盗聴
ふと目覚めた時は、室内にいてもまだ日差しが感じられるくらいだった。たぶん、そんなにたくさんは寝ていないのだろう。だけど眠りの質は良かったみたいで今はすごくスッキリしている。
「……うん。だいじょーぶ」
寝る前あんなにグルグルしてた気持ちも落ち着いている。やっぱ睡眠って大事だよ! 睡眠をあまり必要としないこの身体らしいけど、精神力とか気力とかの回復のためには絶対寝た方がいいと思う! というか、今は幼児だからいくらエルフでも睡魔にすぐ負けるんだけどね。
『おはよっ! 主様ーっ』
『お、起きたかご主人』
私がむくりと起き上がって伸びをしていると、精霊たちが声をかけてきてくれた。それに挨拶を返してから、気になったことを尋ねる。
「あれ、ショーちゃんは?」
『ショーは盗、聴、中、だよっ』
『ご主人のためにって、色んな所の声を拾いに行ったんだぞ』
と、盗聴……? 言葉の響きからいって不安でしかないんだけど、悪いこととかしてないよね……?
そんな風に考えていた時、噂をすれば何とやらでショーちゃんが戻ってきた。
『ご主人様、お目覚めなのねー! 情報持ってきたのよー!』
「うん、おはよー。情報……?」
『きっと大事な情報なのよー! でも、私にはよくわからないのよ? でも大事な話なの、きっとよ!』
なんだか話が支離滅裂だけど、つまり大事な話をしていたっぽいから聞いてきたけど、内容まではよく理解できない、と。ショーちゃんは聞いたことをそのまま音声まで再現する事が出来るけど、情報を得て考え、何かをする事までは出来ないらしい。でもある意味それでいいのかもしれない。理解できて精霊が介入したら混乱になりそうだもんね。あとわかってないところが癒される。
「んー、内緒の話だったら聞いちゃダメな気もしゅる……あ、いや、えっとー、けどやっぱり気になるから、お、教えてくれる?」
『任せてなのよー!』
私が聞くのを渋るとわかりやすく落ち込むので聞かないとは言えなかった……! まるでダメな親である。だってしょんぼりしたショーちゃん見たくないんだもん! 私のためと思ってしてくれたんだもんね! 聞いた内容によっては、私が聞いてないフリすればいいだけだし、うん。教えてって言ったら大喜びで小躍りしながら飛び回るショーちゃんが可愛いから今更断れないとかじゃない、のよ。うん。
『じゃ、魔力すこし多めにちょーだいなのよ!』
あ、そこはやっぱり搾り取るのね!!
魔力を多めに渡してちょっとフワフワした頭でショーちゃんが持ってきた情報を聞かせてもらった。
それはサウラさんたちギルドの重鎮らしきメンバーの話し合いだった。あ、これやっぱり聞いちゃダメなやつ? と思ったけど、聞いておいて良かった。話を聞くに、今日にでもニカさんやケイさんが旅立つところって感じだもんね。
話を聞いていて思ったのだ。これは、私にも出来ることがあるんじゃないかって。だから、2人にはまだ旅立たないで欲しかった。
「急がなきゃ。ショーちゃん。また働いてきてくれるかなぁ? 魔力は、その、後払いで……」
今搾り取られたばかりなのでさらに取られたらもうフラフラになってしまう。それは困るので後払い……あぁ、こうして借金ならぬ借魔力が増えていったらどうしよう。
『いいのよー! 今は元気いっぱいだから!』
「ありがとー、ショーちゃん!」
ショーちゃんが優しい精霊で良かった! 大好き!
って今はそれどころじゃない。ジュマくんがもしかしたら危険な状況かもしれないんだ。私も関わったからこそ黙っていられない。早速ショーちゃんに任務を言い渡した。
「……という感じかな。出来るだけ急いでほしーの。夜までに、集められるだけでいいから」
『お安い御用なのよー! じゃあ、行ってくるのよー!』
「いってらっしゃい! 気をちゅけてね!」
私に出来る事。それは情報を集める事だ。私ではなくショーちゃんなんだけどさ……
ショーちゃんは声を聞くことが出来る。あの日、ジュマくんがエピンクを追った場所にいた木々や動物、または魔物に、ジュマくんがどの方面へ行ったのかを聞いてもらうのだ。
せめてどこに向かったのかわかれば、ニカさんやケイさんの役に立つかと思って。それに、あわよくばジュマくんが今も戻らない事情なんかもわかるかもしれないから。
こうしてショーちゃんを送り出した後すぐ、良いタイミングでギルさんが医務室へやってきた。私が起き上がっているのに気付いたギルさんは、早足でベッドに近付いてくる。長い足のおかげでその歩数、10歩くらいだろうか。羨ましい。私だったら軽く2、30歩だよ。
「起きてたのか。……大丈夫か?」
あ、そっか。忘れてたけど、私ってばぶっ倒れたんだったね。ギルさんの心配そうな顔を見てその事を思い出したよ。
「だいじょーぶでしゅ! でも、ちょっとお腹すいたでしゅ……」
魔力を渡したからなのか、お昼もあまり量を食べなかったからなのか。妙にお腹すいてるんだよね。タイミング良くお腹の虫もぐぎゅぎゅと鳴いた。いや、恥ずかしいから!!
「そうか。元気そうだな。夕飯前だから軽くおやつでも食うか?」
「食べるでしゅー!」
おやつ! なんて甘美な響きだろう。私は思わず両手を上げて賛成した。ギルさんは微笑ましそうに頭を撫でてくれた。……えへ。
ギルドの食堂へ向かうかと思いきや、辿り着いたのはギルドのホール。軽食スペースのイスに座ってレッツおやつタイムである。どこから調達したのか、ギルさんに渡されたのは蒸しパン。黄色くてふわふわで、卵の味と優しい甘さの蒸しパンは口に入れるとシュッと溶けるように消えていく。あぁぁぁ、幸せぇぇぇ。
「んー、美味しそうに食べるねメグちゃん。体調はどうだい?」
幸せに浸りながらもきゅもきゅ食べていると、ケイさんがそう声をかけてくれた。はっ、ケイさん!? 慌てて口の中の蒸しパンを飲み込む。むぐぐぅ。
「どうしたんだい、慌てて。大丈夫?」
「だいじょーぶでしゅ! でも、ケイしゃんがまだいてくれて良かった!」
「え……?」
準備とかあるかもしれないし、まだだとは思っていたけど出発してなくて良かったー。ちゃんと伝えなきゃって思ってたから。ケイさんは目でギルさんにどういう事だと話しかけ、ギルさんは首を振って自分は話していないと目で答える。うわぁい、無言の会話が私にも読めたぞー、じゃなくて。怪訝な顔をしている2人にちゃんと話さなきゃ。
「あ、あの、実はでしゅね」
ここでネタばらし。私はショーちゃんの好意で皆さんの話を聞いてしまったことを正直に白状した。やっぱり盗聴みたいな事をして黙ってるってのは良くない気がしたんだ。心の声を聞ける、という点を黙っていればショーちゃんの能力を話してもいいかと思って。
いやぁ、黙ってるっていう事も出来なくはないんだけど、個人的な精神安定のために……! 嘘がつけないんだよ、私!
「……というわけで、勝手にお話聞いちゃって、ごめんなしゃい」
成り行きとはいえ盗聴してごめんなさい、ときちんと謝罪。あんまり気分の良いものじゃないだろうし。反省です。でもショーちゃんは悪くないのよ!
「そうか、聞いていたんだな……」
「メグちゃんは悪くないよ。それに精霊もね。メグちゃんのためにと思って頑張ってくれたんだから、優しい子だよね?」
そうなんですぅっ! ケイさん、わかってらっしゃる! 思い切って告白し、怒られる事を覚悟してたんだけど……2人とも、怒る事は一切せず、やや困ったように微笑んだだけで。その事に心の底から安堵した私は、ほっと息を吐き出したのだった。