タタカイのシンサ
ルルハリル・フローズは、オルクス帝国において『軍部の名家』の生まれであり、正当な後継者だ。それ故に、彼女の将来は生まれた時から決まりきっていた。
軍人として、階級を拝し、国を守護し、そして名誉と勲章を受け、血を繋げてゆく。
彼女は、37代目にして2人目の女性当主で、異例に異例の娘だったが、13歳にして彼女の身体能力は周りのプロ達を圧倒した。とてつもない膂力を持ち、恐ろしい程に正確で洗練された戦闘スタイルを備え、殺意は躊躇いも戸惑いもなく、むしろ透き通っている。しかし本来の気性は快活で少し我が儘な、根の優しいお嬢様で、戦闘時の面影はない。
無論、この二面性を危惧する輩も多かった___彼女は半端ではない『善人』であると同時に、殺意を何にも向けられる生まれつきの『人殺し』だ。精神の均衡が崩れてしまえば、彼女はきっと、国家にも、人間にも背いてしまうだろう。
『いいえ、叔父様、伯母様。私は決して国には背きませんよ。国が私の父であり、母であり、愛する人なのですから』
15歳の誕生日、彼女は両親を失った。死因はついぞ知らされなかった。それが『国』の仕打ちだとしても、彼女、ルルハリル・フローズは、その日から国家の猟犬に変化したのだった。
___目の前で、髭面の男が何とも言えない表情で立ち尽くしている。
それだけで私は殺気が抜けてしまいそうだった。
よれたワイシャツに、エプロン。薄汚れたスラックスに、ろくに手入れもされていない革靴。緊張感は無いが、私よりは大分年上なのだろう。だが、上官とは全く違う。どこか、こう___優しさと穏やかさがあるような。
その思考を振り払うように、私は声を張り上げた。
「___悪性植物と戦わせる事によって、私が貴様の戦いを見きわめる。まあ、はっきり言ってしまえば、だが。人間と植物使いには、大きな違いがある。それは、蒸気機関の蒸気の色、だ」
人間は誰しも多少の生命エネルギーを有しており、それ故に軍用の武器も広く扱える。だが、植物使いの生命エネルギーは少しばかり勝手が違う。植物使いの生命エネルギーから発される蒸気は、植物に依存した体内構造の結果__青緑に変色しているのだ。
「はは__しかも、植物使いの蒸気機関は神秘との相性が悪くてな……いくら対策しようにも、こればかりは使ったら一発。化けの皮が剥がれると言うわけだ」
「…………」
男___ハナゾノの前髪の切れ目から、頼りない視線が宙を彷徨う。その口から出てくるのは、弁明か、反論か、肯定か。
「___何で、そんな事が分かるんですか」
「…………何?」
ハナゾノは問う。
これまでも偽の悪性植物と植物使いを戦わせた事があるのか、と。
そして、植物使いと判明した者はどうなるのか、と。
「偽の悪性植物は、植物使いの脳から抽出された遺伝子に少しばかり蒸気と魔術を合わせてあるから、植物使いの命令を聴くことはない。蒸気機関で倒すしかないが……そいつが植物使いと分かったら、後は唯一の武器であるそれを利用不可にして、植物に食わせる」
それが私たち王国を欺いた者の相応しき末路だからだ。
「対話は?」
「敵の本拠地に乗り込んできた馬鹿者に、仲間を売る賢明さなど無いだろうよ……一度活性化した偽の悪性植物は、蒸気機関で伐採するか、植物使いの脳髄の一部を取り込めば無力化できる。つまりは、そういうことだ」
ここで貴様が義憤に身を委ねてくれれば、そんな面倒な裁判をしなくて済むのだがな。私がそう煽ると、ハナゾノはどこか遠くを見つめて、「いいえ」と呟いた。
「そんな奴ら、私は知らない」
強い語尾に、わずかに敵意が混じっていた。やはり植物使いだろうか。しかし、その敵意は私というよりも、自分に向けているように鈍く感じられた。罪悪感や、憐憫といった類の、そんなものだ。
「でも、君たちの事も知らない。だから、私は何も言わない。私はただ、早くこんな悪夢から覚めたい」
おかしな奴だ。
私は鼻を鳴らして、ハナゾノを先導した。衛生伍長と新人もついて来るらしい。新人は問題ないが、衛生伍長に気に入られたとなると、相当な曲者だろう。慎重に動きたいところだが、正当な手順など踏んでいようものならば、いつまた襲撃されてしまうか分からない。
___それに私は怒っている。庇われるなんて、一生の不覚だ。これで敵じゃなかったら、更に、一般人に護られたという汚名を背負うことになる。嫌だ。
「……ここだ」
長い廊下を抜けて、機械仕掛けの鉄扉をレバーで開く。その奥には、殺風景な白い部屋があるだけだ。私は一人で部屋に入ると、中心の出っ張り___小さなレバーに足をかけた。それを見て、新人と衛生伍長が慌てた様子で私の背後についた。ハナゾノは鉄扉の前で立ち尽くしている。
「准将の権限で、悪性審査を行う!」
上がっていたレバーを踏みつけて宣言すると、高い天井から、豆電球をふんだんに使ったシャンデリアが、蒸気のピストンを利用して下がってきた。私は、一つだけある赤く輝く電球を回して外した。すると、シャンデリアの先端から細長い真鍮の鏡面が姿を表した。
それに向かって、右目を向け、イェグディエルの持ち手を掴んで力をこめる。生命エネルギーが吸い取られ、顔面から皮膚や肉が蒸気となって離れてゆく。
その蒸気は鏡面を曇らせ、変化させる___これも軍部の最新技術だ。生命エネルギーの判別と、網膜の識別を同時に行うセキュリティシステム。認証を表す『カチャッ』という音と共に、どこからか無機質なアナウンスが響く。
『ご機嫌よう、ルルハリル・フローズ准将閣下。貴女の存在を認証致します。わたくしは悪性審査監督用蒸気機関スカーレット。今回はどのようなご用件でしょうか』
「ご機嫌よう、スカーレット。悪性審査を今すぐ頼む」
『検索中……申し訳ありません。審査届が提出されておりません。届け出を提出されてからまたおいでになってください』
「……『殲滅隊長特権』だ。スカーレット、しっかりしてくれたまえ」
『検索中……検索内容の訂正を確認……申し訳ありません。殲滅隊長特権により、悪性審査を開始致します』
歯車の鳴動が喧しい。シャンデリアが上昇し、天井に設置された数多の豆電球が辺りを照らす。レバーの部分の床がへこみ、代わりに段差が一歩先に出現する。その先にも、前の段差よりも高い段差が持ち上がる。そうして、巨大な螺旋階段が出来上がった。
壁からはガラガラと椅子の列__観客席が引き出され、螺旋階段の段差と連結した。
『螺旋階段の収納まであと5分……』
螺旋階段を上り、一番高い席に腰を下ろす。衛生伍長と新人も続いて座る。
そして、ハナゾノを見下ろす。彼は螺旋階段が収納され、観客席に透明な防壁が張られるのをただ見ていた。驚いているようだ。
『螺旋階段収納完了、鉄扉施錠完了。防壁強度90……100。フローズ准将閣下、悪性植物の強度を』
「一番強い奴を」
『検索中……正式名称でお願いします』
「ハア……『セプタ』」
『セプタを解放します』
ゴゴゴ……と地が鳴動し、円床の中心部が花弁さながらに開いた。
足を踏み外さないよう慎重に後ずさっているハナゾノの足元で、シュルシュルと何かが巻きつき、奈落からのそりと体躯をひねり出す。それだけで、部屋の温度が一気に下がった。
「なっ、な……」
ハナゾノは自分の10倍ほどもある大きな悪性植物に腰を抜かしたようだ。その姿に衛生伍長が「今すぐ止めるべきだ!」と喚いたが、私はそれを無視した。ここまで来て、それはないだろう。
悪性植物___『セプタ』は改造した中でも最悪の部類だ。標本手に入れるだけで30人程仲間が殺された。無論私は反対したが、仲間の死によって築かれた物まで否定することは出来ない。
新緑の太枝が、どこから刺そうか品定めするように空中をくるくる回る。その様は巨大な馬車に似ているが、馬の部分は蜘蛛のような脚、否、ツタだ。
ハナゾノの手には、植物と一緒に飛び出た蒸気機関の小銃が握られている。そうだ、後は引き金を引くだけでいい!
ふと、肩を掴まれて衛生伍長の方を向く。
「准将閣下ッ! 彼は先程あなたを庇った!! どうしてこんな……」
「黙れ衛生伍長。私は確かめたいだけだ___彼が」
「衛生伍長! 准将閣下! ___あれ!」
言い争いになりそうなところで、新人が声を荒げた。諫めようとした衛生伍長も、防壁に引っ付いて外の様子に釘付けになっていた。
「ッ! やはり……!!」
食虫植物型の大きな口がハナゾノを丸呑みにしていた___が。
私は、溢れ出る笑みと興奮を抑えきれなかった。
『うわあああああああっ!!!』
植物の顎らしき場所が、緑煙でブジュブジュと耳障りに蒸発していた。




