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私が兄さんを全盛期に戻します!!  作者: 藍
第1章 四月
3/10

第2話 入学式Ⅱ

「私は新入生代表の天草心と言います」


 心は壇上に上がり、新入生と在校生と保護者、そして彼らの左右に位置している教員に対して順番にお辞儀をする。その中には先ほど壇上を降りた校長も含まれていた。


「私たち新入生はこの対魔獣科高校に入学できたことを誇りに思っています。なぜなら、私たちはSSデバイスユーザーとして異世界からの来訪者たる魔獣を倒すべく選ばれた存在として認められたからです」


 心が先ほどの校長の言葉を引用した『選ばれた存在』というセリフを放つと、新入生と在校生は誇らしげな表情を浮かべている。


「スペシャリストの活躍を元に開発されたSSデバイスは、膠着していた魔獣との戦闘において人類が優位に立つことを実現させました。私たち新入生も偉大な先人たちにつづけるようデバイスユーザーとして邁進していく心構えです。ただ、私たちデバイスユーザーだけで魔獣との戦闘に挑むことが本当に正しいことなのでしょうか?」


 心の突然の問いかけに場が静かになる。


「世の風潮は一部のスペシャリストを除き、スペシャリストを戦場から排除しようとしています。ですが、SSデバイスが開発されたからと言って今まで結果を上げていたスペシャリストを排除することは効率的ではないはずです。そのような非効率的な状況を良しとしていることについて、私は疑問しか感じえません。そして、私は先ほどあえて校長が使用した『選ばれた存在』という言葉を使いましたが、私たちはそもそも誰に選ばれたのですか?」


「ちょっと、天草さん!!何を言っているの!!」


 校長の批判ともとれる言葉が出たことで、ようやく壇上の端にいた学生から心に対して声が上がる。声の主は司会進行役の生徒会の女性だった。腕章から副会長の役職に就いている人物ということがわかる。


「『何を言っているの?』と言われましても、新入生代表の挨拶ですが?」


 何か問題でも?という風に副会長に返す心。それを見た副会長は唖然とした表情を浮かべる他なかった。


「副会長、もういい。天草さんは壇上から降りなさい!!」


「来賓の皆様、保護者の皆様、失礼いたしました。新入生代表の挨拶は以上で終了となります。続いて、在校生代表として生徒会長の神堂如月(しんどうきさらぎ)さんの挨拶を行います」


 心は教員たちにより舞台袖に連れ出される。だが、心はうろたえることなく、連れ出されながらも体育館内の人物を観察することに集中した。心に対して敵意を向けている教員に生徒もいれば、突如起こったトラブルに対して面白そうに話し合う新入生もおり、必ずしもスペシャリストを擁護した心に対して全ての人が不満を抱いていないことがわかる。観察した中で特に強い敵意を向けているのが教員のトップである校長だったが、意外にも在校生のトップである生徒会長の如月はすれ違う心を見て微笑んでいた。


「天草さん、おふざけが過ぎるとお兄さんに…元隊長(・・・)さんに怒られますよ」


「えっ!!」


 すれ違いざまに如月から掛けられた言葉に心は絶句する。元隊長という単語はもちろん、兄の駆が対魔獣特務遊撃隊の隊長だったことを指しているからだ。心の兄がその役職に就いていたことは現役当時から情報規制がなされており、一介の学生が得ることができる情報ではない。


「新入生の皆さん、初めまして。私は生徒会長の神堂如月です。先ほどは―」


 心と入れ替わりになり在校生代表の挨拶を始めた皐月に対し、学生、保護者が問わず先ほどの騒動を忘れたように静まり、熱を帯びた視線を向けている。


「(…あの人が兄さんを倒した神堂皐月の長女で、校内最強とされる神堂如月さん…。兄さんの情報は父である神堂皐月から教えてもらった?)」


 体育館から連れ出された心にはもう如月の言葉は聴こえないが、しばらくすると歓声が館外まで届いてきた。神堂如月は英雄の娘としてだけではなく、実戦主義を掲げる対魔獣科高校の実技ランキングにおいてトップに君臨していることから注目を集めている。さらに付け加えるなら、モデル顔負けの整った容姿のため魔獣対策省の啓発ポスターや広報誌に登場することもしばしばあるのだ。


「(流石は英雄の娘であり実力者…人気者ですね。それにしても、兄さんたちのことをバカにされたからといってやりすぎました。計画ではもっと穏便に・・・・・・問題を起こすはずだったのですが…。はぁ、約束を破ってしまったから兄さんたちに怒られますよね。うー、(まもる)さんと舞火(まいか)さんには絶対に気を失う直前まで訓練をさせられると思いますが…(しのぶ)さんと(むすび)さんは止めてくれるでしょうか…。とりあえず今はこれからの説教について心構えをしておきましょう。…気が重いですね)」


▽▽▽


「天草さん、何てことをしてくれたのですか!!あなたは新入生代表として対魔獣科高校の学生の模範となるべき立場にあるのですよ。それを何故あのようなことを!?」


 心は説教を受けている。場所は校長室、しかも校長から直々にだ。


「すみませんでした」


 心が頭を垂れて、申し訳なさそうな声で謝ると校長はまんざらでもないような声色になる。


「本当にわかっているのですか?幸い、本校は情報規制のために携帯電話などの一般的な通信端末を含めて撮影や録画機材の持ち込みが禁止されています。だから、あなたの魔獣対策省の活動に対しての批判めいた発言が記録に残ることもなく校外で問題視されることはないでしょう」


 校長が言うように、学校の敷地内では記録機能があるスマホなどの持ち込みは生徒はおろか教員も認められていない。許された者だけが魔獣対策省から支給された専用の通信端末を持つことができるとされている。先ほどの心の発言に対して、いかに来賓や保護者が心の行いを口外しようと証拠はないというわけだ。もちろん、校長の差別発言に対してもそうなのだが。


「ですが、他の生徒に示しがつかないので処罰としてEクラスへの移動が行われます。何か反論はありますか?」


「いえ、ありません」


「そうでしょう、嫌ですよね…えっ、何と言いましたか?」


「だから、反論はありません」


「は?…ふっ、ふむ、良い心構えです…。それでは、保護者に対して説明がありますのでご両親のどちらか…ご両親は亡くなられていましたか。保護者に登録されているのは…お兄さんの天草駆さんですね。お兄さんには今から連絡をいれますが、今日は学校に来られていますか?」


 校長は手に持っていたタブレット機器を操作して心の個人情報を表示している。


「いえ、その、兄は来ていないです。えっと、兄は忙しいので今日は来れないかも…」


 兄の名前が出ると今まで平然としていた心が嘘のようにうろたえだした。問題を起こしたので兄の呼び出しがあることは想像していたが、いざその時になると自分の失態が知られる時間を1秒でも引き伸ばしたいと考えてしまう。それを見た校長は入学式で反抗した生徒が自分に服従しているかのような反応を示したので、自尊心が満たされた表情をしている。


「そうですか、そうですよね。ですが、クラス替えはあなたの将来に関わってきます。保護者に対して連絡しないわけにはいけませんから、電話を掛けさせてもらいますよー」


「うー…」


「…ですが、天草さんが今日の行いを猛省していると言うのであれば、保護者への連絡も…そしてクラス替えの処分も取りやめましょう」


「え?」


「ふふふっ、そうですね。今夜、天草さんは時間が取れますか?」


「あの、校長先生、どういうことですか?」


「天草さん…いえ、心さんの今回の行いは新入生代表としての挨拶中に、日本国民から魔獣討伐を期待される立場になったことを改めて意識してしまったための不安によるものでしょう。…そういうことにしておきましょう。何、不安を抱いている若者に対して校長である私がその不安を今夜取り除いてあげようと言っているのですよ。そう、まずはディナーを一緒に楽しみましょう。美味しい食事は食べた者の心を豊かにします。その後に私の家で色々と相談に乗りますよ。妻は出張で家にいないし、子供はもう一人立ちしているので、家には私一人ですので気兼ねしないでください。ただ、心さんの入学式での行為は先ほども言いましたが、処罰対象となるほどの行為です。それを取り消すのは私でも骨が折れますね。だからこそ、心さんにもそれなりの対価を私に対して払ってほしいのです。心さんも入学主席になるほど才女です。私が何を言っているのかは…察してくれますよね」


 校長は天草さんから心さんと言い直してから、心に身体を嘗め回すような視線を向けてきた。


「それって、つまり、私の問題を見逃す代わりに…」


 心は校長が自分の身体を提供する代わりに今回の問題を見逃すことを望んでいるとわかり、問いただそうといたが校長はその言葉を上手く遮る。


「いえいえ、見逃すとかではないですよ。不安を取り除くために相談にのるだけです。まぁ、心さんもお兄さんには心配をかけたくありませんよね?おや、お兄さんの年齢は25歳ですが職業欄は空白ですね。魔獣が襲来するこのご時世ですから無職であるということには同情しますが、いつまでもこのようなお兄さんと暮らしていては心さんのせっかくの才能が無駄になります。良ければ今日から私とより良いパートナーとなりませんか?…心身(・・)共にですよ」


「は!?」


 上手く遮ったのだが、その後に続く言葉が心の逆鱗に触れるものだったとは、校長は気づいていない。


「…校長先生…今言ったことは本当ですか?」


「おや、心さんに私の熱意が伝わったようですね。本当ですよ。それではディナーの予約を行いますので、少し待っていてください。あっ、もちろん個室ですし、入店時間もずらしますから安心してください」


 校長は懐からスマートホンを取り出し、操作し始めた。


「…校長先生…私が言ったのは兄に対する暴言に対することです…」


「心さん、もうちょっとで予約が取れますから待ってください。あっ、このスマホは私の権限で持ち込んでいる特別仕様のものですから、情報漏洩もありませんので安心してください。…よし、予約が取れました。それでお兄さんに対する暴言ですか?暴言ではなく正論ですよ。貴女に相応しいのは無職のお兄さんではなく、私ですよ。何なら、私のことはプライベートで『パパ』ではなくて『お兄ちゃん』と呼んでもいいですよ」


 ダンッ!!


 校長の言葉に心が床を踏み鳴らし立ち上がる。今夜味わえるであろう快楽を妄想していた校長も、やっとここで心から殺気を向けられていることに気づいた。

 

「なっ!?どうしたのですか、心さん?」


「…黙れ…くず野郎…あっ」


 心は冷静に校長室内を見渡し武器になりそうなもの探している自分に驚いた。本来は魔獣との戦闘において必要な知識として衛たちに教わったことを、自分の気に入らない人物を排除しようとすることに活用している自分に気づいたからだ。


 コンコンッ。


「校長、お客様です」


 不穏な空気が漂っている校長室の扉がノックされ、女性事務員から来客が告げられる。


「なっ…どうした?今は私直々に生徒指導を行っているから用事があれば事前に内線で連絡しろと言っただろうが!!」


「あの、ですが、お客様が」


「案内ありがとうございました、事務員さん。後は俺の方で説明しますから。失礼します」


 客である男性が事務員を退け、校長の返事を待たずに校長室の扉を開けた。


「えっ?しっ、しのぶさん?」


「やぁ、心ちゃん」


 校長室の扉を開けた人物は心のよく知る、駆の部下であったスペシャリストの遠藤忍えんどうしのぶだった。

やっと、2話の投稿となりました。


お読みいただきありがとうございました。

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