第7話 親友だもの
「ほら、梓。お前も食えよ。このチーズチョリソーとか絶品だぞ!」
上機嫌なましろのお勧めに、梓は遠慮がちに手のひらを見せる。それは「待った」のサインだった。
「いやぁ、まだ鉄板ジュージュー言ってるし、私猫舌だから冷めるまで待とうかなぁって・・・」
「はぁぁぁぁ!!?」
それまでの上機嫌から一転、ましろが血相を変える。酔っ払いのノリも入り、面倒くさい説教が始まる。
「梓ァ、お前わかってないな。こういうモンはなぁ、熱いうちに食うから美味ぇんだろうが!熱いから冷めるまで待つなんてよぉ、そんな考え方は戦場で通用しねぇぞ!」
ここは戦場じゃないよぉ、などと御託を言えば火に油を注ぎかねないと察知した梓は、大人しくましろの説教に従うことにする。まだ熱々であろうチーズチョリソーをフォークで刺し、フーフーと悪あがきとも言える息を入念に吹きかけ、恐る恐る口に入れる。
「~~~ッ、あ、あふぅぅい!」
当然。成人女性が熱を冷まそうと数回息を吹きかけた程度では、その凶悪な鉄板のパワーには敵うわけもなく、梓は悶絶しながらカシスオレンジで鎮火した。
「く~っ、店員さん、生おかわりねぇ~~!!」
「またぁ?ましろちゃん、もう4杯目だよぉ。飲み過ぎじゃない、大丈夫?」
「何言ってんだ、4杯なんてまだお通しだろうが!」
「ガラの悪い大学の飲みサーですら、そこまで邪悪な考え方しないよぉ・・・。」
酔っ払いましろの邪悪に満ちた理論に驚きつつ、梓はようやく1杯目のカシスオレンジを飲み干し、続いてファジーネーブルを注文する。
梓は酒が強い方ではなく、むしろ弱いといっても過言ではない。アルコール度数の強い酒はおろか、ビールすらまともに飲むことが出来ない。口内に絡みつくビールの苦みとその炭酸成分が、梓は苦手なのだ。だから、目の前にたかだか数分で4杯目のビールを飲み干すましろのことを、尊敬を通り越して、神様のように眺めている。言い方を変えれば、人間じゃないと思っているのだ。
ましろが酒に強いことも、それを活かすかのような酒飲みであることは知っている。だが、今日のましろはどこか変だと、梓は違和感をおぼえていた。高校時代からの同級生である親友・ましろと同じ年に警察官となり、同じ水上警察署で勤務するようになってから数年経つ。ましろは刑事課、梓は生活安全課と、互いの部署は違えども高校から現在までの長い付き合いがある。そんなましろが、今までにないほどハイペースでビールを飲み進めている。他から見れば、上機嫌な酒飲み女。しかし、親友の梓から見れば、それは仮面。上機嫌という名の仮面を外した先に、そのましろの本心に、何かがあると梓は感じ取っていた。
5杯目のビールが到着し、ましろがそのジョッキに手を伸ばそうとした時、梓は切り出す。
「ましろちゃん、何かあった?」
首をかしげる梓の問に、ましろの手が止まった。喧噪の店内にて、先ほどまで大賑わいだった2人の席が、急に静かになる。赤い顔でしばらく、梓を見つめる。そして壁に背中をつけて一息。
「・・・やっぱり分かるかぁ、梓には。」
酔っ払いとは思えないような落ち着いた様子でましろは言う。彼女の顔は、まるで悪さした子供のような顔だった。
「そりゃあ分かるよぉ。私たち、親友でしょ~?」
「やっ、やめろやめろ改まって!その響きこそばゆいからぁっ!」
照れているからなのか、酒のせいなのか顔が一段と赤くなる。普段は他人に見せないような乙女らしい表情を引き出すことができるのも親友の成せる業なのであろう。
「で、何があったの?」
「ん~、言わないとダメか?」
「言えないようなことなの?」
「・・・。」
ましろは考えた。本来は関与することすら禁じられている「岡田太一郎殺害事件」について、あろうことか捜査している。その上で、何の進展もなく捜査を止めようと思ってるけど、班長の叢雲からの連絡にシカトをキメている以上、どんな顔して戻ればいいのか分からない、なんて親友の梓に相談してよいものなのだろうか。恥ずかしいというよりは、捜査事件の秘匿性的に梓の身に危険が及ぶ恐れがあることに躊躇いを感じているのだ。
酔っているわりにしっかり親友のことを考えているが、わざわざ事件の内容について正直に話す必要がないという考えに至らないのは、結局のところ酔っているからであろう。
「・・・誰にも言わないって誓えるか?」
「言わないよ~、だってましろちゃんの悩みだもん。」
優しい笑顔で答える梓。それを見たましろは、癒やされつつ正直に話す覚悟を決めた。
「梓よぉ、実はアタシ『岡田太一郎殺害事件』について捜査してんだけど・・・」
「ふざけんなよぉ~~~!!!」
突然、店に謎の怒号が響いた。驚いたましろは、聞き覚えのあるその声の方を見る。それは紛れもない、刑事第二課・ムラクモ班の班長、叢雲であった。ましろよりも数段赤くなった彼の顔が、ここから3つほど離れたテーブルに横たわっていた。