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私が兄さんを全盛期に戻します!!  作者: 藍
第1章 四月
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第3話 入学式Ⅲ

 事務員をかわして入ってきたのは遠藤忍(えんどうしのぶ)だった。遠藤は駆の元部下で、現在は魔獣対策省を退職して妻と一緒にカフェを営んでいる。戦闘から離れ37歳となった遠藤だがスリムな体形と、トレードマークともいえる長髪をオールバックにしている髪型は現役のころと変わっていない。今、校長に向ける顔にはカフェで客に向けるような笑顔を浮かべている。


「どっ、どなたですか?天草さんとは知り合いのようですが、今は生徒の指導を行っているところです。即刻、お引き取りを」

 

 自身の欲望を満たすための準備をしていた校長は、邪魔をしたかたちの忍に対して不愉快な態度を隠すことなく示す。


「突然、すみません。私は心ちゃんの家庭教師をしている遠藤忍といいます」


「家庭教師?パンフレットを校内に置きたいなどのお願いで来られたのですか?今は天草さんの今後について大切な話をしているところです。たまたま、天草さんの家庭教師だったようですが日を改めてください」


「いえ、私はプロの家庭教師ではありません。元上司と部下の関係だった心ちゃんのお兄さんから頼まれて勉強を教えています。それと、私たちは家族ぐるみの付き合いがあって、心ちゃんの緊急連絡先の登録をお願いされている仲ですので、何でしたら確認してください。今日はお兄さんの代わりに入学式の参加を頼まれたのですが、あっ、こんな状況だけど、心ちゃん、高校進学おめでとう」


「あっ、ありがとうございます、忍さん。じゃなかった、さっき校長先生から「すみません、遠藤さん!!」」


 心が先ほどの会話について話そうとすると、校長が声を荒げて止めに入る。


「どうしましたか、校長先生?」


「たっ、確かに遠藤さんは天草さんの第2緊急連絡先に登録されていますね…ちっ。それなら、事務員には客ではなくて入学生の関係者と申し出て頂きたいのですが」


 校長と忍が会話を始めてしまい、出鼻をくじかれた心は口をつぐんでしまう。


「いえ、実はこの高校には心ちゃんの入学式以外の別件で訪れていることもありまして…ところで心ちゃんは先ほどの入学式の件で呼び出されたのでしょうか?」


「えっ…えぇ、入学式に出席されていたのなら遠藤さんもお分かりと思いますが、天草さんの入学式での行為は見過ごすわけにはいきません。今からお兄さんに天草さんの今後のことについての電話を掛けるところだったのです」


「そうでしたか。それでしたら、その電話は不要です」


「それは遠藤さんが保護者代理として対応されると?申し訳ありませんが、いくら家族ぐるみの付き合いをされているとはいえ、血縁の無い方相手では生徒の将来を左右する話はできません。どうしても遠藤さんが対応されるとおっしゃるのでしたら、どのみち保護者であるお兄さんに許可を取るために電話をしなければいけませんよ」


「いえいえ、電話が不要ということは、心ちゃんの今後についてお兄さんに代わり私が対応するということではなくて、貴方が今から生徒の将来をどうこうする立場でなくなるから電話を掛けなくてもいいということをお伝えしたかったのです」


「忍さん?」


「…は?何を言っているのですか、遠藤さん」


 忍の突然な言葉に心だけでなく、校長もきょとんとしている。


「それよりも、この春休みに女子生徒が意識不明の重体になっていますね」


「なっ、何を突然に!?…確かに女子生徒が部活動が終わって下校途中の通学路で、転倒した際に頭を打ち付けて意識不明の重体になっています。ただ、警察の捜査によると事件性は無いとのことですが。その事故がどうかしましたか?」


 無理矢理話題をかえられた校長だが忍の目的がわからず、話し合うことを選ぶ。


「いえ、その女子生徒は通学路ではなくて、校内(・・)で怪我を負った可能性があると知人・・から聞いたもので確かめようと思ったのです」


「なっ、何を言っているのですか!?」


 忍の話に校長は明らかにうろたえだした。


「え、遠藤さん、貴方の本職はマスコミ関係者なのですか?」


「…いえ、私は喫茶店のマスターをしています」


「そっ、そうでしたら、貴方には関係ありません!!先ほども言いましたが、警察の捜査も終わっており事故だと結論が出ています。その様な事実は一切ありません。貴方の来校の目的とは事故について私に質問することだったのですか?」


「いえ私の…俺の目的は校長という立場にあるあんたが女子生徒に手を出そうとした挙句、意識不明の重体に陥らせてしまった証拠を手に入れることだよ」


 忍の顔には先ほどまでの営業スマイルとうってかわり、ニヒルな笑みを浮かべている。忍の突然の豹変に校長だけでなく心も唖然とすることとなった。


「はっ?なっ、突然突拍子もないことを言っている!!無礼じゃないか!!」


「本当はちゃんと手順を踏んで訪ねようと思っていたんだけど、心ちゃんが呼び出されたことがわかったので心配になって来たのさ」


「うー、なんだかわかりませんがすみません」


「おい、遠藤と言ったな。生徒に手を出そうとしたとか、意識不明の重体に陥らせたとかわけのわからないことを言っていると名誉棄損で訴えるぞ!!」


「どうぞご自由に。でも、この高校は記録機器の持ち込みが許されてないよな。俺も校内に入る際に警備員さんに携帯電話を預けましたからな。証拠を示せるのかい?」


「ふっふっふっ、馬鹿が。私はこの高校のトップである校長だぞ。私は携帯電話の持ち込みが許されているし、何よりこの校長室は映像と音声が絶えず記録されている。貴様が私を侮辱した場面も記録済みだ」


「おっ、それはちょうど良かった。だったら、心ちゃんにしたことも記録されているはずだな」


「何のことをいっている?私は天草さんの入学式の行いに対する指導をしていただけだ」


「心ちゃん、さっきは校長に関係を迫られたと俺に言いたかったんじゃないかな」


「そっ、そうです、忍さん」


「何を言っているんだい、天草さん。私はそのようなことは言っていない。もし、嘘を撤回しないというのならわかっているね。君の将来に関わることだよ」


「私は先ほども言いましたが、Eクラスにクラス替えをされてもかまいません」


「なっ、本気か?エリートへの道を諦めるというのか!?」


「やれやれ、心ちゃんはあんたみたいに権力を求めていないんだよ。とはいえ、心ちゃんの入学式での騒動の目的は特別クラスであるAクラスからのクラス替えだったのか」


「えっと、Aクラスは魔獣との戦闘特化のデバイスユーザー育成クラスです。私の目的には合いません。ただ、Aクラスは受験での筆記と実技の総合得点上位者から選ばれるので、生徒個人のクラス希望は聞き入れてもらえません。受験で手を抜いたらみんなに怒られますし…」


「どのみち入学式で問題を起こしたから、怒られるけどね。衛さんと舞火にしごかれるのは覚悟しておくんだよ。俺も今後の授業の難易度を上げるからね。今回の件に関しては、むすびも多分フォローしてくれないから諦めなよ」


「うー」


「何をゴチャゴチャしゃべっている!!とにかく天草さんが言っていることは事実無根だ。だいたい入学式で騒動を起こすような生徒の言うことを誰が信じる」


「だからこの部屋は絶えず録画録音はなされているんだろう?調べれば一発アウトだ」


「ふんっ、私は対魔獣科高校の校長だぞ。権力者なんだよ。喫茶店オーナーごときの貴様の与太話に付き合って映像を提出すると思っているのか?」


「おいおい、スペシャリストの批判の次は喫茶店オーナーの批判か。生徒の前で差別発言は教育に悪いんじゃないかい」


「生徒?ふふふっ、生徒か!!あー、天草さんは残念だが退学処分にする。入学式で魔獣対策省の批判をするにとどまらず、私のことを陥れようとしたのだから重罪だ」


「なっ!?私は本当のことを言っただけです」


「だったら証拠を提示しなさい」


「だから、録画映像があるのですよね」


「やれやれ、首席入学者とは言えその程度の考えしか浮かばないのか。さっきも言ったが私が君たちにわざわざ(・・・・)映像を見せると思っているのか?」


「だったら、警察や弁護士に」


「私相手においそれと警察や弁護士が動くと思っているのか。万が一、動いたとしても記録機器が壊れている可能性があるだろう」


「そんなことが許されると思っているのですか!?」


「心ちゃん、無駄だよ。こういうやつは『ああ言えばこう言う』だから。仮に俺たちを訴えるために侮辱したという場面の映像を提出しても、その前後のやり取りはちゃんと編集するよ。権力者様の思いのままだ。だが、ドラマ終盤の犯人みたいに自分の罪を認めるようなセリフを言うなんて思考能力の低下がみられるな。あいつの思惑どうりか…気に入らないな」


「えっと?忍さん」


「いや、なんでもないよ、心ちゃん」


「うー。それなら私は本当に退学に?」


「そういうことだ。天草さん、あきらめなさい。それにしても遠藤、貴様は突っかかってきたわりに物分かりがいいな」


「あんたみたいな権力を持っている調子に乗る小悪党とは何回もやりあっているからな。口で言いくるめるのは不可能とは言わないけど、骨が折れるからね。だけど、心ちゃんは退学なんかにはならない。そんなことをさせたら俺が隊長たちに半殺しにされるよ…半殺しで済むかな?」


「隊長?」


「こっちの話だ。ふー、まぁ、これぐらいでいいか。とりあえず、材料は揃った。お疲れ様でした、校長先生様。あんたはこれから魔獣対策省に呼び出しをくらうよ」


「は?何を言っている?」


 リリリリー。


 遠藤の言葉にタイミングよく、校長の机の上の電話が鳴り響く。


「こんな時になんだ。もしもし、私だ。今は忙しい。後にしてくれ。…は?長官から外線…だと」


「おっ、早速呼び出しだな」


「なっ、わかった。つないでくれ。もしもし、長官、どうされました?えっ、出頭?何を言っておられるのですか?女生徒に手を出した疑い?なっ、そのようなことは断じてしておりません。…女生徒の意識が回復して証言?そっ、そんな!!…それと天草心に対する発言についても…?もっもしもし!?もしもし!?長官!?長官!!…な…何なんだ…」


「どうやら、むすびの処置が思ったより早く済んだみたいだな」


「えっと、忍さん?」


「まぁ、見てな心ちゃん」


「私が…わたしが…やっと、スペシャリストを、デバイスで、婿入りしたのに…頭を下げ…地神が…」


 受話器を落とした校長は虚ろな目をして床を見ながらブツブツとしゃべり始めた。その様を確認すると忍は心を自分の後ろにかばうように立たせた。


「将来が、エリートの私が。偶然のくせに、出世が、ロートルの、未来の、輝かしい、くそが、くそが、くそがーーーーーーーーーー!!」


 校長が叫ぶと右手にはめていた指輪―SSデバイスから黒く濁った光が放出された。


「きゃっ!!」


 校長を中心として台風のような暴風が発生して、校長室の備品である机やソファーが吹き飛ばされる。それらが心たちに襲い掛かってきたのだが…。


「せいっ!!」


 忍が回し蹴り一つで弾き飛ばした。


「ふー、隊長なら蹴り一つで粉砕するが俺には無理だな。それはさておき、やはり校長は浸食・・されていたか。面倒だが心ちゃんにはいい勉強になるか。それじゃあ、心ちゃん、急だが入学式の件での俺からの罰として特別授業を開始するよ。授業内容はSSデバイスの暴走―『浸食しんしょく』についてだ」


 突然の事態に心はあっけにとられつつも、頷くことしかできなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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