プロローグ
「ユウナとネコさんたちの異世界生活」(2017年8月31日現在も投稿中)に続き、2作目の投稿作品です。
2013年某日、国家対魔獣研究所内訓練施設。
「本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。私は国家対魔獣研究所所長の小暮夕姫です。ただ今から『スペシャルスキルデバイス』通称『SSデバイス』の有用性に関する実証実験を開始いたします」
訓練施設内にスピーカーを通して、実験開始のアナウンスが宣言された。
言葉を発したのは二十歳後半の美女で日本人と白人のハーフであり白く透き通った肌に意志の強い黒目が特徴的だ。頭髪は白に近い銀髪でいわゆる姫カットになっている。
訓練施設はコロッセオをイメージさせるような形状になっている。今から実験が行われる訓練エリアは戦士たちが戦う舞台で、それを取り囲む二階席が見学席だ。訓練エリアと二階席との間には特殊な強化ガラスが設置されており見学者の安全が守られている。小暮所長―夕姫たち研究所のスタッフと、招待された民間における各分野のトップである来賓はこの見学席から訓練エリアを見下ろす形になる。
「まず始めにSSデバイスによる、異世界からの来訪者たる『魔獣』への攻撃の有効性を御覧に入れます」
訓練エリア内への扉が開かれ台車を繋いだ牽引車が入場し、台車を置いて立ち去る。それを見た来賓達がざわめき始める。
「ご安心ください。今訓練エリアに入場した来訪者は研究所で研究素材として利用されているサンプルです。皆様に危害が及ばないように厳重に拘束されております」
アナウンスが説明するように台車に載っている魔獣は、拘束具と思われる器具で厳重に捉えられている。
「この魔獣は外見からわかると思いますが甲殻類型に分類されます」
魔獣と呼称されたモノは一言で表現するなら蟹である。ただ、その体躯は地球の蟹と比べると異常に大きく横幅が2メートルをいうに超えている。また異常性は他にもある。燃えているのだ。背中の甲羅が炎で燃え盛っている。
「この魔獣はファイアークラブと命名されております。皆様もご存知のとおり魔獣は地球の兵器による攻撃では一部例外を除きダメージが与えられないことは証明されていますが、甲殻類型はその強固な殻により他の魔獣より防御力が優れております。この甲殻類型にSSデバイスによってダメージを与えることができれば、ほぼ全ての魔獣へダメージを与えることが出来ることの証明になります」
来賓は夕姫の説明に頷く。
「それではSSデバイスが魔獣にダメージを与えることを実証します。神堂君、入って下さい」
夕姫の声に反応して来訪者が搬入された扉と反対側の扉が開き、迷彩服を着た男が一人入ってくる。
「彼は元陸上自衛官で現在はSSデバイスの適合者として実験に参加してもらっています。我々は適合者を『SSデバイスユーザー』もしくは単に『ユーザー』と呼んでいます」
新堂と呼ばれた男は三十代半ばで、190センチを近い長身に細身ながら鍛え抜かれた筋肉を身にまとっている。短く整えられた頭髪で、意志の強さを感じさせる整った顔立ちが体躯と相まって見る者に威圧感を与えさせる。
「神堂君、SSデバイスを起動しなさい」
「SSデバイス起動」
神堂は右手を掲げてSSデバイスの起動を宣言する。右手の人差し指と中指にはめられていた指輪が淡い光を放ちだした。光は粒子状になり神堂の身体を包み込む。
「神堂君が右手に付けている2つの指輪がSSデバイスです。人差し指の指輪は個人の特性によって姿を変える対魔獣兵装用SSデバイス、中指の指輪は設定によって形状を決めることが出来る防御のためのシールド用SSデバイスです」
説明が終わるころには海道を包み込んでいた光の粒子は輝きがなくなり、固体化していた。
「神堂君は銃剣道の心得があります。対魔獣兵装SSデバイスがそれを個人特性ととらえたようで小銃にナイフが着剣された形状に変化しました。シールドSSデバイスは彼の近接戦闘スタイルに合わせて防御力と機動性を重視したライダースーツのような形状に設定しております」
神堂の手には着剣された漆黒の小銃が握られており、身体は肩や肘などにパッドがあてられたら迷彩色のライダースーツに包まれている。頭部は同じく迷彩色のフルフェイスのヘルメットだ。
「神堂君、魔獣に対し攻撃を開始せよ」
「了解しました」
神堂は少し腰を落としたスタンディングの姿勢をとり、小銃のストックを右肩にあてることで固定し魔獣へと狙いをつけ引き金をゆっくりと引いていく。すると銃口の先に氷の結晶が形作られた。それを見た来賓からどよめきの声が上がる。
「今銃口の先に現れたのは氷の弾丸です。神堂君のSSデバイスは形状こそ現代兵器の小銃ですが、その性能は魔獣と同じく特殊な現象を引き起こします」
パシュッ。
神堂がさらに引き金を引くと氷の弾丸が放たれ、魔獣―ファイアークラブへ命中して右の爪を吹き飛ばした。
「御覧のようにSSデバイスによる攻撃は魔獣へダメージを与えることに成功しました。神堂君、そのままファイアークラブを倒しなさい」
神堂は頷いた直後弾丸の如くファイアークラブに襲い掛かる。そのスピードは明らかに人間の限界を超えており、瞬く間に銃剣が届く距離に到達した。神童は襲い掛かる勢いのまま銃剣を突き刺す。その一刺しは防御力を誇る甲殻類型の殻を軽々と貫く。
「はーっ!!」
神堂が気合の声を上げると銃剣が刺さった周辺の殻が氷に覆われだした。
「せやっ!!」
銃剣を引き抜くことなく小銃を下に向けて薙ぎ払う。先ほどの冷気によって凍りついていたファイアークラブの殻は粉々に砕け散った。神堂は殻が砕け体内があらわになった個所に銃口を突き付けゼロ距離で氷の銃弾を叩き込む。
「ギィギィ…」
拘束されており今まで反応のなかったファイアークラブだが、金属がこすれた時に出るような不快な声を残して光の粒子となり消え去った。
「台車の上を御覧ください。神堂君の攻撃により消滅した魔獣の『核』が確認できます」
ファイアークラブが拘束されていた台車の上には蛍光色の緑に明滅する球状の核が残されていた。
「この核は魔獣の心臓であり、魔獣が活動するためのエネルギー結晶であり、魔獣が引き起こす超常現象を実現するための機関であることがわかっています。そして我々人類にとってはSSデバイスを作るための材料でもあるのです。神堂君、この核は必要ありません。『経験値』として吸収しなさい」
「はい」
核を銃剣で引き裂くと光の粒子となり、神堂の身体へと吸収されていった。
「魔獣の核は先ほど述べたように魔獣にとってエネルギー結晶でもあります。魔獣は体の大小にかかわらず強力な者ほど大きな核が体内にあることがわかっています。そして、SSデバイスは魔獣を倒すことでエネルギー結晶を吸収する機能があり、エネルギー結晶を吸収すればするほどSSデバイスの機能が強化されていくのです。今お見せした神堂君の人間離れした身体能力も、防御用SSデバイスの強化により実現しています」」
来賓席から神堂が氷の弾丸を放った時以上のどよめきが起きる。
「皆様もお気づきになったのでしょう。魔獣を倒す武器と防具を纏って戦い魔獣を倒すごとに強くなっていく存在…つまりSSデバイスユーザーとは『スペシャリスト』と同じ…いえ、それ以上の存在となる者たちなのです!!」
夕姫の言葉に来賓の者たちが狂喜乱舞した。だが、それを横目に一部の者たちは冷静な態度を維持する。
「小暮所長…今の言葉はスペシャリストを擁する『魔獣対策庁』への宣戦布告なのかな?」
発言は来賓席にいた男性から発せられた。その男性は夕姫と同じ銀髪と黒目を持つ美男子である。
「いえ、兄さ…小暮魔獣対策庁長官。今の言葉はあくまでユーザーの能力がスペシャリストに勝るという事実を皆様にお伝えしただけです」
「そうか、なら証明してもらおう。君たちが擁する『SSデバイスユーザー』が我ら魔獣対策庁が擁する『スペシャリスト』に勝るという事実を」
「…わかりました。皆様、今からSSデバイスユーザーとスペシャリストの模擬戦闘を行います」
夕姫の発表に来賓から歓声が上がる。
「私たち国家対魔獣研究所からは先ほど実験に引き続き、神堂君に参加してもらいます。神堂君、いいですね」
「了解しました」
「スペシャリストは誰が参加しますか?小暮長官」
スタッフからマイクを渡された小暮長官は来賓に向かってお辞儀をして話し始める。
「皆様突然の無礼をお許しください。私は魔獣対策庁の長官の小暮陽輝です。皆様もご存知と思いますが、我々魔獣対策庁は魔獣殲滅を可能とするスペシャリストたちの管理及び支援を担っています。スペシャリストとは生身で魔獣を倒し核のエネルギー結晶を吸収した人間を指します。ただ、現代兵器が通用しにくい魔獣を倒すことは難しいため非常に希少な存在で彼らには多くの負担をかけてしまっていることは事実です。ですので、SSデバイスユーザーによる戦力増強は我々としても非常にありがたく思います。先ほどの実証実験からSSデバイスの有用性は確認させてもらいました。ただ、本当にSSデバイスユーザーが戦場で戦力になるのかは疑問に思うところです。そのためにもこれから行う模擬戦闘は非常に価値のあるものだと思うのです」
威風堂々とした小暮長官―陽輝の語りに来賓たちは、魅了されたように頷いている。
「それでは我々魔獣対策庁からはスペシャリストの中でもエースと言われる対魔獣特務遊撃隊の隊長に参加してもらいます。いいね、隊長」
陽輝の発言にこの実験開始後一番のとどよめきが生じた。このどよめきが対魔獣特務遊撃隊隊長の存在の大きさを証明している。
「わかりました」
来賓席の後方の壁際に立ち控えていたスーツの男が返事をした。来賓と研究所のスタッフたちが振り返り声の主を確認するとすぐに疑問の声が上がる。その多くがこの男が本当に歴戦の勇者なのかというものだった。
「皆様、彼は間違いなく対魔獣特務遊撃隊の隊長です。現在は18歳で高校に通いながら対魔獣特務遊撃隊の隊長職を務めてもらっています。未成年者でありながら戦闘に参加している彼の情報はトップシークレットとなっており報道規制もされております。皆様も他言無用でお願い致します」
隊長はこのSSデバイスの実証実験の場にいる誰よりも若い年齢の18歳。身長は180センチで細身で体型は神童と似ている。ただ、自己主張しないセミロングな髪型と優しい顔立ちで威圧感を与えるどころか目立たない印象になっている。
「小暮所長、模擬戦闘は15分後でいいかい?」
「…結構です。それでは来賓の皆様、模擬戦闘はこれから15分後に開始します。それまでの間はこの見学席及び二階のエリアでお待ちください」
夕姫がアナウンスしたにもかかわらず来賓の誰一人も見学席から退出する者はおらず、興奮冷めやらぬように近くにいる者同士で会話をしている。それほどまでにスペシャリストとSSデバイスユーザーとの模擬戦闘と、正体不明の英雄である対魔獣特務遊撃隊の隊長を知れたことは興奮させるにたる出来事だった。
▽▽▽
「見世物にしてしまって本当に申し訳ない、天草隊長」
場所は訓練エリアの控室。陽輝が対魔獣特務遊撃隊の隊長― 天草駆に謝罪している。
「決定事項ですから気にしないで下さい、長官」
駆は気にしていないと恐縮するが、陽輝の表情は和らがない。
「だが、いくら国による決定事項とは言え、今まで日本を護っていた英雄に模擬戦闘でわざと(・・・)負けろだなんて、君に、いや君たちスペシャリストに対して申し訳ない」
「スペシャリストがSSデバイスユーザーに負けるという演出は、魔獣対策庁に所属するスペシャリスト全員の賛同を得られた上での決定事項ですよ。SSデバイスの能力が数年もすればスペシャリストの能力を上回るのはデータとして算出されているのですから」
駆が言うようにSSデバイスはあと数年でスペシャリスト以上の存在になることは国の関係機関では確定事項とされている。今回の実証実験は民間のトップに対するお披露目会でしかない。
「駆、賛同こそしたが私はやはり素直に納得できない。長官、何も隊長が出なくても私が模擬戦闘で負ければいいではありませんか?隊長という役職こそ駆に譲ったが、私のスペシャルスキルの評価自体は未だに高いものです。私を神堂が倒したとしても、アピール値が下がらないと思います」
言葉を発した男は、駆の横に控えていた地神衛。地神は神堂と同じ元陸上自衛官。身長185センチある体はたくましい筋肉に覆われている強面の巨漢で、駆に対して33歳と倍近い年齢だが偽りのない敬意を示しているのが感じられる。
「私も衛さんに同意です。隊長は活躍し過ぎました。隊長がデバイスユーザーである神堂皐月に負けることは、八百長試合だとしてもスペシャリストにとって影響が大きすぎると思います。私を模擬戦闘に参加させて下さい。私のスペシャルスキルの能力なら、隊長や衛さんが負けるよりも客観的なデータを示せるはずです」
続いて、ボブカットのスリムなモデル体型の女性が名乗り出る。名前は都築舞火。年齢は23歳の元警察官。目鼻立ちが鋭い美女の為にきつい印象を与えることが多いが、今は駆のことを心配している優しさがその表情から見て取れる。
「俺の能力じゃ、模擬戦闘には参加できませんが何ならスペシャルスキルを使って情報操作しますよ。嘘でも恩人の隊長が負けるところなんて見たくありませんからね」
元地方新聞記者の遠野忍。長髪を後ろに縛った一見軽薄そうに見える30歳の男だが、陽輝に進言する目は真剣そのものだ。
「すみません。一度は賛成しましたが、私はこの模擬戦闘自体中止にできたらと思います。先ほどの実証実験でいいのではないですか?何も駆く…隊長が八百長試合で貶められなくてもいいのではないですか?」
今にも泣きそうな表情で訴えるのは鏡結。元救急救命士の23歳。ロングヘアーの清楚な美女で舞火と対照的にグラマラスな体型している。
「皆さん、ありがとうございます。ですが、今回の模擬戦闘に関しては最終的に同意して判子を押したのは僕自身です。今回の実証実験という名の民間の有力者に対するプレゼンは、皆で頑張って育ててきた対魔獣特務部隊という名前の長である隊長が負けることこそが重要です。これは今回のその場しのぎの対応ではありません。来訪者たる魔獣が日本に訪れる頻度は年々増加しています。世にSSデバイスを知らしめて、生産体制を確立させるためには今回招いた来賓者たちの賛同が必須なのです。彼らに誠意を見せて本当に隊長である僕が負けることこそが重要なのです。…まぁ、対戦相手の国家対魔獣研究所の同意の上での出来レースなのに、本当に負けるなんて変な話ですよね」
駆の苦笑いだが覚悟を決めた様に皆が目をそらす。
「ただ、一つだけ安心しました。僕は本当に負けます」
「えっ?どういうことなんだい、天草隊長」
「ですから、本当に負けるのです。神堂さんには僕は敵いません。先ほどのデバイス起動を見て確信しました」
「駆!?先ほどのデバイスの能力を見ても明らかに神堂は駆に―」
『皆様にお知らせします。模擬戦闘開始の5分前になりました。所定の席への着席をお願い致します』
地神の言葉は模擬戦闘開始のアナウンスによって止められる。
「衛さん、舞火さん、忍さん、結さん、すみません。…では、始めましょう。対魔獣特務遊撃隊の…終わりを」
謝罪した駆は衛たちを振り返ることなく訓練エリアへと歩みを進めた。
▽▽▽
2013年某日、国家対魔獣研究所内訓練施設。
スペシャリストとSSデバイスユーザーとのスキル制限の模擬戦闘が行われた。スペシャリストである対魔獣特務遊撃隊隊長・スペシャルスキル名『天空の覇者』は自身が不利になるとスキル制限を無視して、SSデバイスユーザー・デバイス名『絶対零度』神堂皐月に襲い掛かるも返り討ちにあう。これによってSSデバイスユーザーの有用性が明確に証明され、SSデバイスの量産体制が確立されることになる。また、未成年者を含めるSSデバイスユーザーの育成機関設立の認可が下りることとなった。それに合わせて、魔獣対策庁は国家対魔獣研究所と合併され魔獣対策省になる。魔獣対策庁の対魔獣特務遊撃隊を含む対魔獣部隊は解散の後に、魔獣対策省内の新たな部署に再編成されることとなった。なお、元対魔獣特務遊撃隊隊長の正体は明かされることなく辞任したことのみ報道されている。
中級に分類される魔獣との戦闘で無様に敗れる姿を報道された後に…。
お読みいただきありがとうございました。
H31.2.7 地神衛の一人称を【自分】から【私】に変更しました。