほど魅力的な力があろうか。ずるをしてでも、盗んでしまいたい。自分の王権の切札にしたい。連戦連勝の秘密兵器にしたい。この世界を支配し、一生滅びることのない盤石ばんじゃくな国で、一生安心し、一生安定した身分で暮らしたい。王以外には、なりたくない。

 この欲望をかなえるためには、持っている者から盗み、または力ずくで奪うしかない。

 そのために戦争は起きる。いつだって、浅ましく下卑げびた欲望を持つ、器のない小人しょうじんから。

 冷重は、剣姫と一行の力を奪うため、戦争を起こすつもりだった。八人に直接向かって行ったら、かなわない。だから、一行の弱点をつくつもりだ。

 それは、人間の国中で一番弱い水準の村々から順に、複数を同時に攻撃し、占領していく戦法だ。

 剣姫たちの弱点は、八人が一緒に行動していることだ。だから、同時に複数の地で戦争が起きたら、すべてを防ぐことができない。

 さらに、人口の少ない弱い村から滅ぼしていくことで、各国の軍が到着する前にどんどん領地を侵略できるし、水源に毒を入れ地方に集中する田畑を押さえることで各国の水と食糧を断ち、一週間とたたぬうちに人々を干上がらせることができる。人を支配したいなら大都市を攻略するべきだが、領土が欲しいなら水源と田畑のある、地方を狙うべきである。そのときは敵国の人間を支配するのではなく、滅ぼすときである。

 人間を滅ぼすことができるなら、東の地が毒の地になっても構わない。魔族は西の地で暮らし、東の地の毒が抜けるまで待っていればいいのだから。

「そのようにして人間を滅ぼされたくなかったら、お前の命をよこせ! 配下の者の神器をよこせ! 人間を絶滅させたくなかったら、オレの言うことを聞け! どうだ、オレが一番賢いだろう! 奴らの泣き所を知っているのだからな! 一涯五覇いちがいごは、馬鹿な奴らだ! 自分の力を誇って、正面から剣姫にぶつかった! そうじゃない、戦うことを知らない人生の弱者を狙うんだ! 石を投げることさえ知らない軟弱な民に、ははは、剣姫は絶望して、ははは、もはや勝った!!」

「なるほど。弱者を利用し、使い捨てにする思考か。しかも星を汚染してまで生き延びようとするその卑しさ。世界の敵だな」

 女の声で、突然、冷重は目が醒めた。昼間なのに、体は起きたまま眠っていたようだ。

「冷重様!! 大変でございます!! 我が軍に攻撃を仕掛けてきた者たちがあります!!」

「なにっ!!」

 目醒める直前の女の声のことも忘れて、冷重は絹張りの椅子の上に伸びあがった。

 冷重が集めた魔族は三万。出陣を控えたその軍列のほうぼうから、砂煙や爆発があがっていた。

「どこの軍だ!! かぎつけられたのか!!」

 冷重に、側近が答えた。

「軍ではありません、たった八人です!」

「八人!?」

 冷重の全身から血の気が失せて、つやのまったくない深緑色に変わった。

 たった八人で三万の軍に向かっていこうという、無鉄砲な馬鹿はいない。しかし、馬鹿でないならいる。

「剣姫たちに計画を知られたのだな!?」

 あの八人は剣姫の一行だ、と言おうとした冷重に、側近は言いにくそうに口を開いた。

「剣姫ではありません……」

「やっちゃえ! デキィ!!」

 ピャッカーが、力任せに頭は朱色でも刃は赤いデキィを投げつけた。デキィは魔族軍の上を目一杯旋回する。その軌跡に上と下の線の間に書かれた古代文字が、帯のように生まれた。再びピャッカーの手に戻って帯がつながったとき、デキィが唱えた。

「デキィ・おわりのみち!!」

 そこで、古代文字の帯の中が大爆発を起こし、中にいた千体の魔族はばらばらになり、一体も動かなくなった。

 魔族軍が怯んだところへ、ぃゆどが前へ出た。太陽光線を青い羽いっぱいに吸収して、赤紫色の眉で光線砲を照射し続ける。

「太陽がある限り無尽蔵の攻撃なんだから! ぃゆど・ちからの陽砲ひほう!!」

 無限の光線で、魔族は次々に切断されていく。

 その少し離れた場所で、ヒョウコが優雅に歩きながら、ひし形の各々の角に楕円のついている杖を回した。

「ヒョウコ・一十いちじゅうのつぶ!!」

 ひし形の周囲に十粒の種が現れた。杖を振ると、その十粒は魔物の口の中に入った。そしてヒョウコの杖の一振りで、仲間の魔物に襲いかかった。種で、ヒョウコの操り人形になったのだ。ヒョウコは二十、三十と種をまき散らし、同士討ちをさせていった。

 別の場所では、ピャッカーが魔族の間にどしゃ降りの雨を降らせていた。視覚と聴覚と嗅覚を断って、戦う手段を奪われた魔族を殴打や蹴りで瞬殺していく。あっという間に千体以上を倒している。八人の中で一番仕留める速度が速い。

「ピャッカー・なつのあめ!!」

 どしゃ降りの雨の術が、激しさを増す。

「あの女型の魔物、人間の血が入ってるのかな……声をかけてみるべきかどうか……」

「ダニュゼ! 手を休めないの!!」

 女型を物色して手がお留守になっているダニュゼを、ギューミアが叱った。

「いや、だって気にならない?」

「ならない!!」

 ギューミアが即答した。

「星と生命の敵に情けは無用! それが私たち運命の八人の使命よ! ギューミア・霧分きりわけのかおり!!」

 ギューミアのひげのような軽い牙から、体内の薄赤色の液体を霧にしたものが噴き出し、一帯に広がった。良い香りだが、吸いこんだ魔物は、その香りの成分に触れた肺の内部が麻痺を起こし、呼吸機能が失われて死んだ。

 ダニュゼは灰色の髪をかき上げた。

「はいはい……、わかってますよ。いくぜっ! ダニュゼ・ねばり!!」

 ダニュゼの両目が朱色に変わると、両手から赤い炎が放たれた。魔物にくっつくと、黄色い炎に変わり、粘着液のように地面と魔物を固定し、動きの自由を奪った。そして、黄色い炎が緑色になると、重力が何倍もかかって、魔物たちは耐えきれず、押し潰された。

「ダニュゼ、お前も本気を出せば強いんだから、千体以上がんばれよ。ジョウル・くさつゆ!!」

 ジョウルは三本のうち二本を柄同士でつなげて前後刃の一本にして、左手に一本持つ三刀流になると、獅子が駆け抜けるように魔物の中へ飛びこみ、刃の届く者は一体残らず血祭りにあげた。この技を受けて血が出るとき、死ぬ直前の一滴は露のように大きく落ちるから、草露葉という技名になっている。相手が死んだかどうか確実にわかる、便利な技である。

「はいはい……、まっ、攻撃はオレたちに任せて、お前はお姫様を守ってな。こんな奴らでも、ちゃんと話聞いてやってんだもんな」

 ダニュゼは愁を見た。宙に浮いて、目を閉じている。体が緑色の光を放っている。

 愁は、冷重の思考を読んでいた。思考を読んだうえで、世界の敵かどうか判断し、戦うか戦わないかを決める。誰も愁の目から逃れることはできない。悪を、隠し通すことはできない。

 愁が目を開けた。

「愁・よみがたりの術を使っても、この魔物は救う余地がない。滅ぼすべき」

 さきほど冷重が聞いた女の声は、愁の声であった。

「承知したよ!! 愁!!」

 七人はさらに力を振るって、あっという間に三万の軍勢をたいらげてしまった。

 冷重は、全身から血の気が失せて、つやのまったくない深緑のままだった。

「な……何者だお前たちは!! 神器もなしに魔族軍三万を……!? ありえん!! しかも、竜族ならともかく、最弱の精霊族と、人間ごときが!? わからん!! お前たち、『世界のどこにいた』!? ここまで強く育った者たちの情報が、今オレの手元に一人分もないわけがない!!」

 愁が、たった一体だけ残った冷重の前に立った。

「私たちは思い出しただけよ」

 緑の髪が青に変わると、瞬速で冷重の頭を殴りつけた。

「昔、どれだけこの星を愛していたかを」

 冷重の頭蓋骨ずがいこつは砕け、息絶えていた。


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