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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十七章 浮かび上がる陰
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浮かび上がる陰第七章「金気の極覇(きょくは)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

病弱なため帝になれなかった、帝の兄・日宮ひのみや。日宮の息子で、空竜の婚約者・当滴あってき。空竜の元女官・定菜枝てなえ

 金気の竜・浜金ひきん




第七章  金気の極覇きょくは



 一千万の刀の降っていた空は晴れ上がり、刀は大地に突き刺さるのみとなっていた。

 四神を神剣に納めた、荒く息をつく四人を含む一同は、浜金の体を遠くから注視していた。

 電撃が走り、それが宙を舞うたび、浜金の体が削られたようになくなっていく。みるみるうちに、周りに電撃を従えた、中心に黒い球を持つ、人が一人分は入れるほどの直径の黄色い水晶球となり、宙に浮き上がった。

「わしは一涯五覇いちがいごは・金気の極覇きょくは一禁ひきんである!! わしが真の姿を見せたのはお前たちが初めてだ、光栄に思え!!」

 神の呪いの牙も、腐食の体も翼も、もはや持たない。

「何をするつもりだ!!」

 閼嵐は、電撃が極まって花火のように弾けて爆発する空間の中心にいる、黄色い眼のような球体の一禁ひきんに、叫んだ。

「知れたこと!! 命をすべて見回し、命のすべての経験を管理し、世界の箱庭を作ってすべてを動かす神になるのだ!! 全生命体の同時並行の事象の監督、これこそ最強の知の生命体にふさわしいわざだ!! 最高の知の栄誉を、わしに与えよ!! 愚かなる箱庭の民よ!! 神の血をなめるより先に、『神』として最初に貴様らを葬ってくれるわ!!」

 紫苑が一禁に向かって、足を一歩前へ踏みしめるように出した。

「一禁!! 世界の命を知りすぎて、その代わりに希望を失った世界の敵!! この世の命に赦されない秘密に触れれば死あるのみ!! 運命の決められた箱庭など、私が砕く!!」

 一禁が紫苑に電撃を放つと、風の術となって爆発した。

「なっ!!」

 風によって回転させられてから、地面に血を広げて、紫苑は倒れこんだ。雷の使い手の露雩が気づいた。

「気をつけろ! この電撃……、一つ一つに五行それぞれの力が封じられている! 触れたら術が発動するぞ!」

 一禁が上空へ昇った。

「わしの邪魔をせぬように、わしの世界を使って足止めしてやるかな。ほれえ!!」

 一禁の中心の黒い球から、だらだらと黒い液体が流れ落ちてきた。草むらに落ちたとたん、草が黒く変色し、ぼろぼろの金属になって散った。

「重金属の腐食液だ!!」

 再び四神五柱を顕現させる一同を嘲笑うかのように、一禁は高定山こうていさんの山頂に浮いた。

 そして、黒い液でたれをかけるように、山頂から下へ汚し始めた。山頂の命も岩も何もかも、黒い液がかかった部分は黒いぼろぼろの金属となって土の上に散乱した。空竜が即座に反応した。

「いけない!! みんな聞いて!! 高定山の川は海につながっているし、ふもとの町だけじゃなくて、広い平原を伝ってすぐに国土に広まってしまうわ!! 谷や山で食い止められる地形がないの!! ここでき止めないと!!」

 地形に詳しい空竜の説明を聞いて、紫苑は麒麟きりんの技「割屹立新かっきつりっしん」で、山の斜面をぐるりと一周する小山の壁を起こし、黒い腐食液を堰き止めた。しかし、その下を通っていく川は、液が染みこんで、どす黒く変色している。露雩と共にいる玄武げんぶが聖なる水を与えて川底に沈殿させ、清流と分離する。その黒い液を麻沚芭と共にいる青龍せいりゅうが風で巻き上げ、出雲と共にいる朱雀すざくが炎で溶かし、一つにまとめる。

 そう、灰にするわけにはいかないのだ。

 この触れたものすべてを汚染する腐食液を、たとえかすでも、世界に散らすわけにはいかない。

 何も知らない人々に向かって、こんな危険なかすを知っていて捨てるのは、悪である。

 一禁が腐食液をたれ流す限り、かすは世界の一部を占めていく。健全な世界を腐らせる病原のように。

 偽りの神として呪いをも身に受ける一禁から出るものは、無尽蔵の穢れなのであろう、黒い液体は永遠に流れ、出し尽くすということがない。一禁が黒い液体をひときわ出した。

「どうだ!! 命に欠かせない水と、身を守る住居、戦場にすべき平原!! お前たちが真っ先に必要とする場所を汚染されては、手も足も出まい!! 混乱が一日でもあれば、もうこっちのものだ。わしが世界の首根っこを押さえるのに、十分な時間だ!! 見よ、四神でさえ対処には精一杯だ!! 愉快なことだ!!」

 紫苑は、黒い液体に汚染された山肌を見て、麒麟にもう一度「割屹立新かっきつりっしん」の術を出してもらった。二重の小山の壁になったのを見てから、一禁を睨み上げた。

「さすが竜族だ。社会を壊してきただけあって、どこを無力化すれば命が困るか知っている。そして、四神が必死に食い止めることも……!!」

 一禁が黒い液体を落としながら、光り始めた。

「これで終わりではないぞお前たち! これは始まりだ、そう、世界の始まりなのだ! 見届けよ有象無象うぞうむぞうども! ここに今、神が誕生する!!」

 光が金属の細かい粒子になっていく。

「何をするつもりだ!!」

 光を見続けられる目の、人形の氷雨が直視している。一禁の体は、黄色い部分がすべて粒子に変わり、黒い球を残すのみとなった。一禁はよほど興奮していたのだろう、喉がかすれた声で笑った。

「かはっ、はギン!! わしは、神のようにあまねく世界に広がって、わしの箱庭を受け入れ、永久に監視され従うという思想を、空気感染してやるのだ!!」

 そして、空気感染の源になる金属の細かい粒子を、高定山の頂上から全方位に向けて発射した。

「なにいいッ!!」

 あまりの悪逆に一同が思考を停止したとき、青龍より早く動いた者があった。

 右目を五芒星と六芒星を重ね合わせた八角形の星晶睛せいしょうせいにした、露雩だった。青紫色の目が強く光った。

「はあーッ!!」

 露雩が右掌を天に突き上げたとき、空間が丸く囲われた。一禁の空気感染の金属粒子が見えない壁で飛び出せず、行き場を失ってぐるぐる円周を回っている。

 それでも、外に放たれてしまったものが、少なからずある。青龍が風を起こして、必死に回収しようとしていた。

「何をする貴様あっ!! わしの邪魔をしたな!!」

 一禁は黒い液体を飛び散らかした。

 右目が星晶睛せいしょうせいの露雩が無言で見上げると、一禁はなぜか言葉が出なくなった。

「思想を空気感染させようとするとは……。命を生かしながら殺す気なのだな。お前のような愚か者は初めてだ。自分のすることがすべて賢く正しいと思っている、小人しょうじんは」

「愚か」と言われて、一禁は頭に血が上った。

「愚かだと!? お前のような下等生物に一番言われたくない言葉だ!! わしの知の攻撃、百斬伏零一ひゃくざんふせれいひでやっと立っていられただけの無能が、よくもこのわしに大それたことを!!」

 露雩は無表情に右目をきらめかせた。

「では星晶睛せいしょうせいが世界に現れる意味は何だ」

「……!」

 一禁は言葉に詰まった。血をたくさんなめてきた一禁も、答えを知らないのだ。

「誰かが定義したものだけを知り、世界が定義した理を知らぬ。お前はやはり何も知らない愚か者だ。偉ぶるな、誰かの決めた決まり事にのみ答えられる小人よ!!」

 一禁の黒い球が伸びたり縮んだりした。

「わしにわからないことは……、箱庭から消去してやる!! 星晶睛せいしょうせいよ、お前などわしの世界にはいらぬ!! 死ねえ!!」

 露雩に電撃が向かったとき、一禁に水流の術が激突した。

「うぎっ!! なんだ!?」

 白虎が宙に浮いて、一禁を睨みすえていた。そして、白虎には閼嵐と空竜が乗っていた。

 空竜は、術を完全反射する鏡の神器・海月かいげつを胸の前にかざしていた。

「あんたの、すべての術になる電撃は、私がみんな跳ね返してやるわ!! 触れて傷つかなければどの四神で威力を弱められるかわからないのを狙ったんでしょうけど、おあいにくさま!! 私の海月は五行どの気でも関係なく跳ね返すわ!!」

 一禁はむっとした。五行の電撃に守られていれば、どの戦士が来ても爆発を与えて殺せると思っていた。海月の情報はあったが、空竜は一連の攻撃の中ですぐ死ぬだろうと思っていたし、何より白虎が自分の腐食金属のかすを浄化する方にまわるだろうと思ったのだ。そして、こちらは四神五柱を封じたうえで思想の空気感染で一網打尽――。

 しかし、すべてが狂った今、まずはしっかりと空竜を仕留めるために、一禁は白虎を複数の電撃で包囲した。

「かかれっ!!」

 鏡の方向から入るものしか跳ね返せまいと考えてのことであった。しかし、白虎は針の毛を伸ばして電流をからませて取ると、背中を伝って空竜の海月一点へ集めた。それが跳ね返り、何倍もの術になって一禁を襲った。

 思わず竜の鳴き声で苦しむ一禁は、初めて裸で震えた。

「一禁。お前はそうやって知識のない裸の命を転がして、弄んできたんだ! 今度はお前の番だ! 覚悟はいいな!!」

 閼嵐が白虎の背に立ち上がって、跳躍した。

「や、やめろ!! やめろ!! 何かが違う、何かが違うー!! このわしが八方塞がりなどと、負けるなどと、計算違いを起こすなどとあるわけがないいいー!!」

 一禁は真っ黒な頭の中の思考が、忙しく駆けめぐっていた。白虎と空竜、星晶睛せいしょうせい、千万乱剣――どこで間違えた! そこで思い当たる。第三の最強になったときに、本気を出し惜しみして、無駄に時間を空費したこと。あのとき勢いにまかせて七人を討ち取っていれば。

「しまったあああー!!」

 一禁の放つ電撃は白虎が避雷針のように吸い取る。閼嵐が右拳を振り上げている。一瞬で白虎が鎧になり、白虎の手甲が一禁の黒い球を天から砕き割った。


 空のもっと上へ、行ってみたかった。

 この世で知らぬものは何もない竜族に生まれて、そのあり余る力をどこで発散すべきか、わからなかった。

 何のための力なのか。

 何のために生きているのか。

 この世を支配し、勝ち続け、劣等種を導いてうまく奉仕させるためだ。

 それ以外に、何ができるというのだ。

「この知識」で。

 さして努力もせずに得た知識。当然、感動などない。ただ他者に勝つためだけに磨かれる、「誇り」の仮面をかぶった武器だ。

 武器だから、相手のすべてを失墜させるまで振るわなくてはならない。勝たなければ、知識の意味がないのだ。

 勝つために兵を動かすものが知識なら、平和時の人の日常も知識で動かせるはずだ、支配できるはずだ――。なぜだろう、そのとき一禁は一涯五覇いちがいごはの証の、神に頼らぬ者の剣・おのずからのつるぎを作り上げていた。


「白虎。貴様らが現れてから、わしの計画はことごとく歪んだ。今、わしの視界さえも――。復讐せずにはいられん。どうしてほしい?」

 白虎は、粉々になって落ちた黒い球の残骸を見下ろしていた。

『ずっとわしに浄化されておれ。少なくともとても長い間、わしはお前を体内に抱えて大変な重荷で、迷惑だ』

 一禁は長い間、しーんとしていた。

「神は、そういうことを言うのか……」

 それきり、事切れた。

 白虎が閼嵐をうながした。

『そういうことだ。赦す、閼嵐』

「ありがとうございます」

 閼嵐が一禁の残骸に近づいていることに、一同が気づいた。

「どうしたの? 閼嵐。あぶないよ!」

 霄瀾が止めても、閼嵐は歩き続けた。そして、黒い球の金属に手をかざし、その殺気を我が身に取りこみ始めた。

「何をしているの閼嵐!?」

 紫苑たちが驚愕する中、閼嵐は振り返らずに答えた。

「陽の極点の紫苑が存在する限り、陰の極点は現れ続ける。だから、オレが陰の極点になって、世界の均衡を保たせる。一禁の殺気を吸収して、悪の思考を住まわせる。それを白虎神が抑えてくださるというわけだ」

 紫苑が悲鳴に近い声を上げた。

「やめて閼嵐!! 友にそんなことをさせられない!! 一生悪の思考と隣り合わせだなんて!! 閼嵐、無差別に殺したら、私はお前を討ってしまう!!」

 剣姫になっていた。

「この中で紫苑を憎む理由を持っているのはオレだけだ」

 閼嵐が落ち着いていたので、剣姫は立ち止まって考えた。

「オレだけが魔族で、人間を憎める。オレしかいないんだ。お前を救えるのは」

「閼嵐……!」

 剣姫が涙ぐんでいた。悪を即殺す剣姫には、閼嵐の一生を想像しただけで、自分には耐えられないとわかっていたからだ。

「安心しろ。オレはどんな悪の思考が走ったって、最後にはお前の世界を絶対に信じてるから」

 一禁の殺気がすべて閼嵐の体内に収まった。閼嵐が笑顔で振り返った。

「いつも一緒にいよう。オレを幸せにしてくれ。お前が陰の極点をずっと封印し続けるんだ! 陽の極点!」

 陰の極点・閼嵐と、陽の極点・赤ノ宮九字紫苑は、向かい合った。

 剣姫は殺気を吸い取った左手と握手した。

「すまない閼嵐。お前のことは一生私が守る!!」

 陰と陽、手を取り合うはずのない二人が握りあったことで、閼嵐に知識が示された。

「陰の極点は、陽の極点とは永遠に交わらない」と。

「姫に焦がれる王は、永遠に焦がれたまま、か……」

 しかし一つだけ救いがある。

「お前と同じ時代に、いつも生まれ変われるんだな。何度生まれ変わっても、いつも出会えるんだな。ああ、それは嬉しいな」

 ずっと剣姫を見ていられる運命に、陰の極点は心穏やかな顔を見せた。

「もう遠慮はしない。たとえお前が露雩を愛していたとしても、オレはお前を守る!」

 紫苑はいつまでも握手してくれていた。


 青龍は、一禁の思想の粒子をすべて集められなかった。しかし、感染者を見つけ次第、神の力で粒子を引きずり出すと宣言した。

 光輪の雫に祈っても、露雩の星晶睛せいしょうせいについて、お告げは降りなかった。

 一禁の作った町は、定菜枝てなえと日宮に話し、定菜枝の協力のもと、ひっそりと生きていけるようにすることを頼んだ。当滴あってきは興味がありそうだったが、閼嵐が無言で一禁の不浄の成れの果てを見せると、口をつぐんでしまった。喉梶操のどかじ・あやつも感想が出なかった。

 日宮が食料を用意してくれたので、一行は一日休んだのち、ついに西の果て、魔族の国へ向かうこととなった。


 緑色の髪の少女がひきつけを起こして倒れていた。友人の少女が大人を呼びに行っている間に、少女は急にひきつけが止まり、ぺっ、と金属の粒子を掌に吐いた。青龍が集めきれなかった、一禁の思想の空気感染であった。

「世界の危機だ。私は目醒めた」

 少女は粒子を掌で握ってひしゃげさせた。

「こんな世界を認めない」

 目の輝きの奥深くに火がともった。


「星方陣撃剣録第一部紅い玲瓏十七巻」(完)


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