落し物
「しょーいえば、今はなんの研究をしてるんでしゅか?」
話を逸らすためにも当たり障りない質問攻撃を仕掛けてみた。ちょっぴりあざとく、小首を傾げてみるのも忘れない。すると、あっさりその話に乗ってくれたんだけど……なにやら目がキラキラしている。隣でギルさんがしまった、という顔をしていた。え? 何?
「よくぞ、聞いてくれたね! 僕はずっと、ある人から頼まれたとある現象について調べているんだ。誰もが荒唐無稽だと馬鹿にする現象なんだけれども、これは凄いよ! いや、僕も最初は馬鹿にしてたんだけどね、調べてみると馬鹿馬鹿しいと切り捨てる事は出来なくなっていったんだよ! いやぁ、こんな素晴らしい研究は初めてでね! ミコと交代するのが惜しいくらいに没頭して……」
「落ち着け、ラーシュ。メグが唖然としてる」
さっきまでの自信なさげでどもり気味な話し方はどうした。突如生き生きとし始め、かなりの早口で捲し立てたラーシュさん。ああ、この人は普通の人だと思っていたけど、研究の事となると人が変わる系の人でしたか、そうですか……暫し遠い目になってしまったよ。
「ご、ごめん。つ、つい……」
「で、でも、そこまで興奮しちゃう研究内容は少し気になるでしゅ」
ギルさんにストップをかけられたラーシュさんは、みるみると、萎れていって先ほどのラーシュさんに戻った。でもそこまで言う研究内容について気になるのは事実。できれば普通のテンションでお話をお伺いしたい!
「それはだね!!」
「落ち着け」
再び興奮しかけるラーシュさんを秒速で止めるギルさん、流石です。マイユさんといい、物作りとか研究とかしてる人はどこかにスイッチを持ってるのかしら? ひょっとしたら寡黙すぎるカーターさんも、スイッチが入ったら人が変わったりするのだろうか、と変な事を考えてしまう。
「あ、う、うん。え、えーと、それはね、こ、こことは異なる世界のそ、存在について、け、研究してるんだよ」
続くラーシュさんの言葉に一瞬頭が真っ白になった。え、今、なんて?
「わ、我々はこ、この世界に住んでいるから、せ、世界は1つだと、う、疑うこともなく思っているけど……そ、そうではないんじゃないかって、い、言われてね」
「世界を渡ってこの世界に落ちてくるのか、単純に誰かの作り出したものなのか……時々妙な物が世界各地で発見される。頻度は少ないが……そういった物を世界中から集め、研究しているのがミコラーシュだ」
世界を渡る……異世界……? 私の脳内はもはやパニックだ。心臓が早鐘を打つ。この音がギルさんたちに聞こえてはいないだろうか。
『ご主人様? 大丈夫なの……?』
私のこのどうしようもない気持ちが伝わったのか、ショーちゃんが現れて心配そうに私の周りを飛び回る。ごめんね、大丈夫だよ。少し、そう、ビックリしただけだから。
「そ、そんな物の中で、こ、この世界では、と、到底作り出せないような、し、品物を、ぼ、僕は異世界の落し物、と、よ、呼んでいるんだ」
異世界の落し物、か。それなら私のこの魂も、異世界の落し物の1つなのかな。……よし。少し落ち着いたぞ。ちょっといくつか質問してみよう。
「その落し物は……どこから来るんでしゅか? いちゅも、同じ場所に落ちてるんでしょーか?」
ドキドキしながら返答を待つ。その様子が、私が興味津々で聞いているように見えたのか、隣でギルさんが目を細めて私の頭を撫でている。……誤魔化せているならよしとしよう。ギルさん、頭撫でるの好きだよね。撫でられるのも好きだけど!
「い、いや。ど、どこから迷い込んで来るのか、そ、それがなぜなのかは、わ、わからないんだ。お、落ちる場所も、き、決まっていない。せ、世界中の、あ、あちこちで、は、発見されるんだよ」
「へぇ……なんだか不思議でしゅね」
そうなんだ……うん。予想はしてた。大丈夫、大丈夫。では、次の質問。声が震えませんように。
「落し物は、どんなものなんでしゅか? 物だけなんでしゅかね……生き物とかは……?」
本当は、人は迷い込んでいないのかと聞きたいんだけど、直接的過ぎて違和感を持たれかねない。だからこれが精一杯だった。さっきよりもドキドキしながら返答を待つ。
「! いい質問だね! 物は本当に多種多様だよ。大きな箱のような物から小さなゴミと思われるようなものまで。これ、これなんかは画期的だったねぇ! 研究してギルドでも作り始めたんだよ! インクをわざわざつけなくても文字が書けるペン。しかも消せるんだ。素晴らしいよ、異世界!!」
スイッチが入ってしまったらしいラーシュさんは興奮気味にそう語り始めた。でも今はそれどころじゃない。ラーシュさんが取り出したのはどう見ても……某有名ブランドのシャープペンシルだった。
ドクンと胸が大きな音をたてた気がした。
「ああそうそう、生き物だったね。これが驚いた事に、生き物も迷い込んでいるんだよ!」
「ラーシュ、興奮し過ぎだ」
「何を言う! これが、興奮せずにいられるかい!? 何を隠そう依頼者はまさにその異世界からの迷い人だったんだ。ひょっとしたら他の動物も実は迷い込んでいるのかもしれないけどね。でもそれを証明するのは困難だ。動物は人のように話せないからね。実に惜しい」
ま、待って待って。今サラッと重要な事言ってなかった!? 迷い人がいる。つまり、日本人? いやいや、それは流石に短絡的過ぎるか。世界だってもっとたくさんあるかもしれないし、それも日本限定だなんてそんな都合のいい話……けど、あのシャープペンシルは間違いなく日本製の物だし。私も愛用してたもん。もしかしたら日本だけがこの世界と繋がってるのかもしれない。全部憶測だけど。
「それに、落し物の頻度も少ないのが残念。研究の末、落し物が落ちてくる時には空間が歪む事がわかってね。それから3度ほどそれを証明してるからほぼ間違いないとは思うんだ。それが事実と断定するために本当はその事象がもっとあってもいいんだけど……こればっかりはね。今は最近起こった空間の歪みについて調べてる。すごいだろう? つい最近にも起きたんだよ! 何が見つかるか楽しみで仕方ないんだ!」
そう言いながらラーシュさんは少し待ってね、とデスクの引き出しを開けて小さな丸い水晶のような物を持ってきた。
「特別に良いものを見せてあげよう。これこそが、異世界があるという証明のようなものだよ。傷まないように保護水晶に入れてある。この世界に住む者では誰1人として読めない字で書かれているんだ」
それを見た瞬間、私は呼吸をするのさえ忘れてしまった。だって、このカードは。
『営業部長 長谷川 友尋』
「これを読める人がもしも現れたら、知らせて欲しいと依頼人に言われていたんだ。不思議な文字だろう?」
「ふむ、何度見ても興味深い文字だ」
間違いなく、私のお父さんの名刺だったのだから。