思わぬ来訪者
さてさて始まりました。お仕事です!
ギルさんはカフェスペースの端で私の護衛をしており、サウラさんは自分の仕事へと戻っていったので、今この可愛いカウンターに私は1人ちょこんと座っております。
おおう、視線が痛い。しかし、ここで怯んでいては私は何のためにここにいるのかわからない。なのでここは自分から声を出していこうと思いますっ!
「おはよーごじゃいましゅ! オルトゥしゅへ、ようこしょ!」
噛むのはもう仕方ないと思ってね。ひとまず元気いっぱいに言う事でカバーだ。
ちなみにみなさんの反応は上々。可愛らしいねぇ、とか元気に挨拶偉いねぇ、など。さながら近所の子どもが挨拶してきた、くらいのノリであろう。いいんだ、今出来ることなんてそのくらいなんだから!
そんな反応をされながらもめげることなく挨拶を続ける私。午前中はずっとそんな事してたんだけど、それだけでも色々身になることがあったのだ!
まず、私の服装に目を止めてくれる人が結構いた。その度にランちゃんのお店をアピールして、毎日違う服を着るのだと伝えると明日も見にくると言ってくれたり、お店に行ってみると言う人がいたり。ランちゃんのお店の宣伝はまずまずといったところではなかろうか。
それから、ちゃんと観察すれば大体その人の目的がわかるようになった。例えば入口を通った瞬間から依頼ボードに釘付けな人は大体ギルドメンバー。佇まいからして只者ではないし、そもそもここのメンバーはみんな人型がルールだから見ただけでわかる。
キョロキョロと辺りを見回している人がいたら多分依頼者さん。どこへ依頼を出せばいいのか探しているって感じだ。あとは何か書類や荷物を持っていたりする人は取引相手さんかな? まぁ、見ればわかるような違いばかりではあるんだけどね!
でも慣れてそうな人とかも顔と動きでわかるから、そういう人たちを中心に観察をした。ギルドに来た目的を覚える1つの指針になるからね。常連さんを覚えることって重要だと思うし。
中には私に声をかけて名乗ってくれる人もいたので助かったよ。私の特技、自己紹介をし合えば大体覚えられるという、この社畜時代からのスキルが活かされるってものだ。
よぉし! 働くぞー!! やっとやる事が決まった私は燃えていた。メラメラー!
こうして、みんなにチヤホヤされながらお仕事(というより挨拶ガール)をする日々が続いた。ショーちゃんは情報を掴み次第帰ってくるはずだから、まだ何も掴めてないんだろう。むむ、ネーモの人たちがもっとペラペラ喋ってくれたらショーちゃんもすぐ帰って来るのにっ! ……そんなあっちこっちで話す内容でもないだろうけどさっ!
でもその間、看板娘としてのお仕事は慣れてきて、ギルドにやってくる人たちの顔や用件を覚えられるようになったよ! 今の所大きなミスはない。当たり前か。
そうしていつも通り、ギルさんとのランチの後、自室でお昼寝タイムを終えた私はベッドからぴょんと飛び降りた。
身支度をささっと整えて大きな姿見の前でくるりと一回転。よしよし、大丈夫そうだ。
しかし、改めてみると本当に美幼女だなぁ、身体の持ち主ちゃん。まじまじと見ていたら、ふと鏡の中の私の瞳から光が消えたように見えた。
「え……?」
それはほんの一瞬の出来事で。目の錯覚だったかもしれない。でも、たぶん今の姿を私はどこかで見た気がするのだ。
「あ、夢……」
そうだ。夢の中で見たんだ。夢の中の私は目に光がなくて、無表情で……でも、わずかだったけど確かに意思があって。
「……絵だ!!」
ブワッと奔流のように夢の記憶が脳内に流れ込んで来た。そうだよ、なんで忘れてたんだろうこんな大事な事。後になって思い出すなんて!
いや、それどころではない。なんにせよ思い出せた事を喜ぼう。幸いまだ時間はあるのだから。
私は慌てて部屋を飛び出し、ホールへと向かった。階段を駆け下りる事が出来ないのがもどかしいっ!! でも前みたいに落っこちるわけにはいかないからね。安全に素早くだーっ!
「ギルしゃん!!」
階段を降りてる途中だけど、その姿を発見したのですかさず呼ぶと、ギルさんはもちろん、その場にいた色んな人がこちらに注目した。あ、ちょっと恥ずかしい!
「どうした」
ギルさんはすぐに駆け寄って来てくれた。少し心配そうな顔だ。過保護だなぁと思うけど、まぁ今回に限っては大事なお話だからね。
「もう起きたのね。大丈夫? 夢でも見たのかしら?」
私の声に気付いたのだろう、少し遅れてサウラさんもやってきた。やっぱり心配させてしまったのかな。うん、今後は気を付けよう。申し訳ないからね!
「ううん、夢を見たわけじゃ……あ、見たんでしゅけど今じゃなくてえっと……」
私も慌てていたのか言いたい事が纏まっておらず話がチンプンカンプンになる。
「ひとまず落ち着きましょうか。お茶でも飲みながらお話してくれる? 大丈夫よ、ちゃんと聞くから」
あわあわしているとサウラさんがニッコリ笑ってそう言った。ふぅ、そうだよね。ちょっと落ち着かなきゃ。寝起きだったのもあって、少し混乱してたかも。
コクリと頷くと、サウラさんはじゃあ座って待っていてねと言い残して先にカフェスペースへと向かった。私はギルさんに手を繋がれ、ゆっくりと席に向かう。繋がれた手の温かさが私の心を落ち着かせてくれた。大丈夫、大丈夫。ちゃんと覚えてる。でも本当の「メグ」については触れないでおこうと思った。話がややこしくなっちゃうからね。
ひとまずは、メグが夢の中で描き殴ったあの絵の意味を伝えないと。私は歩きながら頭の中で話す内容を整理していた。
「さぁ、どうぞ」
「ありがとーごじゃいましゅ」
サウラさんに差し出されたカップには、温かいアップルティー。ふぅっと、息を吹きかけて一口。そしてもう一口続けて飲み込んだところで、私はカップを置いた。
「実はでしゅね……」
幾分か落ち着いた心で話し始めようとした矢先。どうしてこうなるのか、またしても私の心を乱す出来事が起きてしまう。
思いがけない人物の来客。
ビリビリと空気が震えたような錯覚。いや、事実震えたのかもしれない。
ギルド内にいた誰もが思わず入り口に目を向けた。
「邪魔するぞ」
その声は、叫んだわけでもない普通のトーンであったにも関わらず、騒がしいギルド内において誰もが正確に聞き取り、畏怖したように思えた。
一瞬の静寂の後、続くギルド内にいた全ての人がその場に跪いた。あ、全てじゃないか。でもサウラさんやギルさんでさえ、即座に立ち上がってその人物に向かって頭を下げている。何もしないできょとんと座ったままなのは私だけだ。……何事!? そしてあの人誰!?
困惑したまま何も出来ずに硬直する私。この場で動いていたのは来訪したその人物だけだった。黒い長髪が歩く度に揺れている。
え、超美形なんですど! 美形にはそろそろ耐性がついてきたと思ったんだけど、この人はどこかミステリアスな雰囲気もあって妙に視線を奪われる。ってあれ? こっちに向かってないか……?
ひょっとして、頭を下げてない私が無礼だからかな!? この人すごく偉い人なのかもしれない! そう思って私は慌てて立ち上がって、サウラさんたちの真似をして頭を下げた。
「あぁ、良いのだ。そんな事をさせるために来たわけではない。頭を上げてくれぬか?」
その人物が私の前に立ち、そう言ってるのが気配でわかった。えーと、私に言ってるのかな……? 自信がない。
「そなたはまだ幼子ではないか。それに、我はそなたに用があるのだ。顔を見せてくれぬか?」
ここに幼子は私だけ。つまり、間違いなくこの人は私に向かって話しかけている。……この身体の持ち主の知り合いだろうか? そう思いつつも言われたままに顔をゆるゆる上げると。
「ザハリアーシュ様。その威圧を収めていただかないと、誰も頭を上げられな……え?」
「え?」
顔を上げてみると、私に声をかけた人とは別に小柄なメイドさんが隙のない立ち姿で側におり……私と目が合った瞬間言葉を途切らせた。
「ふむ。我の威圧をものともせぬか」
「そ、そんなまさか……」
どことなくクールな雰囲気を纏ったメイドさんが見るからに驚いている。威圧? 何のことだろう……
「あの……」
暫し気まずい沈黙が続いたので思い切って話しかけると、メイドさんはさらに驚いたように目を見開いていた。そして、続く来訪者の発言を聞いて、今度は私が目を見開くことになる。
「ほう、我に話しかける事も出来るのか。いや、すまぬな。少々驚いたゆえ挨拶が遅れた。我が名はザハリアーシュ。まぁなんだ、魔王をやっておる」
「へっ……?」
い、今、魔王とおっしゃいましたか……!?
えぇぇぇぇぇ!? なんで! どうして!?
内心で絶叫を上げるも、人間驚きすぎると声も出ないらしい。
だというのにこの目の前の超絶美麗な魔王様とやらは、ゆるりと微笑みながらよろしく頼むと握手を求めてくるのであった。
これにて今章は終わりとなります。
次章開始はおそらく1週間後くらいですが、ごめんなさい。いつものように日付をお約束出来ず……!
そこまで遅れないとは思いますのでお待ちくださいませ!
更新再開は決まり次第活動報告にてお知らせします!





