第7話 入学式Ⅶ
浸食された校長―グランドベアと如月の戦闘は、如月の圧倒的勝利において幕を閉じた。
「これが対魔獣科高校のトップである生徒会長の戦闘力…なのですか」
「生徒会長なんて他人行儀ですね。お義姉さんかお義姉ちゃんと呼んでくれていいのですよ」
「絶対に呼びません!!あっ、それより校長は?」
心がグランドベアに目を向けると、今まさに校長の身体を包んでいた黒い光が弾け飛ぶところだった。そして校長室の床の窪みには横たわった校長の身体が残っていた。
「心ちゃん、浸食によって魔獣となったデバイスユーザーを助ける方法はただ一つ。魔獣の意識を刈り取り気絶させることだよ。そして、気絶させるために与えたダメージは魔獣が受けることになるんだ」
「だったら、校長は無事なのですね。…良かったです」
心は敬愛する兄を貶める発言をした校長のことを絶対に許すことはできない。ただ、その兄は魔獣被害に関してどのような者も救おうと手を差し伸べた。その対象は犯罪者とされる人物も含まれていたのだ。その事を知っている以上、心は人が魔獣に関わる出来事に対しては誰であれ助かれば良いと思っている。
「たが魔獣を気絶させるために必要以上のダメージを与えると、その素体となってしまったデバイスユーザーが怪我を負うことになる。そのさじ加減は魔獣との戦闘による経験によってしかわからない。それほどに浸食という現象は厄介なんだ」
素体となった校長には外傷は見られず命に別状はない。
「生徒会長は魔獣との戦闘経験を有しているということなのですね」
「ふふふっ。私は魔獣との単独戦闘は準資格試験を含めてこれで数回ですよ」
先ほどの如月の言葉に対して、心はアクセントを付けて生徒会長と言った。しかし、それに如月は微笑ましいといった笑みを浮かべている。
「数回でこの実力か。計り知れないな、神堂家は」
「父様、この事件の事後処理はどうしますか?私の方から学校の方へ…まぁ、トップがこうなっているので副校長の方へ連絡を入れましょうか?」
「不要だ、如月。遠藤さん、映像フレームの小暮長官と会話をしたいのだがよろしいですか?」
皐月はポップアップされている夕姫の映像に視線を向け、忍に許可を取る。
「…えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます。小暮長官、校長の浸食の件は御覧のように如月が解決しました。特別自治権に関連する部署、組織に対して報告をお願いします」
「はー。わかりました。ですが神堂、如月さんが特別自治権を主張しようが今回は拒否できる材料はありましたよね。如月さんのシールドデバイスの不所持。戦闘区域での天草さんの存在。その他にも貴方ならいくつでも考えが浮かんだことでしょう?」
「確かにその通りです。ですが、如月の実力ならそれらは問題にならないでしょう。確かに天草さんの安全に関しては私も懸念しましたが、遠藤さんがそばにいるので問題にならないと最終的に判断しました」
「へー、英雄様は俺の事も評価してくれているのだな」
「もちろんです」
「だったら、隊長に対しては英雄様はどう考えているのか教えてくれるかい?」
忍は突き刺すような視線を向けて皐月に問いかける。忍は例の模擬戦闘から後に、皐月と顔を合わせる機会が全くなかった。駆について皐月がどのように思っているのか確かめたいとずっと考えていたのだ。仮に偽りの謝罪の言葉を口にされたとしてもだ。
「隊長…天草駆さんについてですか?」
普段は一切感情を表さずしゃべる皐月だったが、駆の名を呼ぶときに若干の熱のようなものが見え隠れした。
「あぁ、そうだよ。俺にとっての隊長は駆君しかいない。例え、隊が解体され俺自身が、駆君が民間人の立場に戻った今でもな。如月さんは先ほど英雄様が駆君のことを気にかけていると言っていたが、模擬戦闘の後での出来事に対して罪悪感があるのかい?」
「罪悪感ですか…私は彼に対して罪悪感を持つ必要はありません。あれは天草さんの実力不足によって起こった事故ですから」
「…あ?」
予想していたものと違う返答がされた為、忍の思考は一瞬停止した。だが、理解した瞬間に皐月に対しての殺意が膨れ上がった。
「神堂!!訂正しなさい!!」
皐月の言葉に夕姫が叱責する。
「訂正する必要はありません。私は事実を述べただけですから」
「ふざけているのか?模擬戦闘の後にあんたの希望で行われた実践訓練。その最中にあんたがデバイスのコアに浸食されて暴走したんだろうが」
「神堂皐月さんが浸食を?」
心が忍が言った言葉に反応する。浸食という現象について先ほど知ったばかりだが、まさかその現象をSSデバイスユーザーの英雄たる皐月が発症していたと言われたからだ。
「それを止めるために戦った隊長の胸を暴走したあんたが貫いたんだろう。あんたの実力不足で隊長は死にかけたんだぞ」
忍の皐月に対する殺気は高まっている。だが、表面上の態度や声色は反比例しているかのようにクレバーになっていった。
「あれは浸食ではありません。スペシャリストのエースである彼と本気の戦いがしたかったので私がSSデバイスの真の能力を解放したのです」
「神堂っ!!『解放』についてはまだトップシークレットですよ!!」
「小暮長官。対魔獣特務遊撃隊に所属していた人物…いや、彼らと天草心さんについては教えても問題ないでしょう。やがて、政府発表がされるのですから」
「…わかりました。好きにしなさい」
「何を言っているんだ。真の能力だと?調子のいいことを言うんだな、あんた達は。神堂皐月、あんたは魔獣の姿になって隊長に襲い掛かっただろうが」
「あの頃は練度が低く姿こそ魔獣のそれになりました。貴方たちが浸食と間違ったのも無理はないでしょう。練度の上がった今ならより洗練された姿を見せることができますが」
「…小暮長官、神堂皐月が言っていることは本当なのか?」
「神堂が言うように、SSデバイスの能力の解放を彼は成しえています。…恥ずかしながら当時の我々国家対魔獣研究所は、その能力を把握しておりませんでしたが…。魔獣対策省に統合された後に、神堂が魔獣の姿で暴走せずに魔獣討伐の作戦を一人で完遂させたこともあります。彼はその能力を完全な制御下に置き行動することが可能だと証明されました。ただ、天草駆さんに瀕死の怪我を負わせてしまっている以上、あの時に神堂が浸食されていなかったという主張を証明することは今となっては不可能ですが」
「そうか」
「私は実践訓練のルールに則り戦ったまでです。ただ、彼の実力を過大評価し見誤った結果、必要以上の怪我を負わせてしまったことに関しては自分の非を認めています。…彼こそ私の渇きを癒してくれる人物だと思っていたのですが…残念でした」
「過大評価だと。あんたごときが隊長より上だというのか」
「実践訓練での結果がそれを証明しているはずですが」
「そうか…」
ここで忍は皐月に対して初めて笑顔を浮かべた。もちろんそれは喫茶店で見せる相手を安心させる笑顔ではなく、過去に強大な魔獣との戦闘の前に浮かべたことのあるどう猛な笑みだった。
「だったら遊撃隊内で戦闘能力が最弱の俺があんたをぶちのめしたら、何かの間違いだったって証明できるよな」
「…遠藤さん、貴方ではその証明は不可能です。せめて地神さんクラスの実力がなければ、戦闘にもなりません。都築舞火さんでも力不足でしょう」
「はっ、上等だ。小暮長官、神堂皐月との実践訓練の許可をもらえるかい?名目はそちらで適当に考えてほしい」
「遠藤さん、そのようなことは不可能だと貴方ならわかるでしょう」
忍の申し出に夕姫は首を横に振る。後ろに立っている武蔵も呆れた表情を浮かべていた。
「あぁ、もちろんわかっている。形式上質問しただけだ。まぁ、許可がない以上私闘になるが戦ってもらうぞ、神堂皐月」
「私にその申し出を受けるメリットはありません」
「あんたの言う渇きっていう奴を俺が隊長に代わって癒してやる。神堂家に産まれた者が蝕まれる渇きという名の『退屈』をな」
「…遠藤さんはそのことを何処で知ったのですか?」
「俺の前職…いや前々職は新聞記者だ。教養として戦後の日本の歴史に名を残す神堂家に関する資料や記事は目を通している。その中に渇きについて言及していた当主の手記があったのさ」
「…そうですか」
「しっ、忍さん!?」
「大丈夫だよ、心ちゃん。こいつをぶちのめして、隊長に土下座させてやるからね。如月さんと一緒に下がっていてくれるかい。校長は…まぁ、被害がでないように善処するよ」
「ふふふっ、憎い相手の娘も気にかけてくださる余裕があるなんて、本当に頭に血が上っているのですか、遠藤さん?」
「…そういう如月さんこそ、駆君を過去に倒し今まさに暴言を吐いた父親のことを許せるのかい?」
如月の問いかけに忍は目を細めたのだが、問いかけに答えることなく逆に質問を返すことにした。
「ふふふっ、神堂家について知っているのならわかっているのですよね。父様は私にとってあくまで父親でしかありません。それ以上でもそれ以下でもない存在です。駆さんに対しての父様の評価は、私には関係のないことです。過去のいざこざに関してもです。私が興味を持っていることは天草駆その人についてだけですよ。父様といえ駆さんに対する他者の評価など関係ありません。私の『渇き』を癒すのは、駆さんに認められ添い遂げるというただその一点だけなのです」
「なっ、添い遂げるって!?」
「もちろん、駆さんが大切にしているものをないがしろにするつもりはありません。つまり、心さんも私にとって大切な義妹になるのです。安心してくださいね、ふふふっ」
「うー、兄さんを貴女の好きにはさせません!!」
「やれやれ、隊長も厄介な人物に見初められたものだ。さて、話はそれたがあんたを今からぶちのめす。覚悟はいいか、神堂皐月。SSデバイスの解放とやらを使うのなら今しかないぞ」
「先ほども言いましたが、遠藤さんでは私の相手にはなりません。仮に戦うとして解放を使うまでもないでしょう」
「そうか、ならもう使えないまま倒されろ」
「どういうことですか?」
「そのままの意味だ。…覚悟は…いいな!!」
「なっ、このプレシャーは!?」
この時になって皐月は忍に初めて表情を見せた。駆に対して過大評価をしていたと言った皐月だったが、忍に対しては過小評価を行っていたと気づかされたからだ。
「あんたのSSデバイス【絶対零度】に使われているコアは、隊長がとどめを刺した最上級魔獣の核だということはもちろん知っているな。その魔獣を倒す時に俺がスペシャルスキルを使いサポートした。俺が過去に一度だけ使ったサードスキル【ねつ造報道】でな!!」
「くっ、サードスキルだと!?」
「サードスキル【ねつ造報道】発動!!」
忍の声に応えるように、その身体からどす黒いオーラのようなものがにじみだした。
「あんたの真実を書き換えてやる」
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