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星方陣撃剣録  作者: 白雪
第一部 紅い玲瓏 第十七章 浮かび上がる陰
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浮かび上がる陰第六章「一涯五覇(いちがいごは)・浜金(ひきん)」

登場人物

双剣士であり陰陽師でもある、杖の神器・光輪こうりんしずくを持つ、「土気」を司る麒麟きりん神に認められし者・赤ノ宮の名字を改めた九字紫苑くじ・しおん。強大な力を秘める瞳、星晶睛せいしょうせいの持ち主で、「水気」を司る玄武げんぶ神に認められし者、紫苑と結婚している露雩ろう

紫苑の炎の式神で、霄瀾の父親になった、「火気」を司る朱雀すざく神に認められし者・精霊王・出雲いずも。神器の竪琴・水鏡すいきょうの調べを持つ、出雲の子供にしてもらった、竪琴弾きの子供・霄瀾しょうらん。帝の一人娘で、神器の鏡・海月かいげつと、神器の聖弓・六薙ろくなぎまたの名を弦楽器の神器・聖紋弦せいもんげんの使い手・空竜くりゅう姫。聖水「閼伽あか」を出せる、「魔族王」であり格闘家の青年で、はちまきの神器・淵泉えんせんうつわの持ち主の、「金気」を司る白虎びゃっこ神に認められし者・閼嵐あらん。輪の神器・楽宝円がくほうえんを持ち、「木気」を司る青龍せいりゅう神に認められた、忍の者・霧府麻沚芭きりふ・ましば。人形師の下与芯かよしんによって人喪志国ひともしこくの開奈姫に似せて作られた、槍使いの人形機械・氷雨ひさめ

病弱なため帝になれなかった、帝の兄・日宮ひのみや。日宮の息子で、空竜の婚約者・当滴あってき。空竜の元女官・定菜枝てなえ

 剣姫の血を欲する竜・浜金ひきん




第六章  一涯五覇いちがいごは浜金ひきん



 高定山こうていさんふもとに、町があった。

 人が住んでいることにも驚いたが、もっと驚いたのは、その町が真都そっくりに造られていて――、人々の顔、体格さえ同じであったことだ。それ以外にも、これまで旅してきた国々で見かけたような人たちが、歩いているようだった。

「て……定菜枝てなえッ!!」

 空竜が突然走り出して、女性に抱きついた。日宮に殺されたはずの定菜枝が、驚いて立ち止まっている。

「生きてたのね……嬉しいわ!!」

 泣きかける空竜とは逆に、定菜枝は憂いを帯びたように顔がかげり、辺りを見回した。そして、自分の家である小屋に、再び案内した。

 小屋の中に代鋭しろえいはいない。

「ここに来たということは、浜金ひきんと戦うのですね。『真都の私』は、殺されたのですか」

「『真都の私』? 何を言ってるのお?」

 空竜は定菜枝に問い返した。

「……姫様、残念ですが、私は真都にいた定菜枝とは別の個体です」

 定菜枝は憂いを帯び続けていた。

「この町は浜金専用の実験場です。この町にいるのは、真都や各国で浜金が集めた血と記憶で作り上げられた、人間の複製です。私は定菜枝の複製です。ですが、記憶も体も本物と同じなので、何の不自由もなく生きています。浜金に忍として町の監視を命じられていなかったら、大多数の人々と同じように、自分が複製とも知らず、真都に暮らしている本物と思いながら生きていたでしょう」

 皆が息を止めるほど驚く中、紫苑がすぐに聞いた。

「人間の複製……! 浜金の知識はそこまで! ここでどんな実験を? そこまで知識がありながら、あと何を知りたいと思っているのか、逆に聞きたい」

「神に対抗するため、あらゆる神を冒瀆ぼうとくし、その呪いを牙に集中し、結果的に何柱もの神の力を受けた武器を得ました。これで神と戦うことへの備えはできました。あとは、自らが神になるだけです」

「神になる!? 誰も救わない者がか!? 何の能力で!!」

 今の紫苑の憤慨の鼻息は、竜の鼻息と互角に押し合えそうである。

「命の配置換えの能力で、です」

 定菜枝の声が一段と低く、小さくなった。

「この世の命には、一つ一つ、使命があります。人生の初期、中期、晩期、誰と出会ったとき、別れたとき、何かを見たとき、見なかったとき、など……あらゆる場面で、あらゆる命が使命を果たすために動き出します。それは無限の組み合わせで行われる、神の意志なのです。

 浜金は、たくさんの命の血をなめて、命が集団ごとにまとめられること、規則性が集団をまたがっていることなど、命に傾向があることに気づいてしまったのです。神の領域を、認識しだしてしまったのです。認識すれば、侮りが生まれます。神になれると、思ったのです。

 そのためには神の思考を可能な限り得なければなりません。浜金はここを、世界の縮図にしました。そして、ある人を真都で病気にして使命を奪ったとき、その宙に浮いた使命は浜金の複製に受け継がれるのか、もし別の誰かが代わりに使命を果たすなら、どんな人間が果たすのかを実験しだしたのです。違う個体で同じ顔の者か、名前は、家庭環境は……。真都と浜金の真都を比較するために、浜金は毎日何往復もしていました。浜金は全員の未来を自分なりに予測し、神の起こす結果と答え合わせをしていたのです」

 さすがの紫苑も、絶句した。この世の命が神になろうとすることほど大きな悪はない。聞いていて胸の中で汚い空気が回っているようで、不快である。紫苑は一気に吐き出した。

「有限の頭脳であるこの世の命でありながら、有限の頭脳であるがゆえにこの世の命が認識できない神に、自らが比肩すると思い上がるとは、神からもらった命を反逆に使う、裏切り者!! 世界を神から盗み、失敗させる愚か者!! 世界のすべての命がつながる絆を、私が壊させはしない!!」

 光輪の雫の三日月の縁が上から下に光り、雫の部分の赤い水晶球が一瞬純白に光った。

 定菜枝は紫苑たちに頭を下げた。

「どうか、私たちを救ってください。私たちは、浜金の実験で死んでも、また複製されて、永遠に死ねないのです。記憶が引き継がれるからです。苦しいのに、浜金より弱いから、私は人々に真実を教えて戦うことができません。浜金に負ければ、全員が、自殺することもできずに永遠に生き続けることを知ります。そのあとのことは、とても考えたくありません」

「……」

 空竜が何か言いたそうに定菜枝の姿を目に焼きつけていた。紫苑が定菜枝の手を取った。

「あなたは私たちを助けてくれたわ。今度は、私たちの番」

「ありがとうございます」

 定菜枝は、高定山こうていさんの山道を先導した。

 山の中腹で、紫苑たちは振り返って町を見下ろした。世界に浜金という大悪たいあくがいたことに気づかなかった自分に、歯嚙みした。

 山頂では、大量の竜族が転がっていた。いずれも、爪のひとかきで体を裂かれ、鱗を砕かれ、翼を切り取られている。

「これが奴の第三の最強の力か……!」

 紫苑は浜金の力を、竜族の死骸で学んだ。

「ビャギギギ、やはり来たか剣姫ども」

 浜金が頂の上に現れた。舌なめずりをしている。

「定菜枝、本物も偽者も主を裏切るとは、血は争えんな」

 ビャギギと笑っている。空竜が怒って一歩前へ出た。

「あんたが弄んだからでしょ!!」

 ビャギ、と浜金は意に介さなかった。

「お前たちの血もなめてやる。複製を作って、不老不死の地獄を見せてやろう!」

 さすが知恵のある竜である。命を最も追いつめる生き地獄が何であるか、知っている。

「みんな、下がっていろ」

 剣姫が静かに歩き出した。左半分の顔に穴のない半月の仮面をかぶり、男装する。「世界を最も愛し、最も憎む最強の中道」が、完全なる陰陽の調和で際限なく力を創出しだす。

「ビャギギギ、男装舞姫か! わしもお前の血でなれるようになったぞ! 見るがいい! 竜の第三の最強の姿をっ!!」

 浜金が咆哮すると、顔の左半分が鱗からなめらかな毛に変わった。そして、体の左半分が、灰砂色からところどころ光る青灰色に変わった。

「「ゆくぞっ!!」」

 神魔に並ぶ第三の最強同士がぶつかった。剣と爪、剣と牙が激しい殺意を浴びせあう。剣圧が大地をえぐり、雲を散らし、大岩を吹き飛ばす。一太刀でも浴びせんものと、男装舞姫の双剣が踊り、一裂きでも与えんものと、半身が青灰色の浜金が宙を舞う。姫は自分の新しい世界に生きる人々の歓喜を剣で表し、竜は自分の新しい世界に生きる人々の計算通りの憂いなき喜びを全身で表し、「安心」と「緻密ちみつ」が世界を賭けて戦いあう。

 互いの剣と爪が激突するたび、二人から二つの球体の衝撃波が広がる。押しあう間も、同じ波動が発生し、もう一方を呑みこもうと強くぶつかりあう。

「浜金!! 世界を愛することも憎むこともしない傍観者が、知識だけで第三の最強の力を得るとは、あくまでも世界を食った奴め!!」

 男装舞姫は、悪人のいなくなった世界に水を注ぐ人々を表す剣舞で攻撃した。

「舞姫!! 目の前にある未知が数式に変わったのを解かない愚か者がどこにいる!! 理解できることは、全部わしのものだ!! お前の人生も、この世界の歴史も現象も、全部全部わしのものだ!! そして怒り狂った神よ、降りてくるがよい!! 一滴でもわしが血をなめれば、神は終わりだ!! その日が神の命日だ!! ビャギギギギギ!!」

 浜金は、自らが神になった日の喜びを表す舞で攻撃した。

「ぐああっ!!」

 男装舞姫の右の二の腕に爪が食いこんだ。

「ギギッ!!」

 素早く浜金はその血をなめた。そして、ビャビャビャビャと震えた。

「光輪の雫……こうやって資格を得るのか。竜王にも会ったか。こんな術を隠れて知っていたか……」

 自分の増えた知識に興奮している。

 なんという敵なのだ。

 男装舞姫は血を流しながら睨みつけた。

「血をなめただけで、人生のすべてがわかってしまう。もし世界中すべての命の血をなめてしまったら、この竜が世界の神になってしまう! 地上の命は誰も太刀打ちできないからだ!」

 男装舞姫は地を蹴った。

「ここで俺が止めなければ!! 誰も戦わない世界は神に見限られ、地上は愚かな統治によって自滅する!!」

 男装舞姫の双剣と青灰色の浜金の爪と牙が、二撃、四撃、八撃と火花を散らしあう。

「お前の力はもう見切っている! 馬鹿な奴だ、いずれ神になるわしに楯突くとは! そろそろ男装舞姫も体力の限界であろう? 竜であるわしの体力の方がもつはずだ。男装が解かれたとき、わしがとどめを刺してやろう!」

 浜金は余裕で男装舞姫の攻撃を受け流し、仕掛けてこない。体が崩壊しない限りしか続かない男装舞姫化の、時間切れを狙っているのだ。

「浜金、貴様などに第三の最強は負けん!! 世界を愛しも、憎みもしない中道などに、世界を想う心は、負けん!!」

 男装舞姫の剣舞が、浜金と踊る。

「焦っておるか。ビャギギ、お前の剣舞の法則も心得ておる。あがくのを見てやろう。ああ、独り言でも言っているかな……」

 浜金は暇になって、自分のことを語りだした。

「わしは、神の血をなめ、自分の知識と合わせることで、最強の神になりたい。神こそが、知識の究極の形だからだ。わしの考えでは、この世で最高の知識を持つ者が神となる。だからこそ、わしは神をやってみたくなったのだ。神となり、すべての根源、生み出す者になり、世界をまわしてみたいという欲求がある。自分の複製を作り続けて、時間を超越し、世界の始まりと終わりを見てみたい。過去も未来もすべて網羅したい」

 誰にも話したことがなかったのだろう、浜金は驚くほど詳しく話した。誰かに聞いてもらいたかったというより、自分自身に話しかけているようだった。

 そして、世界の頂点にいる竜と戦いうるのは神しかいない、というおごりが垣間見える。

 男装舞姫が双剣を払った。

「てめえは古代からの知識で世界を知り尽くした。偽りの物語ではなく、真実の歴史をな。それなのに、未来に何の希望も与えないのか。歴史を読み、感想は『これなら俺にもできる』、それだけか!! 神の御業みわざを畏れもせずに、自分の力を遊びに使う奴を、俺は許さねえ!! だがな、てめえは本当は、世界に自分と神だけいればそれでいいんだ!! 他の命に負けるかもしれない自分の身の程を知るのが怖い、臆病者だからだ!!」

 浜金がいきりたった。

「わしと対決することができるのは神だけではないか!! 舞姫、お前がわしの頭脳に勝てたか!? 勝てまい!! この世の誰もわしと戦えないほど愚かなのだから、わしが神しか相手にしなくなっても、お前たちは非難できまい!! 臆病者だと!? 黙れ!! 愚者め!!」

 男装舞姫が剣を下ろした。

「この世で一番賢いのは最も知識をつめこんだ者だと思っている、愚かで憐れな命よ。では聞こう。その賢いお前が、なぜ第三の最強になれなかった。なぜ一柱の神も力を貸してこなかった。なぜ一つの神器も扱えなかった。なぜ死ねと呪われることしかされなかった。この式を解いてみよ。

 ただの力、才能、権力は、この世界に必要ないのだ。貴様の複製と同じで、その者の代わりは他にいくらでもいるからだ。どんなに小さな力でも、星も命も何もかもすべてを守りたいと心から願えば、神器――奇跡は、おのずと目の前に現れる。貴様の知識は、ただ自分を誇り、他者を見下すためだけのものだ。貴様は世界に何を与えた? 世界を無視しておいて、神になる? 世界を知らない愚者のまわす世界は一日ともつまい」

 そして、男装舞姫が解かれて、剣姫に戻った。浜金は小躍りした。

「ビャギギ、第三の最強が解けたか! せいぜいほざけ! 結局お前はわしの知識量に負ける劣等種だ! 憐れなのはお前の方だな、どうしても勝てないから、神に関わる資格などを持ち出すとは! わしは神になる存在だ、一つや二つの神や神器になど、ひれ伏すつもりはないわ! 向こうから遠慮したのであろうよ! 第三の最強もお前の血がなくても、いずれわしは手に入れられたであろう! 『世界を愛し、愛さない』? わしの世界がうまくいけば愛し、うまくいかなければ愛さないからだ! さあ、おしゃべりは終わりだ!! 死ねえ剣姫!! 第三の最強に殺されることをありがたく思え!!」

 突進してきた浜金の左半分の顔のなめらかな毛がすべて抜け落ち、鱗が浮き出てきた。体の左半分の青灰色も、灰砂色に戻った。

 浜金は、最強の力を失い、元の竜に戻っていた。

「なぜだ!? 体力はまだ残っているはず!?」

 焦って自分の体を見回す浜金に、剣姫が大声で笑った。

「馬鹿な奴だ。私の思考を使って第三の最強になったのなら、私の思考が耐えられるのと同じ時間しか、最強になれないと気づくべきだったな」

「!? どういうことだ……あっ!!」

 浜金はある可能性にたどり着いた。男装舞姫は体が崩壊するまで出せる。ただしそれに加えて、脳が世界への愛と憎しみでせめぎあうのを耐えられる間だけ、出せる。体力だけあっても、脳が耐えられなければ、舞姫化が解けてしまうのだ。浜金は舞姫の思考を使って第三の最強になったので、体力と頭に同時に限界が来る舞姫と同じときに限界が来て、元に戻ってしまったのだ。

「お……おのれええー!! 脆弱ぜいじゃくな劣等種めえー!!」

 浜金は怒り狂い、炎の息を吐いた。

 しかしそれを、出雲の神剣・朱雀すざくが二つに裂いた。

 浜金は水を吹いて出雲を山の下へ押し流そうとした。露雩が神剣・玄武げんぶで出した噴水に全員を乗せ、浜金の水を近寄らせなかった。

 浜金は空中に鉄のつちを出現させ、八人に投げつけた。閼嵐の神剣・白虎びゃっこの手甲がうなり、鉄の槌を粉々に砕いた。

 浜金が灰色の土を露雩の噴水に吹いた。水でこねられ粘土になっていく。すかさず紫苑が噴水に突き立てた神剣・麒麟きりんから神砂かみすなが流れ、露雩の噴水でこねられて島となって広がり、粘土から八人を守った。

 浜金が翼で竜巻を起こして八人をばらばらにしようとすると、麻沚芭の神剣・青龍せいりゅうから巻き起こった神風かみかぜが、竜巻とは逆回転に吹きつけ、打ち消した。

 五行の力がことごとく封じられて、浜金は大きな音で羽ばたいていらった。

「現実がわかったか。お前は一柱の神にも勝てないのだ」

 剣姫に告げられて、浜金が炎と共に雄叫びをあげた。

「この浜金を甘く見るなー!!」

 浜金が黒い息を吹いた。黒い息の触れた岩は、金属がさびて腐食を起こしたようにぼろぼろになり、崩れていった。四神五柱の神水かみのみず神風かみかぜ神火かみび神金かみかね神砂かみすなも、黒い息に触れたとたんに金属のかすのように散り散りに崩れていった。浜金が笑った。

「どうだ、あらゆる神の呪いを受けた牙を経た、呪いの息は! 四神が手も足も出まい!! ビャギギギ!!」

 剣姫が皆の前に飛び出た。

「お前の力ではない、偉ぶるな!! 呪いとわかればこれしかない!! 神器・光輪の雫、天視てんし輪青りんせい!!」

 一度にあらゆる神の赦しを得る光が、呪いの空気と押しあう。浜金は呪いの息を吐きながら、両翼それぞれに、「あいろはん」の字を浮かび上がらせた。

「文字の始まりの“あ”“いろは”、終わりの“ん”、まさに知の最初から最後まで得ているわしにこそ使いこなせる力!! この世で最強の知の力、見せてやろう!! 百斬伏零一ひゃくざんふせれいひ!!」

「あいろはん」の両翼から激しい波動の風が放たれた。体を斬られて攻撃されるわけではない。だが、風に触れた瞬間から、全員の目の前に問いが現れる。それは、一たす一は? から始まり、漢字の読み、地上の生物の分類を知られている限り挙げる、魔族の進化の歴史を説明する、など、この世界のありとあらゆることの知識を問う問題である。制限時間内に答えられないたびに、風が岩の塊のように硬くなり、こちらを殴りつける。そして、いつまで正解しても終わりはない。あと一撃で死ぬという瀕死状態になるまで、あらゆる知識の風が永遠に襲い続けるのだ。

「ビャギギ!! 愚者はわしに勝てぬのだ!! 知力の差を、思い知れ!! この世は知識のある者が上に立つのだということを、わからせてやる!!」

 浜金の風に力がこもる。

 全員すべての数学の公式を使う大量の問題でまず疲弊させられ、最初に、歴代の帝の名前が言えなかった霄瀾が倒れた。次に、氷雨がそれぞれの栄養価を持つ食物を挙げられずに動けなくなった。閼嵐は次々に現れる絵画の技法がわからなかった。麻沚芭は演奏家を古代から現在まで聞かれて倒れた。空竜は各山に生息する動植物をすべて答えられなかった。出雲と露雩は、勘と気合で答えて、なんとか立っている。

 剣姫は千里国せんりこくの人々の顔と名前を言わされていた。自分を拒絶した、自分が殺しかねない人物たちを直視するのが、苦痛で仕方がない。

「すべての事象と全員に、知られる価値がある、だが『こいつにこの問題をぶつければ確実に勝てる』と踏んで問いを出すのは、知識を悪用する罪人のすることである!! すべての事象を嘲り、己の都合よく、不利なことを隠し、有利なものだけ優遇する、そんなものは知識でも何でもない!! ただの小賢しいずるだ!!」

 剣姫が光輪の雫からさらに天視輪青の光を放った。「あいろはん」の波動とも、空間を支配しようと戦いあう。

「くっ……!!」

 神々の呪いと知の大風、二つと戦う剣姫の光が押されている。

 こんな、知識を己のためにしか使わない者に負けるのか。

 努力もせずに神の力を得、苦しみもせずに世界の知識を得た生ぬるい者に、負けるのか!!

「生きることを……馬鹿にするなあー!!」

 剣姫から白き炎が上がり、光輪の雫の光を押し広げた。

「浜金! 志なき知識は、微風に倒れる根のない花だ! 和と責任を握りしめる知識にこそ、真の言葉はくだるのだ!!」

 浜金が嘲笑った。

「持たざる者め、言葉で遊びよるわ!! 何も無い者は、持つ者の掌の上で踊るものと、世界の始まりから決まっておるわ!!」

 剣姫は光輪の雫を高く掲げた。

「世界で一番大切なのは、全員で守りあおうとする心だ!! 人も魔物も竜も精霊もその他どの命も与えあい、輪から外れることはない!! そのためにあがくところに、皆を救う知識が降りることは赦される!! 浜金、貴様その知識で何をした!! 命を弄び悦に入り、世界を破壊するだけか!! 倒されるべき、悪め!! 見よ!! 貴様の過去は支配と殺戮ばかりだ!! 誰の境遇も救わないし、星の修復もできない!! 知の最初から最後までの知識攻撃? 片腹痛いわ!! 本があれば誰でも答えられることでいい気になるな!!

 本当の知識とは、誰もわからないことを、誰もできないから、自分の人生と才能を、捧げる勇気だーッ!!」

 光輪の雫の三日月の縁が上から下に光り、雫の部分の水晶球がより強い輝きを放つと、呪いの空気と知の風を一気に押し返し、辺りを清浄な光の空気に変えた。

 浜金は、自分の黒い息が出るそばから光に変わり、百斬伏零一ひゃくざんふせれいひの風が起こせないほどの圧力を受けていることに驚いた。

「ちっ……複数の神の力で場を支配したか。どこかで剣姫が神を冒瀆ぼうとくするまで、この効果は続く」

 浜金は、体力を消耗している一同を一挙に葬ろうと、口からさやのない刀の刃を千本出すと、一同に向かって吹きつけた。

千本全刺せんぼんぜんし!!」

 八人の全方位から襲いかかってくる。まだ倒れている仲間がいる。剣姫は迷わず白き炎を全方位に放ち、刃の軌道を変えた。そして、仲間に素早く暖熱だんねつ治療陣をかける。

「光輪の雫の効果はしばらく続く!! みんな、今のうちに浜金を倒すぞ!!」

 剣姫が浜金に向かって駆けだしたとき、白き炎で地面に突き刺さっていた浜金の千本の刃が、ぶるぶると震えだした。そして、浜金のもとへ再結集するために地面から抜け出て、飛び始めた。七人は気づいていたのですぐによけられたが、刀と浜金の直線上にいる剣姫の背にも、千本の刃が迫っていた。

「ビャギギギッ!! うら千本全刺せんぼんぜんし、受けてみろっ!!」

 剣風の音で、数と勢いが剣姫の背中に伝わる。

「クッ! 振り返る暇もない!」

 剣姫は双剣を背に重ね、舞い始めた。神の後背の光を表して神の加護を祈ってから、剣と剣が互いを倒そうと威力を増していく図、翼が羽ばたく風のあと鳳凰から飛び降りるふたつの蛇が剣を弾き続ける図を描き、後ろ手に刀をまわし、あるいは正しい握り方に戻しながら、はじいてはじいてはじき通す。剣姫の刀が舞いきらめくたび、裏千本全刺は、生きている大地の肉をえぐったあとの骨が跳ねるように、剝き出しに飛び散り、硬質で乾いた音を何重奏にも響かせていった。

 後ろからの裏千本全刺を見事に後ろ向きのまま防ぎきった剣姫は、臆することなく浜金に斬りつけた。

 浜金の首を落とさんとする剣姫に、浜金の口から炎が吹かれた。剣姫の白き炎と競り合いながら、剣姫は一撃、二撃と硬い鱗に斬りつけていく。

 浜金が怒りの咆哮をあげる中、剣姫は奇妙な感覚に襲われた。

 力が出ない。

 動きが鈍い。

 戦意を燃やす闘志が失われていく。脱力していく。剣姫化が解けた。そして、刀を握れても、持ち上げられない。

 好機を逃さず、浜金が踏み潰そうと跳躍してくる脚を、露雩が紫苑を抱き、跳んでかわした。

「どうしたんだ!! 棒立ちだぞ!!」

 何か戦えない理由があるのなら、解決しなければ。しかし紫苑は夫の目からそれを読み取っても、ただ呆然と首を振るばかりであった。

「わからないわ……! 別に、私には迷いなんかないのに!」

「ビャギンギンギンギンギンギン!!」

 浜金が腹をよじって大口で笑っていた。

「お前、気づいていないのか!!」

「何がだ!! また何か呪いをかけたのか!!」

 露雩が紫苑をかばうように睨みつけると、浜金は足を踏み鳴らしてまで笑った。

「のう、剣姫。お前、陽の極点としてこの世界に立ってどのくらいになる? 燃ゆるばるかを倒して、一息ついたと思っておったのか? これでこれからはお前の天下だ、と……」

「……何の話だ……」

 紫苑は声を絞り出しながら燃ゆる遙のことを思い出していた。陰の極点・燃ゆる遙。封印が解かれたとき、紫苑が第三の最強になって、この陰の極点を倒したのだ。そして、紫苑は自分の望む世界を得るために、旅をしている。

 この世界を陽に導いた存在――勝者の陽の極点として。

「ん……!?」

 何か一つ見落としていないか? 紫苑はこの世の悪を根こそぎ根絶やしにするためにそのことについて考えてこなかったが、陽の極点だけいて、陰の極点が存在しない時代がありえるだろうか?

 それは救われる世界なのか、それとも――滅ぶ世界なのか――

 ――わからない。

 紫苑は緊張のあまり動けなくなった。最悪の予感が頭をよぎる。滅ぶ可能性が非常に高い。紫苑と燃ゆる遙でさえ、女と男の力で陰と陽を一点持ち、完全に極まって消滅するのを免れていたのだ。それが世界にも適用されないわけがない。

 世界は、陰の極点を欠いて陽に極まろうとしている。

「世界を消そうとしている……!? 私が……!?」

 陽の極点の望む善なる世界は、陽の極みだ。紫苑の星方陣せいほうじんは、世界を救い、終わらせるのだ。

「……まあ、いいか……」

 紫苑は迷わなかった。

「人の世もこの世界もいずれ滅びる。救われずに憎みあって滅ぶより、一瞬でも全員が救われて滅ぶ方が、価値がある。次に生まれ変わるときに、きっと世界に良い道が生じるだろう。私は悪に泣かされる人々を救わずにこの世界を終わらせることはしない。

 そもそも、救いのない世界しか作れない人間に、生かされる価値があるか? 神ならば、救いを与えられるであろう、人間の次の種族を創造し、人間を滅ぼすだろう。そして、次の種族に望みをつなぐだろう。人間が永遠に神に見守られ、何度裏切っても期待され、善と星を守るために立ち上がるのを待っていてくれると思ったら大間違いだ。神が失望したら、人間は見限られ、滅ぼされ、次の種族がこの星を支配するのだ。

 人間は甘すぎる。自分たちの世界が永遠に続くと勘違いしている。神にとって、人間は永遠の存在ではないのだ。善のために生きる勇気を持たない者たち、理由をつけてなんでもできないと言う者たちしかいない世界を、誰が注目するだろうか。残念な気持ちで消すだけだ」

 紫苑は、ゆっくりと浜金を見上げた。

「世界を救って滅ぼす私の力をげるのは。白き炎に覆われた世界の終わりに、一人立っている私を阻めるのは! 私と対極の力で戦う陰の者以外にありえない!! 貴様は、燃ゆる遙の、次の陰の極点だな!! 私の強力な陽の極まりを、陰で侵食しているのだなッ!!」

 ビャッギッギッギッと浜金が巨体を揺らして笑った。

「いかにもわしが現在の陰の極点・浜金だ! わしの陰で貴様の陽は弱まっていくのだ! 陰と陽は拮抗するのが世界を保つ真理だからな! しかし面白いな、陰の極点も陽の極点も世界の害悪であるとはな! わしもお前も、互いに共存しようなどと思わんし、この世の命を見限る知識も得てしまっている。お前も、もともとは剣姫の衝動に加えて復讐のために悪人を全殺ぜんさつしようと思っていたのだからな。悪の心を持てば、お前の世界に生き残った者も即、殺せるのだ。その世界に、最後まで生き残れる者はいない。

 わしとお前のどちらかが生き残っている限り、世界は滅びるのだ。陰の極点と陽の極点は永遠に戦いあい、次々に穿うがたれる後継者たちに勝ち続けた方が、世界を己の方法で滅ぼせるのだ! これほど愉快なことはない、どの種族も滅びに向かっているのだからな! 死ぬのは確かだ、だが問題はどう死ぬかだ! 神の血をなめなかった場合、わしの完璧な人形として陰の極まった世界と共に死ぬか、お前の望みの安楽のみの陽の極まった世界と共に死ぬかだ。わしに言わせればお前の世界も恐ろしい世界だがな。ギギギ、神に『何が何でも降りてこい』と脅したのがわかったかな?」

 一人で牙を見せて笑っている浜金を見て、露雩の頭の中に言葉が閃いた。

『人間ではどうしようもない事象』。

 露雩がその問いに本能的に答えた。

「そのために神がいる!!」

 絶望の中、目と耳と口が空気に塞がれていた紫苑の頭の奥に、その声が届いた。

「終わりなき戦いの運命に、きっと答えをくれる!!」

 自分が世界を滅ぼすことがわかって、まともに立っていられる、善を愛する者がいようか。露雩は陽の極点を支えて立ち上がった。

「星方陣がきっと答えをくれる。救われた世界は人間を滅ぼすからって何もしなくても、人間はいずれ滅びる。だったらなんでもやってみて、やったうえでだめなら滅びる! 何もしないよりよほどいい! 希望を見つけようとしないのは、生きることを諦めるのと同じだ! オレは、この世界の隅から隅まで知って、そして答えを出す! 今は、星方陣に、一番望みがある! この世界も、紫苑も、オレは失いたくない! オレは、運命を、変える!!」

「露雩……!!」

 紫苑の目と耳と口が解放された。頼もしい夫を見つめる。

 浜金が鼻息を大きく吹いて笑った。

「星方陣を使うのはわしだ。神を呼び出して、血をなめ、殺してくれる。そのためにも今ここで全員死んでもらわなければな。ああ、そうそう、次の陽の極点が出ることは心配しておらぬ。呪いで戦えないようにしてやるからな。せいぜいわしの邪魔をせぬよう、生かさず殺さずにしておく。ビャギギギギ!!」

 そして浜金は紫苑と露雩に尻尾を払い、叩き潰そうとした。露雩が神剣・玄武で止めようとしたとき、その前で受け止めた者があった。

「閼嵐!!」

 竜王からもらった白い毛束の尻尾と、神剣・白虎を左右の手甲に変化させた両手で、浜金の尻尾をつかんでいた。

「ぬっ!! 虎ごときが!! 放せ!!」

 浜金が尻尾を暴れさせようとする間に、閼嵐は竜王の尻尾をばねにして跳びあがり、浜金の竜顔に白虎の拳を殴りつけた。

「ぐべっ!!」

 浜金が怒り、炎を吐いた。火剋金かこくきん、火は金属を溶かして勝つ。しかし、金気の白虎の手甲を、竜王の白毛の尻尾が守った。

「おのれ、いろパごときの毛が!!」

 浜金の炎と、閼嵐の拳が、互いを叩きつけようと飛び交う。

 閼嵐は覚悟をしていた。

 剣姫は、自分の行いが自分に返る、善しか生き残れない世界を求めている。

 剣姫は、悪を殺さずにはいられない衝動があったのだ、これが否定されるというのなら、剣姫の生まれてきた意味は何だったというのだ。

「オレは、紫苑の世界を選ぶ!!」

 閼嵐の覚悟が吠えた。

 善の世界になっても、悪の世界になっても、最後は陽の極点か、陰の極点の一人しか生き残らない世界になってしまう。この二人が世界に現れれば、それは世界の滅びの印であり、世界は究極の理想を迎えてどちらかの形で滅ぶのだ。

 世界は、滅ぶことを予告されたのだ。

 これを覆すには、世界中の命が陽の極点と陰の極点を殺すしかない。

 だが、それは「何も変えない日常」を送るためのものだ。果たしてそこに生きている意味はあるのか?

 技術は進歩した。命の尊厳をおとしめる方法も進化した。

 だが、金勘定なしに命と星を救う心は、何千年経っても進化しなかった。

 この世界で生きるために必要な食糧は、技術でも劣化攻撃でも金でもなく、それだったというのに。

 陽の極点と陰の極点は、なんとか暮らしている命たちの「安定」を破壊する者だ。命を奪われたくなかったら、「変われ。お前の本気を出せ」と剣を突きつけることを赦された、「安定世界の敵」なのだ。

 二人は、「世界が今のままではいけない証」なのだ。

 二人が神の滅びの意志を知って、その記憶を失うことと引き換えに目醒めたのかどうかまではわからない。たとえそれが真実であったとしても。閼嵐はまっすぐな瞳で叫んだ。

「オレは、紫苑を支える!! 一度でいいから全員救われて、それから考えればいい!! 何かをしなくちゃ、だめなんだ!! 何もしないで『救って』『滅ぼすのを待って』なんて、最悪だ!! 自分から世界に関わらなければ、この世界で生きている責任を、果たすことはできない!! オレは剣姫の世界を望む!! 救われてから、その世界で生きるために戦ってゆく!! 生きるとは戦うことだから!! どんなときだって、完全な安心などありえないから!!」

 浜金が目の焦点を細めた。

「白き炎の世界を望むか。守護姫の白き炎に怯えながら――」

「あ……閼嵐」

 紫苑が驚いて閼嵐を見つめていた。自分の世界で生きていく覚悟を告げてくれた友を。

 浜金が天をあおいで息を吸い、炎を体内で練り始めた。

「第三の最強でもない、たかが地上の一柱の神の下僕ごときが! お前のような無力な者に発言権などないことを、わからせてやるわ!」

 浜金の体はみるみるうちに、表面が有害を思わせる重金属のような液体化した白膜しろまくで覆われ、翼が腐食で黒く光る色に変色してぼろぼろになった。今にも破裂せんばかりの満ちた体と、今にも崩れ去りそうなもろい翼であった。

 なんだこの体はと閼嵐が思う間もなく、浜金が襲いかかってきた。

 閼嵐が体を殴りつけたとき、白膜からその下が飛び散って閼嵐の淵泉えんせんの器の鎧以外の部分を金属でいた。そして、浜金の翼で叩きつけられたとき、閼嵐についた白い重金属が腐食して、黒いぼろぼろの金属片としてはがれだした。

「わしの体の金属液体は、一度肌についたらカビのようにお前の体内に根を伸ばしていくぞ。そしてわしの翼の腐食攻撃で体内からそれが崩れ去っていく。お前の体を金属で満たし、壊死させてやるというわけだ!!」

「閼嵐!!」

「みんな来るな!!」

 閼嵐は仲間に叫んだ。

「金属の攻撃は、白虎神が食い止め、対抗する力をオレに与えてくださる!! でも、みんなはこの攻撃を防ぎきれない!! オレがやる!! 金気の敵とは、オレが戦う!! そして……、オレはどうしても、一人でこいつを倒したい!!」

 閼嵐の金気の傷は、白虎がうみを出すように体内から完全に追い出した。浜金はじっとそれを見ていた。

「そうだな。わしも陰の極点として立つ前に、やるべきことはしなければな。金気の白虎を倒すということを……。他の四人は情けない、神を世界から排除したいと思っておきながら、神に負けるのだからな。殺意が足りぬ」

 閼嵐が目を険しく開いた。

「まさか……お前は……」

 浜金は黒い腐食の翼を堂々と広げた。

「そうだとも白虎の下僕よ。わしこそが最後の一涯五覇いちがいごは・金気の極覇きょくは、浜金だ! 白虎を殺さぬうちは、わしも金気の王の義務を果たせぬよの!!」

 閼嵐の体内を駆けめぐり、侵入してくる浜金の重金属液を防ぐべく力を出している白虎の神気が、明らかに怒りを見せた。と同時に、『自分の敵をようやく見つけた』という感情も感じられた。

「わしを他の四人と一緒だと思うなよ!!」

「同じだとは思わない!! オレの友は一人ひとり力の限り戦っていた!!」

「そんな感想など出せぬほどの力の差を、見せてやろう!!」

 浜金が天に向かって咆哮すると、天空から勢いのある音が聞こえ、大きくなってきた。

 一千万の刀が、八人を目がけて放たれていた。

「奥義・千万せんまん乱剣らんけん!! 金気の極覇きょくはの操る金属はどうだ! けた違いであろう!!」

 防ぎきることはほぼ不可能、迷わず四神五柱が顕現し、その身で八人をかばった。何千、何万と刀が刺さり、五柱が怒りの音を発する。五柱を回復させるのは使い手の五人の体力であり、あまりの神の刺し傷の多さに畏れ多さと感謝と謝罪にひざまずいて両手を合わせる。

「ビャギギッ!! 何が一柱の神にも勝てぬ、だ!! 見よ、わしの刀が五柱を串刺しにし、穴を開けているではないか!! 裂き切り、粉々に砕いて、血をすすってやろう!! 神の器ども、いつまでもつかな!? 金気の極覇きょくはは、千万乱剣を一億回でも十億回でも繰り返せるぞ!! なにせ、一度出した刀を再び天に上げて、また降らせるだけだからな!! お前たちが死ぬまで、永遠に刀を降らせてやろう!! ビャギンギンギンギンギン!!」

 浜金の高笑いと刀の雨の音に負けないように、紫苑が叫んだ。

「閼嵐、行って!」

 閼嵐は振り返っていた体が一度動いた。

 白虎だけは金属の体で刀を弾いていたので、閼嵐は七人を守りに戻るべきか迷っていたのだ。

「強大な敵に対して、守っていれば負けるわ!! 勝つのは攻撃したときだけよ!! 私たちは大丈夫だから、安心して、そして戦って!!」

 紫苑はいつも言ったことを実行する力を持っている。閼嵐は心配もせずに、刀の雨の中、白虎と共に駆け出した。白虎は、走っている最中に閼嵐の全身を覆う白金属の鎧になった。あらゆる部分に白虎の針の毛が突き出し、目の部分が小さい長方形にしか開いていない、仮面を持つかぶとだった。

「金気の神・白虎の鎧の威力を受けるがいい!! 白宵光しらよいひかり!!」

 名を呼ばれて、白虎の鎧の毛がすべて白い光を放った。浜金の千万乱剣を、小さな針が当たったかのように流し弾いている。

 浜金は刀を百本束ねたものをたくさん作り、特別に閼嵐に放っていく。針だらけの鎧で動きが少し鈍くなっている閼嵐は、転がり、竜王と白虎の尻尾で跳ね、腕で叩いて軌道をそらして、なんとかかわしていく。

「ちょこまかと!! これでどうだ!!」

 浜金が水を吹き、全領域を水びたしにした。閼嵐の足を滑らせるだけでなく、七人も転倒させた。次いで灰色の土を吐いて、粘土で八人を固めようと迫る。

 これで固められたら万事休すだ。

白虎びゃっこ千針せんじん!!」

 白虎の鎧・白宵光しらよいひかりの毛をすべて放ち、七人の周りを隙間のない針の壁で円状に囲む。粘土は、針の壁の内側に入れず、せり上がるのみである。閼嵐自身は、靴裏に針を出し、粘土をひっかいて動けるようにした。

「ビャギッ! 千万乱剣で四柱が対処できないとみて金気の白虎が助けたか! わしは白虎を貫けるようになって好都合だがな!!」

 浜金が炎を吐いた。火剋金かこくきん、火は金属を溶かすので金属に勝つのことわりで、力を削がれた白虎の鎧を溶かし去るつもりだ。その炎は七人を守る針の壁をも襲っていた。浜金は肺活量が膨大で、一息一息が全体攻撃になるのだ。

 溶けていく。白虎の鎧が、溶けていく。

 白虎の力を回復させるのは、神の器である閼嵐の体力のみである。

 竜王いろパの毛で炎を散らしても、周囲にとどまる熱は防げない。針の壁も熱で溶け落ちている。溶けた金属の熱が冷えたら、その上を粘土が渡り、七人を襲うだろう。

「浜金!! お前、金気の極覇きょくはでありながら火気を得るとは、恐ろしい奴!!」

 一刻の猶予もない。閼嵐は高熱をもった白宵光しらよいひかりの拳を、浜金の首と顔の間の中心に叩きこんだ。白膜の重金属が飛び散るのを、白宵光しらよいひかりが防ぐ。しかし、「火剋金」の熱をもった一撃に、浜金は一歩脚を動かしただけだった。

かんなあ。わしが強くなりすぎたのか。強いというのはよいのう。焦る相手がよく見える」

「なにをっ!!」

 閼嵐は心を見透かされたようで頭に血が上った。早く決着をつけなければならない状況と、白虎の鎧で大した傷を与えられなかったことに、本当に焦っていたからだ。

 閼嵐は毛針のない鎧で本来の素早さを取り戻し、刀の降る中、その重い衝撃をものともせず、竜の顔に跳躍した。

「はあっ!!」

 叩き落そうとする浜金の尻尾につかまり、尾を駆け下った。そして背中に乗ると、背骨に沿って生えている角を避けつつ、両拳で力任せに殴り続けた。浜金の上だけは、刀が降らず、安全であった。

「わしに騎乗する気か!! 卑しい竜以外の分際でえっ!!」

 浜金が激怒し、空高く上昇した。そして逆さまに飛び回った。

ちろ!! 堕ちろおっ!! 思い上がったこの世の石ころめ!! 神の体に触れ、さらに乗るとは、無礼ぶれい千万せんばんな小物めえっ!!」

 本気で怒っている。閼嵐は白虎と竜王の尻尾で浜金の背中の角に巻きつき、なおも殴り続ける。

 しかし、浜金の動きは鈍らない。白膜が少し飛び散るばかりで、攻撃が、それほどいていないのだ。愕然とすると同時に、閼嵐の心に一瞬後悔がよぎる。

 自分の最強の力である魔族化を捨てて、代わりに魔族に人間に変身する力を与えたことを。

 しかし、閼嵐は激しく唇を嚙んだ。

「魔族を救えない魔族王だと? 恥を知れっ!!」

 今、魔族化できれば、浜金に致命傷を与えられたかもしれない。

「でも、そのあと民の希望を奪った世界が来て、何になる!!」

 閼嵐の拳に神気が走った。

「オレは、一人の力を全員に分けたことを後悔するものか!! 王は、迷わない!!」

『閼嵐!!』

 突然、白虎の声が聞こえた。神気が体中に満ちている。いつの間にか、神の気が滞りなくめぐっていた。

『お前の力は、決して浜金には負けておらぬ!!』

 閼嵐は神の言葉に集中した。

「白虎神、しかし私の攻撃は、いているようには見えません!! 竜の息を逃れる背中しか、砕くのに十分な攻撃をすることができないと思われます!!」

『お前が浜金の炎を浴びて、火剋金でわしの力が弱まっただけだ!! 決して浜金が強くなったわけではない!! 行け、金気の白虎が加護する者、閼嵐よ!! 民を生かしたその器、わしの神気で満たしてやろう!!』

「かあああーッ!!」

 突然、閼嵐の体から水流が巻き起こった。

 鎧の下に隠れていたはちまきの神器・淵泉えんせんうつわが広がり、肩から背中を通ってふくらはぎまで覆う長方形の臙脂えんじ色の布になった。そして、淵泉えんせんの器が、閼嵐の操る閼伽あかの水を汲み出し、閼嵐を水球でくるんだ。

 自分の背からどいて、水球が球のように弾みながら地上をてんてんとついて落ちたのを見て、浜金はようやく冷静さを取り戻した。

「愚かなる下等生物め、よくも神を侮辱したな!! 踏み潰して粉々にしてやる!!」

 浜金が水を吹いて転倒させようとしながら、突進してきた。閼嵐の水球は浜金の頭上までひときわ高く弾んだ。

 そして、目と目の間に上から拳を落とした。

「ぐべっ!?」

 思わず両目を閉じるほどの威力に、浜金が驚く間もなく、さらに首にも、体を支えそこねるほどの蹴りが入った。

「なっ!?」

 さっきまでとは違う攻撃の重さに、浜金が原因を分析する間にも、背中、横腹に、膝蹴り、ひじ打ち、宙返りかかと蹴りが入り、竜の体を大きく波打たせる。

閼伽あかが劇薬の役目をしているとでもいうのか!? まさか!! わしの鎧である神の呪いが、反発するはず!!」

「ああ……だからこんなに攻撃が通るのか。穢れは聖なる力で消滅するから……。聖なる力を、生活の誘惑に負けず、つかみ離さずにいてよかった。命を呪う無尽蔵の悪を倒せるのは、徹底して握りしめ続けた聖なる力だけだ。悪に傾かなかったこれまでの自分を、今ここで祝おう」

 水球の閼嵐が再び弾んだ。浜金の目が血走った。

「ふざけおってえ!! ならば『神の呪い』を『神の裁き』の名に書き換えるまでよッ!!」

 浜金が己の知識を書き換えながら、ぼろぼろの黒く光る翼で竜巻をいくつも起こし、閼嵐を閼伽あかごとばらばらにしようとした。

 しかし閼嵐は金剋木きんこくもく、金属の刃物は木を切り勝つのことわりで、木気の竜巻を白虎の鎧で体当たりして進路をそらし続け、浜金の首と顔の間の中心に、爪先で蹴りを入れた。

 ――閼伽あかはもう力を加えないはずなのに、なぜだ!

 声も出せない痛みに、浜金が前かがみに身を丸めた。さきほどと同じ場所で、さっきは痛くもなんともない攻撃だったのに。

「白虎神のお力はお前の炎で弱っていた! 今、閼伽あかの中に浸かられることで、熱が冷め、白虎神のお力が戻ったのだ!! 金気の極覇きょくはよ!! 極限まで聖なる力で冷却した、金気の神の力を受けるがいい!!」

 閼嵐の水球が浜金の顔の真正面まで弾んだ。

「金気の神は一柱でよいわ!! よかろう、来い!! 牙で嚙み砕いて両名とも喰ってくれるわ!!」

 浜金が牙のそろった口を開けて一瞬で前に向かった。

「勝った!!」

 歯応えに喜んだとき、浜金はすぐにそれが竜王いろパの毛の尻尾だと気づいた。

「しまっ――」

 一瞬の隙を逃さず、閼嵐の右拳が浜金の左顔に入った。右に振れる竜顔を閼嵐の左拳が左に戻す。右に振れたり左に振れたりする顔を、左に戻したり右に戻したりするようにして、息つく暇も与えず連続で殴り続ける。一発一発に、身構えて受ける殴打の何倍もの威力があり、脳に直接振動と痛みが走って、竜でさえ思考が追いつかない。

 そして遂に、首がねじ曲がり、地上に墜落し、動かなくなった。

 とどめを刺そうと閼嵐が水球で飛び上がったとき、浜金の体から電流がほとばしり始めた。

「うぐっ!!」

 水球に直撃して、閼嵐は感電して地に投げ出された。

「(竜は思考のための頭と首を攻撃されたら弱いということを、よくも入れ知恵したな!!)」

 浜金は首がねじ曲がって声が出せないまま、目が険しくなった。しかし、白虎は入れ知恵などしていない。浜金の勝手な思いこみである。そして、この浜金の状態ゆえに、竜の秘密は音に出されることなく、保たれた。

 怒りと共に浜金の体が電流となって崩壊していく――。


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