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私が兄さんを全盛期に戻します!!  作者: 藍
第1章 四月
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第6話 入学式Ⅵ

 神堂如月しんどうきさらぎは、対魔獣科高校の3年のAクラスに在籍し生徒会長を務めている才女だ。穏やかな性格ながら対魔獣科高校の実技ランキングのトップに君臨している実力者であり、その実力に加えてモデル顔負けの容姿から男女ともに絶大な人気を誇っている。長く美しい黒髪と、白く透けるような肌のコントラストがとても映え、端正な顔に浮かぶにこやかな微笑みに心を奪われる者は後を絶たない。ただ今浮かべている、ある種一途で、ある種病的な笑顔は、ここにはいない駆に向けられているものだった。


「ふふふっ、【シンデレラ】起動成功です」


 SSデバイスの指輪から放たれた光の粒子は、如月の両足を包み込んでひざ下までのブーツを形どる。ブーツはガラスのような素材で出来ているように見え、【シンデレラ】という名称の由来になったと思われる。


「如月、シールドデバイスはどうした?」


 皐月が指摘したように、如月はシールドデバイスを纏っていなかった。


「実は今日駆さんと再会ができると思いシールドデバイスのデザイン変更依頼を出したので手元に無いのです。駆さんに相応しいデザインになるよう依頼したのですが、残念ながら依頼が込み合っていたらしく間に合いませんでした。でも、駆さんが今日来校していなかったので今は関係ありませんね、ふふふっ」


 如月はにこやかに微笑んでいるが、魔獣を前にシールドデバイスを所持していないという事実は常軌を逸していることである。デバイスユーザーはスペシャリストと違い、SSデバイスを起動しない限り身体的能力は人間の限界を超えることはない。つまり、魔獣からの攻撃に対しての防御力を確保するにはシールドSSデバイスの装備が必要不可欠なのだ。


「私は正規のデバイスユーザーを管轄する立場にある。だが、教育期間中の生徒に関しては全権限を持ち合わせていない。したがって、私の立場から生徒に対して戦闘の許可を出すわけにはいかない。まして、シールドデバイスを装備していない者に対して戦闘許可を出せると思うのか?」


「そうですか。それではSSデバイスユーザー育成機関における特別自治権に則り私の方で対処させていただくことを宣言します。義妹いもうと義姉あねの活躍を見せると言ってしまいましたから」


「だから誰が義妹ですか!!」


「特別自治権を主張するなら我々としても口を出すわけにはいかない。好きにしろ」


「なっ、神堂総司令官!!正気ですか!?いくら特別自治権を主張しようが危険すぎますよ!!」


 映像フレームから推移を見守っていた武蔵が夕姫の肩越しに待ったをかけようとする。


「三雲長官補佐が言うことか」


「三雲、貴方がそれを言える立場なの」


「ワン…三雲長官補佐殿は特別自治権に関して否定できないのでは?」


「ふふふっ、先輩のおかげですね」


「?」


 必死な武蔵に対して皐月、夕姫、忍、如月の四人がそれぞれ無表情で、あきれ顔で、苦笑いで、笑顔で、言葉を述べる。この話題を理解していないのは心だけのようだ。


「うっ!!」


 四者それぞれの反応に武蔵は言葉を詰まらせてしまう。


「如月は現時点で教育課程を全てクリアしている準資格所持のデバイスユーザーだ。そのため、専用SSデバイスの支給と、突発的に遭遇した魔獣との戦闘が許可されている。実力的には問題ないだろう」


「でっ、ですがシールドデバイスを所持していないのは問題ですよ!!実力があってもあまりにも危険すぎます!!」


 特別自治権に関して後ろめたさを見せた武蔵だが、それでも皐月の決定に食い下がろうとした。シールドデバイスを装備しない生徒が魔獣との戦闘を行うなど前代未聞で、もし怪我をしようものならここにいる魔獣対策省の3人の首で解決するような問題ではないことが明白だからだ。


「三雲長官補佐、大丈夫ですよ」


「何が大丈夫だと言うのですか、如月さん!!」


「スパッツを履いているので見えませんよ」


「はっ?」


「行きます」


 突然の如月の言葉に目を点にした三雲をよそに、如月はグランドベアに向け踏み出す。ようやく凍結から解放されたグランドベアは、近づいてくる如月を敵と認識したようで歯をむき出しにして威嚇する。


「心さん、私と【シンデレラ】の活躍を駆さんにしっかりと伝えてくださいね」


「なっ!!」


 如月が攻撃範囲に入ったことでグランドベアは鉱物の張り付いているたくましい右腕を振り払う。


「遅いですよ」


 この攻撃を如月は体勢を低くし、さらに左足を一歩踏み出すことでグランドベアの右後方へと進み難なく回避する。シールドデバイスが無いので直撃すれば頭が吹き飛ぶであろう一撃も、如月をひるませることはできなかった。


「ふふふっ、【シンデレラ】の一撃は冷たいですよ。はっ!!」


 如月は踏み出した左足を軸に身体を回転させて、【シンデレラ】を纏った右足による回し蹴りをグランドベアの右側頭部に放つ。


「グァ!?」


 華奢な如月による回し蹴りが巨体を誇るグランドベアの体躯を吹き飛ばす。脚力向上による強力な攻撃力を見せた【シンデレラ】だったが、その攻撃の本質は別にあった。


「えっ、凍り付いている?」


 心が口にしたように、回し蹴りを受けたグランドベアの右側頭部が凍り付いているのだ。


「如月さんのSSデバイス【シンデレラ】は、父親である神堂と同じく氷属性か。だが、蹴り技主体のこの攻撃は…」


「さすがは、駆さんの元部下の遠藤さん。お気づきになったように、私の戦闘スタイルは駆さんと同じものです。駆さんに憧れて魔獣と戦うべくSSデバイスユーザーとなった私は、駆さんと同じ蹴り技主体の【シンデレラ】を手に入れたのです。これを運命と言わずして何と呼ぶのでしょうか。ふふふっ」


「ちょっと、勝手に兄さんを貴女の運命に巻き込まないでください!!」


「ふふふっ、お兄さんが取られると思って焼きもちを焼いているのですね。安心してください、心さん。私は一人っ子ですから妹が欲しかったのです。心さんのことも大切にしますよ」


「だから!!」


「如月、気を抜くな。戦闘は続いているぞ」


「はい、父様」


 右側頭部を凍結させられ苦しみ悶えていたグランドベアは、唸り声を上げながら両腕を無茶苦茶に振るいだした。その両腕が届く範囲に如月は存在しなかったのだが―。


「鉱物の弾丸ですか」


 グランドベアが腕を振るうと、腕に張り付いていた鉱物が離れて如月目掛けて飛び進んできたのだ。


「脅威ではありませんね」


 如月は回避行動をとることなく、その場で右足が弧を描くような蹴りを放つ。その蹴りはグランドベアが放った弾丸が到達するよりも先に軌跡を描いたため、空を切っただけの結果に終わる筈だった。


「これは氷の盾か!?」


 だが、如月の蹴りの軌道に合わせて厚みのある氷が床から氷柱のように生えていたのだ。鉱物の弾丸は氷柱に突撃すると貫通することなく弾かれ、鉱物と氷の両者は砕け散った。


「それでは無力化に追い込みます」


 如月がまたその場で回し蹴りを放つ。するとキラキラと煌めく光の粒子―雪の結晶が【シンデレラ】から飛び散り部屋中に広がった。


「ふふふっ。舞踏会を始めましょうか。相手が駆さんではないのは残念ですが」


 如月がスカートの裾をつまみ、おどけたようにグランドベアにお辞儀する。すると如月を中心に強烈な冷気が放たれ、空中に漂っていた雪の結晶が一瞬で大きくなった。雪の結晶はそれぞれ手のひら大の大きさになり、床に落ちることなく空中を漂っている。


「おいおい、これで準資格者の学生なのか?格闘技術やSSデバイスの能力が正規のSSデバイスユーザー以上の練度じゃないか」


 如月が起こした現象に忍も驚きを隠せない。


「ふふふっ、本番はこれからですよ。遠藤さん」


 如月がグランドベアに詰め寄る。グランドベアは如月の攻撃力を警戒してか防御態勢をとった。


「しっ!!」


 それに構わず、如月は蹴りを放つ。防御態勢を取られているため、如月の蹴りは先ほどと同じような衝撃をグランドベアに与えることはかなわなかった。だが、それに構わず如月は蹴りの嵐をグランドベアに叩きつけていく。


「ギュッ、アー!!」


 完璧に防御していたはずのグランドベアは、たまらず悲鳴を上げて後方に飛びのいた。如月の連撃を防御していた前腕が広範囲にわたり凍り付いていたのだ。


「防御不能の打撃か」


「グァー!!」


 防御をしていては危険だと悟ったグランドベアは、急きょ攻撃に転じて如月目掛けて突進を仕掛けてきた。これに如月は力比べをすることなく、左に飛びのく回避を選択する。


「グァ!!」


 力任せの突進を行ったかに見えたグランドベアだったが、如月の回避に反応して踏みとどまり強引な方向転換を行った。すぐさま前腕による横なぎの攻撃を繰り出してくる。


「如月さん!!」


 如月は大きく飛びのいた為、現在も空中にその身を置いている。回避不可能に陥った如月を見て、武蔵が思わず叫び声を上げる。


「ふふふっ、魔獣も戦闘の駆け引きを行えるのですね。ですが、私を追い詰めるにはまだまだ足りませんよ」


 グランドベアの鋭利な爪が如月に届くと思われた瞬間、その身体が消え去りグランドベアの必殺の一撃は虚しく空を切った。


「えっ、なんで会長はグランドベアの死角に移動できたのですか!?」


 心が言うように如月は今、グランドベアの死角―それもただの死角ではなくグランドベアの後方の天井近くから見下ろすように浮かんでいる。


「そうか、雪の結晶だよ、心ちゃん。如月さんは部屋中に浮かんでいる雪の結晶を足場にすることで、立体的な行動を可能にしているんだ」


「雪の結晶?あっ!?」


 忍が指摘したように、先ほどまで如月がいた場所に雪の結晶が浮かんでいた。これを足場にした三角飛びの要領でグランドベアの攻撃を回避したのだ。そして今は天井近くに浮かんでいる雪の結晶に【シンデレラ】の靴底を引っ付けることで、如月自身も浮かんでいる。


「でもこれも、兄さんの戦闘スタイルと同じじゃないですか」


「ふふふっ、まだまだ駆さんの域には達していませんよ。下位互換もいいところです。雪の結晶が浮かんでいる場所しか足場にできませんからね」


「如月、遊んでいないでそろそろ無力化しろ」


「はい、父様。心さんが駆さんと同じだと言ってくれたので満足しました」


「あっ!?違います!!全然兄さんと違いますから!!」


「ふふふっ、可愛い義妹ですね。それでは校長先生、とりあえず気を失ってください」


 如月が雪の結晶から離れてグランドベアへと飛びかかるのと、グランドベアが如月に向けて再び鉱物の弾丸を放つのが同時だった。


「危ない!?」


「ふふふっ、大丈夫ですよ、心さん。くらいなさい!!」 


 落下している如月は左足を大きく振り上げI字バランスのようなポーズをとる。そしてその左足を勢いよく振り下げた。鉱物の弾丸目掛けてだ。


「はっ!!」


 如月の蹴り―かかと落としは弾丸とぶつかる。


 キーンッ!!


 【シンデレラ】は硬質な音を響かせて、弾丸を打ち砕いた。そして蹴りの勢いは殺されることなくグランドベアの頭部へと襲い掛かり―。


「ギャー――!!」


 グランドベアを校長室の床へとめり込ませる一撃となった。


「ふふふっ、やりすぎてしまいましたね、心さん」


 可愛らしく舌を出しておどける如月だったが、その圧倒的な実力を見た心は何も言えずたたずむことしかできなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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