ヒミツのカイゴウ
__旧市街地ルスツにて。
「お客さんお目が高いねえ! それは新作の自動筆記羽根ペンだよ! しかも複式で長持ち! 今なら銀貨五枚で」
「蒸気映写機は無いかしら。一番古い型で中古のもの」
閑散な商店街に木霊する商人の威勢の良い売り文句をあっさりと切り捨てて、黒い立襟のドレスを着た少女はそう言い放った。
商人は人懐こそうな態度を豹変させ、生意気な少女をねめつけた。少女はどこぞの貴族の子女であろうか、ツインテールの金髪は手入れが行き届いており、肌は陶磁器のようだった。瞳は此処にはない青空を透かしたような水色で、あどけない顔立ちは紅い空の光を受けて妙になまめかしく映えていた。
ウッと詰まる喉元を自分で鼓舞して、商人は少女に食ってかかった。ここで退いて中古の映写機を渡せば、銀貨五枚から銅貨七枚に収入が減ってしまう。いや、待てよ。中古と偽って、ほぼ新品の物を高値で売りつければよいのだ。こんな金持ちのガキに、金の価値なんて分からんだろう。
「お客さん、映写機なら……へへ、銀貨八枚のこちらがあります」
「……随分新しい型ね。羽根ペンより高いじゃないの」
「いえいえ、まあまあ、それはそうですが、確かに中古品で、店で一番古い型です!」
算盤を弾いて、映写機のスクリーンをコツンと叩く。少女は、商人の押しの強さに眉を吊り上げて、ハア、と溜め息を吐いた。
「___おい」
「はあい!」
ペシャ、と軽い破裂音がして、商人は顎に激痛を感じ白目を剥いた。少女は細い腕で商人の男の顎を掴み、軽々と持ち上げていた。男の顎はよく回る舌と共に、骨ごとあっさり砕かれていた。
少女は顔に飛び散った返り血を恍惚と左手で拭っていた。
「ン~~……馬鹿か文明野郎、アタシは古い形を寄越せっつったんだぞ。無駄な時間使わせんな」
「ゴギョ、ゴベッ」
「あ~? ハア、聞こえねえよォ。アタシの一張羅汚しやがって。またママに叱られちまうだろォが! てめーのせいだぞ!」
少女は変わり果てた男を地面に転がすと、男の衣服で返り血を取り、店の奥にある古い映写機を両手に抱え、店を出た。一部始終を目撃した民衆は、あまりの事態に、関わるまいと足早にその場を去っていった。
ドレスの裾を揺らしながら、少女は人通りの無くなった通りを悠々と歩き、ある店の前で止まった。
__『ママの美味しいケーキ屋さん』。
錆びて朽ちかけた看板には、ファンシーな字でそう書いてある。ケーキ屋とは銘打ってあるが、中に入れば小さなショウウィンドウには何も陳列されておらず、自動筆記の羽根ペンが入店者の数を筆記している他、何も動く物はない。
少女は板で仕切られたカウンターの裏に回ると、そこの床に付いた取っ手を上に引いた。すると内側は階段で地下に繋がっており、少女は器用に映写機を持ちながら、その階段を降りていった。
「よォ~」
「遅いですよ、ニーナ」
「うるせえぞスカヴェンジャー」
「言葉遣いもお気をつけなさい。貴女はレディ・ニーナ・ドレイク。私はミハイル・スカヴェンジャー卿。親しき仲にも礼儀有り、ですよ」
「ケッ、シデムシ野郎とお友だちなんか勘弁だぜ」
長いこと階段や横穴を下り続けると、地下には大きな空洞、大聖堂程もある空間が広がっており、天井には擬似的に作られた青空が、地面には床の代わりに草花が、空気は蒸気がなく澄み渡り、美しい水のせせらぎすらも存在する、『植物使い』の基地に繋がっていた。少女は眩しそうに空を見上げ、映写機を長机の上に乱暴に置いた。
少女、ニーナは植物使いのメンバーだった。幼いながらも粗暴で油断ができない彼女を、既に椅子に座りくつろぐ、燕尾服姿の男、ミハイルが宥めた。
彼は茶会だというのにシルクハットを脱がず、素顔は狼を模した仮面で覆われていた。
ミハイルの小言を聞き流して、ニーナは席に着いた。2人の応酬に気づいたのか、後の空席にも散らばっていたメンバーが座り始めた。
7人集まったところで空席が無くなり、ニーナは改めて全員を視認した。両側にそれぞれ向かい合って3席ずつ、1席だけは司令塔のように離れた場所に置かれており、自然の視界の中心になるよう配置されていた。
今挨拶する気分にはなれない。皆アットホームに茶会を楽しんでいるように見せかけて、実際は『司令塔』の席に座る少女ただ一人に意識を注いでいるのだ。ニーナは、このような『堅苦しい』会合が好きではなかった。
だから、気持ちを切り替えて件の席に座る少女を見やる。
___年嵩はニーナと同じくらいだが、それは容姿だけの話で、その少女は黒い__この世界にはある筈の無い__セーラー服を纏っていた。黒髪を紅い結いひもで三つ編みにした少女は、深遠な笑みで全員を見つめた。
「皆様、こたびはお集まりいただきありがとうございます。特にニーナ様には、映写機まで用意していただいて。お母様も喜んでおります」
「……それは良いけどな、エトワリリス様よォ、敵の物を何に使うつもりなんだ?」
セーラー服の少女、エトワリリスはニーナの質問に顔色一つ変えず、返した。
「ええ。それはお母様に直接お聞きになってくださいませ」
「__は」
「ニーナ」
いつの間にか、ニーナの背後には車椅子に乗った白髪の女性がいた。50代くらいに見えるが、黒いカクテルドレスを着た姿は細身で張りのある体型をした美女だ。口紅で艶やかな唇が自分の名前の形に動く度に、ニーナはついつい赤くなってしまう。
「ママママ、ママ!」
「ご機嫌よう、ニーナ。血の香りがするわね……怪我はしてない?」
「お母様、ニーナ様がキャパオーバーですわ。倒れる前に早速お願いします」
あら、そう。
女性はニーナからあっさりと離れ、エトワリリスの隣に陣取ると、膝の上にのせたツタを絞り、一粒の平たく透明な種を取り出し、それを右目にはめ込んだ。そして、映写機の横についているバーを、エトワリリスに回させた。
瞬く間に蒸気が辺りを覆い、女性はその煙に右目を向けた。すると、一筋の光が煙を貫き、蒸気の壁に映像が映った。
ニーナはそれに顔をしかめた。
「なんだこの髭のオッサン」
画面いっぱいに、青年を植物から庇う男の姿が映っている。他の植物使い達も、覇気のない男が無様に背中をさらす様に何の価値があるのかと訝しんでいた。だが、次の瞬間、男に触れるか触れないかでツタが停止した途端、その余裕の空気が消え去った。
「なっ……! オイ! あのツタってスカヴェンジャー、テメーのだろうが! なんで普通の人間殺さねえんだよ!」
「……まさか」
「あ?」
「……マザー、あの男が」
ミハイルは、仮面の下で震えを抑えきれず、唾をゴクリと飲み込んだ。植物使い達はどよめき合い、ニーナは驚愕に呑み込まれている。エトワリリスは、変わらない表情で女性に耳打ちした。すると女性は右目から種を外し、部下達をいさめた。
「落ち着きなさい__そうです、ミハイル。彼こそが、彼こそが___私達の『ノア』。私達自然の守護者の救世主。文明を荒波に帰し、ありとあらゆる草花を使役する権利を神より授かった者」
女性は、静まり返った部下達を見渡すと、蒸気に固定され、映ったままの男を愛おしそうに眺めた。
「私達の使命は、草を枯れ草に、実りをからくりに、空を赤く染めた『蒸気機関』文明を断ち切る事です。私達はこの進みようのない暗黒時代を壊さねばなりません。その為には___ハナゾノフユノ。神の庭師が不可欠です」
女性が、緩く首を横に振る。すると、地面から芝生の間を縫って茨が生えだし、彼女の車椅子を押し出した。
エトワリリスは、映写機のスイッチを切り、取り残された植物使い達の心を読みとるように、補足として付け加えた。
「お母様……マザーの指令は、ハナゾノフユノの捕縛。言い換えれば救出です。彼は軍部に囚われている____奪いなさい。彼以外は虐殺なさい」
植物使い達が、次々と返事をし、自身の身体を植物で包み、芝生に沈んでいった。ニーナはミハイルが消えたのを確認すると、自分も薔薇に包まれ姿を消した。




