魔王
へいへいへい、どうしてなのー? やっとこさ思い出した夢の、大事な内容を早く伝えたかったのにここへきてまさかの魔王来訪。酷くない? また忘れたらどうするんだ! 脳内でそんな事を考えつつ、遠い目になりながら魔王さんと握手中である。
というかなんで私に用があるのだろう。頭領が大昔に魔王問題は解決したんじゃなかったっけ? はっ! まさかその時のことを恨みに思って!? ……ってな雰囲気はないなぁ。むしろやけにフレンドリーだ。どちらかというと側にいるメイドさんの方が鋭利な雰囲気で魔王っぽい。失礼か。
「さて、話も出来ぬ事だしな。この忌々しい威圧を収めよう。試したい事があったのだ。皆、許せ」
魔王さんがそう言うと、一気にギルド内の雰囲気が和らいだ。皆がそれぞれ頭を上げて姿勢を崩している。とは言ってもまだどこか緊張感が走ってるけどね。
とはいえ、さっきまではすごい緊張感だったなぁ。ギルさんやサウラさんが頭下げるなんて初めて見た。そして威圧って何。
「……魔王様。来るなら来ると一言伝えていただかないと困ります」
サウラさんが少しムッとした様子で魔王さんを見ながらそう口にした。まぁ確かに? 魔王っていうくらいだから偉い人……偉い人? まぁともかくギルド内がこーんな雰囲気になっちゃうほどすごい人なんだから、アポなし来訪は良くないと思う! 本当にやめて欲しい。アポなし監査!? とか考えちゃって心臓に悪いから!!
「悪かったとは思っている。だが、ついに情報を得たと聞かされれば居ても立っても居られなくてな」
「情報、ですか?」
「ああ。オルトゥスの頭領に依頼してた件のな」
魔王さんがそう答えると、サウラさんやギルさんが息を飲むのが伝わってきた。え、頭領への依頼?
「……魔王様。別室でお話を伺っても?」
「構わぬ。我も話が聞きたいからな。その子に」
「ふぇっ?」
そう言いながら魔王さんが示した先にいたのは、私。本当になんで? 私の脳内は疑問符だらけである。
「わかりました。では部屋へ案内します。ギル、メグちゃんと一緒に来て」
「ああ」
だというのにサウラさんはなぜ私が呼ばれているのかわかっている様子だ。知らぬは本人ばかりなり……少し不安になってきた。そっとギルさんの顔を見ると、視線に気付いたのかギルさんがフッと目を細めて私の頭に手を置いた。
「心配いらない。大丈夫だ」
「あい……」
そういうギルさんの声を聞けたから少しほっとしたけど、やっぱり緊張する。今度はチラと魔王さんの方を見た。あ、目が合ってしまった!
まずいかな? と思ったけど、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。黒と思いきやよく見ると深い紺色の瞳が、どこか慈愛に満ちた色を帯びていたから。
そうしてやってきたのはいつもの来客室。部屋にいるのはサウラさん、ギルさん、私。それからお客さんである魔王さんと、冷たい雰囲気を醸し出す女性。髪も瞳も水色で、髪は下の方でお団子にしててビシッとした雰囲気から余計にそう思うのかもしれない。
ついジロジロ見てしまっていたからか、その女性と目が合ってしまった。お、怒られる……!?
「こ、こんにち、は……」
と思いきや、女性は私に向かってそう声をかけてくれた。挨拶だけなのにやけにぎごちない。そしてその笑顔も超ぎこちなかった。無理やり口角をあげ、眉はヒクヒクとしており……逆に怖い! 何かしちゃったかな、私!?
「くっくっ……クロン、相変わらず笑顔が下手よの」
「なっ……! 何をおっしゃいますか! こんなにフレンドリーですのに!」
フレンドリー? この場にいた誰もがその単語に疑念を抱き、同時に彼女の性質について理解した。
あぁ……真面目すぎて不器用な人なんだなぁ、と。
「コホン。私とした事が挨拶も遅れて申し訳ありません。私はクロンクヴィスト。お気軽にクロンとお呼びください。魔王であるザハリアーシュ様の右腕ですっ!」
全員が席に着いたところで、女性がスッと立ち上がり、物凄く綺麗な所作でお辞儀した後そう挨拶をした。クロンクヴィストさん、またしても名前が長い。……クロンさんね! 覚えたよ!
「いつから我の右腕になったのだ、クロン」
「最初からですわ。何か問題でも?」
「いや、右腕がなぜメイド服を……」
「正装ですので」
「……そうか」
精神的力関係が見えた瞬間であった。クロンさんは戦うメイドさんだ、絶対そうだ。というかそうであって欲しい! 戦うメイドというワードにどうしても心踊るのは仕方ない事なんだ!
「魔王様。まずはなぜ貴方がメグちゃんと話をしたいのか。そしてうちの頭領への依頼とはどういう事かをお聞かせいただけますか?」
そうだよ、今気になるのはそこだ。私の萌えは1度置いておかねば!
「そうだな。その子どもについて説明するためには依頼について説明せねばなるまい。少し長くなるが、良いか?」
その場にいる誰もが頷き、魔王さんの言葉を待った。こうして、私にとっても重要な事実がこの人の口から語られるのだった。
「我が彼奴に依頼を出したのは、20年ほど前だったか。それ以前から独自で調査はしていたのだが魔王という立場上、思うように動けなくてな。自身が犯した事への罪滅ぼし故、身勝手な行動は出来なかったのだ」
そのおかげで調査は難航し、魔王さんが知りたい事の手がかりは何1つ掴めなかったんだって。だからこそ、頭領に極秘で依頼を出したのだとか。極秘って辺りに依頼内容の重大さが窺い知れる。
でもその前に。罪滅ぼしって、何だろう? それを隣にいるギルさんにこっそり聞いてみた。
「……200年ほど前に収束したが、それまで魔王様によって世の中が荒れていた。その話はしただろう? その時に出してしまった甚大な被害に対して魔王様は罪の意識を感じているのだと聞いた」
あ、そっか。そういえば聞いた気がする。そしてそれを終わらせたのが頭領だって。でも、そんな風に思うならなんで200年前は荒れさせてたのかな?
そんな疑問を抱いていると、私たちの話が聞こえていた様子のクロンさんが慌てたように口を挟んだ。
「ザハリアーシュ様も好きで暴れていたわけではありません! 仕方のない事だったんです! それに今は……!」
「クロン、良い。どのような理由があったとしても、我の力不足故に起きた歴史に変わりはない。過去は変えられぬ。だからこそ我は今後の事だけを考えて生きるのだ」
「ザハリアーシュ様……」
仕方のない事。確かにいくら理由があったとしても、戦争と言うからにはたくさんの人が亡くなってしまったりしたのだろう。それは変えられないし、死んだ人は……戻らない。クロンさんが魔王さんを想うあまり庇う気持ちもわかる。けどきっと、そんな事を受け入れられない人だってたくさんいるはずなんだ。
そして、魔王さんはそういったことを全て自分の罪として受け入れているように見える。だからこそ、今もなお継続して罪滅ぼしと言っているんだろうな。後悔を後悔で終わらせず、未来を見据えた行動をする。それが出来る人ってなかなかいないよね。
「……我が殺せと願った時に、彼奴に言われた言葉なのだ。頭が上がらぬよ」
そう言った魔王さんは、懐かしそうに目を細めた。……そっか。頭領が引き止めたんだ。
魔王さんの言葉やその経緯を聞いただけで、2人は過去に戦った相手であるのにも関わらず、現在の仲が良好なんだとわかった。もしかすると、無二の親友なのかも。
それを思ったら、何故だかホッとした。それはきっと、魔王さんが1人ではないってわかったからかもしれない。
私たちは引き続き、魔王さんから話を聞き始めた。