スキル『感度10000倍』が強すぎるのだが、代わりに『ぼっち』になった俺は英雄になれない
オルバ・ディレットは《英雄》になることはない――それは、オルバ自身がよく理解していることだった。
小さな村で生まれ、特に大きな理由があって《冒険者》になったわけではない。……ただ、正直に言えば憧れというものはあった。
冒険者になることで、オルバにも隠れた才能というものが発見できるのではないか、と。十五歳になると、《覚醒の儀式》が受けられる。
冒険者として必要な《スキル》を目覚めさせることができるのだ。――そこで、オルバはあるスキルを得た。
普通の人間が持つことのないような《固有スキル》と呼ばれるもので、中でもさらに希少と言えるスキル。そのスキルによってオルバは、《最強》の力を手に入れると共に、孤独を生きることになった。
「ひっ……」
オルバの目の前で、一人の少女が怯えた様子で小さな悲鳴を上げる。
ここは《ダンジョン》の中層――冒険者でもそれなりの手練れしかやってこないところで、オルバはそこを根城にしているという《盗賊》共を追ってきたところであった。そこで、盗賊に攫われた一人の少女を助けたのだが……。少女は、ただただ怯えた表情でその惨状を見ていた。
彼女を襲った盗賊共は、オルバのスキル――『感度10000倍』によって身体をびくびく震わせながら地面に倒れ伏している。そう……オルバが《覚醒の儀式》で手に入れたのは、『感度を10000倍にする』というシンプルかつ、誰も持たない固有のスキルであった。
ただ『感度10000倍』と聞いてもよく分からないかもしれないが、早い話……このスキルを使えば、指で触れただけで相手は悶絶し、その場で昏倒する。何だったら、少し風の強いところでスキルを使えば悶えてそのまま倒すこともできるくらいだ。
白目を剥いて倒れた盗賊達は全て、オルバのスキルを受けたわけだ。もう、まともな生活は送れないだろう。
「大丈夫――」
「やだやだぁ! こないでぇ!」
そんな凄惨な光景を見れば、自ずとこうなってしまう。……いつもそうだ。
オルバのスキルは『感度10000倍』と、聞くだけならネタのように聞こえてしまうかもしれないが、何も知らない人間から見れば、突然人間が苦しみ出して倒れているようにしか見えない。
呪い――まるで呪いでもかけられたかのように、悶絶する人々を見て、オルバはいつしか《最凶の呪術師》と畏怖されるようになった。……持っている《スキル》は『感度10000倍』なのだが。スキルの詳細を多くの人間に知られないようにすることは重要だ。
《覚醒の儀式》でも、スキルの詳細は本人ともう一人……覚醒の儀式を執り行うシスターしか知らない。
そのシスターも、オルバのスキルの詳細を知って「ぜ、絶対に話しませんので、お慈悲を……」などと恐怖に引き攣った顔をしていた。オルバのことを何だと思っているのか。
……それはともかくとして、こうして人助けをしても、オルバは基本的には怯えられてしまう。
――今では《Sランク》の冒険者として最強格に数えられているわけだが、未だにまともにパーティも組んだことのない、冒険者としてはド素人と言ってもいいのがオルバだ。
――初めの頃は、さほど気にはしなかった。
だが、冒険者を名乗る以上……オルバだってパーティで冒険とかしたい。
けれど、オルバのことを知らない人間でも、こうしてスキルを見ただけで怯えてしまうのだ。
「落ち着け、大丈夫だから」
「ひ、ひぐぅ……い、命だけは……」
「助けに来たんだが?」
これも慣れたものだ。結局、助けた少女を連れてダンジョンから抜け出したわけだが、終始怯えた様子なのは変わらなかった。怯えた少女を連れているから、余計にオルバの悪評は広まっていくのが性質の悪い……もう、その辺りはあまり気にしていない。
「……さすが、仕事が早いですね」
《冒険者ギルド》の受付で報告をすると、眼鏡の女性が感心するような声を漏らす。冒険者ギルドに務めている者達はさすがに、肝が据わっているようだ。
オルバのことを見ても、怯えた様子を見せる者は少ない。少ないだけで引き攣った笑顔を見せる奴はいるわけだが。
結局、スキルの正体を知らない者達からすれば、オルバは得体のしれない《呪術》を使う人間でしかないわけだ。
たまに、「実は『感度10000倍』にしてるだけさ」とかドヤ顔で言ってみたくなるが、それはそれでドン引きされそうなので言い出せていない。
「まあな。ついでに、何体か魔物も狩ってきた」
「これは……盗賊を倒すだけでなく、ダンジョンに住まう強力な魔物も……」
――オルバのスキルは、魔物に対してももちろん有効だ。ゴブリンに対して使えば『性欲』が強いのか、スキルの後に悶絶して死ぬ。
正直、その絵面は、オルバから見ても「呪いかな?」と思わざるを得ない。オルバが《Sランク》に認められた時もそうだ。
Sランクの冒険者でも勝てないと言われていた《ドラゴン》を、オルバのスキルで打ち倒した。「グオオオオオオオオッ!」という鳴き声が、「ンホオオオオオオオッ!」になっていたのは正直、スキルを使ったオルバも苦笑いしかない。
そういうわけで、オルバの強さは《英雄》クラスであるが……決して英雄になることはないだろう。
……だが、それでいい。オルバのような男には英雄という呼び名は相応しくはない。それこそ、《最凶の呪術師》という呼び名が相応しい。そんな風に思っていたのだが……。
「ようやく、見つけました」
報告を終えて、報酬を受け取ったオルバの前に、一人の少女が現れる。華奢な身体つきだが、特徴的に尖った耳に褐色の肌――《ダークエルフ》という種族であることが、オルバにもすぐに分かる。
「……俺に何か用か?」
「……はい。貴方様の持つスキルに、私はすごく興味があります」
「!」
少女は、オルバの『感度10000倍』が《呪術》の類ではなく、『スキル』であるということを見抜いている。只者ではないということを予感させた。
だが、オルバは努めて冷静に、少女の話を聞く。曲りなりにもSランクの冒険者として数えられているのには、オルバ自身にも並大抵の人間を上回る精神力が備わっているからだ。
そうでなければ、こんな生活は続けられない。
「俺のスキルに興味があるというのは?」
「……それは」
「それは?」
「そ、そのスキルを……私に使ってくださいませんか?」
「……は?」
これが、オルバと少女の出会い。
かつてオルバが助けたという少女は――オルバのスキルを見て怖がることはなかった。
むしろ受けてみたいという変態が、目の前に現れたのだった。
***
オルバは町中を歩きながら、ため息をつく。先ほどから、オルバの後ろから一人に少女がずっと付いてきていた。足を止めて振り返ると、少女はオルバの前までやってくる。
「あの、ダメですか? こんなにお願いしているのに?」
上目遣いで懇願をしているのはダークエルフの少女。
少女の望みは、オルバの『感度10000倍』のスキルを受けることだという。もっとも、彼女にはスキルの詳細までは分かっていないだろう。
オルバ自身はよく覚えてはいないが、オルバがスキルを手に入れてからまだ間もない頃に、オルバは彼女を助けているのだという。
その時に倒したのはゴブリンの魔物達だったということ――彼女はそのゴブリン達が悶絶する姿を見て立ち去ったのだ、と。それはもちろん当然のことだが、問題はそのあとのこと。オルバのスキルは一体どういうものだったのか。そして、もしも自分が受けたらどうなるのか……そんな疑問ばかり考えるようになったのだという。
つまり、オルバのスキルを見て、少女は何かに『目覚めて』しまったのだ。
「ダメに決まっているが」
「ど、どうしてです……!?」
「どうしても何も、俺のスキルは君のような子に使うスキルじゃない」
「ちょっとでいいんです! 先っちょ、先っちょだけ!」
「言い方」
オルバのスキルの詳細を話すつもりはないが、それこそ初対面の――何も罪もない少女を悶絶させて苦しめるような姿を見られたら、『最凶の呪術師』と呼ばれるどころではない。
純粋に凶悪な犯罪者としてその名を広められてしまうことになるだろう。
オルバはまだ、一応は《冒険者ギルド》から依頼を受けて人助けをしている身だ。
いたいけな少女にスキルをぶちかましてしまっては、いよいよどんな風に思われるか……想像するのも難しくはない。
「とにかく、スキルを使うことはできない。俺のスキルは、君が思っている以上に凶悪なものだ。それこそ、魔物によっては受けただけで絶命してしまうほどに、な。君もそれは知っているはずだが」
「わ、分かっています。でも、一度でいいから受けてみたいんです……!」
……中々、折れてくれなかった。
ゴブリンがこのスキルを食らうと相当にヤバイことになるのだが……あれを見て、オルバのスキルを『受けたい』という少女は大分歪んでいる。それと、先ほどから周囲の視線が微妙に痛い。
オルバに対して話しかける人間も少ないが、傍から見れば、オルバが彼女を脅しているようにも見えるのだろう。
懇願している姿がまさにそれだ――何もしていないのに、心象はどんどん悪くなっていく。今更、気にするようなことでもないかもしれないが、それでもかろうじて保たれている『Sランク冒険者』としての面子まで潰すわけにはいかない。
「とにかく、ダメなものはダメだ」
突っぱねるように、オルバは少女に言う。
ショックを受けた表情の少女は、その場に膝を突いた。
「そ、そんな……せっかく、貴方を見つけられたのに」
「悪いな」
「せっかく村も飛び出して、お金も全部使ってここまで来たのに」
「……」
「このためだけにここまで来たのに。私はこのあとどうしたらいいんでしょう?」
「……」
「そうだ。ダークエルフって珍しいし、自分を売ったら、結構お金になるかもしれないです。そうです……そうし――」
「一先ず、俺の家に来るか?」
「! い、いいんですか!? スキルも使ってくださるんですね!?」
「いや、それは使わないが」
きっぱりと、そこだけは断りを入れるオルバ。
少女も分かってやっているのか……少なくとも、オルバは『人助け』を率先して行う善人ではある。
他人の評価は最悪だが、真っ当に人を助け、悪を裁くために力を使う――英雄のあるべき姿は、そこにあった。本人も含めて、誰一人それを認めることはしないのだが。
何となくネタで呟いたものを短編にしてみました。
きっと続きませんが需要があればこの冒険者の無双する話を書きたいと思います。
えっちな感じじゃなくてコメディに振られるよ!!!!
評価も10000倍くらいの気持ちで受けてます!