第4話 刃向かう無礼者
聖奈が見舞いから帰ってきてから1時間ほど経つ。叢雲からの呼び出しにより、刑事第二課・ムラクモ班専用のオフィスに、5人すべての班員が集合した。全員揃ったことを確認し、叢雲は話を始める。
「わざわざ呼び出したのは他でもない。我がムラクモ班の班員に伝達したいことがあるからだ。」
彼の言う伝達したいこととは、先ほど聖奈に対して言った「岡田太一郎殺害事件」に関与しないように、という上層部からの注意に関するものだった。あまり伝達するつもりはなかったのだが、霧江がタイミング悪くその話の一端を聞いてしまったため、いっそのこと班の人間には伝達してしまおうという叢雲の諦めから出てきた考えだった。
それから叢雲は聖奈に対して伝達した一連の事項を、もう一度班員に向けて伝えた。霧江は話の内容は理解したが、上層部の思惑がいまいち掴めず何ともいえない表情になっていた。
そして、叢雲の話は終盤へとさしかかる。
「・・・というわけで、今俺が言ったことはくれぐれも他で口にしないように。これで俺からの話は以上だ。皆、それぞれの業務に」
「で、どうするんだ?」
叢雲の言葉を遮り、とある班員の女性が軽いトーンで口を挟む。納得いかないような表情で叢雲を見る。
彼女の名は「洲崎 ましろ」。長く黒髪から一見真面目な者であるように見えるが、ムラクモ班で最も生意気な班員である。先輩に対してもほとんど無礼であることが多い。言い表すならば、ヤンキーという表現が的確かもしれない。しかし、それが許されるのも彼女が優秀な捜査官であるからだ。ムラクモ班でもっとも捜査官歴が少ないにもかかわらず、知能犯罪解決における功績は署の中でナンバーワン。その腕を買われてエリートチームであるムラクモ班に配属されたのだ。
「どうする、とは何だ?」
「上層部からその事件に関与するなと言われて、それにただ従うだけなのかよ?」
「・・・」
叢雲、再び苦い顔。何も言わない彼に対し、ましろは目の色を変え、さらに畳みかける。
「アタシらは捜査官だろ、それも選りすぐりの。じゃあ関与していきましょうや。上から関与するなと言われたのなら尚更」
先ほどとは打って変わった真面目な口調で、自分の言ったことと正反対の提案をしてくるましろに、叢雲は冷静に返す。
「上が関与するなと言ってきた以上、それにはそれ相応の意味がある。俺たちが逆らう理由はどこにもない」
「叢雲さん、それはあくまで建前だよなぁ」
「いいや、本音だ」
叢雲はつまらない嘘やハッタリを言う人間ではない。聖奈同様にそれを重々承知しているましろは目を細める。
「・・・正義を掲げるアタシらが、正義とはかけ離れた思想に墜ちるということか。警察組織の面子や上下関係といったくだらないモノに左右されて。」
追求に対して首を横に振らない叢雲を見て、それが暗黙の肯定を意味していると理解したましろは、大きなため息をついて立ち上がった。
「それガチで言ってんなら、アタシ幻滅するけど」
「・・・部下から幻滅されるのも、班長の仕事だ」
「あっそ」
礼儀の「れ」の字もないような口調で小さく言い捨てたましろは、不機嫌そうな顔で部屋を出て行った。すっかり悪くなってしまった場の空気に耐えきれなくなったのか、それともましろのことを心配したのか、聖奈が彼女の後を追い部屋を出て行く。
叢雲と沙織はそんな彼女らに構うことなく、すぐさま自分たちの業務に戻ろうとしている。流石と思いつつ、残された霧江が口を開く。
「ホント、ましろは礼儀のなってないヤツっスね」
「彼女に比べたらマシだが、お前も大概だぞ」
「えぇっ!?」
衝撃の事実を告げられたかのような顔で驚く霧江。その顔が気に入ったからか、沙織がすかさずスマホのカメラで霧江を撮影する。霧江、顔を隠すも間に合わない。
「はい、悪意のない悪意成敗フェイスも~らいっ。あとでインストゥにあげよ。」
「聞いたことない表情名に、聞いたことのないSNS!」
「え~、霧江くん知らないの?Instrumental、略して『インストゥ』よ。おっくれてるぅ~」
「それってインスタですよね。インスタグラブですよね。」
悪かった空気はどこへ行ったのやら、騒がしい声が部屋に響く。時としてムードメーカーになりうるのが霧江の良いところだと、ほとんどの班員は感じている。霧江本人とましろを除いて。
霧江と沙織のやり取りを軽く聞き流しながら、叢雲はそのやり取りさえなければ彼らに対して発言していたであろう言葉を口にした。
「もっとも礼儀のなってない捜査官がましろなら、もっとも正義感の強い捜査官も彼女だろうな。」
相も変わらず馴れ合いを続ける2人。どうやら聞こえてないようだ。だから言ったのだ。