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one more time

作者: もっちー


妻が死んだ。急性の癌で手の施しようがないと医者に言われそれは実質妻の寿命も告げていた。

「そんな顔しないでください。あなたは笑った顔が一番似合うんですから」

そう言って微笑んだ妻の顔はどこまでも穏やかで死への恐怖を微塵も感じさせないものだった。しかし僕は彼女のそのすでに諦めているような顔に行き場のない怒りと直後に襲う悲しみに押しつぶされそうだった。

それから間も無くして妻は息引き取った。最期まで彼女は僕に笑いかけていた。

彼女が亡くなってから住み慣れた家が今までより広くなったように感じた。もうこの家で彼女と笑い合ったり喧嘩したり愛を語り合うことができないのだと思うたびに寂しさや悲しさ、後悔や怒りが胸の中でぐるぐると渦巻いて言い知れない痛みが襲ってくる。

もう一度彼女に会いたい。

気づけばいつもそのことばかり考えていた。仕事は手につかず家では彼女との思い出ばかりを思い出しまともな生活を送っていなかった。そして僕はとうとう彼女の後を追った。



気がつくと目の前に彼女がいた。生きていた頃当たり前のように見ていた彼女の姿でこちらを見つめていた。


「里見!」


そう叫んだとき僕は彼女に抱きついていた。二度と離すまいと強く強く抱きしめた。


「まあまあ、あなたったらそんなに泣いて。言ったじゃありませんかあなたには笑った顔が一番似合うと」


「無理だよ僕には。君のいない世界で笑って生きるなんてそんなのできない!」


子供のように泣きじゃくりながら僕は喚いた。そんな僕を彼女は優しく包み込む。


「たしかに先に死んでしまった私も悪かったですね」


そう言って笑った彼女を僕は首を振って否定した。


「君のせいなんかじゃない! 悪いのは君という存在を僕から奪ったこの世界だ!」


「仕方ありませんよ生きるものは全ていつか死ぬんですから」


「そんな、だからって‥‥‥」


「それにいいじゃありませんか今こうして会えているんですから、ねっ?」


なおも言い募ろうとする僕は彼女の言葉と表情に押し黙った。


「落ち着きましたか?」


彼女の声に頷く。


「そうは言っても私も結構心残りがあるんですよね」


僕の腕から離れた彼女は遠く見つめるようにそう言った。


「あなたともっと色んなことをしたり色んなことを話したりまだまだずっと一緒にいたかった」


「それはぼくだってそうだよ。もっと君のことを知りたかったし思い出も作りたかった」


彼女が亡くなる前僕らはあまり一緒に出かけることはなかった。遠くに行かなくても大切な人が側にいればいいただそう思っていた。でも、もっと違うことをたくさんしていれば僕の知らない彼女をもっともっと知ることができたかもしれない。

彼女も彼女で自分たちの思い出はインドアなものが多すぎると言った。

それからぼくらはしばらく、もしあそこに行っていたら、あんなことをしていたら、とたらればの話をしていた。後悔の話なのに彼女と久しぶりに話せたことに嬉しさばかりがこみ上げてきた。


「洋一郎さんは小さいときどんな夢があったの?」


彼女の唐突な質問に一瞬言葉が詰まるが昔を思い出しながら答えた。


「たしか宇宙飛行士だったかな、よく父親が宇宙の話をしてくれてね。その時は宇宙が好きで好きでたまらなかったな。どこまでも果てしなく広くて今でもずっと広がり続けている。自分はその中のちっぽけな存在に過ぎないけどだからこそそこに魅了されたんだ」


「そう。まるで私たちの愛みたいね。フフ」


「珍しいな君がそんなこと言うなんて。まあ否定はしないよ。今も君に対する僕の気持ちは膨らみっぱなしだからね」


僕らはお互いの言葉に笑い合った。ずっとこのままでいられたらいいのに。彼女の顔や声や仕草や温もりを永遠にそばで感じていたい。いつまでもいつまでも。

そう思っていると不意に彼女が立ち上がった。


「洋一郎さん、私に会いに来てくれてありがとう、本当に嬉しかったです。私がいなくなった後のあなたが心配だったけど今のあなたを見たら安心しました。どうかこれからは笑って過ごしてください」


「‥‥‥だ、‥‥‥いやだ」


「洋一郎さん?」


「いやだいやだいやだ、僕はずっと君と一緒にいたい! このままずっと一緒に君だけを見ていたい!」


彼女からの別れの言葉。僕はそれを激しく拒否した。彼女なしでは生きられない。そばにいてほしいただそれだけ。

僕がなかなか言うことを聞かないので彼女はやれやれといったふうに頭を撫でた。


「洋一郎さん、あなたは私が生きられなかった時間をまだ生きることができるんです。だからどうか私の分まで生きてください。そしてその時間が経ったらもう一度私の所に来てたくさんお話を聞かせてください。それからはずっと一緒ですから、ね?」


「‥‥‥どれくらい? いつになったら、また会いにこれるんだい?」


「そうですね、あと40年もしないそう遠くないうちです」


「約束だよ」


「はい、約束です」


固く誓いあった僕らはお互いを見つめ合いどちらからともなくキスをした。


「それじゃ、そう遠くないうちにまた来るから」


「はい、待ってますよ。あなた」


彼女の言葉を最後に僕の意識は遠のいていった。



目が覚める。そこは自分たちのベットのうえで隣に彼女はいない。でも僕は遠くないうちにまた彼女に会える。その時のために土産話をたくさん用意しとこう。

服を着替え、朝食をとり、歯を磨いて出勤の準備を終える。玄関で靴を履いて振り返り誰もいないそこに向かって僕は、


「いっきてます」


元気よくそう言って家を出た。

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