第8話 最後から2番目の後悔
「なんで電話にも出ないんだよぉ~、なんでメールも返さないんだよぉ~!体調が悪いとか言ってるけどぜって~嘘だよぁぁぁぁ!」
明らかにましろの愚痴を酔いつぶれながら発する叢雲。それを同席する残りのムラクモ班の3人が介抱する。
「ち、ちょっと、叢雲班長!声が大きいです!他のお客さんに迷惑が・・・」
「うるせぇ!大きな声も出せなくて班長が務まるかっての!」
「叢雲さん普段そんなに大きな声出してないじゃないっすか~!っていうか沙織さん、写真なんて撮ってないでちょっとは手伝ってくださいよ~!」
「だってぇ~必死に介抱する2人が可愛いんだも~ん!」
「せめて叢雲さんを撮れよ!!!」
泣き叫ぶ叢雲を介抱する聖奈、介抱の様子を写真におさめようとする沙織、それにツッコむ霧江・・・。混沌としたムラクモ班ご一行のテーブル。これも自分が原因だと考えると、ましろは罪悪感をおぼえずにはいられなかった。
興が冷め、気付かれると気まずいから帰ろうとも思ったが、それよりも前に叢雲が大きな声で叫んだ。
「ましろぉ~~~~!俺はお前のことが心配だよぉぉぉぉ~~~!!!無事でいてくれよぉぉぉ~~!!」
店内にいる客や店員が再び叢雲のほうを見る。ついでにましろの方を見る視線もちらほら存在する。特定されている訳ではないが、ましろ自身なかなか恥ずかしい思いを味わった。
しかし、ましろは悪い気はしないと思った。酒に酔っていてもなお、ましろのことを心配してくれていたからだ。自分は彼のことを無視しているのに、彼は自分のことをとても気にかけてくれている。自分は冷たく突き放しているのに、彼は優しく思いやってくれている。叢雲への謝罪の気持ち。そして、感謝の気持ち。2つの感情が彼女の中に生まれる。それが、ましろの心を満たしてくれたのだ。彼女はこの時、親からのおせっかいをうざがる反抗期の子供の気持ちを、身を以て感じた。
明日、しっかり彼の前で謝罪しよう。先ほどまでどんな顔して戻ればいいのかと悩んでいたのだが、そんな悩みどこかに飛んでいってしまった。清々しい気持ちで、再びジョッキに手をのばす。宴の再開だ。
ふと、正面に座る梓のほうを見る。そして、ましろは自分の目を疑った。
「おまえ、なんて顔してんだ・・・」
ジョッキを置き、ましろがつぶやく。優しい表情で悩みを聞こうとしてくれていた彼女の顔が、青ざめるように引きつっていたのだ。まるで、この世の終わりかのように。
ましろに指摘され、梓は「えぇっ?」と、ふと我にかえる。そして、再び笑顔をつくり、返事をする。
「そ、そうかなぁ。ちょっと大きな声がしたからビックリしちゃったのかなぁ。」
「・・・それにしても、心ここにあらず、みたいな感じだったけど。」
「そんなこと、ないよ~?」
いま、梓は笑顔だ。しかし、それが心からの笑顔ではないことは、ましろにはお見通しだった。作り笑い。自然ではない、似非の笑顔だ。彼女がなぜそんなことをするのか、ましろには分からなかった。分からないから考えた。しかし考えられなくなった。
蓄積されたアルコールと、梓特有のふんわりとした口調に考えをかき消されたのだ。今は気分が良い。そんなこと考えたところでどうにもならない。今はこの宴を楽しもうじゃないか。そんな気持ちでましろは今度こそジョッキを持つ。
「うぃぇ~い!今夜は飲むぞ~!!!」
「えぇ、まだ飲むの~・・・」
ましろの乾杯に対し、梓は戸惑いながらもグラスを当てる。よく見たらましろの持っているジョッキがもう空になっている。「早っ」と言おうと思ったが、言ったところで今更だろうなぁと自己解決し、梓は沈黙を貫いた。
酒を入れるにつれ、だんだん自分の世界に入っていくましろ。そんな彼女を心配に思いながらも、楽しそうに見つめる梓。店内にて色々あったが、2人は楽しそうな宴を満喫していた。
しかし、ましろは愚かだった。彼女はこの時、気付くべきであった。梓の異変に。彼女の青ざめた表情に。あの偽りの笑顔に。酒や喧噪にかき消されて有耶無耶にしてはいけなかったのだ。
後悔というものは文字通り、いつも後からやってくる。いづれましろは後悔することになる。だが、どうしようもない。後悔した時には、既に遅いのだ。
そんなドラマあったよね、むかし